天空のコラボレーション

著者:まめだちょう


ある暑い夏の日の事
「タマモ、お前って確か空飛べるよな」
横島がタマモに声を掛ける
「手を翼に変化させれば出来るけど・・・なんで?」
「いや、ちょっと連れて行って欲しい所があるんだ」
「自分の文殊で行けば」
横島の方を見もせずに、いつものようなそっけない声で答える
「それが今1個も持ってないんだ、だからこうして頼んでるんだって」
「珍しいじゃない、普段は2、3個常に持ち歩いてるのに」
意外に思ったのか、やっと顔を横島の方に向ける
「この間の除霊で全部使っちゃって」
「ふーん、で?」
「もちろん今度きつねうどん1杯おごるから」
「分かったわ。で、どこに行けばいいの」
「・・・東京タワー」

数十分後
「着いたわよ、東京タワー」
二人が立っているのは東京タワーの入口
「あ、ここじゃなくて、上」
「上?展望台って事?」
「いや、その天井の上あたり」
「何でそんな所に?・・・まさか、展望台に入るお金もないとか」
「そんなんじゃないって」
「ったく、そういう事はもっと早く言ってよね。最初から上を目指して飛んでたら楽なのに
 二人分の体重で垂直に上昇するのは大変なのよ」
「わりぃ、わりい・・・ま、とにかく行って欲しい」
「で?」
「油揚げ一枚追加すればいいか?」
「交渉成立ね」

「ここでいいの?」
「ああそれと、そんなに時間は掛からないと思うから用が済むまで居てくれないかな」
「良いわよ、どうせ一人じゃ降りられないでしょ」
「助かるよ」

「まだもうちょっと時間があるかな」
横島が時計を見ながら独り言の様につぶやく
そんな横島を横目で見てタマモが少し真剣な顔になる
「ねぇ横島、なんで私なの?」
「え?どう言う事?」
「つまり、誰かと一緒にここに来たいんだったら。私とじゃなくて美神さんやおキヌちゃん、
 シロでもいいじゃない。それなのにその誰でもなく、なんで私と来たのかってこと」
「なんだ、そんな事か。その三人は誰もここまでは来れないだろ。だからだよ」
「それだけなの?じゃあ例えば、もしシロが飛べたとしたらシロと来てたかもしれないって事?」
「うーん・・・そうだな、そうかもしれない」
「そう・・・」
「あっ。ただ、おキヌちゃんと美神さんはここが俺にとってどんな場所か知ってるから
 多分、選んでなかっただろうけど」
「『横島にとって』?ここで何かあったの?」
「まあな」
「聞かせて」
「聞いててあんまり面白い話じゃねえぞ」
「それでも」

横島はあの時起こった事をあまり話が長くなり過ぎないように話し始めた
ルシオラ達が最初アシュタロスの部下として美神を襲撃した事
彼女達の所にスパイとして潜り込んでいる時にルシオラと仲良くなった事
最初に南極でアシュタロスを倒した後ルシオラとパピリオが屋根裏部屋に住んでいた事
その時この東京タワーでルシオラと一緒に夕陽を見た事
そして、ルシオラがアシュタロスとの最終決戦で自分の身を犠牲にして横島を護った事
ただ、ルシオラが自分の子供に転生する可能性が有る事だけは言わなかった・・・言えなかった

横島は確かにタマモに向って話し掛けていたのだが、
タマモには自分よりもっと遠い所に向って話しているように感じられた
だが、タマモは別段気にする様子も無く、話に聞き入っていた
「へーそんな事が有ったんだ」
「な、おもしろい話じゃないだろ」
「充分おもしろいわ。普段不真面目な横島にそんな一面があったって事がわかっただけで
 でもさ、確か文殊って時空移動が出来るんじゃなかったっけ
 その能力で、ルシオラさんを助けに行こうとはしなかったの?」
「ああ、今は神魔の最高指導者たちが時空移動を防ぐ結界を張ってるから、俺の霊力じゃ破れないし
 もし時空移動して歴史を変えたら、あの事件から積み重ねてきた日々が全て崩壊すると思うと
 やっぱり、今のままでもとりあえず悪くはないかって思えてきて・・・」
「その判断のおかげで私は今ここに居るかも知れないってことね」
「そういえば、タマモと会ったのはあの後か、歴史を変えたら一番変化がありそうなのがタマモだな」
「そうなったらどうなってたんだろう。今とたいして変わらない生活をしてるのか、
 それとも美神さん達に会わないで野生の妖狐として暮しているのか、
 場合によってはまだ殺生石に封じられたままだったのか。それはそれでおもしろそうだけど
 今の生活を壊してまでそんなリスクの大きいバクチに乗りたいとも思わないわね。
 私なら頭の中で想像するだけにしておくわ」
「・・・そうだな」
横島はこの時、色々な正と負の感情が入り混じったような表情をしていたが、その中には
笑顔や希望といったようなものだけは無い、タマモにはそう思えた
そして、横島にこの話をするように言ったのが自分である事を思い出し、少し後悔した

「でも、そんなに大切にしていた人が居たんだったら、あの七夕や臨海学校の時の醜態は何?
 いくらなんでも節操なさすぎない?」
「ああ、あの時はちょっとむきになってたんだよ。せめて他の女性(ヒト)の事を考えている間は
 ルシオラの事を思い出さなくて済むかなって思って
 最初のうちはそれでうまく行きそうだったんだけどな」
「・・・その言葉ってどれくらい信用していいの?」
あれが横島の素だと美神に教えられていたタマモには一概には信じられない言葉だった
「俺の言葉ってそんなに信用できないのか?」
「『言葉』と言うか横島の人間性そのものが信用できない」
「うっ」

「あ、始まった」
横島話をはぐらかすかのように話題を変える
「これが横島の用事?これって・・・夕陽」
「そう、『昼と夜のはざま』。見れるのが一瞬だから綺麗だろ」
「『昼と夜のはざま』か、横島も結構綺麗な言葉使うのね、意外とロマンチスト?」
「そう見える?」
「見えない」
「はっきり言うなぁ。ま、確かにこれは俺の言葉じゃないけどね」
「って事は、ルシオラさんの?」
横島はうなずく代わりに沈黙する事でタマモに答えた

「でも私は夕陽が綺麗なのは一瞬しか見えないからって言うのもあるけど
 単純に夕陽そのものが綺麗だからだと思うけどな。横島はそうは思わない?
 いつまでもこの夕陽を見ていたいと思った事は無いの?」
「そ、そんな事は・・・」
「とぼけてもばれてるわよ。だから今日に限って文殊が無いんでしょ」
「・・・妖狐の直感の本領発揮・・・って所か」
「別に狐の超感覚を使うまでも無いわ。今の横島を見たら事務所の人間は誰でも気づくわよ
 ・・・あ、シロだけは例外ね。あれだけは絶対に気づかないわ」
横島は言えてるかもしれないと思って少し声を出して笑った
「そこまで顔に出てる?俺、昔から嘘は苦手なんだよなぁ。ホラ、名前も『忠』夫だろ」
「どこがよ。看板に偽り有りって言葉がこれほど似合う人間も珍しいわね
 って、そんな与太話は必要ないわ。話を本題に戻すわよ」
「ルシオラの事?」
「とぼけないで。時空移動したんでしょ」
「ちょっと違うかな、時空移動しようとしたんだ」
「たいした差は無いわね。なんで今まで隠してたの」
「いや、隠すつもりは無かったんだけど、アシュタロスが滅びた後、
 小竜姫様に時空移動はするなって言われてたから、言いにくかっただけ」
「それを隠してるって言うのよ」

「それを言ったら、タマモも何か隠してるんじゃないか?
 ルシオラの話を始めてからなんか様子がいつもと違う気がするんだけど」
タマモはこの言葉に一瞬動揺した。横島には気づかれていなかったようだが
「えっ、そんな事無いわよ。いつもとおんなじ」
「そうか?じゃあ俺の勘違いか」
タマモはとりあえず横島の勘違いという事でこの場を取り繕った
(なんでこんな時に限って勘が働くのよ、こいつは)
タマモにはどうしても言えなかった、ここにはかすかな砂糖の香りとともに
魔族のものと思われるにおいが少し残っていた事だけは

「あ、もうすぐ陽が全部沈むわよ」
タマモが話題を変えるように横島に話し掛ける
だが、ポツ ポツ ポツ 突然雨が降り出した
「えっ、雨?空は晴れてるのに・・・」
「キツネノヨメイリってやつね」
「狐の嫁入りか。ルシオラ風に言うと『晴れと雨のはざま』だな」
「なんか同じような表現なのに横島が言うとあんまり綺麗に聞こえないわね」
「ほっとけ」
雨は風に乗って東から飛んで来ていたので、西にはまだ夕陽が赤々と輝いていた
「結構綺麗だと思わない?夕陽と夕立の共演って言うのも」
だがタマモから見て、横島は少し複雑・・・むしろ残念そうな顔をしていた

「・・・そうだな。よく考えると今日は2つの『はざま』を同時に見れたのか・・・得したよ」
「そんな強がらなくても良いんじゃない。せめて昔と同じ夕陽だけでも見たかったんでしょ」
「そんな事はないさ。ルシオラと一緒にいた日々も、一緒に見た夕陽も
 死(わかれ)でさえ既に変える事も出来ない結末なんだからな
 ただ、今までは頭では分かってるつもりだったけど、今やっと本質的に解かった気がする」
「それはルシオラさんの事を忘れるって言う意味?」
「忘れるわけじゃない、いつまでも過去を引きずって、勝手に傷ついて
 それをその過去のせいにするのを辞めようって事だよ・・・ただそれだけ」
「そう・・・もしそれに気づいた事が横島の人生にプラスに影響するんだとしたら
 他の誰とでもなく、私と来た意味があったってものね。私と来て正解だったんじゃない?」
「そうだな、これが運命だったのかも」
「ほら、もうすぐ太陽が沈むわよ。その瞬間は見逃せないでしょ」

そのあと二人は降りしきる雨の中、一言も喋らずに夕陽に魅入っていた
偶然かどうかは解からないが、夕陽が全て沈むのと同時に雲は完全に空を覆い、雨脚はさらに強まった

太陽がずっと照りつづけたら大地は耐えられないだろうし
夕立がずっと降りつづけても大地は全て流されてしまう
この地球はそれくらい頼りない存在なのかも知れない
だが、その2つが均衡を保つ事で地球は存在しつづけている
夏の太陽が暖めた大地を夕立が冷ます、きっとそんなシステムでもあるのだろう
夕陽と夕立を同時に見ていたタマモはふとそんな事を考えた

「さて、そろそろ帰ろうぜ。あんまりタマモを遅くまで連れ回してると、美神さんに殺される」
「あ・・・私、翼がぬれると飛べないの。だから、帰りは文殊で」
「あれ、言わなかったっけ?文殊は今1個も無いって」
「って事は・・・」
「雨が止むまで帰れないって事だな。まあ、夕立ならそのうち止むから」

そんなある夏の日のこと

終わり


※この作品は、まめだちょうさんによる C-WWW への投稿作品です。
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