『 六道家初代 』

著者:まきしゃ


    ザッザッザッザッザッ! バシィーッ! 安倍吉平の一撃で手傷を負った天狗…。
天狗 『くっ…! き、貴様っ!』
安倍吉平 「那智の天狗よっ! 大人しく観念したらどうだっ!?
  俺とやりあう気なら、父上と違って手加減なんか出来ないから、命の保証はできんぞっ!?」
天狗 『ちっ…!』
  ヒュンッ! 不利を悟って、吉平の前から逃げ去って行く天狗。
   
吉平 「吉昌っ! そっちに逃げたぞっ!」
安倍吉昌 「兄じゃっ! わかったっ! 俺がやってやるっ! はぁ〜〜っ!!」
  ドッドッドッドッ! 天狗に向けて、霊波砲を続けざまに打ち込む安倍吉昌。
吉平 「吉三っ! おまえも、こっちに来て吉昌を手伝えっ!」
安倍吉三 「はいっ! 兄じゃっ!」
  三方から攻撃されて、防戦一方の天狗。
   
吉昌 「よしっ! 俺がトドメをさしてやるっ!」
吉平 「待てっ、吉昌っ! 殺すのは、俺たちに危険が迫ったときだけの最後の手段だっ!
  俺たちは、こいつを父上の前に追い込めば、それでよいっ!」
吉昌 「ちっ! しかたねえなっ!」
  吉平、吉昌、吉三の三人によって、安倍清明の方に追いやられる那智の天狗…。
   
天狗 『ぜぇ〜ぜぇ〜… うっ…! こ、この霊圧はっ…!?』
  ズンッ! ズゴゴゴゴゴ〜〜〜! 凄まじい霊圧を発しながら、天狗の前に現れた安倍晴明。
晴明 「天狗よっ! 少し悪さが過ぎたようだなっ!
  帝の命により、貴様の霊力を削減させていただくっ!」
   
天狗 『冗談じゃねぇ…っ! こ、このレベルになるまで、どれだけ辛い修行をしてきたかっ…!』
晴明 「修行の成果を民に迷惑をかけるようなことに使うからだっ!
  マコラっ! サンチラっ! 奴を取り押さえろっ!」
マコラ 『はいっ! ご主人様っ!』
  晴明の強大な霊力によって、会話能力を保持していた当時の式神たち。
   
天狗 『うぉぉっ…っ!?』
  サンチラに巻きつかれ、マコラに首をかためられた天狗…。
晴明 「悔い改めるがよいっ!」
  バシュ〜〜ッ! 霊剣をふるい、天狗の鼻を切り落とした晴明。
   
晴明 「ショウトラっ! こいつの鼻を手当てしてやってくれ。」
  晴明に切られた鼻を、ぺろぺろとなめるショウトラ。
晴明 「天狗よっ! いや…、もう、ただの修験者であったな…。
  もはや、貴様に天狗に戻る力など残っておらん。 余生を人間として過せばよい…。」
天狗 「ううう…」
   
  西暦980年(天元3年)、安倍清明、このとき60歳。
  花山天皇の命で那智山の天狗を封じに一族を率いて向かったのであった。
  陰陽師として立派な成人となっていた三人の息子とともに、
  式神十二神将の力を用いて、無事に使命を果たし終えたところである。
   
吉平 「父上、意外にあっけなかったですね。」
晴明 「少しの修行でいい気になってただけのチンピラ天狗だったからな。 
  まじめに修行している天狗だったら、おまえたちだけでは、手に余ったはずだ。」
吉昌 「まあ、無事に片付いたのだから、よいではありませんか。
  それより、せっかくここまで来たのですから、勝浦の温泉に漬かって行きましょうよっ。」
   
晴明 「温泉だとっ!?」 ギロリッ!
吉昌 「うっ…、そ、その…、鋭気を養う意味でも…」
晴明 「なにを軟弱なことを申しておるのじゃっ! 未だに都では、道真の怨霊が退治できずにいるのにっ!
  賀茂家の者が、帝をお守りしているが、あやつらだけでは長くはもたんっ!
  一刻も早く、都に帰らねばならんのじゃっ!」
   
吉三 「父上、それならなんで私たちが那智まで派遣されたのですか?
  賀茂家の連中が、天狗退治を担当すればよかったのに…。」
晴明 「チンピラ天狗だったから、簡単に済んだことを忘れているのかっ!?
  強い天狗だったら賀茂家の者どもでは、役にたたないではないか。」
吉三 「そうですね…。」
晴明 「さっ! 帰るぞっ!」
息子たち 「はい〜…」
  しぶしぶ帰り支度を始める息子たち…
  三人とも、那智勝浦の温泉で、地元の娘たちに接待されるのを
  密かな楽しみにして、はるばるここまでやって来てたんだけど…
   
   
  数日後、京都一条戻橋。
晴明 「すまんな。 ほんとは、屋敷に居てもらいたいんだが…。」
マコラ 『いえ、もう数十年もここに居ますから、気にならないですよ。』
晴明 「うちのバアさんも、いい加減、慣れてくれればいいのになぁ〜」
マコラ 『そのお気使いだけでも嬉しいです。 では、失礼します、ご主人様。』
晴明 「うむ。 ではな。」
   
  ビュオンッ! 安倍屋敷のすぐ近くにある一条戻橋の下に姿を隠す式神十二神将。
  晴明の奥さんが、気味悪がって屋敷に式神をいれるのを嫌っていたので、
  ここが彼らの住まいになっていたのだ。
   
  安倍屋敷に入る晴明たち… 安倍家の妻子たちが晴明たちを出迎える。
晴明妻 「あなた、お帰りなさいまし。」
晴明 「うむ。」
冥子 トタトタトタ… 「おじいちゃま〜〜、お帰りなちゃい〜〜〜」
  安倍冥子(3歳)が、おぼつかない足取りで、晴明のところに駆け寄ってくる…
  晴明の孫で、三男吉三の一人娘である…。
晴明 「おお〜〜っ! 冥子ちゃんか〜っ! おじいちゃん、今、帰ったよぉ〜〜っ!」  でれぇ〜…
   
冥子 「冥子、お行儀よく、お留守番してたよぉ〜」
晴明 「そ〜か、そ〜かっ! 冥子ちゃんは、えらいなぁ〜っ!」
  むぎゅぅ〜っ! 冥子を抱きしめほおずりする晴明…
冥子 「冥子、えらいでしょ〜? おじいちゃま、大好き〜〜っ!」
   
  ひそひそ声で話す息子たち…
吉昌 「兄じゃ…、やっぱりオヤジは冥子ちゃんに会いたくて早く帰ることにしたの…?」
吉平 「………、決まってるだろ…?」
吉三 「俺としては、冥子を可愛がってくれるのは嬉しいけど…」
吉昌 「でもなぁ〜、都では並ぶ者さえいない天下の陰陽師、安倍晴明が、孫娘の前では
  めちゃ甘だもんなぁ〜…。 人様に見せれる姿じゃね〜なぁ〜…」
   
吉平 「そう言うなよ…。 男だらけの安倍家の血筋で、やっと産まれた女の子だからな…
  オヤジが猫っかわいがりするのも当然だろ…?」
吉昌 「兄じゃのところが、さっさと娘を産んでれば、こうはならなかったろ〜に…」
吉平 「な、なにをっ!? おまえのとこだって、息子しかいないくせにっ!」
吉三 「ま、まぁまぁ…、兄じゃたち…」
   
   
冥子 「おじいちゃま〜、おみやげはぁ〜?」
晴明 「もちろん、持って帰ったぞぉ〜? ほら〜、まずは那智の黒あめだ〜。
  とっても、甘くて美味しいんだぞぉ〜?」
冥子 「わ〜い、ありがとう〜っ!」
晴明 「こっちは、太地で獲れたクジラのベーコンだよ〜。」
冥子 「わ〜、美味しそう〜!」
晴明 「そ〜か、そ〜かっ! よかった、よかった。」 でれでれでれぇ〜…
   
吉昌 「オ、オヤジのやつ、いつのまに、あんなものをっ!?」
吉平 「那智の役人に用意させてたんだろ〜なぁ〜…」
   
  この頃の安倍一族といえば…
  晴明の両親、益材と葛の葉は、すでに鬼籍に入っており、晴明夫妻が最長老。
  この夫婦の三人の息子、吉平、吉昌、吉三には、それぞれ妻子がいた。
  吉平には、時親、平算、国親、章親、泰親の5人の息子。
  吉昌には成親という息子が一人。
  吉三には、一人娘の冥子。
  都合、3代15人が、土御門の安倍屋敷で暮らしていた。
   
  その夜、吉三家族の部屋…
冥鏡 「あなた〜、お疲れ様〜」 のほほ〜ん
吉三 「うん。 それにしても、オヤジの冥子の可愛がりかた、ハンパじゃないな〜」
冥鏡 「でも〜、とってもありがたいことですわ〜。
  私も〜、改めて〜、安倍家に嫁いでよかったなぁ〜って、思いますもの〜。
  六道家が〜、私の代で途切れてしまって〜、ご先祖様には申し訳無いですけど〜。」
   
吉三 「君のご先祖様には、たしかに申し訳無いんだけど、君や冥子のことを考えるとね…。
  君のご両親が、流行病で早世してしまったから、しかたのないことだよ。
  14才だった君一人では、六道家を守って陰陽師になるのは危険すぎたし、
  まだ見習中の僕が、婿養子に入るわけにもいかなかったしね。」
   
冥鏡 「そうですね〜。 晴明さまのおかげで、安心して冥子を育てられますわ〜。
  いずれは、この子に六道家を再興してもらいたいんですけど〜。」
吉三 「そうだね。 兄じゃたちも元気だし、三男の僕が安倍家を継ぐこともないだろうから、
  冥子には、そうなってもらいたいな。
  ま、独立してやっていけるほどの霊能力があるかどうかが一番の問題だけど…。」
   
   
  冥子が6歳のときの、ある日。
  晴明の孫たちが、家から少し離れた空き地で陰陽師ごっこをして遊んでいた。
時親 「やばいっ! 日が暮れてきた。 早く帰らないと、母上に叱られるっ!
  みんな、遊びは終わりだっ! 帰るぞ〜〜っ!」
  一番年上の時親がそう叫ぶなり、屋敷に向かって走り出す。
成親 「わ〜〜っ! ボクも帰るぞ〜〜っ!」
  わらわらわら… 一斉に走り出す晴明の孫たち…
   
泰親 「冥子っ! 早く来いよっ! 早くしないと置いてくぞっ!?」
冥子 「待って〜! お兄ちゃま〜〜!」
泰親 「あああっ! 兄ちゃんたち、ボクまで置いて行く気だっ! 待ってよ、兄ちゃん〜〜っ!」
   
  元々トロくて運動神経はからっきしなうえに、唯一の女の子で一番年下なもんだから、
  あっというまに、他の男の子たちに離されてしまった冥子…
  夕闇の迫る街中に、一人取り残されてしまう…
   
冥子 「あ〜〜ん、お兄ちゃま〜〜〜…」
  やがて日も暮れてしまい、怖くて道端にしゃがみこんでしまった冥子…
冥子 「ひっく…、ぐしゅぐしゅ… おじいちゃま〜…、冥子を助けて〜…」
   
  しばらくして…、冥子の前に現れる晴明
晴明 『どうしたんだい?』
冥子 「えっ? おじいちゃま?」
晴明 『そうだよ?』
冥子 「うぅ… あなた、見た目はおじいちゃまだけど、おじいちゃまじゃない…。」
晴明 『そんなことないよ。 君の、おじいちゃんだけど?』
冥子 「おじいちゃまじゃないけど…。 あなた、怖い鬼じゃないわ…。」
   
  ビュオンッ! 安倍晴明に化けていたマコラが変化をといて元の姿に戻る。
マコラ 『さすがは、ご主人様のお孫さんですね。
  まだ小さいのに、見た目だけでは、ごまかされませんもの。
  でも、こんな時間に一人でどうされたのですか? 人さらいとかがいるので、危ないですよ?』
冥子 「冥子、トロいから、お兄ちゃまたちに置いて行かれたの〜…」
   
マコラ 『そうだったのですか。 それなら、しばらくすればご主人様たちが捜しに来られますね。
  私は、お屋敷には入れない身なので、お連れするわけにはいきませんから、
  私たちの居る一条戻橋で、一緒にお待ちしていましょう。
  それまでのあいだ、私たちが冥子さまをお守り致します。』
冥子 「ありがとう〜、あなた〜、おじいちゃまの式神さんなのね〜?」
マコラ 『ええ、そうです。 よろしくお願いしますねっ。』
   
  そのころ、安倍屋敷では…
晴明 「なに〜〜っ!? 冥子ちゃんが、まだ帰ってきてないだと〜〜っ!?
  冥子ちゃんの身に、何かあったらどうするんだぁ〜〜〜〜っ!!」
  ぶし〜〜〜〜っ! 大騒ぎする晴明…
   
吉平 「ち、父上っ。 いま、吉昌たちが捜しに行きましたから、どうぞ、落ちついてくださいっ!
  子供たちの話ですと、そんなに遠くに行ったわけでは無いようですからっ。」
晴明 「こっ、これが、落ちついていられるかぁ〜〜っ!!
  こうしてはおれんっ! ワシも、捜しに行くぞっ! 式神全鬼に捜しに行かすのじゃっ!
  吉平っ! 貴様は、藤原家に行って、藤原一族全員に捜してもらうよう頼むのじゃっ!
  冥子ちゃんを無事に見つけたやつには、ワシの全財産をやると言えっ!!」
吉平 「父上…」
   
  ドタドタドタッ! 一条戻橋まで駆け足でやってきた晴明。
晴明 「式神たちよっ! 出ませいっ!」
マコラ 『ご主人様っ! お待ちしておりましたっ!』
晴明 「何っ? 待っておっただと? どういうことだっ!?」
マコラ 『お孫さんの、冥子さまをお捜しになられているのですよね?』
晴明 「うむ、そうじゃっ! 冥子ちゃんの居場所を知っているのかっ!?」
マコラ 『はいっ。 私どもが、お守りしております。』
晴明 「なにっ!? まことかっ!?」
   
冥子 「おじいちゃま〜〜っ!!」
  パッカ、パッカ、パッカ。 インダラに乗って橋の袂から現れた冥子。 とっても元気そう。
晴明 「おお〜〜っ!! 冥子ちゃん〜〜〜っ!」
  晴明、冥子ちゃんを抱きしめっ!!
   
晴明 「冥子ちゃん〜、怖かったろぉ〜〜?」
冥子 「う〜ん、一人になったときは、怖かったわ〜
  でも〜、式神さんが〜、私をみつけてくれたの〜
  そのあと〜、式神さんたちが〜、私を守ってくれるって〜約束してくれたから〜、
  冥子〜、ちっとも怖く〜なかったわ〜?」
晴明 「おお〜〜っ!! そ〜か、そ〜かっ! よかった、よかったっ!」
  ぶし〜〜〜〜っ!
   
冥子 「それで〜、冥子〜、式神さんたちと〜、お友達になったの〜。
  おじいちゃま〜、これからも〜、冥子〜式神さんたちと一緒に〜、遊んでもいい〜?」
晴明 「おおっ! もちろんじゃっ! おじいちゃんの式神は、いいやつばかりだぞぉ〜?
  式神たちよっ! 今日は、冥子ちゃんを守ってくれて、ご苦労であったっ!
  これから、冥子ちゃんが遊びたいときは、相手になるようにっ!
  もちろん、冥子ちゃんに危険が迫ったなら、しっかり守るんだぞっ! よいなっ!?」
   
式神たち 『はいっ! 仰せのとおりにっ!』
冥子 「わ〜い、おじいちゃま〜、ありがとう〜。
  式神さんたち〜、また明日〜遊ぼうね〜!」
   
   
  時は過ぎて、12年後… 冥子18歳。 晴明は75歳。
  一族郎党を呼び集めて、なにやら重大発表がある模様…
晴明 「ワシも、ずいぶん齢を重ねた。 孫たちも、みな立派に成人してくれて、ワシは嬉しいぞ。
  そこでだっ! 今日、ワシの十二神将を孫に譲ることに決めたのじゃっ!
  譲るのは、安倍冥子であるっ。 一同異存はないであろうなっ!?」
   
  しら〜〜〜…
  何をいまさら…っといった雰囲気が流れる一族郎党…。
  ちょっと居心地を悪そうにしている安倍冥子とその両親…。
   
吉昌 「兄じゃ…、こんなことで、俺たち、わざわざ集合させられたのか…?」
吉平 「まあ、父上も冥子ちゃんに十二神将を譲ることを、みなに認めてもらいたかったんだろ?」
吉昌 「そんなこと、10年以上前から暗黙の了解みたいなもんだったろうに…」
吉平 「まあな… うちの息子たちやおまえの息子が式神たちと遊ぼうとするたびに、
  『若いうちに式神に頼ることを覚えると、立派な陰陽師にはなれんぞっ!』って、
  父上に怒鳴りつけられてたもんな…」
   
吉昌 「んでもって、冥子ちゃんが式神と遊んでいることを指摘したりすると、
  『冥子ちゃんは、女の子だからいいの〜っ!』
  だもんなぁ〜…。 これじゃあ、式神の行く末がどうなるかなんて、子供でもわかるって…」
   
晴明 「ええ〜いっ! 黙れだまれっ! ワシだって、何も考えずに決めたわけではないわいっ!
  冥子ちゃんに、式神を操るだけの充分な霊能力が有るから譲るんじゃっ!
  それに、ただ譲るわけではないっ!
  式神使いとしての、『死の試練』を受けさせるのじゃっ!!」
   
吉三 「えっ!? 父上っ!? 冥子にも『死の試練』をっ!?」
晴明 「そうじゃっ! それでないと、他の孫たちも納得するまいっ!?」
吉三 「は、はい…。」
   
  安倍家における『死の試練』とは…
  陰陽師を目指す安倍家の若者が、その能力を試される卒業試験であり、
  亜空間に浮かぶ道場で、晴明が試練用に作った式神と戦うことを要求された。
  一度道場に入ると、式神と戦って倒す以外に、道場から出るすべはなく、
  負けると亜空間の底に突き落とされてしまう危険極まりない試練であったのだ…。
   
  吉平、吉昌、吉三の晴明の息子たちはもちろんのこと、
  成人となった時親以下の孫たちも、冥子を除いて試練をこなしていた。
  亜空間の底に落ちてしまった者はさすがにいなかったが、式神に勝ちはしたものの、
  手足の骨を折ったり大きな傷を受けて、ショウトラのヒーリングがなければ
  命を落としていた者もいるような、そんなハードな試練であった…。
   
晴明 「吉平、吉昌っ。 二人は『死の試練』の現場に立ち会うのじゃっ!
  吉三夫妻は、屋内で吉報を待っておれっ! 
  それでは行くぞっ! 冥子、ついてまいれっ!!」
冥子 「あうぅ〜… おじいちゃま〜 私と戦う式神は〜弱いコにして欲しいんだけどぉ〜…」
   
   
  試練場へ向かう晴明たち…
吉昌 「あれっ? 父上、試練場は向こう側ではないのですか?」
晴明 「ん? 今までの試練場のことか? 今回は、それは使わん。」
吉昌 「え? 別の試練なのですか?」
晴明 「そうじゃ。 十二神将を扱う者のためだけに、特別にこしらえた試練場だ。」
吉昌 「そ、そうなんですか…」
   
晴明 「吉昌っ。 ずいぶん不服そうじゃなっ!
  もちろん、ワシが冥子ちゃんに甘いのは、ワシ自身も自覚しておるわいっ。
  だが、十二神将を扱わせる以上、ハンパなことは出来んっ!
  試練に耐えられなければ亜空間の底に落ちるのは、今までの試練場とまったく同じであるっ!」
吉昌 「そうですか。 わかりましたっ。」
  父親の重い言葉にとりあえず耳を傾ける吉昌。
   
  てなわけで、今後六道家に代々伝わることになる禁忌の地、『死の試練場』にやってきた冥子たち…
晴明 「冥子っ! よいかっ!? ここが式神十二神将を扱う者のために作った試練場だっ。
  この中に入ると、十二神将に支えられた床がある。
  冥子の霊力で一定時間十二神将をコントロールできれば、試練を乗り越えたことになる。」
冥子 「それぐらいなら〜、大丈夫だわ〜、たぶんだけど〜」
   
晴明 「ただしっ! 精神コントロールを乱す役割の別の式神も一緒に中に入ってもらう。
  冥子は、その式神の放つ心理攻撃に耐えなければならんのだっ!
  これは、極めて辛いことであるぞっ!?」
冥子 「あうぅ〜… おじいちゃま〜… 来月まで待ってもらえないかなぁ〜」
   
晴明 「冥子ちゃん…。 さすがに、そういうわけにはいかんのだ…。
  そのかわり、亜空間の底に落ちても寂しくないように、中に入れる式神は、
  おじいちゃんの若かった頃の姿にしてあげるから…。」
   
  ぽんっ! 晴明の用意した木の人形(ひとがた)が、若き晴明の姿に変化する…。
  その姿は…、超美形で顔はイナガキ似のクールな陰陽師っ!
   
冥子 「きゃぁ〜っ! これが、おじいちゃま〜っ!? かっこいい〜っ!
  冥子〜、これだったら亜空間の底に落ちてもかまわないわぁ〜?」
晴明 「そ〜か、そ〜かっ。 でも、ここにいるおじいちゃんも、冥子ちゃんと別れたくないから、
  頑張って、戻ってきてほしいぞぉ〜?」
冥子 「わかったわ〜 冥子、頑張る〜〜!」
   
  ひそひそ声で話す吉平と吉昌…
吉昌 「兄じゃ…。 若い頃のオヤジって、あんなにかっこよかったっけ…?」
吉平 「………、そんなわけ、ないだろ…?」
吉昌 「そうだよな…。 でも、いいことを学んだぞっ! 俺にも、孫娘が生まれたら、
  若くてかっこいい俺の式神をその子に見せて、『おじいちゃま、かっこいい〜』と言わせようっ!
  オヤジ一人に、いい思いをさせるのは、しゃくだからなっ!」
吉平 「いいけど、俺が死んでからにしろよな…。 かっこいい貴様なんぞ、見たくないわいっ。」
   
   
  ゴゴゴゴゴ〜〜 ガッコ〜ンッ! イナガキ似の晴明の式神とともに、試練場に入る冥子っ!
式神 『それでは試練を始めます。 よろしいですね?』
冥子 「あうぅ〜… あんまり、よろしくないけどぉ〜」
式神 『私も待ってあげたいんですけど、ご主人様の言いつけには逆らえません…』
   
  外で待ってる晴明たち…
冥子 「きゃぁ〜〜〜〜っ!!」
晴明 「あああ〜〜っ! 冥子ちゃんの悲鳴がぁ〜〜〜っ!
  しまったぁ〜〜っ! もっと、簡単な試練にしてあげればよかったぁ〜〜〜っ!」
  おろおろおろ… そわそわそわ… 落ちつかない晴明…
   
吉昌 「兄じゃ。 それなりに、厳しい試練を受けさせているみたいだな。」
吉平 「………、そうだといいがな…。」
   
  そのとき冥子の受けていた心理攻撃とは…
式神 『冥子ちゃん〜、漢字の宿題は、いつも従兄弟の国親にやってもらってたでしょ〜?
  おじいちゃんは、なんでも知ってるんだぞぉ〜〜?』
冥子 「きゃぁ〜〜っ! ごめんなさい〜〜っ! だって〜、難しかったんだもの〜〜っ!」
   
式神 『10歳のとき〜、大切な家宝の壷を壊しちゃったのに〜、ネズミのせいにしたでしょ〜?
  おじいちゃんは、なんでも知ってるんだぞぉ〜〜?』
冥子 「あ〜〜〜んっ! 誰も知らないと思ったのにぃ〜〜〜っ!」
   
式神 『12歳になっても〜、おねしょの癖がなかなか治らなかったでしょ〜?
  おじいちゃんは、なんでも知ってるんだぞぉ〜〜?』
冥子 「いやぁ〜〜〜〜っ! そんな、かっこいい姿のおじいちゃまに言われるなんて、
  冥子、恥ずかしくて、死んじゃう〜〜〜っ!!」
  たしかに、それなりに厳しい試練ではあった…
   
  よろろっ… それでも、なんとか試練を乗り越え、出てきた冥子…
冥子 「おじいちゃま〜〜〜…」
晴明 「おお〜っ!! 冥子ちゃん〜っ!! やっぱり無事で戻ってきたんだぁ〜〜っ!
  おじいちゃんは、冥子ちゃんをほこりに思っているぞぉ〜〜〜っ!」
  ぶし〜〜〜〜っ! 冥子ちゃんに抱きつく晴明…
   
冥子 「おじいちゃま〜、冥子、がんばったわ〜〜っ!
  それで〜、お願いがあるんだけどぉ〜〜」
晴明 「うんうん、お願いかいっ!? なんだいっ!? おじいちゃんが、なんでも叶えてあげるぞっ!?」
冥子 「お母さまが〜、六道家を再興したいって〜、言ってるの〜。
  だから〜、私が〜、六道家の初代になってもいい〜?」
晴明 「もちろんさぁ〜っ! 冥子ちゃんを安倍家からよその家に嫁がせるぐらいなら、
  六道家の初代になって、婿養子を貰ったほうがいいもんなっ!
  おじいちゃんが、いいお婿さんを、捜してやるぞ〜〜っ!」
冥子 「おじいちゃま〜、ありがとう〜〜」
   
晴明 「吉平、吉昌、そういうわけだっ。 異存はあるまいっ!?」
吉平 「ええ。 それがいいと思います。」
吉昌 「異存があっても、さからえません。」
  ま、安倍家の家督を自分の子供たちが冥子と競うことにならなくて、一応満足の二人の息子…
   
晴明 「よしよしっ! それじゃあ、お父さんとお母さんに報告しにいこう〜っ!」
冥子 「はい〜っ! おじいちゃま〜っ!」
  屋敷の方に戻って行く晴明と冥子…
   
吉昌 「さて、兄じゃ。 俺たちも、戻りますか…。」
  そう言って戻りかけた吉昌の肩に手をかけて、押し留める吉平…
吉昌 「んっ? なにか?」
吉平 「いや…、どうしても確かめておきたいことがあってな…。 一緒に見てくれないか…?」
吉昌 「ふむ…、どんなことを?」
   
  ぽんっ! 紙の人形(ひとがた)を取り出し、下男姿の式神にした吉平
吉平 「式神よっ! 試練場の亜空間の底が、どうなっているのか、確かめて来いっ!」
式神 『はっ! かしこまりましたっ、ご主人様っ!』
  そう言って、試練場に入っていく吉平の式神…
   
吉昌 「たしかに、気になることだけど…」
吉平 「あのオヤジが、万一だとしても、冥子ちゃんを亜空間の底に落としてしまうような
  危険なことをするとは、どうしても思えなくてな…。」
   
  しばらくして… ぽんっ! 試練場の入り口にある鳥居の上に現れた吉平の式神…
式神 『えっ!? ここはっ?』
吉平 「うっ…! やっぱり…」
吉昌 「おいっ、式神っ! おまえの居る場所に、何かないかっ!?」
式神 『えっと…、はいっ、ありましたっ!
  晴明様の文字で、「ここが亜空間の底」…と、書いてあります…。』
吉平・吉昌 「…………」
   
   
  その後…
  初代六道冥子は、安倍晴明の強い後押しで、後宮サロンの常駐陰陽師になったそうな…。
  そのため、同世代の清少納言や紫式部とは、何度も顔を合わせているはずなのだが、
  「枕草子」にも「紫式部日記」にも、冥子のことは、ひとことも書かれていない…。
   
  やはり、才気溢れる女流作家には、冥子はトロ過ぎたのであろう…。
   
  いや…。 へたに関わると、ヒドイ目に遭うことを知っていたからに違いない…。
   
END  

※この作品は、まきしゃさんによる C-WWW への投稿作品です。
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