もう一つの物語

第十一話 美神除霊事務所へ行こう!(2)




「ふーん・・・。」

美神の声だ。
全員、事務所のソファーに座って、小竜姫の話を聞いていた。
今、それまでの経緯を話し終えたところだ。
横島が、魔族とのハーフであることや、ルシオラのことは伏せてある。

「つまり、横島クンはずっと妙神山で修行していた。
そして、小竜姫さまは除霊の修行のために、横島クンと一緒に、事務所を開いた。
早苗ちゃんは、偶然横島クンに捕まった、と。なるほどねー。」

美神は、横島をジーッと見ながら話した。
おキヌも、指を口に当ててジーッと見ている。
横島は、申し訳なさそうな顔をしていた。

「ですから、今でも横島さんは、剣や霊力の修行中です。師匠は私。
そして、私は除霊の修行中。師匠は、横島さんです。」
「よりにもよって、横島クンを師匠にするなんて、宝石をドブに捨てるようなもんじゃない。
小竜姫さま。それよりも、私の事務所に・・・!」

美神が話し終える前に、小竜姫は自信たっぷりに言う。

「美神さんが知っている横島さんは、そうかもしれませんね。
でも、私の師匠である横島さんは、世界でもトップクラスのGSです。
ね、早苗さん。」
「わ、わたすに振らねえでけろ!」
「どうしてですか?」
「う、なんとゆーか、横島さんを認めてしまうと、
何か自分の価値観が崩壊するような、そんな気がすて・・・。」
「・・・そこまで嫌わんでも。」

横島は、シクシクと泣く。
突然、雪之丞が語りかけた。

「ところで、お前の事務所は、従業員の募集はしてねーのか?
もし、してんなら俺が行ってやってもいいぜ?」
「せ、拙者だって、行きたいでござる!!」

美神が、雪之丞とシロに慌てて怒鳴る。

「ふ、ふざけんじゃないわよ!それでなくても、手が足りないのに!!」

横島は、哀愁漂うように呟く。背中が寂しい。

「雪之丞。事務所を構えたばかり、しかもド田舎だ。これ以上従業員を増やしたら、
明日にも潰れる。勘弁してくれ・・・。」
「わ、悪かった。・・・お前も苦労してんだな。」
「毎日、事務所が潰れる夢にうなされてるんだよ。うう・・・。」
「わ、分かったから泣くな!」

美神は、横島を血祭りに上げるつもりだったが、あまりにも哀れになってくる。
おキヌは、思わず横島を慰めようとしてしまう有様だ。

「あーもう、うっとうしい!で?何しに来たのよ。」
「す、すんません。実は、なんでもいいから、仕事を回して欲しいって思いまして。
美神さん、いつもギャラの高い仕事ばっかりしてるじゃないすか。
安い仕事は捨てて。その、安くて捨ててる仕事を、回して欲しいんです。」

美神がニヤリと笑う。獲物を見つけた蛇の笑いだ。

「なんで私が同業者に、しかも造反者に仕事を渡さなきゃならないのよ。」
「そ、そこをなんとか!」
「美神さん、そんな意地悪しないであげてください。」
「何言ってるのよ、おキヌちゃん。世間の荒波は厳しいの。
私は、心を鬼にして言ってるのよ?」

言葉とは裏腹に、ニヤニヤしている美神。
横島は、液体を吹き出しながら、美神にすがりつく。

「た、たのんますーーー!2週間たっても、依頼が一件だけなんすよー!
このままじゃ、このままじゃ、うおおおおおおん!!!」
「えーい!やかましい!!ったく、仕方ないわねえ。」
「み、美神さん!!!」
「但し、依頼料の7割は貰わないと。」
「そ、そんな滅茶苦茶な!せめて3割!!」
「7割。」
「うぐぐぐっ、4割で!」
「7割。」

ふと、小竜姫が割り込む。

「横島さん。代わってください。」
「へ?あ、お願いします。」
「さて、美神さん。」
「な、なによ。」

じーーーーーっと美神を見つめる小竜姫。
なぜか、焦り出す美神。

『なぜ?なんなのこの不安感は?もしやあれがばれた?それともあれか?
いや、そんなはずは・・・。』

じーーーーーー。

「わ、わかったわ。6割にしてあげましょう。」

じーーーーーー。

「うう、わ、わかったわよ!!5割!これ以上は負からないわよ!」

にっこりと微笑む小竜姫。

「さすが美神さん!4割で紹介してくれるなんて!」
「ちょ、5割・・・。」

じーーーーーー。

「ううううっ、分かったわよ・・・。」

美神の敗北宣言。一体誰がこのような事を予想したであろうか。
タマモがポツリと呟く。

「横島ってさー、全然役に立ってないよね。」

部屋の隅で、しくしく泣いている横島所長であった。

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一度決まったからには、美神の決断は早い。

「おキヌちゃん、そこのファイルとってくれる?」
「はい!」

ファイルをパラパラとめくる。

「ほい。これとこれとこれ。あと、これね。
依頼料は、五百万以下のはした金よ。あんたにはちょうどいいかもね。」
『五百万がはした金・・・。』

早苗は、どうも金銭感覚が違う世界に迷い込んだらしい。
頭をくらくらさせている。

「ある程度、名が売れてきたら、自然に依頼は集まるようになるわ。
それまでは、できるだけ失敗しないこと。断らないこと。いい?」
「あ、はい!分かったっす。」
「あと、依頼料は、諸経費をしっかりと見積もって計算することね。
除霊場所は、日本とは限らないし。お札が大量にいることもあるわ。
一見おいしそうな仕事でも、裏には何があるかわかったもんじゃない。
いいわね!」
「はい!」
「除霊道具はどうしてんの?」
「早苗ちゃんのお札のみっす。」
「他には?神通棍とか、検鬼くんは?精霊石はどうしてんのよ。」
「金が無いので、全部文殊で代用してます・・・。」
「あんたねー、つまんないことに文殊使うんじゃないわよ!
文殊は、精霊石より貴重なのよ?まったく・・・。」

そう言って、棚をごそごそとあさる。

「ほら、神通棍と、検鬼くん。2つで、2百万といったところかしら。」
「金ないっすけど・・・?」
「わかってるわよ。山ほど余ってるから、あげるわ。大事にしなさいよ!」
「み・・・美神さん!ありがとうございます!!」
「ふん!」

なんだかんだ言っても、横島の世話をやいてしまうあたり、やはり
美神は横島の除霊における師匠だ。照れ隠しに、ファイルをめくっている。
おキヌは、早苗と顔をあわせて、くすっと笑った。

「それじゃ、俺は他の除霊事務所を回ってきます!
小竜姫さまと、早苗ちゃんはここに残っててください。
いいっすよね?美神さん。」
「好きにすれば?」
「お願いします!」

そう言って、横島は事務所を飛び出していった。
美神は、横島が出て行ったドアを眺めながら、呟いた。

「あいつ、随分変わったわね・・・。どう思う?おキヌちゃん。」
「はい。なんか、生き生きしてますね。何かあったんでしょうか?」

そう言って、2人で小竜姫を見る。
小竜姫は、少し視線を落とした。

「・・・まあ、色々ありましたからね。」
「色々って?」
「・・・色々です。」
「それだけじゃ、わかんないですよ。」

小竜姫は、少しだけ躊躇する。

「少なくとも、横島さんには、悲しいことがありました。
・・・あとは、機会があれば、本人に聞いてください。
私からは、これ以上言えません。」
「そ、そう。」

美神と、おキヌは顔を見合わせる。
夜遅く、横島は美神除霊事務所に帰ってきた。
小竜姫と、美神は起きていた。

「どうでしたか?横島さん。」

横島は、ひたすら疲れたように、ソファーに腰を下ろす。

「あ、小竜姫さま。うーん、思ったより芳しくなかったっす。
冥子ちゃんは、私の方こそ、仕事を依頼して欲しい〜〜!とか言って、
なかなか離してくれなかったし。エミさんところは、いくつかあったんすけど、
専門分野が違うので、諦めました。あと、唐巣神父は、相変わらず貧乏で、
一緒にラーメンを食ってきました。そういえば、ピートって、ICPOに入ったんすね。
とりあえず、そんなとこっす。」

美神は、眠そうに横島に話しかける。

「それって、成果無しって言うんじゃないの?」
「・・・そうとも言うっす。」
「まあ、これで私がそんじょそこらのGSの中では、最も優秀であることが、
再度確認できたってことよね!ああ、自分の才能が怖い!」
「ふふっ、そうですね。美神さんのお陰で、横島除霊事務所最大の危機は、
なんとか逃れられそうですし。」
「ほんと、助かったっす。」
「感謝は、金に換えて欲しいわね。言うのはタダだから。
それじゃ、私はマンションに帰るわね。横島クン、ここに寝るからと言って、
おキヌちゃん達に手を出したら、明日の朝日は拝めないわよ?」

美神は、ドスのきいた声で、横島を脅す。

「無茶言わんでください。おキヌちゃんと早苗ちゃんが一緒に寝てるんすよね。
美神さんにやられるまえに、早苗ちゃんに殺されますって。」
「小竜姫さまは、私と一緒に行きましょ。ここじゃ、もうベッドもないし。」
「俺はどうすんすか?」
「床があるでしょ。」
「・・・ソファー借ります。」
「分かればよろしい。」
「お休みなさい、横島さん。」

そうして、美神と小竜姫は、事務所を出て行った。
横島は、最近の心労と、今日の疲れで、煩悩を発揮する前に、睡魔に襲われて
眠ってしまった。

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午前0時を回った。

「・・・お姉ちゃん、起きてる?」
「・・・ん、何だべ?」
「あ、ううん、ただ、あまり眠れなくて・・・。」

ベッドの中に背中合わせのおキヌと早苗。
しばらく、沈黙が続いたあと、早苗がポツリと語りかける。

「横島さんのことだべ?」
「え?あ、別にそう言うわけじゃ・・・。」
「安心するだ。夜這いに来ようものなら、わたすが再起不能にしてやるだ。」
「・・・ううん、それは大丈夫。」
「どうして?」
「・・・横島さん、私にはそういうことしないから。」
「ふーん・・・。」

しばらく会話が途切れる。

「・・・小竜姫さまと同じだな。」
「え?」
「横島さんに、お風呂を覗かれそうになったけど、結局一度も成功してないそうだ。」
「・・・なんでそれが一緒なの?」
「なんでと言われると、困るんだども・・・。
でも、結果的に、女の子に手を出そうとしないところは、同じだべ?」
「そうなのかなあ・・・?そう言えば、お姉ちゃんには手を出してないの?」
「わたすに手を出したら、古今東西のお仕置きスペシャルを食らわしてやるだ。」
「・・・何それ?」
「今考えついた。」
「ふふ!変なの。」

ベッドの中で、クスクスと笑う2人。

「ねえ、お姉ちゃん。」
「ん?」
「どうして横島さんと一緒に行くことにしたの?すっごく嫌ってたじゃない。」
「最初、わたすもあんな馬鹿でスケベでアホで間抜けな奴と組むのは、絶対嫌だったんだ。」
「・・・。」
「だども、なんとゆーか、除霊しているときの横島さんって、全然違うんだな・・・。」
「どんな風に?」
「・・・うーん、なんとゆーか、その、山田君には及ばないけど、
その、ちょっとかっこよかったりして・・・。」
「・・・山田先輩に告げ口してやる。」
「ち、違うだ!わたすは別に、ちょっとだけいいかなーって言っただけで、
山田君より、その、えっと!」
「うふふ!嘘だよ、お姉ちゃん。どうして焦ってるの?」
「べ、別に焦っているわけじゃないだ。誤解を解こうとしただけだ。」
「そっか、お姉ちゃんにも、横島さんの良さが分かってきたんだ・・・。
でもね、お姉ちゃん。それだけじゃないんだよ?他にも一杯あるんだから。」
「・・・おキヌちゃん、やっぱり横島さんのこと好きなんだべか?」
「え?あ、うん、多分、好きなんだと思う・・・。」
「多分?」
「・・・うん。多分。半年前、横島さんが居なくなって、すっごく寂しくて・・・。
でも、何というか、恋人が居なくなったっていうより、大切な家族が居なくなったような、
そんな気もするし・・・。そもそも、恋人ってよくわかんないし。
・・・あ!これは内緒だよ?お姉ちゃん。」
「分かってるだよ。わたすはおキヌちゃんと違って、告げ口なんてしないだ。」
「ひっどーい!」
「冗談だべ。」

また、クスクスと笑う。

「小竜姫さまとうまくやってる?お姉ちゃん。」
「それは大丈夫だ。最初、ちょっと嫌いだったけど、でも、今は大好きだ。
おキヌちゃんは、小竜姫さまの剣技見たことあるだべか?」
「うん。何年か前に。でも、よく覚えてない。」
「すっごくかっこいいだべ!まるで、舞を見ているようだったべ。」
「へえ・・・。お姉ちゃんがそんな風に言うのって、珍しいね。」
「いつか、見に来るがいいだ。横島さんに会いに行ったついででもいいけど。」
「・・・うん。でも、ついでじゃないよ?」
「無理するんじゃないべ。」
「別に、無理してるわけじゃ・・・、うん。そうだね。いつか、横島さんの事務所に
行ったら、見せて貰うよ。」
「待ってるだよ!」
「それじゃ、私はもう寝るね。お休み・・・。」
「お休み。」

しばらく、時計の音が響く。

「お姉ちゃん。」
「ん?」
「横島さんのこと、お願いね。」
「あんまりお願いされたくないだけど、わかっただ。」
「お休み。」
「お休み。」

2人の巫女が、ゆっくりと眠りに入っていった。



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