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『Sweet or ・・・?』

美神・創作短編[3]

著作:松楠 御堂


 

 キュッ! っと、コンクリートの床にこすりつけられたグッドイヤーが軽く鳴き、美神のコブラは、ガレージのいつもの位置にボディを震わせて止まった。
 美神は立てていたドライビングジャケットの襟を戻し、冷たい風にさらされていた頬をさすりながらシートを離れた。
「お〜、寒い寒い、早く春になんないかな〜、おはよう人工幽霊壱号!」
『おはようございます、オーナー』
 無機質ながらどこか温かみのある声に迎えられた美神は、事務所へと向かうドアを開けたとたん、漂ってきた甘い香りに気付いた。
「あら、朝からいい匂いしてるじゃない?」
『早朝より、この心地いい波動が伝わってきています』
「はは〜、おキヌちゃんが何かお菓子でも焼いてるのね?」
 美神は早速キッチンを覗いてみた。
「おはよ、おキヌちゃん!」
「あ、おはようございます、美神さんっ!」
 おキヌは水玉模様のパジャマのまま、薄黄色のエプロンをした姿でちょうどオーブンから焼き上がったスポンジケーキを取り出している所だった。
 香ばしく、ほのかに甘いバニラの香りがキッチン中に広がってゆく。
「あらー、うまく焼いたわねぇ!」
「ええ、朝から張り切っちゃいました!」
 自然、笑顔がほころぶ美神は、まだ熱いケーキをつついてみる。ほどよく弾かれる指先が、味の確かさを証明している様なものだった。
「うんっ! おいしそ〜っ! で、どうして急にケーキなんか焼いてるの?」
 おキヌは木べらを片手に、きょとんとした表情で美神に振り向いた。
「どうしてって・・・今日はバレンタインデーですよ?」
「あ? ああ、なんだ、そうか」
 美神は大仰に肩をすくめた、そして再びスポンジケーキを見やる。
「じゃ、まさかコレ・・・横島クンに?」
「ええ、そうなんです!」
 嬉しそうに笑うおキヌに、美神は苦笑する。
「まー、なんてもったいない事するのよ、あいつにはそこらの義理チョコでも充分過ぎるぐらいなのに・・・ホント、もったいないっ!」
「美神さぁん、せっかく作ってるのにぃ・・・・横島さんも色々と頑張っているんだし、たまにはこれぐらいしてあげてもいいじゃないですかぁ・・・」
 ボールの中で、バタークリームとチョコレートを混ぜる手を休めないまま、おキヌは上目使いで美神に静かに抗議する。
「ごめんごめん、ちょっと言い過ぎたわ、ま、おキヌちゃんがそうしたいってんなら、いいんじゃない? でもさ、コレってちょっと大きいんじゃない?」
 と、直径30センチはありそうなスポンジケーキに美神は片眉を上げる。
「大丈夫ですぅ、今夜三人で一緒に食べようと思って作ってますから!」
「あ、そなの」
 おキヌの屈託のない笑顔に、美神はそれ以上何も言えなかった。
 そして、嬉しそうにハミングしながら立ち回るおキヌを見守る。
「ま、このコにとっちゃ、バレンタインもイベントのひとつなのよね〜〜」
 美神はもう一度、肩をすくめた。


「あの、これ、受け取って下さいっ!」
 登校してきた途端、教室で小鳩から包みを差し出された横島は面喰らった。
「あ、ありがと、小鳩ちゃん・・・!?」
「あの・・・周りに素敵な人がいっぱいいますけど、小鳩は負けませんから」
 と、言うや、横島の前から走り去った小鳩は、教室の入り口辺りで再び振り返り、両手を胸の前に組んで小首を傾げて微笑む。
「小鳩は、負けません!」
 もう一度、そう言った小鳩は、大げさな素振りを残して去ってゆく。
「負けたらアカン! 涙は心の汗やでぇ〜〜っ!」
 小鳩の肩に乗った貧ちゃんの台詞が、ドップラー効果を伴って廊下に響いた。

「・・・なんですカイのー? ありゃ・・・」
 タイガーは、あきれた様子で小鳩を見送った。
「なんか、妙に芝居っぽかったですねぇ」
 ピートも苦笑ぎみに同意する。
『いいわね〜〜、あれこそ正しい青春なんだわ〜〜っ!』
 きらきら光る瞳であらぬ方向を見やる愛子に、横島は問いただす。
「あれ、教えたの愛子だろ〜? ったく〜、あんまり変な事教えるなよ〜」
『あら、いいじゃない可愛い後輩なんだし、それにまんざらでもないでしょ?』
「よせってば!」
『はい、じゃあコレ私から!』
 と、愛子は机の中からチョコの包みを取り出した。
「・・・今回はえらくあっさりと渡すなー、でも、ありがとう」
「横島サンはいいのー、最近モテモテ王国化しとるからのー・・・」
「小鳩ちゃん愛子ちゃん、おキヌちゃんに美神さん、本当にモテてますねぇ」
「ピート、まだそんなの分からないって、おキヌちゃんは幽霊ん時にはくれたけど、人間になってから俺って時々本気で嫌な目で見られるし・・それに美神
さんから給料以外に何か貰った事ってほとんどないぞ?」
 横島の言葉にピートは驚く。
「え〜〜、そうなんですか? 美神さんとはつきあい長いのに。でも、おキヌ
ちゃんは大丈夫でしょう?」
「そうそう、大丈夫ジャ大丈夫ジャ!」
 と、笑うタイガーの腕を横島はこづく。
「そー言うおまえの方はどうなんだよ!」
「は? 何ですカイのー?」
「とぼけるなって、魔理ちゃんとの仲だよ! おキヌちゃんから聞いてるぜ、おまえら時々会ってるんだって?」
「はぅっ、それはっ!」
 思いがけない突っ込みにうろたえるタイガー。
「僕に一服盛ってまでこぎつけた付き合いなんだから、大事にして欲しいなぁ」
「あああっ、ピートさんっ、あの事をまだ怒ってるんカイの〜〜!?」
「もう怒ってないよっ!」
「ピート、じゃあその額の血管は何だ? ま、それは置いといて、タイガー、今から真実だけを話せ、いいな?」
 横島、ピート、そして何故か愛子にまで囲まれたタイガーが、大柄な身体に似合わずうつむき加減にぽつぽつ話しはじめた。
「・・・・まぁ、時々・・・電話があるけん・・・ワシからはほとんどせんのジャけんど・・・一文字さんから買い物付き合ってくれんかって、電話がある
けん、ワシの身体大きいし、街中で人が避けて通るっちゅうて、一文字さん、歩き易いってこないだ笑っとった程度ジャけん、付き合いって程じゃ・・・」
『ああっ、青春真っ盛りよね〜〜!』
 愛子の瞳が一層輝きを増し、花しょった世界まで勝手にトリップした。
「ばかもん、そーゆーのを付き合ってるっつーんだよっ!」
 横島にこづかれたタイガーの顔が真っ赤に染まる。
「そ、そうなんカイの〜!?」
「は〜〜、なんだかんだ言ってる間にうまくやりやがって・・・って、アレ?
 時にピート、いつもなら既にチョコの山に埋もれている頃なんじゃ・・?」
 教室の内外かまわずピート宛のチョコを持った女子生徒で溢れかえっていた例年だが、今年は何故かそんな姿はなく、いつもと変わりないほぼ平和な風景
が教室内に広がっていた。
「ああ、システムが変わったからね」
 不思議がる横島に、平然と答えるピート。
「システム? なんだそりゃ?」
「正門の所、見てごらん」
 言われるがまま、窓の外を見やる横島、そしてタイガーと愛子も続く。
「何だ? ありゃ?」
 正門の脇に長机が引っぱり出されていて、登校する女子生徒が次々に群がっている。そして、門の前には宅配便のトラックが停車していた。
 
『2年のっ、ピート君宛の義理チョコの受け付けはこちらで〜〜すっ!』
『氏名住所を台帳に記入した方は、義理チョコをこの箱に入れて下さぁい!』
 二人の女子生徒が、拡声器を使って叫んでいるその後ろで、チョコの包みを目一杯詰めたダンボール箱を、業者が次々にトラックへと積み込んでゆく。

「あーあ、大っきな声で『義理チョコ義理チョコ』って叫んじゃってるぜ」
「なんか、壮絶ジャのー」
「今年から、僕宛の分は全てああやって処理してくれるんだそうだ」
「ピート、あれ全部食うのか?」
 呆れ返ってその様子を見ている横島がつぶやいた。
「まさか! あれは教会に届くんだけど、ほとんどは僕と唐巣さんがボランティアで行く施設に配って廻るんだよ、子供たちが喜んでくれるでね。もちろん
女の子たちもそれは知っているから、包みの中に手紙とかは入れないんだ」
「なるほどー、うまく出来てるっつーか、なんつーか・・・」
「ははは、まぁ、心の持ち様だからね、ははは」
「なんか、ピートさんは意外と不幸なんジャあ・・・?」
「タイガー、それは言うな」
「はははははははははははははははははははははははは」
『あ、なんか笑いが乾いてる』
 うつろに笑うピートにタイガーはあわてて取り繕う。
「あ、でも、ピートさんにはエミさんが『とびっきりの』を用意しとるって、こないだ嬉しそうにしとったけんっ!」
「・・・タイガー、それフォローになんないぜ」
「・・・エミさんかぁ・・・あのヒトのも何か一服盛ってそーなんだよな」


 (「ほーっほっほっほっ! エミ謹製『超強力ホレ薬入りハートチョコ』
 は効力バツグンってワケ! ピートォ〜〜、待っててねぇ〜〜ん!」)


「うわっ!」
「どうした? ピート?」
「・・・なんか今、背中に悪寒が走った・・・」
「・・・色々と大変そうだな」




「珍しいじゃない、おキヌちゃんがパンだけでお昼すますなんて」
「え? そうかな?」
 六道女学院・1年B組の教室は、昼休みのざわめきに包まれていた。
 おキヌと魔理も、お昼をすませた後、売店で買ってきたパックの牛乳を手にしながらお喋りに花を咲かせていた。
「だってほら、おキヌちゃんっていつもお弁当持ってくるじゃない? それもちゃんと自分で作った奴を・・・あ、さては寝坊したな?」
 ウインクして笑う魔理に、おキヌは頬をふくらます。
「ちが〜う! 朝からケーキ作ってたんで、お弁当作れなかっただけ!」
「ケーキ!? バレンタインの? さすがだねー!」
「一文字さんは、何か用意しないの?」
 何気なく聞くおキヌに、魔理は頭をかく。
「チャラチャラした事は、どーも苦手なんだよなー」
「あら、あなた、あのタイガーにはあげないの?」
 突然、おキヌと魔理の間に、かおりが割って入ってきた。
「なんだよ弓、急に割り込んでくるなよっ!」
 むっとする魔理に、かおりは意味深に笑っただけだった。
「あらあら、別にいいじゃない? そうそうトボけても無駄よ、一文字さん! あなたこの間の日曜、池袋の西武でタイガーと一緒に歩いてたわよね?」
「ん? ああ、そうだけど? なんだよ、見てたのかよ〜〜」
 あっさり認めた魔理に、かおりは少し拍子抜けた。
「あ、あらそう、認めるのね・・・で、あれってデートなんでしょ?」
「ぶっ! なんでそーなるっ!!」
 あわてふためく魔理にかおりはきっぱり言ってのける。
「それが物事の道理なのよっ! ほほほっ!」
「んなろ〜〜、勝手に話を拡げるなぁっ!」
「ま、まあまあ、一文字さんも弓さんも落ち着いて下さいよ」
 二人の間に挟まれたおキヌが、とりあえず場を静めようとする。
「あん時はなぁ、おキヌちゃんを買い物に誘おうとしたら、仕事だっつーし、仕方なくあいつに電話したらヒマだっつーから、ちょっと付き合って貰っただけなんだよっ! なっ、おキヌちゃん!」
「そうなの!? 氷室さんっ!」
「へ!? う、うん!?」
 魔理とかおりの気迫に押されたおキヌが、思わずたじろぐ。
「でも、二人だけで会っていたのには変わりないんでしょ?」
「う、まぁ、そう・・・なるナ・・・」
 かおりの突っ込みに、魔理は語尾をごまかす。
「ま、まぁ二人とも、みんなお友達なんですから・・・」
 たしなめるおキヌに、かおりはため息をつく。
「はぁ・・・あなたはいいわよねぇ、ちゃんと相手がいて・・・」
「えっ!?」
「ほら、あいつだよ、横島!」
 かおりと魔理のうらやましそうな視線に、おキヌは両手を振ってあわてる。
「ええっええっ! わ、私と横島さんもお友達ですよ〜!」
「ごーまーかーすーなっ! 前も言ってたじゃないか『大切な友達』だって!」
「『大切な』から『大事な』になって『特別な』になるのもスグよ、スグ!」
「そんな事・・・まだ考えてないよ〜〜」
 かおりと魔理にこづかれ、おキヌは冷や汗を流してふらふら揺れる。
「ま、その先はあなたの問題としても、氷室さん、あの横島って、何者?」
「えっ! 何が?」
 かおりの急な問いに、おキヌはきょとんとする。
「・・・何度か見かけた時には、単にスケベそうな男だなと思っただけなんだけど、雪之丞が『GS界では一番の成長株』だって、褒めるのよ?」
「そーいや、タイガーも『横島サンにはかなわん』って言ってたなぁ・・・」
「ええ〜〜〜、そーなの?」
 意外な横島の評価に、おキヌは半分嬉しそうだった。
「雪之丞の当面の目標は『横島に勝つ事だ』って、気合い入れてたわ」
「え〜、雪之丞さんもかなり強い人なのに〜、そーなんだー」
 かおりは、本気で感心するおキヌに片眉を上げる。
「あなた、いつも一緒にいて分からなかったの?」
「弓、そう責めてあげるなよ、おキヌちゃんにとっちゃあそんな事より一緒にいられる今の方が大切なんだろうよ、GSになる話はまた別だよ、別」
「そうは言っても、現実の壁は常に私たちの前に立ちはだかってくるのよ!」
「そうなったらそうなったで、壁なんかブチ破ればいいじゃないか!」
「あなたみたいに力技しか能のないヒトはそれでいいんでしょうけどね!」
「なにおうっ! やるかぁ、弓!」
「まぁまぁ、一文字さんも弓さんも落ち着いて下さいって!」
 再び、おキヌにたしなめられた魔理は、かおりに意味深い笑みを向けた。
「それにしても弓、おまえも良く知ってるじゃないか、雪之丞経由で!」
「う、わたくし、ちょっと用事を思い出しましてよ、それでは皆様・・・」
「逃ーげーるーなっ! 弓っ!」
 と、魔理はその場から立ち去ろうとしたかおりを羽交い締めに捕える。
「おぅおぅ、ネタは上がってんでい、神妙にしやがれっ!」
「わたくしは無実ですわっ、お離しになって!」
 と、言いながらも魔理とかおりはお互いに笑い合っている。
「あーあ、もう二人とも何やってるんだか」
 やれやれと苦笑するおキヌ。
「ま、仲良くやりな!」
 と、魔理はかおりの身体を離す。
「・・・あら、それだけ?」
 拍子抜けた表情のかおり。
「人の色恋を詮索するほどヤボじゃないもんでね!」
「言ってくれるじゃない・・・」
「そうだ! 今度またみんなで合同デートしようぜ! な、いいだろ?」
 魔理の提案に、おキヌとかおりは大きく頷く。
「あ、いいわね、それ!」
「・・・時間があれば、よろしくてよ?」
「おっけー、じゃ、早いとこ決めよーぜ!」
「・・・あなたって、遊ぶ事だけなら行動早いのね」
「おお、『だけ』な・・・って、放っといてくれっ!!」
 そんな魔理とかおりの間で、おキヌはおなかを抱えて笑いころげていた。





 学校が終って、タイガーは約束した公園でそわそわと魔理を待っていた。
 約束の時間より相当早く着いてしまったのだが、不器用なタイガーは、時間をつぶそうとさえ思いつかずに、ただじぃっと立ちすくんだままであった。
「一文字さん、忘れてはおらんジャろか・・・」
 時折吹く冷たい風に大きな身体をすくませ、タイガーはひとりごちる。
 そのうち約束の時間が五分、十分、十五分と過ぎ、タイガーは不安になった。
「・・・・わし、場所と時間、間違えたんジャろか!?」
 と、ふと辺りを見回した時、小走りに駆けてくる魔理に気付いた。
「ごめんごめん、遅れちゃったね」
 軽く息を荒げて笑顔で謝る魔理に、タイガーはカチコチに固まる。
「い、いや、ワッシも今来た所ジャけん・・・別に走らんでも・・・」
 見え透いたごまかしに、魔理はにっこり笑う。
「いいよ、遅刻したのは私なんだし・・・えーと、じゃ、コレ!」
 と、魔理は持っていたトートバックの中を探り、リボンの付いた赤い包みを冷たくなっていたタイガーの手のひらに乗せた。
「えっ! あっ、お!?」
「へへ、こーゆー事は苦手でガラじゃないんだけどね」
「す、すまんでっす、一文字さん・・・」
 照れてそっぽを向いた魔理に、真っ赤になったタイガー。
 しばらく、二人はまんじりとその場に突っ立ったままになった。

「えーと、この後・・・ヒマ?」
「はっ、はいっ、ヒマでっす!」
 ぎこちなく問う魔理に、タイガーはあわてて答える。
「じゃ、この前みたいに買い物、ちょっと付き合ってくんない?」
「よ、よろこんで!」
「じゃ。行こっか!」
 と、突然魔理はタイガーの腕を抱える様に取り、歩き始めた。
「い、一文字さん!?」
 思いがけない魔理の行動、コート越しの温もりにタイガーは一層緊張する。
「風がさ、冷たいし、風除けにちょうどいいからさ!」
 なんだか嬉しそうに笑う魔理。
「そ、そーですカイのー・・・」
 ギクシャク歩くタイガーに、魔理はそっとつぶやく。
「こーゆーの、悪くない気分だろ?」




「はっ! はっ! せいっ! はっ!」
 規則正しく、拳が空を切る。
 雪之丞の全身から、汗が湯気となり立ち上る、上気した表情は真剣そのもの。
 辺りには張り詰めた気が充満していた。

 ここは「白龍寺」、雪之丞が以前に在籍していた「白龍GS」の本拠地であるのだが、既にチームは解散し、資格も剥奪され「廃寺」となっていた。
 だが、女蜴叉の手により石化された住職が、今なお神界で治療を受けているのを知り、雪之丞は勝手に寺に住み込んでいたのだった。
 止められていた電気水道ガスは、近隣からちょろまかして引いていた。
 雪之丞にとって、それぐらいの小細工はお手のものだった。

 雪之丞は寺の庭先で鍛練に精を出していた。
「せいっ! はっ! ふぅっ! ふう〜〜〜〜〜」
 しばらくの後、拳を収め、息を整え、雪之丞は気合いを解いた。
 ふと本堂の縁側を見やると、そこにはかおりの姿があった。
「・・・なんだ、来てたのか・・・」
「なんだとは何よ・・・」
 口をとがらせながらも、かおりは汗だくの雪之丞にタオルを差し出す。
「サンキュ!」
 ごしごしと汗を拭き取った雪之丞が縁側に腰掛ける。
「身体を動かした後は、甘い物がいいわよ」
 そう言いながら、かおりは盆に乗せたクッキーとホットミルクを横に置く。
「・・・俺、牛乳は好きじゃないんだが・・・」
「好き嫌いがあると、背が伸びないわよ?」
「うるせぇっ! 気にしてる事をハッキリ言うなっ!」
 本気で怒る雪之丞だが、かおりはくすくす笑って受け流す。
 憤慨しながらも、雪之丞はクッキーを一つ口に放り込む。
 それがチョコレートの味と知って、雪之丞は表情を和らげた。
「何だ・・・そうか、ありがとよ! コレ、今日だろ? 14日」
「ああ、偶然よ偶然、なんであんたにバレンタインなんか・・・」
 しらばっくれるかおりに、雪之丞はにんまり笑う。
「なんかって言うワリに、わざわざ手作りじゃないのか? 舌触りが荒いぞ?」
 と、雪之丞はもう一つクッキーをつまむ。
「うっ、うるさいわねぇっ、いらないならいいのよっ!」
 ムッとしたかおりが盆を下げようとするのを、雪之丞はあわてて止める。
「わ、わかったすまん、俺が悪かった!」
 必死の雪之丞に、かおりは再び盆を戻して小声でつぶやく。
「・・・こんな事するの、初めてなんだからねっ!・・・」

 傾いた西日が塀の影を増やすと、風が一層冷たくなってきた。
「おまえは・・・毎日修行しなくていいのか?」
 突然、雪之丞がかおりに問う。
「してるわよ、学校でも家でも・・・今日も帰ったら禅を組むわ」
「・・・おまえん家、禅宗じゃないんだろ? なんで禅なんか・・・?」
「『弓式除霊術』は宗派が違っていても、効果のある修行なら取り込んでしまうのっ! おかげで息つく暇もないわ、修行修行の毎日で!」
「お互い、大変だな」
「私は学校では上の方だけど、GSとしてはまだまだだわ、でもあんたはもう相当のレベルなんでしょ? どうして修行ばっかり続けるの?」
 不思議そうなかおりに雪之丞は笑う。
「上には上があるんだ、例えば俺でも横島にはまだ勝てないんだからな」
「横島!? そうよ、今日学校でも氷室さんと話していたんだけど、どうしてあんな奴にあんたが負けるの? レベルではあんたの方が数段上のはずよ!」
 ずずいっと身体ごと問い詰めるかおりに、雪之丞は後ずさる。
「それが現実の面白い所でな、霊力だけじゃ計り切れない部分が奴にはあるのさ、そこに俺はどうしても勝てない、でも、少しでも奴に近づきたいんでな、その精神的な部分、肉体的な部分を鍛練させようと修行しているのさ」
 だが、かおりはまだ不満そうである。
「・・・あんな、バカでスケベな奴なのに・・・」
「人を見かけで判断するなって事さ、奴はバカでスケベだから強いのかもな」
「そんなものかなぁ〜?」
「・・・あ、すまんが今度はコーヒー、入れてくれないか?」
 雪之丞は空になったマグカップをかおりに差し出す。
「・・・私、あんたの家政婦じゃないんだけど?」
 ムッとしたかおりに雪之丞は足元を差し示す。
「俺の足、泥だらけなんだ」
「まったくっ! 借りにしとくからねっ!」
 憤慨しながらも、かおりは台所へと向かった。

「まったく〜、お湯ぐらい沸かしておきなさいよ〜!」
 台所には何の用意もなく、探し出したやかんで湯を沸かし、やっとコーヒーを入れたかおりがぶつぶつ言いながら縁側に戻ってきた。
「これだから男の一人暮らしって・・・って、あれ? 雪之丞?」
 返事がないと思ったら、雪之丞は縁側に横になって寝入っていた。
「・・・人にものを頼んどいて何よ、この態度は・・・」
 雪之丞を揺り起こそうとしたかおりだが、その気持ちよさげな寝顔に気付く。
「・・・こんな寒い所で良く寝られるわねぇ、風邪引いても知らないわよ?」
 かおりは、縁側の縁に腰掛け、だらりと垂れ下がった雪之丞の手を突つく。
 と、反応したその手が、急にかおりの手を握り返してきた。
 驚いたかおりだが、何故かその手を振りほどこうとはしなかった。
「・・・コーヒー、冷めちゃうわよ? ええい、私が飲んじゃえっ!」
 かおりは、雪之丞の寝息と手の温もりを感じつつ、暮れゆく西日を見つめた。
「こーゆー時間も、悪くはないかな・・・」
 



「おキヌちゃん、誕生日じゃないんだから、何もローソク立てなくても・・・」
「えっ、でも、何か寂しくて・・・」
「うんうん、おキヌちゃんらしくていいなー」
 準備の整ったテーブルの中央に陣取った大きなチョコレートケーキ。
 周りの料理は、学校から帰った後のおキヌと美神が作り揃えていた。
 めんどくさがっていた美神も気分が乗ったのか、予定より二品増えていた。
「で、おキヌちゃんが作ったのはどれ?」
「えーと、ムニエルとパスタと照焼と、ケーキとタルトとミートパイです!」
「・・・横島クン、なんでわざわざそんな事聞くの?」
「いや、なんか美神さんが作ったのは何が入ってるか分からんから・・・」

 どげしっ!

「とっとと帰るか死ぬかっ! 二つに一つっ! どっちかにしろっ!!」
「まーまー美神さんっ!」
「うう、また口が滑った・・・」
 血まみれの横島が床に突っ伏してうめくのはいつもの事。
 美神はヒールで横島をぐりぐりこづく。
「ちょっとイモリとマンドラゴラとエリクシャーを混ぜただけでしょっ!」
「入れてるんじゃないですかっ!!」
 さすがのおキヌも、どアップで美神に突っ込む。
「だってぇ、先読まれたんだもんっ!」
 悔しそうな美神の脇で、おキヌは横島を助け起こす。
「まったくもう、横島さん大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ、毒性は消してあるから」
「そーゆー問題じゃないっす!」
 
 その後はしばらく、和やかな食卓の風景が続いた。
「さて、じゃあそろそろケーキ切ろうか?」
「はーい!」
 おキヌが自分でケーキをそれぞれに切り分けて渡す。
 さっそくパクついた美神と横島は、同時に瞳を輝かせる。
『おいし〜〜〜〜〜っ!』
 おキヌも嬉しそうに口にする。
「うんっ、上出来上出来!」
「下手な店、顔負けよねー、これは」
 感心する美神におキヌは照れる。
「へへへ、味見が出来る様になりましたから・・・」
「いや、おキヌちゃんは幽霊ん時から料理はうまかったからな〜〜!」
 横島が褒めると、おキヌは一層赤くなった。
「ありがとう・・・ございますぅ」
「さてさて、こんなの横島クンなんかに食べさせるのはもったいないわっ! とっとと片付けましょうっ、おキヌちゃんっ!」
「美神さぁん、もー、今日は横島さんの為に作ったんだから・・・」
「おキヌちゃんっ! ありがとうっ!」
「つってもね、おキヌちゃん、こいつ今日はいっぱいチョコ貰ってるって聞いたわよ? こんな八方美人野郎は放っといていいのよっ!」
「そんなぁ、いっぱいっつっても小鳩ちゃんと愛子ちゃんと、クラスで配られた徳用チョコだけじゃないですか」
「横島さん、本当ですか・・・?」
 おキヌの視線が少し、ナナメに横島を捉える。
「はぅっ、おキヌちゃん、そんな目で見ないで〜〜! 本当だけど、本当だけど、一番嬉しいのはおキヌちゃんのケーキなんだよ〜〜〜!」
「見せなさい・・・」
 美神の静かな命令に、横島はビクつく。
「は!?」
「獲物を全部、見せなさいっつってんのっ!!」
「はいはい、ただいま〜〜!」
 あわててカバンを取りに走る横島。
「美神さん、何もそこまでしなくても・・・」
「いいから、いいから、おキヌちゃんもケーキ食べちゃいなさい」
「でもぉ〜〜・・・」
 どたばたと、カバンを手に戻ってきた横島は、テーブルの上に包みを並べた。
「こんだけっす!」
 と、美神は一つずつ手にとって品定めを始めた。
「これは小鳩ちゃんね、で、これが愛子ちゃん、で残りのザコ・・・」
「良く分かるっすねぇ!」
「残留思念ぐらい分からいでか! なんだ、全部『義理』じゃないの!」
「・・・このヒトには愛も夢も希望も人情もないのか、とほほ・・・」
 がっくり肩を落とす横島に、美神は胸張って高笑う。
「ほーっほほほっ! 真実は一つなのよっ、ほーほほほっ!」
 そして美神は、さっさと横島のカバンにチョコを戻し入れて突き返した。
「ほら、義理っつっても貰ったのには変わりないんだから、大事にしなさい!」
「・・・美神さん・・・?」
「何をぼけーっと突っ立ってんのっ! おキヌちゃんのケーキとデザート、食べちゃうわよっ!」
 と、美神はどこか妙に気忙しく横島を促す。
「は、はぁ・・・」
 再び椅子に座った横島は、ハラハラしながら事の推移を見守っていたおキヌに問う。
「・・・美神さん、今日何かあったのか?」
「・・・さあ?」
 おキヌも首を傾げ、シャンパンをあおる美神を不思議そうに眺めた。



「はー、やでやで、今日も終ったか」
 アパートの自室に戻った横島は、カバンを放りだして一息つく。
「・・・なんか俺、バレンタインの時って色々あるなー・・・」
 一人で苦笑する横島は、それでも珍しく貰ったチョコが気になった。
「おキヌちゃんのケーキもおいしかったしなー」
 と、カバンを探っていた横島だが、急に動きが止まった。
「・・・あれ?」
 眉をひそめながら、横島はチョコの包みを取り出して並べた。
「一つ、二つ、三つ、徳用チョコ・・・一つ増えてる・・・」
 ちゃんとラッピングされた包みは、小鳩と愛子から貰った二つだけのはずなのだが、いつの間にかもう一つ、赤い包みが増えていたのだ。
「・・・これ・・・誰のだ? おキヌちゃんならケーキだったし・・・?」
 包みをひっくり返しても宛名も送り主も、何も書かれていない。
「誰か・・・間違いかな? ま、もうどうしようもないし、貰っちゃえ!」
 と、横島は真っ先にこの包みを解いた。中身は、外国製の板チョコだった。
「じゃ、いっただきま〜す!」
 銀紙を剥がし、一口噛った横島は眉をひそめる。
「うわ〜、コレ、ビターじゃん! 苦いのより甘い方が好きなんだけどなー」
 等と言いつつも、横島は全部平らげてしまった。
「うん、たまには、こーゆーのも悪くはないか!」




「美神さん、結局、何も用意しなかったんですね・・・」
「まぁね、今さらチョコなんて、私のガラじゃないし」
「横島さん、期待してたんじゃないかなぁ?」
「・・・・・バランス取るのって難しいのよねー・・・・・」
「え?」
「あ、いや、何でもない何でもない・・・」


                            < Fin >


 【美神創作短編[3]『Sweet or ・・・?』】
 < GS-MIKAMI Fan Fiction Short Story's Vol' 3>
 Presented by < GOKURAKU・Creation > *1997*
 Prodused by 松楠 御堂 [MID-MAX KFF02336@niftyserve.or.jp]
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