時の道化たち
第一部 ゴーストスイーパー武藤玄也
蘇れよ追憶〜黒の女王〜
GS試験一日目。
「何ですってもう一度言ってごらんなさいよ」
小笠原エミは大の男でさえ震い上げることができそうな声と表情を全開にしながら腰にある短剣へと手を伸ばした。同時に少し体を前傾させる。
「何度だって言ってやるわよ。ちび黒サンボ」
美神も右手の神通棍に霊力を注ぎ込んだ。ジャキンと音を立てて神通棍が伸びる。
まさに一触即発。二人の霊力によって周りの木々の小枝がはじけとんだ。そばに居た受験生も巻き添えを食らわないために逃げ出す。
対峙は短かった。何の前触れもなく二人の体が互いに引き寄せられるように接近していく。そして、
「戒めよ、鎖」
涼やかな声がして美神令子と小笠原エミの動きが止まった。
「なっ!?」 「えっ!?」
ふたりは慌てて自分の周りを見回した。正確に言うと二人の動きは止められたのではなく制限されていただけだった。自分の少し後ろの地面に魔方陣があってそこから出てきている無数の鎖、それが二人の動きを拘束しているものの正体だった。
「玄也君、ありがとね〜〜〜」
混乱する二人の耳にのほほんとした声が少し離れた場所から聞こえてくる。
「め、冥子!?」
再び美神がぎょっとした声を上げる。
「も〜令子ちゃんたら一次試験の会場から出てすぐのところで待っててって言ったのに〜〜〜」
腰に握りこぶしをあてながら、どうやら怒っているというジェスチャーらしいがあまりそうはみえない。
一方エミは、令子もやや遅れてからだが冥子の後ろに立っている人物に注目した。
年は自分たちとほとんど同じだろう。ひざの辺りが少し白くなっているジーパンにワンポイントの入った白いTシャツ。全体的にやわらかそうな顔立ちは子供が持つ中性的な雰囲気をかもしだしていた。その少年は微笑しながら穏やかに話しかけてきた。
「とりあえず………何があったかは知りませんが、喧嘩はやめませんか?」
プルルルルルッ!プルルルルルッ!
美神令子除霊事務所の電話がやかましい音を立てた。幽霊のおキヌは自分の職務を果たすべく(電話の受け取りは基本的に彼女の仕事だ)動こうとしたが、
「あ、いいわおキヌちゃん私が取るから」
たまたま電話の近くにいた美神がそういって彼女を制した。美神は受話器を持ち上げ、
「もしもし、美神令子除霊事務所ですが…………」
「所長の美神さんをお願いします」
「私ですけど」
「おやご本人でしたか。僕です。武藤ですよ」
「あら玄也君、お久しぶりね何か用?」
美神はいすに腰掛けあいた左手でペンをくるくるもてあそびながら尋ねた。
「仕事の手伝いを………というより仕事の依頼ですね」
「どっちなのよ?」
「両方です。僕は今回はGS兼依頼者の代理人ですから」
「ギャラは?」
「一人分が三億」
「受ける」
美神は机から身を乗り出すようにしながら即答した。豆電球が内蔵されているのでは?と疑ってしまうほど瞳がらんらんと輝いている。
「ありがとうございます。それでは西御門駅の駅前の広場に三時に来てください。お待ちしておりますんで」
「じゃまたあとでね」
令子は放り投げるように受話器を元に戻した。
「おキヌちゃん、今日の予定はっどうなってったけ?」
「ええと………ビル除霊が一件だけです。依頼人さんとは11時に待ち合わせで」
おキヌは書類をぱらぱらとめくりながら答えた。
「それなら問題ないわね。そいつはぱぱっと終わらせちゃいましょ」
バブルがはじけてしばらく高額の仕事がなかったため、美神は上機嫌に言った。
「で、今の電話、誰からだったんですか?」
そう聞いてきたのは彼女の助手の横島忠夫である。
「ん、武藤玄也っていう人からでね、仕事の助っ人を頼まれたのよ」
(なんだ、男か)
横島はがっかりして肩を落とした。
「それで、引き受けたんすか?」
「ギャラが良かったからね」
ふわふわと人魂を付き添わせながらおキヌも尋ねる。
「どういう人なんですか?」
「……どういう人っていわれてもねえ。会えばわかるわ……………ああ、写真なら確かあったと思うけど見る?」
おキヌはこくんと頷いた。
美神は机の引き出しをなにやらごそごそやって一枚の写真をおキヌに手渡した。横島も横から覗き込む。
写真には全部で四人の人物が写っていたが、どれが『武藤玄也』なのかは簡単にわかった。
他の三人は全て、見知った顔だったのがその理由である。写真の中心に芝生に座った美神令子がでうつっていて、それから美神の両肩に自分の両手を置いて立っている六道冥子の姿があり、更にその右側に小笠原エミがそっぽを向いてつまらなそうな顔で突っ立っている。問題の人物は美神令子の左側に存在していた。座っている美神令子の左側に並んで座っているその人物は左側をむいて、左手と顔だけをこちらに向けていた。
「この人ですか?」
おキヌは確認の意味で美神に尋ねた。
「ええ、そうよ」
一方、横島は、写真の日付が三年前のものであることに気付いた。
「美神さん、この日付……」
「ええ、それは私がGS試験に合格したときに撮ったものだからね」
「ひょっとして、武藤さんもGSなんですか」
美神はこくりとうなずくことで肯定して、こう続けた。
「写真を見ればわかると思うけど、彼と私とエミと冥子は同期なのよ」
「へーそうなんすか」
「ま、ちなみにあたしが主席だったけどね…………。ま、それはともかくとして、すぐ出発したほうがいいかもね」
美神令子は時計を見上げながら珍しくのんびりした声で言った。
GS試験二日目。
「勝者、美神令子!美神選手GS資格取得!」
彼女の腕を上げさせながら審判の声が高らかに宣言した。美神が対戦用の結界から外へ出ると武藤玄也がそこにいた。
「GS資格おめでとうございます」
「あら、ありがとう。あんたもがんばんなさいよ」
「はい」
さすがの彼も少し緊張しているようだった。彼が結界のなかに入るのをちらりと見て、
「きゃ〜〜〜令子ちゃん。すごいねこれであたし達二人ともGSじゃないの〜〜〜」
美神は横からの冥子の抱きつきをまともにくらった。
「だあーー!いちいちひっつくな暑苦しい!!」
「ぶ〜〜〜〜〜」
「ほら冥子、ここにいちゃ邪魔になるから二階の応援席に行くわよ」
「はーい」
二人が二階に行ってる間に小笠原エミも対戦結界にはいっていた。敵は自分と同じぐらいの女の子。
「悪いけど全力でいかせてもらうわけ」
「ええ、私もそのつもりよ。『ブラック・クイーン』」
「! おたくなんでその名前を…!?」
「知る必要があるの?」
「始め!!!」
審判の声と同時に、カーンとゴングが鳴り響いた。
ブラック・クイーン、小笠原エミが殺し屋として名をはせていたころに使われた彼女のコードネーム。夜、闇、死、影、全ての『黒』をたばねる者。
そのころ美神令子と六道冥子は二回の応援席から闘技場全体を見下ろしていた。
「勝者、武藤玄也!!」
「お、玄也君も勝ったわよ」
美神は隣に座っていた冥子に声をかけた。ところがどうしたことか、彼女はなんの反応も示さなかった。両手で自分の肩を抱きながらじっと床を見つめている。
「冥子……?」
つきあいの長くない美神でも普段の彼女と違うのがすぐにわかった。
「冥子どうしたのよ?………!!」
近づいて、初めて美神は事態の大きさに気付いた。冥子は顔にビッシリと汗をかいて、唇は青ざめていた。
「ちょっと冥子、あんた平気!!?」
「れ、令子ちゃん」
突然彼女は美神に抱きついてきた。普段ならなんとしてでもひっぺがすとこだったが、ぶるぶると震えている彼女を見るととてもそんなまねはできない。
「冥子!冥子!」
美神は冥子の名前を呼ぶが彼女は自分の体を震えさせるばかりで何も答えない。
ちょうどこのときだった。階下で小笠原エミと佐々木恵子の試合が始まったのは…………
美神令子は目的地に到着するときょろきょろと周りを見渡した。そしてすぐに、
「お、いたいた」
そういって車から降りて歩き出した。後から大荷物を持った横島とおキヌが続く。
美神が目指す先にはベンチの真ん中に一人の男が座ったまま居眠りをしていた。その男の肩を美神はゆさゆさとゆすって起こした。すると、 男は意識をはっきりさせるためだろう、ぶるぶると頭を振ると、こちらに視線を向けた。
「ああ、美神さんでしたか」
「久しぶりね玄也くん」
二人はにこやかに挨拶を交わしそして、武藤玄也はまたすぐに目をつぶるといきなりまた居眠りを始めてしまった。
「寝るな」
抑揚のない声でそう告げてから美神は武藤の側頭部を殴りつけた。武藤が先ほどと同じ行動を取ってから非難するような目を美神に向けて、
「勘弁してくださいよ。昨日は八時間しか寝てないんですから」
「そんだけ寝れば十分でしょ」
「いや、だっておとといも七時間しか寝てないし……」
「理由になってない」
そんなやり取りをかわしてから美神は横島達と武藤の間にあった自分の体をどけると横島達を武藤に紹介した。
「玄也くん、私の助手をやってる横島くんと、それから幽霊のおキヌちゃんよ」
「あ、どうも」
「初めましてー」
美神の言葉にあわせて、二人は軽く頭を下げた。
「こちらこそ初めまして、武藤玄也です。よろしく」
武藤も同じようにぺこりと頭を下げた。それから彼はふと気付いたようにまじまじと二人を見た。
「え……?助手?」
「どうしたのよ?」
武藤の驚愕しきった顔に美神が疑問符を投げかけた。
「いや、まさかこの世の中に美神さんの助手をやろうなんて言う広い心の持ち主がいるとは……と、思いまして。どうせ、美神さんのことですから、安い給料でこき使ってるに違いありませんし……」
「う………」
「図星ですか」
「うっさいわね!そんなの人の勝手でしょ!!それよりとっとと仕事終わらすわよ!!」
「あ、待ってください。実は他にも来る人がいて………」
そこまで武藤が言ったとき、遠くの方からバイクの派手なエンジン音が聞こえてくるのを美神は聞いた。
嫌な予感が急激な速さで増殖し始める。やがてバイクは四人の前でエンジンを止め、運転していた人物がヘルメットをとり、
「なんでおたくがここにいるのよ」
「それはこっちのせりふよ」
小笠原エミと美神令子はほぼ同時に不機嫌な声を出した。それからしばらくにらみ合った後、ややあってエミは武藤の方を振り向いて
「なんでこんなやつ呼んだのよ」
「何か不都合でも?」
「大有りよ、大有り!」
そう怒鳴ったのはエミではなく美神だった。彼女はそのまま続けて、
「何が悲しくてこんなドジで役立たずで色魔の二重人格者を呼ばなくちゃいけないのよ!!」
「おたくみたいな高慢ちきな金の亡者にそこまで言われる筋合いはないわけ!!」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始めた二人を見ておキヌが言う。
「止めなくていいんですか?」
「無理に決まってんだろうがそんなこと」
それに対し、横島は半ば諦めたように返答した。そこで、おキヌは助けを求めるように武藤を見ると、彼は
「僕にだって無理ですよ。ま、どうせ、飽きれば二人とも止めるでしょうし………」
そこまで言ってから、彼は自分の時計に目を落とし、
「まあ、とめられる人があと少しできますから、ほおっておきましょう」
「大体役立たずって誰の事よ、誰の!!」
「ついこの間、GSのくせにあっさり吸血鬼の手下になった奴の事を世間一般ではそう呼ぶの!」
「あれは油断してたからしょうがないっていってんでしょうが!」
「あんな場所で油断してる時点で、すでに無能なのよ!」
といった感じで果てしなく続くと思われた口げんかをとめたのは、意外にも軽やかな女性の声だった。
「あら〜〜〜令子ちゃんにエミちゃんじゃないの〜〜〜〜〜」
二人はその声を聞くと一瞬ビクリと体をふるわせたあと、声のしたほう、美神にとっては右、エミにとっては左だったが、を向いた。
「め………冥子………………」
美神はその名をまるでそこに核ミサイルでもあるかのような声で呟いた。そして唐突に手を挙げてから体を後ろに向けて、
「じゃ、あたし帰るから」
「ちょっと美神さん、仕事は?」
武藤玄也がその背中に向かって声をかけた。
「キャンセルよ。キャンセル」
「そんな美神さん、一回言った事を簡単に曲げるなんて男らしくないですよ」
「あたしは女だ!!」
「そーいやそーでしたね。ま、そんな細かいことはどーでもいいとして………」
「きっちり宣言しとくけど、細かいことじゃないからね、全然」
「でも、令子ちゃん〜〜〜わがままはいけないとおもうわ〜〜〜」
「冥子…あんただけには断じて言われたくないわ」
そういいながら美神が振り返ると横島の片腕がビカラの口からはみ出ているのが見えた(おそらくまた冥子にちょっかいでもだしたんだろう)。それをおキヌが必死に引っ張りあげようとしているが、今のところその試みが成功する気配は無い。
「玄也、ほっておけばそんな奴」
腕組みをした小笠原が後ろから提案した。
「クライアントからの希望なんですよ。必ず四人そろえてほしいって」
武藤もエミの方向を向きながら抗議した。
「クライアントにはその希望は受けいれられないと言っといてちょうだい」
美神は足を速めてその場を立ち去ろうとした(死に掛かっている横島を置いて、だ)。その様子を見て武藤はふう、とため息をつくと
「美神さん、美神さんが引き受けてくれないとこの辺り一体が焼け野原になります」
「何でよ?」
「六道さんが泣きますから…」
「そんな事私の知ったこっちゃないわよ」
「美神さん、僕あんまり警察に言って色々と話すのは気が進まないんですけど、あのこととかうっかり喋っちゃいそうだし……」
「………ああもう、わかったわよ!」
「いや、さすがは美神さん。必ずそういってくれると信じてましたよ」
「どやかましい」
ニコニコと笑う武藤を美神は冷たくあしらった。
「それはそうとさ、誰の代理人なのあんた?いい加減教えてほしいワケ」
エミが横から口を挟んだ。
「国連のGS本部…………じゃなかったその日本支部からですよ」
「本当?」
美神が意外そうな声を上げた。
「本当です」」
「ふーん、ま、ともかく仕事の説明をしてちょうだい。あの金額から見ても、依頼人の質にしてもただの悪霊退治じゃないんでしょ」
「察しがいいですね。その通りです。じゃ、説明しましょうか」
「あのー、その前に横島さんを助けてくれませんかー」
おキヌが情けない声を出して四人に助けを求めた。
武藤玄也は様子が尋常じゃない二人に近づきながら声をかけた。
「美神さん。六道さんどうかしたんですか?」
「それがわからないのよ。いきなりなんだかよくわからないまま震えだしちゃって」
「ちょっといいですか」
武藤は冥子を抱きしめていた美神を脇にどかせると、下を向いて震えている冥子をひざを突いて下から見上げた。まずチェックしたのは瞳。それから人差し指を額に押し当てて意識を集中させる。
「うーん。とりあえず命の危険があるとか、そこまで深刻ではないようですね」
「何かわかったの?医務室とかに連れてったほうがいい?」
「医務室というより、ここから遠くに離れた方がいいみたいですね」
「どういう意味?」
「この場にいる誰かの性質の悪い霊波とシンクロしたのが重なってしまったようですんで」
「誰かって?」
「さあ?たぶん今闘っている人達だと思いますけど」
そういいながら玄也はヒョイッと二階の観客席から身を乗り出して、がくりとそのままひざを折った。
「ちょっと、玄也くん!?」
「だ、大丈夫です」
武藤は一回深呼吸をして立ち上がった。
「幸い、僕は六道さんほど原因と霊波が近くないようですね。でも誰が原因かは分かりましたよ。あの人です」
武藤はすっと今小笠原エミと対峙している女性を指さした。
「そう言われてみると………なんだか妙ね、あの霊波」
「でしょう。美神さんはとりあえず六道さんを外に連れだしてあげてください。僕はもう一回下におりて改めて調べてみますから」
「平気なの?それよりあんまりその霊波の波長とあわない私がいった方がいいんじゃない?」
「でも美神さんがそばにいた方が六道さんが落ち着くじゃないですか」
その声に突き動かされるようにして冥子の手が美神の服の袖をぎゅっとつかんだ。
「……わかった。でも気をつけてね」
「はい。それじゃあ行って来ます」
そうはいったものの武藤にはなんとなく何が起こりつつあるのか見当がついていた。それは昔、似たようなことを見たことがあるからだったが。確証がなかったので明言は避けた。
(でも……)
心で呟く。
(でも、もしそうだとしたら………大変なことになる)
そして、付け足す。一体何を考えているんだ?あの人は。
「ここが今回の仕事場ですよ」
武藤が五人を連れてきたのは五階建ての(窓の数からの推定だが)どこにでもありそうな廃ビルの前だった。『立ち入り禁止』と周りを囲んでいる金網にくっついた看板に書かれている。
「見鬼くんが反応してますね」
「わかってる。霊気がプンプンするもの」
おキヌの報告に美神はそう応えた。
「ここからはいるのね〜〜」
冥子が金網で作られたドアを目ざとく見つけた。
「で、玄也、一体ここが何だっていうの?」
「小笠原さん、そうあせらないでくださいよ」
「じゃあ、とっとと説明して」
「わかりました。じゃあ聞きますが、あれは何に見えますか」
「…………おたくがわざわざ聞くって事はただのビルじゃないのね」
「はい。あれは…まあ、人工的に作られた妖怪とでも思ってくだされば……」
「…一体誰がそんなものをつくったの?」
美神が尋ねる。
「アメリカの海軍です。ま、つまりこいつは冷戦時代の遺物ですよ、オカルトを軍事的に利用しようとしたなんたら計画の試作品です。完成したとたんに冷戦が終わっちゃったそうですが」
「こんな街中にこんなもの作らないでほしいわね」
「今はこんな風に開発されていますが、ここは昔何もなかったんですよ」
「つまりあたしたちの仕事はこいつの排除?」
「正確にはこのビルに植えつけられた魔力の源の破壊です。こいつの……正式名称は『グラント』というらしいですが、正体は寄生した物体の外形を変えてしまう強大な力を持った魔力の塊です。当初は使用者の意志に呼応して、というのがくっついてたそうですが、こいつは失敗作。とりあえず外からの異物は何であっても全力で排除するのを心がけているようです」
「それはどこにあるの〜〜〜〜?」
「資料が正しければ最上階にあるはずなのですが、なにぶん資料の損失が激しいので………」
「わからないって事?」
「有体に言えば」
「ふーん。まあいいわとにかくぱっぱと終わらしちゃいましょう。玄也くん鍵を開けてちょうだいよ」
美神は南京錠の掛かった扉をさしながら言った。玄也も無言でそれに従う。ガチャンと扉が開いた。
「あ、ここ、結界がはられてるんで、いま開けますから、ちょっと待ってください」
「できるの?」
「これは外から研究者たちがかけたものですから……やり方を知ってれば問題はありません。それから結界を開けたらとにかく全力で中に走っていってください」
「何で?」
「『グラント』の感覚は結界がかかっている間は一切遮断されてますから僕らがここに居ることも、何を話しているかも一切わかりません
つまり僕らを異物と奴が認識するまでの時間にどれだけこちらが相手の懐に飛び込めるかが鍵なんです」
「なるほどね、じゃあさ冥子、インダラとメキラとシンダラを出してくれない」
「?」
冥子は疑問符を頭の中に浮かべながらも従った。
「こいつに乗っかっていくのね」
エミがいちはやく美神の意図を理解した。
「そゆこと。冥子シンダラに乗って。エミはメキラ。私はインダラに乗っていくわ。武藤君は………」
「僕は『クサナギ』がありますから」
「そうだったわね、ああ横島君、荷物は最低限のものだけでいいから」
「は、はい。ところで美神さん俺たちはどうすれば…?」
「うーん、そうね……………いいわ、二人ともここで待っててちょうだい。聞いた感じだと中は結構危険みたいだから」
「わかりました。気をつけてくださいね」
おキヌがギュッと握りこぶしを胸の前で作って少し緊張した面持ちで返事をした。武藤はそれを見届けてから、
「三人とも準備はいいですか?」
と、聞いた。
「特に問題ないわけ」
「大丈夫よ〜〜〜〜〜」
「こっちも問題ないわ」
武藤は無言でうなずくと右手を少し上に掲げてつぶやいた。
「クサナギ」
彼がその言葉を発すると唐突に彼の右手首にある銀色の腕輪、正確にはそれにはめ込まれているヒスイから直径30センチほのどのこれまた銀色の球体が飛び出した。
「およびで」
無機質な声でそれは応対した。
「な、何なんすか、あれ」
横島がぎょっとしながら美神に尋ねた。
「クサナギっていってね私も詳しいことは知らないんだけどあの腕輪についてる精霊なんだってさ」
「実は僕も詳しいことは知りません。母の形見でしてね」
と玄也も向こうから横島に語りかけた。
「『形見』って…………?」
おキヌが敏感にその単語に反応した。
「後で説明してあげるからね」
美神が優しくおキヌを制した。
「クサナギ、飛行準備状態に移行して」
「了解」
彼は自分の体の外形を変形させて、玄也の腰から下の部分に巻き付き、ちょうどズボンと靴下が一緒になった様な形に成った。すると武藤の体が地上から10センチほど浮かび上がる。同時に彼は右手の人差し指をあげて前方の結界に向かってなにやら複雑な印を書き始めた。
(キリスト教系の結界かな?ヨハネの印、ペテロの印、マルコ、マルコ、ルカ、パウロ、ダビデ、ダビデ、ヨハネ、ヨハネ………)
美神が武藤の指の動きを追えなくなってきた頃、武藤はカウントダウンを開始した。
「行きますよ、5、4、3、2、1、0!!」
ドン!!と四人はそれこそ目にも留まらぬ早さで正面の建物につっこんだ。
「霊体貫通波!!」
エミのはなったその一撃はあっさりと佐々木恵子にかわされた。別に驚きはしない。というのは、そんなにこの技はでるスピードが速くないからだ。本来はもっと接近した状態で使われるものである、エミも牽制のために使ったに過ぎなかった。敵がよけた方向と同じようにエミも平行移動、いやそれよりわずかに間合いを詰めるようにして走った。
(とりあえず、なんであいつが『あの名前』を知っているかは後だ)
戦いの最中に他のことに気をとられるとろくな事がない。エミは突然走る向きを変えて一気に敵との距離を詰める。同時に腰から短剣を抜いた。敵が霊弾をとばしてくる。それを右に一歩よけることであっさりかわす。だがその眼前にもう一つ、霊力の塊があった。
(二発同時にか!?)
しゃがみ込むようにして体勢を崩しながらもそれをよける。だが、敵はその一瞬を見逃さず、こちらに駆け寄りながら持っていた神通棍を振り下ろしてきた!
(速い!)
よけることはできない。エミは短剣で神通棍を受け止めた。ガキイイイインと音がして火花が散る。
唐突に相手が笑った。
ニヤリと。不気味に。
そいつは腰から神通棍をもう一本取り出すと空いている手でそれをエミの右の肩口に突き刺した。
(二刀流か!!)
痛みを必死にこらえながらエミは相手の力を利用して一瞬だけごろりと仰向けになると足を振り上げて背筋の力だけで起き上がりながら同時に相手をけとばした。
敵は2、3歩よろめいたがエミが体勢を立て直した頃には向こうもすでに万全の状態だった。その時になって、ずきりとエミの肩から痛みが走った。だが、予想していたほど痛みが強くなかったのでエミは少し安心した。
今度は敵が先につっこんでくる。
(まだ、まだ遠い…………………今!!)
エミは相手の攻撃をかわしてそのまま体を敵から見て左側に素早く移動させた。敵もこちらに正面を向けるようにしながらもう一方の神通棍で斬りつけてくる。だがそれよりも速く、エミの手刀が敵の右腕を激しく打った。
「痛っ!!」
あまりの激痛に恵子の手から神通棍が落ちる。エミはそれを片足で踏みつけた。だがそれでも彼女は果敢に残ったもう一方の神通棍でこちらを攻撃しようとしてくる。下から突き上げるようにエミの喉元を狙う。
「ちいっ」
予想以上の鋭さに慌てて後ろに飛び退く。当然ながらせっかくたたき落とした神通棍は相手に回収されそうになった。そこで、エミは敵が腰を落としたその瞬間に今度はこちらから飛びかかった。
(かかったわね)
だが敵のそれはフェイントだったらしくこちらが飛びかかると同時に、敵は神通棍を右にないだ。それはエミの腹に深く差し込まれる……はずだった。
「な、なに!?」
エミはその場でちょうど恵子の頭上を飛び越えるようにしてバッと跳躍した。恵子の背中に自分の手のひらをつけて、
「霊体貫通光!!」
エミの一撃が恵子を結界の隅まで押しやった。が、床との距離があまりにも近かったため、エミもうまく受身が取れず、怪我をしてないほうの肩で落ちるので精一杯だった。
ころりとまわってちらりと審判を見たがどうやら試合は続行らしい、恵子がよろりとしながらも立ち上がっていたからだ。エミも肩の痛みを無視してかまえをとる。
「さあ、第二ラウンドといきましょうか、『ブラック・クイーン』」
恵子がいう。
「さっきから気になってたんだけどどこでその名前を知ったんだい?」
恵子はエミからの問いには答えず、逆に聞き返した。
「加藤和馬って覚えてる?」
その名前をを聞いて、エミの脳内にいくつかの光景がフラッシュバックした。
ハンカチ。屋上。驚愕の顔。深々と差し込まれた、いや差し込んでいる自分の短剣。血塗られた自分の手。
「ああ、覚えてる。覚えてるよ。そうか、あんたあの人の関係者かい?」
力無く悲壮な声でエミは答えた。
「そうよ」
「なるほどそれで復讐ってわけ」
「よくわかってんじゃない」
ジャキンと改めて神通棍をのばしながら恵子が言い放つ。それからキッとエミのことをにらみつけて、
「いっとくけど、私はあんたのことを絶対に許さない。たかが仕事の現場を見られ立ってだけであの人を殺すなんて。あんたは私の一番大切なものを踏みにじったんだから、それ相応の報いはうけてもらうわよ」
「……そのことを否定する気は毛頭ないわ。確かにあたしはあんたの一番大切なものを踏みにじったかもしれない。でも、あたしはここで死ぬわけにはいかない。死にたくない」
「なんの罪もない人を殺しておいてよくもそんなことがいえたもんだね」
「仕方がなかった。仕事を見られた以上は始末するのは殺し屋の常識だ。そうしなければ即座に破滅する。あのときのあたしにはあれ以外に生きるすべはなかった。破滅したくなければ………殺すしかなかった」
「言い訳は十分よ。あなたに残された道は死ぬことだけなんだから。今ここで、あたしの手によってね」
「………なぜ、オカルトなの?こんな形でやり合わなくたって。銃弾一発であたしは殺せたわよ」
「ここなら『事故』で済ますことができるじゃない。あんたが和馬兄さんを殺したときと同じようにね。そのために無理矢理この力を身につけたんだから」
「無理矢理…………?」
「…おしゃべりの時間は終わりにしましょ。後はあんたの懺悔の時間よ」
恵子は一回スッと大きく息を吸うと突然叫びだした。
「はあああああああっっっっっああああ!!!!」
(な、なんなのよ、この力。まるで、人間とは思えない!!)
咆哮は終わり方も突然だった。ピタリと恵子から出てくる音の波が止まる。それと同時に空気までもが静寂になってしまった気がした。
全てが静まり返って恵子の口が動いた。
「お遊びもここまで、本気で行くわ」
そう言った直後恵子がその姿を消した。
(え?)
そのことを頭が理解するより速く、エミの体は結界の壁面にぶち当てられた。
「立ちなさい、小笠原エミ。こんなのはまだ序の口よ。今のはわざと手加減してあげたんだから」
勝てない、殺される。絶望的な考えがエミの意識を支配した。
(ダメ!)
エミは自分で自分を叱咤した。どこかに必ず、糸口があるはずだ。
「おい君?」
脇に立っていた審判もいぶかしげく思って佐々木恵子に声を掛ける。
恵子が振り向いて少し時間がエミに与えられた。
(どうすればいい?どうすれば…………)
「なあに。もう何も考える気力がないの。それじゃあ、死になさい」
いつの間にかこちらを振り向いていた恵子がそう言った直後だった。佐々木恵子の体が唐然びくりと震えた。
「ガ、ア、アアアアアアア!!!!!!」
それは先程とは全く質の異なる雄叫びだった。そして先程と同じように唐突に声がやむ。
こちらに目を向けた恵子の様子は尋常ではなかった。何も見ていないうつろな瞳。だらりとゾンビのようにさがった両の腕。
(ちくしょう!ちくしょう、ちくしょう!)
遅かった。もう何もかもが手遅れだ。玄也は自分自身を殴りたい気持ちだった。なんでもっと早く気付かなかったんだ。
「小笠原さん!!!そいつから離れて!!もう、もうその人は人間じゃないんだ!!!」
そして恵子はまるで重力などないかのようにふわりと宙に浮かんだ。
突入した建物の中は壁も床も天井も全て紫色に覆われていた。
『グラント』からの反撃は突入してから三秒後唐突に壁から足下あたりに棒状のものがのびてインダラとメキラを転ばせることから始まった。
「うわっ!」 「きゃっ!」
美神とエミは見事に床にすっころんでしまった。
「二人とも止まらないで!!」
玄也からの声を受けて二人とも理由
はわからなかったが転がされたときのベクトルを生かしてそのまま横に転がる。と、今まで自分がいた空間の床が変形して鋭い槍状の形となって虚空を突き刺す。
「なッ……」
武藤はクサナギを腕輪の中に戻させると床に降り立ってからすぐに右に走ってから手のひらを床につけた。すぐさま鋭くとがった床が彼の掌を突き刺す。苦痛に顔がゆがむがそれは一瞬のことで彼はすぐに霊力を解放した。
「震えよ衝撃!!」
とたんに彼を起点にして建物が細かく振動する、と同時に紫色だった床や壁がコンクリートの無機質な色に変わった。
(そうか、あの紫色のが『グラント』の勢力範囲ってわけね)
紫色で無い部分がいっこうに変形しないのを見て小笠原エミはそう判断した。
エミは紫色で無い床の上に結界札を貼って結界を作り上げた。すぐに武藤がそこに転がり込む。冥子も式神を回収してから、タタタ、と走ってきた。美神が冥子に向かって追撃してくる『槍』を神通棍で切り払う。四人が結果内に入ったその直後に『槍』は結界に無数に突き刺さった。
「案外反応が早いですね。それに厄介なことに復元能力まであるみたいだし」
コンクリがまたゆっくりと紫に戻るのを見て、穴の開いた自分の手にヒーリングを施しながら落ち着いた声で武藤が呟いた。
「玄也君、あんた平気なの?」
美神が少し不安そうに声をかける。
「見た目は派手ですけど、そう深い傷じゃないんで平気ですよ。それより今後の方策を決めないと…」
「でも、どうすればいいのかしらね、想像以上にこいつら厄介なわけ」
その時、冥子が声を上げた。
「エミちゃんの〜〜〜霊体撃滅波を使うのがいいんじゃないかしら〜〜〜〜」
「私の?」
「………案外それが一番手っ取り早いかもね、あれなら360度全てに攻撃が行くから一気に回りの『グラント』を破砕できるわ」
美神が少し間をおいて同調した。
「でもあんな大技一日にそう何度も使えるものじゃないんじゃないですか小笠原さん」
「…そうね………一日に3、4回ってとこかしら」
「どちらにせよ、あまり多用しないほうがいいでしょう。けれど小笠原さんの霊体撃滅波が有効だという意見には賛成です」
「つまり?」
美神はまわりくどく言われるのが嫌いなので少しいらいらしながら聞いた。
「霊体撃滅波が最も有効に効く場所、つまりこの建物の中心である三階に行ってからそこで使うことを提案します」
「それができないからどうしようかって話し合ってるのをおたくはわかってないの?」
「いえ、三階までいくのは比較的簡単です。これを見てください」
武藤はそういいながら彼が先ほど霊力を放った床を指差した。
「ひびが入ってる………?」
「ええ、今気付いたんですけど『グラント』が寄生している部分は霊的な構造物に変わっています。霊的構造物なら僕らの力で打ち砕くことができますから四人の霊力を相乗して天井に穴を開けてしまいましょう。おそらく三階までの床板ぐらいならぶち抜けるはずです」
「それなら〜〜〜そのまま最上階に行っちゃったほうがいいんじゃないの〜〜〜〜〜〜」
「いえ、最上階にある本体の役割は制御装置に近いものがあります。『グラント』の勢力範囲を不必要に残しておくと、どんな事態が起こるか予測不可能ですから、安全を期す意味でも先にある程度的にダメージを与えたほうがいいんです」
「ふーん。わかったわでもおたく、そういうことはもっと早く言いなさいよね」
「すいません」
玄也が軽く頭を下げるのを見てから、美神は今後の方針を打ち出した。
「オーケーそろそろ結界も限界近くに着てるみたいだし行動を開始しましょ、玄也君の霊力を基点に四人の霊力を相乗させるわ」
「僕ですか?」
武藤は多少面食らった。
「ええ、だってあなたの力は基本的に上限が無いんですもの」
「それはそうですけど……僕の力の場合、相乗させるタイミングが少し難しいですよ」
それを聞くと美神は人差し指をぐりぐりと玄也の額に押し当てながら言った。
「誰に向かって物を言ってるのあたし達が誰だか忘れたわけじゃないでしょう」
「そうでしたね」
くすっと笑いながら玄也はそう言った。その後、急にまじめな顔に戻るとエミに向かって尋ねた。
「結界、あとどのくらいもちます?」
「一分てとこかしらね」
その返事を聞くと玄也は何の前触れも無く呪文を唱え始めた。
「其は破壊、其は命、其は光、今、汝、我の力を代償にその大いなる力を再びこの世界に現出させ、我が眼前の敵を灼熱の彼方へと葬れ」
これが彼の力、魔導術、と呼ばれるものだ。
一般に霊能力というのは大きく分けると二つに大別できる。自分の力をそのまま直接放射するものと、何かを媒介にして力を出すものだ。前者の代表例としては、霊波刀や魔装術、後者の例としては式神使いや死霊使い(ネクロマンサー)などが挙げられる。魔導術は後者に分類されるものでその中でも最も原始的な術といわれている。媒介とするものは基本的にこの世界でもう力を失ってしまった神々や幻獣たち。その力の一端を一時的に自分の作った魔法陣に呼び出し(この時どれだけ複雑な手順、主に呪文の長短などだが、をかけるかで同じものを呼び出してもその威力には明確な差が出る。要は呪文が長ければ長いほど、強力な力が呼び出せるということになる)、それらを介して力を行使する。現在ではその使い手はあまり多くは無い。
武藤は両手を頭の上に掲げて、手のひらを上に向ける。するとそれだけで(実際には念を凝らしているのだが)その手のひらから5センチほど上の空間に青く光った魔法陣が虚空に展開された。
これがあまり魔導術の使い手がいなくなった理由である。それは複雑な魔方陣を頭の中で思い浮かべそれを瞬時に霊力を使って書きあげねばならない。要は面倒くさいのだ。とても。
「合わせるタイミング、わかりますか?」
「たぶん平気よ」
美神が三人を代表して答える。それに対し武藤はうなずくことで合図を送った。
「蠢けよ、炎!」
グワッブゥウオーーーーーン
四人の霊力が相乗されて魔方陣から紅蓮の炎が解き放たれた。それはエミの作った結界とそれを通り抜けようとしていた天井で作られた槍をやすやすと貫き、さらにその上にあるものも全て吹き飛ばしていく。
禁術、と呼ばれる存在がある。その名の通り、使うのを禁じられた術のことだ。そのあまりの危険の高さがゆえに。
そして、その中のひとつに、降臨術、と呼ばれるものがある。禁術の中で最も危険とされながら、実はその破壊力は一般に使われているものより、はるかに高いのは確かだが、一緒にGS本部の厳重な倉庫の奥に並べられている術に比べれば可愛いものだった。ではこの術がそこに置かれて理由は何なのか。それは次の点にある。すなわち……
すなわちこの術は霊力のない一般人でさえも使うことができるのだ。
降臨術は文字道理悪魔に魂を売り渡す。呼びだされた悪魔はその代償として、術者に強大な霊力を与える。ただし、術者の魂はもうない。それではどうなるのか。実はどうもならない。強大な霊力はそれ自体が魂や命となりうるからだ。だがその命はほとんどかりそめのものだ。しかも悪魔の力は、強大すぎて、人間という器には入りきらない。もしそれを一気に使用すればどうなるのか。
単純に暴走する。
制御がきかなくなって、理性が消し飛び残された悪魔の力は術者の体を蝕む。
ここから先は全て想像になるが、その時の痛みは筆舌に尽くしがたい。ところがこの痛みをとる方法がひとつだけある。痛みは悪魔の霊力に人間の肉体が合わないために起こるのだ。ならば肉体を悪魔に変えてしまえば痛みから逃れられる。このため理性をなくした術者は痛みから逃れるために悪魔になる。だが前述したとおり理性が吹き飛んでるためそこにいるのは悪魔ではない。単なる魔獣だ。殺戮と破壊と言う魔族の本能を残しただけの……………
高野晴康は今年で27歳になるGS日本支部の職員だ。彼は幼いころからずっとGSと言うものに憧れを持っていたが残念ながら彼には霊能がなかった。実はGS本部といっても霊能力者はほんの一部で大部分は彼のような一般人がその割合を占めている。今日の彼の仕事は年に一度のGS試験。その審判を勤めることだった。GS試験合格ラインが決まる第二試合の彼の持ち場である第七闘技場(闘技場は全部で八個ある)の第三試合にそれはおきた。
はじめはごく普通の対戦だった。女性同士、と言うことを除けば特筆すべき点はない。試合ははじめ一進一退の攻防戦だったが、やがて肌の黒いほうの女の子。小笠原エミという名の選手が相手に一撃を入れた。彼は試合の終了を告げようかどうしようか迷ったが、攻撃を食らったほうが立ち上がってきてので続行することにした。そしてしばらく二人は何かしゃべっていたようだが、周りの歓声と声が小さいのとで、当人たちを除けば一番近くにいる彼でさえ、何を言っているかはわからなかった。ややあって少女、佐々木恵子のほうが突然叫びだした。彼は少しびっくりしたがこれは取り立てて珍しいことではない。だが次