ぷりくら・なるきそす

著者:T.N


 ……夢みたいだ。
 室内に満ちる光の渦。ゲーム機が放つ音楽。目が回りそう。
 放課後って、こんなに楽しい物だったんだ。
 いつもいつも、みんなが帰ったあとは暗い教室に一人きり。
 寂しさに震えながら、新しい朝、一限が始まるのを待っていた。
 今は違う。ただの机じゃない、クラスメートがいるひとりの生徒として、こうして連れ立って遊びに出かけられる。
 結局、帰るのはあの一人きりの教室だとしても。
 今、この時間だけは。
 他のみんなと同じ、青春真っ盛りの女子高生なんだ。
「愛子ちゃん、いっしょに写そう!」
 クラスメートが、昔風のセーラー服の袖を引く。ルーズソックスを履いて、スカートをウエストのところで巻き上げて短くしても、なぜかセーラー服の方はいじろうという気が起きなかった。
「ああん、ちょっと待ってよ」
 古い机を引きずって追いかける。カラダの一部、というかカラダそのものなんだけど、青春するにはちょっと足かせになる。
 手招きされたのは、プリクラの前。綺麗な、黄色いらっぱ水仙模様の布がたらしてある。
「?」
 ちょっと不思議だった。布にはどこにも会社の名前が入ってないし、キャラクターも入っていない。普通、フレームに使われている可愛いキャラクターの絵なんかが入っているものだ。
「はやくはやく」
 せかされて、あわてて机を持っていく。
 二人のクラスメートが前、机の上に乗った自分が後ろから。
 机の愛子ならではの構図。これで、何枚プリクラ撮っただろう。
 フレームは、やっぱりらっぱ水仙をデザイン化した、なかなか洒落た奴。
『はい、にっこり笑って〜』
 そんな、アナウンスもいつも通り。だが。
 撮影の瞬間。
 画面が、白く光った。
 愛子の目の前で、ひゅるン、と二人のクラスメートが画面に吸い込まれた。
“い、いやあああ!”
 叫ぼうとした。しかし、声が。出せない。
 金縛りのようになったまま、愛子の目の前に、光り輝く画面が迫ってきた。


 わずかに揺れた机の音は、ゲーム機の発する大音響にかき消されてしまった。ダンスゲームの隆盛は、ゲームセンターをこれまで以上に騒がしい場所に変えてしまった。
 激しく踊るゲーマー。自分では目立っているつもりだが、周りの観衆は次に踊る番を確保することしか考えていない。寒々しい場所。
 だから、誰もその場違いな机のことなど、気にとめもしなかった。


「つまり……そこに、これが残されていたわけね?」
 おなじみ、美神令子除霊事務所。
 事務所に訪れたのは、横島の学校のハゲの校長だった。かたわらに置かれたのは、古ぼけた机。
「はい……、警察から『お宅の備品が届いている』と連絡が来たときは肝が冷えました」
 都内のゲームセンター。閉店時に店員が気付いたとき、その机はプリクラ筐体の前に放置されていたのだという。
 美神は机に向かって手をかざして、なにやら精神を集中している。
「愛子ちゃんが……いないわ」
「やはりそうですか……呼びかけにも全く答えないので、もしやとは思っていましたが」
 肩を落とす校長。横に控えていた横島とおキヌも息を呑む。
「彼女の場合、あたし達が知ってるあのセーラー服の子は彼女の魂というか魔力が造り出した像で、この机が本体の筈なんだけど……つまりは魂が抜き取られたような状態なのね」
 うつむいた校長は、懐から封筒を取り出した。大きく膨らんでいる。
「教職員達の有志の間で集めました、50万はあります。彼女には保護者がいませんし、これ以上はいささか難しいのですが……」
「少々、私に依頼するにはささやかすぎますわね」
 横島とおキヌの懇願する視線を無視して、冷ややかに言い放つ美神。
 ぴくり、と眉が上がったが、怒気を押し殺すようにして校長は続けた。
「愛子君と仲が良かった女生徒が二人、連絡が取れなくなっています。今のところ全く手がかりはありませんが、もし愛子君がこういうことになったことと二人の失踪に関係があるなら、二人の親御さんからも礼金をいただく機会はあると思うのですが……」
 ニヤリ。綺麗なルージュを引いた唇が大きく歪む。
「……お受けしましょ」
 校長は、深々と頭を下げた。
 滑らかな頭頂に、美神のえびす顔が歪んで映った。

「うふふふふ〜、東京都内で一ヶ月に行方不明になる女子中高生がこんだけ、5割が家出で3割が風俗に売られて、1割が男のトコに転がり込んでたとしても、あと1割はこの事件の関連と思ってもいいかも知んないわね〜。全員の親から百万ずつせしめたとしても……おお!こりゃあけっこうボロい儲けじゃない?」
 おキヌにネットワークから取り出させた警察のデータのプリントアウトを見ながら、ソファに寝っころがって皮算用をする美神。
「おキヌちゃん、あんなデータ出しても大丈夫なのか?」
「え? 美神さんが教えてくれたとおりにやっただけなんですけど……」
 首をかしげるおキヌ。
「しかし、礼金の二重取りどころか三重四重五重取りっスか……何ともエゲツな……じゃなくって効率の良い仕事を目指してらっしゃいますなあ、美神所長!」
 途中から美神のスルドイ視線をぶつけられ、脂汗をたらしながら方向転換する横島。
 美神は満足げに微笑んで、
「そーでしょ、横島クン。……しっかし、今回はホントにカモネギというか、渡りに船というか……全く手がかりナシと思ってたのに、いきなり有力候補が出てきたもんね……」
 ちらりと走らせた視線の先、ホワイトボードに現在美神達が追っているものの名が記されていた。

「ナルキソス?」
「はい、逃亡したナルキソスを祓っていただきたい、というのが今回の依頼です」
 一日さかのぼった、美神令子除霊事務所。
 美神達は、神族のエージェントであるヒャクメの訪問を受けていた。
「ナルキソス、って……何スカ?」
 横島が首をかしげて問う。
「ギリシア神話に出てくる美男子でね。誰も彼もが彼に恋しちゃうようなハンサムだったんだけど自分ではそれをハナに掛けちゃってどんどんソデにしてたのよ。そのうちに恋の女神のばちが当たって、水面に映った自分の姿に恋しちゃってそこから動けなくなった、って奴よ。ナルシシズムの語源ね」
「へえ〜、アホな奴もいたもんですなあ、罰当たりめ」
 横島の口調からは、ひとかけらの好意もうかがえなかった。
「最後には、水面を覗き込むようにうつむいた花を咲かせる水仙に生まれ変わった……ということに、なってるわ」
「そういう言い方をなさるところを見ると、伝説の続きはご存じのようですね」
 意味ありげな言い方をする美神に、ヒャクメは言った。
「伝説には巧妙に隠されていますが、実際には続きがあります。ナルキソスは水面に映った自分の姿に引き込まれるあまり水中に身を投じてしまいますが、彼は悪霊となって同じように自分の容姿に惹かれる者を水中に引きずり込むようになったんです。彼はギリシアのより上位の神によってタルタロス、つまりはあちらで言う地獄のような場所に幽閉されていたのですが……」
「さしずめアシュタロス騒ぎの混乱の余波で封印が解けちゃった、ってトコ?」
「……だって、もうとっくに実体を失った神の管轄だったものですから、みんなそんな悪霊がいたなんて事覚えてもいなかったんですよ〜」
 軽く半泣きになって、繰り言を言うヒャクメ。
「ふうん。でも、あんた達自身では追っかけられないの?」
「それが、地上に降りたところまでは追尾していたんですが、地上に降りたとたんに霊波の性質が変わってしまったらしくて見失ってしまったんです。どうやら、人間のテクノロジーと融合して新しい性質を持ったのではないかと思われるんです。これは、臨機応変に期待して美神さんに依頼した方がいいのではないか、というのが神族サイドの意向でして……」
 にんまり。これはふっかけられそう。しめしめ。
「報酬によるかしら」
 はあ〜あ。ヒャクメはため息を付いた。懐から、大粒のサファイアを取り出す。
「最上クラスのサファイアです。神界は、これと同レベルの質の物を1トン分、報酬として用意しているそうです」
「天上の道はサファイアでもって舗装されている、って言う奴ね……。うん、おっけー、つっといて!」
「……美神さん、もう神様からの依頼でもちっともたいしたことだと思ってませんね……」

「いっしょにいた女の子達は姿を消している。水中に犠牲者を引きずり込んだナルキソスの手口とまるっきり同じよ。愛子ちゃんは……妖怪の霊力で、何らかの抵抗をしたんじゃないかしら?」
「つまりこのプリクラに、例のナルシー野郎が取り憑いてるってことッスか? なんかずいぶんイメージ違いますけど」
「外面は変わって見えるけど、本質はいっしょだわ。現代テクノロジーと結びついて、新しい性質を持つようになったって、ヒャクメも言ってたでしょ? 本質見抜かないと弱点はつかめないわよ、そういう眼がホントに使えるGSの条件なんだから」
 “使えるGS”としての自負も露わに、美神はウインクしてみせた。
「それに、私たちにはアドバイザーもいるものね。」
 そう言って突然、虚空に向かって呼びかけた。
「この一件、確かにナルキソスよね、“エイコー”?」
 すると、不思議な反響があった。切れかかった無線のように途切れた反響。
 ソレは、こんな風に聞こえた。
(*****確かにナルキソスよ*********)
 にんまりと、美神に会心の笑みが浮かぶ。
 虚空からの声。その正体は何なのか。

「おそらくはナルキソスが目覚めた副産物なんでしょうけれど、こういう者も復活してまして……」
 と言って、ヒャクメは虚空に呼びかけた。
「“エイコー”、そこにいますか?」
(“エイコー”****います**)
「“エイコー”って、あのエイコー?」
 怪奇現象に目を丸くするばかりの横島とおキヌをよそに、美神は冷静だった。
 ヒャクメも黙ってうなずく。
「……エイコーってのはね、ナルキソスに惚れちゃったニンフ、つまりは森の妖精みたいなもんなんだけど、恥ずかしがり屋が過ぎて自分からは話しかけることが出来なかったの。人に問われたら答えることは出来たんだけどね。その果てに、自分の姿がなくなっちゃって人の言葉を返すだけの存在になったのよ」
 美神が説明すると、おキヌはあっと閃いた。
「そう言えば、『こだま』のことをエコーって言います! がっこうで習いました!」
「そう、ソレの語源よ。どっちかっていうと『反響』の方が近いんだけどね」
 といいながら、横島のほうをニヤニヤしながら見遣る美神。一学年上のくせに、分かんなかったのか、といいたげだ。
「この“エイコー”は自分で言葉を発することは出来ないけど、何を反射させるか選ぶことは出来るみたいです。語りかける言葉の中に、彼女が利用できる要素を織り込んで話しかけてあげれば十分意志の疎通は可能なはずです。ナルキソスとは因縁浅からぬ仲ですから、きっとお役に立つと思うんですが……」
 そう言って、ヒャクメが姿を消したあとも、話しかければ“エイコー”はその反響のみの存在を明らかにしてくれた。
 純粋に反響のみの存在。何度となく珍客を迎えてきた美神令子除霊事務所にとっても、これはとびきりの変わり種だった。

「さて、整理してみましょうか」
 校長を送り出したあと、しばらく資料庫に籠もっていた美神がそう宣言した。敵の正体が分かっている場合、こういう下調べを美神はしばしば行う。最高に効果的な戦略を見つけだす手間を、彼女は惜しまない。
「そもそも、人間は自分にそっくりに作ったものに自分のカルマを背負わせて身代わりにしていたわ。雛人形がこれね」
 事務所の巨大な机に陣取って、美神は話し始めた。豊かな髪に指を差し入れ、両肘で頬杖を付いたまま。
 横島もおキヌもそれを聞いていた。こういうとき、美神は二人への講義をかねて魔物の特徴を語り、その中で作戦を考えていくのだ。
「それから肖像画ね。“ドリアン・グレイの肖像”の例もあるように、ドッペルゲンガーへの本能的な恐怖が肖像画を畏るべきものと人間に感じ取らせたのかも知れない……。そして、肖像を描かせる人の自己顕示欲、それこそナルシシズムも生まれてきた……。そして写真よ。写真が初めて現れたとき、人はひどく写真を怖れたわ」
「あ、写真を撮られると魂を抜かれる、とかってハナシっスか?」
 ピンとこない顔のおキヌに対して、横島は得心がいったらしい。
「そう、ソレよ。そして人間が写真に馴れてくると、この話は少し変わってきたわ……“並んで写真に写るとき、真ん中に来ている人の魂が抜かれる”ってね。写真機そのもの、写真に写ることそのものへの恐怖から、写真の中心にいる者=その場の主人公への嫉妬が魔の力の根源になったのよ。そしてプリクラ。」
 ニヤリと笑って、背筋を伸ばした美神。
「女子高生が手帳に山ほど友だちと撮ったプリクラ貼ってるけど、あの写ってる友だちのことみんな覚えてる子っているかしら? アレは友だちを撮ってるんじゃない、自分自身が写っているところが見たいだけ、なんじゃないかしら。 こんなにたくさんの友だちに囲まれた自分、とかね。誰も彼もが自分が写ってるところだけを見ているなんて、なかなか寒々しいハナシよねえ〜。そんな歪んだ人間の情念って、新しい妖怪を生み出すのに十分な力をもう持ってるはずよ」
「何つーか……、いろいろとどろどろしたハナシになるんスねぇ……」
 いささか気圧されたのか、歯切れの悪い横島。おキヌはなぜか、黙ってうつむいてしまった。
「プリクラって、カメラとは違って自分で自分の顔を見て写すものよ。原理は違っても、行動の型としては凄く鏡に似てる……。カメラなんかよりずっと、水面に自分の顔を映していたナルキソスにとっては親和性のあるモノだと思うわ。この“ぷりくら・なるきそす”、古今東西の鏡や写真にまつわる魔物の融合体だと思っていいでしょうね……」
 さて、どうしてやりましょうか。といった顔の美神。
「どうしたの、おキヌちゃん」
 横島の声に、おキヌは黙って小さな手帳を懐から取り出した。六道女学院の生徒手帳だ。
 表紙をめくってみせると、ビニールカバーの折り返しの部分に2枚のプリクラシールが貼ってあった。
 一枚は六道女学院の親友、一文字魔理と弓かおりと撮ったもの。まだこの機械に馴れていないのか、硬い表情のおキヌを取り巻いて二人は明るく笑っている。
 もう一枚はおキヌとシロ、タマモで撮ったもの。可愛らしくデォルメされた子犬と子狐のフレームで飾られている。こちらは自然な笑顔を浮かべているおキヌと、いつも通り元気いっぱいのシロ、そして機械自体が珍しいのか画面をのぞき込むような表情のタマモが並んで写っていた。
「あ……」
 言葉を失う横島。
「わたし……このシールを撮ったときのこと、今でもはっきり覚えています。魔理さんや弓さん、シロちゃんにタマモちゃん、みんなといっしょにいられるのがうれしくて、そんな時間があったことを何かの形で取っておきたかったんです……みんな、そういうもんなんじゃないんでしょうか……」
 ぱたん、と手帳を閉じて仕舞い込んでしまうおキヌ。
「あ、あのねおキヌちゃん、何も美神さんが言ったような人ばっかりじゃなくってね……」
「あたし……顔を洗ってきます」
 しょんぼりと、オフィスのドアを開いて出ていくおキヌ。
「美神さ〜ん」
 弱り果てた顔を向ける横島。
 美神も口をへの字に曲げている。言い過ぎたことを後悔してるけど、素直にそうとは認めたくないのだ。
「しょうがないじゃないの、おキヌちゃんみたいないいコなんてそうそういないんだから……」

 洗面台。
 ばさばさばさと、乱暴に洗顔するおキヌ。若い肌が水を弾いていく。
「はああ……」
 揺れる水面を見下ろして、ため息を付くおキヌ。乱れた水面は、彼女の顔を映さない。
 洗顔料を手に取ろうと、髪を掻き上げながら顔を上げた。
 そして、軽く飛び上がりそうになった。
 目の前の大きな鏡。そこにあるはずの自分の姿が、無い。
 その代わり、自分の輪郭の一部が写っている。何とか、少女の姿ではないかと推察できる、といった程度だが。ただ、長い黒髪だけははっきりと写っていた。
 あっけにとられていたおキヌは、顎先に伝わる雫の感触にやっと我に返った。
「あ、あのっ、ひょっとして“エイコー”さんですか?」
(************“エイコー”**です**)
 そうか。今度はおキヌにも納得がいった。“エイコー”は反響、反射でしかない存在だが、どの部分を反射するかは選ぶことが出来る(今おキヌの言葉の一部を使って返答したように)。鏡の像も反射だから、鏡に映ったおキヌの像のうちとうの昔に消え去った自分の容姿に近い部分を使って、自分の姿を映し出そうとしたのだろう。(わたしと同じ、黒髪のひとだったんだな)と、おキヌは思った。
「え、えっとお、申し訳ないんですけどあたしの顔を映してもらえませんか? 顔洗う間だけでいいんですけど」
 すうっと、鏡の像はおキヌの姿に戻る。
 おキヌは手早く洗顔料を使うと、ぱしゃぱしゃ顔をすすいだ。タオルで顔を拭いて、鏡に映った顔を確かめてそれからブラシを使った。
 それからタオルとブラシを持ったまま洗面所からぱたぱたと飛び出した。
「み、美神さ〜ん!!」

「なるほど……これは使えるわね」
 美神も姿見を覗き込んでいる。写っているのは先ほどおキヌが見たソレとはだいぶ違うが、やはり輪郭の一部のみが写った像である。“エイコー”が今度は美神の像の一部を使って、自分の姿に近いところを抜き出して写しているのだ。
「横島クン、こんなオモチャ見たことない? プラスチックの板に溝が入っていて、その溝に沿って鉛筆で線を書くの。そういう板が何枚か組み合わされていて、その線を重ねていくと最後に絵になる奴よ」
「あーわかりますよソレ。おれウルト○マンのやつもってました」
 小首をかしげるおキヌに対して、横島の方は敏感に反応した。
「駄菓子屋で売ってたんっスよ」
「そーゆー細かいことはどーでもいーんだけどね」
 赤い髪を掻き上げながら、そういう美神。
「これですっかり勝算が立ったわ。さ、ナルキソスを極楽に行かせてやりましょう!」


「ふふっ、なにしろ捜索の必要もないもんだから楽なもんだわ」
 うそぶく美神。
 問題のゲームセンターの前である。
 深夜3時過ぎ。さすがに人がはけたところでゲーセンのオーナーにいくらかつかませて閉店させた。
「しかしまた遅い時間ですなあ」
 ぼやく横島。おキヌも目をこすっている。学生には辛い時間だ。
「昼間にやっても良かったんじゃないスか〜」
「バカね、昼間に捕り物なんかやったらここに迷惑になるでしょ」
「あ、なるほど……他人の迷惑考えてるんですねえ」
「それに、一日の間にさらわれる子が増えてくれれば礼金を請求する相手も増えるでしょ」
 鬼だ……横島とおキヌの間に何とも言えぬ空気が広がる。
「“エイコー”、いるわね?」
 そんな二人に取り合わずに仕切る美神。
(“エイコー”*いるわ**)
「よし、この作戦はあんたも含めて全員が必要なんだからね。ついてくるのよ」
 扉を押し開ける。戦場への扉を。

「あれね」
 あらかじめ、店員から愛子の机が発見されたプリクラの位置は聞いていた。
 プリクラ筐体ばかりが10台ほど立ち並んだ一角。ソレはなんの変哲もないおなじみのマシンに見えた。特徴らしいのは、掛け布や筐体に黄色いらっぱ水仙の意匠が使われていることぐらいだ。
 そして、その筐体だけに動力が入り、闇の中に浮かび上がって見えた。
「おキヌちゃん」
「……ブレーカー見てきました。やっぱり全部落ちてます」
「あはは、なンかそれなりにホラーな感じッスね〜」
 うわずった声で言う横島。
「行くわよ」
 といいながら、おキヌを振り返って精霊石を握らせる美神。
「これを持ちなさい。霊力をこれから補給して貰って、それから心を乱さなければあいつには抵抗が効くはずよ」

「むっ、こ、これは……」
 画面を覗き込んでいる横島。
「裸のネーチャンフレームぅうううっ!!」
「何をしとるかこのバカたれ!!」
 猛烈なスライディングキックを見舞う美神。隣の筐体にめり込む横島。
「あんたは覗き込まないでいいのよっ! 大体あんたの出番は最後の仕上げなんだからね!!」
「へ、へい……」
 流血しながらも何とか答える横島。
「み、美神さん、これおかしいですよ……私には水仙のフレームに見えるのに……」
 直視しないように気を付けながらおキヌが言う。
 美神もそっと覗き込んでみると、
「うっ……!」
 と言うなりあとじさった。
「な、なるほど……さすがは“鏡”ってわけか……これは強敵だわ」
 ぷるぷると頭を振って、雑念を払った。
「ヨシ、始めるわよ! 横島クン、文珠一個用意!」

(ううう、六根清浄六根清浄六根清浄……)
 柄にもないことを口の中で唱える美神。真正面からプリクラ画面を見つめている。
 フレームは……
 現ナマフレーム。金銀財宝フレーム。宝石フレーム。その他諸々。
 心乱されそうなモチーフが襲い来る。
 ただでさえ、ナルシストの気のある美神である。写真に写るなんか大好きなのだ。
 ただひたすら、手のひらの中の精霊石の感触と、サファイア1トンの夢にすがった。
 そして、画面上の美神の像から、“エイコー”の輪郭が取り出され、画面上に固定される。
「ぷはあっ!」
 それを確認して、飛び退く美神。勢い余ってリノリウムの床にはいつくばる。
「次、おキヌちゃん!慎重にね!」
「はい!」
 “ぷりくら・なるきそす”の前に進み出るおキヌ。真っ直ぐに画面を見つめる。
 おキヌの眼には、フレームはらっぱ水仙のように見える。
 おキヌはただ、心静かに画面を見つめるよう努めた。
 ただナルキソスと“エイコー”の哀しい物語を想った。
 美神と横島と“エイコー”と、一緒に過ごした時間がここにあったことを想った。
 写真に写った人の心を思って、泣いた日があったことを想った。
 まだ平凡な村娘だった子供の頃。長い長い幽霊としての300年。そして生き返ってからの楽しい毎日。そんな時間の中の一瞬がここにあるのだと、想った。
 彼女の心は、揺るがない。
 凛とした風情で画面の中の自分を見つめ返していた。
 そんな彼女の像から、“エイコー”が自分の輪郭を取りだしていく。
 その輪郭と、美神から取り出された輪郭が重なり合い、ひとつになる!
「“エイコー”! まだなの!?」
 美神が叫ぶ。
(“エイコー”**まだ**!*)
「げげっ!」
 美神とおキヌの像から取り出した“エイコー”の輪郭要素を合成して、ナルキソスの前に“エイコー”の姿を造り出せば、必ずナルキソスには勝てる。それが美神の作戦だったのだが……
「あたしとおキヌちゃんじゃあ“エイコー”の像を再現するのには不足だったって言うの?そ、そんな……どうしよ〜」
「計算が足らんぞ計算が〜!! アンタいっつもそうや!」
 泣きながら怒鳴る横島。
「おキヌちゃんが!」
 無視して言う美神。おキヌの表情には乱れがなかったが、彼女の身体を取り巻くように紫の霊波のスパークが発生し始めており、何かのきっかけでナルキソスの力が勝利してもおかしくないように見えた。

 そのとき。
「あいこさん!?」
(*いこ**!?)
 おキヌの綺麗な声と、“エイコー”の反響が重なった。
 慌てて身を起こす美神。
「まさか!?」
 脇から美神が覗き込むと、そこにはおキヌと同じように長い黒髪の少女−だが全くちがう別の少女−机の愛子の顔が映っていた。
「“エイコー”!」
 高く叫んだ美神!
 愛子の像からも、輪郭が取り出されて前の二つと重なり合った!
 轟!
 明らかに、新たな霊的存在がそこに現れたことを表す強力な霊圧が噴き出した!
 いける!
「おキヌちゃん!」
 おキヌを抱きかかえて再び飛び退く美神。
「横島クン、文珠!」
 満を持して筐体の前に立つ横島。その手に輝く文珠は……
『“鏡”』!
 横島の前に魔法の鏡が現れる。新雪よりも光を反射し、霊力・魔力も全てはねかえす鏡。
 それは“ぷりくら・なるきそす”との間に合わせ鏡を形成した。無限に重なる鏡像の中で、増殖していく“エコー”の黒髪。
「が、ががががが……」
 突然、のたうつような動きを見せた“ぷりくら・なるきそす”の筐体。
 常に自分の姿だけを見ているものばかりを相手にしてきたナルキソス。それに対して、常に“反響”としてあるものであり、他者に存在を依存している“エイコー”という全く行動原理が異なる者を受け入れさせられ、しかもその力が体内で無限増殖していったのだ。そして、悪霊となる前のナルキソスがずっと顧みないでいたエイコーの姿が、逃れられない形で迫ってくる。
 そして、次の瞬間。
 ガシャーン!!!
 まるでガラス細工だったかのような響きの音を立てて、筐体が四散した!
「伏せて!」
 叫びながらおキヌをかばう美神。爆風に“鏡”も同時に砕け、横島はそれを捨てて床にはいつくばった。
 
 爆風が収まったのを確かめて、美神は顔を上げた。
 そこには、辺り一面に散らばった筐体のかけら……その裏側は、まるで鏡のようになっていた……と、山積みになって気を失っている女子高生達。そして……
 呆然とした顔で立っている、机の愛子がいた。
 すっと立ち上がって、おキヌは横島の荷物のほうに行った。いつものリュックの上に無理矢理くくりつけられていたのは、愛子の机。よいしょ、と持ち上げてから愛子の前に置いてやった。
 にこっ、と微笑みかけると……愛子はそっと微笑み返し、それから気力が抜けたようにへなへなと机にもたれかかった。
 一方美神は、“ぷりくら・なるきそす”の霊波が完全に消えているのを確かめてから見えざる協力者に声を掛けた。
「“エイコー”! “エイコー”どこにいるの!」
 答えはない。
(そっか……何千年も想い続けた相手にやっと見てもらえたんだもんね……極楽へ行っちゃった、か……)
 まあ、ナルキソスの方はうれしいかどうか分かんないけど、あたしとおキヌちゃんと愛子ちゃんのミックスを振るなんて、罰が当たるのも当然よ。
「なんてね♪」
 深夜の疲れに、のびをする美神。
 それから……

「じょしこーせー!じょしこーせー山盛りー!!」
「やめんか大バカタレ!!!」
 
 げしっ


 後日。
 美神はどうやらヒャクメからも被害者達からも思い通りの謝礼をせしめたようでホクホク顔であった。
 
 おキヌは、弓や魔理には断ってから、学校の帰り道を外れて横島の学校に寄った。
 愛子から、見せたい物があるといわれていたからだ。

「これ。私の宝物だったものよ」
 愛子の、たったひとつのプライベートスペース。教室の後ろに並ぶ、小さなロッカー。そこに仕舞われていたもの。
「これって……?」
 それは、いろいろな学校の、様々な年度の、卒業アルバム。
 ぱらぱらとめくって、はっと気が付いた。
 カラー、白黒、セピア色。鮮やかなもの、古びてしみが出来たもの。
 全てのクラスの集合写真。その右上端に。
 小さな囲み写真で、愛子の顔があった。
「……うふふ、バカよねえ。こんなことで、みんなの仲間にはいれたような気になってたんだから」
 恥ずかしそうな、寂しそうな。そんな微笑み。
 どんな言葉を掛けていいか分からなくて、押し黙ってしまうおキヌ。
「で、これが今の宝物!」
 今度はほんとうに、満面の笑みを浮かべて、出してくれたのはまるまる太ったシステム手帳。
 それをめくるとびっしりと、びっしりとたくさんの顔・顔・顔。
 安っぽい、でも華やかな色合いのフレームに囲まれた愛子と、その友だち達。
 なんの裏もない、ほんとうに今という時間を共有できるという喜びを分かち合っている、笑顔。
(……そっか、愛子さんが完全には吸い込まれずに、あのプリクラの中にいても自分を保てたのは……)
 誰よりも、こんな一瞬をホントに好きだったからなんだ。
 自分のことだけじゃない、みんなと一緒の時間がホントに好きだったからなんだ。
「あのね、おキヌちゃん……あんな事件のあった後に、こんな事を言うのはすっごくナンなんだけど……」
 おキヌを見つめて、恥ずかしそうに微笑む愛子。
「あたしと一緒に、プリクラ撮らない?」
 くすっ、と晴れやかな微笑みを返す、おキヌ。
「はい、喜んで、愛子ちゃん!!」

 ……こうして、愛子のシステム手帳に、とびきりの友だちのとの想い出がまたひとつ、加わった。


おしまい

※この作品は、T.Nさんによる C-WWW への投稿作品です。
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