奏でよ孤独〜ペルソナの叛乱〜
おぎゃあああぁぁぁーーーーー!!!!
竜となった小竜姫が咆哮をあげる。そしてそのまま上空へ駆け上がると上からヤマタノオロチを睥睨した。その口元にはうっすらと光が燃えている。
「へっ」
ヤマタノオロチが小さく笑う。その笑いに反応して、というわけではなかろうが、小竜姫はヤマタノオロチが笑ったその直後に火を吐き出した。
ごっ!
ヤマタノオロチはその火を避けつつこちらも小竜姫に向かって火を吐く。数条の炎が小竜姫を襲った。だが小竜姫もその炎を軽々とかわす。そして自らの尾を乱暴に振り、ヤマタノオロチに大量の風圧をたたきつけた。
「うおっ」
ヤマタノオロチが一瞬、ひるむ。小竜姫のその期を見逃さない。炎のブレスをヤマタノオロチに向かって思いっきり放った。直撃。
ずぅぅぅぅん……
小竜姫は追撃をやめない。更に火を吐きつつヤマタノオロチに接近した。
バン!
又も直撃。
二匹の距離はもうかなり近い。小竜姫は止めを刺しにいった。だが、大きくあざとを開け相手の首に噛み付こうとしたその時、ヤマタノオロチの尻尾が横っ面を叩いた。
ぱん!
「よくもやってくれたなぁぁぁ!」
まるで子供のようにヤマタノオロチは叫ぶ。そして今度はヤマタノオロチのほうから小竜姫に噛み付いた。
ガン! ガジ! ガブ!
一度に三つ。途端に小竜姫が悲痛とも怒声とも取れるような雄叫びを撒き散らす。そしてヤマタノオロチの顔面で又も炎を吐き出した。
さすがのヤマタノオロチもこれにはたまらない。慌てて、噛み付いた牙をはずすと後ろへ逃れた。だが、今度は小竜姫がそれを許さない。短い腕の先についた三本の爪で頑丈にヤマタノオロチに吸い付く。そして先ほどのお返しとばかりに尻尾で相手の顔をはたく。そしてそのまま相手の首に自らの身体を巻きつけ、ぎりぎりと締め上げた。
「がっ! あっ! このっ!」
ヤマタノオロチはそれを慌てて振りほどこうとする。だが小竜姫は逃がさない。ごぱっとヤマタノオロチの口から血のようなものがはき出た。
今度は別の首が小竜姫に噛み付く。だが自分の一部と小竜姫が隙間なく接しているせいでなかなか思うようにいかない。だが一つの首が小竜姫の角にかみつき、それを引っ張った。するとようやく小竜姫の力が弱まる。それの逃さず、ようやくヤマタノオロチは小竜姫を振り払うことに成功した。
「このっ……!」
ヤマタノオロチは今度は遠慮なく炎を吐く。小竜姫の体勢はまだ立ち直ってはいない。そこで小竜姫は自らも火を吐き出してこれを迎撃。するとヤマタノオロチは別の首を使って小竜姫に火を放った。残りの七条の炎は全て小竜姫の身を焼く。
ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!
今度は間違いなく痛みから逃れるための叫びだった。どうにか、地面に転がって火を消し止める。
だが、そのときヤマタノオロチは既に動いていた。霊気を身にまとい、足に力を込める。と、中空にとんだ。足元には小竜姫の体。彼はそれを思いっきり踏みつけた。
小竜姫は一旦ダメージを食らったものの、すばやくそこから逃れた。そして再び、痛々しいながらもヤマタノオロチと相対した。
だが、そこまでだった。小竜姫の体が一旦光の固まりになったかと思うとそれが徐々に、徐々に小さくなってゆき最後には元通り、人型の小竜姫へと戻ってしまった。服装は妙神山にいるときの和装へと戻っているが、先ほどの激闘を証明するかのように服は汚れ、傷ついていた。身体や顔にも疲弊の跡が色濃く残っている。息も荒い。
「死ねぇぇっっ!!」
そこにヤマタノオロチが襲い掛かる。
「霊体貫通光!!」
その攻撃は通じることはなくとも場しのぎ程度にはなった。小竜姫の元に二つの影が走りよる。
「西条さんは小竜姫様を連れて一旦逃げて! 私もすぐあとから行く!」
「しかし、令子ちゃん!」
「私には人一人負ぶって走るなんて芸当できないから! 頼んだわよ!」
そして美神令子は小竜姫を庇うように、ヤマタノオロチに立ちふさがった。
「応えて、精霊石!」
狙いは誤らず、精霊石はヤマタノオロチの妨害をしてくれる。後ろを振り向くと、丁度西条が小竜姫が逃げるのを嫌がる小竜姫を無理やり抱き上げたところだった。
「OK! 逃げる……ぶべっ!」
『逃げるわよ』と言おうとして美神は足元にある何かに躓いてアタマから地面に突っ込んだ。
「何やってんのよ! どじね!」
エミが容赦なく罵声を浴びせかけた。
「っつー……」
と足を押さえながら自分をつまずかせた正体を見やる。
竹筒。
ピン、と来るものがあった。
「小竜姫様、こんなところで服なんか脱ぎださないで!」
「何だとーーーーーーー!!!」
小竜姫の『私、そんなことやってません』と言う抗議の言葉を完璧に打ち消してその声の主は現れた。横島忠雄。
「あ……」
「あ・ん・た・わ・ね〜、なに隠れてんのよ〜!!!!!」
「すんませんすんませんすんませんすんまぴぎょおぶべはっ! だ、だって俺すごい怖くあぼっ!」
「よっぽど元素記号の塊になりたいようね、え?」
「令子! そんなのは後にしなさい!」
「いや、今やっちゃうべきだぞ、令子ちゃん!」
「ちょっと皆さん、そんなことやってる場合じゃないでしょー!」
と叫んでから小竜姫は奇妙なことに気が付いた。美神令子の精霊石によって生まれた土煙。その向こう側がやけに静かではないだろうか。
小竜姫は最上の腕から飛び降りると剣を一閃させた。直ちに土煙が晴れる。その向こう側には思いもよらぬ光景が広がっていた。
そこにはヤマタノオロチが確かにいた。ただし、微動もせず。目もうつろになって。
「てめぇ……」
「そんな顔するなよ」
「うるせぇよ。大体、まだ生きてたこと自体、心底うざってぇのにこんなふうにまたここにひきずりこみやがって。クソが」
というわけで二人は再びあのくらい空間でお互いに向き合っている。
「まぁいい、いなくなれよ。とっとと」
言うなり、八つの首を持った竜は駆け出した。そして、目の前にいる青年の身体に食いつくと一気に彼の身体を引きちぎった。
「残念だけど、そういうわけにはいかない」
竜は驚いた。声が後ろから聞こえてくる。慌てて見やるとそこにいたのは確かに今時分が引きちぎったはずの男だった。
幻術だったのだろうか?
「不死身といったらかなりの誇張だけど、とりあえずこの場所では君は僕を殺して無事に外に出て行くなんてことはもう出来ない。僕がいろいろなことを知ってしまったからね」
「いろいろなことだと?」
「それはしらばっくれているのかい? それとも忘れてしまったのかな? いや、最初から自覚していないと言う可能性もあるな」
「癇にさわる様な話し方しか出来ねぇのか」
「もちろん意図してやっていることだ。言っておくが君に一旦、いや二度か『殺された』ことを僕が忘れていると思ったらそれは大きな間違いだ」
「んだとぉ」
「無駄だと分かっていることをやるつもりかい? 繰り返して欲しいのか? 『この場所では君は僕を殺して無事に外に出て行くなんてことはもう出来ない』」
「うるせぇっ!」
「やれやれ……」
そして先ほどと同じことが繰り返された。
「てっめぇ……」
「戒めよ鎖」
魔法陣は無言で竜の足元に現れると鎖を吐き出し、そして一気に竜を縛りつける。
「何の真似だ?」
竜はせせら笑う。
「こんなものでどうにかなるとでも思っているのか?」
「思うからやるんだ。お前と一緒にするな」
男はつまらなそうにぽつりと言った。そして再び霊力を集中させる。ふっと何の前触れもなく男の周りにいくつかの青白い魔法陣が描かれた。
竜はさすがに不気味に思ったのか自身に科せられた戒めを取り除こうとした。が、
(!?)
動かない。先ほどとは格段に術の強さが違う。
「其は王、其は時空、其は標、踊れよ太陽」
男が呪文を唱えた。無数の光球が瞬時に現れ、不規則な軌道を描きながらばっと四方に飛び散る。そのうちのいくつかが竜のほうにも向かって飛んできた。
(不味い!)
竜はとっさに避けようとしたが何しろ鎖ががんじがらめに自分の身体を縛り付けて動けない。だが、
ひゅんっ……
それらは竜を避けるようにかすめて後方へととんでいった。
「なんのつも……」
ずどぉぉぉぉおおんん……
音は案外近くから聞こえてきた。ついで弱弱しいながらも熱い風が顔に当たる。そして、
(!?)
胸に鋭い痛みが走った。
「なっ……」
思わず崩れ落ちそうになるところを気力で支える。
「がっ……てめぇ、一体何しやがった……」
ぎりっ、と男をにらみつけながら竜はうなった。
「君が僕を殺せない理由を知ってるかい?」
「は?」
「『君が僕を殺せない理由を知ってるかい?』と言ったんだよ」
「………」
「本当に何も知らないんだね」
男ははぁとため息をついた。それからすっと右の手のひらを広げて自分の胸へと持っていく。
「僕には魂というものがないからだよ」
「何だと?」
「言葉どおりさ」
「嘘をつくな! お前と俺は『武藤玄也』の魂を二つに割った片割れ同士! お前に魂がないはずが……」
「だから」
その声はとても静かだった。しかし、竜はその先を続けることは出来ない。
「その認識がそもそも間違いなんだよ」
男はゆっくりと続ける。
「ぼくは『武藤玄也』の片割れなんかじゃない。『アナザー』という男が言ってくれた。魂をその霊子の種類で完全に二つに分けることは出来ない。ミルクティーがあるだろ。ポットに入ったミルクティーを二つのカップに注ぐことは出来る。でもミルクティーからミルクだけを取り出して、残りをカップに注ぐことは出来ない」
「嘘だ!」
「なぜ、そこまで強く否定する?」
ぴたりと沈黙が降り立った。しかし、男はその沈黙をすぐに排除する。
「僕を生み出したのは母さんじゃない。君だ。武藤玄也」
「………」
竜は、いや、武藤玄也は、何も応えない。
「なぜ、君は僕を生み出したのかな」
男は奇妙なものだと思った。昨日までは間違いなくその名で呼ばれていたのは自分だったはずなのに。
「そうそう、君が最初に出した質問に答えるのを忘れていたよ」
男はそういって膝を曲げ、地面にとんとんと触れた。黒い波紋が広がる。
「これが僕らの魂さ、魂に直接攻撃ぶち当てられれば、そりゃ、胸も痛くなるわな」
男は再び立ち上がる。
「つまり、僕らは武藤玄也の魂の内側にいるんだ。さて、魂の内側にいる僕らは一体何者なんだろうね」
相手は相変わらず、何も応えない。
「うすうす感づいているだろう。これが俗に言う多重人格だ。正式には解離性同一性障害、と呼ばれるけどね」
男はそこで一息入れると息を吸い込んだ。
「武藤宗太郎」
沈黙を始めて以来、その名に初めて相手は反応した。とはいってもびくりと動いただけであったが。
「君の祖父の名だ。そして十六年前……」
「やめろ!!」
竜──武藤玄也──は悲鳴を上げた。まとわりついた鎖をジャラジャラといわせ、今すぐに男に飛び掛らんばかりに猛り狂う。だが、男はかまわず続けた。
「十六年前、武藤玄也を殺そうとした男の名でもある」
「やめろぉぉぉぉ!!!!」
ついに竜は鎖を引きちぎると男に飛び掛った。だが、男もすばやく反応する。一瞬のうちに数個の魔法陣を展開。更に呪文もなくそれらを一斉に発動させた。
ぼずどぉっ!
無理やり言葉にするならそんな感じの音だった。男は一瞬、竜から目をくらますと後ろにすばやく回りこんだ。
「穿てよ魔弾!」
ばんっと粒子が打ち出される。術は竜にモロに当たるが相手はひるまずに突進してくる。
「くっ! 太古にうまれし煩悶よ、永劫に続く矛盾の結晶よ、其は無限、其は星、其は楔、歪めよ時空!」
途端に竜の動きが遅くなった。がっと上から押さえつけられるような感覚。発生した重力場は竜を捕らえ地面へと容赦なく押し付ける。その間に男は更に後方へと逃げた。
「戒めよ鎖!」
そして、改めて相手の動きを封じた。
「残念だったな。今は僕の霊力を君の魂に接続してある。僕らの力はほぼ同等だ」
「うるせぇっ!」
「ふん、それにしてもいまだに現実が見据えられないのか?」
「うるせぇっていってんだよぉ!」
「やっぱり、その十六年前の一件か」
「何がだ!」
「君が僕を生み出した理由だ」
「何を根拠に……!」
男は竜に憐憫のまなざしを向ける。
「多重人格によって生み出される人格には必ず役割がある。だとすれば僕の役割は何なのか」
男の目が少し細くなった。
「君は他の人たちに嫌われるのが嫌だったんだ。魔族であるというだけの理由で。だから僕を作った。魔族でない人格。僕は