僕の夏休み

著者:うめ


子供の頃あれほど楽しかった夏も、今では暑さにまいるだけの季節となってしまった。
銀一は、そんなことを考えながらホテルの一室から外を眺めていた。
空調のおかげで室内は快適な温度であったが、窓から入り込む夏の日差しは
うだるような外気を嫌でも想像させる。
「そろそろインタビューを始めたいのですが、よろしいでしょうか。」
某映画雑誌の記者が、テープレコーダのスイッチをいれた。
「あ、はい。」銀一は窓から離れ、記者と同じテーブルに付く。
「いやー感動でした。ホワイト・ハード。」
記者は、銀一の主演映画のタイトルを口にした。
ホワイト・ハード:制作費100億円、雪山を舞台に展開する、
テロリストと銀一扮する主人公の戦いを描いたアクション巨編であり、
封切り初日の観客動員数で、前主演作「踊るGS」を上回った、
夏のロードショーの目玉映画であった。
「ありがとうございます。夏に雪山の映画っていうのもなんなんですが・・・・・」
銀一は軽く謙遜するが、この作品にかける意気込みは半端ではなかった。
氷点下30度の世界での吹き替え無しのアクションは、正直二度とやりたくはない。
それだけにこの映画には絶対の自信があった。
「極限状態での、友情、勇気、行動力、映画化不可能とされていた原作を、見事演じきりましたね。」
試写会での興奮を思い出したのか、記者はさらに語る。
どの雑誌社もするような当たり障りのない質問が10分ほど続いた。
銀一も同じような答えを返していく。
インタビューも終わりに近づき、
「もはや、日本を代表する二枚目俳優となられた近畿剛一さんですが、
今後どういった活動を考えていますか。」
記者は密かに噂される次回作、「踊るGS2」の情報を得ようと
遠回しに質問したのであったが、返ってきたのは予想外の答えだった。
銀一は「もっと男前になりたいんです。そのための活動が出来ればと・・・・」
といったのだった。記者は面食らい、
「2年連続で、男性・女性ともに好感度No1の指示を受けているあなたの台詞とも思えませんが・・・・・・」
と、多少非難のニュアンスを込めて言う。謙遜も過ぎれば嫌みとなる。
銀一は苦笑しながら
「幼なじみに、すごいヤツがいるんです。普段は大したヤツには見えないのに、
いざというときにはすごい力を発揮して・・・・・
おいしいところ一人でかっさらってくんですよソイツは。」
ここまで言ってから銀一は、
「あ、今のオフレコにしてくれませんか、あいつが読んだら調子に乗りそうなんで。」
と、照れくさそうにいった。
「そのかわり、僕とそいつのガキの頃の話をしますよ。映画とは全く関係ないですけど・・・」
銀一は懐かしそうに窓の外に視線を移した。窓からは入道雲が見えた。
「あれは、僕が転校する年の夏休み、小学校のサマーキャンプに行ったときのことです・・・」
銀一は昔を思い出しながら話を続けた。


森の中を3人の子供が歩いていた。
「横っち、ホントにこれでカブトやクワガタがとれるのか?」
銀一は半信半疑で、クヌギの木に横島特製の蜜を塗りつける。
「オヤジから教わったんだ。こうして夜にもう一度見に来れば、カブトやクワガタがたくさん集まってるって。」
横島も自分の手に持った蜜を木に塗りつける。
「お前の親父さん、こういう遊び詳しいからなぁ。」
銀一は納得したように、作業を続けた。
父親の教育のおかげか横島は、昔ながらの子供の遊びをいくつも知っていた。
父親から教えられる知識のほとんどが、子供の暮らしに役立つものであった。
たまに、スカートめくりなど余計な知識を与えられることもあったが、
そんなときは母親がだまってはいない。
横島少年は、このような環境で育っていた。
横島の世代で竹とんぼを作れる子供はごく少数であろう。
低学年からカッターやナイフで工作をしていたおかげか横島は人一倍手先が器用であり、ミニ四駆の世界では有名人であった。
TVゲームも仲間うちで一番であった。
早い話が遊びの天才だったわけである。
「夜また来るなんて、先生に怒られるわよ。」
だまって後を付いていた3人目、夏子が二人をとがめる。
「だからバレないように銀ちゃんと2人で来たのに、勝手に付いてくるんだもんな。」
横島は不平を口にしたが、気になる子に憎まれ口を利いてしまう小学生特有の愛情表現だった。
「横島一人だったら付いてこないわよ。」
夏子が横島に言い返す。さらに続けて。
「だいたい、銀ちゃんが自由行動中に森の中に行ったって、他の女子に言ってほしかった?
クラスの女子全員ついてきちゃうわよ。私が付いてきたのは、同じ班の私が残ってたら、
みんなから銀ちゃんどこ?って質問責めに合うと思ったからなの。
横島だけだったら、こんな苦労はしないんだけどね。」
と、一気にまくし立てた。夏子は小学生でしかも女子だった。
「うっ、」横島は何も言い返せない、この年頃の女の子に口げんかで勝てるわけはなかった。
「ドチクショー」横島はヤケになって辺りの木に蜜を塗りまくった。
その間、銀一は知らん顔で蜜をぬっている。
この手の会話は、年中行事となっていた。
「もうかなり歩いたよな。」
そろそろ少なくなってきた蜜をかき集めながら、銀一が話題を変える。
3人は、森に点在するクヌギの木に蜜を塗りながら歩いて来たのだった。
「だいぶ、奥まで入って来ちゃったかな。でも、集合時間までまだ大分あると思うけど。」
横島は来た方向を振り返って言った。
今日泊まる予定のキャンプ場は、河原近くにあった。
横島達は川を越え、対岸の森の中へ入っていったのだった。
「もう少し奥まで行ってみない?なんか水の音するし。」
蜜の空き瓶をリュックにしまうと、横島はさらに森の奥に入っていった。
後を付いてゆく夏子の歩き方がぎこちないのに、横島も銀一も気が付かなかった。

5分ほど歩いた所に沢があった。
「あそこで休憩してから帰ろう。」
横島はそう言うと沢への斜面を下ってゆく。
横島と銀一が沢に降りたとき、夏子はまだ斜面の途中にいた。
Tシャツに半ズボンの横島と銀一に対して、夏子は白いワンピースを着ている。
履いているのは、今日のために買った少しヒールの付いている靴。
靴擦れで痛む足と、裾の汚れを気にしながら斜面を降りるのは大変だった。
下まであと、2,3メートルの所で夏子は足を滑らす。
「(落ちる)」夏子はとっさに辺りに手をのばし体を支えようとする。
その手が左右からつかまれ、夏子は滑り落ちずにすんだ。
助けに来てくれた横島と銀一が左右から支えてくれていたのだった。
「大体キャンプにそんな服で来るのが間違ってるんだよ。」
二人に助けられながら、ようやく沢に降りた夏子に横島が言った。
横島はいつもの軽口のつもりだった。
夏子は自分の姿を見下ろす。滑ったときのであろうドロ汚れが裾に付いていた。
靴擦れのかかとからは多少血がにじんでいる。
自分の服装がキャンプに適していないことぐらい夏子にも判っている。
だが、年頃の少女は何処に行くかではなく、誰がいるかで服を選ぶ。
夏子はもうそういう年頃だった。少女は少年より先に大人になる。
夏子は急に悲しくなり泣き出してしまった。
「あっ、別にその服が悪いんじゃなくって、その・・・・・」
横島は急に泣き出した夏子に慌て、銀一に助けを求めたが、
銀一の方も似たようなものだった。女の涙に慌てない男はいない。
「そうだ、沢の水で洗えば落ちるかも、ね、そうしてみよう。」
横島と銀一は夏子を促し、靴を脱いで沢の水に入っていく。
夏子はしばらく無言で裾のドロ汚れを洗っていた。涙はもう止まっている。
最初は心配そうに、その様子を見守っていた横島と銀一であったが、
二人とも途中から別なものに目を奪われていた。
前にかがんだワンピースの胸元から、膨らみかけの胸が見えていた。
横島と銀一は、初めて感じる息苦しさに視線を離すことが出来ずただ呆然と立ちつくしていた。

裾の汚れを洗っているうちに、夏子の気持ちは落ち着いてきていた。
靴を脱ぐことによって、靴擦れの痛みも和らいできたし、
何より水の冷たさがありがたかった。
足から伝わる水の冷たさは心地よく、さっきまでの悲しい気持ちを洗い流してくれる気がした。
このワンピースはサマーキャンプ用に夏子が選んだものだった。
そろいで買った靴も夏子が選んだ。
選ぶ時に考えたことは、横島はこれを見てなんと言ってくれるかだった。
かわいいでも、似合うでもなんでもい、一言感想がほしかった。
銀一は来る途中のバスの中で似合うと言ってくれたが、肝心の横島はお菓子をかけたトランプに夢中で気づきもしなかった。
この辺が銀一のもてる理由だと夏子は思う。
だが、先ほどの斜面で横島が一瞬早く自分を支えてくれたことに夏代は気づいている。いざと言うときに頼りになる横島を夏子は知っていた。
「(そもそも、さっきの斜面も昔ならもっと楽に降りられた)」
昔ならば手助けなどいらなかったと夏子は思った。
夏子は二人に腕相撲で勝ったこともあったのだ。
「(二人とどんどん変わって行っちゃう。そのうち一緒に遊ぶことも無くなるのかも。)」
夏子は一抹の寂しさをおぼえ、前に立っている二人をみる。
目の前の二人は慌てて視線をずらし横を向いた。二人とも顔が赤かった。
夏子は、自分の悩みの原因となっている二人の挙動不審さになぜか腹が立ち、
両手で思い切り水をかける。
横島と銀一はイタズラがばれた子供のように逃げ出した。
夏子はその様子がおかしかったのか、「私の服が乾いたら帰るからね。」
笑いながらこういって水の中から出ていった。
「あービックリした。」
銀一と一緒に岩陰に逃げ込んだ横島が、夏子の様子をうかがいながら話し出す。
「バレたかと思った。銀ちゃんも見てたんだろ。」
「ああ、俺もまだ心臓がドキドキいってるよ。」
二人は親友だった、変なカッコつけや隠し事はしない。
「変だよな、体育の時間一緒に着替えているときは気にならなかったのに。」
横島が不思議そうにつぶやいた。
「これから気になっちゃいそうだけどな。」
銀一が付け加える。
二人とも、異性を意識しはじめる時期に来ていた。
子供で過ごすことの出来る最後の夏、
山頂に雷雲が発生していることを3人はまだ知らなかった。

服が乾くまでにはかなり時間がかかった。
集合時間が心配になり、3人は帰り支度をはじめる。
夏子の足には、横島がリュックから取り出したバンドエイドが貼ってあった。
帰り道は、夏子の足と服を気遣ってもっと緩やかな斜面を探すことにする。
3人は沢づたいに歩き出した。
ポッ、ポッ、ポッ、ザー
歩き出して5分ぐらいたった頃に雨が降り始めた。
「まずいな。」横島はこういうとリュックから雨合羽を取り出し夏子にわたす。
「こういうときは、増水と地滑りが怖いんだって。急いでここを離れないと。」
横島は銀一にリュックを渡すと、雨合羽を着ている夏子におぶさるよう言った。
少し抵抗を見せた夏子だったが黙って横島におぶさる。
「横っち、疲れたらいつでも変わるからな。」
内心(おいしいとこ持ってきやがって)と、銀一が声をかけリュックをせおう。
「うっわー、なんだこのリュック、めちゃめちゃ重いじゃないか。中身何なんだよ。」
銀一は悲鳴に近い声をあげた。
横島のリュックには様々なものが入っていた。
雨合羽、救急BOX、レジャーシート、つり道具、花火、ライター、
懐中電灯、工作ナイフ、おかし、挙げ句の果てにはミニ四駆まで、
実用的なものからおもちゃに至る様々なものが詰め込まれていた。
小学生の頃から横島は大荷物を背負っていたのである。
銀一の声は横島の耳に届いていなかった。
横島の意識は背中に集中していた。先ほどの光景が思い出される。
横島は比較的緩やかな傾斜を見つけると、力強く登っていった。
煩悩パワーの胎動だった。
斜面を登り切り振り返ると、さっきまで休んでいたところにまで水が上がってきていた。
山頂にはだいぶ前から雨が降っていたらしい。雨足はますます激しくなり雷を伴っていた。
「(なるべく高い木の側にはいない方がいいな)」と、横島が考えていたとき、
「横島、私気持ちが悪い。」と背中の夏子がいった。
背中に感じる夏子の体温はかなり高かった。最悪の事態だった。

「横っち、夏子の具合かなり悪そうだぜ。まだ、動かない方がいいのか。」
不安そうに銀一が話しかけてくる。雨は相変わらず激しかった。
3人は、レジャー用シートと岩陰を利用して作ったシェルターの中にいた。
子供騙しだが、最低限の雨よけにはなる。
「雨のせいで視界が悪いし、滑りやすくなっていると思う。
ここの正確な場所も判らないし。」
横島も不安そうに答え、隣の夏子に視線を移す。
夏子の熱はさらに上がり、意識は朦朧としていた。
二人は夏子を挟むようにしてシェルターのなかに座っていた。
こうすれば、少なくとも横から吹き込む雨から夏子を守れる。
横島は、おやつに持ってきた飴をなめながら出来るだけ明るく言った。
「大丈夫だよ、こういう雨はすぐ止むし、待っていれば救助隊が来てくれるかも知れないし。」
横島の言いたいことは、銀一にも判っていた。
朦朧としていても夏子には意識がある。
いたずらに不安がらすのは良くない。
「(俺達が、泣き言をいってどうする。)」
銀一は自分に言い聞かせ、雨が止むのを待つことにした。

雨が止んだのは日が暮れてからだった。
さっきまでの豪雨が嘘のようだった。かすかに夕日の残る夜空には星が浮かんでいた。
日が完全に暮れるまでに、出来るだけのことをやっておこうと、
横島と銀一はたき火の材料を探しに出る。
湿り気の少ない木の皮や、小枝を集めながら横島が口を開いた。
「銀ちゃん、夏子の病気な・・・・・」
「破傷風かも知れないっていうんだろ。」
銀一は、授業でならった病名を口にした。
「横っちが夏子をおんぶしたとき、足の傷を心配してるんだと思った。
先生が、傷口に泥が付くとなるって言ってたもんな。」
授業で見せられた破傷風の症状は、かなり強い印象を二人に与えていた。
「俺、これから救助隊を呼んでくる。銀ちゃんは夏子に付いていてくれ。」
突然切り出した横島に、
「救助隊を待った方が良くないか。それとも俺と横っちで変わりばんこに夏子をおぶっていくとか。」
銀一は考え直すようにいった。単独では危険が多い。
「夏子は動かせない。救助隊も俺達がここにいると知らないだろうし、
多分増水した川の方を探していると思う。」
横島の提案は、考えた末のことであった。
「じゃあ俺が行く。」と、言う銀一に
「夏子も、銀ちゃんが近くにいる方が心強いと思うし・・・・・・大丈夫、絶対救助隊は俺がつれてくるから。」
横島はきっぱりと言い切った。
こうなった横島は誰にも止められないのを銀一はよく知っている。
銀一は仕方なく承知した。
それから、二人は作業にとりかかる。
木の皮を裂き、ナイフで木を削り、火がおきやすいようにしてから花火を利用して火を起こす。
かなり手間がかかったが、一度火が起きれば生木でも燃やすことができた。
煙が目にしみたが、気にはならない。
たき火があると、すごく安心できることが銀一には不思議だった。
銀一の隣では、横島がリュックから懐中電灯を取り出していた。
荷物は全てここに置いておくつもりだった。
懐中電灯を手に横島は出かけようとする。
「横っち、気をつけてな。」
声をかける銀一に、
「夏子に、やらしいことするなよ。」
横島はそう言って笑うと闇の中に駆け出していった。
「するかい、ボケ。」
銀一は、いつもの横島であることに安心し、
小枝をたき火に放り込んだ。


「と、僕が直接知っているのはここまでなんですけど。」
ホテルの一室、銀一が話を止める。
「すごい冒険になっちゃいましたね。」
銀一の話を聞いていた記者が感嘆の声をあげる。
「少し疑問に思ったのですが、どうして破傷風だと思ったんですか。」
記者の質問に、銀一は照れくさそうに、
「小学校で、破傷風の映画を見せられたんですよ。地味なんだけどこれが、
また怖くて・・・ウチの小学校じゃ生徒のトラウマになってましたね。」
銀一はさらに続ける。
「子供って思いこみ強いでしょう。夏子が発作を起こすかも知れないって、
そう思ったらもう不安で不安で。不安なもんだからさらに悪い方に考えちゃって。」
「なるほど。」
記者は大きくうなずいた。記者もその映画を見たことがあった。
「それで、横っちさんでしたっけ。彼はどうなったんです。」
記者は話の先が気になっていた。
「ここからの話は後になってから、横っちや、他の人から聞いたものです。
なにぶん僕はずっと山で待ってたもので。」
銀一はこういうと、続きを話し始めた。

横島は闇の中を走っていた。
手に持った懐中電灯は、頼りない明るさで足下を照らしている。
昼間もどことなく不気味さを感じさせる森の風景が、
夜になりなお一層不気味さを増していた。
木の模様が人の顔に見えたり、後ろから何かが追いかけて来るような錯覚に、
横島は走る速度を上げる。
10分ほど走って息が切れたのか、横島は走るのをやめた。
走ることによって振り切ってきた恐怖が、とたんに横島に追いつきはじめる。
横島は依然として見慣れぬ風景にいた。
圧倒的な心細さに、横島は泣きそうになったが、
夏子の顔を思い出し、弱気の虫をおいはらった。
「(夏子を早く病院に。)」
横島は怖さを紛らすため。大声で歌いながら森の中を歩き出す。
知っている歌を一通り歌い終わっても、周囲には見知らぬ風景ばかりだった。
歌い終わると訪れる静寂、折角ふるいだした勇気もあっけなく枯れ果てる。
強がっていても、横島は小学生なのだ。
耐えきれず泣きそうになったその時、目の前の木に淡い光があった。
「何だ。」横島は木に近づき、光のもとを調べる。
木の周囲で光を発していたのは蛍だった。
「何で蛍が・・・・」
横島は木の幹に、雨で薄められた蜜を見つける。
「昼間の蜜が雨で薄められて、それに蛍が寄ってきたんだ。」
横島は懐中電灯を消して周囲を見回した。
森の中に蛍の群が点在していた。
それはそのまま、横島達が歩いてきた道を示している。
「きれいだ・・・・」
横島は蛍の群を見つめてつぶやいた。恐怖はもう何処にもない。
蛍を道案内に、横島は再び走り出した。

キャンプ場近まで来ると、横島は捜索隊に発見された。
すぐに大人が集められ、横島達の情報が伝わっていく。
増水のためなかなか人が集まらなかったが、増水した川を渡って横島の所にたどり着いた大人達は、横島の話を聞くとすぐに銀一と夏子の救助へ動き出した。
横島は道案内のため再び森の中に入っていった。
再び蛍の案内で森の中を歩いてる横島、蛍の案内がとぎれてからも順調に進んでいけるハズだった。
しかし、横島は銀一達のいる方角を見失っていくことに気づく。
横島は激しく動揺した。
暗闇の恐怖を振り切るために無我夢中で走ったとき、微妙にずれた方向が銀一達の位置を見失わせていたのだ。たき火の明かりはまだ見えなかった。
「馬鹿だ、俺は。」横島は激しく自分を責めた。
「どうした坊主。」捜索隊の男が横島に声をかける。
横島は無言だった。事情を察したのか、
「落ち着いてよく思い出してみな。方向さえ判れば、すぐ見つけられるから。」
とやさしく横島の肩を叩く。
横島は必死に来た方向を思い出そうとする、その時だった。
ピュー
横島の耳はロケット花火の音を聞いた。周囲の大人達も音に気づく。
「銀ちゃんだ。」
横島と大人達は一斉に音のした方向へ走りだした。


「で、無事救助されてめでたしめでたしです。
後で、めちゃくちゃ怒られましたけど。」
銀一は話を終わらせた。
「はは、無理もないですね。しかし、近畿さんも最後でおいしいとこ持ってったじゃないですか。」
記者の言葉に、銀一は残念そうに、
「あの時、夏子のヤツは意識がなくなってましたからね。
折角の見せ場もギャラリーがいないんじゃ・・・・
もう少しで、肺炎になるとこらしかったんで無理もありませんが。」
夏子の病気はただの風邪だった。
前日から風邪気味であったのに、新しい服を見せたくって、
無理してキャンプに参加したのだった。
「その女の子は今どうしているんです。」
と、記者は質問した。
「知りません。その年のうちに転校しちゃいましたし・・・・」
銀一は、複雑な表情で言った。
「今度、うちの企画で探してみませんか。」
記者が冗談とも本気ともとれる調子でもちかける。
「勘弁して下さい。美しい思い出としてとっておきたいんで。」
銀一は笑いながら答えた。
実際、あの日の経験はみんなを少しずつ大人にしていった。
銀一は、あの日から半ズボンをはいていない。
「そろそろ、次の仕事の時間ですが・・・・・」
遠慮がちに、銀一のマネージャーが声をかける。予定の時間をだいぶ過ぎていた。
「じゃあ、そろそろまとめさせて下さい。」
記者が最後の質問に移る。
「今回の思い出話は、記事にするのはよそうと思うんです。」
スターの思い出を独り占めするのも悪くない。記者はそう考えていた。
「助かります。少ししゃべりすぎたなって思ってたんです。」
夏という季節のせいか、自分でも不思議なくらい今日の銀一は饒舌だった。
「そのかわり、・・・・・・・・・・・・・」
記者は最後の質問を口にする。
「次回作の予定、教えてくれませんか。」
銀一は少し考えてから、
「横山GSは永遠に不滅です・・・・・・・・・」
「府知事はかわっちゃいましたけどね。」
こう言って次の仕事へ向かっていった。


※この作品は、うめさんによる C-WWW への投稿作品です。
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