もう一つの物語

第十二話 過去との決別




次の日、美神に礼を言ってから、早速行動を開始する横島除霊事務所の面々。
シロがまた暴れたり、おキヌが悲しそうな顔をしたりしたが、
今回は、突然出て行くわけではない。住所はおキヌの実家の近くだ。
会おうと思えば会える。名残惜しそうに別れを告げ、一旦根拠地である
田舎の事務所に戻った。

「さて、早速依頼をこなさなきゃな。それにしても、日本中に散らばってるなー。
交通費は大丈夫かなあ・・・。」
「まだ、なんとか大丈夫だべ。とりあえず、近くから行けばどうだ?」
「そうですね。まずは近場から攻めていきましょう。」
「んだな。」

美神の紹介で行った除霊。
それを、全て成功させる新進気鋭の事務所の面々。
ゆっくりと、だが確実に、新規の依頼が増えていった。


横島除霊事務所ができてから、半年が過ぎた。


普段、除霊作業はできるだけ小竜姫が担当するように心がけ、
横島自身はサポートにまわるようにしている。
当然、小竜姫の修行のためだ。

元々、神族である小竜姫の霊力は、人間とは比較にならない。
最初は、霊力が強すぎてお札を燃やしてしまったりしたが、横島、そして
早苗の指導によって、霊力の加減を覚えていく。また、力に頼りがちな小竜姫の
除霊作業を、早苗が全く別のアプローチでこなしていく。横島が、早苗の除霊方法を
解説する。小竜姫は、既にGSとして一人前と言っていいほどの腕前になっていた。

仕事がない日は、師弟の関係が逆転する。
幸い、事務所は森や野原に囲まれていて、少々派手なことをしても、人家に影響は無い。
徹底的にしごかれる横島。最後には、いつもボロボロになっている。
しかし、小竜姫ははっきりと実感していた。
横島がどんどん実力を付けていることに。もちろん、小竜姫自身も実力は上がってきている。

早苗は、暇なときにジュース片手に修行を見学している。
静かな森の、少しだけ空いた草原に響き渡る剣の音。
人間離れした2人の剣技。それを眩しそうに眺めているのだ。
実は、それだけではなく、小竜姫の剣を構えた凛々しい姿。そして、信じられないことだが、
修行に打ち込んでいる、極めて真剣な顔をした横島を見るのが密かな楽しみなのだ。
本人には、絶対内緒だが。

ちなみに、美神に譲って貰った神通棍は、早苗が使っている。
接近戦用の武器として。主に、横島が早苗の相手をしていた。
ただ、早苗自身はあまりやる気がなく、とりあえず使える程度になったら、修行を止めてしまった。

「ふう、そろそろお昼にしましょうか。」
「はぁ、はぁ、そ、そうっすね。」
「横島さん。安易に空へ逃げてはいけませんよ。
自分より実力が下のものであれば、有利に戦うことができますが、
逆の場合は、不利になる場合があります。そもそも・・・。」

小竜姫の講釈が、しばらく続く。
こうして、昼食のあと、また修行が始まる。

夜になると、晩ご飯を事務所で食べて、早苗が帰っていった。
食事は、主に小竜姫が作っているが、時々横島が担当する。
早苗は、まずいから嫌だというのだが。

事務所は、早苗が泊まる時以外は、2人きりだ。
最初は、悶々としていた横島であったが、やがて慣れてしまったのか、
それほど煩悩に悩まされなくなっていた。そもそも、仕事がある日は仕事で疲れ、
そうでない日は、小竜姫にしごかれて疲れる。あまり、煩悩の入り込む余地は無かった。

うとうとしながら、テレビを見ていた横島に、小竜姫が声をかけた。

「お疲れですね。横島さん。そろそろ休んだらどうですか?」
「あ、はい。そうするっす。」

ふらふらと、自分の部屋へ行こうと立ち上がった。
小竜姫はその様子を眺めていたが、ふと話しかけた。

「ねえ、横島さん。明日は仕事ありませんけど、修行もお休みにしましょうか?」
「あ、大丈夫っす。この程度で参っていたら、強くなれないっすから・・・。」

そういいつつ、柱に頭をぶつける横島。

「たまには、休息が必要ですよ?横島さん。休みなさい。師の命令です。
・・・そうですね、明日は、どこかへ出かけませんか?」
「いってーーー、え?なんすか?」
「どこかへお出かけしませんかって言ってるんです。」
「あー、そうっすねー。そう言えば、新聞屋の兄ちゃんが置いていった、
タダ券があったな。どこに置いたっけ・・・。」
「テレビの上にありますね。えっと、・・・デジャブーランド入場券です。」
「それじゃ、そこにしますか・・・。」

横島は、ダウン寸前だ。
今言っていることを覚えているかどうか、甚だ疑問である。
小竜姫は仕方なしに、横島に肩を貸して、ベッドまで連れて行く。
横島は、ベッドへ倒れ込むと、直ぐに寝息を立てた。
小竜姫は、横島をじっと眺めている。

『・・・横島さんは、少し頑張りすぎですね。いかに魔族とのハーフといっても、
これ以上無茶をすると、体を壊してしまうかも知れない。
・・・どうしてこんなに無茶をするのかな。
もう、横島さんの大切な人はいないのに。もしかして、アシュタロスに
対抗する力を付けようとしているの?時を超えて、彼女を守ろうというの?
もし、そのつもりなら、私はあなたを殺さなければならない・・・。
横島さん・・・。』

小竜姫は、不安そうに、悲しそうに横島の寝顔を眺めていた。

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「・・・ええ、そうです。
だから、今日は早苗さんも、羽を伸ばしてください。
明後日は、仕事があるのでいつも通りに。・・・ええ。
それじゃ。」

横島は、小竜姫の声で目を覚ました。
電話をしていたようだ。
体中の節々が痛い。いい加減慣れたとはいえ、好きなわけがない。
ボーっとする頭で、時計を見る。

「もうこんな時間か・・・。」

横島は、またうたた寝をしてしまう。
ドアが開いた。

「横島さん、朝ですよ。」

優しい声が聞こえる。横島は、心地よさそうに寝返りを打つ。
小竜姫は、苦笑しながら横島を揺する。

「横島さん!今日はデジャブーランドへ行くんでしょ?
早く起きてください。ここから、随分時間がかかるんですから!」
「う〜ん・・・。」

起きない。切れやすい小竜姫。
数分後、耳を押さえた横島が、部屋を飛び出していった。

そうして、2人は車に乗りこむ。運転は横島がする。
横島は、仕事の合間に免許を取っていた。いつも、早苗ばかりに運転させるのは
酷だからだ。安い中古車を運転して、横島と小竜姫は、デジャブーランドへ向かった。

「ここへ来るのは何度目かなー。」

横島は、デジャブーランドを眺めながら呟いた。
とくに、乗りたいものや、見たいものがあるわけでもない。
だが、小竜姫が気を利かしてくれたのだ。
あまり体に負担が掛らないような乗り物や、催し物を楽しむ2人。

「お、いいお姉ちゃん発見!!追跡開始!」

横島は、乗り物よりもナンパに気合いが入っている。
だが、その気合いも小竜姫が横島の耳を引っ張るので、断念せざるを得ない。
ベンチで、横島を半眼で睨んでいる小竜姫。

「横島さん!ナンパしなくても、横に私がいるじゃないですか!」
「あ、あははは!まあ、でも、小竜姫さまは師匠っすから・・・。」
「師匠じゃ駄目なんですか!?」
「いや、駄目というか、なんとゆーか、彼女も欲しいかなーなんて。」
「・・・ああ、そうですか!それじゃ勝手にすればいいじゃないですか!
私は帰ります!!」

プリプリ怒りながら小竜姫は立ち上がり、出口へ向かおうとする。

「ちょ、ちょっと待ってください!冗談ですって!あ、そうだ。
あそこで飲み物買ってきます!だから、ちょっと待ってくださいよ!」

まだ怒っているが、とりあえずストンとベンチへ腰を下ろす小竜姫。
横島が、慌てて飲み物を買いに行った。
小竜姫は、ため息をつく。

『なんでこんなにイライラするんだろう。』

目の前を多くの人が楽しそうに行き交う。
大体が、家族連れか、カップルだ。
カップルは、手を繋いだり手を組んだりして、とても幸せそうな顔をしている。

『彼女・・・か。』

小竜姫は、横島と初めて除霊をした日の事を思い出していた。

『あのときは、初めて手を繋いだのよね・・・。
別に、それがどうというわけじゃないけど・・・。』

小竜姫がボーっとしていると、いつの間にか横島が帰ってきていたらしい。
烏龍茶を小竜姫に差し出している。
無言で受け取る。
横島が、何かを思い出したように話し出した。

「そういや、初めて小竜姫さまと除霊したときにも、こんな事あったっすね。
チンピラに絡まれて。あんときの小竜姫さまは、ちょっと怖かったっす。」
「・・・もうちょっと他の事を思い出してくださいよ。」
「他のこと?」
「ほら、初めて服を買ってくれたりしたじゃないですか。忘れたんですか?」
「もちろん覚えてるっすよ。可愛かったなー、あの時の小竜姫さま。」

何気ない横島の言葉。
よくわからないけど、赤くなる小竜姫。
ふと、会話がとぎれて、不思議そうに小竜姫を見る横島。
小竜姫は、慌てて適当に指を指す。

「あ、えっと、あれに乗りたいです!」

2人は、観覧車に乗った。
ゆっくりと動く観覧車。人が段々と小さくなっていく。
小竜姫は、すっかり機嫌が直っていた。外を見ていた小竜姫は、横島をチラッと見る。
横島は、じっと何かを見ていた。小竜姫が視線を追う。

それは、真っ赤に染まった、美しい夕日だった。

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「・・・!」

小竜姫は、ハッと横島を見る。さっきまでの横島ではない。
一見普段と変わりないように見える。だが、その目は、悲しみを湛えていた。

『横島さん・・・。』

胸が締め付けられるような想いに囚われる小竜姫。
ゆっくりと観覧車が動いている。まだ登っている最中だ。
ふと、横島が口を開いた。

「・・・小竜姫さま。夕日はなんで綺麗なのか、わかりますか?」
「え?」

しばらく間が空く。

「昼と夜の狭間。僅かな時間しか見ることができないから、綺麗なんすよ。」

小竜姫は、夕日を見る。

「・・・ルシオラさんの言葉ですか?」

横島は答えない。ただ、じっと夕日を眺めている。
しばらく、沈黙が続いた。横島は、夕日を眺めながら、ゆっくりと呟いた。

「俺は、まだ気持ちの整理が付いていないんすよ。
ルシオラが、俺を助けるために死んだこと。そのルシオラの体が、
俺の一部となって、俺の中で生きていること。
・・・俺はこんな事を望んだんじゃない。あいつが生きていてくれれば、
それでよかった。あいつのためなら、どんなことでもするつもりだった。
だけど、何もできなかった。あいつは、俺のために命を捨てた。だけど、
俺は何もできずに、のうのうと生きている。」

小竜姫は、何か言おうとしたが、言葉が出ない。
横島は、堰を切ったように話し続ける。興奮しているようだ。

「本来、今生きているのはルシオラの筈だったんだ!アシュタロスの呪縛から逃れ、
元気一杯に笑っているはずなんだ。だけど、現実は俺みたいな屑が生き残ってる。畜生!!」
「生き残ってるじゃない!!!」

突然大きな声をあげる小竜姫。

「ルシオラさんは、横島さんの体の中で生き残ってるじゃない!
どうしてそんなこと言うの?どうして横島さんが屑なのよ!
横島さんを命がけで守ったルシオラさんが、そんなこと言ったの?
誰が屑なんて言ったのよ?ねえ、答えなさいよ!!」

小竜姫は、横島の胸ぐらを掴んでいた。
小竜姫の突然の激昂に驚いた横島は、言葉が出てこない。

「・・・横島さん。もし、ルシオラさんと逆の立場だったら、
横島さんはどうしてましたか?」

手を離しながら、横島に優しく問いかける。

「・・・すんません。俺、今日はどうかしてたみたいです。」
「答えて。」

また、沈黙が続く。
ポソッと横島が呟いた。

「多分、俺も同じ事をしたと思います。」
「私も、同じ事をしますよ。」

少しの間をおいて、横島がゆっくりと顔を上げる。
横島の目は、悲しみや後悔ではない、優しい光を湛えていた。
小竜姫も同じ目をしている。

2人は、しばらく見つめ合っていた。何もしゃべらない。
真っ赤な夕日の中を、観覧車がゆっくりと動いている。

小竜姫は、ずっと心に思っていたことを尋ねた。
どこかで、聞いてはいけないという声が聞こえるような気もしていた。

「ねえ、横島さん。横島さんは、どうして強くなりたいの?」

横島は、少しだけ視線を下げる。

「・・・ルシオラさんを助けに行くため?」

横島は、視線を小竜姫に戻した。小竜姫の目は、不安で一杯になっている。

「そうっすね・・・。」

小竜姫の目が、グッと閉じられた。体が震えている。

「助けに行きたいっすね。助けに行って、あいつを引っ張って来たいっす。
でも・・・。でも、それは駄目っす。だって、あいつは俺でもあるんですから。」

ゆっくりと目を開ける小竜姫。

「俺が強くなりたいのは、もう二度とあんな思いをしたくないから。
大切な人を、これ以上失わないために。」

小竜姫は、横島を見た。横島は小竜姫を見ていた。

「・・・もう、二度とあんな思いはしたくない。」

小竜姫を見つめながら、もう一度呟く横島。
小竜姫の目から、不意に涙がこぼれ落ちる。

「・・・不思議っすね。俺は、誰にもこんな話をしたことなかったのに。
やっぱ、小竜姫さまが、・・・その、俺の大切な人だから・・・なのかな。」
「・・・馬鹿。」

係員は、人が乗っている観覧車が近づいたので、待機していた。
夕日でよく見えなかったが、2つの影が、重なったように見えた。
観覧車が、終点に着く。
係員が、扉を開くと、2人は手を繋いで、雑踏の中に消えていった。

2人の顔が真っ赤だったのは、夕日のせいだったのだろうか。


※この作品は、hoge太郎さんによる C-WWW への投稿作品です。
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