ハロウィンは、日本のお盆にあたる行事で、死者の魂が家に戻り、 悪霊や魔女が出ると信じられていた。ハロウィン祭りの起源は、古代ケルトの大晦日の夜に由来し、これに「古代ローマ」そして「キリスト教」の3つが融合して生まれたもので、ほとんどアメリカ限定のお祭り騒ぎになっている。発祥の地であるイギリスでは、ハロウィンより「ガイ・フォークス・デイ」(11月5日)の方が盛んで、ハロウィンはこちらに吸収されたような扱いになっている。日本では、映画などを通して知ってはいるが、参加したことのある人というのは非常に少ない。
冬の足音が聞こえてきそうなその日、美神美智恵は、依頼主の会社に出向いていた。オカルトGメンの公務ではないので、その日は次女ひのめを連れてきていたが、契約が終わるまで、会社の中の託児施設に預けていたのだ。
「では、はい。それではこの依頼、私の事務所で責任を持って引き受けますので。」
「はい。それではよろしくお願いします。」
その頃託児施設では、ベビーベッドの中でひのめが寝ていたが、担当の女性職員が、そのベビーベッドの前で止まった。
「火気厳禁!?」
ペリッ!
「何かしらこれ?」
そう言って彼女は札を元の場所に貼りなおした。しかし、霊能力のない者が貼りなおしたために、お札の効力は消失してしまったことを彼女は知らない。
「あ!そうだった!積み木の消毒終わらせとかなきゃ!」
そう言って彼女はぱたぱたと奥の部屋に走っていったが、彼女の声で、ひのめの眠りはさまされてしまった。
「あ――あ――?」
ボッ!!
彼女はベビーベッドのジョイント部分だけを器用に燃やしたが、念力による発火は、ほんの短い時間のことだったためか、火災感知器には感知されなかった。状況が状況なら、このコの知能の発達と、霊能力の成長を喜ぶべきところだが、今はそんな場合ではなかった。そうこうしているうちに、ひのめは未知の世界への冒険へと出かけていった。
「やーやー!!」」
数分後、事務所に美智恵から一本の電話が掛かってきた。
「もしもし。美神除霊事務所です。」
「もしもし!ルシオラさん?―――――」
その電話から十数分後、ルシオラとパビリオが会社に着いた。
「ひのめちゃんが行方不明って、本当なんでちゅか!?」
「本当に申しわけありませんでした!私…私…」
担当の職員が顔を涙を流しながら謝る。知らなかったとはいえ、彼女に責任の一端はある。美智恵は、彼女に処分を下さないように社長に念を押してはおいたが、なぐさめるように言った。
「いいんですよ。これは私のミスなんです……。あのお札はひのめにかけてあった封印が解けた時のためのものだったんですから。これは、ひのめの念力の出力が上がっていた事に気づかなかった母親である私の責任なんです。お気になさらないでください。」
その女性職員は同僚に付き添われて部屋から出て行った。
ルシオラは不安をかみ殺している美智恵の姿を見かねて言った
「隊長さん……」
「え、ええ。大丈夫。私なら大丈夫よ。」
「ひのめちゃんならきっと無事ですよ!」
「ええ。そうね。私の娘ですもの。きっと無事よ。とにかく、ひのめの霊波の追跡をするわ。この建物の中は全部探してみたから、多分外ね。パビリオは空から探してちょうだい。ルシオラさんは、事務所に横島クンを迎えに行って。学校から終わって、そろそろ出勤してくる頃だから。」
「分かりました。パビリオ、ひのめちゃん、それから隊長をお願いね。」
「わ、分かったでちゅ!!」
その頃、元サラリーマンのたまり場となっているビル街の真ん中にある公園のベンチに、一人のカボチャ提灯の顔をした妖怪(36巻、『賢者の贈り物!!』を参照)が肩を落して、ついでに影も落して座っていた。
「今年もハロウィンのハの字もなかっただ…。こんなヤクザな暮らしはやめていい加減、く に
「今年もハロウィンのハの字もなかっただ…。こんなヤクザな暮らしはやめていい加減、故郷に帰りたいだ……。」
「ばぶ――。」
ハロウィン妖怪が声の方をみると、足下に人間の赤ん坊がいた。
「お、おめー、何だ!?」
「ば――ば――ば―――」
「まだ喋れねーのか。参ったな――。お父うか お母あからハグれちまったのか?そうだ。ベロベロバ―――!」
「きゃっきゃっ!!」
「そうか、面白いか?ベロベロバ―――!」
普通の赤ん坊なら逃げ出すような妖気を放つ妖怪に近付く方だけでも普通の赤ん坊ではないが、幼稚園児でも泣くようなおどろおどろしいベロベロバーで笑えるような図太い神経は、妖怪の天敵とも言えるGSの中でも、世界トップクラスの美神令子の生まれ変わりであることを如実に物語っていた。しかし、見た目とは違って、心優しいこの妖怪はその事を知らない。いや、知らない方が幸せなこともあるということの好例だろう。
「よし。オリと探しに行くべ!」
「きゃっ!きゃっ!」
しかし、しばらく探しても、それらしい人は見あたらない。
「おめーのお父うやお母あ、見付からねーなー。どこにいるんだべか?」
「ばーぱーぶー!!」
「どっこいしょ。」
そう言ってハロウィン妖怪はまたベンチに腰を下ろした。
「オリ、オリな、ハロウィン妖怪なんだ。乗る船間違えて日本に来てしまったんだども、この国ではハロウィンをやらねんだもんな……。」
「ばぶー。」
「日本の食いモノにもなかなか馴れねーし、く に
「日本の食いモノにもなかなか馴れねーし、故郷に帰る金稼ぐために始めた日雇いのお化け屋敷のバイトもさっきクビになっちまって……。オリの顔はハロウィンの季節しか使えねーって言われて……。 う…う…。ハロウィンもやらない国なのになんでなんだ……。 うっうっうっ……」
そう言ってハロウィン妖怪は大粒の涙を流しながら自分の境遇を語った。
「ばぶ……。」
「……オリ、オリ、これからどーしたらいいかわからねーんだ…。」
「う……」
「おめーみたいな赤ん坊に日本にいるハロウィン妖怪の気持ちなんか分かるわけねーべな。オリ、何話してるんだべか…。」
赤ん坊に話したって分かるはずがないとは思いながらも、ハロウィン妖怪は誰にも漏らしたことのない弱音を名も知らぬ赤ん坊に向って話していた。
「う…う…うわああああああん!!」
ひのめは、話を理解していたのか、泣き出してしまった。ハロウィン妖怪はあわてた。
「オ、オリが悪かっただ!もーこんな話なんかしねーから泣きやんでくれ―――!」
「う…う…」
「いーコいーコだ――。」
「きゃっ きゃっ!」
その時ハロウィン妖怪は、よだれかけの裏に住所と電話番号が刺繍してあるのを見つけた。さすがは美神美智恵、余念がない。
「…コリは、このコの住所だべか?え〜と、GS美神事務所!?あの悪徳GSで有名な美神令子の事務所のコだか――!?」
「だ――だ――!!」
「おっかねーけど、やっぱりこのコはお家に返さなきゃなんねーんだべな。」
チクショ―――!!優しすぎるぞハロウィン妖怪!!このコの前世にも見ならわせたいくらいだ!!
で――― 美神事務所前、ハロウィン妖怪は恐怖にさいなまれてながら覚悟を完了していた。
「ううう…おっかね――。ここがあの美神令子の住みかだか……。」
ハロウィン妖怪が道路を横切ろうとしたとき、捜索準備をすませた横島忠夫とルシオラが、玄関から飛び出して来た。
「急げルシオラ!! ん? 何やってんだお前? あ!ひのめちゃんじゃねーか!!」
「え!?ひのめちゃん!?ホントに!?」
「このコを知ってるだか?」
「ひのめちゃん、無事で良かったな――。」
「じゃ、じゃあ、オリはこりで…… 」
「お前がおまえが送り届けに来てくれたのか!?」
「ん、んだ。んだども、オリ、こーみえても妖怪だから…」
「見りゃ分かるって。」
「ひのめちゃんを送ってくれたんだから、お礼をしないとね。」
「そうだな。あがって行けよ。茶菓子くらいならあるからさ。」
「んでも、んでも、事務所に入った途端に除霊されたりしないだべか……。」
「…心配しないで。仕事でもなきゃ私たち、除霊なんてしないわ。」
「そうそう。こう見えても俺も一応GSだしな。」
「ホントだべか?とてもそーは見えねーだが…」
「よけいなお世話だ!」
「くすくすくす……」
「ルシオラ、何でそこで笑うんだ?」
「そ、そうだ!隊長に連絡しないと!」
「お、おい!ルシオラ!」
二人の笑っている姿を見て、ハロウィン妖怪は安心した。詳しいいきさつを聞きながら、雑談に花を咲かせていると、事務所のドアが開く音がした。
バンッ!!
「ひのめが見付かったっていうのは本当!?」
「隊長さん!ひのめちゃんなら大丈夫です。この通り元気ですよ。」
「ひのめちゃん!ホントに心配したんでちゅよ―――っ!!」
ハロウィン妖怪は思わず聞いた。
「隊長!?」
横島忠夫が答えた。
「ああ、美神隊長、ここの所長だよ。」
「うわああああっ!美神ってーと、あの歩く殺戮兵器、妖怪ジェノサイド・マシーン、ヤツが歩いたあとには一匹の妖怪も横切らないってゆーあの美神令子の製造者だべか!?許してくんろ―――っ!!オリは何もやってね―――んだああっ!!」
「ひどい言われようね……。」
「妖怪の世界にいまだに悪名をとどろかせてるな―――。」
「お、おほん!!」
「い、いや、僕たちは何もそんな……。な、なあルシオラ!
「え!? そ、そーですよ!私たちはそこまでヒドかったなんてこれっぽっちも…」
美智恵は苦笑いしながら言った。
「いいのよ。昔のことなんだし。」
「ばぶぶー」
知ってか知らずか、ひのめがふくれっ面をした。
苦笑しながら、美智恵は改めてハロウィン妖怪に言った。
「あなた、ハロウィン妖怪でしょ?ちょっと外を歩いてみない?ただし、この荷物、あなたにあげるから、持って来てね。」
そう言って美智恵は大きな風呂敷をハロウィン妖怪に渡した。
彼らがやって来たのは唐須神父の教会の前
「あ!!ジャック・オー・ランターンだぜ!!」
「オリの名前を知ってるだか?は、初めて名前で呼んでもらっただ…」
「おい!これグリム・ザ・リーパーだぜ!すげー!本物だぜ!」
「ねえねえ、バブル・ザ・ス○ーレットも持ってるの?」
「この赤い玉のことだか?」
「もらってもいいの!?」
「い、いいんでねーか?」
「やった―――!!いいもんもらっちゃった―――!!」
「神父、どうもすいません。」
「いや、いいんだよ美神くん、私は子供を預かるのは苦手でね、ちょうど良かったよ。」
「あいかわらずですね神父。」
「それより、彼もよろこんでくれたようだね。」
美智恵は微笑みながらハロウィン妖怪に聞いた。
「どうだった?」
ハロウィン妖怪は久しぶりの笑顔で答えた。
「日本にもハロウィンが定着しつつあるだな―――。オリ、なんか元気が出てきただ!!」
○学館の「から○りサー○ス」のおかげですってば!ハロウィン妖怪!それより美智恵さん、人だけじゃなく、妖怪騙すのも上手すぎますよ!あんた何者ですか!!マンガも読むんですか!?しかも少年誌をですか!?
「ここに連れてきたのはもう一つ理由があるのよ。あれを見て。」
美智恵の指の先には唐須の家庭菜園―――かつてはそうだった場所、今は戦う野菜軍団のたまり場である。
「カカカカカカッ!!」
「カボチャチャチャ―――ッ!!」
「オ、オリの仲間がたくさんいるだ! カ…カボチャチャチャ―――ッ!!」
「カボチャチャチャ―――ッ!!」
「神父、それじゃあこの妖怪、よろしくお願いしますね。」
「分かってるよ美神くん。任せてくれ。」
「オリ、がんばる!!唐須神父の教会からハロウィンを日本中に広めてみせるべ―――!!」
こうしてハロウィン妖怪は、唐須の除霊作業を支える、野菜軍団のボスになったのだった。
「おめーら!!ダンナの準備はいいだか!!カボチャチャチャ――――ッ!!」
「カボチャチャチャ―――ッ!!」
「ナスビイイッ!!ナスビイイイイッ!!」
「トーキビ!! トーキビ!!」
「食べて食べて――――!!」
「ダダダダダダイコ――――ン!!」
「唐須のダンナ!ピートのアニキ!オリたちいつでも加勢できますだ!!安心して除霊に集中して下さいだべ!!」
「神父……。冬なのに何で彼らはこんなに元気なんでしょうか……?」
「これはきっと神がお与えになった試練ということなのだろう……。」
「神父……。野菜なんてずっと食べてませんね……。」
「それを言ってくれるなピート君。よけいにひもじくなる……。」
「すみませんでした先生……。来年は普通の野菜が育ってくれるといいですね…。」
唐須神父は、それはないだろうと思ったが、こう答えた。
「来年はきっといい年だよ……。」
ピートは師匠の言葉の重みをただかみしめるだけだった…。美智恵がお礼の差し入れを思い出すまでの辛抱だ!ガンバレ!神父!ピート!
「カボチャチャチャ―――ッ!!」
それよりもハロウィン妖怪、当初の目的を忘却の彼方に置き去りにして、野菜軍団に同化するのもいかがなものだろうか?
※この作品は、葉梨らいすさんによる C-WWW への投稿作品です。
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