○月×日PM09:50 日本海海上某イージス艦ブリッジ  

「熱源探知っ! 目標距離約1万3000メートルっ!!」 
「威嚇射撃よぉ――いっ!!」 
艦長の言葉に美智恵は目を細めて霧の広がる空を睨む。 
「先生・・・っと、美神隊長っ! 旗艦を含め、イージス艦4隻の展開完了です。」 
「ご苦労です。 そのまま待機。」 
西条の声にも振り返らず、美智恵は甲板のおキヌとリンを見下ろす。 2人は船員に渡されたヘルメットを被った。 
「って―――!!」 
どどんっ!! 白い光が霧を突き破り、暗い空に吸い込まれていく。 
(さて、人の手に負える鳥だといいんだけど・・・) 
ぺろっと唇を舐め、美智恵は霧に向かって笑った。 


きつねレポート

 火鳥風月 −3番− 


ぴこぴこぴこっ 
「なあ母さん。」 
「何よ?」 
台座の上でくるくる回る見鬼君を手にする百合子に、横島はポケットに手を突っ込んだままうなだれる。 
「まじでやめとけって。 タマモ探すなんて不可能だって。」 
「うるっさいね―。 馬鹿息子がGSのくせに役に立たないから自分でやってるだけでしょうが?」 
ぴたっと回転の止まった見鬼君が交差点の1方を指し示すので、百合子はそちらに歩き出す。 
「あの狐は芸が細かいんだって。 そんなもんじゃ10年かかったって捕まんねえよ。」 
「私はあんたと違って人生真面目に生きてんだよ。 探し者ってのは、日頃の行いで決まるからね。」 
「んなん聞いたことねえぞ!!」 
百合子の背中を睨みながらぶつぶつ言って歩く横島に雪之丞は笑った。 
「まあそう言うな横島。 お袋さん、結構いい勘してるかもしれねえぞ?」 
「そうかぁ―・・・・? って、何でお前がついてきてる?」 
「だから狐に伝言があるんだって。」 
「さてはお前、昼飯にありつこうって魂胆だな?」 
「ば、馬鹿言ってんじゃないよ〜〜〜・・・・お、俺はぁ、そんなやましい男じゃ・・・」 
「ほ―、そうじゃねえって言い切れるか? あん・・・・?」 
目線をそらす雪之丞に眼を飛ばす横島達に百合子は振り返った。 
「こらこら喧嘩すんじゃないよ。 いいじゃないかいご飯くらい。 ごめんね雪之丞君、ケチな馬鹿息子で。」 
「だったらちったぁまともに仕送りせんかいっ!!」 
「まあ落ち着けって・・・・お、反応してるぞ。」 
「!?」 
ビルの前でぴこぴこ腕を振る見鬼君に3人の足が止まった。 
「あら家の会社じゃないの。」 
「何故に・・・」 
片手で日差しを遮りながらビルの上を見上げる百合子に横島は頬を引きつらせた。 入口のゲートに向かって歩く百合子に続こうとした横島を、雪之丞が後から引っ張る。 
「なあ変じゃねえか? あの狐がこうも簡単に見つかるってのも。」 
「ん―・・・? まあ、そうだけど、あいつのこと考えたってど―せ何もわからんねえだろうが。」 
「・・・ったく・・・・」 
ぼやく雪之丞に横島は苦笑した。 
「ほら2人共、おいてくよ。」 
百合子は自動ドアの開く前で横島と雪之丞の方に振り向いた。 

同時刻、美神除霊事務所  

「・・・・終わった。」 
パタンとノートパソコンを閉じた美神は深く椅子に座り込んだ。 
『お疲れ様です。』 
「かなり無理したわ・・・・・財産持ってることでこんな苦労するとは思わなかったわ・・・ あ、シロは・・・・?」 
体を起こす美神は腰をひねりながら立ち上がる。 
『間もなくいらっしゃいます。』 
「外の連中は?」 
『変わりありません。』 
かちゃっとドアが開き、シロがカップを持って部屋に入ってくる。 
「コーヒー入れなおしてきたでござるよ〜。」 
「サンキュー。」 
美神はそれを受け取って口に運ぶ。 
「ふわ〜・・・あ―・・・・・寝たいところだけど・・・・」 
「ねえ美神殿〜、今からでも拙者先生とお母様と一緒に・・・・」 
寝ぼけ目を擦る美神にシロは尻尾をふらふら揺らす。 
「・・・ん―・・・・ひのめは・・・?」 
「まだベッドで寝てるでござる。 ねえ美神殿〜〜・・・!」 
擦り寄るシロを押しのけ、美神は部屋の隅の小さい柵付きのベッドに目をやる。 お腹を上下させて寝ているひのめに美神は微笑する。 
「そうね、ひのめも寝てるみたいだし・・・・いいわよ、行ってきなさい。」 
「やたっ!」 
「あ、シロ・・・っ!」
脱兎のごとくドアにダッシュするシロに美神は手を伸ばして尻尾を掴む。 
「いだっ! 何でござる・・・・?」 
「ごめんごめん。」 
お尻の尻尾の付け根を擦るシロに美神は苦笑した。 
「シロ・・・・あんた、いつかきっといいGSになるわ。」 
「・・・・・は?」 
「横島君も経験が少ないけど、ちゃんと言うこと聞いて、勉強も自分ですんのよ?」 
「は、はあ・・・・ラジャーでござる・・・」 
シロはぽかんと開けた口で頷いた。 
「クロにも横島君にも、私にもできない・・・・あんたにしかできないことがたくさんあるわ。 負けんじゃないわよ。」 
「・・・・美神殿・・・・?」 
「ほらっ、早く行きなさいっ!!」 
笑顔でばしっとシロの背中を叩く美神にシロは引っくり返りそうになる。 
「ととっ・・・・じゃ、じゃあ行ってきます。」 
「ん、迷惑かけないようにね。」 
首を傾げつつも、笑う美神に見送られてシロは廊下に出て行った。 美神はゆっくり窓に寄り、外に出たシロが砂煙とともに走っていくのを見送った。 
『オーナー、1つよろしいですか。』 
「何?」 
『何故タマモさんに逃げるように言わなかったのです?』 
「・・・・人口幽霊1号、あんたの建物と土地の権利は、自動的にママの名義になるから。」 
『オーナー・・・』 
美神はひのめの寝るベッドに近づく。 
「タマモは知ってるわ・・・・逃げられないってね。」 
指先でひのめの頬をつつくと、頬を擦るように小さな腕を伸ばすひのめの仕草に美神の頬は緩んだ。 
「海上でのミサイル攻撃で殲滅・・・・・これが失敗したら、まず対処法はないわ。 あの鳥は、大陸からでもタマモの存在を嗅ぎ取ってる・・・・・必ず来る。」 
『・・・・タマモさんは・・・?』 
「あの子あれで、ここにいる事を好いてくれてるのよ。 私もそれは嬉しいし・・・・」 
ソファーに向かってふらふら歩く美神は苦笑する。 
『私も・・・・私もです。』 
「ははっ。」 
どさっとソファーに倒れこみ、仰向けの美神は長い髪を散らばらせる。 
「あいつの好きにさせてあげたいのよ・・・・・私は、それに付き合う義理があるから・・・・だから・・・・」 
すっと目を閉じ、美神は腕をだらける。 
『・・・・お休みなさいませ、オーナー。』  

「タマモさんっ。」 
「・・・・」 
屋上で寝転がっているタマモを百合子は膝に手をついて見下ろした。 
「こんな所でどうしたんです?」 
「・・・・・別に。」 
すっと目を開くタマモは体を持ち上げる。 
「あんたこそ何よ?」 
「ここは私の働いてた会社のビルなのよ。」 
「ふ―ん。」 
後ろ髪の埃を払いながら立ち上がったタマモは振り返り、百合子の後に横島と雪之丞の姿を目にした。 雪之丞が軽く手を挙げる。 
「よう。」 
「・・・・・誰あんた?」 
「え・・・?」 
「つくづく忘れる奴だな・・・・」 
たじろぐ雪之丞に横島は苦笑した。 
「俺だ俺っ!! 伊達雪之丞っ!! 前にかんなを助けただろ!? マリアと一緒に・・・・ほれ、いわくつきの十字架持ってた加津佐かんなっ!!」 
「・・・・お―、逃避行してた嬢ちゃんの時の。」 
いきり立つ雪之丞にタマモはあくび交じりに適当に頷いた。 
「あ―・・・・で、ちょっとその話があるんだが・・・」 
ちらっと横島と百合子を見る雪之丞に横島はぴくっと眉を動かす。 
「何だよ、俺のタマモと内緒話か? あん・・・・!?」 
「まあそんなところだ。 すいませんが、彼女と話があるので・・・」 
「はいはい。 ほら忠夫、ちょっとこっち来なさい!」 
笑って頷く百合子は、横島の耳を掴んで屋上入口に向かって歩き出した。 
「いでいでっ! てめえ雪之丞! タマモに変なことすんじゃねえぞ―――!!」 
「するか・・・っ!!」 
2人が見えなくなると、雪之丞は屋上の端に行ってしまっているタマモの所に向かう為、柵を乗り越える。 
「おい。」 
足をぶらつかせて座るタマモの近くまで歩くと、雪之丞も遥か下の道路やビルの連なる景色に目をやる。 
「おいってば・・・!」 
「何よ、うるさいわね・・・」 
タマモは風になびく髪を押さえる。 
「フェイの狼野郎が来てる。」 
「!?」 
ばっと振り返ったタマモは目を丸くした。 
「あんた・・・・フェイ・ウーを知ってるの・・・・!?」 
「霊峰院の事も、少しはな。 事情は把握しているつもりだ。 例の火の鳥に、お前を喰われるわけにはいかないってあちらさんの事情もな。」 
「・・・・・」 
再び雪之丞に背を向けたタマモはふっと鼻で息を吐く。 
「・・・・それで?」 
「それだけだ。 それから、かんなは無事に落ち着けて暮らしていけてる。 サンキューな。」 
くるっと踵を返して歩いて行く雪之丞は、数歩動かした足を止めてタマモの背中に振り返った。 
「おい!」 
ちらっと振り返るタマモの細い目に、雪之丞は笑って拳を軽く振ってみせる。 
「ま、死ぬなよ。」 
「・・・・・」 
背を向ける雪之丞に、タマモは顔を前に戻した。 右手がお腹に伸び、そっと押さえる。 
「死ぬな、か・・・・」 
雪之丞が屋上から消え、横島と百合子が再び屋上に出てきた。 
「タマモさんは?」 
「あそこだろ。 お〜いタマモ―っ!」 
屋上の端に座るタマモを見つけた横島はそちらの柵に走った。 百合子が歩いてそれに続く。
「おい、俺の昼飯の為にちょっと顔貸せっ。 お前が言う通りにお礼させてくれんと俺にとばっちりがくるんだっ!」 
「だから何よ?」 
横島はまだ自分達の場所までたどり着いていない百合子をちらっと振り返り、柵越しにタマモの方へ身を乗り出す。 
「何でもいいからお袋におごられろっ! 飯でも服でも何でもいいからっ!!」 
「気分が乗らない。」 
「だぁ〜〜〜〜・・・・っ、もうっ、だったらお袋に直接そう言ってくれっ!!」 
唾を飛ばす横島に、深くため息を吐くタマモは立ち上がって柵の内側に跳ぶ。 
「アタシは今機嫌が悪いの。 殺される前に消えて。」 
「な、何だよ・・・・脅そうたって・・・・はっ!? まさかお前、雪之丞に何かされたのかっ!? おんのれあの格闘馬鹿、俺のタマモによくも・・」 
ばきっ! 
「あらあら。」 
鼻血を噴き出して吹っ飛ぶ横島を目で追い、百合子はタマモに笑って近づいた。 
「馬鹿息子でごめんなさい。」 
横島の背中を踏ん付けて乗り越えた百合子はタマモと並んで柵にもたれる。 
「何か用?」 
「あなたともう少しお話がしたくて。」 
「悪いけどアタシには無い。」 
タマモは屋上の入口に向かって歩き出した。 百合子はハンドバックから出したタバコを咥えつつタマモを追う。 
「・・・・あらっ、あらっ?」 
タバコを口にしたまま、百合子はバックやらポケットへ手を忙しく動かした。 横目でそれを見たタマモは百合子の目の前でぱちんっと指を鳴らす。 と、人差し指の先に青白い小さな火が揺らめいた。 
「あら、ありがとう。」 
笑った百合子は顔を寄せてタバコに火をつける。 
「ふ―・・・・・・っ、やっぱり馬鹿息子に悩まされた後はこれに限るわね。」 
煙を吐く百合子に、タマモは再び歩き出す。 
「それ・・・・おいしいの?」 
「亭主に悩まされる人生ですからねぇ、気晴らしと言うか・・・・・あ、あなたはやめといた方がいいわよ。 将来可愛い赤ちゃんを産みたかったらね。」 
「っは。」 
「・・・・」 
鼻で笑い飛ばすタマモは入口から建物の中に入った。 百合子は携帯灰皿にタバコを入れて後に続く。 階段を下り、エレベーターの前で2人は止まった。 
「どうかしら、よろしければ買い物に付き合ってくれません?」 
「話すことは無いと言っている。」 
百合子は横目でタマモを見るが、タマモは上がってくるエレベーターの数値を目で追っている。 
「いいのよ無理に話してくださらなくても。 一緒にいれば、あなたという人が少しは見えるもの。」 
「アタシは人じゃない。」 
「あら、そうだったわね。」 
ちんっ が―っと開くドアに、2人はエレベーターの中に入り込んだ。 ドアが閉まる。 百合子は金髪を眺め、細いタマモの目を横から見つめていた。 
「違ってたらごめんなさい。 もしかして、何か悩みでもあるのかしら・・・・?」 
「おい・・・っ!」 
ぎろっと顔を向けてきたタマモの鋭い目に百合子はとっさに身を引いた。 背中ががんと壁にぶつかる。 束ねられた金髪が蛇の様に揺らめく。 
「少し黙れ・・・・っ!」 
「ご、ごめんなさい・・・」 
動く口からかすかに漏れる赤い炎を百合子は見た。 静かに音もなく垂れ下がる金髪にタマモは顔を前に戻す。 百合子は見開いたままの目でタマモの背中を見続けた。 ちんっ 開くドアにタマモがエレベーターから出て行く。 慌てて百合子も続いた。 ロビーで何人もの人にじろじろ見られながら歩くタマモに、百合子はその都度その人達に『何でもない』と頭を下げる。  
「付いて来るな。」 
「―――っ!?」 
ビルから外に出ると、タマモは振り返らずに言った。 百合子はびくっと足を止めるも、数秒も経たない間にタマモを追って歩き出した。 

同時刻 美神除霊事務所 

「っ!?」 
ソファーから飛び起きた美神はとっさに手に神通棍を握った。 
(霊波の流が変わった・・・・!?) 
「人口幽霊1号っ、外の状況はっ!?」 
『すみません、霊波の特定が困難でっ・・・・・私の事務所を包囲していた数名の方が全員何者かに殺されましたっ!!』  
「まじっ!? Gメンのプロ20人よ・・・・!? 結界強化っ! 探査範囲は事務所から半径100m内に絞り込んでっ!」 
机に走った美神は、机の下からかばんやらポーチを取り出して体に巻きつけるとひのめのベッドに寄った。 
「ひのめ、ちょっくらお姉ちゃんと冒険してもらうわよ。 勝算は薄いけどね。」 
髪を縛り上げると美神は眠っているひのめを抱き起こす。 
『っ!? 霊波振動来ます・・・・っ!!』 
どどんっ!! 
「ぐ・・・っ!?」 
衝撃と共に事務所が震えた。 窓ガラスが弾け飛び、広がり続ける振動に体を震わせながら美神はひのめを抱えて身を縮ませる。 
「せ、精霊石よ・・・・!!」 
びしっ! 両耳と首から下げる3つの青い石が弾け飛び、振動が収まる。 
「くっ・・・」 
美神は汗だくで倒れ込み、ひのめを庇いつつ膝と腕を床に着いた。 倒れた本棚や電球の破片、砕けた壁の亀裂などが目に飛び込んでくる。 
「て、敵は・・・・っ!?」 
ガラス破片の中床に転がる神通棍を拾い上げ美神は立ち上がる。 
「どうしたの人口幽霊1号っ!? 返事はっ!?」 
美髪は周りに目を走らせながら叫ぶ。 
「どうした・・・・ っ!? 事務所の霊波がかき消されてる・・・・そういう奴が敵なの・・・っ!?」 
言葉が終わらない内に壁がぶち抜かれ、真っ黒な毛並みの大きな狼が美神に横から飛び掛った。 
「!」 
じゃが・・・っ!! 伸びきる前の神通棍がすくい上げられるように走るが、狼の前足がそれを弾き、体当たりされた美神は狼に押し倒される。 倒れこむ美神の腹を踏みつけ、狼は美神のかかえるそれを咥えて飛び退く。 
「ひのめっ!?」 
転がり立つ美神に、狼はひのめを咥えたまま牙を立て美神に対峙した。 
『動くな、しゃべるな、僅かでも呼吸に乱れが生じたらこのガキは死ぬ・・・・っ!!』 
「―――っ!」 
美神は神通棍を振り上げた姿勢のまま固まった。 
『油断したようだな美神令子、この建物の中なら安全だとふんだか・・・・・まあいい。 この火の能力者は頂いていく。 動くなよ?』 
ぎょろっと見開く狼の赤い目に美神は口を動かす。 
「あんたはただの狼じゃない・・・・・もっと大地に根ざした存在ね・・・」 
『しゃべるなって言ったろうが?』 
かすかに動く巨大な口に牙も動き、ひのめが顔を歪ませた。 
「うっ・・・・・うわあああああああああんっ!!」 
「ひのめ辛抱してっ! こいつはあんたを殺さないわ。 殺したら意味ないからね・・・・っ!!」 
にやっと笑って見せる美神に狼は裂けんばかりの頬をつり上げる。 
『くっははははは!! さすが最強のGS、いい度胸だ・・・なっ!!』 
どんっと全身から溢れ出す霊圧に、体勢の悪かった美神は机にぶち当たり壁まで吹っ飛ばされた。 狼は窓をぶち破ってそとに飛び出す。 
「あんのクソ野郎・・・・っ!!」 
机を蹴飛ばして立ち上がった美神は窓に駆け寄る。 外に狼の姿はない。  
「・・・・・・っ!!」 
震える拳で残っている窓枠をひしゃげさせ、美神はゆっくりと部屋を見渡した。 
「やっぱこれまでね・・・・・ごめん、人口幽霊1号・・・・・今まで本当によくやってくれたわ。 あんたは最高の事務所だった・・・っ!」 
美神はガレージに下り、潰れたコブラの奥からカオス・フライヤーU号を空の下に引き出した。 新しい精霊石を耳と首に下げ、壁や屋根に亀裂が走り窓の全部壊れた事務所を見上げる。 
「今は霊感も上手く働かないわ・・・・・上手く生きて帰れたら、またあんたの世話になりたいけど・・・・・じゃあね。」 
浮かび上がるそれに跨り、美神はゆっくり空に上った。 1度事務所を振り返ると、アクセルを吹かし、美神はカオス・フライヤーを加速させた。 

PM11:40 日本海海上某イージス艦甲板  

「いよいよですね。」 
風に髪をなびかせるおキヌに横目をやりながらリンは呟いた。 はためくスカートを押さえ、救命胴衣の胸にネクロマンサーの笛をおしつけるおキヌは目を閉じていた。 
「・・・聞こえます・・・・何か・・・・悲しいうねりが・・・・」 
「ええ・・・・つらく、痛いまでの霊波・・・・大地に命を与えるものの悲しみです。」 
リンも霧の先に目を戻す。 がかっと雷が走り、時折真っ赤に空が染まる。 
「胸が、裂けるほどつらくて・・・・・怖くて・・・・・悲しくて・・・・・それがこんな力になるなんて・・・・」 
おキヌの手から笛が落ち、からから風で転がった。 同時に座り込むおキヌは開いた目から涙を溢れさせた。 
「私には・・・・・できません・・・っ! この思いに・・・・・私なんかじゃ何もできませんよぉ・・・・っ!!」 
「・・・・・」 
髪をはためかせるおキヌが両手を甲板に叩き付けるの見、リンはおキヌの笛を拾い上げた。 
「あれは何百年・・・・何千年と生きてきたのでしょう。 その神様の心など、たかだか数十年しか生きられない私達に知ることはできないのかもしれません。」 
リンはしゃくりあげるおキヌの頭を優しく撫でる。 
「だから、私達は語りかけるしかないんですよ。 何をそんなに憎み、悲しみ、恐れているのか・・・・・それを笛で訊ね続ける・・・・・それが私達の役割です。」  
「ですがっ・・・・それは、それは・・・・・騙まし討ちじゃないですかっ!!」 
リンの目が細くなる。 再び空が赤く染まった。 
「私もつらいわ・・・・ 氷室さん、GSと言うのは・・・・・・どうしてこう、悲しい仕事なのでしょうね・・・・」 
「うっ、うううう・・・・・っ!!」 
口元を押さえて唸るおキヌを、リンはそっと抱き寄せた。  
「あなたはどうか強くなって頂戴ね・・・・・あなたはいつか、全ての意思あるものをつなげる・・・・だから今、目を逸らさないで。」 
抱きしめるおキヌの額にそっとキスをし、リンは空を睨み上げた。 

「なあ母さん・・・・俺腹減ったんだけど・・・・」 
「うるさい、だったらお帰り。」 
タマモの20mくらい後を歩く百合子に、だらだら歩く横島はぼやいた。 
「なんだってタマモにこだわるんだよ・・・?」 
「私の勝手でしょうが。 だいたいあんたも父さんも女を見る目が腐ってんのよ。」 
「うるせ―な―・・・」 
横島達の先を歩くタマモは、細い目を地面に落としたまま歩き続けていた。 すれ違う人々に何度も肩がぶつかる。 足がもつれた時、タマモは前のめりに大きく倒れ込んだ。 と、サングラスをかけた男がそれを正面から抱きとめる。 
「大丈夫か?」 
「・・・・・誰よあんた・・・?」 
男に抱えられたまま、顔を上げることなくタマモは口を動かす。 
「心配ない、俺は医者だ。」 
「・・・・・」 
男の胸を突き飛ばし、自分の足で立ったタマモは金髪の下から男を睨んだ。 
「アンチ・スイーパーの回し者が何の用?」 
サングラスを外す男は薄い青みがかる短い髪を揺らす。 
「霊峰院がお前を保護したがっている。 みすみす大陸の鳥に喰われるつもりか?」 
「あんた達には関係ない・・・っ!!」 
タマモは握った拳から爪を伸ばした。 
「やいやいてめえっ、俺の女に何ちょっかい出しくさっとるっ!!」 
目を血走らせて走ってきた横島がタマモと男の間に入り込んだ。 通りの人々がタマモ達に目を向けてくる。 
「何だ・・・・お前の男か・・・・?」 
男は横島を一瞥したが、すぐにタマモに目を戻した。  
「ったく・・・・どいつもこいつもいらいらさせる・・・・・っ!!」 
「タマ・・・えっ!?」 
後から横島の頭を掴んだタマモは横島を男に向かって投げつけた。 
「何すんじゃタマ・・・・ぶっ!!」 
男は身をかわし、横島は人込みに突っ込む。 
「悪いがこっちも仕事だ。 力付くで来てもらう・・・・っ!!」 
タマモに腕を突き出した男の手から封魔札が数枚飛んだ。 タマモは左手でそれを払い除けながら右手で髪の中からCR−117を掴み出す。 
「ふざけるなっ!!」 
焼ける左腕が右手に添えられ、銃口が男に向く。 どんっ! 
「っ!」 
身を引いた男の向こう、横島が倒れこんでいる人込みに血しぶきが飛んだ。 
「ぎゃあぁっ!!」 
「な・・・っ!?」 
目の前にいた学生の肩が弾け飛ぶのを見て横島は言葉を詰まらせた。 
「う、うわああああああっ!!」 
「ひ、人殺しだ――っ!!」 
「警察・・・・救急車をっ!!」 
「いや―――っ!!」 
慌てふためく人込みに構わず、タマモは細かいステップで動きながらも近づいてくる男に引き金を引く。  
「このっ・・・・動くなっ!!」 
どんどんどんっ!! 
走行中の車の窓ガラスがひびで真っ白になり、ブレーキ音と共にスリップして歩道の街路樹に突っ込んだ。 後続の車がたて続けにぶつかる。 
「タ、タマモ止めろ・・・っ!!」 
血だらけの学生に文珠を叩き付けた横島はぶつかってくる人込みの中叫んだ。 がきんっ! 
「!?」 
空回りするシリンダーに一瞬目がいったタマモの右手を男は掴み上げた。 
「手間を取らすな狐っ!」 
言うや否やお札がタマモのお腹に張り付けられる。 ばぢばちぃ・・・っ!!  
「かっ・・・・はぁ・・・・・っ!!」 
放電する霊波に痙攣し、倒れこむタマモを男は肩に担ぎ上げる。 と、男ははっとしてタマモの顔を覗き込んだ。 
「ん・・・っ!? お前、ひょっとして・・・・」 
「タマモっ、おいタマモ―――っ!!」 
「!?」 
駆け寄る横島は男に睨まれ足を止めた。 手に文珠が構えられる。 
「てめえ、何もんだっ!?」 
「・・・・黙れ。 お前ら人間には関係ない。」 
「ふざけんな俺の女に手ぇ出しやがって――――っ!!」 
投げつけられる文珠に男は空いている左腕をつき出す。 
「怨っ!」 
「な・・・っ!?」 
『縛』の文字が浮かび上がっていた文珠が空中で止まり、びきびき痙攣しながらも文字が消される。 
「素人か・・・・? くだらん能力を見せるな。」 
左手の手首をくるんと返し、男は文珠を手に引き寄せた。 
「くそぉ・・・!!」 
再び両手に文珠を出す横島に、男は文珠をぽろっと地に零す。 横島の目は地につく前にその文珠の文字を映した。 
『忘』 
ばしゅっ!! 真っ白な閃光が広く辺りを包み込む。 
「・・・・・・・・っ!?」 
横島は身構えた腕を下ろし、目を開いた。 タマモを抱えていた男の姿はない。  
「・・・・あれ・・・・? ここは誰? 俺はどこ・・・・?」 
きょろきょろ顔を動かせば、車道で炎と煙を上げる潰れた車の列や血だらけの人々が見える。 
「な、なんじゃこりゃ・・・・?」 
「お―い忠夫、これはど―いう騒ぎ?」 
歩いてくる百合子に横島は頭をかいた。 
「さ、さあ・・・」 
「せ――んせ―――――いっ!! お母様〜〜〜〜〜〜っ!!!」 
砂ぼこりと共に救急車を追い抜いて走ってくるシロに横島は飛びつかれた。 
「こ、こらシロっ、緊急車両には道をゆずれっていつも言ってるだろ!?」 
「大丈夫、拙者のほうがずっと速いでござるからっ!!」 
「そういう問題じゃねえって。」 
尻尾をばたばた振るシロ引っぺがし、横島は救急車やらパトカーやらと忙しくなる車道を見つめた。 
「俺達なんかしたのかな・・・・? あれ、何故ここに見鬼君が落ちてる・・・・?」 
「はて・・・私はなんでこんな所を歩いてたんだっけ?」 
揃って首をかしげる親子をシロは交互に見つめる。 
「そろそろお昼でござるし、お店を探してらしたのでは?」 
「おお、そ―いやそうか。」 
「そういえばお腹減ったわねえ・・・・チロちゃんも一緒に食べる?」 
「『シロ』でござるっ! もちろんお供しますお母様っ!!」 
気を付けをして尻尾を振るシロに、百合子は苦笑した。 

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【次回予告】 
パピリオ「ここらで状況整理が必要でちゅね。」 
ベスパ「アタシら出番がないからって予告係かよ・・・・」 
パピリオ「え―っと、炎の霊気を狙う鳥さんと、それに対抗するGメンチームでちゅね。」 
ベスパ「おキヌとか美神の母親とかだろ?」 
パピリオ「で、美神もどうやら鳥事情を知ってるようでちゅが・・・・?」 
ベスパ「こっちはこっちで動くみたいだねぇ、赤ん坊さらったあの狼も今回のゲストか?」 
パピリオ「ポ・・・・じゃなくて横島とプチは今んとこ蚊帳の外のようでちゅ。」 
ベスパ「んで、肝心のタマモは?」 
パピリオ「なにやら拉致られてまちゅが、あのグラサンも今回のゲストでちょうか?」 
ベスパ「てかさ―、何か調子悪そうじゃないかあいつ?」  
パピリオ「そうでちゅか? 街中で平気に発砲するあたりなんか痺れまちゅねっ!!」 
ベスパ「そんな事は聞いとらん。 次回、『火鳥風月 −4番−』」 
パピリオ「首都圏、空襲警報発令でちゅっ!!」  


※この作品は、狐の尾さんによる C-WWW への投稿作品です。
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