時の道化たち

第一部ゴーストスイーパー武藤玄也
舞えよ竜〜星屑のペイン〜


 目を覚ます。体がかすかに揺れている。それと連動するようにして周りの風景も。目の前にはほこりっぽい匂いの黒髪。体の下にはほのかな暖かみ。背中は少し寒い。膝の裏あたりで持ち上げられているらしいのだが自らの重みのせいで少し痛い。そこまで来てようやく小竜姫は自分が誰かの背中にのっかっているという事実を認識できた。
「……誰ですか……?」
まだふやけている頭で小竜姫がそう尋ねるとその人物は少しだけこちらに顔を向けた。
「……あれ?」
小竜姫は最初だれだかわからなかった。が……
「武藤さん……?」
「起きましたか。気分はいかがです?」
「どうして? あなた、逃げたはずじゃ……?」
ようやくはっきりしはじめた頭でとりあえず聞いてみる。
「あれは嘘です」
武藤は何の悪びれもなくさらりと言いはなった。
「……はぁ……」
何を言う気にもなれず曖昧に相づちを打つ。
「それはいいとして、ここはどこです?」
小竜姫は辺りを見回しながらそう尋ねた。木々に遮られた陽光が帯のようになって落ち葉や小枝の上に横たわっている。日の光はすでにオレンジ色になっていて全てを同じような色に染め上げていた。その日の光を浴びてやはりオレンジ色になった武藤が言う。
「ついさっき地下から出てきたところですよ。出口からはだいたい200メートルくらい歩きましたかね」
「つまりはまだ島から脱出してないんですね?」
「そういうことになりますな」
それを聞いて小竜姫はなにやら考え始めたらしかった。そしてしばらくしてこう尋ねる。
「もしかしてと思いますが……まさか、このぐらいの……」
言いながら大体の大きさを示す。
「……茶色い封筒を持ってはいませんよね」
「……それはひょっとしてこれのことですか?」
そう言って武藤が器用に片手で懐から取り出したのは例の茶封筒だった。
「そ、それです!!」
慌てて右手を伸ばし、武藤の手からむしり取るようにして茶封筒を手に入れる。そして急いで中身を確認し目的のものに相違ないか確かめた。
「それでいいですか?」
「え、ええ。ありがとうございます」
そこでふと疑問が浮かぶ。
「でもどうしてあなたがこれを?」
「どうもしませんよ。単にメドーサから奪い取っただけです」
「はぁ……」
小竜姫はなんとなく釈然としないものを感じた。何故、彼はこれが自分にとって重要なものであると知っているのだろう?
「そういえば、メドーサは?」
「…………死んだんじゃないですかね、多分」
「……あなたがやっつけたんですか」
「確認はしていませんがおそらく」
小竜姫は素直に感嘆した。
「すごいすね。さすが、美神さんの知り合いのことだけはあります」
「なに、ほとんどだまし討ちのようなものです。威張れることでもありません」
だまし討ちと聞いて、ますます美神さんの友人らしい、と小竜姫は思った。
「それじゃあ、一件落着ということで帰りましょうか。海はあっちです」
「あ、すいません。私、降ります」
「大丈夫ですか?」
「ええ」
「それじゃ、気を付けてくださいね」
武藤は比較的ゆっくりと小竜姫の足を地面へと下ろした。
「じゃ、改めて行きますか」
そういうと武藤は歩き出した。小竜姫は後ろに続こうとして……
「あれ?」
がくんと膝が揺れる。そしてそのままぺたりと地面にしりもちをついた。
「やっぱりまだ歩くには無理がありましたか」
武藤はそう言って苦笑するとととりあえず小竜姫を立ち上がらせる。
「肩を貸しますからとりあえず歩いてください」
「は、はい」
そして二人ははよろよろとふらめきながらも歩き出した。
 小竜姫は少し自分が情けなかった。

 島の西側にいたらちょうど日没の瞬間がみれたかもしれないのだが、あいにく二人が出てきた海岸は島の東側だった。
「ちょっと小休止しますか」
「そうですね」
二人はごつごつした岩の中から乾いていてなるべく平らな岩を見つけるとふう、と息を吐きながら並んで腰を下ろした。もうこちら側の空は夜が始まっている。星が一つ二つまたたき始めていた。
「………」
「………」
別段理由もなく、二人は何も喋らなかった。そしてこれまた理由もなく小竜姫は唐突に口を開いた。
「きれいですね」
「?」
「星のことですよ」
「……ああ」
武藤は合点がいったという顔をした。
「そうですね」
しばし沈黙。
「妙神山では星が見れますか?」
「だいたい雲がかかっていることが多いですからそんなには見れません。でも天気のいい日はとてもよく見えますよ」
星の数が次第に増え始めた。
「星たちって……」
「?」
「ここからだとあんなにお互いが近くにあるように見えるのに実際はお互い遠く離れてるんですよね」
「そうらしいですね」
「近いように見えて遠い……か……」
小竜姫は呟いた。武藤は一瞬何か言いたげな顔をいたがすぐに口を閉じる。風が二人の間を凪いだ。
「武藤さんは美神さんとはGS試験で知り合ったんですよね?」
小竜姫は唐突に話題を変えてきた。
「ええ、そうですよ。僕と美神さん、それから六道さんと小笠原さんもね。少しだけ試験日に行動を共にしたのが縁でしてね、その後も共同で仕事とかやったり、互いに情報交換をしたりしてるんですよ」
「へえ、羨ましいですね」
「そのセリフは一回依頼金を過剰にピンはねされて、とばっちりで呪われて、それから式神の暴走を受けて全治一ヶ月になってからもう一度聞きたいですな」
「言えますよ。私には通貨はあまり意味のないものですし、呪いや式神なんてへっちゃらですから」
小竜姫は笑ってそう言った。
「でも仮に私が普通の人間だったとしてもやっぱり羨ましいです」
「そうでしょうかね?」
「きっとそうですよ」
「…………かもしれません」
その時だった。流れ星が二人の目の前をかけていったのは。
「あ……」
二人が同時に、見方によってはたいそう間抜けな声を上げる。
 だがそのほうき星はは当然の事ながら一瞬で消えた。
「小竜姫様は流れ星が消えるまでに願い事をいうと叶うって知ってますか?」
「本当なんですか?」
「単なる迷信ですけどね」
「何だ残念」
武藤は軽く笑っていった。
「世の中そううまくは出来ていませんよ」
「そう……ですよね」
小竜姫は少し表情を曇らせた。ザザン、と思い出したように波の音が聞こえる。
「でも、僕は他に何一つ頼れるものがないときだけ、信じることにしてますよ」
「へえ、あなたにもそういうところがあるんですね、ちょっと意外です」
武藤は曖昧な笑みを浮かべた。
「何をお願いしたんです?」
「雨が降って欲しいとかですね」
「?」
「中学生の時、次の日の体育が長距離走の時とかに使うんですよ」
小竜姫は思わず笑い出した。
「酷いですね。当時は切実な問題だったんですよ」
「でも今は違うじゃないですか」
「ですね。今では単なる笑い話だ」
武藤は視線を小竜姫に移し替えて言った。
「どんなにつらいことだって終わりはあるものですよ小竜姫様」
「え……」
小竜姫は武藤が突然真剣な顔をしたことに驚いた。だがそれも一瞬のことですぐに顔の調子を崩して続ける。
「常なるもの無し。あなたの得意分野でしょう、竜神様」
「私は……仏道の生まれではないので……」
言ってから何の気負いもなく自然に自分の生い立ちをしゃべってしまった自分自身に小竜姫はびっくりした。だが、それに対する武藤の返事は更に小竜姫を驚愕させた。
「ああ、そうでしたね」
武藤はこともなげにそう言ったのである。
「……知ってたんですか」
「え……いや、まあ」
武藤は少々歯切れ悪く返した。
「何で知ってるんです?」
少し詰問するような調子で畳みかける。
「僕の父が竜の研究家だったんですよ。詳しく書かれた本ならばあなたのことは載ってます」
「………」
一応は納得のいく説明だった。だがふと気になって小竜姫はこう訊ねた。
「一体……あなたはどこまで知ってるんです?」
武藤はちょっと考えてから答えた。
「大体のことは……」
「大体って?」
「大体ですよ。あなたがもとは地上の竜族であること。神族になった理由。あなたの現在の立場……」
「大体どころか十分知ってるじゃないですか」
「でも例えば、その書類の中身とか知りませんよ。察しはつきますけど」
「それでも十分すぎます。何でそのことをもっと速く言ってくれなかったんですか」
「…………ごめんなさい」
「謝るんじゃなくてちゃんと理由を言ってください!」
小竜姫は自分の声の大きさにびっくりした。そしてすぐに我にかえる。
「あ……ご、ごめんなさい。その……少し気が動転してて……」
「別に構いませんよ。言ったでしょう、大体のことはわかっていると。あなたがもとは地上の竜族であること。神族になった理由。あなたの現在の立場。そして、あなたが今の気持ちも」
「武藤さん……」
「何でもね、小竜姫様。やれるときにやってしまった方がいいですよ。食べれるときに食べる。寝れるときに寝る。笑えるときに笑う。遊べるときに遊ぶ。それから泣けるときに泣く」
「……あなたはひどい人ですね……。いろんな事を知っておきながら何も言ってくれないし、さっきだって『僕は逃げる』だなんてウソをついて、それに……それにそんなことを言われたら本当に泣いちゃうじゃないですか……」
「………」
滴が落ちた。
 小竜姫は拳を堅く握りしめると武藤の胸板をたたき、そのまま彼の服をひっつかんだ。
「お願いです! 勝手なお願いなのはわかってます! それでも私に言ってください! 『私はあなたの味方だ』って! 『あなたを助けてあげる』って!」
「………」
「ううっ……うっ……ひぐっ……ぐすっ」
「………」
「うぐっ……えぐっ……」
「………」
「うえっ……」
やがて小竜姫は泣き疲れて寝てしまった。寝るまでも寝てからも武藤はずっと黙ってそのままの姿勢でいた。彼は何もしなかった。してやれなかった。することはできなかった。

 武藤の言葉をメドーサは鼻で笑った。
「いきなりでてきて何を言い出すかと思えば……病院にでも行った方がいいんじゃないかい。もっともここから帰れたらの話だけど」
「ここに来る途中にあなたの部屋によってきたよ。僕からも一つ忠告させてもらうとすれば自分の部屋のカギくらい閉めておくべきじゃないかな」
「………」
「そこで一つ面白いものを見つけた。娑羯羅(しゃがら)っていう人から……いや、人じゃないか、竜族かな? まあとにかく見つけたんだよ。あんたへの手紙、もっと言うなら密告状」
「めざといね」
「僕のウリさ。話を続けるよ。内容は小竜姫様の行動について。つまり、小竜姫様がここに来ることを前もって知らせたものだ」
「それで?」
「『それで』だって? それはこっちのセリフだよメドーサ」
「なに?」
「『それで』あんたは密告状を受け取ってから今まで一体何をやってたんだい?」
「………」
「敵が来ると言うことがわかっていながらここの警備はあまりに手薄だ。違うかい? これじゃあまるで消極的ながらも小竜姫様を歓迎しているようじゃないか、ゴルゴンの竜」
メドーサはしばしの沈黙をはさんだ後、やはり鼻で笑った。
「面白いことを言うねぇ。続けてみなよ。その戯れ言をさ」
「小竜姫様が生来の神族ではない、と言うことは知ってるかな?」
「まあな、むしろお前が知ってることの方がおどろきだが」
「僕の親父は竜の研究をやっていたからね。人間の中では一番詳しいと行っても過言じゃないよ」
「よくもまあそんな金にならん事をやってたもんだ」
「僕もそう思う。でも今こうやって役に立ってるから良しとするよ。まあ、それはともかく話を戻すとね、小竜姫様は地上の竜族の統括役の一人、東海竜王の娘だ。つまり、本来なら地上の竜族の全てを率いるはずの存在であるはずだ」
 東海竜王の『東』の字がしめす通り、地上の竜族の統括役は全部で四人いる。しかしそれは形の上でそうなっているのであり、実質的には東海竜王が一番の権力者であることは否定のしようがなかった。
「融和政策者として有名な、ね」
「その通り。その東海竜王が700年前に神族の竜と不戦条約を結んだ」
「その時、小竜姫は人質として神界に送られている」
「ここまではお互い認識しているみたいだね。それから多分小竜姫様がここに来たのは神族と魔族のもんだではなく竜族の問題でここに来たんじゃないかな」
「鋭いね。その通りだよ、人間。蛙の子は蛙ってわけさ」
「小竜姫様も彼女の父と同じ思想の持ち主ってことかい?」
「愚かにもね」
「じゃあ、あなたは?」
「何だと」
「あなたはこの件に関して小竜姫様に反対なのか? と聞きたいのさ」
「……当然だ。私は武闘派の魔族だぞ」
「武闘派? 何だいそれは?」
「……いや、知らないならいい」
「……そう。それでね、これは単なるカンなんだけど、ひょっとして、メドーサ。あなたは『ロスト』でしょう?」
「!?」
 『ロスト』。魔族の本質である破壊と殺戮を生まれながらにして持たない魔族たち。本来持っているべきものが失われた魔族たち。自分の居場所を失ったものたち。
「薄弱だけど根拠は一応あるんだよ。第一にあなたは竜族、魔族に墜ちた神の末裔だ。知ってのとおり、元神だった魔族の子孫には比較的『ロスト』が出やすい。第二にあなたの行動。美神さんから聞いたとき少々奇異に感じたよ。GSの業界にスパイを送り込んだり、香港を魔界に変えようとしたり、一言で言うなら少々人間達に近づきすぎる。魔族の相手はあくまで神族であって人間など本来モノの数ではないはずなのにどうしてだい?」
「そんなのあたしの勝手だろう」
「そう。あなたの勝手だ。じゃあ、その勝手の動力源は一体どこから来てるのかな?」
「さあ?」
「とぼけないでほしいな。全部言わせる気かい? あなたは一昔前の『ロスト』がたどるステレオタイプだ。魔族に対する誤解を解こうとしてそれに失敗し……」
武藤はそれ以上言葉を続けることは出来なかった。メドーサの拳が腹を打ち、数メートル吹き飛ぶ。だが武藤はふらつきながらも起き上がった。
「いきがらないほうがいい。小竜姫様との戦いで本来の力の十分の一もないんだろう」
「いきがってるのはおまえだ」
「……話を元に戻そうか、メドーサ。あなたにとって小竜姫は過去の自分なんだろう? 多少違いはあるけどね。認めなよ。小竜姫様はあなたの捨てた夢を拾ってくれたんだ。知らず知らずのうちとはいえ、ね。だから今回小竜姫様に中途半端な対応しかとれなかった。ここでさっきの結論に戻る。絶望したあなたと絶望しなかった小竜姫様。あなたの負けだ」
「いいかげんにしろ!」
メドーサの声があたりを震わした。
「貴様の推測だらけの仮説はもうたくさんだ。それに仮にそれが真実だとしてどうなる? あたしが小竜姫に負けたとしても、お前らはここで死ぬんだ」
「それは違うさ」
武藤の指が腕輪にそっと触れる。
 振動が二人を襲った。
「な、何をした!」
「この建物の要所に爆弾を仕掛けさせてもらったよ」
「ブラフは効かないよ。一体いつそんな暇が……」
「相棒に頼んださ」
「そうだとしても……!」
「僕があなたのような危険な敵を目の前にしてだらだらと喋っていたのは何故だと思う?」
「!」
「他の点ではともかく狡猾さは僕の方が一枚上手だったようだね、メドーサ。ちなみに使用しているのはここの武器庫にあったものだ。破壊力は期待していい」
「……なかなかやるじゃないか。でもそれがなんだってんだい?」
「冷静になりなよ。この場で爆弾が破裂すればあなたは逃げられない」
「………」
「魔族お得意の取引といこうじゃないか。僕を殺せば仲間にすぐそれが伝わる。するとそいつは爆弾を全て爆発させる。そしてあなたも死ぬ。ああ、小竜姫様もね。で、僕を殺さなければ3人とも生き延びれる。さ、どうする」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「とっとと消え失せろ」
メドーサは吐き捨てるようにうなった。
「おーけい」
武藤は小竜姫を抱え上げるとメドーサの方を心持ち警戒しながらその場から立ち去ろうとした。
「…………お待ち」
その武藤にメドーサから声がかかる。
「これを持っていけ」
メドーサがそう言って武藤の方に放り投げたのは何の変哲もない茶封筒だった。
「何これ?」
「単なるゴミだ」
「………」
「………」
「……わかった」
そして今度こそ武藤はその場から立ち去った。
 彼の姿が完全に消えたのを見てメドーサはその場に腰を下ろして天を仰いだ。
「所詮は……夢だ……」
 しばらく──十分ほどだろうか──惚けていたメドーサだったが脇から声を掛けられて意識を現実に引き戻した。
「メドーサ様……」
「……ゲソバルスキー……だったっけか?」
「覚えていただいて恐縮です。早速ですがヌル様からの最後の伝言をお伝えいたします」
「最後の?」
「ヌル様は戦死なさいました。ヌル様は死ぬ間際にテレパシーで私に最後の指示を送ったのです。あなたに伝言を伝えるように、と。しかしヌル様からの魔力が途絶えた今、私が存在していられる時間もそう長くはありません。よって伝言は手短にさせていただきます」
 そしてゲソバルスキーは伝言を伝えた。
「……本当かい? それは」
「少なくともヌル様はそう判断なさいました」
「ふん、とても信じられな……」
 どん!!
 爆発音と同時に建物全体が揺れだした。
「! ……クソガキが」
メドーサは何が起こったのか一瞬で悟るとそううめいた。武藤が設置した爆弾を爆発させたのだ。
「心配ありません。すぐそこから魔界への緊急避難用の通路があります。ヌル様からすでに聞いてると思いますが」
「……まあな」
「それではここでお別れです。メドーサ様」
「お前は?」
「どうせすぐ消滅する身です。私はヌル様の代理として最後までここに留まりましょう」
「……そうか。さらばだ」
メドーサはゆっくりと歩き出した。だが途中で歩をとめる。
「魔族が死んだらどこへ行くんだろうな?」
大した理由があったわけではない。ただなんとなくメドーサはそう問いを発した。
「強い力を持った魔族なら同等の存在として生き返ります。しかしそうでなけば灰になるだけでしょう」
「模範的な解答だ。まあ、なんにせよ、ヌルにまた会おうと伝えてくれ」
「承知しました」
 その返事を聞いてからメドーサは魔界へと帰還した。
 風が少し生暖かい。

 小竜姫様……。さっきあなたは言いましたよね。星はここから見ると互いがとても近いように見えるのに実際は遠く離れてるって。それは確かに正しいこと。でもね、小竜姫様。だからといって一つの星の周りになにもないというわけではないんですよ。光を発しないしただの岩石。あるいは単なるガスのかたまり。でも、それは確かにそこに存在するんです。誰にも気付かれなくても、あるいは無視されるほど小さくても。それは確かにそこに存在するんです。

 そいつは闇の中で静かに蠢いていた。

 ただ、ざわざわと、

 ただただ、ざわざわと

 一瞬、そいつの体が大きく震える。

 膨張する。

 肥大する。

 そして……………

 全てはここから狂い始める。

 時という名の巨大な機械の歯車が一つ狂う。

 一つの狂いは二つの狂いを生み、二つの狂いは四つの狂いを生む。

 四つの狂いは八つの狂いを、八つの狂いは十六の狂いを、

 十六は三十二。三十二は六十四。六十四は百二十八。

 そう、

 全てはここから狂い始める。

 全てはここから狂い始めるのだ。


※この作品は、ジャン・バルジャンさんによる C-WWW への投稿作品です。
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