∬1


  バサバサバサバサ
  「ん?」
 響いていて来た空冷の排気音に思わず振り返る西条。管制塔脇のビルから73年型カレラが現れた。その当の奴の車だと苦虫をかみ潰す。
 (くそったれ。とうに引退した、よりにもよってあんな奴に頼らねばならんのだ)
 ドライバーシートから現れた、相変わらずにひょうひょうとした姿に更に心がさざ波立つが、冷静沈着こそが事態の収集への近道だとの犯罪学のレクチャーを思い出して、自分はエリートだと思い直して鉄仮面を被り直す。

  「よう西条。相変わらずに優秀な人材に欠如しているんだなGメンは。今更俺に頼るなよな」
 赤色灯が辺りを包む緊迫した中にそぐわない中に柔和な顔と声。人の気持ちもしらんとこの思わずムッと立場を忘れて思ったが、それは以前自分が諭した言葉だと思い出し思わず『負うた子におそえられ』と苦笑した。
  「なんだ?今も昔も相変わらず気持ちの悪い奴だな」
  「君に言われたくはないぞ。全く相変わらずに惚けた奴だな、本当に」
 差を歴然と周りにあてつけようと、わざとらしくパリッと着こなしていた三つ揃いのネクタイを直す。
  「まあいいが、それにしてもその服は何とかならなかったのかね。ここは君の畑の野良仕事の現場じゃないんだがね」
 どっから見ても畑仕事 野良仕事の格好で、別段職種に差別は無いが相変わらずにTPOを弁えない彼に、ここぞとばかりに突っ込んで、己の溜飲をさげようとする。
  「んん?どこか変か。今の俺の制服だぜ」
 自分の服を見直して無作法は無いと確認している。
  (まったく、確かにそうだけども。それでカレラに乗るなよ。ましてや戒厳令下のこんな場所にまで来てほしくなかったな)

 オカルト関係は世間的には胡散くさいとされているので、官民重ねて信用を保つ為に、まず格好からシッカリしたものと推奨しているのに、待ち望んだ関係者がこれでは回りの視線も痛かった。
 西条が背広をバリっと着こなして、いかにもエリートでございというのに対して彼はJAと書かれた白い鉛管服(ツナギ)。それも所々を泥だらけにしていて、日に焼けた帽子には農協関係者をあからさまに吹聴する市場の番号まで記されている。
  「ん」
 その視線の意味する文句を制し、諦めたようにつぶやく。
  「仕方なかろうが。俺はスイーパーでもGメン関係者でもねえぜ。単なる片田舎の百姓なんだからな」
 少し拗ねて見せる。これは己の選んだ仕事なので、知らぬ他人に何か言われて嬉しい筈も無い。
  「それも分かっていて呼んだんだろう」
 からかうような口調。
  「そんな事は百も承知だ」
 受け流せばいいのは分かっているが、この男相手には冷静な気持ちは削がれる。語気を荒げてうなだれる。
  (だからなんで農業従事者を呼ばねばならんのだ・・・・・・)
 目の前の男を相手にするのが嫌になる西条であった。それには自分が何をやっても彼を見下げる事が出来ない事にも起因していた。

 少なくとも民間スイーパーであったならば非常時はGメンの指揮下に入ることが義務ずけられているので精神的に優位に立てるが、今の彼は一般人なのでそれも出来ない。協力を頼む以上は下手に出なければいかない事に歯がゆくなる。


 彼はまだ若いにも関わらずにGSを止めていた。
 別段廃業殉職や転職は危険から考えると珍しくは無い。仕事の失敗や恐怖による心身症などは珍しくは無いが、彼の場合は何か体や心に不具合があって止めた理由では無い。
 それは今も上司の美智江が断言した。今ではもう誰も彼に勝てない程にまでなった彼は、高給取りの職種をアッサリ捨てた。
 彼によれば”飽きたから”という理由・・・・・・。

  『免許を持っているからって、固定観念で一生の仕事を決めるのは年寄りだぜ。仕事なんぞ好きな事をやっているに限るだろう。今はこの前遊びに行った爺さんの所での土いじりが忘れられなくてね。このまま一生やるのかどうかは知らないが、今は野良仕事をしたくてね。おもしろいぜ植物ってのは。お前もコンクリのジャングルだけで生きてると、生き物としての生活無くすから気をつけろよ、西条』
 西条らが何事かいいたげな表情を押し止めるように、そう言って朗らかに笑っていた。今は小竜姫らのいる妙神山の麓の田舎で日がな一日土と向き合い、のんびり暮らしているのが楽しくて堪らないらしい。



  『でも、まいったわね〜。やっぱり来てくれないわね。あの娘もだけど。今更ながらだけど、あの二人の穴埋めるなんてキツイわね。あたしもいつまでも若くないし、オバアちゃんになったら西条君達と彼に任せて楽隠居したかったのにね〜〜。縁側で黒猫でも抱きながら・・・・・・まあ狐でも狼でもいいけどね』
 今更殺伐として業種におもねたくないのは、生まれたばかりの娘の為だと美智江も諦めているようだ。幾ら金を稼いでも、子供にとって親が不在の方が子供の為にはならないと、自分の経験から分かっているのだろう。
 だから?免許所持者ならば従う義務のある、起こった霊障事件に対しての非常招集にも全くうてあわずに、代わりに真っ二つに切断した免許を返納してきた時にも、それをごみ箱に投げ入れながら、しきりに『困った、困った』といいながらもそんなに真剣には悩んでいる素振りは見えなかった。
 何故なら彼女もそれが、彼のみならずに回りの為でもあると分かっていたからだ。主に自分の可愛い初孫の為らしいが・・・・。


 美智江は生まれた初孫の為に招集の応じなかったと言っていたが、実の所本当の切なる理由は他にあった。スイーパー業界の根底を揺るがすような事情が。
 高校を卒業をするころになると彼は強く成りすぎていた。人知を超えた程だ。何しろあれから友人に付き合って妙神の修厳場に行った時、久々というお誘いで小竜姫やワルキューレと手合わせし、そしてハヌマンまでも引っ張り出して、結果は負けたにしても拮抗した戦いが続いたぐらいだった。

 無論業界で実力とは力に他ならないので、普通ならば問題無かったのだが、それを超えて突出すると別の事情が顔を覗かせてきた。
 普通のスイーパーはどうでもいいような仕事ならば兎も角、命のやりとりをするような仕事の時は数日前 数週間前 下手すれば数ヶ月前から下準備をしてから仕事に掛かる。無論それは必要であるからの事前準備である。悪徳探偵と違って日数稼いでも大体が成功報酬なので、掛かる時間は純粋な準備期間である。依頼主はそれを黙って待たねばならない。何しろそれが当たり前の事であった。
 しかし彼が一人いれば、そんな準備は何一つ必要無かった。ありがち、強力な呪いの掛かった屋敷の除霊にして、普通ならばダンジョンRPGのように武器にアイテムのパーティの頭数を揃えるなんて事が必要。その上で少しずつ、恐る恐ると部屋を除霊していく。
 それなのに、彼の場合はまるで勝手知ったる他人の家とばかりに無遠慮なお手伝いのように部屋に入り込み仕事をこなしていく。
 だからといって仕事が荒いワケも無く、暴利でも無い上に、まるでYシャツのクリーニングのように殆ど即日仕上げで仕事をこなしていった。決して安くは無いが、早く仕事も丁寧がモットーであったのでクライアントからの評判は頗る上々であった・・・・が、しかしそれが同業者には多大な問題であったのだ。
 大体において除霊の仕事などは、悪霊が出るなどとは知らずに手に入れた物件の除霊が殆どだ。つまり必要であったから買ったのに、すぐに使えないとあっては一般はまだしも、企業には大問題。普通のスイーパーが準備にしばらく時間を貰いたいと言っている時に、特急仕上げのDPEと同じような時間で、同じ値段でやってくれるとあっては誰が好き好んで仕事の遅い方に頼むだろうか。
 歯ぎしりする他のスイーパー。当然風当たりは強かったが、能力に応じて仕事をかたずけていたので単なる中傷の域を出なかった。
 しかし、そんな時に事件が起った。

 ある日、仕事が少なくなったの一人のスイーパーの元に結構利鞘(りざや)のデカイ仕事が回って来た。それも悪霊も半端な数と強さでは無く、多少装備と人員さえ集めれば難しい仕事では無かっただろう。しかし依頼主は仕事の期限を即日を言った。どうやらどこで聞いてきたのか知らないが、彼の事を基準に考えていたのであろう。そのスイーパーは装備も人員も不十分なままに、意地もあったのだろうが受けてしまった。結果は・・・・・・。
 あるものは幼子を抱き、GSであった亡夫の亡骸に泣きながら縋り付く妻の姿、それにまだ年若い助手達の両親 兄弟 恋人の号泣の姿がワイドショーに流れた。

 あらゆるメディアは彼の事を責めた。全ての原因が業界のブロックバスター(価格及び常識破壊)を行ない、GSとしての安全をおざなりにさせる様な事になった彼に責任を転嫁する同業者の奸計によって風評は流布されていった。

 西条は思いだし、あの時の焦躁に打ちのめされた・・・・彼女の表情を忘れる事が出来ない。かばうワケでもなけでも無いでも無いが、彼に全ての責任を問うのは酷であっただろう。彼は上司である彼女の命令に従っただけ・・・・・・。
 あまりの阿漕さに彼ならずとも、他人の食いぶちの事を気にしている事を進言したが、彼女はそんな他人への気ずかいは認めたりしなかった。それは彼女にとっては確かに当たり前。別段汚い手段も使っていない。単なる能力の違いで仕事を受けているだけだと一喝した。しかし、その結果がもたらしてのは・・・・・・事の責任の叱責を、敢えて押し黙ったままに一人で黙って耐える男の姿であった。
 非常識なメディアは遺族を焚き付けて、その席で遺影を残されて遺児までも出してこらせて彼をなじらせた。
 当日記者会見に望む前に飲んだコーヒーの中の睡眠薬で深い眠りに落ちていた、彼女は過日見て・・・・・・泣いたそうだ。自分の今迄やったことは、ただ彼を苦しめたのだと赤子のように泣いていたそうだ。

 世界最強と言われた男が業界から去った次の日、並ぶと言われた女性も業界から去った。


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