もう一つの物語

第十四話 止まる時間



夜明けだ。

横島は、ゆっくりと起きあがった。
隣には、小竜姫が幸せそうな顔をして寝息を立てている。
横島は、小竜姫を起こさないよう、そっとベッドから出る。
手のひらに気を集中させる。文殊が現れ、【眠】の文字が浮かび上がった。
その文殊を、そっと小竜姫の傍らに置く。文殊が発動し淡い輝きを放つ。
小竜姫を、ちょっとやそっとで起こさないためだ。

『小竜姫さまの性格から言っても、もしかしたら神族と戦おうとするかもしれない。
それは、明らかに神界への反乱だ。いかに神剣の達人でも、神魔界を敵にして
生き残れるとは思えない。・・・すんません、小竜姫さま。お元気で。』

横島が、じっと小竜姫を見ていた。優しい目だ。
やがて、横島は服を着て部屋を出て行く。

『この事務所は既に囲まれているな。とりあえず、逃げれるだけ逃げてみるか。
逃げ切れればいいんだけど、どうやって逃げようか・・・。』

横島はポケットに手を突っ込む。
そこには、現在横島が作れるだけの文殊が入っていた。

『包囲しているだけで、手を出さないということは、小竜姫さまの合図か何かを
待っているのかもしれねーな。だったら、自然な振りをして外に出て、超加速で振り切るか。』

ポケットに手を入れたまま、いつでも文殊が発動できるようにしながら、
横島は玄関へ向かって歩いていく。

『もし、このまま死んでも、大切な人を守って死ぬんだ。
許してくれるよな・・・?ルシオラ・・・。』

玄関を出た。
自然な振りをして、あたりをゆっくりと見渡す。
特に変わった様子はない。しかし、ほんの僅かな殺気を感じる。
相当熟練したものでないと感じない僅かな気だ。あちこちの草むらや木の陰かららしい。
ゆっくりと足を踏み出す。自然な振りを心がけるが、なかなか難しい。

ふと、胸に衝撃を感じた。
胸を見る。血が噴き出していた。
数秒遅れ、遠い銃声が響く。数キロ先からの狙撃だった。

『・・・くそっ、周りの連中は、囮だったのか!』

そう毒ずくと、横島はゆっくりと仰向けに倒れた。
老師が示した、48時間の期限が、ちょうど切れていたのだ。
横島はそこまで知らない。

急速に薄れゆく意識の中で、必死に文殊を発動させようとする。
しかし、ピクリとも体が動かない。

『・・・ごめん、小竜姫さま。・・・ごめん、早苗ちゃん。
・・・ルシオラ・・・。』

草むらの影で、数人の特殊部隊隊員が、横島の様子を眺めている。

「ターゲットの生命反応、まもなく消失します。」
「頭を外したか・・・。念のためだ。前の2名。とどめを刺せ。」
「了解。」

対魔族用の狙撃銃で、狙撃されたのだ。
放っておいても、間違いなく死ぬだろう。だが、特殊部隊は完璧に任務を
こなさなければならない。横島相手に、わざわざ狙撃などという大仰な
手を使ったのも、横島に文殊を発動させる隙を作らせないためだ。
文殊なしの横島が相手だと、隊員一人でも十分なのである。

精霊石弾を装填した拳銃を構えた隊員2名が、素早く横島に近づこうとする。
その時、異変が起こった。
軽自動車が近づいてきたのである。

「隊長、どうしますか?」
「・・・ターゲットの生命反応は?」
「殆ど消失しています。あと数分かと。」
「我々は、現地人に姿を見られてはならない。よし、撤収する!」

事務所の周りから、風のように気配が消えた。

「わったすは可愛い早苗ちゃん〜♪」

謎の歌を口ずさみながら、早苗の軽自動車が、事務所に入ってくる。
車を止めて、玄関を見ると、横島がいた。

「なにやってるだべ?また、小竜姫さまの機嫌を損ねて、叩き出されただべか?
邪魔だから、さっさとどくだ!」

そう言って、横島に近づく。
広告のチラシを見ながら歩いているので、横島の様子に気が付かない。

「もう!邪魔だからさっさと・・・!?」

チラシから顔を上げた早苗は、そのまま固まった。

早苗の悲鳴が響き渡った。

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小竜姫は飛び起きた。

早苗の悲鳴で目が覚めたのだ。
ふと、手に何かが当たる。文殊だ。【眠】の文殊は、輝きを失っている。
慌てて、ベッドから飛び出す。
散らかっている服を、まどろっこしそうに着ると、部屋を飛び出した。
玄関は開いたままだった。
そのまま、裸足で外へ飛び出す。

そこには、血の海に倒れている横島と、それを呆然と眺めている早苗がいた。

「横島さん!!!!」

駆け寄る小竜姫。
そのまま、最大出力でヒーリングをかける。
しかし、とてもではないが、間に合いそうにない。

「横島さん!横島さん!横島さん!横島さん!!」

ひたすら、呼び続ける小竜姫。
その願いが叶ったのか、横島の目がうっすらと開いた。
口が、僅かに動く。だが、声は出ていない。
手が、少しだけ小竜姫へ向けて動いた。
慌てて、横島の手をこぶしごと両手で包み込む。
横島は、ほんの僅かに微笑んだ後、そのまま目を閉じた。

「・・・横島さん?」

横島はもう反応しない。

「あああああああああああああああああああ!!!!!!」

小竜姫の慟哭が、響き渡った。


「・・・見てらんないのねー。」

ここは、神界。横島の様子をずっと、監視していたヒャクメは、
嘆き悲しむ小竜姫を正視できず、頭に繋がっていた機械を外した。
横島の抹殺を監視するように命令されたヒャクメは、ずっと見ていたのだ。


再び、横島除霊事務所前。

「生きて!生きてよ!!ねえ、横島さん!!」

小竜姫は、横島の手を握ったまま叫ぶ。
早苗は、小竜姫をやりきれない表情で見ている。
素人目にも、横島が明らかに手遅れであることは分かる。

まだ微かに息はあるが、横島の命の灯火は、まもなく消えようとしている。
救急車を呼んだところで、まず間に合わない。
小竜姫は、突如動きを止めた。

「・・・昔ヒャクメに教えて貰った技・・・できるか?」

そう言って、小竜姫は横島に乗り移ろうとした。
だが、普通の人間ならばまだしも、横島は魔族とのハーフ。
ヒャクメのように精通しているならともかく、殆ど使ったことのない小竜姫は、うまく乗り移れない。
焦りのため、余計にうまくいかない。横島の命の時計は、まもなく止まる。
突如、観覧車での会話が脳裏に浮かんだ。

『もし、ルシオラさんと逆の立場だったら、横島さんはどうしてましたか?』
『私も、同じ事をしますよ。』

自らの命と引き替えに、相手を助ける。
考えている暇はない。だが、小竜姫は実行しようとして、直ぐに動きを止めてしまう。
ルシオラは、妖毒によって霊基が壊れていく横島を助けるために、自らの霊基を流し込んだ。
しかし、今回は物理的な損傷によって命が消えつつあるのだ。前提が全く違う。

万策尽きた小竜姫は、掠れるような声で祈るように囁く。

「生きて・・・横島さん・・・・・・!」

早苗は、ふと、小竜姫の手が光っているのに気が付いた。
いや、正確には、小竜姫が握っている横島の拳が光っている。

「小竜姫さま!手を見るだ!!」

早苗は、慌てて小竜姫に叫ぶ。
小竜姫は、初めてそれに気づいたらしい。
見ると、小竜姫が握っていた横島の手の中から、文殊が出てきた。
文殊には、【生】の文字が浮かび上がり、輝いていた。

「こ、これは!?そうか!!」

小竜姫は、瞬時に理解する。
文殊は、横島の手に握られていた。小竜姫は、それを包み込んで念を送り続けた。
小竜姫の念が、横島の手を中継して、文殊を発動させたのだ。
その文殊が、後一歩で死亡する横島の命を、引き留めていた。
早苗が叫ぶ。

「小竜姫さま!まだ僅かだけど、息がある!!早く【治】の文殊を作るだ!!」

早苗は、横島が大怪我しても、【治】の文殊であっという間に復活するのを何度か見ていた。
小竜姫が、大きく頷く。
手のひらには1個の文殊しかなかった。だが、横島のポケットから、
数個の文殊が転げ出ているのを早苗が見つける。その文殊を横島の手と一緒に包み込み、
小竜姫は、念を送った。

神界では、ヒャクメが暗い顔をしていた。

「親友が苦しむ姿を見るのは、嫌なのねー。でも、任務だから、仕方ないかー。」

そう言って、再び機械を頭に付ける。
ヒャクメは驚いた。小竜姫と早苗が、横島を事務所に運び入れている。
それだけならば、死者を運び入れているのと変わらない。
だが、2人は必死に治療を続けていた。つまり、横島はまだ生きているのだ。
やがて、機械からは、小竜姫と早苗が、抱き合って喜んでいる姿が見える。

「どういうことなの?」

ヒャクメは驚いている。どう見ても、死ぬはずだった。
だが、現実に死んではいないらしい。
ヒャクメは周りをすっと見渡す。
そして、気づかれないようにトランクを持って、神界から姿を消した。

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「・・・う。」

横島が、小さな声を出した。

『あれ・・・?俺は確か死んだはずだったよな・・・。』

手を動かしてみる。だるいが、なんとか動かせるようだ。
その手を、胸に持っていく。傷はなかった。
周りを見渡してみる。ここは、横島の寝室だ。

「夢やったんかな・・・?」

その声に、反応した影があった。
視線を向けると、早苗が泣き笑いに近い表情で、横島を凝視していた。

「横島さん!?気がついただか!
小竜姫さま!!横島さんの意識が戻っただよ!!」

小竜姫は、横島のベッドにもたれかかっていた。
文殊の発動と、連続のヒーリングで、疲労していたのだ。
早苗の声にバッと立ち上がり、横島を見る。
何か言うことが山ほどあるという顔をする。
しかし、出てきた言葉は、ありふれたものだった。

「・・・横島さん。気分はどうですか?」

横島は、小竜姫をじっと見る。

「俺、確か死んだはずっすよね。銃で撃たれて。
なんで生きてるんすか?」
「・・・。」
「・・・小竜姫さまが必死になって助けたんだ。」
「そっか・・・。ありがとうございます。
・・・でも、小竜姫さま。任務はどうするんすか?」

小竜姫は黙ってしまう。
その時、寝室の扉が開いた。
反射的に、御神刀を構える小竜姫。

「・・・やっぱりねー。生きてたのねー。」
「ヒャクメ!?」

驚きつつ、小竜姫は構えを解かない。
鋭い目つきでヒャクメを睨んでいる。

「何しにきたの?ヒャクメ。」
「そんな怖い顔をしないでよねー。
横島さんが生きてることを知ってるのは、私だけなのねー。」
「上層部へ報告するの?」
「・・・それなら、わざわざここまでこないのよねー。」

小竜姫は、構えを解いた。
ヒャクメは、安心したように横島に近づく。
おもむろに、トランクを開けて、横島に線を繋げようとした。
御神刀が、ヒャクメの首筋に当てられる。

「なにするつもり?」
「横島さんの体調を調べるに決まってるのよねー。
ちょっとは信用して欲しいわよねー。」

小竜姫は、御神刀を鞘に戻した。
ヒャクメは、キーボードを叩きながら、小竜姫に尋ねる。

「これから、どうするつもりなのー?
神界を裏切るつもりー?横島さんが生きていることは、直ぐにばれるわよー?」

小竜姫は、黙っている。
黙っているしかなかった。これからのことが、全く考えられない。
神界の索敵能力は、小竜姫もよく知っている。

「どこかに、異空間に繋がっている場所とか、強力な結界に包まれている
場所があれば、なんとかごまかせるかもしれないけどねー。」

横島の検査が終わったようだ。

「外傷はほぼ完治しているわねー。でも、大量の血が出ているから、
殆ど動けない筈なのよねー。輸血するか、最低でも1ヶ月じっとしてるしかないのよねー。
それにしても、よくこれだけ血が流れ出て、無事だったわねー。
さすがは、魔族とのハーフよねー。」

その言葉に、早苗が反応する。

「えっ?横島さんって、魔族とのハーフなのか?」
「あっ・・・。」

ヒャクメは、慌てて口を押さえた。
だが、横島が早苗に話す。

「ああ。俺は人間じゃねーんだ。3年前までは、人間だったんだけどな。
ところで、ヒャクメさま。結界があるところなら、いいんすか?」
「ええ。強力なやつなら、しばらくは大丈夫ですねー。」
「んじゃ、美神さんところに・・・。」
「それは止めた方がいいと思うのよねー。人間界にも、横島さん抹殺の要請が出てるからねー。」
「・・・そうっすか。」

四面楚歌である。
しばらく沈黙が続く。

「俺、ちょっと心当たりあるところがあるんすけど、そこへ行ってもらえないっすか?」
「それじゃ、わたすが運転するだ。」
「私も行きます。」
「ちょ、ちょっと待つのねー!小竜姫、本当に神界を裏切るつもりなのー?」

小竜姫は、決意を込めた目でヒャクメを見た。

「もう、私は後には戻れない。ヒャクメ、今までありがとう。」

横島は、小竜姫が神界を裏切るのを止めようと叫ぶ。

「小竜姫さま、それは・・・!」
「黙りなさい。」

有無を言わさぬ小竜姫の声。
横島は、じっと小竜姫を見つめる。そして、諦めたように小竜姫に話しかけた。

「ほんと、馬鹿なんすから。小竜姫さまは。」
「誰のせいで、馬鹿になったと思ってるんです?」

2人は、罵りあう会話をしながら、なぜか微笑んでいた。
ヒャクメはため息をつきながら、首を横に振る。

「・・・分かったわよー。私も一緒に行くわよねー。」
「えっ?」
「横島さんが生きているのを知っていて、黙っていたから私も同罪なのよねー。
それに、親友を見捨てる訳にはいかないわよ・・・。」
「・・・ごめんね。ヒャクメ。」
「礼は、逃げ切れてから言って欲しいわよねー。」

4人は、素早く荷物をまとめ、早苗の運転で、どこかへ向かって車を走らせていった。


※この作品は、hoge太郎さんによる C-WWW への投稿作品です。
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