gs-mikami daiden:missing in white

著者:西表炬燵山猫


1st day

  「ちょっと困ったことになったでざるな」
 吐いた吐息は白く煙る。
  「改めていわなくても分かるわよ」
 隣に並んだ彼にだけ聞こえるように吐いた呟きに、少し離れた所で辺りを伺う旧知の天敵である女性からの突っ込みは手厳しい。多少距離を置いていたし、煩いほどの風の音で聞こえないと思っていたらしく、ちょっとムッとしながら、向けられた、回りと負けない冷たい視線にオドケテ体を屈める素振りをする。そんな女の子二人のやりとりを両手に見ながら・・・。
  (流石に九尾の狐ってとこか。まあ、それが本当の所だけど、あんまり危機感無いな〜)
 目の前の、非常に差し迫った危機。確かにそうではあるが、いつもと変わらぬ会話を繰り広げる少女二人の間に挟まれて、呑気な感想を漏らす。どうもあまり人並みの方向性を持った者はいないようだ。元々単なる人で無い二人はともかく、彼もそれに負けてはいなかった。 (ああ、これが美神さんかオキヌちゃん 小竜姫様 ヒャクメ様 エミさん 冥子ちゃん 朧 神撫 ワルキューレならいいけどなあ)
 もう少し穏やかで、出来れば暖かいロッジの窓の向こうで、今の景色が広がっていればきっと口説ける手助けにはなるであろう。確かに今隣に美少女はいるが、それどころでは無かった。

  ビュオー ビャオー ビョヨー
 三人の前は白い闇が、まるでミルクセーキを作る途中のジューサーミキサーのように荒れ狂っていた。そして、その物質は冷たく、そして全て六角形で魅惑の美しく醸し出してはいた。
 回り中は白い闇に包まれて、どこに人家や人里があるかもしれない非常に切迫した状況。ありていにいえば彼らは冬山で遭難していた。

  「おい!シロ、後ろのリックからGPSを出してくれ」
  「はい。でござる」
 彼女が云われた通りに、背負った穴だらけのリックから厚い手袋で要領を得ないが、何とかその機器を取り出し渡す。受け取った彼も、分厚い手袋に苦労しつつも操作すると、幾つもの軍事衛星からの電波は、幸い分厚い雪雲と雪を通過して現在位置を知らせてくれた。次にDVD−ROMが回り始め、モーターの振動が持っている手に伝わる。小型ディスプレイに現在位置、そして救助を求めることが出来る施設がマッピングされる。
  「よしラッキー。北北東約1キロに無人だが山小屋があるようだな。お前ら、まだ怪我が直って無いんだからリックにでも潜り・・」
 彼の会話は途切れさせられた。
  「でも、それなら北北西に15キロ程のいったら救助隊の詰め署があるから、そっちの方がいいんじゃないか」
 覗き込んでいたタマモが提案したが、彼は渋い顔で却下する。本格的な冬山装備で昼間ならば、彼女の案が有力だが、除霊の為に一時的に防寒しただけの彼女らに、膝まで埋まるパウダースノーの雪道の更に14キロ、十倍以上の違いは絶望的に違う。彼らに与えられた装備は軽装の登山靴に、足下まであるダウンコートのみなの。吹きすさぶ雪嵐は露出した個所から遠慮なく熱を奪い続けていた。

  「いくぞシロ タマモ荷物に入れ」
 横島は獣形態で二人が潜り込んだと思ったが、従ったのはシロだけ。まだタマモは吹き荒ぶ白い闇を眺めて悩んでいる素振りだ。
 普段からあまり信用していないので、この火急の事態ではおいそれと信用出来ないのは当然であろう。いつも危機においては美神に縋り付く以外の行動は見たこと無い。それに彼女は、確かに今は人間形態ではあるが、元々野性の勘では絶対負けぬ自身があった。絶対自分の提案の方が正しい自信が。

  「ん?」
 黙ってついて来ようとしない彼女にしょうが無いと嘆息し、首に掛けてダウンの中に下げていたGPSをもう一度タマモに見せる。
  「詰め所への道は起伏の激しい段丘や凍っているかもしれないが河川も何本かある。とても今の俺達じゃ辿りつけん」
  「え?」
 初めて知る情報であった。横島が指したディスプレイには幾つもの縞模様が浮かんでいたのは知っていたが、それを彼女は等高線とか川だとは知らなかった。改めて説明され唖然とした。しかし、それは地図の見方を知らなかったのでは無い。
 幾ら視界が10メートルにも満たなくても、地形地脈の流れで周囲を予測するのは野性では当たり前の能力なのだ。それが出来なければ野性でやっていけない。
  (そ そんな あたし どうなってるの・・・)
 自分が既に野性を失ないかけていることに唖然とした。



 ドッカリと冷たく暗い床に荷物を降ろす。
 殆ど体力も限界で、何とか命かながらたどり着いた閑散とした山小屋を見渡してため息をつく。
   「先生大丈夫でござったか?」
   「ああ、やっぱコッチで良かったぜ」
 横島の背負った荷物から獣形態で飛び出した二人が体を元に戻す。シロは一人歩いて来た横島を気ずかいつつ、習性で盛んに匂いを嗅いでいたが、タマモは静かだ。どうやら、先の事でまだかなり落ち込んでいた。己が種族は優れ、誇り高いとものと自負していたので、文明の利器に負けたのは、それだけでプライドに関わるらしい。

  「まいったね・・何もねえな」
 一瞥で分かるほどに何も無い八畳程の山小屋。相当に古いが、流石に山小屋であるので雨風だけは防いでくれていたのは幸運だろう。外のマイナス十数度からすれば、氷点下であっても風が無い分体感温度は天地程違う。
  「タマモ、突っ立っていないで腰を下ろせよ」
 幸い藤で編まれた座蒲団だけは揃っていた。冷たい床に座らないでいい以上は、立って外気との接触面を大きくしているよりは、座ってちじこまった方がいいに決まっている。流石に美神のツケを一身に払っているので、悪霊関係以外は己が身は自分でと、サバイバル関係には精通していた。死にたく無いので、たまに読む本はサバイバル関係だったのが今は役に立っていた。
  「ほら!座るでござるよ、タマモ」
  「う うん」
 シロに促されて、何とか腰を下ろさせ、解けては熱を奪われるので横島が肩口の雪を払ってやる。
  「どうしたんだ?・・・。大丈夫さ。心配するなって。荷物は俺が持っていたから、しばらくならば持ちこたえられる」
  「・・・」
  「美神さん達なら大丈夫だ。あれだけ警察もいたし、橋の向こう側は除雪された道が続いていたからな。道の沿っていけばホテルにも人家にも出られるし、あそこは定期バスが通るからな」
 事情を知らない横島とタマモがしきりに元気つける言葉をかける。

  「う うん。そ そうだな。きっとオキヌちゃん達も戻ってるよな」
  「ああっ」
 答えたが、それほどに元気は戻らない。
  (そんなに美神さんとオキヌちゃんが心配か。こいつもやっぱり女の子だな、可愛い所あるじゃないか)
 横島は残った他の二人を気ずかって、タマモが心配して落ち込んでいると思った。それも少しはあったろうが、彼女はそれだけで元気が無いワケでは無い。
 先に言ったように自分が野性を失い始めた事のほうが恐いのだ。無論美神とオキヌは心配だが、元々群れない性質である以上は自分の能力の喪失の方が問題。冷たいワケでは無い。それが彼女らが生き残って勝ち取って進化である以上は当然の思慮であった。

 普段軽口が耐えない様子にシロも心配らしい。彼女の顔を嘗めてやると、うざったいとばかりに嫌がり、いつもの軽口を口にする。
  「ええい!嘗めるな馬鹿犬」
 隣でシロが嘗め、横島は多分自分を慰めようとして下らない話をしていたので、少しは気が紛れたので表面上だけは元気を装った。
 少し元気が出たタマモに安堵して、壁によりかかりつつ愚痴が口をつく。
  「しかし・・えらい話違うな。美神さんによれば、チョチョイとかたずけて温泉三昧とかいっていたのによ・・・」



  今日の仕事はスキー場に現れ、スキー客を遭難させる自縛霊の除霊。地元警察と消防団を伴って大所帯での仕事はその昔の刑事ドラマのオープニングの様に派手であった。勿論彼らが役に立つ事は無かったが、今回の依頼主であるスキー業者が以前他のGSに依頼したらしいが、除霊出来なかったらしく、除霊したと嘘をついて金だけ騙しとろうした経緯があるので証人にと付けられていた。あたしが信用出来ないと美神は不機嫌であった。『適切な判断だ』とのたまった横島が殴られたのはお約束。
 予想していなかったのは、それが遭難したり、自殺した複数の自縛霊の集合体であったため、美神も押されるほどにそのパワーは凄まじかった。初めの予想以上に皆ダメージを受けてしまい、除霊は捗らなかった。特に美神本人だけで除霊して不信を一掃して見返してやる、との作戦が見事に裏目に出てしまい、攻撃担当をかって出ていた美神は霊力の殆どを失った。

  「オキヌ殿、危ない」
 3メートルを越える巨躯から、次々に繰り出される一撃からオキヌを庇うシロ。しかしそのパワーは受けとめようが無く、鈍い音と腕に走る激痛の叫びと共にシロの体が宙に吹き飛ぶ。
  「大丈夫か?」
 木立ちの吹き飛ばされようとしていたシロの体を横島が受けとめる。
  「横島!もう一匹来た!!アイツ、オキヌちゃん狙ってるぞ」
 攪乱担当で、回りを忙しく駆け回っていたタマモが叫ぶ。
  「くそっつ、少しだけ持たせてくれ。シロ下がってろ、今のお前じゃ攻撃は出来ない。タマモと一緒に攪乱してくれ」
 美神に手を出すなとキツク言われて、今まで手を出せなかった横島も飛び出す。デカイ荷物持ち担当であったので、決定的に出遅れた横島が霊波刀で初めの方に切りかかる。
  「はいでござる。いくぞタマモ」
 幸い怪我は腕だけであったので、健脚自慢で新しい奴の攪乱にと近ずいてくるシロのを姿がタマモにも見えた。
  「ああっ、おいシロ、二人でアイツオキヌちゃんから引き離すぞ」
  「わかってるでござる」
 美神もボロボロであるが、援護担当であったオキヌも攻撃を浮けて、多分神経が一時的にパンクしているらしく雪原の上に体横たえたままに全く動いていない。合流されて合体されては更に面倒だと、タマモが注意を引きつけて引きつけて連れていってくれた。その隙に横島の文殊が炸裂して初めの一体を葬むる。

  「シロ、タマモ!!」
 気を取り直して二人の方を見る横島。白いカーテンの向こうに消える二人と、追いかける悪霊が見えた。
  「馬鹿!そこまで離れるんじゃ無いよ。マズイ」
 武器の無い二人に危険な役をさせた己の愚作を反省したが、今は悔いる時間も惜しい。ただ一人まともに動ける横島が追いかける。
 新たな一体も先の奴とそう変わらない力量を持っていては、シロは先の怪我で多分霊波刀を出せぬ筈だし、タマモでは決定打に掛ける。彼女の特異技の狐火もスキー場の寒気に、吹きすさぶ吹雪の前では水中で火炎放射機のように効果が薄いのだ。
 しばらく追いかけた後、古い吊橋を渡った所で何とかタマモと追いつき、三人がかりで何とか仕留める事が出来た。しかし、タマモは手足に傷を追ってしまっていた。歩けぬと都合が悪いし、内出血で紫に変色した足の方をほおって置くほうが大事に至ると残った文殊を使って応急的に処置する。そこに簡易カイロを当てて血行障害をさけるようにしてやった。
 何とか吊橋まで戻ってきたが、運悪く吹きすさぶ嵐で老朽化した吊橋は落ちてしまったていた。こんな事ならば飛行能力を使う為に手の方を治しておけばと思ったが後の祭りであったし、こんな嵐の中で飛ぶのも危険。その上、雪に埋もれる内出血をほっていたならば間違いなく凍傷になっていたであろう。
 落ちた吊橋を前に呆然とする三人。
 本来ならば、なんとかここで鎌倉を掘ってビバークしたいが、この場所はスキーヤー憧れのパウダースノーなのでそうもいかない。
  「さて、テント壊されてんじゃここに留まっていれないな」
 二つ目の奴にテントを入れていた部分共々リックを切り裂かれて、吹雪吹きすさぶ中には留まれない。



  「これからどうするでござるか」
 固形燃料を囲む三人。
 幸い、自分が生き残る為だけの装備を美神が横島に持たせていたので、当然冬山に向かう以上はそれなりの装備は横島の背中にあった。今はその中のレトルトとフリーズドライ食品で食事を取る。しかしあくまで、主に美神だけの分量であるので三人分では心もと無い。当然節約しなくてはならないが、先の戦いでの疲労と元気の無いタマモに気ずかい普通の食事を取る事にした。
 幸い食事ダケは多少他の人間の事を考えているので、タマモの好物も入っていた。当然キツネうどんにイナリ。貴重な水をカップ麺に使いたく無かったが、元気の無い彼女を気ずかってそのメニューになった。雪山なので、回り全部水だと思ったら大間違い。それを直接口に入れれば体は冷え、急速に体力を衰えさせてしまう。冷たい室内に入れても解けてはくれないので、結局は固形燃料に頼る以外に無い。固形燃料の暖気は室温上昇に当てたかったのは当然なのだ。
  「そうだな、テントと一緒にラジオもイリジウム(携帯電話)も壊されてのが痛いな。確か大きな寒気団がシベリアから降りてきているとか、ホテルのテレビであったから下手すると二三日は足止めかもしれんな」
  「三日もでござるか?」
  「ああ、だから動かずにジットしているしかないな。食料も水も燃料も少ないから食べたら大人しくしているしかないぞ。幸い、美神さんの為だけのシャラフだけはあるから皆で潜り込んで助けを待つしかねえだろうな」
  「美神が助けにくると思うか?」
 日本の雪山遭難救助は自腹である。一日頼むと、軽く数百万が吹き飛ぶので、そう考えると当然の疑問であった。しかし、横島はタマモに荷物の中、特別に梱包された物を見せた。
  「今回は超重装備だからな。お札も高価な物が目白押しなんだよな」
 見たところ安いもので数百万、高いもので億単位のお札が揃いぶみ。
  「なるほど。でもお札なんだから、あたしたちが死んだ後でも取りにくれば・・・・」
 タマモはまだ、納得いかないようだ。
  「心配いらないよ。あの人俺達が金より命が大事だと思ってるから、きっと救助が遅れるとこれを焚火にされると思って必死こいて助けに来てくれるさ」
  「それは当たり前じゃ・・」
  「あの人命より金なの」
  「やっぱ、本当にそうなのか?」
  「本当に 本当に、そうなの」
 まだ認識の甘いタマモを嘆息しつつ見る横島であったが、シロが口を開かない事に気がついた。

  「う!せんせえと一緒の寝袋で・・・・そ、そんなことをすればややこが」
 寝袋を抱えて赤くなっているシロに、何故か荷物に入っていたハリセンチョップを突っ込む横島。
  「何考えているんだか、大体分かるが・・・。お前らは元に戻ってだ。一人用で三人はキツイだろう」
  「そんな〜」
  「タマモまでいるんだから、何考えてるんだ」
  「しかし・・」
  「ああ、うるさい」
 まだ納得出来ないらしい。
  「しかし、雪山で遭難した男女はお互い裸で温めあって、ドギマギしながら抱擁を重ねて美しい初体験であると・・・」
 パカンと、もう一発突っ込む。
  「何、俺の妄想みたいな事いってるんじゃ。裸で暖め合うのは遭難して体温が奪われた人を暖める時だけだ。シェラフもある状況で、何の因果で裸になってどうする・・・・・確かに美神さんとかオキヌちゃんなら・・・・・・・」
  「でも〜」
 {の}の字を書くシロ。
  「大体どこでそんな事覚えてくんだ?」
  「オキヌちゃんの読んでいた本でござる」
  「どんな本読んでるんだ!オキヌちゃんも・・・」
  「レディスコミックとか云う奴でござる」
  「・・・・・」
 あんまり読んで欲しく無い本だった。ハッキリいって中身は横島が見てもドギツイので、まだ女性に幻想を抱ける少年にはキツイ。

  「あたしはいい」
 タマモが、残していた油揚げを食べ終わったらしく口を開く。
  「二人で使ってくれ。あたしは元もと冬眠するんだから、体ちじこませてれば大丈夫だ」
 確かに北キツネは冬の北海道でも暮らしているんだからそれは道理、しかしタマモはどちらかと云えば本土キツネに入るので冬眠の経験は無い。
 しかも先の事があるので、出来れば人間との距離は取っておきたくなった。この一件が終わり、給料が出れば何とか山に帰ろうと思ってさえいた。それに正直横島の脇に身を寄せて暗い寝袋の中に身を潜めるのは・・。
  「そうもいかんのだタマモ」
  「え?」
  「冬山の遭難では一人の人員欠員も認めるワケにはいかないんだ。何しろ一人より二人、二人より三人の方が体温の維持は楽なんだから」
 横島の意見は道理であった。一つの我儘でパーティ全滅、冬山では珍しく無い。
  「しかし・・」
 まだ食い下がろうとしたが。
  「お前が俺のことあんまり・・・いや、だいぶ嫌っているのは知ってはいるが、自分の為だと思って涙を飲んでくれんか。それに普通ならお前の云う事で大丈夫かもしれんが、生憎とまだその足は完治したワケじゃないだろう。血行不良で凍傷にでもなったら壊死して、幾ら九尾の狐とはいえども歩く事も出来なくなるぞ」
  「う!!」
 それでは山に帰れなく無くなる。それはハッキリ困る。確かに今は横島の巻いてくれた簡易カイロで部位的には温めてくれるが、全体の温度が下がれば体は心臓や内臓の血行を優先させ四肢をおろそかにしてしまう。足や手が真っ先に凍傷になって、手足を失うのはそんな事が原因なのだ。
  「お前とシロをこんな目に合わせたのは俺の指示のせいだから、頼むから堪えてくれないか」
 横島は皮肉っぽく薄く笑って、手を軽く合わせた。
  「・・」
 タマモは非常に嫌そうな表情で押し黙った。彼女の了解の合図である。
  「せんせえ、何か格好いいでござるな」
  「ふふん。そうだろう」
  「何か悪いものでも食べたでござるか」
 ちょこっと転けて、再びシロをはたく。今度は柄であった。
  「美神さんいないからな、どう見ても俺が率先しなくちゃいかんだろう。ああ、本当は体がカユイんだけどな」
 体をかく動作でオドケテみせる。少し無理をしているのは・・・もしかして、もう見知った女性を失ったり、悲しませるのが避けたいのが原因か・・・。ボンヤリと彼女の横顔が心をよぎった。
  「・・・」
 妙な面持ちで横島を眺めるタマモであった。


 床からの冷気が最も恐いので、開いたシャラフの足部と背中に二人のダウンコートを敷いて、その上に毛布を開いて潜り込む横島。元に戻った二人がその上に乗ると開いていた毛布を水引きのように、左右から包むように掛けてチャックを閉めた。
  「横島!お前いつ風呂に入ったんだ」
 お腹の上のタマモが文句を云う。どうやらちょっと匂うようだ。確かに今日も動きまくってので汗はかいていた。
  「一昨日入った」
  「毎日じゃないのか」
  「俺は事務所にいるわけじゃないんだから、銭湯代も馬鹿にならんのだ。あんな薄給で毎日なんか行けるもんか」
 実は一昨日は一週間に一度の銭湯の日であったので、それを考えると助かった。これが、もう少しズレていたらタマモは拒否したかもしれない。
  「それならば先生も事務所の・・」
  「あの美神さんが許すものか」
  「そうよね。横島、美神に毛虫のように嫌われてるもん」
 タマモも同意した。どう考えてもあの美神が同じ風呂に横島を入れる理由は無い。それにしては首にしないのが解せないが・・・いくら薄給で下僕のように働くとはいえども。
  (何がいいんだか・・・)
 頭捻るタマモ。どうせ時間はあるのだから理由を考える事にしたが、暖かい寝所と満腹で思い半ばにして眠りに落ちていった。

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