「シロの思春期・改訂版」

著者:ふちゃこ



    シロは自分自身の変化に対し、戸惑っていた。横島のそばを片時も離れたく
  ないのだ。以前からその傾向はあったが、今ほど強くはなかった。
  (拙者はどうしたのであろう……………)


    数少ない人狼族の女性であるシロの変化を真っ先に気がついたのは、美神で
  あった。やがておキヌも気がつくが、肝心の横島は気がつかない。
  「おいシロ、最近元気ないけど、なんかあったのか?」
  「別に何もないでござる………………」
  「そっか。一応、俺はお前の師匠なんだからな。なんかあったら、言えよ」
    笑いながら、横島はシロの頭をぽんぽんと叩く。その様子は端から見れば、
  かわいい妹をあやす兄そのものだった。だから美神はシロの変化に気がついて
  も、横島に言えなかったのだ。
  (ったく、いらない時には気が回るクセに、肝心な時は気が回らないんだから
  このバカは!)
    さすがに殺気を感じたのであろう、横島は一瞬びくりとする。
  「み、美神さん、どうかしましたスか?」
  「別に。それよりあんた、シロを散歩にでも連れてったら?  シロ、横島クン
  と散歩でもしてらっしゃい。今夜は月もきれいだし」
  「散歩っ!」
    どこか不機嫌な美神と、散歩と聞いてしっぽをブンブンと振っているシロの
  両方を見比べ、横島は内心首をひねった。
  (美神さん、今日は機嫌が悪いなぁ。アノ日かな?)
    バレたら半殺しにされるような事を考えながら、横島はシロを散歩に連れて
  行った。
    猫の爪のような細い三日月の下、シロは嬉々として散歩する。さっきまでの
  元気のなさが嘘のようだ。
  (ここんトコ忙しくて、ろくに散歩に連れてってやらなかったからなぁ)
    数メートル先まで行ったシロの後ろ姿を見て、横島は苦笑を浮かべた。
    不意にシロが振り返り、横島の方へ戻って来た。そして黙ったまま、横島の
  腕にしがみつく。
  「ん?  いきなりどした?」
  「………………………」
    横島が尋ねても、シロは黙ったままだ。そして横島の腕に胸をすりつける。
    美神に比べればかなり小さくても、それなりに成長したシロの柔らかな胸の
  感触に横島は煩悩した。
  (うぉぉっ!  胸がぁ〜、胸がぁ〜〜!!)
    シロは横島の煩悩を知ってか知らずか、何度も胸をすりつけた。
    胸が触れるたびに大きくなっていく煩悩を押さえつつ、横島は考えた。
  (おっ、落ち着け。シッ、シロはただ単に親愛の情を示しているんだ。なっ、
  なにせこいつは犬なんだから…………………)
    煩悩を押さえるため脂汗を流し、引きつりながら横島は言った。
  「シ、シロ、すりすりするのそれくらいにして。さ、散歩ならまた連れて来て
  やるから」
  「ほんとでごさるか?」
  「あっ、ああ。仕事が入らなきゃ、毎晩でも連れてってやるからさ」
    かろうじて笑顔を浮かべた横島を、シロはもの言いたげな顔で見つめていた
  が、からめていた腕を離し、再び前を歩き出した。
    ほっと一息つく横島。
  (でかい図体しても、まだまだ仔犬なんだから、シロは)
    それが考え違いであることを、横島はまだわからない。超回復をしたシロは
  見かけは高校生くらいに成長していたが、精神的には小学生だった。けれども
  ここ一・二ヶ月で、精神的にも中学生くらいにも成長していた。
  (横島先生は、すりすりされるのが嫌いなんだろうか。拙者はもっとすりすり
  したいのに………………)
    うつむき加減で、横島の前を歩くシロ。


    次にシロと夜の散歩に出たのは、半月の頃だった。続けざまに徐霊の仕事が
  入り、散歩する余裕もなかったのだ。
    満月ではないものの、かなりきれいな月でシロは小走りをし、後から横島も
  ついて行く。不意にシロが振り返った。
  「!」
    月の光を浴びて立つシロを見て、横島はドキリとした。
    シロが「女の子」ではなく、「女」に見えるのだ。前回の散歩から押さえて
  いた煩悩がむくむくと、湧き上がる。
  (や、やばい。シロが「女」に見えて来た)
  「どうしたでござる?」
    シロは急いで戻ると横島の正面に立ち、小首をかしげて尋ねる。
  「いっ、いや、何でもない、何でも…………」
    自分の煩悩を見透かされたような気がして、横島は焦った。
    慌てふためく横島を見たシロは、くすりと笑う。その笑顔は、大人っぽさと
  子供っぽさが入り混じり、妙に色っぽい。
  (い、色っぽい………………)
    横島はつい生つばを飲むが、シロがまだ小学生であることを思い出す。
  「うぉぉっ!!  オレはロリコンじゃない〜〜っっ!!!」
    いつもの発作を起こし、電柱に頭をぶちつける横島であった…………… 。
    散歩前に比べればげっそりやつれ、事務所に戻った横島を、目敏く見つけた
  美神はきつい声で尋ねた。
  「横島クン?  随分と疲れているようだけど、何かあったの?」
  「いえっ!  何もありませんっ!」
  「ならいいけど。まさかシロみたいな子供に手を出すほど、ケダモノじゃない
  わよねぇ、横島クンは」
    こめかみに青筋を立てて氷の微笑を浮かべた美神と、じと目で見るおキヌに
  囲まれ、横島は泣いて弁解した。
  「ほんとに、何もないっスよぉぉ〜〜」
    普段の行いを考えれば、言われても仕方のないことだった。


    それからまたしばらく除霊の仕事が続き、夜の散歩を再開したのは、明日は
  満月という晩だった。
    事務所を出てからずっと、口を利かなかったシロは思い切ったように横島に
  尋ねた。
  「横島先生は……………美神どのを好きなのでござるか……………………」
  「なっ、なっ、いきなり変なこと、訊くなっ!!」
    散歩の帰り道、シロにすばりと訊かれ、おもいっきり横島はコケた。
  「では何で、美神どのの助手をしているのでござる?」
  「そりゃ……………」
    まさか美神の色香に迷い、超薄給の助手をしているとはとても言えない。
    師匠として、いや、何よりも男としてのプライドもある。
  「美っ、美神さんの助手をしていれば、強い敵にこと欠かないからな」
  「強い敵、でござるか」
  「そ、そう。あの人は高いギャラ取るだけあって、かなり手強い悪霊なんかが
  相手だから………………」
  「強い敵を求めて、美神どののところにいるのでござるか…………………」
    その返事に疑いを持ちながらも、とりあえずシロは納得した。


    さていよいよ満月の夜、シロは朝から落ち着かなかった。ずっと横島の姿を
  捜しているのだ。
    美神はシロの様子を疑問に思ったが、横島は気にしていない。いや、敢えて
  気にしていないふりをしていたのだ。
  (べ、別に美神さんにとやかく言われるよーなコトを、オ、オレはしてないん
  だから…………………)
    背中に美神の疑いの眼差しを感じながら、横島は逃げ出すようにシロを連れ
  散歩に出かけた。一歩間違えれば、ヤブへびになると知りつつも………… 。


    皓々とした満月のもと、横島とシロは黙って歩く。
    沈黙の重みに我慢できなくなったのか、横島は口を開いた。
  「何か言いたいことがあったら、俺に言えよ。俺はお前の師匠なんだからな」
    横島はそう言って笑うと、ぽんと軽くシロの頭を叩いて、髪をくしゃくしゃ
  するようになぜた。
    いきなりシロは横島に抱きついた。
  「横島先生は………美神どのより……………拙者のことが好きでござるか……
  ………………」
  「!?」
    いつもと完全に違うシロに、横島は戸惑う。
    ぎゅっとしがみついているためシロの顔は見えないが、その分、体の感触が
  伝わってくる。
    不意にシロが顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔をして、横島を見つめて
  いる。横島の頭の中で、煩悩と理性が囁く。
  (こらこら、せっかく女の方からいいよって来たんだ。ここで手を出さなきゃ
  男じゃないぞ!)
  (ちょっと待て、シロはまだ小学生だぞっ!!  俺はロリじゃないっ!!!)
    柔らかくて温かなシロの感触に、横島はとうとうキレた。
  (す、据膳食わぬは、お、男の…………………)
    煩悩が勝ち、シロをぎゅっと抱きしめる。
  (手っ、手がぁ〜〜〜!!!)
    自分の行動にガマも真っ青なほど、脂汗が流れていく。
    そっとシロが、横島のほほをなめた。
  「人間の女性はこのような時、どうするのでござるか?…………………」
    耳まで赤くして、小さな声でシロは尋ねた。
    この一言で横島のわずかに残っていた理性は飛び、煩悩だけになる。
  (い、いただきまぁ〜……………………)
  「横島クンっっ!!!!」
    美神の怒鳴り声が聞こえたような気がして、一瞬びくりとし、慌てて辺りを
  見回す。が、誰もいない。
  (空耳にしちゃ、やけにリアルだったなぁ。ひょっして美神さん、盗聴機でも
  オレにつけてたりして。あの人なら、やりかねん)
    そう考えた横島は、急いで煩悩の世界から現実の世界に戻り、そっとシロを
  引き離す。そして一つ大きく深呼吸をし、シロの顔を覗き込みながら言った。
  「美神さんより、お前がかわいい。何たって、お前はオレの最初の弟子なんだ
  からな」
  「ほんとでござるか、美神どのよりも拙者の方が、かわいいでござるか?」
  「ああ、お前が一番かわいい。さ、そろそろ帰ろう。あんまり遅くなるとまた
  美神さんに怒られる」
  「………………………」
    自分の煩悩とシロをなだめ、横島は事務所へと帰った。戻った二人に随分と
  遅かったんですねぇとおキヌは言ったが、なぜか美神は黙っていた。


    月がかけていくにつれ、前のように散歩に行ったシロは横島を置いて、先に
  行くようになった。
    新月の頃、シロはかくれ里に帰った。それから間もなく、長老からの手紙が
  来た。
    それによると、この一ヶ月間はシロの初めての恋の時期であった。このまま
  里に置いておいたならば、生涯の伴侶、つまり結婚相手を決めなければならな
  かった。まだ子供であるシロにそれは早すぎると思い、美神に預けたと書いて
  あった……………… 。


※この作品は、編者が著者の許可を得て、Nifty-Serve FCOMICAL 「椎名百貨店」会議室より転載したものです。

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