『 葛の葉 』

著者:まきしゃ


    延喜4年(西暦904年) 令子たちがアシュタロスを数百年後に時空移動させてしまった後、
  アシュタロスの忠実な部下であった京の鬼菅原道真は、おのれの怨恨を晴らすことだけを考えて
  その目的のためだけに力を使うことを心に決めたのであった。
   
  なんで?
道真 『どうやったかは知らないが、メフィストたちは、アシュタロスさまをこの地から追い払ってしまったのだぞ?
  そんな強力な連中に関わっていたら、怨恨を晴らす前に私が追い払われてしまうわいっ。』
   
  でも、それだとアシュタロスが戻ってきたら、怒られるんじゃないの?
道真 『ふん。 そのへんは抜かりはないわっ! 魔界の掲示板に時空移動能力者の抹殺指令を
  書いておいたからな。 アシュタロスさまの第一秘書の私が書いたのだから、
  少しでも野心のある魔族連中なら、こぞって指令を実行しようとするはずだ。
  なにしろ、アシュタロスさまの覚え目出度ければ、おのれの魔力は強大になるのだからなっ!』
   
  ふ〜ん、そうなんですか…。
  そんなわけで、道真の標的にされたのは、道真を大宰府に左遷させた張本人、
  左大臣藤原時平と、それを認めた醍醐天皇ということになったのであった。
  つまりこのお話は、怨念を晴らそうとする道真と、それを阻止しようとする当時の陰陽師たちとの
  熾烈な戦いを描いていくことになる…はずであった…。
   
   
メフィスト 『西郷どの、ここで待っててね。 私、人間になって戻ってくるから…』
西郷 「ここは…、上嵯峨・六道町あたり…。 化野(あだしの)かっ!
  小野篁(おののたかむら)殿が冥府の出口として使ったと言われる『生の六道』ではないかっ!」
メフィスト 『あら、さすがに詳しいのね。』
西郷 「篁殿は、閻魔大王の家臣だという話はよく知られているのだが、
  魔族のアジトも冥府の中にあるというのかっ!?」
   
メフィスト 『ううん、違うわ。 出入り口を借りてるだけで、途中に異界空間のアジトに繋がる脇道があるの。』
西郷 「ふむ…。 やはり陰の気が通じているのだな?」
メフィスト 『ううん、それも違うわ。 出入り口が有名なところでないと、下っぱ魔族が道に迷うからよ。』
西郷 「そ、そうなの…」
   
メフィスト 『じゃあ、入り口の方に行ってくるわね。』
西郷 「やはり…、入り口は鳥辺野にある、『死の六道』、六道珍皇寺の井戸なんだな?」
メフィスト 『そうよ。 そんなに時間はかからないと思うから…』
   
  ビュォンッ! 夜明け間近な京の街を、アジトに向けて飛んで行くメフィスト
  数十分後、『生の六道』から人間として出てきたメフィスト…、人間名では葛の葉。
   
葛の葉 「西郷どの、おまたせ… どうかな? この衣服…」
西郷 「いや、似合っているんだが… その服はどうしたんだい?」
葛の葉 「アジトに入る前に、近所の屋敷から貰ってきたの。 あの網タイツ姿で、京の街は歩けないでしょ?」
西郷 「そ、そうだが… もう犯罪者になっているのは、なんて言っていいのか…」
葛の葉 「あら、まだそのときは人間じゃないから、大丈夫よ。」
西郷 「そ、そうだな…。」
   
  メフィストが高島の望み通り人間になり、京の街に戻ってきたときは、もう夜が明けていた…。
  西郷の屋敷は、道真によって焼かれてしまい、西郷家の人々は、親類縁者の家に散り散りに
  なっているようである。そこに人間になって間も無い葛の葉を連れて行くのは、はばかられたので、
  しかたなく、二人はあるじのいなくなった旧高島邸に行くこととした…。
   
西郷 「私の屋敷が新築されるまでの間、君には、ここに住んでもらうことになりそうだ。
  狭くて汚い家だが、辛抱してくれ。 メフィスト…、いや…、葛の葉。」
葛の葉 「ううん…。 西郷どの、狭くても全然気にならないわ。 ここには高島どのの過してきた
  生活の臭いがするの…。 それが、とても嬉しくて…」
西郷 「そうか…」
  感傷的な気分に浸る葛の葉…
   
葛の葉 「でも…、さすがに汚いわね…。」
  室内に散らかっている、脱ぎ捨てたままの衣類や春画の山…
  しかたないので、二人でかたずけることに…。
   
  しばらくして、若い男女が旧高島邸を訪れる。
安倍益材 「西郷先輩〜! 無事だったんスね〜?」
六道冥々 「西郷さん〜。 怨霊にとりつかれていませんよね〜?」
   
  二人とも陰陽寮で西郷や高島のお世話になっている、後輩の陰陽師である。
  安倍益材(あべのますき)は、陰陽寮では、高島が直接指導してきた男であった。
  おかげで陰陽の術より、女のくどき方のほうが上達してしまったような奴である。
  高島の悲惨な最期を見て以来、女遊びは少し自粛しなければと考えているらしい…。
   
  一方、六道冥々(ろくどうめいめい)は、陰陽寮では、高島の魔の手から何度も西郷に
  助けてもらっていた女性である。 もちろん、六道家の先祖ではあるのだが、このときは、
  まだ式神十二神将を操る技を持ち合わせてはいなくて、普通の陰陽師の家系である。
   
  式神を操るようになるのは、これから数十年後のこと。 稀代の陰陽師、安倍晴明が
  式神十二神将を自力で集めて自在に使いこなせるようになった後、六道家の初代が
  晴明におねだりして十二神将を譲ってもらってからのことであった。
   
西郷 「君たち、どうして私がここにいることがわかったんだい?」
安倍 「結構、街では噂になってるんスよ? 西郷先輩が、今朝、若い女性と二人で空家のはずの
  高島先輩の屋敷に入っていったのを見た人がいたそうなんです。
  それで噂では、きっと高島先輩の怨霊が西郷先輩にのりうつってしまい、女遊びをしていたに違いない、
  どこか外で遊んでいたから、道真の怨霊に殺されずに済んだのだ…ってことになってます。」
   
西郷 「うっ…! ひ、ひどい誤解だっ!!」
六道 「あ〜よかった。 やっぱり、誤解ですよね〜? 怨霊にとりつかれたような波動も感じないし〜。
  ほら〜、安倍さん〜。 確かめに来て、よかったでしょ〜?」
安倍 「ああ。 高島先輩が怨霊になって西郷先輩にのりうつってたら、若い女性たちがパニックになるもんな。
  西郷先輩の顔で、高島先輩のように片っぱしから夜這いをかけたら、収拾がつかなくなるとこだった。」
西郷 「恐ろしいことを言わんでくれ…。」
   
安倍 「でも、なんで高島先輩の家に来たんですか? 親類縁者の屋敷にいらっしゃるかと思ったのですけど。」
西郷 「朝の忙しい時間帯に行って、親類縁者に迷惑をかけるわけにもいくまい。
  それでなくても、私の屋敷に住んでいた者たちが世話になっているのだからな。
  ここなら、あるじがいないから、ゆっくりできると思ったわけだ。
  ただ、ここまで散らかってるとは思っていなかった。 君たちも、部屋を片付けるのを手伝ってくれないか?」
安倍 「うっ…」
六道 「はい〜…、でも〜西郷さん〜、こちらの綺麗な人は誰なんですか〜? 冥々、気になる〜〜」
安倍 「俺もっスよっ! やっぱり、西郷さんのコレっスよねっ!?」
   
西郷 「うっ…。 いや、違うんだ…。 えっと、その…、高島の…」
  さすがに、さっきまで魔族だったとは言えず、どう言えばいいのかと、とまどう西郷
  それを感じ取った葛の葉が、言葉をつなぐ。
   
葛の葉 「私は高島どのの元彼女で、葛の葉といいます。
  今までずっと彼に養われてきていたんです。
  それなのに彼が無実の罪でお役人さまに処刑されてしまって…。
  身寄りの無い私は、これからどうしようかと途方にくれていたところ、
  彼が処刑される前に、西郷どのに私のことをよろしく頼むと伝えてくれていたのです。 
  それで、こうして西郷どのの元に身をよせることにしたのです…。」
   
安倍 「高島先輩の彼女だったんですか…。 このたびのことは、まことに…」
六道 「あうぅ〜〜 葛の葉さん〜、かわいそう〜〜〜」
  葛の葉の言葉を、素直に信用する二人。 まあ、半分ぐらいは事実だし。
   
西郷 「そ、そうなんだ…。 た、高島本人は、とんでもない罪人だったが、彼女に罪は無い。
  だから、困っている葛の葉どのを助けることにしたのだ…。
  私の妹として面倒をみることになったから、君たちも仲良くしてやってほしい。」
   
六道 「西郷さんが〜面倒みるなら安心ね〜。 私〜、六道冥々って言うの〜 よろしくね〜」
安倍 「ボ、ボクは、安倍益材。 高島先輩にいつも指導していただいてたんですっ!」
葛の葉 「高島どののお弟子さん… 機会があれば、高島どののお話を聞かせてくださいね!」 ニコッ!
安倍 「よ、よろこんでっ! 京に人は多けれど、高島先輩のことを語らせたら
  ボクの右に出る者は、一人もおりませんっ!!」
西郷 「調子に乗りすぎると、おまえも高島のようになるぞ…?」
安倍 「うっ…!」
   
  とにかく座る場所も無い程散らかっていたので4人で部屋の掃除をし、片付けたあとのティータイム…
安倍 「ところで西郷先輩、道真の怨霊のことについてお聞きしたいのですが…」
西郷 「うむ…」
  さすがに口が重い西郷
   
安倍 「帝も左大臣殿も、西郷先輩の屋敷が道真に焼かれたことを聞いて、いたく怖れておいでです…。
  なんとか調伏してもらいたいとのお言葉を頂いているのですが…。」
西郷 「私とて、できればそうしたい…。 だが、道真の怨霊の強さは並ではない…。
  正直に言って、勝ち目はないであろう…。」
安倍 「そ、そんなっ!」
   
葛の葉 「でも、アシュタロスを未来に飛ばしたから、道真の力も半減しているはずよ?
  アシュタロスの波動を受けることで、道真の力も補強されていたから。」
六道 「へぇ〜、葛の葉さんって〜、詳しいんだぁ〜」
葛の葉 「えっ? あっ、その、高島どのに、いろいろ教えてもらってたから…。」
安倍 「たしかに、高島先輩なら、陰陽道のことを自慢げに自分の彼女に話しそうっスね〜
  それ以外のことで、女性に自慢できることなど何も無いはずだし…」
葛の葉 「そ、そうなの…?」
   
西郷 「だが…、それでも我々の力より、はるかに上だぞ…?」
葛の葉 「そうね…。 私も、もう人間だったんだわ…。 まともにやりあえば、勝ち目はないわね…。
  恨みを少しずつ晴らさせて、力をそいでからってことになりそうね…。」
西郷 「う〜む…。 神・道真の力を借りるというのはどうだろうっ!?」
葛の葉 「神・道真は、まだたいした力は持ってないわ…。
  私が会ってきた神・道真は、今から20年後、ある程度の力を身につけた後だもの…。
  今はまだ、アシュタロスに力を与えられたばかりの鬼・道真の方が強いわ…。」
   
西郷 「……、やはり、しばらくは鬼・道真の思うが侭なのか…。」
葛の葉 「そうね…。」
西郷 「では、帝や左大臣殿をお守りすることもかなわぬのか…?」
葛の葉 「……、魔族はすぐに恨みを晴らしたりはしないわ…。
  周囲の者を少しずつ殺しながら、張本人を怯えさせるのが魔族のやりかたなのよ…。」
西郷 「くっ…! 魔物めがっ!!」
葛の葉 「………」
西郷 「あっ! いや…、その… 道真めが…」
   
安倍 「西郷先輩。 それでは、我々陰陽師が何をやっても無意味なのですか…?」
西郷 「いや、そうではない。 それどころか、最大限に抵抗しなくてはならない。
  抵抗しなければ、ますます図に乗って、好き放題にやられてしまう…。
  我々の抵抗が有ってこそ、道真の恨みも晴らしやすく、それこそが力をそぐことになる…」
   
安倍 「なんだか、ものすごく徒労感の残りそうな役割ですね…」
西郷 「しかたあるまい…。 それがイヤなら、陰陽師をやめるしかない…」
六道 「でも〜、それなら〜、私たち〜、安全だわ〜」
安倍 「えっ? どうして?」
   
六道 「だって〜道真は〜、私たちの抵抗を〜、楽しみたいんでしょ〜?
  だったら〜、殺しちゃったら楽しめないわよ〜?」
安倍 「そっ、そうだよなっ!?」
葛の葉 「でも、飽きられたら殺されちゃうわよ?」
安倍 「うっ…」
六道 「そおなんだぁ〜…」
   
西郷 「いずれにせよ、最大限に抵抗するしか無いってことだな…。」
安倍 「そうですね…。 わかりました…。 それでは西郷先輩、宮中にまいりましょう。
  帝や左大臣殿に今のお話をお伝えしたほうがいいと思います…」
西郷 「ああ、そうだな…。 それじゃあ六道くん、今日は葛の葉のことを頼まれてくれないかな?
  身の回りの物とかが、何もない状態なんでね。」
六道 「わかったわ〜、西郷さん〜
  葛の葉さん〜、必要な物が有ったら、なんでも言ってね〜」
葛の葉 「ええ。 よろしくお願いしますね。」
   
   
  西郷と安倍が、宮中に向かったあとの旧高島邸…
六道 「えっとぉ〜、え〜っとぉ〜〜〜」
  男所帯の高島の家だけに、女性に必要な道具はほとんど無い。
  それで、そんな道具を思い出しては紙に書きとめている冥々。
   
六道 「でも〜、高島さんって〜、女性の衣服は沢山持っていたのね〜
  それも〜、いろんな種類の〜衣服ばっかし〜。 十二単や巫女の衣装や〜、お祭り用の衣装もあるわ〜
  すごい〜、唐の最新モードの衣装まである〜。 いいな〜、私も一つ欲しいぐらいだわ〜〜〜」
  どうやら高島は、コスプレが好きだったよ〜だ…。
   
六道 「あら〜、でも〜やっぱり男性ね〜。 服に〜穴があいてるのに〜、直してないわ〜
  そっかぁ〜、裁縫道具が必要ね〜? メモメモ〜…」
  服に穴を開けたのは高島本人だったのだが、今となっては理由は不明…。
   
  とろとろと〜、でも着実に足りない物をメモしていく冥々。
  葛の葉も、冥々に使い方とかをいろいろ聞いて、ただいま人間修行中。
   
六道 「うわ〜、書いてみると〜結構沢山必要な物があるわね〜〜
  集めるまでに〜、しばらく時間がかかりそうだわ〜?」
葛の葉 「冥々さん、急ぎの物以外は、時間がかかってもかまいませんから。」
六道 「そお〜? そおね〜。 それじゃあ〜そおするわね〜。
  とりあえず〜、急ぎの物は〜、明日かあさって使いの者に〜持ってこさせるから〜
  それ以外の物は〜、いつになるかわからないけど〜、待っててね〜?」
葛の葉 「はい…。」
六道 「それじゃ〜私〜帰るわね〜? 必要なものをそろえなきゃいけないから〜」
  もたもたしながら、自宅に帰っていく冥々。
   
   
  旧高島邸に、一人取り残されたかたちの葛の葉…
葛の葉 「これが、高島どのの…」
  ついいましがた片付けられたばかりの、高島の使っていた様々な道具を
  ひとつひとつ手にとって、しみじみと眺めている葛の葉。
  高島がどんな風に使っていたのかを、ぼんやりと思い浮かべながら…
   
  やがて、文箱に手を伸ばす…
葛の葉 「あら、ずいぶん沢山、手紙が入っているわ… どんな人達とやりとりしてたのかしら…」
   
手紙1 「また来る気? 二度と来るなと 言ったのに たとえ来たって シカトするから!」
葛の葉 「な、なによ、これっ! 高島どのに、こんな失礼な返歌を書く女なんて許せないわっ!?
  いったい、誰なのよっ!?」
  手紙の差出人は、藤原時平の妹・穏子。
葛の葉 「あっ… 左大臣の妹… この女に夜這いしたせいで、高島どのは捕まっちゃったのね…?
  道真…、あんた、この女なら、酷い殺し方しちゃってもいいわよ…」
   
  別の手紙を見てみる葛の葉
手紙2 「初めての 恋文もらった その人が あんただなんて 一生の恥!」
葛の葉 「うっ…」
手紙3 「愛してる 好きだと言われて いい気分 ウソつき男の 言でなければ」
葛の葉 「くっ…」
手紙4 「あなたから 貰った文に 火をつけて 明かり代わりに これ書いてます」
   
葛の葉 「そ、そりゃ〜、女好きで人生あやまった人だけどねっ!?
  こっ、ここまで、嫌われなくてもいいじゃないのっ!
  もっと、あいつのことを良く言ってる手紙はないのっ!?」
   
  意地になって、高島を誉めている手紙をさがす葛の葉
手紙5 「賑やかで 一緒にいると 楽しいの また来てください お待ちしてます」
葛の葉 「そ、そうよっ! こうでなくっちゃっ!
  この女性は、私と同じ感性であいつを見てたんだわっ!? いったい、どんな人かしら?」
  手紙の差出人は、氷室式部。
葛の葉 「ふ〜ん、名前だけじゃ、わかんないわね…。
  あっ、次の手紙も氷室だわ。 また誉めてくれてるのかしら?」
   
手紙6 「わが妹(いも)を 相手にするのは やめてけろ かわいいけんど まだ八つだで」
葛の葉 「…………」
  手紙の差出人は、氷室納言。 たぶん、氷室式部のお姉さん…。
   
   
  こちらは宮中の西郷たち…
「うむ… そこまで状況は悪いのか…
  とにかく、怨霊の力が落ちるまで、待つしかないのであるな…?」
西郷 「はっ。 そのように考えております。」
「さりとて、側近の者が殺されて行くのを黙ってみているだけというわけにもまいらん。
  西郷、そちの力で、出来るだけ守ってやってほしい…」
西郷 「はっ!」
   
「左大臣、そちの側近は誰に守ってもらうつもりじゃ?」
時平 「はっ。 私の縁者にあたる、賀茂家の者に守らせるつもりであります。」
「うむ。 それがよかろう。 ただ、それでは日常の業務に差し障りが有るのお…。
  賀茂家のやっていた仕事は、以後、安倍家に任せることにする。 よいな? 安倍益材。」
安倍 「ははっ!」
   
  帝の前から退出した西郷と安倍、渡りの廊下での会話…
西郷 「お互い、忙しくなるな…」
安倍 「はいっ!」
  新たな仕事を請け負って大変だけど、安倍の声は弾んでいる。
  賀茂家独裁だった陰陽の指導的立場を、代理とはいえ実行できるのだから。
西郷 「まあ、うれしい気持ちはわかるが、あまりあからさまにするなよ?
  道真の怨霊のせいで、みんな気がたっているからな…」
安倍 「あっ、はい… そうですね…」
   
西郷 「それで、葛の葉のことなんだが…、私が帝の側近を守ることになったため、
  私自身が彼女の面倒をみることは、難しくなってしまった…
  私の家の者も、家が焼かれて今すぐどうこうすることが出来そうもない…。
  済まぬが、しばらくの間、安倍家で面倒を見てもらえぬであろうか…?」
   
安倍 「はい、わかりました。 賀茂家の代理といっても、警護の仕事はありませんから、
  女性一人の面倒を見るくらいでしたら、問題は無いです。」
西郷 「よろしく頼む…。」
   
   
  やがて、日も暮れ、魔物の徘徊する夜となる…
  旧高島邸では、葛の葉は、いつのまにか眠ってしまっていた。
  まあ、徹夜でアシュタロスと戦ってきた後だけに、当然であろう…
  ちなみに西郷は、道真の水晶玉の中でのんびりしてたので、まだ元気。
   
  旧高島邸の庭先で葛の葉に声をかける安倍
安倍 「もしも〜〜し。 葛の葉さ〜〜ん」
葛の葉 「うう〜ん… ん〜? どなた〜?」
安倍 「安倍です〜。 安倍益材です〜。」
葛の葉 「安倍どの… ん〜、いいわよ〜。 入ってきても〜」
安倍 「ええっ!? い、いいんですかっ!?」
葛の葉 「いいわよ〜? だって、夜這いしにきたんでしょ?」
   ぶし〜〜〜〜っ! 鼻血を吹き出しうずくまってしまった安倍…
   
葛の葉 「ど、どうしたの…?」
安倍 「あっ…、そのっ…、事がうまくいきすぎて…、その…」
葛の葉 「あれ? そうなの…?」
安倍 「そ…、そうって…」
   
  とりあえず、室内に入れてもらった安倍
  わずかばかりの灯明と月明かりだけの薄暗い部屋に二人っきり…
   
安倍 「そ、そう簡単に、身体をまかせちゃ、ダメっすよぉ〜!」
葛の葉 「そういえば、高島どのも、『肉体だけじゃ困る、愛だっ!』と言って我慢してたわ…。
  安倍どのはいい人そうだから、身体だけならと思ったんだけど…。 やっぱり愛もないとダメ?」
安倍 「ダ、ダメじゃないけど、ダメっすよぉ〜〜〜!!
  ああ、オレ、興奮しすぎて、自分でも何がいいたいのか、わかんないっス〜〜っ!!」
   
葛の葉 「やっぱり、一度は断ったほうがよかったのかなぁ?」
安倍 「ま…、まあ、今朝会ったばっかしだし、そうするのが普通かも…」
葛の葉 「じゃあ、今日は断るわねっ! また、来てねっ!」 にこっ!
安倍 「そ、そりゃないっスよぉ〜! もう少し、ここに居させて欲しいっス〜〜!!」
葛の葉 「う〜ん、なかなか難しいのね…。 どうしたらいいの?」
   
安倍 (高島先輩がホレるはずだよっ! こんなに、あけすけじゃあ、かまわずにはいられないっ!
  くぅ〜〜〜っ! かわいいなぁ〜、ちくしょ〜〜〜っ!)
  「えっ、えっと〜。 普通の場合は、何度か手紙を交換して、それで、盛り上がってから…」
葛の葉 「そおかっ。 安倍どのは、手紙を渡してから夜這いしたかったのね?」
安倍 「うっ…!  え〜〜っと、あ〜〜、困った〜〜…」
葛の葉 「どうしたの?」
安倍 「その〜、今夜きたのは、西郷先輩からの手紙を渡すのが一番の目的だったもんで…」
葛の葉 「西郷どのからの…?」
   
  西郷からの手紙を読む葛の葉。
  そこには、仕事の都合でしばらく宮中に留まるため、旧高島邸に戻れなくなってしまったこと、
  そのため葛の葉は、今夜は一人で過して欲しいということ、
  明日以降は、安倍家の者に面倒をみてもらうことにしたことなどが丁寧に書かれていた。
   
葛の葉 「そうだったの…。 ごめんなさいね。 夜這いじゃなかったのに、勘違いしちゃって…」
安倍 「いや…、その…、俺も、下心が無かったと言えば嘘になるけど…
  でも…、さすがに今日は…
  その…、高島先輩は犯罪人として処刑されちゃったから、おおっぴらにはできないけど、
  お通夜をしたかったし…、あと、葛の葉さんを慰めてあげたいなと思って…」
葛の葉 「………、ありがとう…。」
   
   
  しんみりと、お酒を酌み交わす二人…
葛の葉 「安倍どの。 西郷どのは、高島どののことをあまり良いようにいってくれないんだけど、
  二人の関係は、どんな感じだったの…?」
安倍 「西郷先輩と高島先輩ですか…。 なんていうのか、仲の悪いライバル関係でしたね。
  陰陽道の実力も伯仲なら、女性へのモテかたも伯仲でしたし…。」
   
葛の葉 「えっ? 高島どのは、女性にモテたのっ?」
安倍 「ええ。 西郷先輩とは全然質の違うモテかたでしたけど。」
葛の葉 「その… 高島どの宛の女性からの手紙には、ひどい内容のものが多かったんだけど…?」
安倍 「あははっ、読まれたんですか。 まあ、そうかもしれませんね〜。
  なにしろ、高島先輩は強引でしたから。
  始めはその強引さに多くの女性は嫌がるのですが、慣れてくるとそれが魅力になってくるみたいですね。
  ほらっ、昨日処刑されたときも、美人な女性の魔物二人を連れていたぐらいだし…   えっ!?」
   
  薄暗い中、葛の葉の顔をじっと見つめる安倍…
安倍 「そんな… まさかっ… いや、しかし…っ!」
   
葛の葉 「………、どうやら安倍どのには、すべてお話したほうがいいようですね…。
  これから、お世話になるわけだし…、疑いの目を向けられたまま、過すのはイヤですし…。」
安倍 「ではっ、やはり昨日処刑された女の魔物の一人なのかっ!?」
葛の葉 「いえ、違います…。」
   
  この二日の間に起きたすべてのことを安倍に語り始めた葛の葉…。
  元は魔族メフィストであったこと、高島との契約のこと、美神令子たちのこと、
  アシュタロスと菅原道真のこと、そして自分が高島を愛したこと…
   
葛の葉 「だから、高島どののふたつめの願いごとを叶えるために、こうして人間になったの…
  どお…? こんな私だけど、しばらくお世話していただけます…?」
   
  あまりにも現実味離れした話に、しばらく呆然とする安倍…
葛の葉 「すべてをお話した以上、もしお断りされるようなことがあれば…」
   
安倍 「君にホレた!!」   びっ!!
葛の葉 「えっ!?」    ぼっ!!
   
安倍 「俺、今まで葛の葉さんみたいな素敵な女性、見たことないっス!!
  高島先輩との純愛物語、マジ、感動したっス!!
  だから葛の葉さんが、今、高島先輩に抱いている気持ちは、よくわかるっス!!
  でも、俺の気持ちを葛の葉さんに伝えずにはいられなかったっス!!
   
   
   
  1週間後…
西郷 「…………」
葛の葉 「西郷どの、こういうわけだから〜」
安倍 「西郷先輩…、その…、これからも、よろしくお願いします。」 ぺこぺこ
  宮中に1週間泊まり込みで警護を続けていた西郷の元に、
  婚約の報告をしにやってきた安倍と葛の葉。
  惚れっぽい女性魔族のハートを掴むのは、強引なほどいいみたい…。
   
西郷 「くっ…! こんなことになるとはな…。」
安倍 「だって、西郷先輩は、来世でいいって言ったそうじゃないっスかぁ〜」
西郷 「あっ、あの場ではな…っ!」
葛の葉 「あら、来世では、私は高島どのと結ばれる運命なのよ?
  そおね… 西郷どのは、ずっと私のお兄ちゃんでいてくれる?」
西郷 「…………」
   
葛の葉 「来世はともかく、現世では、私は安倍どのの妻になることに決めたの。
  結婚式では、私の親族代表として、スピーチをお願いするわ。
  私の出生とかについては、納得できるような嘘を考えておいてね、お兄ちゃんっ!」
西郷 「………、しかたあるまい…。」
   
   
   
  この二人の子供として安倍晴明が生まれたのは、延喜21年とのこと。
  結婚してから17年の月日が過ぎていた…。
  魔族から人間に転じた葛の葉の身体が、子供を産めるようになるまでには、
  それだけの時間が必要だったということなのであろう…。
   
  名付け親となった西郷が、名前の由来をこう語っている。
西郷 「晴明は、葛の葉と安倍益材の血を受け継いでいる以上、当代最高の陰陽師になるに違いない。
  道真の怨霊を我々の世代で退治できなければ、次世代のこの子に託すしかない。
  それを考えて『晴明』という名前をつけさせてもらった。」
安倍 「なるほど…。 道真の怨霊は、雷雲と長雨で民を苦しめていますからね…。
  俺も責任重大ですねっ! 葛の葉とともに、一人前に育てあげてみせますっ!!」
   
   
  ………、そういえば、道真の怨霊は、なにやってたの?
道真 『私か? 私は、自分の計画通り、恨みを晴らし続けているぞ?
  まずは、長雨で民を苦しませ、次に疫病をはやらせて、5年後には左大臣時平を殺し、
  10年後には皇太后の館を焼き、20年後には穏子と醍醐の皇太子を殺してやるのだ。
  醍醐には、最後の最後まで苦しんでもらうつもりだ。 わははははは〜〜〜!!』
   
  ふ〜ん、そうなの。 じゃあ、頑張ってね。
道真 『じゃあって、おいっ! この作品の題は『京の鬼・菅原道真』ではないかっ!
  これで、終わるはずなど…
  な、なに〜? いつのまに、『葛の葉』に変わっていたのだっ!?』
   
  つい、さっき…。 ここまで書いてみて、その方がいいと思ったから…
道真 『き、貴様っ! 許せんっ! この仕返しは必ず…』
   
  以後100年の長きに渡って朝廷をおそれさせた道真の怨霊も、
  1004年(寛弘元年)、安倍晴明の勧めもあって一条天皇みずからが北野神社に参拝し、
  それまでの朝廷の非礼を謝したのを機に、鎮まったのであった…。
  ありがとう。 一条天皇どの。
   
END  

※この作品は、まきしゃさんによる C-WWW への投稿作品です。
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