『あなたに神のお恵みを』

著者:山屋


 今日はクリスマス。おキヌちゃんに誘われた横島は、あんな事やこんな事の妄想にひたりながらスッキプしてくると、約束の場所は、唐巣神父の知り合いの孤児院の前だった。おキヌちゃんは、リストラや支援企業が潰れたりしてクリスマスだと云うのに子供達がお腹をすかせているのを見かねて、ご飯を作ってあげに来ていたのだ。横島も知ってしまった以上は知らん顔もできず、血を吐く思いでカンパを出す。

「すまないね、おキヌちゃん。美神君がお金を出してくれれば・・・。」
「美神さん・・・、断ったんですか?」
「いや、無駄だと分かり切っているから頼んでもいない。」
「そんな、頼めばきっと何とかしてくれます。」
「おキヌちゃん、無駄無駄、あの冷血強欲吝嗇女がただで人に金を出すわけないよ。そうっすよね、神父」
「その通りだ。全くどこでああなったんだか。」

その時、優しい声で
「誰が冷血強欲なんとか女ですって?」
横島は縦に2メートル飛び上がって天井に頭をぶつけてから、そのまま横に3メートル這いずっておそるおそる振り返った。美神さんは、優しく微笑んでいたが、横島の目にはシシリアン・マフィアが死を告げる時の表情に見えた。

「冷血強欲なんとか女?なんっすか?それ?」
「いまさらごまかそうたって無駄ですよ。そんなことより神父。」
「なっ何かな。美神君」
人が変わったかの様に柔らかな美神の態度に、唐巣神父も身の危険を感じて後ずさる。

「私は、自分で必要とする以上のお金は持っています。確かに無駄遣いは嫌いですが、
 おっしゃっていただければ、困っている子供達が必要としているお金くらいは出しますのに。」
そういって美神さんは唐巣神父に小切手を渡した。

数字を見た唐巣神父はしばらく絶句していたが、
「本気かね、美神君」
「そうです。私が寄付をするのがそんなに不思議ですか?それだけあれば来年の分は足りると思いますが」
唐巣神父の目から涙が吹き出した。
「みっ美神君! きっといつかは判ってくれると信じていたよ。そうとも。君は本当は優しい子だ。
 他人の痛みが分かる子なんだよ!あぁ主よ。今日という日を感謝いたします。あなたの御名に誉れあれ。」
横島は思わず「先生、いくらなんでもおおげさなんじゃ。」
「横島君、主が地上に奇跡をお示しになられたのだ。教会から放逐された身ではあるが、主の御心と叡知に感謝する祈りに大げさなどという言葉はない。」
「確かに奇跡には違いないですがねぇ。」横島にはどうしても納得がいかない。
おキヌちゃんは美神さんに抱きついて
「美神さん!やぱっり美神さんは美神さんです。」
「あらあら、どうしたの。そうだ、子供達にプレゼントを持ってきたから配るのを手伝ってちょうだい。」
「はい!」

和気藹々と子供達にプレゼントを配る二人の姿を物陰から窺いながら、横島は見鬼くんで妖気をチェックしてみたが、異常はない。しかし、どうしても違和感が拭えなかった。

ささやかではあったが和やかな夕食を終えて、子供達に見送られて孤児院を出た。
「美神さん、一体何があったんすか?」
「何がって?」
「今日の美神さん、絶対変ですよ。」
「横島さん、そんなことありません。いつもの美神さんですよ。」

「横島の云うとおりなワケ」
突然、エミが現れ行く手をふさぐ。ドクターカオスとマリアもいる。その他10数名の人影が3人を包囲する。
「これは何のまね? エミ。食い詰めてとうとう追い剥ぎにでも成り下がったの。」
エミは気にせず
「オーホッホ、いいざまね、令子! 除霊に失敗して逆に取り付かれて操られるなんて。今年一番の面白ニュースは決定なワケ」

「除霊?何のことっすか?今日は仕事休んでますが?」
「相手をなめて一人で除霊しようとしたのよ。賞金首の悪霊「ローズウォーター」をね。」
「悪霊「ローズウォーター」?」
「世界中からあんたに賞金がかかっているわよ、なるべく苦しませて除霊しろっていう掛け主もいるは。
 ずいぶんとひどいこともしているみたいね。いい加減、令子から出てくるワケ。」

といいながら、エミは問答無用で美神さんに全開で攻撃してくる。本当に悪霊に取り付かれているのだとしても取り付かれている美神さんがどうなろうとかまわないというわけだ。美神さんもやり返し、おキヌちゃんと横島も戦闘参加する。ドクターカオスも
「いくぞ、マリア。賞金で家賃を払うのじゃ」
「イエス、ドクターカオス」

横島もおかしいとは思っているが、こうなったら手加減していてはやられる。3人はボロボロになりながらなんとか勝利を収め、エミ達を撃退した。

「ふう、なんとかなりましたね。でもひどい人たちですね、横島さん」
「それはどうかな、おキヌちゃん。」

横島は美神さんに向き直り、文殊を出して身構える。
「悪霊とは思えないっすけど、ローズウォーターさんっていいましたっけ。いつまでも美神さんに取り付いている気なら、こっちも実力行使するしかないっすよ。」
「横島さん!止めて下さい!」
その時美神さんが老人の声で、
「やれやれ、気の短い坊主じゃ。まぁこの子を心配してのことじゃろうがの」
「美神さん!」

美神さんは目を閉じ、光に包まれて宙に浮かんだ。そして一人の老人の霊が美神さんから離れた。
「あんたが、ローズウォーターか。美神さんに何をした。」

「この子を傷つける様なことは何もしとらんよ。まぁ、さっきの連中の事は計算違いじゃった。迷惑を掛けてしまった様じゃな。すまんことをした。」
老人は深々と頭を下げた。
「すまんと思っているのなら、事情を説明してもらえるんでしょうね、爺さん。」

「そうじゃの、何から話せばよいか・・・生きている頃、わしは悪徳高利貸じゃった。」
「爺さんが?」
「今思えばずいぶんとひどいこともした。使いもしない金をため込むことだけが生きがいでの。
 気が付けば、家族もいないまま、老いぼれておった。」
「まあ、よくある話っすよ」
「クリスマスに家の前で乳飲み子を抱えた母親が倒れておった。そんなところで死なれては縁起でもないから、
 金をやって追い払おうとした。
 その母親は、よそ者での。わしの評判を知らないようだった。じゃから素直にこの儂に感謝してくれた。」
「・・・・」
「人に何かをあげたのも、感謝されるのも初めての経験じゃった。儂は驚いた。心の中に、なにやら不思議な、そう・・今思えば喜びとでも云うのかの、そんな不思議な気持ちがわいてきたからじゃ。

  それで、それが何かを知りたくて、他にも大勢いた身よりのないお年寄りや孤児にお金をあげてみた。
 みな、最初は驚いて、何かあるんじゃないかと身構える者もいたが、涙を流して感謝してくれる人もいた。
 不思議な気持ちはますます大きくなった。儂はなにやら生まれ変わったような気がした。今まで何をしていたのか。
 もうじき死ぬという年になって、初めて正気に返ったのじゃな。儂はありったけの財産を困っている人たちに配り始めた。

 じゃが、儂の甥が怒りだして、役人に訴えた。そして、わしは狂人扱いされた。しかし、使いきれんお金、つまり必要のないお金を持っていて、周りに困っている子供やお年寄りが大勢居ることを知っていながら平気でいられる。そういう人とわしはどっちが狂っているのかの。
 とにかく儂は甥の手で地下室に閉じこめられて、・・殺されてしまった。」

「ひでえ甥っすね。」
「昔の話じゃよ。あやつもとうに死んでおる。儂が急に正気に返ったせいで、あの子にさせんでもよい罪を犯させてしまった。かわいそうなことをしたもんじゃ。」
「自分を殺した相手をかばうんですか?」
「どうせ、そう長くは生きなかったじゃろう。たいした違いはない。」
「俺にゃわからんすよ。」
「まぁ、そんなわけで儂は死んで、あの世に行った。そして他の死者と一緒に主の前に並んだ。
 やがて儂の番が来て、主はおっしゃられた。

「ローズウォーター、そなたは生前に積み重ねた強欲や非道の罪により、地獄に落ちなければならない。」
「覚悟しております。」わしは本心からそう答えた。自分がやってきたことを思えば当然のことじゃった。
ところが主は
「それで困っておる」
「何がでございましょうか、主よ」
「今のそなたの魂には汚れが微塵も無い。そなたほど罪重くして汚れ無き者を見るのは私も初めてだ。」
「そうはおっしゃられても、私は地獄で己が罪を償う覚悟は出来ております。」
「無理なのだ。」
「は?」
「魂に汚れが無ければ地獄に沈めたくとも沈めようがないのだ。」
「それでは私はどうすればよろしいのでしょう。」
「汝は地獄には行けない。しかし罪は償わなければならない。そなたは天国に入るが、そなたの死んだクリスマスの日に地上に降り、善行をなして罪を償うのだ。」
 
こうしてわしは罪を償うために、クリスマス毎に地上に降りるようになった。
しかし、善行といってもわしは金貸ししかやったことが無い。そこでわしは昔のわしのような阿漕な金持ちに取り付いて、困っている人たちに贈り物をするようになった。

「阿漕な金持ち…なるほど、それで美神さんに取り付いて操ったのか。」
「操る? 人聞の悪いことをいわんでくれ。わしはただ、使いきれんほど金を持っている人に取りついて、眠っている良心をちょっと起こしてやるんじゃよ。そうするとその人は当然のように困っている人達を助けてくれる。」

「すると・・まさか・・美神さんにも良心があると? しっ信じられん」
「ずいぶんな言い草じゃぞ、それは。この子はとてもきれいな心をしているよ。弱い者いじめや人の物を取ったりする、本当の意味での悪い事は1回もやったことはないようじゃな。」
「きれいな心の女があんなに強欲になるかよ。第一、弱いものいじめなら俺は散々やられてるっすよ。」
「親がそばにいない育ち方をしたからの。少し無理をしてきたようじゃの。強がりの一種じゃな。
 坊主は弱い者ではあるまい。それに坊主をいじめるのは別の理由じゃ。」
「なんすか、別の理由て?」

 しかし、ローズウォーターさんが答える前におキヌちゃんが聞いた。
「じゃあ、あの優しい笑顔が本当の美神さんなんですか?」
「この子の本当の姿の一つ、といったところかの。」
「なぜおじいさんみたいな霊に賞金が懸かっているんですか?」
「わしに賞金を懸けたのは、当てにしていた遺産をつぶされた相続人どもじゃよ。連中ときたら自分で稼いだわけでもない金を当然のように自分の物だと思っておる。わしが取り付いた人達は皆、文句ぐらいは言っているようじゃが、しょうがないと納得しておる。」
「操られて金を取られてるのにですか?」
「だから操っているいるわけではない。わしが取りついている間は、素直に自分の良心に従っているだけじゃ。
 中にはそのまま本当に改心する者もいる。」

 横島は「じゃぁ、このまま美神さんが本当に真人間になるかもしれないんすか!外道の強欲女じゃなくなるかもしれないというんですか!」
 横島の脳裏にバラ色の未来が浮かんだ。優しい美神さん!

その時光りが辺りを満たし天使の羽が舞い下りてきた。
「さて、時間じゃ。わしは天に帰る。いろいろ世話になったの。」
ローズウォーターさんは、目を閉じたままの美神さんに向き直り、
「あなたに神のお恵みを。もっと素直になりなされ。」
そして光の中を昇っていき、やがて光とともに消えた。


「行っちゃいましたね、横島さん。」
「それより、美神さんは大丈夫かな」
美神さんを包んでいた光は少しずつ薄れていって消えた。そして、ゆっくりと美神さんは地上に戻り目を開けた。
おキヌちゃんと横島は美神さんに駆け寄り「大丈夫ですか、美神さん」
「大丈夫よ、おキヌちゃん。」
「よかった。」
美神さんは微笑んで、横島の手をとった。
「横島君、私のそばに、あなたがいてくれて本当に良かったわ。」
「えっ?」
 もしかして美神さんは、本当に素直で優しい美神さんに生まれ変わったのか?
でもそしたら、横島さんと・・・・おキヌちゃんは思わず自分の手を握りしめた。


「何があったのか、みんな覚えているわ。だから今、横島君にどうしても話したいことがあるの。」
「はっはい。」
美神さんは優しく微笑みながら、横島の手を強くつかんだ。

「冷血強欲吝嗇女て云った方がいらしゃったはね。」
「ぎく!」
「良心があるのが、とても信じられないとかなんとか」
「ぎぎく!」
「真人間になる? 外道の強欲女じゃなくなる?」
「ぎぎぎく」
「横島君、あなたがいてくれて本当にうれしいわ、さもなきゃ今回の怒りを一体誰にぶつければいいのか、困るところだったもの。」
「やっぱり、元のまんまの美神さん。!」
 横島は逃げようとしたが、手を掴まれているのでどうにもならなかった。美神さんは輝くような笑顔を浮かべていたが、神通坤も最高出力で輝きだしていた。



 こうして一つの事件は終わった。ただ、誰も気がつかなかったことがある。

なぜ、美神さんが単独で除霊しようとしていたのか、なぜ美神さんは孤児院が困っている事を知っていたのか。

 みんなは、美神さんが「悪霊? ローズウォーター」のせいで寄付をしたと信じているが、本当は違う。
実は美神さんは、唐巣神父がおキヌちゃんに助けを求めているのを聞いていたのだ。
 だから美神さんは、唐巣神父が頼みに来たら少しは出そうと思っていたのに、いつまで経っても自分には相談しようともしない。そんな、唐巣神父の態度にカチンときた美神さんは、賞金を稼いで丸ごとポンと寄付してみんなの鼻をあかそうと、横島やおキヌちゃん、シロやタマモにも内緒で除霊に出かけたのだった。子供達へのプレゼントだって事前に自腹を切って用意していた。
ところが邪悪さのかけらも無いローズウォーターさんには、お札も神通坤も効かず、逆に取り付かれてしまったのだった。


 今となっては、そんなことは意地でも人には言えない美神さんだった。


※この作品は、山屋さんによる C-WWW への投稿作品です。
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