BELOVED

著者:J・D・A


 うだるような暑さも終わりを迎えた晩夏の東京。
 しかし、美神除霊事務所は違っていた。誰もいないオフィスで一人頭を抱える犬(無礼な!拙者、犬ではなく人狼でござる!!)一匹。よく見ると、悩んでいるようにも見える。その雰囲気が奇妙な暑さを醸し出していた。
 そんなオフィスに入ってくる狐(アタシはただの狐じゃなくて、妖狐よ、妖狐!!)一匹。そしてその中で、頭を抱えている犬を見つけた。
「うーん、暑いわねー。シロ、あんたよくこんな所にいられるわね。」
頭を抱えている犬に声をかける狐。
「あ、タマモでござるか・・・」
元気のない声で反応する犬。
「どうしちゃたの、柄にもなく頭なんて抱えちゃって。こりゃー明日は槍でも降ってくるのかしら。」
「(ムッ)タマモ、拙者を馬鹿にしてるのでござるか?」
「べっつにー。ただあんたが悩むなんてほとんどないからさ。ま、どうせ悩むっつても、どうせ今日の晩ご飯の事とかでしょ?」
「おのれ〜!!貴様、それ以上拙者を愚弄すると、霊波刀の錆にするでござるぞ!!」
シロの手には霊波刀が構えられている。
「じょ、冗談だって。」
さすがにからかうのをやめるタマモ。
「だけどさあ、本当の所、何悩んでたの?」
「聞いてくれるでござるか?」
機嫌が直ったシロ。
「ま〜ね。でも、どうせアイツの事でしょ?」
「う、なんで解ったでござるか!」
「あんたが悩むなんて、どうせそれくらいだろうから。」
「う、まあ、その通りでござるが・・・」
「で、アイツがどうかしたの?」
「それがでござるなー、先生、最近変ではござらんか?」
「変って?」
「最近、いつも沈んでるっていうか、おとなしいっていうのか・・・とにかく、変ではござらんか?」
「そういえばそうね・・・口数も少ないし、なにより、美神さんのシャワー覗かないもんね。」
「そうでござろう!なんか悩んでるのでござろうか・・・」
「う〜ん、アイツが悩むなんてあるのかしら・・・」
それっきり、なにも喋らず、頭を抱える犬と狐。

しばらくして・・・
「ただいまー。」
オフィスにおキヌの声が響く。そして・・・奇妙な光景に気付く。
「シ、シロちゃん?タマモちゃん?どうしたの、二人して頭なんて抱えちゃって。」
「あ、おキヌちゃん、おかえり・・・」
「おかえりでござる・・・おキヌどの・・・」
ようやくおキヌに気付く二匹。そしてまた頭を抱えだす二匹。
「な、なにがあったの?二人して・・・?」
ちょっと狼狽するおキヌ。
「じつは・・・」
ようやく口を開くタマモ。
「横島先生のことでござるが・・・」
シロも口を開く。
「え、横島さんがどうかした?」
「最近、変じゃない?」
「変って?」
「なにか、いつも悩んでいるではござらんか?」
「そういえば・・・悩んでいるような気もするわね・・・」
「なにか心当たり、ある?」
「別にないけど・・・」
こうして美神除霊事務所には再び沈黙が走る。が、すぐに、おキヌが気付いたように声をあげた。
「あ、そういえば・・・」
「ど、どうしたの?」
「なにがあったでござるか?」
突然の声に驚くタマモとシロ。
「そうよね・・・もうすぐ一年になるのよね・・・」
「なにが?」
「なんのことでござる?」
おキヌが一人納得するなか、首を傾げる二匹。
「うん・・・あの日から、もうすぐ一年になるの・・・」
「あの日?」
「いつのことでござる?」
さらに首を傾げる二匹。
「あ、二人とも、知らないのよね、あの日のこと・・・そうよね、二人がここに来る前だったのよね・・・」
「アタシたちが来る前、何かあったの?」
さらに首を傾げる二人。
「うん・・・」
ちょっと遠くを見るような目をするおキヌ。
「ちょうど一年くらい前に私たち、最強の魔族と闘ったの・・・」
「え・・・?魔族・・・?」
「魔族って・・・?」
驚愕する二匹。
「その時、その魔族を倒したのが横島さんなの・・・」
「え・・・?ア、アイツが・・・?」
「さすが先生でござる!!」
さらに驚愕するタマモと、歓喜の声をあげるシロ。
「でも、だったら何で悩む必要があるの?普通、一年前のこと思い出して喜んだりしない?」
疑問を口にするタマモ。
「そうね・・・普通だったらね・・・でも横島さんは無理なの。」
悲しそうに顔を俯けるおキヌ。
「え、何で?」
「どういうことでござる?」
「その闘いの時にね・・・」
いったん言葉を切るおキヌ。表情には悲しみが溢れている。
「横島さん、一番大切な人を失ってしまったの・・・」
「え、一番大切な人・・・?」
「美神どのやおキヌどのではござらんのか?」
「違うの、私や美神さんより、もっともっと大切な人を失ってしまったの・・・」
 そうしておキヌは語りだした、横島の一番大切な人・・・ルシオラのことを。いかにして二人は出会い、どうして愛し合うようになり、そして、どうして別れを迎えなければならなかったかを・・・
 話終えたとき、おキヌの瞳には涙が溢れていた。シロの頬には幾重もの涙が伝っては落ちていった。タマモは涙を見せぬよう、上を向いていた。
「そんなことがあったんでござるか・・・」
涙声でシロが呟いた。
「だから、たぶん、横島さん、なにかやろうと思って悩んでいるんじゃないかしら。」
「なにかって?」
「ルシオラさんの命日に、何かやってやろうとおもってるんじゃないかしら。」
「・・・かもね・・・」

そうして、三度沈黙となった美神除霊事務所。しかし、すぐさま、その沈黙はうち破られた。
「こんちゃーす!」
響き渡る横島の声。
「こんにちは、横島さん・・・」
「ど、どうしたの。みんな暗くなって?」
「い、いや別に・・・」
「ん、先生、なんでござる?その後ろに持っているのは・・・?」
横島の持ち物に疑問を持つシロ。
「ああ、これか、何に見える?」
そういって後ろに抱えている物を降ろす。
「う〜ん、肉では・・・」
「お前、どうやったらこれが肉に見えるんだ!?」
「それって・・・ギターケースだよね?」
「お、よく気付いたな、タマモ。さすがにシロとは大違いだな。」
「あんな犬ッコロと一緒にしないでよ。」
「ぶ、無礼な!先生まで一緒になって・・・」
沈むシロ。
「でもギターなんてどうするんです?」
シロをほっといて話を進めるおキヌ。
「これから練習するんだよ。」
「誰がです?」
「俺が。」
「何でです?」
「いや、ちょっとそれは・・・」
隠そうとする横島。
「ルシオラって人のためか?」
するどく突っ込むタマモ。シロはまだ沈んでる。
「?何でルシオラのこと知ってんだ?」
横島の顔に驚きが走る。
「すいません、私が教えたんです。」
おキヌがすまなそうに告げる。
「そっか、謝ることないよ。俺もそのうち言うつもりだったんだから。」
笑顔で答える横島。
「ま、タマモの言う通り、ルシオラのためにギター練習して、あいつに聞かせたいんだ、もちろん唄も唄うけど。」
「ふーん、あんたにしてはいい思いつきじゃない?」
「そうだろう?でも俺、コードも解らないから、必死に練習しなきゃいけないんだ。
それに、曲も決めなきゃならないし。」
「なに、弾けないの?それじゃ無理じゃない?」
「だからこれから練習するんだよ。そうだ、みんなもどの曲がいいか考えてくれよ。」
「拙者が考えるでござる!!」
いつのまにか復活したシロ。
「あー、でもお前、どんな曲知ってるんだ?」
「馬鹿にしないでほしいでござる、先生!」
「解った、解った。」
そうして考え込む二人と二匹。

 しばらくして・・・
「あ、あんたにピッタリの曲がある!」
そう叫んで、タマモは一枚のCDを取り出した。
「どんな曲なの、タマモちゃん?」
「まあ、聞いてみてよ!」
そう言ってCDをかけるタマモ。そして曲が流れ出した。
激しいギターのメロディーの後、唄が始まった・・・
♪(反乱、反乱)私は浮気をします あなたの知らない人と〜
           中略
♪そこに愛があるから〜 (恋) (ときめく時 恋)
曲の終了後・・・
「てめえ、タマモ、ふざけてんのか!!あんなギター弾けるか!!その前にあの歌詞はなんだ!なにが俺にピッタリだ!!」
叫ぶ横島。
「もろピッタリじゃん?『私は浮気をします』なんてもろあんたじゃん。」
「まあまあ、二人とも。」
割って入るおキヌ。
「ふん、やっぱり狐じゃアレくらいしか思い浮かばないでござるね。」
鼻で笑うシロ。
「じゃあ、あんた思いついたの?」
ちょっと怒り気味に言うタマモ。
「もちろんでござる。これを聞くでござる。」
そう言ってCDをかけるシロ。そして曲が始まった。
吐息と笑い声の後、唄が始まった・・・
♪唾液塗れにした 蒼ざめたからだは
       中略
♪PCYCO PAST TRIP by DEATH TRAP
曲の終了後・・・
「シロ・・・」
「どうでござった?いいでござろう!!」
「お前、なに考えてんだ!?んな唄、歌えるか!!」
「ひ、ひどいでござる・・・一生懸命考えたでござるのに・・・」
「ま、まあまあ。」
割ってはいるおキヌ。
「今度は私の考えた曲なんてどうです?」
そう言ってCDをかけるおキヌ。そして曲は始まった。
ピアノの後、激しいギター、ドラムと共に唄が始まった・・・
♪I'm looking for you〜
     中略
♪悲しみに乱れて kill me now〜
曲の終了後・・・
「おキヌちゃん・・・」
「はい?」
「ふざけてんの?」
「べ、別にそういうわけじゃ・・・」

そんなこんなで曲の方は全然決まらないまま、騒ぎだけは大きくなってゆく。
そこにやって来る、このオフィスの主、美神令子。来て早々の騒ぎにキレる美神。
「うるさ〜〜〜い!!!なに騒いでんだ〜〜!!」
その声に固まる二人と二匹。
「じ、実は・・・」
おキヌが今までの事を話した。
「ふ〜ん、それで、曲が決まらないんで騒いでたの。」
「ええ、まあ・・・」
「じゃあ、この曲なんてどう?」
そう言ってCDを取り出す。
「美神さんが俺のために・・・この愛しかと受け取った〜!!」
飛びかかる横島。打ち落とす美神。
「勘違いすんなー!!」
撃沈する横島。
「あああ〜」
狼狽するおキヌ。
「んな分けないでしょ。ルシオラのためって言うから手伝ってやんのよ。」
そう言って、CDをかける美神。

曲の終了後・・・
「これ、いいっすねー。これなら俺でも練習すれば弾けるかも。」
感心する横島。
「でしょ。じゃあ、早速特訓よ、横島くん!」
立ち上がる美神。
「・・・へ?」
よく解らない横島。
「へ?じゃないわよ、特訓よ、特訓。私が特訓してあげるのよ!!」
「い、いいっスよ〜、自分でしますから・・・」
「なにいってんの!いいから特訓よ!!」
そう言って横島を引きずる美神。
「あああ〜、助けて〜、おキヌちゃん、シロ、タマモ〜!!」
横島は助けを求めるが、美神に逆らうと後が怖いので誰も助けようとしない。
それから・・・美神除霊事務所から女の叫び声と、男の悲鳴が上がり続けた。

二週間後、横島は夕日のあたる東京タワーにいた。
「もう一年になるんだな・・・」
誰にともなく呟いた。
「いろいろあったけど、お前の事、忘れたことはなかったよ、ルシオラ。」
そしてギターを取り出した。
「お前のために何かやろうと思って、ギター弾くことにしたよ。かなり美神さんにしごかれたけどさ。」
横島は笑みを浮かべた。
「さすがに自分では作れなかったけど、勘弁してくれよな。じゃあ、下手だけど聞いてくれ。BELOVED。」
そう言って、横島はギターを弾き始めた。
♪ジャララジャーララジャラララララ〜
そして歌い始めた・・・
♪もうどれくらい歩いてきたのか 街角に夏を飾る向日葵
 めんどうな恋を投げ出した過去 思い出すたびに 切なさが募る
 忙しい毎日に溺れて素直になれぬ中で 忘れてた大切な何かに優しい日が灯る

 やがて来るそれぞれの交差点を 迷いの中立ち止まるけど それでも人はまた歩き出す
 巡り会う恋心 どんな時も 自分らしく生きて行くのに あなたがそばにいてくれたら
 Ah 夢から覚めた これからもあなたを愛してる
 
 面倒な心のやりとりをなくしたときの中で 三度目の季節はうたかたの恋を愛だと呼んだ

 いつの日も さりげない暮らしの中 育んだ愛の木立 微笑みも涙も受け止めて 
 遠ざかる懐かしき友の声を 胸に抱いて思いを寄せた 
 幾つかの出会い 幾つかの別れ 繰り返す日々は続いて行く 
 
 やがて来るそれぞれの交差点を 迷いの中立ち止まるけど それでも人はまた歩き出す
 巡り会う恋心 どんな時も 自分らしく生きて行くのに あなたがそばにいてくれたら
 Ah 夢から覚めた これからもあなたを愛してる 
 Ah 夢から覚めた 今以上あなたを愛してる
 
「終わったよ、ルシオラ。」
横島はギターを置いた。
「どうだったかな、ちゃんと弾けてたか?」
横島はまた笑みを浮かべた。
しばらくして・・・
「じゃあ、俺帰るわ。また、そのうち来るから。」
そう言って、横島は立ち上がった。
「下手なギター、聞いてくれてありがとな。」
最後に呟いて、横島は降りていった。

その後ろに、蜃気楼がたたずみ、横島を見送っていた。
「ありがとう、ヨコシマ・・・」
その蜃気楼はそう呟き、消えていった。
はかなく消える、蛍のように・・・




注)作中に出てきた曲はすべて実際に販売されています。
  尚、タイトルと歌手の名前は:
タマモが推薦した曲・・・「愛こそすべて」by sex MACHINGUNS
シロが推薦した曲・・・「残-ZAN-」by Dir en grey
おキヌが推薦した曲・・・「Silent Jelousy」by X
美神が推薦し、横島が唄った曲・・・「BELOVED」by GLAY


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