もう一つの物語
第八話 新しい仲間
横島と小竜姫は、早苗の運転する軽自動車に乗っている。
「いやー、助かったよ。早苗ちゃん!」
横島は、後部座席で愛想笑い全開だ。
しかし、早苗は氷点下の声で返してくる。
「ふざけるんでねーぞ。今日はバーゲンだったのに、行きそびれたでねーか。」
『ううー。この女は嫌いだあああ!しかし、背に腹は代えられんし・・・。』
小竜姫も、早苗は苦手であった。
先日、早苗に完膚無きまでに言い負かされ、あまり会いたい相手ではない。
しかし、やはり今の危機的状況では、横島の提案通りにするしかない。
「ご迷惑をおかけします。」
「本当に迷惑だ。」
「あう・・・。」
悔しいけど、言い返すことのできる状況じゃない。
そうこうしているうちに、氷室神社についた。
「いらっしゃい。横島さん。」
「どうも、こんにちは。氷室さん。」
「どうぞ、奥へいらしてください。」
「お邪魔します。」
奥の部屋で、お茶を一口飲み、早苗の父は口を開いた。
「ところで、電話で仰っておられた、相談したいこととは?」
「えっと、実は・・・」
早苗の父に、掻い摘んで要点を話す。
除霊の修行をしたいこと。それには、GSの事務所を開くか、
誰かの下につかなければならないこと。今は、そのあてが無いことなど。
「なるほど、話はわかりました。横島さんほどのお方が、
GSの事務所を開かれたら、成功は間違いないでしょう。」
「そういって頂けるのはありがたいんすけど、先立つものが無くて・・・。」
「幾らおありなんです?」
「えっと、軍資金と俺の小判の給料合わせて、2百万ほど。」
「ふーむ・・・。」
早苗の父は、考え込んでしまった。
横島と小竜姫は、顔を見合わせる。
早苗は興味なさそうに、庭で遊んでいる雀を眺めていた。
突如、早苗の父は立ち上がると、電話をかけた。
「・・・ええ。そうです。・・・はい。まだ大丈夫ですね?
それで、すぐにご足労願いたいのですが。・・・はい。お願いします。」
チンという音と共に、早苗の父は戻ってきた。
「しばらくお待ちください。うまくいけば、なんとかなるかもしれません。」
「え?どういうことなんすか?」
「それは、依頼人がきてから、ご説明します。」
「はあ。」
待つこと小一時間。
中肉中背の中年の男が、部屋に入ってきた。
町の、不動産会社の社長らしい。
「ご足労をおかけします。社長。」
そう言って、2人は別の部屋へ入っていった。
しばらく待っていると、社長が帰ったらしい。
早苗の父が部屋に戻ってきた。
「うまくいきました。横島さん。百万で、物件を譲って頂けることになりました。」
「百万!?なんでまた、そんな安いんです?
・・・というか、そういう異常に安いのは、大概・・・。」
「ご想像の通りです。除霊をする代わり、安く譲ってくれと頼みました。
通常だと、三千万の除霊代がかかり、ずっと放置されていた物件なんですよ。」
「なるほど。でも、そういうやつじゃないと、手に入らないよな。
わかりました。氷室さん、どうもありがとうございます!」
「その代わりと言ってはなんですが、横島さんに一つお願いがあるのですが・・・。」
早苗の父は、なにやら意味深な顔をする。
「なんでも仰ってください。氷室さんのおかげで、光が見えてきたんすから!」
「ありがとうございます、横島さん。実は、そこにGSの事務所を開かれたら、
早苗を雇っていただきたいのですが。」
「へ?」
横島は、一瞬意味がよくわからなかった。
ゴンッ!という鈍い音が聞こえる。そちらを見ると、早苗がこけて
頭を柱にぶつけていた。
「な、な、な、何言ってるんだべ父っちゃ!!」
「お前、前にGSになりたいって言ってたじゃないか。
あのときは、GSのオフィスが近くに無くって、諦めさせたけど、
今回の物件は、ここから車で30分くらいだ。家から通えるぞ?」
「よりにもよって、なんで横島さんの事務所に行かなくちゃならねえんだ!
わたすが憧れるのは、美神さんのような人だべ!
横島さんとは、対極にいる人だ!」
『こ、こ、この女あああああ!!』
「美神さんがこんな田舎に事務所を構えるわけないだろう。」
あきれたように、早苗の父は言う。
突然、小竜姫が口を開く。
「ご好意はありがたいのですが、やる気のない人を雇っても、
足手まといになるだけだと思うんですけど。」
小竜姫は、横目で早苗を見る。
以前に言われたことを、まだ根に持っているようだ。
早苗のこめかみが、ピクピクと動いた。
「ほーお、以前は全く役に立たなかった神様が、
随分と偉そうなこと言うもんだべ。」
小竜姫のこめかみにも、ビシッと青筋が走った。
一触即発の状態。
「わ、わかりました。とりあえず、アルバイトという形でも
よければ、雇います。いえ、雇わさせて頂きます!」
「横島さん!?」
小竜姫は、横島の言葉に驚いて振り向く。
「小竜姫さま。除霊事務所ってのは、最低3人のチームが必要なんすよ。
あっと、これは俺の経験からなんすけどね。
それに、俺と小竜姫さまだけで、書類とかお札とか、扱えますか?」
「う、それは・・・。」
「ちょっと待つだ!わたすは行くとは一言もいってねーぞ!」
横島は、早苗の方へ体ごと振り向く。
真剣な目をしていた。
「あらためて、お願いします。早苗ちゃん、
事務所に来てもらえないでしょうか?」
突然真剣な顔をした横島に、改めて請われ、
「え・・・でも、わたすは攻撃のお札を使うのが苦手だし・・・。」
「攻撃については、俺と小竜姫さまが担当するよ。
俺と小竜姫さまのチームで、最大の弱点は、後方支援が無いこと。それと封魔や結界技術なんだ。
お札を使って、霊の進入を防いだり、空間を長期的に浄化したり。
俺の文殊は、それなりに強力だけど、持続性がない。
この前の早苗ちゃんの除霊作業を見ていたんだけど、俺よりもよっぽど上手なんだ。
あと、書類とかもあるし。給料はそれなりに出すよ。あ、まあ、最初は
ちょっと厳しいかもしれないけど。どうかな?早苗ちゃん。」
「だども、神社のお仕事があるし・・・。」
早苗の父が、横島の援護射撃を行う。
「神社の仕事は、私がやろう。お前は、思うとおりの道を進んだ方がいい。」
「だども・・・。」
「私からもお願いします。」
「え?」
思わぬ人物から声がかかる。小竜姫だ。
「悔しいけど、除霊に関しては、私よりもずっと優秀ですから。
もし、早苗さんがいないと、横島さん一人に負担がかかってしまうし。」
「・・・すかたねえな。そこまで言うんなら、雇われてやってもいいだ。
横島さん。それから、・・・小竜姫さま。これからよろしくお願いしますだ。」
横島は、やった!という表情をし、そして小竜姫は、一瞬複雑な表情をしたものの、
早苗を見て頭を下げた。
「よろしくお願いします。早苗さん!」
横島除霊事務所(予定)の新しいチームが誕生した。
メンバーは、横島忠夫、小竜姫、そして氷室早苗。
経験も知識も未熟ながら、その道ではトップクラスの実力を持っている。
最大の問題は資金難であるが、まずは最初の仕事を突破しなければならない。
その日は氷室家に泊まった後、次の日の朝3人は、
早苗の車に乗り、現場へと向かっていった。
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現在、3人は初めての仕事場へ向かっている・・・はずが、
いきなり途中で寄り道をしていた。
田舎町ではひときわ大きい、ショッピングセンターである。
その中のおばちゃんの戦場、魔のバーゲンセール会場に、3人の姿はあった。
「ぬおおおおおお!!!」
凄まじい気迫と共に、早苗が戦場に突入する。
おばちゃんをなぎ倒し、突き飛ばし、どんどん割り込んでいく。
巫女姿だから、目立つことこの上ない。
小竜姫は呆然と戦場を眺めていた。横島は、おばちゃんの中に混じっている
お姉ちゃんにセクハラを敢行すべく、突入タイミングを虎視眈々と狙っている。
「捕ったああああ!」
早苗の声が響いた。まるで、乱戦の中敵将の首を討ち取った猛者のようである。
手に、戦利品を山のように抱えていた。
服も髪も滅茶苦茶だ。せっかくの美少女が台無しである。
「あれ、横島さん。その顔はどうしたんだべ?」
「いや、別に。」
見ると、横島の顔には、あちこちに痣があり、さらには手のひらの痕が
くっきりと残っていたりする。
小竜姫は、こめかみを押さえた。
「初仕事の前に、なんでいきなりこうなるんですか!」
小竜姫は、先行きに凄まじい不安を感じた。
早苗は不思議そうに、小竜姫を見る。
「何怒ってるんだべ?せっかく小竜姫さまの服とかを分捕ってきたのに。」
「え?」
「小竜姫さま。多分気に入ってると思ってたから黙ってたんだけど、
その服で、除霊に向かうつもりだべか?」
小竜姫は自分の服を見た。
ミニスカ姿である。横島に買ってもらった服は、さすがに直ぐには復帰できない。
「この服装、まずいですか?」
「本人がいいなら、別にいいんだども、もう少し動きやすい方がいいべ?」
そう言って、更衣室へ強引に小竜姫を引っ張っていく早苗。
カーテンが閉まる。服の着方が分からないというので、早苗も一緒に入っている。
中から、声が聞こえてきた。
「あれ?小竜姫さま、変わった下着だなー。」
「あ、えっと、あまり大きな声で言わないで欲しいんですけど・・・。」
「そんなこったろうと思って、適当に分捕った下着もあるだ。つけてみるだべ。
・・・ふーん、見た目より胸が大きいんだな。」
「あのう、声が・・・。」
もはや、横島の煩悩は臨界点を超えつつある。
顔の穴という穴から怪しい液体が噴き出し、周りを歩く人が、ヒッと声を上げて逃げていく。
腰を抜かしてるお年寄りや、興味津々の子供を慌てて避難させる母親もいた。
「もはや我慢ならん!!久々に、小竜姫さ・・・ぶっ!!」
「愚か者め・・・。」
いつのまにか、早苗が仁王立ちしている。
そして、早苗の後ろから、小竜姫が姿を現した。
「どうでしょう。似合いますか?横島さん。」
「・・・へー。」
「なんか言ったらどうだべ?」
「あ、いや、小竜姫さまって、なんでも似合うんすねー。」
今度の小竜姫の姿は、ジーンズとシャツという、活動的な格好だ。
でも、あの戦場でそれなりに早苗が吟味したのだろう。
印象ががらっと変わったが、それでもすごく似合っていた。
「ばっちりっす!そっか、こんな感じの小竜姫さまもいいなあ。」
「そ、そうですか?」
そう言って、改めて鏡を見直す小竜姫。まんざらでもない様子だ。
微妙にポーズを付けてみたりしている。
「えへへへ!気に入ってくれてよかっただよ!」
「え?あ、えっと、ありがとうございます。早苗さん!」
「どういたしまして。さあ、改めて出かけるだべ!」
服装に合わせ、スニーカーに履き替えた小竜姫、他2名は早苗の車に乗り込んだ。