某ホテルのレストラン 

「アタシを知ってる・・・・・?」 
「ええ。」 
「ほうなんは・・・・・」 
「・・・・・」 
エビフライを咥えるタマモは、骨の目の穴から覗いてくるツクモの目を見返した。 ごっくん 
「その骨、もうとったら? ハルにはばれてるわよ?」 
「これ?」 
ツクモはドラゴンの骨を指でつっとなぞる。 
「これは彼に対するものじゃないわ。 ほとんどは、この時代のあなた達から顔を隠すためよ。」 
「80年後の人間なんでしょ? そこまで気にする必要あるのかしら?」
「念のため、よ。」 


きつねレポート

 牙と思いの幻影 −ウィメン・ワーク− 


「ただいまでござる―っ!」 
「たらいま〜・・・・っす・・・」 
「お帰り―って、ずいぶんよれよれね横島君。 大丈夫?」 
「はひ〜〜〜・・・」 
横島はよれよれとソファーに倒れこんだ。 
「美神殿、おキヌ殿帰ってたんでござるか?」 
「ええ。 さっきもう行っちゃったけどね。 ほら横島君、明日もあるんだから早く帰って休みなさい。 遅刻は減給もんよ?」 
「今日ここに泊まっちゃ駄目っすか〜? 外は何か物騒で・・・・」 
「女の子かあんたは? GSが馬鹿ゆってんじゃないわよ。」 
「あ、そうだ美神殿。 実は先ほど変な奴に遭遇したんでござるよ。」 
「何よ遭遇って? 宇宙人?」 
「暗かったんでよくは見えなかったでござるが、どうも烏天狗みたいでござった。」 
「烏天狗・・・・? そんなのが何でこんな街中に・・・?」 
「それは拙者にも・・・・偶然通りかかった方に助けてもらったおかげで、拙者らも助かったんでござるが。」 
「そうなんっすよ! 美人だったな〜・・・」 
「がるるるっ!」 
「だあっ、それやめんかいっ!」 
「ふん・・・・・GS試験中に烏天狗、偶然とは思えないわね。」 
美神は拳で口元を押える。 
「で、誰に助けてもらったって?」 
「ツクモ殿と言う、拙者と同じGS候補生の方でござる。」 
「ツクモ? またか。」 
「またって?」 
「何かおキヌちゃんもそのツクモってのに会ったらしいわよ。 ずいぶんお気にいりのようだったけど。」 
「へ―、すごいでござるな―。 ひょっとすると、何か縁があるのでござろうか?」 
「さあね。 とにかく、あんたは早く寝なさいシロ。 明日もあるから。」 
「そうでござった!! 優勝して先生と修行の旅に出るためにもっ!!」 
「勘弁してくれ・・・」 
「ではお休みなさいでござるっ!」 
ばたんっ  
「・・・・話の方はまとまったんすか?」 
横島は体を起こしてソファーに座り直した。 
「ヤシロって言うオカルト製品を扱うティルコット社の社員が怪しいわ。 多分間違いないけど・・・・他にも気になることが結構あるのよ。 ツクモって奴も気になるし、コルちゃんの問題もあるわ。 それからタマモの知り合いって奴も、まだどうだかわかんないしね・・・・って、ちょっと、横島君?」 
「ぐお〜〜・・・・」 
「・・・・本日何にも役に立ってないくせに私より先に寝るたあ、いい度胸してんじゃない・・・?」 
「か――――・・・・・」 
「ったく、半人前が。」 
笑った美神は横島の額を指で突いてソファーに横にさせると、電気を消して部屋を出た。 

「そう、彼と会ったんだ・・・・・」 
「まあね。」 
ツクモとタマモはコーヒーでテーブルを囲んでいた。 
「で、どうして彼を狙う私に会いに来たの?」 
「さあ・・・・・知らないわよ。」 
タマモはカップを置き、窓の夜景に目をやる。 
「あの馬鹿烏に愛想が尽きただけよ・・・」 
「喧嘩でもしたの?」 
「!?」
びくっとツクモを見るタマモは、少し目を丸くする。 
「・・・・・・喧嘩っていうのかな・・・・?」 
「違うの?」 
「・・・・・・・」 
「・・・・・・・」 
「・・・・・・」 
「・・・・・・」 
「・・・ふんっ。」 
「何?」 
「何であんたにそんなこと言われなくちゃならないのかって思って。」 
「言って欲しかったんじゃないの?」 
「・・・・何それ?」 
怪訝な顔をするタマモに、ツクモは優しく笑う。 
「彼が、人造妖怪の存在を消したいっていう気持ちも分からなくはないわ。 タマモがそれを気に入らないって思う気持ちもね。」 
「・・・・・」 
「それでも、私は私の仕事をするだけ。」 
「・・・・聞いてもいい?」 
「ん?」 
「あんたは何でGSなんてヤクザな仕事やってるの?」 
「私が私であるため、かな?」 
「それもどうかと思うけど・・・?」 
「いろいろ事情もあるのよ。 皆、一人一人がそうでしょ?」 
「・・・・ふっ。」 
タマモは瞳を閉じ、笑って立ち上がった。 
「ありがとう、話が出来てよかったわ。 ここはおごらせてもらうわ。」 
タマモは伝票を掴み上げる。 
「私は彼を除霊しなければいけないわ。 タマモがどうするかは、タマモが決めればいいよ。」 
「そのつもりよ。」 
「じゃあ。」 
ツクモがVサインをした右手を振ったので、タマモもそれを真似て指をチョキにする。 
「じゃあ。」 

唐巣の教会  

どんどん どんどん 
「はい、どなたですか・・・?」 
かちゃ 入口を開けた唐巣は黒い影が月明かりをさえぎるのを目にする。 
「き、きみは・・」 
『くわ――――っ!!』 

「―――っ!!」 
美神はベッドから跳ね起きた。 
「・・・・・何?」 
胸を手で押える。 
「・・・・・」 
ベッドから下りた美神はパジャマを脱ぎ捨て、椅子にかけてあった服に手を伸ばす。 
『どうしましたか、オーナー?』 
「ちょっと出るわ。 人工幽霊1号、留守をお願い。」 
『横島さんを起こしますか?』 
「・・・・・もしかしたら明日の戦力を今全部使い切るかもしれないわ。 横島君はこのまま寝かしといて。」 
『わかりました。』 
「私が帰ってこなかったら、シロには予定通り試験に行くように、横島君には、明日の試験会場に行って、自分の判断でやるように言って。」 
『はい。 お気をつけて。』 
「ええ。」 
美神はコブラのキーを摘み上げ、携帯を片手でプッシュしながら走って部屋を出た。 

どこおんっ 
「くっそおっ!!」 
ピートは唐巣を抱えたまま教会の外に飛び出た。 それを追うように、黒い翼を広げた影が飛出る。 
『か――――っ!!』 
どんどんっ 
「!?」 
『ぐぎゃっ!?』 
乾いた音が木霊し、烏天狗が道路に転がるのをピートは目にする。 
「西条さんっ!!」 
ピートは降下し、銃を烏天狗に向けたままの西条の傍に駆け寄る。 
「神父はっ!」 
「大丈夫です。」 
「きみはそのまま病院へっ!! 令子ちゃん達ももうすぐ来るっ!!」 
「すいません、気を付けてっ!!」 
ピートは再び地を蹴り飛び上がった。 
『か・・・・あああっ!!』 
黒い羽がびしっと広がり、烏天狗が立ち上がると同時に西条に飛んできた。 
「早いっ!?」 
どんっ 発砲しながらも西条は左手のジャスティスの鞘を口に咥えて抜く。 
『しゅあああっ!!』 
突き出される3本指の爪を体を沈めてかわし、霊刀を突き出す。 どかっ がきんっ 振り上げられる剣と爪が弾きあう。 跳ね上がるようにジャスティスが西条の手から飛んでいった。 
「ちっ!」 
どかっ 
「ぐっ!!」 
手から弾かれたジャスティスに一瞬目が行く西条の胸に蹴りが入る。 西条の手から銃も落ち、空手になる。 烏天狗は一端距離を取って空に上がり、再び西条に突っ込んできた。 
『ぐああああっ!!』 
「オカルトGメンを舐めるなよっ!」 
西条は懐から破魔札を取り出し、両手でそれをかざした。 
「はああっ!!」 
どんっ 霊波が真っ直ぐに烏天狗に向かって伸びる。 どしゅっ 
『があっ・・・!?』 
肩口を吹き飛ばされ、烏天狗は地に落下した。 どんっ 
「・・・・・・」 
西条は片膝をついている烏天狗に体を向けたままゆっくりと落ちているジャスティスににじり寄った。 
『は、はははは・・・・・』 
「!?」 
『強いな、貴様。』 
烏天狗は立ち上がった。 肩口を押えていた手を放し、爪をきゃりっと擦り合わせる。 
「・・・・・・!? 傷が治っている・・・!!」 
『お前達とは体の作りが違うのさ。』 
「何の目的で人間を・・・・いや、霊能者を襲うんだっ!?」 
『くかかかかかっ・・・・・よく言うぜ。 俺はそもそも戦闘用なんだぜ?』 
「やはり・・・・お前はティルコット社の・・・」 
『知るかよんなこと。 さあ、楽しませろ。 死にたくなかったらなっ!!』 
ばふっと羽をはばたかせ、烏天狗が飛び掛ってくる。 
「くっ!」 
がきんっ 足で地のジャスティスを蹴り上げキャッチし、西条は下段に構えて体を低くする。 
『しゃあああああっ!!』 
振り下ろされる爪に、西条は上着を脱ぎ投げつける。 
『遅いっ!』 
ざしゅっ 
「しまっ・・」 
上着を切り裂く爪の先端が西条の胸に赤い線を走らせる。 よろけながらも西条は体をひねり、ジャスティスを振り上げた。 がんっ 
「!」 
手の甲で弾かれる。 どさっ 
「くそっ・・・」 
無理な体勢の攻撃で、西条は烏天狗の目の前で仰向けに倒れる形になってしまった。 どんっ 
「がはっ!」 
傷口を上から踏みつけられた。 
『惜しかったな。 ま、いいせんいってたがな。』 
「くううう・・・・」 
『お前は運がいい。 俺は今日は機嫌がいいんだ。 生かしといてやってもいいぜ?』 
「な、何だと・・・!?」 
びゅおっ 
『!?』 
飛んで来る影に烏天狗は西条から足をどけ、身を引いてかわす。 
「霊体撃滅破――っ!!」 
『ふんっ。』 
迫り来るまばゆい閃光に、烏天狗は翼を広げて地を蹴った。 
『ほお、仲間か・・・?』 
「エ、エミ君・・・?」 
エミは戻って来るブーメランをキャッチし、西条に駆け寄った。 
「遅くなったかしら?」 
『い、いや・・・・助かったよ・・・・ごぼっ!』 
体を起こした西条は口から吐く血を手で押さえる。 
「そこで休んでなさい、後は私がやるわっ!!」 
「ま、待て、令子ちゃんが来てから・・・」 
「向こうは待ってくれそうにないワケよっ!!」 
『くわ――っ!!』 
急降下してくる烏天狗に、エミは両手に破魔札を構える。 どしゃっ 
『なにっ!?』 
「!?」 
「神通棍!?」 
長く伸びる光る鞭が烏天狗を弾き飛ばした。 
「西条さんっ! エミっ!?」 
美神はコブラから飛び降りて駆け寄った。 
「大丈夫っ!?」 
「何とか・・・」 
「ふんっ、呼び出した本人が1番遅れてくるなんてね。」 
「ごめんってば、先生は?」 
「大丈夫だ。」 
『くうううう・・・・』 
頭を押えて立ち上がる烏天狗に、美神とエミは西条を背後にするように構えた。 
「烏天狗・・・・・シロと横島君が会ったって―のもこいつか?」 
「横島はどうしたの?」 
「何か引っ掛かるのよ、今はなし。」 
「ったく、使えない・・・!!」 
『早かったな・・・・』 
烏天狗は頭から手を放してにっと嘴を緩めて笑った。 
「余裕かましてくれるじゃない、ヤシロ・・・?」 
『何を言っている?』 
「とぼけんなっ! あんたがティルコット社の造った人造妖怪だってことはわかってんのよ?」 
『かかかかっ、証拠があって言ってんのか?』 
「あんたを捕縛すればわかるわっ!!」 
「そう言うことっ!!」 
美神とエミが同時に破魔札を投げつけ走り出す。 ばさっ 翼を振りかざして破魔札を弾き、烏天狗も走り出した。 
「!?」 
「!?」 
『!?』 
どこおんっ 空から落ちてくる閃光に、美神、エミ、烏天狗は吹き飛んだ。 
「な、何なの・・・?」 
「令子、あれっ!」 
「!?」 
建物の上に、月明かりをバックに人影が浮び上がっていた。 長い棒状の物を手にしているが、顔は逆行でわからない。 
「・・・・あいつ・・・」 
ふっと身をひるがえし、人影が消えた。 
「あっ! ヤシロは・・・っ!?」 
立ち上がる美神は、辺りに目を配る。 
「逃げられた・・・・・・さっきのは味方なの? それとも・・・」 
「さあ・・・ね・・・」 
「!? ちょっとエミ!?」 
足を押えて倒れこむエミを、美神は支えた。 
「どうしたの?」 
「っつ、さっきの貰っちゃったみたいね・・・・」 
美神はエミの足に手を伸ばす。 
「いだっ! そっとしなさいよそっと!!」 
「折れてるわね・・・・・とにかく今は病院に。 西条さんも。」 

別の某ホテル、ハルの部屋 

とくとくとく・・・・・ グラスに注がれた紅いワインに、すっと影が映った。 
「何してる?」 
「・・・・ばれた?」 
ハルはグラスを持ち、振り返ってタマモにそれを差し出した。 
「飲むだろ。」 
「うん。」 
タマモはそれを受け取った。 にっと笑ってくるハルに、タマモはうつむきかけながらも笑い返した。 

白井総合病院 

「戦力半減ね・・・」 
美神はずらっと並んだベッドにのっている唐巣、西条、エミにため息をついた。 
「すまないな令子ちゃん。 なんとか頼むよ。」 
「やるわよ、仕事ですから。 その代わり。」 
「分かってる、報酬は上げさせてもらうよ。」 
「んっふふ〜、ありがと西条さん。 だから好き。」 
美神はかがんで西条の頬にキスをした。 
「しかしどうします? このままではちょっと心もとないですよ? 先生はまだ意識が戻りませんし、エミさんも、今起こすのは危険です。」 
腕を包帯でつり、椅子に座っているピートがベッドの西条越しに美神を見てきた。 
「せめてタマモが欲しいわね・・・・何とか頼んでみるか。 つかまるかどうかわかんないけど。」 
「いっそタイガー達に事情を話したらどうですか? 冥子さんとかにも・・・」 
「うう〜ん・・・・・いや、受験組みはやっぱり外しましょう。 あいつらは試合に集中させてやりたいし。」 
「しかし・・・」 
「戦力補強は私がなんとかするわ。 横島君とタマモがいればなんとかなるし、もしかしたら強力な助っ人も手に入るかもしれないわ。」 
「誰のことだい・・・?」 
「何か当てがあるんですか?」 
「保証はないけど、大丈夫よ。 なんとかなるわ。 ピート、あんたはここで西条さん達の護衛を。」 
「僕も戦えますよっ!」 
「無理よその怪我じゃ。 治りが遅いのはわかってるわよ?」 
「・・・・しかし。」 
「あいつがまた来るとも考えられるわ。」 
「・・・・分かりました。」 
「じゃあ私は行くわ。」 
立ち上がる美神に、西条は左手を持ち上げ振った。 
「頼むぞ、令子ちゃん。」 
「任せて。」 
美神は軽く手を振り、病室を出た。 

タマモはグラスをくいっと空けた。 
「他に方法はあるでしょうに・・・・」 
「あるだろうな・・・」 
ハルは笑って窓から外を見下ろしていた。 
「男って奴は・・・・・」 
タマモはグラスを置き、ベッドに体を投げ出した。 
「おい、タマモ・・・・?」 
「・・・・・・」 
「ふん。」 
ハルはビンを掴んで直接口に運ぶ。 
「ふうっ・・・・・きみが酔いつぶれるなんてはじめて見たぞ。」 
ハルはタマモの髪をかき上げるように頭を撫でた。 
「出来れば・・・・・・・きみとずっと・・・」 

GS試験2日目早朝 

「ん?」 
「起きた?」 
美神はテレビのニュースを見ながらコーヒーをすすっていた。 
「あれ・・・・・美神さん・・・? うわっ!」 
がんっ 横島はソファーから転げ落ちた。 
「な―にやってんの。」 
「いった〜・・・・・あ、もう朝っすか?」 
「ええ。」 
「くっは〜〜〜、あ―よく寝た。」 
「この野郎・・・」 
「は? 何か言いました?」 
「うるさいっ! 今日はこき使うわよっ!? 戦力が足りないんだから!!」 
「え? 何かあった・・・?」 
「あんたが寝てる間に西条さん達がやられちゃったのよ。 残りは私とあんただけよ。」 
「え・・・っ!?」 
「ともかく、今はタマモをなんとか見つけないと。 横島君知らない?」 
「ん―――・・・・クロが知ってんじゃないかな?」 
「例のハルって奴のとこしら?」 
「んなにぃっ!!? おんのれ〜〜俺のタマモに〜〜〜〜っ!!」 
「うるさいっ、場所とか知らないの?」 
「知ってたらとっくにぶっ殺しに行ってますよっ!」 
「あ―そうかいっ! それからツクモって奴、どこにいるか知らない?」 
「ツクモさんですか? さあ〜・・・・?」 
「ちぇっ、やっぱ考えが甘かったかな?」 
美神はかくっと横に頭を落とした。 かちゃっ 
「うい――・・・・おはよ―でござる――・・・・あ先生・・・?」 
「おっすシロ。」 
「おっすでござる〜、ふああああ・・・・・」 
広げる口と一緒に大きく腕を伸ばして反り返るシロに、美神はため息をつきつつ笑った。 
「お気楽犬・・・」 
「は? 何でござる?」 
「ちゃんと休めた? 今日はしっかり頑張りなさいよ。」 
「はいっ!」 

白井総合病院 

椅子に座っていたピートはこっくりこっくり頭を落としていた。 
「・・・・ん?」 
朝日の差し込んでいた窓に黒い影が広がる。 がっしゃあああんっ! 
「何いっ!」 
破片と共に飛び込んでくる烏天狗に、ピートは椅子から立ち上がろうとした。 爪が1番窓際だったベッドに寝る唐巣に振り下ろされる。 
「先生っ!」 
がらっ ドアが開き、青みがかった黒い髪が飛び込んできた。 
「だあっ!」 
「え!?」 
どかっ 
『ぐわっ・・・!?』 
ピートの目の前を駆け抜けた人影が烏天狗に飛び蹴りを食らわした。 そのまま勢いで窓の外に吹き飛ばされる。 
「逃がすか・・・・っく・・・!」 
足のふらついたピートを、骨を被った女が支えた。 顔を上げたピートは、空に消えていく影をぐっと睨んだ。 
「もう来ないでしょう、落ち着いてください。」 
「え、ええ・・・・あなたは・・・」 
「敵じゃないですよ、安心してください。」 
「は、はあ・・・」 
ピートを椅子に座らせたツクモは、唐巣のベッドに散らばったガラスの破片をシーツと一緒に払いのけ、すっと手をかざした。 
「何を・・・・・え・・・?」 
淡い光がツクモの手から溢れる。 
「これは・・・・ヒーリング? あなたは一体・・・・?」 
「私はツクモと言います。 GS候補生ですよ。」 
「ツクモ・・・さん・・・・あ、ありがとうございます、助けていただいて。 でもっ・・・・いいんですか? もうすぐ試合じゃ・・・・・?」 
「あれ? もうですか?」 
ツクモは部屋の時計を振り返った。 
「大丈夫ですよ。 それより、動かないでくださいよ?」 
「え・・・?」 
立ち上がり近づいてくるツクモに、ピートは少し身を引いた。 
「はい、動かない動かない。」 
「あ、あのっ・・・」 
ツクモに両手で顔を挟まれるピートは火照る顔で体を硬くした。 優しい光が漏れる。 
「はい、ゆっくり深呼吸―。」 
「す――――・・・・」 
光が止む。 ツクモはピートをそっとベッドに倒れこませた。 
「寝てください、あとは何とかしときますよ。」 
ツクモはピートの頬をぺちぺち叩いた。 

「よおハル、起きてるか?」 
「ああ。」 
ハルは窓の外を見ながら歯を磨いていた。 ハルの部屋に入って来たクロは、ベッドに転がっているタマモに足を止めた。 
「何だ、仲良くやってんじゃねえか。」 
にやにや笑ってくるクロに、ハルはちらっと振り返った。 
「そういう笑い方するなよ。」 
「へ―へ―。」 
クロはハルに並んで窓から空を見上げた。 
「いい天気だな。」 
「ああ。」 
「で?」 
「試合という場を借りて、奴を討つ。」 
「名前は?」 
「ヤシロだ。」 
「ヤシロ・・・・コーリング・ブラントじゃないのか?」 
「実験体はヤシロだよ。 あの娘は、まだわからない。」 
「どっちもやればいいんだろ?」 
「まあ、な。」 
「んん――・・・・・」 
「起きたか?」 
振り返ったハルとクロに、仰向けのタマモがベッドから首を垂れてこっちを見ていた。 束ねられていた髪がじゅうたんに投げ出される。 
「・・・・・おはよ。」 
「おはよう。」 
「・・・・・・・く―っ、勿体無いっ!」 
「何が?」 
クロはカーテンを噛み締めた。 

試験2日目開始時刻 会場武道館 

美神と横島は並んで客席に座っていた。 
「んで、どうするんすか?」 
「試合が全て終わったら速攻でヤシロを叩くのよ。」 
「終わってからっすか?」 
「そうよ。 奴が面白がって試合で遊んでいる間にばててもらうのよ。 そこを叩く。」 
「せ、せこい・・・・」 
「雪之丞やクロがせっかく出てるのよ? これを利用しない手はないわ。」 
「成る程。」 
「下手に協力要請なんてしたらギャラをよこせなんて言ってくるかもしれないでしょ?」 
「た―しかに。」 
「だから、ただで使うのよ!」 
「しかしな〜・・・」 
「そしたら誰かさんの自給もちっとは上がるかもな―?」 
「それでいきましょう美神さんっ! 愛と正義とお金の為にっ!!」 
「そうよっ、お金の為よっ!!」 
美神と横島はそろってぐぐっと拳を握り締めた。 

「よう。」 
「むむっ?」 
手を挙げて近づいてくる雪之丞に、シロは顎を突き出すように軽く会釈した。 
「そう睨むなよ、楽にいこうぜ。」 
「拙者の目標は優勝でござるからな、のんびりは出来んのでござるっ。」 
「ほ―、そりゃ俺に勝つってことだな?」 
「当然っ!」 
「まあいいさ。 どのみちお前とは決勝戦でしかあたらねえからな。」 
2人は壁の表を見上げた。 
「楽しみにしてるぜ。」 
「首洗っとくでござるっ。」 
「あ、いたいた。 雪之丞さ―ん。」
「ん?」 
「おキヌ殿?」 
走ってきたおキヌは、シロと雪之丞の前で息を切らせて止まった。 
「よ、ようやく会えました〜・・・・昨日は会えなかったから・・・・」 
「何だよ、何か用か?」 
「弓さんから伝言預かってます。 頑張れって。」 
「へ〜、あいつが・・・・・そっか。」 
「研修以外の人は、授業で来れないんですよ。 だから。」 
「わざわざありがとよ。」 
「ところでタイガーさん知りません? 一文字さんからも応援してくれって頼まれてるんですよ。」 
「さあ・・・? ま、会ったら伝えとくさ。」 
「お願いします、私もう戻らないといけないから。」 
おキヌは走り出そうとしてすぐ足を止めて振り返った。 
「あっ、シロちゃんも頑張ってね。」 
「そんな思い出したように言わないで欲しいでござる・・・・」 
「ごめんごめん、じゃあね。」 
おキヌはぱたぱたと走っていった。 
「ふむ、しかしせっかくの一文字殿の応援も無駄に終わるでござるな〜。」 
「何でだ?」 
「次の相手は拙者でござるからな、はっはっはっ。」 
「何だそうなのか。」 
雪之丞は再び壁のトーナメント表を見上げた。 
「楽勝楽勝、資格ゲットでござる。」 
「ま、足元すくわれねえようにな。」 
雪之丞はぷらぷら手を振って行ってしまった。 

「よう、確かクロとか。」 
「伊達・・・・だったよな?」 
「ああ。」 
クロは手にしていた錫杖の先をしゃらんと振った。 
「どうだ調子は?」 
「さあな。」 
「ふっ、余裕だな。」 
「んなんじゃねえよ。 そうだ伊達、タマモ見なかったか?」 
「美神んとこの狐か? 美神と横島ならあっちの客席にいたが・・・・金髪のやつだろ? 見てないぞ。」 
「そっか、どこ行っちまったんだ〜?」 
「何の話だ?」 
「いいさ。 お前すぐ試合だろ? 負けるなよ。」 
「おう。」 
クロと雪之丞はこんと拳をぶつけ合った。 

「おい。」 
「? 何ですか?」 
錫杖を担いでいるハルは、コーリングに歩み寄ってきた。 
「きみは何者だ?」 
「何を言っているんですか?」 
「ティルコット社の令嬢が、その試験体と同時期にGS試験に出場、偶然とは思えないよ。」 
「何のことです、私はただの・・・」 
「ただの・・・・何だ? 人間とでも言うつもりか?」 
「違うとでも・・・?」 
「違うな・・・・・今のきみは。」 
「付き合っていられません。 失礼させていただきます。」 
コーリングはぺこっと頭を下げて早足に歩いていった。 

『さあGS試験2日目、資格をかけた第2試合目がいよいよ始りますっ!』 
『選手達にとってもここが今後の分かれ目あるね。』 
『各コートに選手達が集まりはじめました。 間もなく試合開始ですっ!』 
ぱたぱたぱた・・・ シロは足で床を叩き、腕組みをして尻尾を逆立てていた。 
「お、遅い・・・・!」 
『おや、これは3番コートの・・・・タイガー選手ですか? 姿が見えませんね。』 
『逃げたあるな、かかかっ。』 
『このままでは棄権とみなされてしまいますが・・・』 
「遅れてすまんですじゃ――っ!」 
どすどすどすっ 
『おっとどうやら間に合ったようですね。』 
「遅いでござるっ!」 
「はひ―・・・・すまんですの―、ちょっと・・・」 
膝をついて大きく肩で息をするタイガーは、頭を手で押えてシロに頭を下げた。 
「タイガーっ、何かあったのか?」 
隣のコートの雪之丞に、タイガーは顔を向ける。 
「エミさんに連絡がつかんかったもんでのう。」 
「ふ―ん、まいいや。 一文字から伝言だとよ。 頑張れってさ。」 
「おお、ありがたいですじゃ。」 
「きみ、もう始めるぞっ?」 
「あ、はいですっ!」 
審判に即され、タイガーとシロはコートの中で対峙した。 
「タイガー殿〜、待たせた恨みは大きいでござるよ〜?」 
「うう・・・・すまんですじゃ〜、わっしの出番はこれで終わってしまうんですかいの〜・・・?」 
「ふっふっふっ、その通り。 覚悟するでござる―・・・!!」 
泣き出すタイガーに、シロは不敵に笑った。 
『さあ試合開始ですっ!』 
か―んっ 
「おりゃ―――っ、覚悟でござる――っ!!」 
シロは霊波刀を右手にタイガーに突っ込んできた。 握り締められたタイガーの拳からぱりっと霊波が漏れる。 どかばきっ 
「ぎゃ――っ!?」 
ばちちっ ずずんっ・・・・ シロは結界を突き破り、壁をぶち抜いて吹っ飛んだ。 
『こ、これは――っ!? 開始早々勝負あったのか――っ!?』 
がらがら壁の破片が落ちてくる中、シロは起きてこなかった。 
「勝負ありっ、勝者、タイガーっ! タイガー寅吉選手、GS資格取得っ!!」 
「や、やったですじゃ――っ!!」 
審判に掴まれ、タイガーの手が高々と掲げられた。 

「おいおいマジかあ・・・・?」 
クロは壁にもたれていた体をすっと離した。 
「シロが弱っちいのかタイガーとかってのが強いのか・・・?」 

「がが―――んっ! シロが負けた―――っ!? ってことは俺は1年間雪之丞んとこで女っ気がない仕事をするのかあ―――っ!!?」 
「ふん・・・・」 
美神は口元を指で押えてタイガーを見つめた。 
「・・・・・成る程。」 

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【次回予告】 
ツクモ「と、あるところに1人の女の子がいました。」 
タマモ「は?」 
ツクモ「女の子には大好きなお姉ちゃんがいましたが、女の子はお姉ちゃんほど長くは生きられませんでした。」 
タマモ「あっそう。」 
ツクモ「ある日、女の子は悪い魔法使いに呪いをかけられてしまします。」 
タマモ「ねえ、これ本当に次回の予告・・・・?」 
ツクモ「それは女の子の時間を止めてしまう呪いでした。 永遠の時を生きなければならない、怖い呪いです。」 
タマモ「大体あんたゲストのくせに何で予告にでしゃばるかな?」 
ツクモ「でも女の子はちっとも悲しくありませんでした。 それは、とっても優しいお姉ちゃんがいたからです。」 
横島 「くう〜、ええ話やな〜〜・・・・」 
タマモ「横島あんたも・・・・・ちょっと、いったい何が言いたいの?」 
ツクモ「これいい話だと思う?」 
タマモ「どこが、安い話よ。」 
ツクモ「へへっ、まあね。」 
横島 「???」 
ツクモ「次回、『牙と思いの幻影 −ソード・ダンス−』」 
タマモ「次回予告になってるのこれ?」 
横島 「てか、お前らなんか息合ってないか・・・・?」 


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