gs-mikami gaiden:boy meet girl

著者:西表炬燵山猫


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  何の虚飾も無いグレーのブロック塀が、道に沿って延々と続く。塀の向こうからは放課後を告げる愛の鐘が鳴り響いていた。
  フォブロロロロロロッロロロロロロ
  「ん!?」
 ロンドンのビッグベンに交じって、デトロイトの風が吹いてきたので、下校途中の生徒が一斉に振り向く。
  キキッキキー
 ロッキードのブレーキに続いて、グッドイヤーのタイヤの焦げる音がした。右座席に座ったドライバーはサングラスを外しながら下校途中の高校生に小さく手を上げる。

  「久しぶりね。横島君。元気だった?」

いつもの衣装は流石に初春のオープンでは辛いらしい、半世紀前のトライアンフに乗る英国紳士のようなトレンチを羽織っている。
  「ああ、美神さん・・・・。あれっ、でも確か先週末にも風呂屋の前で会ったから、そんなに久しぶりってわけじゃ・・」
 途端に表情がくさる。彼の頬を、微笑み絶やさぬままに思いっきり引っ張る。
  「いでででで・・・・・ひ 久しぶりです!!本当に、ああ、会えてうれしいっす」
  「わかりゃいいのよ」
 フンとバケットシートにもたれ掛かる。

  「話があるんだけど・・・・乗って話さないかしら」

 気の無さそうにナビに視線を落とした。
  「ああ・・・でも、俺これから・・・・ん?」
 遠くから横島を呼ぶ声がした。横島のクラスメートの男共で、いつぞやオキヌを彼女と勘違いして、邪魔してやろうと押しかけた連中だ。
  「お〜い横島。美神さんとの話に夢中になって時間に遅れるなよ。お前が参加するって条件で彼女らもオーケーしたんだから、お前が来なくちゃ俺達も困っちまうからな」
  (あちゃ〜・・・)
 渋い顔で手の平で顔を押さえる。

 これからの放課後、六道女学院の女生徒とボーリングに行くことになっていた。生憎とオキヌらでは無く、同じ学年の女生徒で、仲立ちした悪友によればシャンが揃っていたらしい。 この間連中が原宿にナンパに行った折、その日はまったく成功しなかったらしいのだが、今では結構有名人な横島の名前を出したらしい。
 何もポイントを持っていない男に限って、誰か有名人と知り合いだと吹聴するのは定番であったし、この場合は嘘では無かった。その際横島を連れて来るならとの条件で、今日の合コンと相成ったのだが・・・・。
  「っほほほ、もてるわね横島君」
 乾いた笑いのその目は当然・・・・・・笑ってはいない。いきせきり、ドドドと地響きを響かせて走って行き、口止めのポーズをする。どうやら自分達の言動を美神がどうとるかを知っていての嫌がらせのようだ。
  (ええい。ややこしくするなよ。リンチにあったら行けなくなるだろう)
 そういったが、連中ニヤニヤしているだけだ。いつぞやと同じく今まで仲間であったスポシーボ(同士)が急に変わったので面白く無く、足を引っ張るのは当然の権利と思っている。

  「あ〜ら、お相手の可愛子ちゃん達待たせていいのかしら」
 これ以上機嫌を損ねてはと、又走って戻ってくる。
  「あはははは、嫌だな〜。俺は別に・・・」
  「今日は、どこの可愛子ちゃんとデートなのかしらね〜。おほほほほほ」
 乾いた笑いが高らかに響く初春の空であった。



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 ボボボッボボボボボッッボオボボボオボボボ
  「聞いた?あの事・・」
 アクセルを踏み込んでいるので前を見たまま、美神が気のなさそうに助手席に納まった横島に尋ねる。
  「ああ・・・あれですか。例の連中が揃って失脚するかもしれないって話・・・・決まったんですか?」
 キャパシティ427キュービックインチから吐き出される乾いた咆哮に交じって、二人の間にはそぐわない陰欝な雰囲気の会話が交わされる。
  「ええ、これでGSを戦時下で国家統制しようって連中は揃っていなくなったわね・・・まあ、あくまで表面上だけだけど・・・・・」
 その表情はとても悲しげ。戦いは決して嫌いでは無いが、事人間同士の殺しあいは趣味では無い。
  「そうすね・・・戦争馬鹿は無くならないんでしょうね」
  「そう・・かもね」
 ギアボックスを挟んだ間に暗いムードが漂う。


 国家による、GSの統制法案の素案が議会に持ち出されて数ヶ月近く立っていた。
 文字通り、GSの行動 命令権 言動すら国家が規制して、その力を国粋主義の御旗の元に為に使おうという、一種言ってしまえば徴兵制の法案だ。
 以前はGSの立場といえば、一種愚連隊連中の集うアンダーグラウンドとの認識が通俗的で、国家が自ら乗り出す事では無いと節があった。あくまで正式に認めていない事に正式に国家が乗り込んで、何か不祥事に発展しては責任問題が発生する。それが嫌なので、面倒な事例には、使い捨てを互いに承知の山師を与えているようなものだった。
 しかし、以前美神達も戦った死の商人の造り出した心霊兵器。その再登場が事態をややこしくさせてしまった。

 ある砂漠の地の小国の軍隊が、心霊兵器の正式採用に踏み切ったとのニュースが世界を駆け巡った。軍事パレードで公開された画面を見て美神の事務所のメンバーも息を飲んだ。その兵器?の彼らは以前戦った者達であったのだ。
 あの時美神達はプラントを完全に破壊していたし、開発に当たっていた軍事コングロマリットも国連の管理下に置かれて上部までも戦争犯罪法廷で裁かれて少なくとも表面上は開発は潰えていた。
 それで安心していたと美神らが悔いたときは遅かった。メデューサは他の死の商人にも霊体の欠片を供給していたのだ。世界の目が他に向いている間に密かに開発は進められていた。供給された、その小国のキ印の独裁者は、それを使って隣国に侵略戦争まで初めてしまった。
 無論攻められた方も、キ印の独裁者が隣にいるので軍備は整えていたのだが、抵抗空しくあっと言う間に蹂躙され、死傷者は近年の戦争においても甚大であった程。
 国連は、国連軍の出動を世界の警察を自認する国家の主体で決めたので、本来の軍備比に換算すると十数倍投入して事に当たった。世界は、少なくとも歴戦のGS以外は物量に対する神話から直ぐに勝負がつくと思っていた。
 結果、何とか心霊兵器を閃滅には成功したが、投入された火器の数、犠牲になった兵士の数からすれば国連軍は紛れもなく敗北だっただろう。
 世界は心霊兵器の途方も無い威力に唖然とした。そして次の理屈は・・・・・他国が持っているかもしれない、ならば自国でもとの論理展開は自明の理。それを境に、世界の軍隊は独自に心霊兵器の開発と、実戦投入に踏み切る事を決断した。

 この事態を図っていた死の商人らはそれをほくそ笑んだが、その笑みは長くは続かなかった。メデューサは自分たちにとっての安全装置を供給した霊片に仕込んでいた。ある時期がくれば、あらゆるコントロール装置の介在を排して、自分達の命令を優先的に遂行する遺伝子。アシュタロスの計画が暗礁に乗り上げた時には、安全装置としていたらしい。又、命令無き場合はノウハウを知るものや、自分たちを操ろうとしている人間だけを殺す為に生きるプログラムを・・・。遺伝子作物と同じく、無制限に作りだせるとあっては一度しか取り引きが出来ないのを見越していた見事な策略だ。
 一度取り引きをした相手からは金銭を取った後まで、大きな顔をされては迷惑なので、人間共々に寿命遺伝子を組み込むようなもの。
 造り出された者達は、まず死の商人の研究所やプラント、そして自分たちを操ろうとしていた会社の上部までも殺しまくった。それで終われば良かったが、半端なコントロール装置を付けられ為に暴走した彼らは、今度は無差別に一般人を殺し初めた。
国連軍が揃って、やっと閃滅したのに、一国の警察や軍隊で相手に出来る筈も無く、世界秩序は崩壊寸前にまで陥った。アシュタロスの事件では、戦うGS以外は何処か遠くの他人事であったろう。しかし、いうまにも親戚 隣人、友人 知人が殺される報が届く事態は、更に切実。連日あらゆるメディアは事の成りゆきを逐一終日伝えていた程だ。
 その時事態の収集に当たったのが、やはり依然活躍した面子。特に美神と横島は、更にパワーアップした合体技で、それこそ縦横無尽な活躍で事態の収集を行なった。
 活躍により、取り敢えず事態は収集に当たり、世界規模で心霊兵器はNBC兵器と同じく国連の査察対象にまでなって、厳しい開発 実戦への配備を監視される事に相成った。
 しかし、あくまで有名無実な、自国に都合のいい取り決めで決められた条約なので、各国は秘密裏に開発 製造を続けているだろう。それは、美神達の国とて例外であるはずが無いだろう。


 ある日、世界の破滅を止めた美神達が都庁地下のオカルト施設に呼び出された。
 美神美知恵と西条の隣に、制服組の無骨そうで、それでいて蛇の様な目をした軍属が立っていた。
  (何いってんのコイツ)
 多分、当人演説のつもりだったろうが、聞いて美神は呆れた。
 幕僚本部から派遣されたと自称した、いかにも鷹派でございという権威主義の塊のような男だ。話を聞くと、どうやら妄想癖のある、戦前軍国主義を理想とする、まあ迷惑な連中の代表だ。
 用件は彼らの理想である、日本の軍事大国化に皆に協力を要請して欲しいらしい。協力とはその男の言葉で、要約すると拒否権無き命令だ。
  (馬鹿ね)
 既に美神はそう結論付けていた。隣の横島もエミ、オキヌに雪の丞 タイガーに魔鈴らも同じ結論であるのは明白。質問に反論にも分かり易く気持ちは態度で表わしたが、どうやら本当に頭イッていたので、それすら分かっていないようだ。
  (ママ!なんでこんな奴に会わせる為に呼んだのよ)
 一応母の立場を考えて、直接啖呵を切ることは避けようとした。美知恵は、立場があるのだろうか、ひたすら渋い顔で皆に堪えてくれるように懇願する。

 話を要約するとこうだ。
 心霊兵器に対抗する能力者は世界的に希少、であるのに、その大半が日本に揃っている。それは未だに開発製造されている現状、そして心霊兵器を持つ国にとっては脅威である。
 無論日本でも開発 製造されていると分かっているので、それでは自分達が使えぬ兵器を、相手は使えるとなっては、冷戦構造が崩壊した今では世界的な脅威だ。他国に対して絶対の恐怖と言う名のカードを自国が持つことが出来る。
 世界中誰も持っていない兵器、それも大規模な使用に既に前例がある、安易に使える兵器に匹敵しれば、それははかりしれない恐怖。つまり日本人のGSを軍隊の命令系統に組み入れれば、ほぼ無敵の兵器を自分たちだけは使用出来る。
 民間団体であったGS協会の指揮権を国に譲渡させようとの法改正まで視野に入れていた。与党の取り決めで、次の国会で通過するらしい。GS協会の会員、つまり免許を持った物は有事には有無をいわさずに国家に組み入れられるとまで言い放つ。

  「ふざけんじゃないよ、誰があんたらの事情で、命をかけられるもんか」
 と啖呵を切ろうとした美神を制したのは。
  「じゃあ、これ返しますよ。俺の名前は抹消しててください隊長」
 横島がGS免許証を美知恵の机に投げ捨てた。
  「横島くん・・・あんた・・・」
  「あいにくと人殺しの片棒は、俺死んでも御免ですからね」
 美神は唖然とした。横島の顔には一片の迷いも無かった。
 GSを目指す者なら、喉から手を出しても欲しいGSの免許をあっさりと捨てたのだ。
 しかし、目の前の軍属は折り込み済だとばかりに言う。免許の有無では無く、一度免許を取得したならば、国民の義務だとさえするそうだ。
 本物の徴兵制である。

  「隊長、電話借ります、ちょっと長距離ですけど」
 ダイアルを回す。
  「ああ、母さん 俺。あのね・・・」
 自分の今立たされた立場を簡潔に話す。他の皆は何が起こっているのか分からずにただ黙ってみていた。
  「ああ うん。どうも・・・・ああ、このままだと俺、人殺しの片棒担がされそうなんだ・・・・・・・・・・・だからお願いが・・・・・・・・親父と母さん、ナルニアの王族と懇意だって・・・・・・だから頼んでくれない・・・・・・・俺にナルニア国籍をくれないかって」 
  「横島くん!!」
 皆が一斉に彼を凝視した。横島は国さえ捨てようとまでしていた。
  「無論タダってワケじゃないさ・・・・・・前の心霊兵器騒動だって、そこの近くだったろう・・・・・・だから、もしナルニアが心霊兵器で、純粋な侵略を受けた時だけ俺が防衛に回るって・・・・・・・ああ、侵略を受けた時だけだ・・・・・ああ、頼む。こっちの電話番号は・・・・・」
 告げて受話器を置く。そんな事は許さんと激怒する軍属。その顔は焦りが色濃く出ていた。

 何しろ今回の核は取りも直さずに美神と横島の合体技であるので、それが失われれば前回の騒動を実質納めたとされる大部分を失う事になってしまう。掴みかからんばかりに詰問するが、その時電話が鳴った。
  「ああ、俺!・・・・ああ、オッケー。サンキュー母さん・・・・・・え、しかも日本在住の外交官待遇で迎えてくれるって・・・・・・助かる・・・・・出来れば暑い国は遠慮したいのが本当の・・・・・・ああ、任命式には出てくれって・・・・・それが隣国へのデモンストレーション・・・しっかりしてるな・・・・・分かった、ナルニナ国民のパスポートは大使館で受け取るよ・・・・ああ、じゃあソッチで・・・」
 再び受話器を置く。そして宣言した。
  「俺帰る」
 許さんと飛びだしドアの前に立ちはだかるが。しかし横島は慌てた様子は欠片も無い。
  「俺はナルニア国の三等書記官なんだ。おれを止めようとするならば、それなりの理由がないと外交問題になるぞ。もっとも、それでも俺が帰るっていえば、あんたに引き留める権利は無い。それでも引き留めようってなら覚悟するんだな」
 自分の息子以下の小僧に毅然と宣言されて、ヒステリックに西条や、他の護衛官に逮捕をするように命令したが、西条も護衛官も美知恵の顔を伺い動かない。無論ここの他のメンバーも同じ気持ちであったので、居丈だけであった軍属は四面楚歌に後ずさる。
 トチ狂って自ら逮捕すると言い放ち、胸元から短銃を取り出そうとしたが、途中でその手は止まる。
 霊波刀と、冷たい殺気をはらんだ視線が彼の眼前にあった。
  「あんたが俺に危害を加えたら、あんたはナルニアの法律で裁かれる。あんたのバックが誰だか知らんが、外交問題になると助けてはくれんぞ。しかし、俺があんたをここで殺しても、俺には外交官特権で逮捕はできん。精々退去勧告だけだぞ。それでも、まだやるか?」
 尻持ちを付き、回りにアンモニア臭の広がる部屋から立ち去る横島であった。

 その後、居合わせた免許取得者も、あまりのテンポの良い横島の行動に、これが美智江のシナリオだと空気で気ずき、横島に習い美知恵に免許を返納したが、自分も返すつもりだからと、わざとらしく困ったポーズを付ける。
  「令子!どこの国がいいかしら。イギリスとアメリカだったら直ぐに取れると思うわよ。今はどこの国でもGSが欲しいんだから、渡りに船だから最恵待遇で迎えてくれるわね」
  「そうね、ブランド買い漁るならフランスがいいけど、あそこ核実験するから嫌いだし、ジャンクフードは嫌だからイギリス・・・でも、あそこもご飯まずいしな。オキヌちゃんはどこがいいと思う?」
  「さあ、分からないから美神さんにまかせます」
  「僕の第二の故郷だから、先生も令子ちゃんイギリスにしないですか」
  「西条さんは魔鈴と一緒にフランスにしましょうよ」
  「あたしはピートの故郷のイタリアにしようかな」
  「俺は慣れてるからな、香港にするかな、タイガーはどうする?」
  「わっしもおつき合いしたいですな」
 皆が横島に習い、免許のみならずに国を捨てると宣言した。つまり、今まで世界の中で最も心霊兵器対策が出来ており、取りも直さず世界の心霊大国が、下手すると最も後進国になってしまう危機に立たされた。その事実に唖然とする腰を抜かした男。

 その後の美知恵と西条らの緻密な情報操作で、アジアや世界の世論を呼び起こして、日本が心霊兵器を使っての軍事大国化を画策しようとリークさせた。しかも徴兵制を復活しようとした事実に世論も高まったので政府も、その後ろに見え隠れしていた軍国主義の亡霊達も法案に野望も引き返さずにはおけなかった。今回交渉の矢面に現れた数人の首をすげ替え、責任を取らせて有耶無耶に・・・。
 最後に彼らがやれたのは、初めを堰を切って自分らの理想を阻んだ横島のGS免許、そして国籍を抹消したぐらいであった。

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