gs-mikami gaiden:proving ground of dragon-overlady /time after time

著者:西表炬燵山猫


the bathroom with my love


  「もう、あの子ったらどこにいったのかしら?」
 自室で宿題をしろと言っておいたのに、お茶とお茶菓子を持っていってやるとパピリオは自室にはいなかった。だからいつもよりは少し目尻が上がっていた。しかし不機嫌なのはパピリオのせいばかりでは無い。
 明日に神界の病院から退院してくる横島を迎える事になっている。まあ罪滅ぼしを兼ねた歓迎会だがその準備が進まないのだ。
 式自体はまだ病み上がりであるはずなので、飲んでとはいかないのでひたすら食うのが主である。明日迎えにくると言っていた美神らが魔鈴の所からテイクアウトしてくると連絡が数日前にあった。
 必要なのは会場の飾り付けぐらいで、それはもう終わっていた。
 問題なのは、お洒落には気をつけている美神らと違い、服のパターンが固定化されている感のある自身の衣装だ。何しろここは修業場であるので、道着以外は必要で無い生活が彼女も長いので無頓着になっていたのが痛い。
 あれから人間界に行ったおりに、年頃の女性らしく流行りと云われた服を買い込んだりはしたが、店員の勧めにしたがって入手はしたものの人間のセンスは分からないのが本当の所。自分でいいと思っても、それよりは見せる相手の趣味に合わせなければ用は成さないのが年頃の女性の悩みだ。
 落ち着いたのは結局いつもと変わらぬ、美神が最初に選んでくれたのと似たような、彼女によれば「着ているのが恥ずかしい」というタイプの衣装であった。
  (なんか・・・・・動きにくそう・・・だけど)
 それにしては、「恥ずかしい」とおもうつつ姿見の中の彼女は微笑んでいた・・・・。いつぞやメデューサ事件の折『相変わらず美しい』時に着ていたのと同種なので、また歯の浮くような台詞を期待しているのだろうか?。本当の所は自分でも分からなかった。幼少から修業にだけ明け暮れていて、少しは年頃らしい生活をしていなかったのが悔やまれた。
  (でも・・・・)
 しかし、よく思い返してみればそれは自分ばかりでは無いと思えたので少し安心した。彼の周りに正真証明な堅気な女の子はいない・・・。回りと併せて自分を正当化する事にした。
 ついでにと買っておいた下着を試しに付けて見ると、可愛いデザインに不思議な高揚を覚えた。見せる理由では無いとは分かっていたが、付けた下着だけ高揚する気持ちは女性特有であったろう。


 パピリオを探していた彼女に水音と桶が湯殿を打つ音が響いた。
  「あらっ、お風呂?よね・・・誰か入ってるのかしら・・・・って、今は一人しかいないわよね」
 老師は以前のギックリ腰で未だに自宅で療養中。ジークさんとワルキューレも法事で明日まで魔界。鬼門も正門にいる。数人はいる他の住人も揃って週末で自界に帰っているので直ぐに入っているのは特定出来た。
  (パピリオったら、お風呂入るとすぐ眠たくなっちゃうんだから。今日は宿題残ってるのに・・)
 本来の業務以外に勤しむ自分を棚に上げて、ちょっと性が無いと嘆息しつつ露天風呂へと続く暖簾をくぐる。

  (少しは怒った方がいいわね)
 どうも彼女の無垢な表情に向き合うと流石の彼女も仲々強く言えなくて、本来は修業とはいいながらも結構ナアナア状態になっている今日この頃。
  (ようし!)
 ちょっと演技を入れて強く叱る事にした。その為には勢いが必要だと(他の人と親しくしている横島さん)を思うと胸がムカついたので、湯殿に続く引き戸を勢い良く!!ガラッと開ける。
  「パピリオ!!宿題は帰ったら直ぐにしなさいと言ってたじゃありませんか。誰がお風呂・・・・・・・・に いいい」
  ピキーン
 言葉と表情が凍る。
  「あ!お邪魔してます・・・・」
 彼女の眼前には、風呂の中でパピリオと一緒にアヒル隊長で遊んでいる横島がいた。
  バビュン
  「あ わわわああ」
 急いで開けてしまった引き戸の影に背中を押し当てるように隠れる。慌てたのは、まるで銭湯並みに広い湯殿なので投げ出した横島の足の間に・・・・パピリオや自分には決して存在しない物が湯煙の向こうからでもあからさまに見えていた。本当は湯気と波紋でハッキリ見えた理由では無いが、意識が集中していたために彼女の頭の中にはキッチリ輪郭が作り出されていた。
  (あ あ あああ あれが おとこのひとの)
 子供の頃に風呂の中で父のは見たことはあるが、それはいつの頃だったかすら定かでは無い程の時だ。神界には横島愛読のエロ関係本も、インターネットでアダルトサイトも無い。ので、それに関してはパピリオと然して変わらない知識ぐらいしか無いのが本当の所。無論それがどんな任に当かは知ってはいる。しかし経験の無い自分には漠然とした、遙か彼方に続く物ぐらいの認識だ。それが行き成り生で眼前にあったのだ。彼女の狼狽も当然だろう。


  「あのう、すいませ〜ん小竜姫さま。勝手に戴いてます」
 横島の、どこか遠くのゴメントが彼女の耳に届いた。何か返さねばと思ったが、渇いた口は言葉をしばし忘れてしまったように押し黙ってしまった。
  (・・なにか いわなきゃ)
 必死に言葉を探す小竜姫。
  「あ あの・・・なんで、退院は明日のはず」
 明日に備えて準備していたので当然の疑問だ。
  「ああ。実は・・・」
 口ごもった横島であったが、ゲーム三昧にと入り浸っていたので事情を知っていたパピリオが引き継ぐ。
 神界の病院の、本当の白衣の天使の看護婦に親しく(同義語→セクハラ)しようとしたら放り出されてしまったらしい。
  (まったく・・・・女なら誰でもいいっていうのかしら)
 先程パピリオを叱ろうと振るい立たせる為の鼓舞とは明らかに異質なゴゴゴゴという擬音が背中に響く。

  (あちゃあ、パピリオの言うままで、勝手にはいったのはまずかったかな)
 脱衣所のある戸の向こうから漏れてくる、何とも剣呑な気配にパピリオと顔を見合わせる。
  (何か云わないと、またいつぞやの修業されたら溜まらんから・・・・・ん〜)
 無い頭を捻ってみる。今居るのは温泉、温泉のキーワードでこの言葉を思い出さない奴は男で無いと断言する いわく”混浴”。だから横島も発する言葉に選んだ。
  「そそそ そうだ!。折角だから小竜姫さまも入りませんか。パピリオとばっかりじゃ、ちょっと色気が足らないから。痛て!!{←パピリオが抓った}。小竜姫さまの玉の肌を朱に染めて、色付けてくれませんか。あははは は は は」
 渇いた笑い声は当然場を和ませようとした軽口であったが、漏れてくる気配は更に殺気を帯びたものになった。
  「ひええええ」
 怒だと思えた気迫。思わず狭い湯殿で岩肌の壁まで後退りする横島。


  「そうでしゅ。今日こそ小竜姫しゃまも横島と一緒にはいるでしゅ」
  「え?」
 怒の気と思われたのは実は混浴のお誘いに頭がパニックに陥っていたので、返答に窮していたのであった。だから、いつのまにか扉にまで来ていたパピリオにも全く気が付いていなかった。
  「え?。ちょ ちょっと!!パ・・・・・・」
 グイと引っ張られ、気がつくと小竜姫の体はパピリオに引き摺られて湯船の中に・・・・。
  ドッボーン ゴボガボボボ
 さしもの神剣の使いで名だたる竜神といえどもこれにはパニック。膝下まで程しか無い湯船では溺れる筈の無かろうが、パニくり手足をばた付かせて溺れる。
  バタバタ バシャバシャバシャ
 溺れた金魚がいたらば、きっとこんな姿なのだろう。普段清楚可憐な美少女であるので、見ていてちょっと滑稽だ。思わず助けるのを忘れて笑いを堪えるのに露な横島だったが、その笑みは長くは続かなかった。
  ぐにゃ
 何かが、そう、まるで道路の蛙がローラーで踏み潰されたような音がした。それに続いて横島の悲鳴が湯殿にコダマした。

  「え?」
 それに気がつき己を取り戻した。
  (なにかしら、これは?。まるで蒟のようだけど)
 何かを掴んだ手を支えに顔を上げると、岩を背もたれにしていた横島が苦悶の表情を浮かべていた。
  「よ 横島さん!どうしたんですか?」
  「て て て」
 脂汗を垂らしてそれだけ告げる。
  「て て て・・・・・?」
 ”わ”が三つなら、銭湯で使っているミツワ石鹸だとは知っているが、”て”が三つだと何かしらと考える。
  「きっと横島は”手”っていいたいんでしょよ」
 脇を見ると、隣にいつのまにか立っていたパピリオが諭す。
  「は?、”て”じゃなくて”手”・・・・・・・・・・・・・・誰の?」
  「きっと小竜姫しゃまのでしゅ」
  「あたしの手がどうしたの?」
 まだ分からないようだ。起き上がる時に小竜姫が支えとして掴んだのは・・・。
  「小竜姫しゃま、横島の象さんを握り潰しているんでしゅよ」
  「・・・・・・・・・・・・え?」
 彼女の回りと時間が凍りついた。

  (象さん 象さん 象さん お鼻が長いのね そうよかあさん・・・・・・・じゃなくて。そういえば殿下がこの前そんな事を・・・・確か人間界の漫画映画の『クレヨン○んちゃん』では、確か・・・・・・)
 汗がたらっと流れる。
  (・・・・・・)
 己の推論が間違っていることを祈った。彼女は神なので、誰に祈ったのかは知らないが。
 ソロリと、ソロソロ ノタノタ ユルユルと眼球だけを、妙にグニャリとした感触が残る己の右手に這わせる。
  「・・・・・・・・・」
 彼女は真っ白に燃えつきたかった・・・・。
 その光景を表現するのはどういえばいいだろうか?。さしては、ソーセージのサイズを気前良く間違えたホットドッグという所であったろう。パンは小竜姫の握った拳で、無論それからはみだしたソーセージは・・・・・・・。

 今度は小竜姫の悲鳴が湯殿にコダマした。
 しかし、これにはオマケがあった。
 持たれていた岩塊に横島の頭が陥没する音。どうやら、彼女はパニックに陥ると目の前の物に当たる、女性にありがちな癖を持っているらしい。
 妙神山に新しい観光名所が出来た。確か別府にも同じ名前を名所があった。その名を『血の池地獄』。




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