もう一つの物語

第三話 弟子入り



「・・・というわけなんです。老師。」
「ふ〜む。」

老師こと、斉天大聖老師はキセルをふかしつつ、ゲームに没頭している。

「あの、老師?」
「ふ〜む。」

テレビ画面には、老師の操るキャラクターが、鮮やかな動きで敵を打ちのめしている。

「あの・・・?」
「ふ〜む。」

プチッ。

「老師!!!!!!!!」
「のわあっ!」

小竜姫の声に慌てた猿は、コントローラから手を滑らせる。
コンピュータはその一瞬の隙を逃さず、老師のキャラクターは
あっという間にKOされた。

「なんてことするんじゃ小竜姫!あと一人!あと一人だったんじゃぞ!!」

だが、言葉を続けることはできない。小竜姫の怒りの顔が、眼前に迫る。

「な・に・が・あと一人だったのですか?老師!!」
「あ、いや、こっちの話じゃ。相変わらず切れやすいのう、小竜姫。修行が足らん。」
「私の話をお聞きにならないからです!!」
「聞いておったわい。ちょうどいいタイミングじゃ。雇えばよかろう。」

あっさりと言う老師に、小竜姫は戸惑う。

「え?あの、いいんですか?」

老師はすでに、新しいキャラクターを吟味している最中だ。

「いいぞ。給料その他諸々は小竜姫、お主に全て任せる。」
「はあ・・・。」

拍子抜けした小竜姫は、ふと気になった一言を思い出した。

「あの、タイミングがいいってどういう意味なんですか?」

老師は、しばらくキャラクターのステータスを眺めていた。

「今はまだ話す段階ではない。話すべき時がくれば話す。それだけじゃ。」

一瞬、老師の顔が暗くなったような気がしたが、それを確認するひまも無く、
ゲームが始まった。話は終わりということだ。

「わかりました。」

そういうと、小竜姫は立ち上がり、出張所に戻っていった。

「・・・あの小僧はいいやつじゃ。だがな・・・。」

老師の呟きは、誰にも聞かれることはなかった。

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老師の許可を得た小竜姫は、出張所へ向かって歩いている。
横島のことについて全権を得たのはいいが、具体的にどうすればいいのか
よくわからない。パピリオのことは、神族上層部が殆どを決定していたから、
小竜姫はその決定に従っていればよかった。

『う〜ん』

考えていると、横島の待っている部屋まで来てしまった。
とりあえず、採用するということを伝えようと、部屋に入ろうとすると、
パピリオの声が聞こえてきた。

「でね、小竜姫ったら酷いんでちゅよ。」

『え、私の事?』

小竜姫は思わず聞き耳を立ててしまう。

「まるでパピリオを苛めるのが趣味みたいに、
辛く苦しい仕事を押し付けるんでちゅ。
そのあと、修行でも苛められるんでちゅ。ヨコチマも気をつけたほうが
いいでちゅよ?きっと小竜姫はサドなんでちゅ。」

ピキピキッ!!
小竜姫の綺麗な顔に、青筋が走る。
姿を現し、怒鳴りつけようとした小竜姫は、横島の声で動きを止める。

「はは、そうだな。パピリオにとっては苛めかもしれねーな。
でもな、小竜姫さまは、苛めようとしてるんじゃねーよ。」
「なんでそんなことがヨコチマにわかるんでちゅか。」

ちょっとムッとしたパピリオの声。

「俺は今まで美神さん所で働いてただろ。まあ、あの人にとっては
俺をぶっ叩くのは趣味だったかもしれねーけど、でも、あの人に出会う前の
俺に比べたら、俺はずっと強くなった。大した強さじゃねーけどな。」

少し寂しそうな横島の声。

「ま、騙されたと思って、もう少し小竜姫さまの元に居てみろよ。
辞めるのはいつでもできるさ。だけど、もう一度やり直そうと思っても、
もうその時は二度と戻らねえ。二度とな・・・。」
「ヨコチマ・・・?」
「あ、すまん!柄にもねーこといっちまって。
ようするにあれだ。俺だったら多少苛められたって、あんな綺麗な
小竜姫さまの元を出ようなんて考えねーっつーこった。わははは!!」
「やっぱりヨコチマでちゅねー。」

部屋からは、あきれたようなパピリオの声がした。

「コホン」

軽く咳払いをしてから、小竜姫は姿を現した。
横島は、緊張した顔になる。
パピリオは、まずい!という表情をして、コソコソと逃げようとする。

「どこへ行くのです?パピリオ。」

ビクッとしたパピリオは、慣れない愛想笑いを浮かべる。

「け、境内の掃除は終わりましたでちゅ。」
「そ。ご苦労でした。それじゃ、パピリオもそこへ座りなさい。」
「あ、そうだ、あれもしなくちゃならないでちゅ!」
「座りなさい。」
「・・・はいでちゅ。」

渋々と横島の隣に座るパピリオ。
小竜姫は、横島の正面に座り、改めて横島を見る。
横島は、小竜姫の言葉を待っている。

「横島さん。」
「はい。」
「老師の許可を得ました。今日から、働いてもらいます。」

横島の表情が、緊張したものから、喜びの顔へと変わる。

「あ、あ、ありがとうございます!!小竜姫さま!!!」

横島は、ガバッと小竜姫の手を取り、ブンブンと上下に振り回す。

「よ、横島さん!落ち着いて!」

困った顔をしているが、小竜姫もどこか嬉しそうだ。
パピリオは、よくわかっていなかったが、それでも横島が
妙神山で働くということはわかった。一緒になって喜ぶ。

「と、とにかく、横島さんの事については、私が老師より
全権を承りました。これから、横島さんのスケジュールを
決めたいと思います。とりあえず、私のお手伝いをお願い
したいのですが、よろしいですか?横島さん。」
「問題ないっす。」

横島は即答する。
だが、

「駄目でちゅ。」

パピリオが口を挟む。

「ヨコチマは私の手伝いをするんでちゅ。朝の掃除から洗濯、
他にも一杯あるでちゅ。」
「あれは、修行の一環だといってるでしょ!」
「なんで掃除するのが修行なんでちゅか!納得できないでちゅ!」

いつもは、小竜姫の迫力に負けて、直ぐに撤退するパピリオだったが、
横島が隣にいて、少し強気になっているようだ。

「あなたの修行メニューは、私と老師、そして神族上層部が
相談して決めています。掃除も立派な修行です。
霊力は立派なものを持っていますが、あなたには、
精神面の修行も必要なんです。文句を言わない!」
「納得いかないでちゅ!」

横島は、二人のやりとりを、おろおろと聞いている。
少しだけ、おキヌの気持ちがわかったような気がした横島であった。

「いい加減にしなさい!!パピリオ!」
「嫌でちゅ!!」

小竜姫が切れる。だがパピリオも負けていない。
意外と小竜姫は切れやすかったりする。
パピリオも、精神面が幼いため、意地になっている。

「だーーーーーーー!二人とも落ち着いて!!
小竜姫さまの手伝いは喜んでします!それと、修行というなら、
俺も参加したいので、パピリオの手伝いもします!
それでいいでしょ?ね?ね?」

興奮して立ち上がり、今にも掴み合いの喧嘩をしそうな二人を
なんとか宥めようとする横島。
肩で息をしていた二人だったが、小竜姫がすっと座ると、
パピリオも座った。

「ごめんなさい、横島さん。恥ずかしいところをお見せしてしまって。」
「ふん。ヨコチマがそんなに言うなら、手伝いをさせてやってもいいでちゅ。」
「パピリオ!!」

またも切れかかる小竜姫。

「まあまあ、落ち着いてください、小竜姫さま!ね!」

んべーーーッと舌を出すパピリオ。

「グギガガガガガガガッ!!!」

「こらっ、パピリオ!これ以上煽るんじゃねー!
しょ、小竜姫さま!他には何かありませんか?」

なんとか話題を逸らそうと必死になる横島。

「・・・そうですね。他には・・・そうだ、給料!
う〜ん、妙神山には、日本の通貨がないんですよ。
小判でいいですか?横島さん。」
「何でもオッケーっす。」
「わかりました。それじゃ、月に小判3枚ということで。」

『いくらくらいなんだろう?』

横島は頭の中で計算した。

『確か、以前厄珍堂で、俺ががめてた小判を換金したときは、
1枚2万円だったよな。てことは、6万か。悪くないな。』

あの厄珍堂を基準に考えているあたり、横島はまだまだ経験が足りない。
その時、横島の腹が、大きな音を立てた。

「恥ずかしい奴でちゅね。」
「し、仕方ねーだろ!昨日の朝から、何も食べてねーんだから!」
「ふふっ!それじゃ、横島さん。早速お仕事です。
朝食を作るのを手伝ってください。」
「は、はい!」

横島は、バタバタと小竜姫についていった。

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「こ・・・これは。」

横島の口があんぐりと開く。
純和風の建物の中に、忽然と姿を現す豪華なシステムキッチン。
どこから引いているのか、ガス・水道、もちろん電気も通っている。

「驚かれましたか?横島さん。以前私がここを潰してしまった後、
美神さんが、ついでにということで、サービスしてくれたんです。」

驚く横島を悪戯っ子のように眺めている小竜姫。
横島が予想通りの反応を示してくれて、満足のようだ。

「老師にはなんて伝えたんです?」
「美神さんのサービス、とだけ伝えてあります。秘密ですよ?横島さん。」

小竜姫は、片目を瞑り、人差し指を口の前に立てる。
はっきりいって、めっちゃ可愛い。横島の顔が、自然に赤くなる。

「それじゃ、始めましょうか。
横島さんは、お皿などを運んでください。場所は、ここから3つ目の部屋です。」

そう言うと、小竜姫は、これまた可愛いエプロンを付け、料理を始める。

『しょ、小竜姫さまのエプロン姿・・・!!』

小竜姫は鼻歌交じりに、どこか楽しそうに料理をしている。

『・・・はっ!!い、いかん!折角妙神山に雇ってもらったのに、
1日目でセクハラで追い出されたら泣くに泣けん!いや、それよりも
剣の実験台はきつい・・・。』

なんとか煩悩を押さえ込むことに成功する横島。少しは成長しているようだ。
そうこうしているうちに、料理がちゃぶ台の上に並べられる。

『こういうのを、和洋折衷ってゆーのかな?』

横島は並べられている料理を見て、心の中で呟いた。

「「「いただきます!」」」

バッと料理に食らいつく横島。

「こらうまい!こらうまい!!うまいっすよ小竜姫さま!!」

ズババババ!!という感じで料理を掻っ込む。

「そうですか?あまり自信ないんですけど。」

そういいつつ、嬉しそうな小竜姫。
パピリオは、横島の食いっぷりに呆れている。
ちなみに、パピリオは小竜姫の心温まる(?)指導のおかげで、
一通りのものは食べられるようになっている。

「まったく、もう少し落ち着いて食べられないんでちゅか?ヨコチマ。」

そういいつつ、横島のメザシをちゃっかりゲット。

「あっ!!パピリオてめー!そのメザシは俺んだーーー!」
「ボーっとしてるからいけないんでちゅ。これも修行でちゅ。」

とパピリオが得意顔で喋っている間に、横島に卵焼きを取られる。

「なにするんでちゅか!それはパピリオの卵焼きでちゅ!!」
「人生うまくいかないものなんだよ、パピリオ。」

息詰まる箸の攻防を楽しそうに眺めている小竜姫。

横島の妙神山での最初の一日が始まった。



※この作品は、hoge太郎さんによる C-WWW への投稿作品です。
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