時の道化たち
第一部ゴーストスイーパー武藤玄也
舞えよ竜〜パーフェクト・レッド〜
上右上下左。
小竜姫は次々と襲い掛かるメドーサの攻撃をしのいでいた。
「はっ!」
突きが繰り出される。小竜姫は神剣で受け止め、勢いに逆らわず後方へ飛んだ。壁に両足をつけ、反動でさらに加速。剣を片手に持ち替え霊弾発射。爆発。最小限の動きでメドーサの後ろに回りこむ。が、
「そこぉっ!!」
裂帛の気合とともにさすまたが振り回される。身を低くして避け、さらに接近。そして……下から切り上げる!
(浅い!)
剣はメドーサの胴体を保護するプロテクターに当たり、斬撃の衝撃のみを彼女に伝えた。相手の顔がゆがむがそれも一瞬。
「このっ!」
メドーサが右足で小竜姫のわき腹を狙う。小竜姫はかろうじて剣で受け止めた。が、次のメドーサのこぶしまでは防ぎきれなかった。こぶしは小竜姫の頬に当たるが、小竜姫はインパクトのタイミングをずらし、最小限のダメージに抑える。同時にメドーサの足をつかむと霊弾をゼロ距離で発射した。
二人の間が急速に広がるが、やがてメドーサがこちらに突っ込む。ならば、
(さらに加速!)
メドーサは小竜姫が何をやったかすぐに気づいた。
(ばかめっ!)
胸中であざ笑い、
「はあああぁぁっ!!」
吼える。霊圧を最大限まで開放。エネルギー、いや意思が四方にはじけ飛ぶ。
「負ける……ものかぁぁぁーー!!」
小竜姫は叫ぶと右手に全霊力を集めた。霊気は収束され槍のような形となりメドーサにその先端が向けられる。
(速い!)
メドーサは慌てて自らも霊弾を作り出すとその『槍』に向けて発射した。
爆発の振動は予想以上に大きかった。
振動によってヌルが一瞬バランスを崩したのを武藤は見逃さなかった。
「其は殺意、其は悪魔、其は破滅、穿てよ魔弾!」
武藤によって描かれた魔法陣から生まれた無数の霊破片がヌルに向かって襲い掛かる。だがそれらはヌルが杖を一振りするとあっさりと消えた。
「それで?」
ヌルは嘲笑するように尋ねた。武藤は無視して間合いを詰め、ハイキックを見舞う。パン、と妙に小気味良い音とともに、武藤のけりはヌルの片手で止められていた。武藤はひるまずにすばやく足を引くと正拳突きを打ち出す。これも止められた。今度は左のフック。だが、ヌルがそれを受け止めようとした直前武藤はぴたりとその動きを止め、逆側である右のローキックを繰り出した。ゴッと鈍い音。まともにヒットするがヌルは倒れない。
「このっ!」
だが、頭に血が上ったのだろう。手に持った杖を振り上げこちらの肩口めがけて袈裟懸けに打ち下ろしてくる。
(かかった!)
だが、今はまだ仕掛けない。後ろに下がり、ヌルの一撃を避ける。こういった場合次の攻撃はたいていの場合左薙ぎになることを武藤は経験則で知っていた。果たしてヌルは武藤の予想通り薙いできた。ヌルのボディががら空きになるその一瞬、武藤はわざと少し遅めにヌルに過度に接近した。ヌルは慌てて離れる。
(ここ!)
武藤は今度こそ本気で襲い掛かるようにヌルに飛び掛った。
破術より一技──『楔』。頭の位置を少し下にやり、あごに頭突きを食らわせ平衡感覚を狂わせる。両足を引っ掛け相手を仰向けに倒す。ひざをたて落下の最中に相手の太ももの上方の空間に移動。そして、地面にヌルのからだが不時着すると同時にひざの頭を相手の太ももに向かって振り落とし、相手の二の腕を握る両手から霊弾をゼロ距離で発射。その反動で浮き上がると武藤はすばやく叫んだ。
「クサナギ!!」
ヌルの反撃を避けるため、大急ぎで相棒を呼び出し空に浮かび上がる。ある程度距離を保つと武藤は地面に降り立ち、クサナギをまた腕輪の中に戻すと身構えた。
ヌルは起き上がらない。
(チャンスか!?)
その間に辺りを見回し、出口を探す。だがない。巧妙に隠されてしまっているようだ。自分が入ってきた扉があるはずだがそれすらも見つからなかった。このドーム型の部屋はどこもかしこも似たような光景でひどく位置の判別がつきづらい。
「武器になりそうなものを探しているなら無駄ですよ」
そういいながら、ヌルはむくりと起き上がった。
「実は私は昔、人間にいっぱい食わされたことがあってね。そのときと同じ轍を踏まないよう、君をここにおびき寄せたのですから」
「同じ轍って?」
時間稼ぎのつもりで武藤はそう尋ねた。
「私の敗因は自分の力を大きくするために自分の力より大きなものを作ってしまい、それを逆に利用されたことだ。ここは錬兵場でね、つまりは純粋に力を試しあう場所なのだよ。ちなみに壁を壊して逃げる、などという無謀な考えはよしたほうがいい。先ほどの私の術が当たっても壁には傷ひとつつかなかっただろう」
「それはあなたの力が弱いからでしょう」
「挑発には乗らんよ。君の一撃を受けたおかげで冷静になれた。今後、一切君を見くびったり、過小評価しないように勤めよう」
「当方としては見くびったり過小評価するほうをお勧めしますが」
「結構だ」
「そうですか」
ヌルは杖を構えなおした。
「もう一度言うが少々急いでいる。一気にいかせてもらおう」
「それはお互い様。僕もあんたを倒したらここにいる魔族全部倒さなきゃいけないんだ」
「……あくまで小竜姫に付き従うというわけだ」
言うと武藤は少し、心外そうな顔をした。
「なんだか誤解があるみたいだけど……僕と小竜姫様は友人でもなければ、味方でもない。ただ偶然会ってお互いに争う理由がなかっただけだよ」
「ではなぜ、ここにきた?」
「あの鮫型の……機械かい、あれは? あんなもん何百匹もばっちらまいているから、付近のかたがたに迷惑だよ。おかげで僕にお鉢が回ってきた」
「……あれは鮫じゃないぞ」
ヌルは不満気だった。
「何だっていいさ。どうせここに制御装置なり設計図なり何なりがあるんだろ。それを壊させてもらう」
「なぜ、それを……?」
「企業秘密」
「……まあ、それこそどうだっていいですが。どちらにしろ君はここで死ぬ。この場にいる魔族を倒す心配もしなくてよろしい。──とは行っても私のほかには一人しかいないがね」
「………」
武藤は心の中で臍をかんだ。敵の数がそこまで少なかったならば小竜姫を先に行かせた意味がない。
(策におぼれたか……僕らしいな)
武藤は自らを皮肉った。
「おしゃべりはここまで」
ヌルが杖を上に振り上げた。そして、
「光よ」
刹那、武藤の眼前の風景は白一色となった。
粉塵はしつこく自らの存在権を行使してやまなかった。メドーサは適当な壁にもたれかかると衣服をちぎり血──正確には霊気構造が液体化したものだったが──を流している自分の右の上腕部にその布をすばやく巻きつけた。超加速はすでに解除されている。
(ひ弱なもんだ……)
竜といっても実力などたかが知れているではないか、とメドーサは自らを嘲った。
そろそろ煙が晴れる。メドーサはさすまたを握ると油断なく前方を見据えた。弱ってるのを悟られないよう息を整える。まったくの虚勢というわけではないが、余裕を見せ付けるほど優位でもなかった。
小竜姫は彼女の正面にいた。彼女もまた虚勢を張っている、とわかったのは自分もまたそうしているからだったにすぎない。
ただ、小竜姫にはメドーサほど目立った傷跡はなかった。が、衣服はぼろぼろである。ストッキングもあちらこちらに穴が開いてるし、スカートやジャンパーもほこりにまみれているのが良くわかる。
「──ふっ……」
「何がおかしいんです」
「おかしいさ。いや、おかしいというより哀れだな」
「?」
「お前は不思議に思わなかったのか? なぜ私がお前の目的がわかったと思う? お前がこの島に侵入してから一時間足らずで、だ」
「それは……あなたがあの時実際にかかわっていたからでしょう?」
「違う」
「違う?」
「そろそろ、話してもいいかな。私としてもこのままお前が何も知らずに逝くのは少々不憫だ」
そこには天井はおろか、地平線さえなかった。さらに言えば自分がきちんと床の上に立っているのかも怪しくなってくる
(幻術だ……)
そう知覚したにもかかわらず風景は変わらない。先ほどもそうだったが相手の幻術よほど完成度が高いらしい。
(タイガーと同レベルか、それ以上か……)
現在考える議題としてはさほど意味を持たない思索ではあった。
「其は闇、其は光、其は虚構、解けよ害意」
反対呪文発動。だが、風景は何一つ変わらなかった。
(くそっ……!)
先ほどとは違い本気で仕掛けているらしい。霊格に差がありすぎて、武藤の力ではまったく打ち破れなくなってしまった。
「雷よ……」
それはとても静かな声だったが、よく響いた。こちらに向かってくる紫電が体にあたる直前にうっすらと見え……
(避けられない!)
その認識と実際にヌルの攻撃が当たるのはほぼ同時だった。
「がっ!」
血液が沸騰しかかる。気を失いかけるほどの激痛。背に当たる衝撃、おそらくは壁までふっとばされたのだろう。
「くそっ!」
考えろ。
(止まってたらやられる!)
吹き飛ばされたときに変な風に足首をひねってしまったらしい右足を無理やり武藤は動かした。一歩走るごとに脳内麻薬が分泌されるがとても追いつかない。
「氷よ!」
今度は多少切羽詰った声だった。
「クサナギ!」
相棒の姿は確認できなかったが、いつもの感触ははっきりとある。周りの気流が渦巻き、それによって自分が上昇してることを知った。下のほうで派手な音がする。
「相手の位置、確認できる!?」
「不可です!!」
「僕が相手の補足を担当する! クサナギは回避に専念して!」
「了解!」
言うが早いか──おそらくはでたらめな動きだろうが──クサナギは動き出した。一方武藤は霊感を最大に働かせ、敵を補足しようと努めた。だがうまくいかない。空気中の霊濃度が高すぎてヌルの霊気はひどく捕らえづらかった。
「そこっ!」
短く叫び、破魔札を投げつける。結果のほどはまったくもってわからなかった。爆発がうっすらと見える。衝撃。激痛。
(!?)
最初は何が起こったのかわからなかった。ようやく地面に叩きつけられてから、相手がこちらの高度まで飛んできてその杖が自分の肩口を叩いたのだと知る。ヒーリングを施すがダメージは深刻ですぐには痛みは引かない。それ以前に足が──骨でも折れたのだろうか──使い物にならなくなった。ヒーリングでは骨折は治せない。武藤は無様に仰向けになりながら痛みをこらえた。
「玄也さま!」
印を描く。
「黙っててくれ、気が散る!」
来た。正面からだ。突っ込んでくる。
「其は大意、其は甘美、其は救い、今、汝、我の力を代償にその大いなる力を再びこの世界に現出させ我が眼前の敵を浄化せよ響けよ福音!」
周りの風景よりもさらに白い光が輝いた。
「ぐぁっ!」
手ごたえ、有り。と、同時に周りの風景が元通りになった。ふらりと幾分脱力しながら立ち上がる。改めてチェックすると足は骨が折れていたのではなく打ち身でひどい青あざができているだけだった。
「クサナギ、戻っていい」
彼は無言で腕輪のヒスイへと戻った。と、同時にちょうどヌルがふわりと地面に降り立つ。武藤は油断なくヌルをにらみつけた。ヌルは苦虫をつぶしたような顔をしていた。原因はおそらく、彼の右手にある例のにび色の杖が半分ぐらいのところからぽきりと折れていることだろう。ヌルは少し残念そうにその杖を後ろに投げ捨てる。
武藤が動いた。
呪文を使わずにごく小規模の魔方陣を発動、迂回するように相手に接近。魔方陣から飛び出した炎はヌルの一にらみで掻き消えた。同時に霊弾を発射する。ヌルはわずかに体の向きを武藤のほうに修正しつつ、その霊弾を左手で打ち払った。武藤はかまわず、続けて霊弾を打ち放つ。もはや手で打ち払おうともせず、ヌルは全てをなすがままにしておいた。さらに接近。ヌルはそっと懐に手を入れた。武藤が危険を察知するのは遅すぎた。
パン。
その音が銃声だとわかるには少し時間がかかった。
「ちっ!」
痛い、というよりむしろ熱い。太ももから血が流れ出している。ヌルの右手にはいつの間にか銃が握られていた。小型の精霊石銃。
「やれやれ、せっかく新しい発明品のテストをしようと思っていたのに……壊されてしまっては元も子もない」
ヌルはちらりと壊れた先ほどの杖のあたりを見やった。隙だらけだったが右足は動かなかった。死が緩慢に近づいている。
パン。
右肩。
パン。パン。
腹部。左腕。
そして……
「これで最後ですよ。安らかに」
ねら