もう一つの物語
第二話 決意
『何度目かな。この門を見るのは。』
横島は門を眺めた。
『今までは美神除霊事務所の一員として。だけど今回は・・・。』
横島はゆっくりと門に近づいた。
いつもは、ここで門の番人である鬼門が大声をあげるのだが。
「寝てやがる・・・。」
左右の鬼門は、目の前に横島がいるのにも関わらず、全く気づく様子はない。
「おい!起きろ!」
仕方がないので、右の鬼門に声をかける。
起きない。
「こら!てめー門番なんだろ!起きんかこらあーーー!!」
鬼門にゲシゲシと蹴りを入れる。
「誰だああああ!!ここは妙神山と知ってここにおるのか・・・あれ?横島ではないか。」
「何が横島ではないか、だ。てめー、本当に門番する気あんのか?」
「ぶ、無礼なことを言うな!これは訪問者を欺く、その、あれだ。」
あせる右鬼門を無視する。ちなみに左の鬼門はまだ寝ている。
「まあいいや。とりあえず入れてくれ。歩き続けて、疲れてんだ。」
「今何時だと思っておる。とっくに小竜姫さまはお休みだ。明日出直して参れ。」
横島が腕時計を見ると、午後10時をまわったところだ。
「何言ってやがる。こっから町に戻るのに、どれだけ時間かかると思っとるんだ!
大体、町に行っても、金がないから泊まれん。」
フン!と横島は胸を反らした。
「何を威張っとるんだ。とにかく、もう遅いから駄目だ!」
右鬼門は開けてくれない。横島はニヤリと笑い、鬼門に問い掛ける。
「んなこと言ってもいいのかな?居眠り門番さんよお。
小竜姫さまがこのこと知ったら、どうなるのかなあ?」
右鬼門が真っ青(?)になる。横島はしてやったりとほくそえんでいる。
「・・・えーい、仕方あるまい。おい!左の!起きろ!」
「・・・む、なんじゃ右の。ワシは眠いんじゃが・・・お、横島ではないか。」
『こいつらは・・・。』
「さっさと開けろよ。腹減ってんだ!」
「やかましい。お前みたいなケダモノを入れて、お休みの小竜姫さまに何かあったらどうするんだ。
今、左を使いに出した。もう暫く待っておれ。」
その時、腹が減っていて忘れていた、横島のお約束が始まった。
『しょ、小竜姫さまがあられもない姿で・・・布団の中に!』
横島の頭の中に、鮮明な小竜姫の寝姿が映し出される。なぜかネグリジェ姿。
その時、門がギギィという重そうな音と共に開いた。
目をこすりながら、眠そうな小竜姫が姿を見せる。
「横島さん。いらっしゃ・・・」
小竜姫が全てを言い終わる前に、横島の本能が暴走する。
「小竜姫さまああああああああ!!!!」
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「あれ・・・?」
鳥の鳴き声が聞こえる。
ボーっとする頭で、周りを見渡す。
見たことがない部屋だ。なぜか体中がリンチを受けたように痛い。
『えーっと・・・。』
考えがまとまらない。
その時、遠くで声が聞こえた。
「・・・!・・・・・・!」
何を言っているのかよく聞き取れない。が、聞き覚えのある声だ。
『確かあの声は・・・。小竜姫さま?』
「あっ!」
ガバッと横島は起き上がった。
そして、痛む体をさすりつつ、襖を開けた。
『そうだ。俺は美神さんところを辞めて、妙神山に来たんだ。』
結構広い妙神山の建物を、声を頼りに歩いていく。
やがて声がはっきりと聞こえてくる。
「何をしているんです!パピリオ!まだ境内の掃除が終わっていませんよ!」
「ええーっ、もう十分じゃないでちゅか。毎日掃除しなくても、
すぐには汚れないでちゅよ!」
やがて、声の主がいる場所に、たどり着いた。
「大体、小竜姫は自分ではなんにもしないのに、なんでパピリオばっかり・・・」
そこで、パピリオの動きが止まる。そして、笑顔一杯になって、叫んだ。
「ヨコチマーー!!」
弾丸のように横島にタックルするパピリオ。
ぐふう!という呻き声が聞こえたような気がするが、横島は
「よっ!パピリオ。元気してたか?」
とパピリオの頭にポンと手を乗せた。
「当たり前でちゅ!ヨコチマこそ、ここに何しにきたんでちゅか?」
「ああ、それは・・・」
とその時、小竜姫が声をかけた。
「おはようございます。横島さん。よく眠れましたか?」
横島は、微妙に皮肉が効いているような小竜姫の言葉に、ちょっとだけたじろいだが、
態勢を立て直す。
「おはようございます。小竜姫さま。相変わらずお美しい!」
「ありがと。」
表情ひとつ変えずさらっと流され、横島はシクシクと地面にのの字を書く。
「それじゃ、パピリオ。あと境内の掃除をしておいてくださいね。」
「ええーーーっ、もう十分・・・」
言い終わらないうちに、小竜姫は迫力のある顔で、
「わ・か・り・ま・し・た・ね!!」
「はいでちゅ。」
パピリオは冷や汗をたらしつつ、さっさと境内のほうへ向かっていった。
ちなみに、横島も冷や汗をたらしている。
「さて、と。」
小竜姫はくるっと横島のほうへ向き直った。
「ここじゃなんですから、中へ入りましょう。どうぞ、横島さん。」
そう言って、奥の部屋へ向かう小竜姫。
純和風な部屋へ案内された横島は、微妙に緊張している。
小竜姫は知ってか知らずか、特に表情を示さず、お茶を入れている。
「あの、小竜姫さま。昨晩はすんませんでした。」
小竜姫は、ちょっと驚いたように横島を見る。
「ふふっ。あの程度のことなら、いつものことじゃないですか。」
「あはははは!そーっすよね!いつものことっすよね!」
「今度同じことをしたら、剣の実験台になってもらいますからね。」
微笑みを絶やさず、さらっと恐ろしいことを言う小竜姫。
「うはうはうははははは!!!!」
横島は笑いながら、冷や汗をかきまくっていた。
「今回は、どのようなご用件ですか?横島さん。」
お茶を啜りながら、本題へ話を移す。
「え、あ、そうっすね。」
横島の表情が真剣なものにすっと変わる。
小竜姫は、表情には出さなかったが、内心かなり驚いていた。
「・・・小竜姫さま。」
一呼吸をおき、続ける。
「俺を妙神山で雇ってもらえないでしょうか。」
「・・・は?」
小竜姫は横島の言葉の意味を飲み込めない。
「あ、その、従業員とかじゃなくてもいいんです。丁稚でも構いません。
その代わり、手の空いたときでいいっすから、修行をさせて欲しいんです。
給料はいくらでも構いません。無くてもいいです。いや、あるに越したことは
ないっすけど、とにかく、その、お願いします!」
横島はガバッと頭を下げる。表情は真剣そのものだ。
「と、突然そんなこと言われましても・・・。」
小竜姫は困惑した。数百年の妙神山管理人経験の中で、このようなことを
言われたのは初めてだった。
横島は頭を下げたままじっとしている。
「とにかく、頭を上げてください。横島さん。」
「それじゃあ!」
横島が喜ぶよりも早く、小竜姫が付け加える。
「一管理人の立場で、その、従業員を雇うことはできないんです。
いえ、できないと思うんです。多分。」
声が段々小さくなるのは、自信がないからだろう。
神族の出張所に雇ってくれと訪ねてくる人間は、初めてだからだが。
「それよりも、美神さん達はどうしたんですか?」
小竜姫は当然の疑問を訊ねる。
「・・・事務所は、辞めました。これは、俺自身の意思でやってるんです。」
「辞めた!?」
小竜姫はさらに驚いた。あれだけ酷い仕打ちを受けていても、忠実に美神の下僕を
やってきた横島が、事務所を辞めるとは信じられなかったからだ。
「変ですか?」
「あ、いえ、変というわけじゃないんですけど。その、ちょっとびっくりして。」
ちょっと焦る小竜姫。ふと何かに気づいたように、横島を見る。
「あの、横島さん。もし妙神山で雇われなかったら、どうするおつもりなんですか?」
横島は頭をポリポリと掻きつつ、苦笑いしながら言った。
「あー、まあ、なんにも考えてないっす。有り金はたいてきましたし。」
小竜姫はこめかみを押さえた。ようするに、ここで断られたら、
行くところが無くなるというわけだ。
ふう。と小竜姫は軽くため息をつく。
「とりあえず、老師と相談してきます。それまでは、ここにいてください。」
「お願いします。」
頭を下げる横島。それを見てから、小竜姫は立ち上がり、人間界と神界を繋ぐ部屋へと向かった。