『 東都大学物語 』

著者:まきしゃ


    4月… 東都大学
木下 (ああ…、おらもとうとう、東都大学に入学できたんだなぁ〜
  三浪もしちゃって、親には迷惑かけたども、これで胸はって田舎さ帰れるだよ。)
   
  三浪の末、ようやく東都大学に入学した木下秀人。
  浪人中は横島のアパートの隣室に住んでいたのだが、合格後は学生寮に引っ越していた。
   
木下 (さあて、勉強に明け暮れた3年間だったで、少しは羽根を伸ばしてもいいだべな?
  おらも、サークルさ入って、学生生活をエンジョイするだよ。
  ま、おらの趣味から言ったら、入るサークルは一つしかないけんどな。)
   
  木下が訪れたのは、昆虫研究会の部室…
木下 「あの〜、失礼しますだ…。 おら、このサークルに入りたいんだども…」
前田 「ん? 新入生かい? おっけい〜 こっちに来て、名前とか書いてくれる?」
木下 「わかりましただ。」
   
  部員の前田に差し出された紙に、名前や出身校を書き込む木下
前田 「でも、新入生の割には、見た目がずいぶん老けてるなぁ〜。 やっぱ浪人したの?」
木下 「んだ。 おら、三浪してようやく合格しただよ。」
前田 「三浪かぁ〜 まあ、うちの大学はそんなに浪人生は珍しくはないけどね〜
  ってことは、俺より1こ年上になるんだなぁ〜
  俺、3年の前田っていうんだ。 よろしくなっ!」
木下 「おら、木下といいます。 こちらこそ、よろしくお願いしますだ。 これ、書けましたども。」
   
前田 「ふ〜ん、木下くんは、F県出身なんだ〜」
木下 「んだ。 先輩にF県出身の人がいれば、心強いんだども…。」
前田 「お〜い、丹羽〜。 うちにF県出身の奴って、いたっけ〜?」
丹羽 「ん〜、F県出身〜? 誰かいたような気はするんだが…」
   
前田 「あっ! おい、4年の織田さんってF県出身だったんじゃね〜のか?」
丹羽 「うっ…! そ、そうだ…。 織田さんだ…。」
木下 「織田さんって… もすかして、織田信子のことだか…?」
   
前田 「な、なに〜? おまえ、織田さんのこと、知ってるのかぁ〜っ!?」
木下 「やっぱり、そだったか。 知ってるもなにも、高校時代の同級生だっただよ。
  部活も同じ生物部で、彼女が部長で、おらが副部長だったんだぁ。
  あ〜、のぶっちがサークルの先輩だったなんて、おら、ついてるだなぁ〜」
   
前田たち 「の、のぶっちっ!?」
  サァー… 顔面蒼白になる、研究会の部員たち…
木下 「ん…? どうしただか…?」
   
  噂をすれば影。 のぶっち、こと織田信子と、同じ4年の斎藤道子が部室にやってくる…
織田 「どお〜、みんな〜。 新入生の勧誘はうまくいってる〜?」
前田 「あっ… はい… 織田さん…」
   
木下 「えっ? 織田さん? おめさ、のぶっちだかっ!?」
織田 「えっ!? き、木下くん…?」
木下 「やぁ〜、やっぱ、のぶっちだっただか〜 あんまりにも綺麗になってたで、
  すぐには、わからなかっただよ。 いんや〜、久しぶりだな〜」
   
織田 「うっ…!!  イ、イヤァ〜〜〜〜っ!!」
  ドタドタドタァ〜〜〜ッ!! 入ったばかりの部室から、飛び出していった織田信子…
   
木下 「な…、なして…? おら、何か気に障ること言っただか…?」
前田 「いや…、そうじゃない…」
丹羽 「まあ、君が悪いわけじゃないんだけどね…」
  言いにくそうにしている、前田と丹羽…
  苦笑していた斎藤道子が口を開く…
   
斎藤 「君は、信子のことを知ってるの?」
木下 「お、おらだか? んだ、高校時代の同級生だ…」
斎藤 「そっかぁ〜、それならなおさらだわね〜 (くすくすっ)」
木下 「ど、どういうことだべ…?」
   
斎藤 「信子はね〜、大学入学当時は、すっごくなまりがあったのよ…。 今の君みたいにねっ!」
木下 「ま、まあ、方言だで、しかたねだが…」
斎藤 「その方言のせいで、彼女、いろいろと苦労したのよ。
  特に、彼女の憧れの先輩に方言のことでからかわれて、ずいぶん傷ついていたわ。
  あと、服装や化粧なんかも地味だったんで、田舎モノ扱いされちゃって…
  それで、ある日突然、都会人になるんだっ!なんて宣言しちゃって、自分の周りにいる人間に、
  方言禁止、野暮な服装禁止を押し付けるようになっちゃったの…」
   
木下 「そ、そうだったんだべか…」
前田 「俺たちも、入部したてのときは苦労したよな〜?」
丹羽 「うんうん…」
前田 「俺と丹羽とは、同じ愛知県出身なんだけど、二人でいると、つい方言が出ちゃってなぁ〜」
丹羽 「前田に、『おみゃ〜、今夜は、どないするが〜? 飲みに行けせん〜?』
  と言っちゃったときの、織田さんの鬼のような形相、忘れられんがや…」
前田 「うんうん。 すんげぇ〜、こわかったでかんわ…」
  名古屋弁がついつい出てしまう前田と丹羽…
   
  ズンズンズンズンズンッ!!  ドギャンッ!!
  鬼の形相をした織田信子が、乱暴にドアを開け、再び部室にやってくるっ!!
織田 「前田っ!! 丹羽っ!!」
前田 「わっ!? 織田さんに聞かれちゃったっ!?
  す、すいませんっ! も、もう、方言は使いませんので許してくださいっ!!」
   
織田 「なに〜っ!? 方言をまた使ったのかっ!? そのお仕置きは、あとでするっ!
  それより、貴様ら二人には、別の仕事を与えるっ!
  木下くんの方言を矯正することと、田舎臭さを取り去ることだっ! いいなっ!?」
前田・丹羽 「ははぁ〜〜っ!!」
   
木下 「のぶっち… 話は聞いただが… でも、おめさ、それはないでねの?
  おらの知ってるのぶっちは、もっと、こう、にこにこして明るかっただが…」
織田 「き、木下くんっ! わ、私に、話しかけないでくれるっ!?
  わ、私は、もう都会の人間なのっ! 田舎モノではないのよっ!?
  あ、あなたに話しかけられると、おらまで方言さ出ちまうで…
  うきゃぁ〜〜〜っ!? おら、方言使っちゃっただかぁ〜〜〜っ!?」
斎藤 「あああ…、信子…」
   
  なにやら、賑やかな学生生活を送れそうな木下であった…。
   
   
  しゅこ〜〜 ふしゅるるる〜〜
斎藤 「信子〜。 いい加減、機嫌直しなさいよ〜。 木下くんが悪いわけじゃないのよ?」
  ガシッ! グビグビグビ〜ッ! ガッチャンッ!
織田 「ぷはぁ〜〜〜〜っ!」
斎藤 「あんたねぇ〜…」
  アイスコーヒーをストローも使わずに一気に飲み干した織田信子…
  ここは、大学のすぐ隣にある喫茶店。 斎藤道子が信子の頭を冷やさせるために連れてきていた。
   
織田 「ふぅ〜〜 (げっぷっ) そんなこと、道子に言われなくてもわかってるわよっ!
  私だって、久しぶりに会った木下くんにあんな態度をとっちゃって、謝りたいぐらいだわっ!」
斎藤 「だったら、謝りなさいよっ。」
   
織田 「それが出来ないから、困ってるんじゃないのっ!
  自分の田舎の方言を耳にするたんびに、あのクソ女の顔が目に浮かんでね…っ!」
  ぷるぷるぷる… 怒りに震える織田信子…
斎藤 「クソ女ねぇ〜…」
   
   
  3年前の出来事…。
  1年の織田信子と斎藤道子、4年の今川元子の3人が昆虫研究会の部室で
  それぞれ暇をつぶしていたときに、4年の平手正治が部室に入ってくる。
平手 「んっ? 美味しそうなカボチャだな。 これ、どうしたの?」
織田 「平手先輩、食べてけろっ。 おらの田舎で採れたカボチャだで、味は保証するだよっ。」
平手 「ふ〜ん、織田さんが料理したの?」
織田 「んだ。 かっちゃが、おらのために送って来たども、一人じゃ食べきれねぇでな。
  サークルのみんなに、食べてもらおうと思って、うちで煮てきただよっ。」
   
  ぱくっ! カボチャをほおばる平手。
平手 「おおっ! 甘くて美味しいっ!」
織田 「だべ〜?」
平手 「うんっ! 織田さん、料理が上手だな〜。 いいお嫁さんになれるよっ!」
織田 「えへへへ〜〜」
   
  あこがれの先輩だった平手に誉められたので、とってもご機嫌な織田信子っ!
  すでに5月になっていたが、方言で話すことにあまり抵抗感を持っていなかったよ〜だ…。
   
今川 「平手くん、カボチャもいいけど、これからレストランに行くってことを忘れないでねっ!
  おなかいっぱいで行ったら、せっかくのご馳走も台無しよっ!?」
  不機嫌そうに平手に声をかける今川元子。
平手 「ああ。 わかってるってっ。」
   
織田 「へ〜、先輩たち、レストランに行くだべか。 どんなお店か教えてくんろ?
  先輩の行くようなお店に、おらも行ってみたいだよ。」
平手 「えっ? ああ…。 え〜っと…」
今川 「平手くんっ! この子には教えなくていいわっ!」
織田 「えっ? なっ、なしてっ!?」
   
今川 「私たちがこれから行くお店は、山の手のお嬢さんが好んで行くところなのよっ!
  あなたのような田舎モノが行ったら、雰囲気がぶち壊しになっちゃうわっ!」
織田 「だ、だども、それなりのオシャレをしていったら、問題ないだべ…?」
   
今川 「問題、大有りよっ! その田舎モノ丸だしの方言がねっ!!
  も〜、このさいだから、はっきり言っておくわっ!
  あなた、いつまで、方言を使っているつもりっ!?
  入学当初は慣れてないから我慢してあげたけど、もう5月なのよっ!?」
織田 「その…、方言を使っちゃ、まずいだべか…?」
   
今川 「当り前よっ! ここは東京なのよっ!? あなたの田舎じゃないのよっ!?」
織田 「うぅ… おら、方言しか使えねえのに…。 東京の人って、冷たいだ…」
   
今川 「甘えるんじゃないわよっ! 田舎モノは暖かいって言うつもりっ!?
  ええ、そ〜よねっ! 田舎モノは、田舎モノ同士には暖かいでしょ〜ねっ!
  でも、田舎モノは、田舎に行った都会人には、むちゃくちゃ冷たいのよっ!?
  それで、どれだけ泣かされたことかっ!!」
織田 「な、中にはそういう人もいるかもしれんが、みんながそうではないだども…」
   
今川 「じゃあ、あなたも『東京の人は冷たい』なんて、ひとくくりな言い方はやめるのねっ!
  私が子供の頃、1年間だけ田舎に転校したときなんか、ひどかったんだからっ!
  方言がしゃべれないのは当り前なのに、『ここではここの方言で話せっ!』とか、
  『東京弁はムカツクから使うなっ!』とか、ひどいことを言われたわっ!
  話題だって、東京のことしか知らないから、そのことを話すしかないんだけど
  『都会の話ばかりをする気取ったイケ好かない女』扱いされたのよっ!?
  しかたないから、地元の方言を使おうとしたんだけど、こんどは逆に
  『そんな使い方はしないっ!』とか怒られて…
  あ〜、もうっ! 思い出すだけで、腹がたってきたわっ!
  日本人は共通語だけを使えばいいのよ〜〜〜〜〜っ!!
   
織田 「うぅ… 平手先輩…」
  平手に救いを求める織田信子…
平手 「う〜ん…、今川さんの話は、子供の頃の恨みが爆発した感じだよな…。
  方言自体は、立派な言葉だし使ってもかまわないとは思うんだけど…。」
織田 「そ、そうだべっ!?」
平手 「うん…。 まあ、郷に入らば郷に従えって言葉があるぐらいだからね。
  地元で方言を使うのは、なんの問題もないはずだよ。
  ということは…、東京では東京の言葉を使うべきだってことになるな…。」
織田 「えっ!? (がっちょ〜〜〜んっ!!)
   
平手 「なぁ〜に、織田さんも、1年もすれば普通に東京の言葉でしゃべれるようになるよ。
  そうなったら、今日行くレストランでご馳走してあげるからっ!」
織田 「うっ…」
  これ以上、雰囲気が悪くならないうちにと、今川を連れて部室を出ていった平手…
   
  必死に怒りを抑えながら、道子に話しかける信子…
織田 「道子…。 おめも、地方出身者だのに、なして方言で話さないだ…?」
斎藤 「わ、私は、一浪して東京の予備校に通ってたから、その間に方言がとれて…」
織田 「うぅ… やっぱ、おらは田舎モノ丸出しだか…?」
斎藤 「ま、まあ、そうね…」
   
  ドギャンッ!!  ズンズンズンズンズンッ!!
  鬼の形相をして部室を飛び出してきた織田信子っ!
  ちょうど部室に向かっていた3年の柴田、滝川とぶつかりそうになり、呼びとめられる…
   
滝川 「えっ? 織田さん、どうしたんだい?」
柴田 「ずいぶん、おっかない顔してるな〜」
   
織田 「先輩っ! おら、田舎モノに見えるだかっ!?」
滝川 「ま、まあ、そうだな…。」
柴田 「うむ。 今時、珍しいぐらいの田舎モノだぞっ!?」
織田 (ムキィ〜〜〜ッ!!)
  プィッ!! ズンズンズンズン…! 二人を無視して廊下を突き進む織田信子…
   
滝川 「あっ、おい…」
斎藤 「あああ…、先輩っ、すみませんっ!
  信子は、今川さんに田舎モノ扱いされてキレちゃったんです。
  信子っ、ちょっと待ちなさいよっ! 先輩たちに失礼でしょっ!?」
  そう言いながら、信子を追いかけて行く道子…
   
滝川 「ふ〜ん、今川先輩にいじめられたのか…。 そりゃ、キレるだろうなぁ〜」
  信子たちを眺めながら、部室に向かう滝川
  さきに部室に入った柴田が、滝川に声をかける…。
柴田 「おい、滝川…。 このカボチャ、どうしたんだ…?」
滝川 「ん…? カボチャ〜? うっ…!」
   
  部室中に散乱しているカボチャの煮付け…。 その一部は、壁や天井に貼りついていて…
   
   
  再び信子と道子のいる喫茶店…
斎藤 「でも、あんた、今川さんの言う通り、共通語を話せるようになったじゃない…。」
織田 「だから、よけいに腹がたつのよっ!
  そりゃ〜、あのクソ女が言ったことは正論よっ?
  実際、全国の田舎モノが大集合した東京で、各地の方言を好き勝手に話されたら、
  コミュニケーションがとれなくなっちゃうものね。
  だからと言って、あのクソ女にあんな風に言われる筋合いはないわっ!」
斎藤 「それって、木下くんも、同じ境遇よね…。」
   
織田 「うっ…。 か、彼は、しかたないのよっ!
  わっ、私と話すと、木下くんも方言がでちゃうでしょっ!?
  そ、そうすると、彼も、なかなか共通語を覚えないでしょっ!?」
斎藤 「モノは言い様だけどね〜。」
   
織田 「と、とにかく、木下くんが共通語をマスターするのは、彼自身にとっても、いいことなのよっ!
  彼が方言を話しづづけると、私までつられて方言を話しちゃうわっ!
  そうなってしまったら、わざわざ引っ越した意味がなくなっちゃうのよっ!」
斎藤 「信子が春休みに引越したのは聞いたけど、それがどういう意味なのよ…?」
   
織田 「引っ越したのは広尾よ、広尾っ! あなたも、そこがどういう街だか知ってるでしょっ!?
  これからの私は、文献調査をするときは、いつも都立中央図書館に通ってね、
  その帰り道に、有栖川公園で一休みするのよっ!
  そこには、いつも外国人の母子がいて、私がハァ〜イッまた会えたね〜と声をかけると、
  幼い子供が、コンニチハ〜って日本語で答えてくれるのっ。
  で、その子のお母さんと英語で軽く世間話をして別れた後、
  ナショナルマーケットでワインを買って帰ることになっているのよっ!」
   
斎藤 「………、なに…? それ…。」
織田 「決まってるじゃないっ! オシャレでハイセンスな都会人になるための必須条件よっ!」
斎藤 「共通語を話せれば、それでいいんじゃないの…?」
織田 「それだけじゃ、あのクソ女が言ったままを、なぞったことにしかならないわっ!
  あのクソ女を見返すには、クソ女以上のオシャレな都会人にならなきゃならないのよっ!」
斎藤 「あんたねぇ〜…」
   
   
  その頃、前田と丹羽に連れまわされて、大改造中の木下…
  ぐりぐりメガネはコンタクトに、髪の毛も染めさせられて、
  大学生協では、いろんな服を前田と丹羽に買わさせられている木下。
   
木下 「せ、先輩…。 おら、こんなに買い物したら、生活費が無くなってしまうだよ…。」
前田 「な〜に、心配するなっ! おまえのバイト先は、もう決めてあるっ!」
木下 「えっ? おら、バイトするだかっ!?」
前田 「そんなに驚くなよ。 昆研に入ったやつは、必ずすることになってる仕事さっ。
  今から雇い主のところに行くぞっ!」
   
  木下が連れてこられたのは、なぜだか動物行動学教室…
前田 「松井先生っ! 昆研の新入生を連れてきましたっ!」
松井 「あら、ごくろうさん。 ふ〜ん、君かぁ。 よろしく頼むわよっ!
  私は松井。 ここの助手で、昆研の顧問でOGなの。」
木下 「お、おら、木下ですだ…。 ど、どんな仕事をすればいいんだか…?」
   
松井 「ああ、仕事は簡単よ。 研究室で飼育している小動物や昆虫なんかの世話をするの。
  ほんとは、研究者がまめにするべき仕事なんだけど、数と種類が多すぎてね…。
  世話の手伝いがどうしても必要なのよ。 
  仕事のやり方は、昆研の先輩が教えてくれるから、心配いらないわ。」
木下 「ああ、動物の世話だべか。 面白そうな仕事でよかっただ…。」
   
松井 「木下くん…、それにしても、ずいぶんなまってるわね…。
  それは、早く直したほうがいいわよ?」
木下 「やっぱし、なまってるのはまずいだべか…?」
松井 「まあね。 フォーマルな場では、共通語でないとまずいし、
  共通語しかわからない留学生とのコミュニケーションがとれなくなっちゃうわよ?」
木下 「あっ…。 たしかに、留学生には、方言は使えないだな…。
  わかっただ…。 おら、共通語を話せるようにするだよ…。」
松井 「それがいいわね。 ここには方言にうるさい4年生もいるし、すぐに話せるようになるわよっ!」
   
前田 「木下…。 それって、織田さんのことだからな…。 無事を祈るよ…。」
木下 「うっ…。 のぶっち…だか…。」
   
  そんなわけで、おとなしく方言の矯正を受けることになった木下。
  織田による厳しいチェックに耐えながら…
  前田と丹羽も、連帯責任をとらされて、結構、大変だったりする…。
   
  んで、一ヶ月ほど経過…
   
  忘れそうになったけど、これはGS美神の二次創作なわけでして…
  某日午後、美神事務所
令子 「おキヌちゃんっ。 私の代わりに行ってきてっ!」
キヌ 「でもっ…、でもっ!」
   
  令子のデスクに置かれているのは、生菓子がいっぱい入った詰め合わせ…
令子 「もぉ〜っ! ママったらっ! セコい手を使うんだからっ!
  こんなんで、私がほいほいオヤジのところに行くとでも思ってるのかしらっ!」
   
  令子の出勤前に事務所に現れて、ひのめと生菓子を置いて行った美智恵。
  帰国してきた公彦に、令子がなかなか会いに行かないので、
  生菓子を公彦まで令子に届けさせようという魂胆らしい…。
   
令子 「おキヌちゃん、行きたくないなら、行かなくてもいいわっ。
  このお菓子、事務所で食べちゃえばいいからっ。」
キヌ 「そんなぁ〜。 ダメです、美神さんっ。 私たちのぶんは、別にありますし、
  学生さんのぶんもあるんで、私たちだけじゃ、食べきれないですっ!」
   
シロ 「拙者が全部食べてもいいんでござるが…」
タマモ 「私は、食べ過ぎで腹をくだしたあんたの看病なんか、する気はないわよ?」
   
令子 「まっ、そういうわけだから、おキヌちゃん、お願いするわねっ!」
キヌ 「美神さん…、やっぱり行かないつもりなんですね…」
   
横島 「しょうがないな〜。 おキヌちゃん、俺が代わりに行ってくるからっ!」
  令子の父親に会って、少しでも得点を稼ごうとしている横島…
  バキャッ! 令子に殴られ、横島ダウン…
キヌ 「あああ……」
横島 「な、なぜ…?」
令子 「あんた、うちのオヤジがどういう能力を持っているのか知ってるでしょっ!?
  あんたが会うと、あんたの煩悩だらけの妄想が、全部オヤジにばれちゃうってことなのよっ!?
  オヤジに、あんたの妄想した私の裸を見られることになるなんて… (カァ〜〜ッ!)
  バキャッ! 再び令子に殴られ、横島ダウン…
   
   
  てなわけで、お菓子を持って東都大学にやってきたおキヌちゃん。
  そこに小動物たちに与えるエサとして学食の残飯を抱えた織田と木下が通りかかる…。
   
キヌ 「あの〜、すいません…。 動物行動学教室の方でしょうか…?」
織田 「えっ? そうだけど…。 あなたは…?」
キヌ 「ああ、よかったっ! 私、美神さんにお使いを頼まれた者なんですけど、
  大学の構内が広くて、迷っちゃって困ってたんです。」
   
織田 「ふ〜ん、美神教授に用事があるのね? 私たちも教室に戻るところだから、一緒に行きましょう。
  でも…、よく、私たちが動物行動学教室の人間だってことがわかったわね?」
キヌ 「あの…、他の学生さんに、教えてもらったんです…。
  食堂の裏口に、浮浪者みたいに残飯をゴミ袋に入れて持ち歩いている人たちがいるけど、
  それが動物行動学教室の人だから…って…。」
織田 「うっ…。 た、たしかにそうだけど…」
   
  久しぶりに再会した、木下とおキヌちゃんっ。 でも…
木下 (ふ〜ん、この女の子、幽霊のおキヌちゃんに、よく似てるだな〜
  だども、どうみても人間だで、おキヌちゃんじゃないだべな…)
   
  おキヌちゃんの方も、あの浪人さんだったとは、まったく気づかなかったりする…。
  ぐりぐりメガネをコンタクトにしちゃって髪も染めてしまった木下なので、しかたないのだが。
   
  織田に教授室まで案内されたおキヌちゃん。 室内で公彦と初めてのご対面。
  令子が来てくれなかったのは残念だけど、かわいい来客に心をなごませている公彦。
  令子や事務所のことなど、いろいろ雑談している二人。
   
  織田と木下の方はといえば、持ってきた残飯を種類別に選り分けてたりする。
木下 「織田さん、さっきの女の子、美神教授の知り合いなんでしょうか?」
  織田の圧力によって、意識すれば少しは共通語を話せるようになっていた木下。
   
織田 「ん〜? 私も知らないんだけど…。 やっぱり気になる? 可愛かったもんねっ?」
木下 「あっ、そ、そうじゃなくってっ。 おらの知ってる幽霊の女の子にそっくりだったもんだで…」
織田 「木下くんっ! 方言っ!」
木下 「す、すいませんっ!」
   
織田 「でも、なに? 木下くん、幽霊なんかに知り合いがいたの?
  なんか、浪人時代は、そ〜と〜暗かったみたいね〜…?」
木下 「たしかに暗かったけど、おらの…、ボ、ボクの暗さはおキヌちゃんとは関係なかったんだけど…」
織田 「ふ〜ん、その幽霊、おキヌちゃんっていうの?」
木下 「ええ…」
   
松井 「へ〜、木下くん、おキヌちゃんの幽霊時代に、会ったことがあるのね?」
  二人の近くで別の作業をしていた松井助手が声をかける。
   
木下 「えっ!? 先生、どういうことですか?」
松井 「彼女、ちょっと前に幽霊から人間に生き返ったそうなのよ。」
木下 「そ、そんなことが、あるだべかっ!?」
松井 「私も、詳しいことは知らないわ。 でも、ゴーストスイーパーの美神令子さん、
  美神教授の娘さんなんだけど、彼女のおかげで生き返ったそうなの。」
木下 「そうだべか〜っ! そりゃよかっただぁ〜っ!
  おキヌちゃんが人間になってだなんて、おら、知らなかっただよ〜っ!」
   
松井 「ふ〜ん、木下くん、おキヌちゃんと一緒に教室に戻ってきたのに、
  二人とも知り合いだったってことに気づいてなかったのね?
  せっかくだから、彼女をここに連れてきてあげるわねっ!」
木下 「よ、よろしくお願いしますだっ!」
   
  おキヌちゃんを呼びに、教授室に向かう松井。
  少々浮かれ気味の木下。 なんとなく気に入らない織田…。
織田 「木下くん…。 その、おキヌちゃんとは、どういう関係だったの…?」
木下 「えっと、受験前日に励ましてもらっただけなんだけど…」
   
  しばらくして、松井に連れられて木下のところにやってきたおキヌちゃん。
木下 「おキヌちゃんっ! お久しぶりっ!」
キヌ 「あ、あの…、おキヌです…。 えっと、幽霊時代の私を知ってらっしゃるそうなんですけど…」
木下 「やっぱり、ボクのことを覚えていないのかな…?」
キヌ 「す、すみませんっ。 幽霊時代の記憶も、残っているんですけど…」
   
木下 「まあ、しかたないだよ。 おらも、少しの間に、見た目は変わっちまっただからなっ!」
キヌ 「えっ!? そ、その話し方…」
木下 「あっ! 少しは覚えていてくれただかっ! おら、木下だよっ!」
キヌ 「えっ? 木下…さん…?」
木下 「うっ…、しまっただ…。 おら、おキヌちゃんに名前を覚えてもらってなかっただよ…。
  ほら、横島くんの隣に住んでいた…」
   
キヌ 「えっ!? それって…、浪人さん…。 浪人さんなんですかっ!?」
木下 「んだっ! 覚えていてくれただなっ! おら、うれしいだよっ!」
キヌ 「浪人さん、すご〜〜いっ! なんだか、すごくかっこよくなってます〜っ!」
木下 「いやぁ〜、あはは…。 テレるだなぁ〜。」
   
  ようやく、お互いが誰だったかを確認できた二人。
  織田にもわかるように、受験当時のドタバタな出来事を説明しながら、おキヌちゃんと話をする木下。
  木下が楽しそうに話しているので、方言を使っていることは我慢してあげている織田…。
   
織田 「ふ〜ん、そんなことが有ったんだぁ〜。 ニュースで『絶対合格』のお札が出まわっていたのは
  聞いていたけど、木下くんの手元にも、そのお札が有ったなんてね〜。
  それにしても、木下くん、よく我慢したわね。 三浪もしてたら、使っててもおかしくないわよ?」
キヌ 「私も、よくわからずに浪人さんに渡してしまって…。 私のせいで不合格になってたらと思うと
  ものすごく責任感じちゃってあせったんですけど…」
   
木下 「まあ…、おらも、直前まで悩んだだよ…。
  だども、おキヌちゃんに、『がんばってできないことなんかあるわけない』と励まされて、
  なんとか自力で受ける気になっただ。  それに……」
  ゴソゴソゴソ… なにやら財布から取り出そうとしている木下…。
   
木下 「うん、これだべっ。 おらには、これが有ったから、お札を持って行くのはやめただよ。」
織田 「えっ!? そ、それって、もしかしてっ!?」
  木下が取り出したのは、合格祈願の小さなお守り。
   
木下 「んだ。 現役のとき、のぶっちと一緒に神社にお参りしに行ったときに買ったお守りだべ。
  そのとき、のぶっちと『一緒に大学受かるだよっ!』 って、約束したでな。
  結局、おらは三浪しちゃっただども、それでもずっと頑張れたのも、このお守りのおかげだべ。
  浪人中、おらが人一倍努力したのを、このお守りだけはずっと見守ってくれていたから、
  これさえあれば、受かると思っただよ…。」
   
キヌ 「わぁ〜〜っ! いいお話ですね〜っ!
  なんだか、妬けちゃうな〜。 やっぱり、お二人はつきあってらっしゃるんですね?」
木下 「えっ!? そ、そんなことは、ないだども…」
キヌ 「え〜? そうですか〜? なんだか、とってもお似合いな感じがするんですけど…」
木下 「い、いんやぁ〜、そ、そうだかっ? あは、あはは…」
  おキヌちゃんに煽られて、テレまくる木下。
  織田信子はというと…、ちょっと暗い雰囲気になって、押し黙っている…。
   
   
  おキヌちゃんが帰ったあと、黙々と昆虫たちの世話をする織田と木下。
木下 「あ、あの…、織田さん…。 さっきは、方言で話してしまって、すみません…。
  そ、その…、おキヌちゃんとは、方言でしか話したことがなかったから…。」
織田 「………、気にしなくていいわ…。」
木下 「は、はい…。」
   
木下 (う〜ん…、のぶっち、なんだか落ち込んでいるだなぁ〜… なしてかな…?
  励ましてあげたいだども、共通語でどう言えばいいだか、わかんないだよ…)
   
  しばらくして…
  ガシャンッ! 手に持っていた動物用のエサ入れを落としてしまった織田信子…
木下 「えっ!? 織田さん、どうしただか…?」
   
織田 「おら…、バカだ…。」
木下 「えっ?」
  ぽとん…。 信子の目からこぼれ落ちる涙…。
   
織田 「おら…、ほんと、バカだ…。
  方言を使いながら楽しそうに話してる、おめを見ていてわかっただ…。
  自分がどれだけ、無理してただか…」
  流れ落ちる涙をふきもせずに話し続ける織田…。
   
織田 「おら、田舎モノ扱いされるのがイヤで、方言さ使ってしまうのがイヤで、
  こっちに来てから、田舎の友達と会うのを避けてただ…。
  かっちゃから電話があっても、長く話すのをイヤがって、すぐきってただ…。
  つまんない意地をはって、自分自身で、田舎との繋がりを切って来てただよ…。
  だのに、おめさ、おらと一緒に買ったお守りを、そんなに大切にしてくれて…
  おらは…、おらは… うぅ…」
木下 「のぶっち…」
   
  あとは言葉にならず、泣き続ける織田信子…。
  かける言葉が見つからずにたたずんでいる木下。
  でも、彼女の気がすむまで、ずっとそばにいてあげることは心に決めていて…
   
   
  翌日の放課後、昆研の部室で木下の方言を矯正している前田と丹羽。
前田 「だいぶん、ましにはなってきたけどな〜」
丹羽 「まだ、アクセントとかは、かなり危ういな…」
前田 「もうちょっと上達してないと、織田さんに怒られちゃうしな…。」
木下 「その…、のぶっちだども…。」
前田 「こらっ! 方言使うなっていってるだろうがっ!」
木下 「す、すみません…。」
   
  ガチャッ! 部室のドアが開き、織田信子が入ってくる。
  なにやら、とっても機嫌が良さそう。
織田 「木下くん、いる〜?」
前田 「あっ! 織田さんっ! 俺たち、今、木下の方言を矯正しておりますっ!」
織田 「なんだ。 そんなことやってたのか。 もう、どうでもいいのに。」
前田 「えっ!?」
   
織田 「それより、木下くん、今から飲みに行くだよっ!
  おら、方言使いたくてしょうがないだ。
  おめと一緒に、おもいっきり方言さ使って話をするだよっ!」
木下 「ああ…。 おらは、かまわね〜だども、先輩たちは…。」
   
織田 「ん〜? こいつらのことだか? ほっとけばいいだっ。
  おめら、もう、木下くんの方言さ、矯正しなくてもいいだよっ!
  おらは木下くんといるときは、方言を使うことに決めただからなっ!」
前田 「そ、そうなんですか…。」
   
織田 「前田っ、丹羽っ! おめらも、好きなだけ方言使っていいから。
  さっ! 木下くん、早く行くべっ!?」
木下 「んだなっ。 おらも、楽しみだべさっ! 先輩っ、お先に失礼しますだっ!」
   
  てなわけで、二人で飲みに出かけてしまった織田と木下…
  部室に残っているのは、あっけにとられている前田と丹羽の二人…
   
前田 「………、どういうこと…?」
丹羽 「………、これからは、方言を使っても織田さんに怒られなくてすむ…ってことだろ?」
   
前田 「じゃあ…、織田さんに怒られ続けた俺たちの2年間って、なに…?」
丹羽 「………、俺に聞くなよ…。」
前田 「おまえ、今夜は、どうする? 飲みに行くか…?」
丹羽 「行くしかなかろう…」
前田 「丹羽…。 今夜は、絶対、方言を使うなよっ!?」
丹羽 「あたりまえだっ! 俺たちの2年間をチャラにされてたまるかっ!」
   
  「うおぉ〜〜〜〜〜んっ!!」
  その夜、二人の男による悲痛な叫び声が街中に響き渡るのだが、
  楽しそうに話している織田と木下には、遠い世界の出来事でしかなかったよ〜だ…。
   
END  

※この作品は、まきしゃさんによる C-WWW への投稿作品です。
[ 煩悩の部屋に戻る ]