もう一つの物語

第六話 神族と除霊と意外な弱点



5階建ての古い雑居ビル。ビルの前に、1台の軽自動車が止まっている。
別に報酬があるわけでもないが、横島は、久々に除霊をしてみたくなった。

「小竜姫さま、ちょっと寄ってみてもいいですか?
霊がいるみたいなんすけど、人もいるみたいですし。」

小竜姫は、建物を見上げる。

「そうですね。それじゃ、私も一緒に行きます。」
「無理に付き合って貰わなくてもいいっすよ?」
「無理はしてません。それとも、私がいると迷惑ですか?」
「んなわけありませんって。」
「それじゃ、行きましょう。」

2人は気楽に構え、建物の中に入った。
中はガランとしている。ちらほら、テナントが入っている部屋があるようだ。
しかし、人の気配が殆ど無かった。
そう、殆ど。つまり、人の気配を感じる。

右の奥の部屋だ。
小竜姫は、珍しそうに周りを見ている。
とりあえず、小竜姫はそのままにしておき、横島は気配を感じる部屋に忍び寄る。
霊の気配はずっと感じている。だが、横島のもう一つのレーダーが、ある反応を捉えていた。
美少女の気配である。

そっと部屋を覗く。
すると、巫女姿の女性の後ろ姿が見えた。壁に向かって何かをしている。
ショートカットだ。横島の勘が、美少女と認定する。
と同時に、持病の発作を起こす。

「ねーーちゃん!俺と茶あーしばきに行かへ・・・ぶっ!!」
「このセクハラ野郎ーーーーーー!!!」

横島が飛びつくと、巫女姿の女性は、振り向きざまに渾身の一撃を放った。
見事に、横島の顔面に拳がめり込む。

「な・・・なんでやねん!」

横島は、床をのたうち回っている。

「どうしました!?」

小竜姫が部屋に飛び込んでくる。

「はぁはぁ。あれ?横島さんでねーか。何してるんだべ?」
「そ・・・その声!しゃべり方は、もしかして早苗ちゃん?」

横島が慌てて顔を上げる。確かに、おキヌの義理の姉、氷室早苗だった。
ふと横を見ると、小竜姫が戦闘態勢をとっている。

「あ、大丈夫っす。おキヌちゃんの姉っす。」
「え?おキヌちゃんの?」

小竜姫は、驚いたように早苗を見た。安心したように戦闘態勢を解く。
突然、早苗が怒り出す。

「なんでわたすの除霊を邪魔すんだ!また結界を張り直さなきゃならねえよ!」
「へ?早苗ちゃんが除霊してんの?」
「わたすだけじゃねえべ。父っちゃも来てるだ。
それよりも、あんた今暇か?暇だべな。よし、手伝うだ!」
「こらっ!誰が暇だと言った!」
「じゃあ、何しにこんな所へ来たんだべ?除霊がしたかったんじゃねえの?」
「う、いや、その通りなんだけど。」
「横島さんのお陰で、作業が遅れたんだべ?その位の礼をしてもバチは当たんねーぞ。
どうせすることないだろ?さっさと手伝うだ。」
『この女は嫌いだーーー!』
「ブツブツ言ってねーで、さっさとお札を貼るだ!今回の悪霊は強力なんで、余裕ないんだぞ!
それと、そっちの女の子は外に出しておくだ。素人がいても、足手まといになるだけだ。」

ムッとする小竜姫。

「私は素人ではありません!」
「んだら、除霊の経験はあるのか?」
「いえ、それはないですけど・・・。でも、そんなの簡単にできます!」
「ほー、面白いこと言う娘だべ。」

早苗のこめかみに、青筋が走る。危険な除霊作業を簡単と言われて、カチンときたのだ。

「そんなに言うなら、横島さんと2人で行ってくればいいだ。その代わり、大怪我しても
しらねーぞ!」
「ご心配をどうも!」

「「ふふふふふふふふふふふふふふふ」」

小竜姫と早苗の間に、怪しい火花が散る。
横島は、何やってんだかという目で2人を見ていた。

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横島は、早苗に渡された札を、ビルの中に次々と貼っていった。
美神の丁稚時代に散々やらされていたので、どの位置に、どうやって配置していくかは、
大体覚えている。なかなか手際よい。

「あのー、横島さん。私は何をすればいいんでしょう?」
「大丈夫っす。特に手が必要じゃないので。」
「そうですか・・・。」

ボーっと横島の作業を眺めている小竜姫。
突然、小竜姫のもたれていた壁から、悪霊が出現する。
驚いた小竜姫は、思わず壁に向かって、霊気砲を放った。
鈍い爆発音が、建物を揺らす。壁に貼っていたお札も一緒に消し飛んだ。
横島は、間髪入れず、悪霊に霊波刀を叩き込む。悪霊はそのまま消えた。
突然の爆発音に驚いた早苗と、早苗の父が飛び込んでくる。既に合流していたようだ。

「なんだべ!?今の爆発音は!」

ときょろきょろする早苗は、壁の大穴を見て、大声を上げた。

「あーーーー!結界に穴が空いてる!横島さん、あんたの仕業だな?
どうすんだべ!建物に被害を与えないようにという依頼だったんだぞ!!」
「早苗、済んでしまったことは仕方ないだろう。
それよりも、横島さん。結界が貼れなくなってしまった以上、悪霊を倒すしかありません。
手伝って頂けませんか?」

早苗の父が、横島を見る。
悪霊を倒したと思っていた横島だったが、確かに、霊の気配は衰えようとしない。
いや、むしろ、気配は強くなってきている。

「すんません、俺のせいで。ところで、この霊の気配からすると、もしかして
相当の数がいるんじゃありませんか?氷室さん。」
「ええ、仰るとおりです。大体の部屋には結界を張ってあります。そして、建物の外に霊が
逃げないようにしてあります。ですが、それでも全てを封じている訳ではありません。
分散している霊を、一つ一つ除霊して行くしかありません。」

横島は、ちょっと思案顔になった。
小竜姫は、自分がやったと言おうとしたが、横島に目で止められた。
早苗は、いらつくように横島に食ってかかる。

「何を考えているんだべ!?あんたのせいなんだから、手伝うのは当然だべ!」
「わーってるよ。・・・よし。氷室さん、早苗ちゃん。壁の穴の両側に待機してください。」
「どうするおつもりなんです?横島さん。」
「分散している霊を一つにまとめます。」

そう言うと、横島は手のひらに霊力を集中する。
2つの文殊が現れ、その文殊を横島は部屋の中央に投げた。
すると、あちこちの部屋から隠れていた霊が一気に出てくる。
文殊には、【霊】【団】という文字が浮かび上がり、輝いていた。

「すごい・・・!」

早苗の父は、どんどん膨れあがっていく霊団を見ている。
だが、集まる霊に比して、強力になっていく霊団の霊力を恐れた。

「横島さん!これ以上集めると、私達の持っている札では、対処できなくなります!」

横島は、チラッと氷室親子を見る。
大丈夫。というふうに軽く微笑むと、直ぐに真剣な顔に戻る。
早苗は、かなり驚いていた。いつものヘラヘラとした横島とは雰囲気が全く違う。

横島は、手のひらを部屋の中央の文殊に向けたまま、霊力を発し続けている。
文殊の効果を維持させるためだ。一度きりの効果であれば、ある程度文殊は
効果を発揮し続ける。しかし、時を追うごとに制御が難しくなる今回のような場合は、
強力な霊力を、一定の力で発し続けなければならない。
魔族と人間のハーフである霊力。それを修行によって制御できるようになって、
初めて可能になる芸当だ。
以前の横島では、到底不可能なことだった。

やがて、建物の中にいた全ての霊が集まったようだ。

突然、どこから出したのか、小竜姫が御神刀で霊団に斬りかかった。
だが、全く効果は無い。逆に、反撃を食らう小竜姫。

「なにやってるんすか!霊団に御神刀は効果ありません!引いてください!!」

横島は小竜姫に叫ぶ。だが、小竜姫は、霊団に御神刀ごとずるずると引き込まれていく。
横島は焦る心を抑え、もう2人に指示を飛ばす。

「氷室さん、早苗ちゃん!2人で、壁の穴に、簡易結界を!」

2人は、何も言わずに直ぐに作業に取りかかる。
穴にしめ縄を張っただけの簡易結界が、程なく完成する。

「散!!」

横島が開いていた手のひらを、気合いと共に閉じる。霊団のコアになっていた2つの文殊が砕け散った。
すると、一カ所に集まっていた悪霊が、部屋中へ一気に吹き出した。
間髪入れず、横島は【浄】の文殊を発動させる。キンッという音と共に、文殊が輝く。
・・・部屋には既に悪霊はおらず、清浄な気に包まれていた。

「・・・ふう。除霊終わり!久々に文殊を使ったな。」

霊団に飲み込まれかけていた小竜姫は、ペタンと床に座っている。呆然としているようだ。
その小竜姫に、横島は手を出して、ゆっくりと立ち上がらせる。
自分で肩をポンポンと叩き振り返ると、氷室親子が呆然と横島を眺めていた。

「あの、どうかしたんすか?あ、壁の穴ですよね。すんません!弁償しようにも金が・・・。」
「いや、そうではなく、うーむ、やはりおキヌの言っていたとおり、世界でもトップクラスの
GSという噂は本当だったんですね。お見事でした!」
「はあ?」
「ふーん、ま、ちょっとはやるようだべ。」

早苗流の、最大の賛辞だ。

「早苗ちゃんに誉められると、天変地異の前触れのような気が・・・ぶっ!!」
「人が折角誉めてやっているのに、なんだべ!その言い方は!!」
「・・・すんまへーん。」

鼻血をドクドク流しながら、横島はシクシクと泣いた。

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除霊を終えた氷室親子と、横島と小竜姫は、近くの喫茶店にいた。
小竜姫は黙ったままだ。端から見ていても、これでもかって言うほど落ち込んでいる。
早苗が、得意そうに言った。

「これに懲りて、素人が除霊に口だしするんでねーぞ!」
「こら、早苗!そんな言い方があるか!」
「だども、父っちゃ・・・わかっただよ。」

横島は困っていた。
小竜姫を落ち込ませるために、除霊に行ったわけではない。
ちょっとした気分転換のつもりだった。思ったより大きな除霊作業であったが。
横島に買って貰った服は、烏龍茶のシミどころではない。あちこちが破れ、汚れいている。
早苗が話題をそらそうと、冗談めいた口調で小竜姫に話しかける。

「ところで、あんた横島さんと付き合っているだべか?
物好きだなー。毎日セクハラに怯えて生活してるんだべ?わたすだったら、絶対嫌だけどなー。」

小竜姫は答えない。
横島は、早苗に口調をあわせる。

「そう?そう見える?付き合ってるように?やっぱそう見えるか!
光栄やなー!わはははは・・・は・・。」

横島は横目で小竜姫を見る。
やはり小竜姫は何もしゃべらない。
早苗は、ムッときたらしい。

「ちょっとあんた。なんかしゃべったらどうだべ?
そう言えば、名前を聞いてなかっただな。なんていうんだべ?」
「・・・小竜姫。」

初めて、ボソッと小竜姫は答えた。

「へー、小竜姫っていうんだか。変わった名だな。中国の人か?」
「小竜姫?」

早苗の父が、口に運びかけていたカップを、止める。

「小竜姫・・・小竜姫・・・・。どこかで聞いたんだが。
確か・・・小竜姫!?」

早苗の父が、驚愕の眼差しを小竜姫に向ける。

「あの、まさか妙神山の・・・?」

小竜姫は、コクッと小さく頷いた。
早苗は不思議そうに、父を見る。

「父っちゃ。知ってるだべか?」
「馬鹿ものーーーー!!!日ノ本の国の守護をなさっておられる、神々のお一人だ!」

早苗の父の声が喫茶店に響き渡る。
しかし、早苗は疑わしそうに父を見る。

「だども、神様ってあんなに弱いんだべか?
そもそも、神様がこんな商店街をうろうろしているわけねーべ。」

鋭い突っ込みを入れる早苗。
弱いという言葉に、ギュッと口を真一文字に結ぶ、小竜姫。
だが、父は確信しているらしい。

「無礼な事を言うな!証拠は頭のツノだ。あのツノは竜神族の証。
私も初めて拝見するが、昔読んだ書物の内容と一致する!」
「ふーん。」

早苗は小竜姫のツノをまじまじと眺める。

「横島さん。本当だべか?」

横島は苦笑しながら、本当だと答えた。
突然、小竜姫は立ち上がり、スタスタと出口に向かって歩いていく。
慌てて横島は、コーヒー代をテーブルの上に置き、更に、自分と小竜姫のことを
内緒にしてくれとたのんで、小竜姫を追いかけていった。

日が暮れようとしている。
長い影を目で追うと、小竜姫が橋の上に立っていた。
そっと近づく横島。小竜姫は、じっと夕日を眺めている。
横島は、夕日の中に佇む小竜姫を、ハッとしたように凝視した。
失ってしまった大切な人影と、重なって見えたような気がしたのだ。
横島は軽く首を横に振り、小竜姫に優しく語りかける。

「行きましょうか。随分遅れてしまったので、鬼門が心配してるっすよ?」

小竜姫は、小さく頷くと、鬼門が待つ場所へ歩いていく。
横島は、鬼門に散々責められたあと、小竜姫と共に車に乗り込んだ。

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小竜姫は、暗くなった外を、じっと眺めていた。
横島は心配そうに小竜姫を見ている。小竜姫は、独り言のように、小さく呟いた。

「・・・私は、なんの役にも立ちませんでしたね。
むしろ、足手まといでしかなかった。」
「仕方ないっすよ。除霊の現場って、初めてなんすよね。
俺なんか、美神さんのところで、荷物持ちばっかりしてましたから。」

横島は、小竜姫から視線をはずし、ゆっくりと話し始める。

「除霊に霊力がいるのは、間違いないんです。でも、相手の特性によって、
対処法が色々あるんですよ。」

小竜姫は、窓の外を見たままだ。
車窓に夜の町の灯りが流れる。

「今回は、俺が作った霊団が相手でしたけど、ああいった相手には、
俺の霊波刀はもちろん、小竜姫さまの御神刀も役に立たないんです。
全てがそうじゃない、というのが面倒なところなんですがね。」

一呼吸置く横島。

「GSが対応する除霊の8割方は、ああいう悪霊が相手なんすよ。
魔族や魔物、妖怪。さらには神族が相手なら、小竜姫さまの御神刀が有効なんすけどね。
あと厄介なのは、除霊には大概条件が付くんです。建物を壊すなっとかね。
建物ごと潰してもいいんだったら、俺と小竜姫さまで、5分もあれば十分なんすけど。」

小竜姫は、窓の外を見たまま、また呟いた。

「私は、思い上がっていました。神族だから、人間が行う除霊なんて、
簡単だと思っていました。でも、実際は竜神族の恥をばらまいてしまった。
ただ眺めているしかできなくて。何か横島さんの役に立ちたくて・・・。
でも・・・!」

小竜姫が拳をぎゅっと握りしめる。

「でも、役に立つどころか、横島さんに買って貰った服をボロボロにしてしまって、
私は、私・・・!」

最後の方はもはや言葉になっていない。
横島は、じっと小竜姫を見ている。突然、明るい声で横島は小竜姫に語りかけた。

「でも、よかったっす。」

小竜姫は、キッと横島を睨む。

「何がいいんです!!」

横島は、屈託のない笑みを小竜姫に向ける。

「だって、今まで俺は、小竜姫さまに教えて貰ってばかりだったじゃないですか。
それが、除霊に関してはほんの少し、俺が小竜姫さまに教えることができる。
小竜姫さまが、何でもできてしまったら、俺が得意顔で小竜姫さまに、
教えることができなくなっちまう。少なくとも、小竜姫さまに頼ってばかりではなくて、
俺が小竜姫さまを守ることもできるということっすよ。」

小竜姫は、横島をじっと見ている。

「俺自身、大したことできないっすけど、でも、ちょっとは頼ってみてください。
・・・俺だって、つまり、その、小竜姫さまを守りたいんです!!
・・・とか言ってみたりして。」

横島は、最後で恥ずかしさから、戯けた風に話す。
横島は、小竜姫をちらっと横目で見た。小竜姫の目は、じっと横島を見つめている。
その目は、落ち込んでいる目ではない。
嬉しくて、悲しくて、ちょっと恥ずかしくて。そんな感じの目だ。

「・・・生意気言うんじゃありません!」

小竜姫は、横島の額を指で軽く突いた。
少し怒った風に、小竜姫は横島に話す。

「私はあなたの師匠なんですよ?」
「す、すんませ・・・」

横島の言葉を遮るように、小竜姫が指を横島の口にすっとあてる。

「・・・でも、除霊に関しては、あなたの弟子になってあげます。」
「・・・え?」
「不満ですか?」
「不満だと思いますか?」
「・・・ふふっ!」

お互いにクスクスと笑う。
鬼門は、後部座席でクスクスと笑っている2人が気になるようで、
ミラーでチラチラ見ている。

「ねえ、横島さん。」
「なんすか?」
「また、GSをやってみたい?」
「そうっすねー。一応本業ですからねー。」
「あら。それじゃ妙神山のお仕事は、副業なんですか?」
「そ、そんなことはないっす!わはははは!」

慌てて取り繕う横島。
小竜姫は、窓の外を眺めている。

「・・・。」

何かを決心したように、小竜姫は小さく頷いた。



※この作品は、hoge太郎さんによる C-WWW への投稿作品です。
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