『あなた……起きて、あなた…………』

 誰かの声が、聞こえる。声の主がオレの体を揺すっているのがわかる。

 誰だ?

『あなた……いいかげん起きてください、あなたってば…………』

 うるさいな。わかったよ、起きるよ。起きればいいんだろう?

 寝ぼけ眼にそんなことを口にし、オレは上半身をむくりと起こした。

 しゃっと、カーテンの開く音。朝日が目に染みて眩しい。

「ほんっとに、あなたってば朝が弱いのね。ほら、しゃきっとして」

「………わかってる」

 涙でにじむ視界で、オレは答えた。

「もうすぐご飯ですから、ちゃんと顔洗って下りてきてくださいよ」

 言い捨てて、階下に下りていくルシオラ。

 ………………………………ルシオラ!?

 意識は一気に覚醒した。

 ルシオラ。死んだはずの彼女が、なぜ……?

 …………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 ……………

 ………

 はっ。

 なにを寝ぼけているんだ、オレは。

 ルシオラがここにいる? 当たり前じゃないか。大戦の後、ルシオラはちゃんと生き返った。そしてオレたちは結婚したんだ、二年前に。

 まったく、どうかしている。いくらルシオラが死んだ夢を見たからといって。

 オレは横島忠夫。今年で21になる、もうすぐ結婚三年目の若手GS。

 よし、目が覚めた。

「あなた! 早くしないと愛子さんが迎えに来てしまいますよ!?」

「と、いけね。もうそんな時間か」

 オレは急いで身だしなみを整え、階段を降りた。

 食卓では、ルシオラが待ちくたびれた様子で立っている。

 ルシオラ、か……

「……あなた?」

「え?」

 ぼうっとしていたオレに、ルシオラがいぶかしむ。

「どうしたの、ぼうっとして。調子でも悪いの?」

 途端に涙目になるルシオラ。

「お医者様いきますか? ああ、人医じゃだめだわ、小竜姫様のとこじゃないと……」

 …………そうだったな。

 一年前、オレの中のルシオラの霊基構造が暴走して、オレは死の淵をさ迷った。

 それ以来、ルシオラはオレの調子が悪いといつもこんな感じで心配する。

「今日はお仕事休みます? 愛子さんにはアタシから連絡入れときますから」

「大丈夫だよ、ルシオラ。心配するなって」

「でも……」

「まだちょっと目が覚めきってないだけさ。心配する事ないって」

 笑いかけるオレに、ようやくルシオラも落ち着いたようだ。

「もう…………心配かけさせないでください」

「わりぃわりぃ。そういや、まだ言ってなかったな。

 おはよう、ルシオラ」

 オレの一ドルの価値もなかろう笑顔に、ルシオラの百万ドルの笑顔が返ってくる。

「おはようございます、あなた」

 その笑顔をみるだけで、表現し難い幸福感に包まれる。

 幸せな朝の、始まりだった。



















人魔 第13幕

自分ヨリモ大切ナ























 一、


 今から戦いを開始しようというのに、リュックは動かない。相変わらず岩に腰掛け、広げた本に目を落としている。

「…………」

 美神はなにも言わない。なにも言わないまま、神通棍を握る。

 振るう。鞭の先端がリュックの頭を砕かんと荒れ狂い、

「!!」

 パピリオの腕に、掴まれた。

 霊波を放つパピリオ。かわす美神たち。

 リュックは紅茶を飲み、本に目を通す。

 もう一度、鞭を振るう。屈んでかわすパピリオ。

 神楽が精神攻撃を放つ。一瞬、パピリオの動きが止まる。すぐに行動を再開するも、鏡華の触角が接続され、さらに動きが鈍る。

 左を、弓が。右を、魔理が。上を、雪之丞が。

 それぞれ通りすぎた。

 狙いは一つ。パピリオを操っているリュック。

 標的に迫る三人。ワルキューレとジークが、精霊石銃で援護射撃を行う。

 リュックは動かない。紅茶を飲み、本に目を通している。

 結論から言おう。

 誰一人、彼に触れることはできなかった。

 その攻防は、時間にして十秒にも満たなかったが。

 その十にも満たない時の間に、誰一人。

 12人は誰一人とて、その、紅茶を飲んで優雅に読書をしている少年に、指先一本、触れることは出来なかった。

 パピリオが、守護者として立ちはだかったがために。

 パピリオが、死神として彼女らを狩ったがために。

 一瞬。

 パピリオは、自身の霊力を爆発的に解放した。その刺激をもろにくらい、鏡華の脳がパンクする。

 接続が外れ、神楽の精神波が打ち消される。

 後ろに、跳ぶ。

 雪之丞の頭頂に膝を入れ、弓の方向へ飛ばす。勢い、魔理に踵を食らわせ、銃弾を霊波で気化させた。

 パピリオは止まらない。

 魔理を掴み、美神たちへ投げつける。同時に、霊波を放った。

 離脱する美神たち。

 爆炎が、砂を巻き上げる。

 視界が、塞ぐ。

「みんな、無事か!?」

 上空に逃れたワルキューレ。他の安否を確認しようと、周囲を見渡す。

 魔理をかばったゆえであろう、足をやられた弟を見つけ、

「! ジ」

 砂の中から、腕が伸びた。

 腕はワルキューレの顔を掴み、目に親指を入れて視界を潰した。

 膝が顔面に叩きこまれる。顎へと蹴りが続く。浮かんだ顔面に、さらに踵が落とされた。

 地面に叩きつけられるワルキューレ。その腹に二つの膝が落ち、無防備な喉に手刀が突き刺さる。

「あ、姉上……!?」

 叫ぶ方向に、パピリオは霊波を放つ。

 足は動かない。魔理は気絶している。ジークは魔理をかばった。

 全霊力を防御に回し、その攻撃をなんとか耐える。

 顔を上げた。姉の姿が目に入る。パピリオはいない。

 背後に気配。後頭部へ衝撃が走る。

 ジークの意識は途絶えた。

 パピリオは止まらない。

「ちょ、ちょっと待ってよ、一体な」

 展開に付いていけずにおろおろしていた神楽を潰す。

 パピリオは止まらない。

「雪之丞? ちょっと、しっかりしなさいよ、雪之丞!!」

 恋人の安否を気遣う弓。その背後に回り止めを刺すなど、容易すぎた。

 後、一人。

 パピリオは、まだ、止まらない。

 煙は、まだ、晴れない。

 背後に回り、拳を繰り出す。

 勘だけで、それを避ける美神。

 鞭を振るう。止められる。

 パピリオの五指が、美神の顔を圧壊すべく伸びる。

 衝撃。

 予定外のベクトルに、パピリオの身体は吹き飛ばされた。

 空中で体制を立て直し、着地するパピリオ。

 動かない。予定外の攻撃、その正体を分析する。

「やれやれ。ワシが出張ることになろうとはのう」

 煙が、晴れる。

「まあ、あれじゃ。可愛い弟子どもが死闘を演じとるのに、茶をすすっとるわけにもいくまいて」

 衝撃の正体は、棍だった。

 美神の神通棍ではない。もっと巨大で、もっと強力な、棍。

 初めて、リュックが顔を上げた。

「びっくりした。まさか、あなたが出てくるなんて」

「意外か、小僧?」

「まさか。予測の内だよ」

 現われたのは、猿神。

 妙神山の主、斉天大聖であった。























 二、


「なによ、今の……?」

 呆然と。

 離れた場所で、タマモは戦闘の一部始終を見ていた。

 7人だ。わずかの一瞬、ほんの数秒の間に、パピリオは7人を仕留めていた。後一瞬猿神の参入が遅ければ、それは数を一つ増やしていただろうことは想像に難くない。

 ぶるりと、震えが来る。その、惚れ惚れとする非情さと、恍惚な残虐さ。

 ここ数日、雪之丞をからかって遊んでいたときとは別人だった。シロと手合わせをしていたときとは、まったく違う動きだった。

 機械のように精密。人形のように冷徹。

 キヌとシロは、ヒャクメの指示の元、小竜姫にヒーリングをかけている。

 この戦闘を見たのは、自分一人。

 悪寒。

 自分では絶対に勝てないという、確信があった。

 美神と、新しく出てきた猿神が二言三言を交わす。

 美神が首を振り、こちらへと向かってきた。

「……みんなは?」

 放っておくの? と、タマモは問うた。

「下手に動かさないほうがいいって。頭打ってる奴もいるから」

 俯いて、美神は答える。

 慰めをかける気には、タマモはなれなかった。そんなことに意味がないと知っているから。

「タマモ、あんたも手伝って。霊力を注入して、ヒーリングの効果を高めるの。

 …………向こうは、老師に任せましょう」

 静かな声で言う美神の、しかし顔は激しい。屈辱と、怒りが現われている。

「――――このままじゃ、終わらせないわ」

 小さなその呟きを、タマモは聞き逃さなかった。

 その言葉が、とても彼女らしく思えて、クスリと、タマモは笑った。

「了解。小竜姫を快復させれば、こっちにも勝機が見えてくるしね」

 少し軽くなった心で、タマモは軽口を叩いた。























 三、


「お初にお目にかかれて光栄です、斉天大聖さん。ボクはリュックと申します。以後、よろしくお見知り置きを」

 優雅に。

 本を閉じ、紅茶を置き、リュックは一礼してみせた。

「これはまたご丁寧に。こちらこそ、丁重におもてなしさせていただこう」

「それは楽しみです」

 体を起こし、構える。

「あなたを殺したとあらば、ボクの名声も上がるというもの」

「若い頃は、痛い目を見んとわからんことも多々あるものじゃて」

 棍を握る手に、力がこもる。

「それでは、参ります」

「いつでも来い」

 戦いが始まった。

 最速で、リュックは間合いを詰める。

 眼前で巨大化する斉天大聖。

 広がった間合いの、ぎりぎり外でリュックは停止した。

 片腕を振るう。パピリオが動く。

 斉天大聖の間合いの中、パピリオは距離を詰める。

 斉天大聖は動かない。リュックも、距離を縮めた。

 斉天大聖は動かない。

 パピリオの間合い。拳を繰り出す。わずかな動きで避ける斉天大聖。

 続く、リュックの拳。わずかな動きで、

「!!」

 否、大きく跳び退き、斉天大聖は避けた。

 攻撃はまだ続く。

 パピリオの攻撃。わずかに避ける。

 リュックの攻撃。大きくかわす。

 パピリオの攻撃。わずかに避ける。

 リュックの攻撃。棍で迎え撃つ。

 棍はかわされ、リュックの足刀が頬を打った。

 霊力差ゆえ、大きなダメージはない。

 さらに攻撃は続く。

 リュックの攻撃。避ける。

 パピリオの攻撃。避けきれず、胸をかすった。

 容赦はしない。したらやられる。

 渾身の力をこめて、斉天大聖は棍を振るう。

 パピリオの身体が、リュックの方向へと薙ぎ払われる。

 凶弾と化したパピリオの身体を受けとめることなく、リュックは脇へ退いた。

 パピリオの身体で、一瞬、視界が塞ぐ。

 開けた視界の目前に、斉天大聖が迫っていた。

 素手で。

 なぜ? リュックは瞬間、思考した。何故、棍を持っていない?

 斉天大聖が拳を振るう。わずかな動きで避けようとし、

「!!」

 気付き、リュックは大きく跳んだ。

 斉天大聖の手の内から伸びた棍は、リュックを捉えることはできなかった。

 お互いに、距離をとる。

「……なるほど。そう言えば、あなたは人間界では、孫悟空としても慕われていましたね」

 伸びた棍――如意棒――が、通常の長さへと縮んだ。

「ふむ。隠し手の一つだったがな。なるほど、鋭い反射速度じゃ」

「お褒めにあずかり恐悦至極」

「じゃが、それだけではパピリオは倒せまいて。

 あの娘は、そんな中途半端な技術などものともしないパワーがある。本気で死合えば、小竜姫とて超加速なしでは勝てまい。ましてや、お主のような雑魚と呼べるほどの霊力では」

「しかしボクは、現実にパピリオを倒してますよ」

「そう。すなわち、お前は半端でない技術をもっていることになる。いや、技術というより、能力かの」

「能力、ですか? そうですね、ボクは体術を極めていると自負してますから」

 そこで、斉天大聖は小さく笑った。

「体術を極めた如きで勝てる相手ではない。力の差とは、そう言うものじゃ。お前の能力は、別にある」

「…………」

「お前の能力は体術ではない。

 では、なにか? パピリオをも捉える傀儡術か。正解のような気もするが、何か違う気もする。

 年を取るとな、そういった勘が働くんじゃ。

 それがなんであるか見極めるのに、数合交えた。そして、結論を得た」

「へえ。なんです?」

「お前の能力。そうじゃな、一言で言うならば、『糸』、じゃろう?」























 四、


『ここはワシにまかせろ』

 斉天大聖にそう言われたとき、美神は理解しつつも、納得が出来なかった。否、納得もしていたが、認めたくなかったのだ。

 こんなガキに良いようにやられたと、認めることが。

『…………わかった』

 しかし、認めるしかない。でなければ、即、死に繋がることは、想像に難くなかった。

 素直に敗者として、戦場を離れようとした時、斉天大聖に呼びとめられた。

『なに?』

 斉天大聖は言った。協力して欲しいと。

 美神は我が耳を疑った。自分の霊力など、この老人にしてみれば足手まとい以外の何物でもなかろうに。

『どういうこと?』

 だから、美神はそう問うた。

『パピリオを、解放する』

 自分にしか聞こえないように、斉天大聖は耳元で囁く。

『ワシが戦う。あの少年とて、ワシが相手となれば、お主らに注意を向ける余裕はなかろうて。

 その隙に、お主らはパピリオが操られている原因を突きとめ、それを排除しろ』

 美神は一二もなく頷いた。

 自分はまだ、完全な負け犬にはなっていない。

 パピリオを目覚めさせることが出来る。まだ自分の役割が残っている。

 そしてなにより。

 あのスカしたクソガキに、一矢報いることが出来るのだ。

 だから美神は戦列を離れ、小竜姫の治療を手伝った。

 キヌのヒーリング効果を自分の霊力で高めながら、目はひたすらに戦闘を追う。

(見てなさいよ。この美神令子をコケにしたことを、絶対に後悔させてやるんだから!)

 クソガキの弱点を、決して見逃すまいとするように。























 五、


 『糸』という単語を耳にしたとき、リュックの心はびくりと震えた。

 しかし、顔には終始笑みが張り付いている。

「糸、ですか」

「そう、糸じゃ」

 確信気味た声色で言う斉天大聖に、リュックは正直、舌を巻いた。

「それは、どういうことですか?」

 リュックの問いに、斉天大聖は応える。

「どういう原理かはわからぬが、お主は身体から、他人を操る糸を出せる。

 それはほんのわずかな間の放出にすぎぬし、お主程度の霊力ではワシを操るなど、普通は出来ぬ。

 が、お主は己の体術と組み合わせて、それを可能にした」

 心の中で、冷や汗が流れる。まったく、大した洞察眼だ。セザールにさえ、こんなに早くは見破られなかったというのに。

「攻撃の瞬間。どうしても、意識は攻撃に傾く。防御はおろそかになってしまう。

 お前はその一瞬に『糸』を接続する。しかも、すべてを乗っ取るのではなく、攻撃個所のみを操る。

 結果、攻撃の軌道は甘くなり、お前の体術の前には通用しない」

 リュックはなにも言わない。言うべきことがないからだ。斉天大聖の言葉は、的確に自分の能力を解説している。

「まったく。大した能力じゃよ。

 やられた側は気付かんじゃろうな。気付かなければ、お前の体術を過大評価してしまう。

 気付いたとしても、打つ手がない。『糸』に意識を取られれば、お前の体術を避けられなくなるし、攻撃それ自体も甘いものになってしまう。

 そうすれば、後はお前の思う壺。体術にばかり目がいって『糸』に気付かない敵も、『糸』にばかり目がいって体術に屈する敵も、どちら共に中途半端に対応する敵も、もはや敵ではなかろうて。

 そうして、隙あらば操る……パピリオのようにな」

 リュックは微笑んだ。やっと、自分が補足できる事項が見つかった。

「確かにボクの能力はあなたの言う通りです。でも、パピリオを操ったくだりは、少し違います」

「ほう?」

「いくら体術に目を行かせたからといって、パピリオほどのものをそうそう操れはしない。力の差とは、そういうものです」

 皮肉を言う。が、斉天大聖は取り合わない。

「もっとも、戦うだけならば充分だった。

 ボクはじわりじわりと彼女を痛めつけ、抵抗の力を削いだ。身体も心も弱り、勝てないと思わせるまで。

 そうして敗北を受け入れた心には、『糸』に抗する力はない。あなたの言った通り、操り放題なんですよ。

 このように、ね!」

 パピリオが走った。

 一気に斉天大聖の間合いに入り、しかしパピリオはなにも防御しない。

 攻撃のみに特化させた霊力を、斉天大聖に叩きつける。

 リュックは動かない。パピリオの第二撃。斉天大聖が棍を振るう。

 棍は、パピリオの腹部にまともにめり込んだ。

 吐血するパピリオ。しかし、攻撃の手は緩まない。パピリオの拳が、斉天大聖の顔面に放たれる。

「どうです? これがボクの能力!

 他者を操り、自分の手足として扱う『糸』!

 これがボクの能力! 『繰り人形の糸』! マリオネット・バインド!」

 リュックが動く。

 パピリオを操りながら、斉天大聖に自らも攻撃し、『糸』を繋げようとする。

 斉天大聖は苦戦する。パピリオの攻撃は苛烈で、しかしパピリオはできるだけ傷付けたくなく、リュックの攻撃は執拗で、しかし『糸』には触れたくない。

 あまりにも、条件の悪すぎる戦いであった。

 だが。

 リュックは気付かない。

 すでにそれが、斉天大聖の策略の内であったということに。

 斉天大聖が、ご丁寧に敵の能力を解説してやった目的は、二つあった。

 一つ。リュックの注意を自分に向かせるため。能力が見破られたとあらば、今まで以上に必死にならざるを得ない。

 そしてもう一つ。美神に能力を知らせるため。

 そして美神は、その意思を受け取った。

「シロ、タマモ、ちょっと来て」

 ヒーリング中のシロタマを強引に引っ張る。

「ちょ、ちょっと美神さん!?」

「ごめん、ヒャクメ、おキヌちゃん。しばらく小竜姫をお願い。二人とも、あれを見て」

 シロとタマモの顔を、戦闘に向かせる。

「ガキの腕から先。なにが見える?」

 問う。リュックのカモフラージュは巧妙だった。自分では存在を感じ取れるものの、視覚としては見れてない。だが、この二人ならば――――

「糸……かな? なんか、細いものがあいつの腕から伸びてる」

「でござるな。パピリオに数本。後、猿神殿の腕に着こうと動いてるやつが数本」

 予想通り、二人には見えた。

「そう。いい、よく聞いて。あんたたちの働きが、この戦いの行方を決定付けるんだからね」

 美神の真剣な声に、二人は臆することなく頷いた。























 六、


 幾度目かの交錯。

 数合交え、リュックとパピリオの蹴りが、斉天大聖を捉えた。

「ぐ……おお!」

 斉天大聖は棍を振るう。

 リュックは左に。パピリオは右に。それぞれ、跳んで避けた。

 二人の距離が広がる。『糸』が伸びる。

 またとない、チャンスだった。

 突然、リュックが後方へ跳んだ。先ほどまでリュックの居た場所が、炎に包まれた。

「ち! 狐が!」

 リュックにダメージを与えられるかどうかは問題ではない。リュックの注意を逸らせれば、それでよかった。

 注意の逸れたその一瞬。

「おおおおおおお!」

 シロの霊波刀が、渾身の力をこめて。


 ザン!


 リュックとパピリオを繋ぐ『糸』を、断ち切った。

「き、貴様ら……!」

 言いかけ、リュックは背後の気配に気付いた。

 振り返りながら、接続のため『糸』を出す。

「ぶ!?」

 リュックの顔に、飛んできたヒールの踵がめり込んだ。

「この美神令子を――――」

 その眼前で、美神は神通棍を振り下ろす。

「ナめんじゃないわよ!!」

 霊力の鞭は、リュックの顔を薙ぎ払った。























 七、




「気に食わんな」

「なにがだい?」

 不機嫌に言う目の前の少年に、彼――リュックは尋ねた。

「全部だ」

 不機嫌なまま、少年はシンプルに答える。

「たかだか人間の、しかも女一人を殺す依頼も気に食わんが、部下がニ鬼つくというのもそれ以上に気に食わん。

 私をなんだと思っている?」

「フリーの殺し屋」

 少年の愚痴に、リュックはおどけて肩をすくめた。

「君の性格からして怒るのはわかるけどさ。ボクもしがない使いっ走りなんだよね。先方に文句を言われたので内容変えました、なんてことはできないよ」

「使い走り? よく言う」

 嘲笑の後、少年は冷ややかに鋭い視線を、リュックへ投げかける。

「……お前のボスは、一体何を考えている?」

「あの方の考えを推し量るなんてこと、恐れ多すぎてとてもとても。  ボクはただ、君にこの仕事を受けさせろと命令されただけ」

「受けさせろ、か」

 少年の目が細められる。

「断れば?」

「気が進まないけど、まあ、力ずくってことになるかな」

「私と戦うか」

「そうなるね、不本意ながら」

 組んでいた足を解き、リュックは立ちあがった。

「で、どうする? やる?」

 座ったまま、少年は首を横に振った。

「まさか。そんな不毛なこと、私はせんよ」

「不毛か。確かにそうだね。人形同士が戦っても、意味がないや」

 笑い、リュックは再び、古ぼけたイスに腰掛ける。

「じゃ、受けてくれるんだね、依頼?」

「そうなるな、不本意ながら」

「そう、よかった。じゃ、よろしくね」

「私は殺すと決めたら必ず殺す。信用してくれていいさ」

「信用してないわけじゃない。でも、気を付けなよ。美神令子は、世界でも1、2を争うGSなんだから」

 再び、少年の顔が不機嫌にくもった。

「私が人間如きにやられるとでも?」

「そうは思わないけど。でも、万が一ということもある」

「侮辱だな。いくらお前でも、許さんぞ」

「気に障ったのなら謝るよ。悪かった。

 ―――さて、もう行かなきゃ。バイバイ、デミアン。部下は追って送るよ」

「期待せずに待ってるよ」

 そして少年を残し、リュックは廃墟と化したゲームセンターから消え去った。





















 八、


 ゆっくりと、まるでスローモーションのように。

 パピリオは、地面に倒れ伏した。

「パピリオ!?」

 即座に駆け寄り、美神は少女の体を抱き起こす。

「パピリオ! しっかりしなさい、パピリオ!」

 身体を揺さぶり、呼びかける。

 しばらくして、パピリオの瞼が、ゆっくりと開かれた。

「……………………美神、さん?」

「パピリオ。よかった――――」

「美神さん、逃げて!」

 その声がなければ。

 背後から響いてきたヒャクメの叫び声を聞いていなければ。

 美神令子はそれで、命を落としていただろう。

 彼女が繰り出した手刀によって。

「な! パ、パピリオ!?」

 すんでのところで攻撃をかわした美神は、驚きの目で彼女を見つめ、名を叫んだ。

「ち。そういえばヒャクメがいたか。全身に100の感覚器官を持った、すべてを見渡す下っ端神族」

 舌打ちをし、彼女はゆっくりと起きあがる。

「惜しかったな。もう少しで殺れたものを。

 でもまあ、一瞬で殺しちゃつまらないし。そういう意味では、運がよかったのかもね」

 立ちあがり、裾についた埃をはたき、

「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してるのさ。

 ボクだよ。さっきまで戦ってたってのに、まさか忘れたわけじゃないだろう?」

 そして彼女――リュックは、ニヤリと笑ってみせた。























 九、


「……ピリオ。パピリオ」

 身体が揺れる感触で、パピリオは眠りの底から浮かび上がった。

 重い瞼をなんとか上げる。ぼやけた視界には、彼女の姉が自分を覗きこんでいた。

「こんなとこで寝ちゃ、風邪ひくよ」

 優しく、姉は言ってきた。寝ぼけたまま、パピリオは小さく返事して、眠りの世界に――――

「パピリオ!」

 再び身体に揺れ。眠りの世界が遠ざかる。

「寝るなら部屋に戻りなって!」

「………や」

 瞼をこすりながら、パピリオは首を振った。

「……きょうは、ここでねる」

 身体の揺れがおさまる。姉の溜息が耳についた。

 姉の気配が遠ざかっていく。パピリオは再び、眠りの世界へと落ちていく。

「起きろ」

 三度目の目覚めは、身体の揺れではなく痛みだった。

「……殴りまちたね、ベスパちゃん」

 頭を押さえて涙ぐみ、パピリオは抗議する。

「殴らいでか、眠り虫」

 答えながら、姉は床に布団を敷き始めていた。

「ほら。今日はここで寝るんだろ? 布団持ってきたから、せめて暖かくして眠りな」

「……ありがと。でも、なんで二組あるんでちゅか?」

「もう一つはアタシの」

 それが姉の心遣いだと、パピリオはすぐにわかった。

 敷かれた布団は三つ。それが川の字になって。

 左には姉が。真ん中には自分。そして右には、横島忠夫が。

「……ありがとでちゅ」

 もう一度、別の意味でのお礼を言い、パピリオは布団に潜った。

 隣に寝た姉が、自分の頬に触れる。

「あまりさ、思いつめるんじゃないよ」

「……うん」

「ヨコシマは、大丈夫だからさ」

「……うん」

「アタシや、大竜姫だっているんだ。どんな奴が来ても、即座に返り討ちだよ」

「……うん」

「……ヨコシマ、早く起きるといいね」

「…………うん」

 頬に暖かいものが伝わるのを感じた。姉の姿がにじんでいった。

 泣きながら、パピリオは今度こそ、眠りの世界へと落ちていった。























 十、


「そんな、バカな……だって」

 無意識に言葉に出しながら、美神は横目で確認した。

 リュックは倒れていた。自分の神通棍が頭をかち割り、確かにリュックの身体は地に倒れ、息絶えていた。

「こう言いたいんだろ。お前は確かにあそこで死んでいるのに。

 でも、違う違う。君たち、そもそもの前提から間違ってるよ。

 だれが、いつ、ボクの本体があの身体だと言った?」

 その言葉に、美神の頭に一つの考えが生じた。

「そういうことか。

 あんたの本体は、あの身体じゃない。いつか戦ったデミアンって奴もそうだったけど、本体の周りに肉を集めた擬態だったってわけね。

 そして、あんたの本体は他でもない――――」

「他でもない、なに?」

「あんたが武器に使っていた、糸そのもの」

「大! 正! 解! ノーヒントでわかるなんて、すごいね、キミ」

 リュックは大きく腕を広げ、美神を賞賛した。

「あんたはそもそもの肉体を持たない。定型という意味での肉体だけどね。あんたは糸そのもの。あんたが他人を操れるのは傀儡の術なんかじゃなく、自分が対象に直接触れて霊基片を流しこんでいるからに過ぎない」

「ご名答。先入観というのはとても面白いものでね。誰もが物事を自分の基準で決めようとする。それと著しく異なる他者もいるというのにね。まさか、武器として使っていた糸が本体とは、誰も夢にも思わない。人間は、こういうの特攻って言うのかな? それとも体当たり?」

 クスリと、リュックは笑う。

「キミの言った通り、ボクは本来の肉体を持たない。ボクにとって肉体とは鎧さ。そして、ボクという存在の生産所。

 プラナリアって知ってる? あれと同じ。いくら断たれても斬られても、肉体の霊力が糸を紡ぎ、ボクという存在は再生される。ボクを倒したかったら、再生の暇を与えず一瞬にして滅ぼすか、肉体ごと消し去るかだね。

 ま、キミたちにそれができるとは思えないけど」

 くすくすと笑い、リュックは近付く。パピリオの肉体をもって。

「できないと思う?」

「できると思ってる? キミたちはとても優しい。笑ってしまうほどに優しい。こうなったパピリオを倒すなんて、とてもできないと思うけど?」

 美神は首を振り、否定の意を表す。

「そうじゃない。私が言ってるのは、あんたを倒せないと思ってるのかってこと」

「ボクを殺すこととパピリオを殺すことは同義だ。パピリオを殺してもさっきみたいにボクは死なないかもしれないけど、パピリオを殺さずにボクを殺すことはできない」

「確かに、私たちにパピリオは殺せない。心情的にも、実力的にもね。

 でもね、あんたは間違いを犯した。今あんたのいる場所は、鎧の中なんかじゃない。

 ――――墓場よ」

 音が。

 笛の音が、背後から響いた。

 その音は戒めとなり、パピリオの身体に――否、リュックという存在に絡み付く。

「な……これは…………!?」

「肉体を持たないなんて、要は幽霊と同じじゃない。だったらネクロマンサーの笛で調伏が可能よね!

 あんたの間違いはただ一つ! おキヌちゃんの存在を忘れてた!」

 高々と、美神は宣言した。

「あんたの負けよ、クソガキ!」























 十一、


 リュックは形というものを持たない。彼の正体は、意思を持った霊力そのものだからだ。

 彼がどうしてそのように存在するのかは、またどうしてそのように存在するに至ったのかはわからない。存在するのだから、理由などどうでもいい。どんな理由を語ろうとも、在るという事実には及ばないのだから。

 リュックは肉体を持たない。リュックという存在は、糸という概念である。

 ゆえにリュックは生物ではない。肉体も持たなければ呼吸もしない存在を、生物とは呼ばない。

 しかしリュックは生き物である。意思と意志があり意識を持っているのならば、それは生きている証である。

 そして生き物は、己を個として確立できる肉体を持つことで生物となる。

 リュックが肉体を持つことを望んだのは、だから当然のことであり、必然のことであった。

 自己の器に適した肉体を見つけ、心の隙間に入りこみ、自分を再構成する。力をつけ、リュックはやがて、器を操る。

 自身の意思の自由となる身体は面白かった。リュックは器を積極的に操った。器の意思は邪魔だったので、すぐに殺した。

 そうして、リュックは自分の肉体を手に入れた。それは、彼が無自覚のうちに求めていたことだった。

 彼は己をリュックと名付け、少年として、生物として生きてきた。誰もを欺き、長い間、リュックという少年として生き続けた。

 それももう終わった。

 これからは、パピリオという少女として、彼女は生きていくだろう。

 そいつには性別はない。ただ、意識と意思と意志のみがある。

 そいつは、その三つをもつ、自我ある霊力にすぎないのだから。























 十二、


 美神は覚悟を決めていた。

 キヌの能力には、長期戦に向かないという欠点がある。生物として、それは克服することのできぬ欠点だ。

 ゆえに調伏は短時間で行なわねばならない。だが、どうやらリュックは耐えそうだった。

 ならば自分のすべきことは時間稼ぎだ。結界でリュックを止める。キヌの息が回復するまで。

 それを繰り返してやる。何度でもやってやる。

 美神は破魔札を取り出す。

 そう、決してパピリオを見殺しになどしない。それをすれば、彼が悲しむのは目に見えている。

 もう、あんな彼は見たくない。

 キヌの笛が、終わる。

 美神は結界を張ろうとして――――

 蝶が、リュックを覆った。

「な!?」

 驚きは、誰の口からだっただろうか。

 パピリオの眷属である妖蝶たちが、リュックの――パピリオの周囲を取り巻いている。

 毒の燐粉を吐きながら。

「ああああああああああああああああああああ!!」

 パピリオの口から、リュックの悲鳴が漏れた。























 十三、


 パピリオは、横島を見つめていた。

 ずっとずっと、ずっと。見つめていた。

 出会ってから。ペットにしてから。逃げられても、捕虜になっても。殺しかけても。

 彼女が死んでからも。今も。

 ずっと、パピリオの中には横島がいた。

 パピリオは、横島が好きだった。

 昔はペットとして。今は兄として。そしていつかは、異性として。

 パピリオは思う。

 なんで、ヨコシマなのかな……?

 大戦が終わり、彼がどれだけ悲しんだか。彼がどれだけ苦しんだか。彼がどれだけ泣いたのか。

 それを、パピリオは知っている。彼の中にある自分と同じ霊基構造が、彼の心を自分に伝えてくれた。

 あんな目に会った彼が、なぜ、こんな目に会う?

 己の内なる魔と戦い、血を吐き、白髪になり、左手もボロボロで…………そして今、魔族に狙われている。

 なんで、ヨコシマが!?

 深く眠るヨコシマに、パピリオは思う。

 もう、充分悲しんだ。もう、充分苦しんだ。もう、充分、泣いた。

 だから、もういい。お前は、寝てていい。

 安心して。お前が目覚める頃には、すべて終わらせとくから。

 大丈夫。アタシが守ってあげるから。























 十四、


 闇。それは心象風景。闇色の湖面に、リュックは佇んでいた。

「なんだ、これは……?」

 自分の器を取り囲む蝶の群れに、リュックは訝った。

 蝶の群れはまるでカーテンのように、リュックの視界を塞いで舞っている。

 毒の燐粉を吐きながら。

「ああああああああああああああああああああ!!」

 もし彼が肉体を持っているのなら、それは身体が裂けるような痛みだったろう。

 自分という霊気を消し去ろうとするその力に、リュックは悲鳴をあげる。

 俯いて、視界に入る足元。水面をはさんだ向こうで、それは自分を見つめていた。

『さあ。どうしまちゅか、リュック?』

 水面の向こうで、パピリオは言った。

 リュックは驚愕し、しかし同時に納得もしていた。

 キヌの能力に対抗するために意識を取られ、パピリオの意思を封じる力が弱まってしまっていたのだ。そしてそれゆえにパピリオは眷属を呼ぶことができ、自分は毒を吸って苦しんでいる。

 まったく。誤算に継ぐ誤算だ。

「これは――キミの仕業か!?」

 わかりきったことなのに、リュックはそれを尋ねた。

『そうでちゅ。燐粉の毒は、肉体を持たなくてもよく効きまちゅよ』

「わかっているのか、君は!? いくら自分の眷属だからとはいえ、そんな状態で体内に直接毒を摂取なんかしたら!!」

『死にまちゅね。ええ、わかってまちゅよ』

 その言葉に、リュックはゾッとした。この女は、自身の死を受け入れている。そうまでして、自分を殺そうとしている……!

「なぜだ!? なんでそこまでやるんだい!? こんなことをして、君になにがあるというんだ!!」

 たまらず、リュックは叫んだ。

『……お前には、わからないでちょうね』

 静かに、パピリオは答える。

『自分よりも大切な人がいる……命を投げ打ってでも助けたい人がいる…………

 ……だから、アタシはここまでできるんでちゅよ。』

 そしてパピリオは、選択肢を突きつける。

『さあ、どうしまちゅか。このままここで、アタシと一緒に死にまちゅか? それとも、アタシの身体から出ていって、別の奴に取りつきまちゅか?』

 それが罠だということはわかってはいたが。

 しかしそれでも。

 リュックに、選択の余地があろうはずもなかった。























 十五、


 パピリオの身体から抜け出したリュックに、先ほどまでの余裕は微塵もなかった。すぐに他の器に移ってしまわなければ、彼は自身を維持できない。存在の維持はできるが、自身としての明確な個の維持ができないのだ。

 燐粉の毒に自身をかき消されながらも、リュックはその渦をかいくぐり、妖蝶の群れを抜けた。

 それこそが恐ろしかった。燐粉の毒で自身が消されきってしまうことのみが怖かった。だから燐粉の域を脱出した今はもう、他の器に取りつくだけ。

 だれでもいい。しょせんは繋ぎなのだから、誰でもいい。一番いいのは、意識を失っている者たちだ。ダメージの具合と実力から考えて、やはりワルキューレか。よし、次の器は奴としよう。

 そんな考えは、一瞬のことだった。

 一瞬の思考。次の一瞬で行動に移す。

 そのはずだった。

 しかし、できなかった。

 妖蝶の渦を抜け出した途端、思考と同瞬に、リュックは美神の張った結界に捕われていたから。

『なっ――――!?』

 リュックは結界に捕われて、結界に捕われたから動くことも叶わない。

「今よ、おキヌちゃん! やって!」

 そして肉体を持たないリュックは、ネクロマンサーの笛の威力をダイレクトに受ける。

 結界と、ネクロマンサーの笛。

 抗えるはずもなく、リュックはその場に縛られた。

 そこで、勝負は決していた。

 リュックは狐火に焼かれ、霊波刀に切り裂かれ、棍に貫かれた。

 そして、

「これで終わりよ!!」

 自身に飛んでくる破魔札。


『でも、気を付けなよ。美神令子は、世界でも1、2を争うGSなんだから』


 ふと、リュックは彼に言った自分の言葉を思い出してた。

 おかしいな。あいつにした忠告で自分がやられたら、世話ないや。

 クスリと、リュックは笑った。肉体を持たない霊力は、意識の中でクスリと笑った。

 それが、最後。

 リュックは、否、リュックの名を語っていた霊力は、その存在の意識と意思と意志は、そうして完全に消失した。























 十六、


 妖蝶たちはどこへともなく去っていった。

 その主、パピリオは、解かれたカーテンの中でゆっくりと倒れた。

 身体は限界を超えるダメージに悲鳴を上げ、毒で意識に霞みがかかる。

 ああ、そういえば。

 ぼやけた視界で、パピリオは思う。

 ヨコシマは、どこ?

 ヨコシマは、無事?

 薄れゆく心の中で、クスリと、パピリオは笑った。

 バカだな。そんなの、当たり前じゃない。

 だって、アタシがいるもの。

 だから、大丈夫。うん、きっと大丈夫。ゼッタイ、大丈夫。

 そうだよね、ヨコシマ? だって、アタシがいるもんね。

 大丈夫だよ、ヨコシマ。大丈夫。

 そう、大丈夫。なにも心配しなくていいの。

 心配いらない。だって。

 だって、オマエは――――















 オマエは――――





















 オマエは、アタシが守るんだもの。














※この作品は、桜華さんによる C-WWW への投稿作品です。
[ 次章への幕間 ][ 煩悩の部屋に戻る ]