『Baby Faceにアクセントを』
 
著者:トンプソン


「へぇ、これが眼鏡を通して見える世界で御座るか」
シロがメガネ屋にきている理由はただ一つ、目が悪い事が発覚したからだ。
数日前、美智恵隊長がICPOのアルバイトに必要書類である健康診断をした時の結果であった。
「そうね。この大東京で生活するには、もうちょっと視力欲しいわね」
「むぅ。拙者はあまり気が乗らないで御座るし、狼族そのものが人より視力は弱いで御座るし」
それに値段がと、美神令子を見たのは当然と言えるが、美神令子は健康診断表を見つつ、
「そうね。ママの言う通りかも。GSに携わるんですから、五感はしっかりしないと」
更にこの秋頃から眼鏡の価格破壊は知られている所であり、美神も、
「ほら、私もメガネ使ってないじゃない。だから一度ぐらい眼鏡屋ってのにも」
という思いも若干あるらしい。
ちなみにコンタクトは、ちょっと恐いで御座ると、辞退している。
最初はしぶしぶのシロであった。
「折角ぷりちーな拙者の顔なのに、なんか乗せるのは抵抗あるで御座る。でもコンタクトはもっとイヤ」
だが、メガネ屋に入ればそこは女の子、これは可愛く見えるだとか、これは太って見えると、嬉々として選んでいる。
「これはどうでござるかなー」
やや細めの銀縁メガネを顔につける。
「あら、それなら少しはバカがなおったみたいよ」
と、タマモがそういう意見を述べると言う事は、かなり似合うと考えてよかろう。
事前に書類を送った事が奏して店を出た時にはもう既にメガネを使っていた。
「すっごーいで御座るよ!!」
初めて見るメガネ越しの風景に、シロも人並みに感動していたのが、昨日であった。
枯葉のコントラストと薄い霧が心地よい次の朝、若干早い時間に一人の人間が確認できる。
「そういや、シロがメガネを買ったとか言ってたな。どんな顔になってんのかな?」
と、自転車を用意している横島忠夫。手には犬の散歩に使う首輪を持ってきている。
だが、
「あっ、お待たせで御座る。せんせー」
「えっ?シロ」
横島が驚いたのも当然か。
何時ものGパンTシャツ姿ではなく、ベルトのついたワンピースを着て、更にハイヒール、そしてメガネ。
シロの姿は思わず手から首輪を落してしまう程の変りようであった。
今日は、自転車いらないで御座るとよと、シロが口にしたので、自転車の鍵をかけた横島。
「さぁ、散歩散歩!」
普段は先ずは近くの公園で水を飲んでから何処か遠くへとなるのだが、今日ばかりは違う。
横島が隣について、ヒールの音を甲高くゆっくりと歩みを進める。
「どうしたんだよ、何時もは元気良く走るのに」
「えへ。拙者気付いたので御座るよ」
今まではそのスピードを楽しんでいたが、目が使える事により、
「道路ってけっこー汚いで御座るし、あんな事するカップルはいないで御座るし」
「かっ、カップル?」
いきなるの告白かと、横島の動悸がやや早まる。
「それに、ゆっくりと歩いて景色を楽しむ散歩も面白いで御座るよ、ほらせんせー、鳥さんが飛んでるで御座る」
鳩の大群のようである。
「まっ。そうかもな。しかもこの時期だと、汗も出ないし。俺も楽だし」
「でも、遠くまで行けないのが残念で御座るよ」
「はは。俺は楽でいいよ」
幾度となく道に迷って往生したこともある横島にとては、ありがたい事である。
鳥のお次は、霧と雲の切れ間に見えた太陽の光に目が行く。
近頃、簡単な文字は覚えたのか、看板にあるひらがなを読んだり。
とてもゆっくりな散歩であるが故、横島が逆に速度を要求する。
「でもお前もうちょっと早くあるけないの?」
「それなんで御座るよ。拙者何時もすぴーかーで御座ろ?」
「すぴーかー??、お前スニーカーって言いたいんじゃないの」
ぺろっと舌を出して、
「それで御座る。拙者何時もはスニーカー、運動靴で御座るが」
けほん、と一呼吸置いてから、
「景色を楽しみたいからゆっくり歩くのはどうしたらいいで御座ろうかと、美智恵隊長殿に相談したら『ひーるの靴を履いたらどうかと』」
それで、美神さんにもういらなくなった靴を貰ったと言う事だ。
ヒールを履きなれてないシロが打つ足元のリズムは一定でない事が不安を呼ぶ。
「大丈夫かよ。歩きにくそうだぜ」
「そうなんで御座るよ」
と、言った傍から、公園の石居にヒールを引っ掛けた。
「キャン!」
ぐらり、とシロの体が揺れ、腰から落ちた。
「痛ったー」
見事なまでの尻餅だ。
「ほら、馴れない事すっから。大丈夫かよ」
横島が手を差し伸べると、シロは横島の顔をまじまじと見ることになる。
「あっ。センセー」
「どうしたんた?筋でもやっちまったのか?」
シロは横島のほほを指して、
「ほくろを発見」
「・・・おいおい、何を言ってんだよ」
シロを起す横島だが、
「な、なんかすっげーいろっぽかったよな。今のシロ」
一度収まった動悸が再度、であった。
やはり、足に違和感を感じたのであろうか。公園のベンチに腰をかけたシロである。
「やっぱり、ちょっと痛いで御座るよ。せんせー」
ヒールを脱いで、足をぶらぶらさせている。
「どっちの足?」
「右で御座る、うーん、ジンジンするで御座るなぁ」
右足を地面に平行まであげる。
その距離に合わせて横島はその場にしゃがみこんでシロの足元を少し触る。その視線の先にあるのは、
「ちょ、ちょっとせんせー」
と、両手をワンピース越しに中心を押さえるようにする。
「おめぇ、そんなつもりじゃねぇってば。失敬な」
「うぅ。本当で御座るか?」
と、睨むシロのメガネが反射する光の加減も手伝って、一瞬だけ、大人びて見えた。
「・・・本当だってば」
「じゃ、今の間は何で御座るか?でも・・」
足を摩られて、
「痛みが引いていくで御座るよ」
どこかその瞳はうっとりとしている。メガネをかけているからでは無い。
その様子は一画離れてみれば、彼女を労わる彼氏にしか写らないと筆記するのは行き過ぎであろうか。
「拙者、嬉しいで御座るよ」
小さな小さな声であった。
およそ3分程の至福な時間が過ぎた。
「も、もういいで御座るよ、せんせー」
シロが言い出したのはその公園に他の犬を連れた飼い主が集まり始めたからであるのと、
「そろそろ、戻らないと朝ごはんに遅れるで御座るって」
「んだな、でも歩ける?」
だが、完全に足の痛みが消える訳もない。
「せんせー、肩を貸してほしいでござるよぉー」
何時もと違い、やや甘めの鼻につく声色は自然に出たのか、意識をしたのか。
「あ、あぁ」
「くす。ありがとーでござるよ。でもせんせーの匂い・・」
「俺の臭い?」
「ちょっとだけ・・臭いで御座るなぁ」
「失敬な!」
ぽんと頭を叩くとキャンと又甘ったるい鳴き声が響いた。
公園を出た時、シロの頭にカエデが1枚、落ちたようだ。
陸橋、つまり階段は足に負担がかかるであろうと、遠廻りを申し出た横島である。
「へへー。拙者一寸でも遠回り出来てちょっと嬉しいで御座るよ」
「なーに、言ってんだか。ほらあとちょっとだぜ」
二人の目に年代物の建物である事務所が見えた時、暴走するトラックがやってくる。
歩道にいる分には安全だが、近くの水溜りが大きく跳ねた。
狙いをすましたかのように。
「ぶわっち、シロ大丈夫か?」
「拙者は大丈夫でござるよ。メガネも。でも・・・・・・」
ワンピースに茶色の水玉の泥が付いてしまう。
「あぁ、これ、早く洗わないと、染みになっちゃうで御座るよぉ」
オシャレに目覚めたシロがゆえである。じわりと流れる一滴の塩水がメガネを介して良く見える。
「ちえ、判ったよ。大人しくしろよな」
左肩を貸していた横島は左腕を背中に、そして右腕をシロの両腕にあてた。
「うわっ。せんせーのだっこで御座るぅ」
「こっ恥かしいから走るぞ」
と、言ってもすぐ目の前がゴールであるが。
二人の様子を見たオキヌちゃんはやや驚いてはいたが、事の真相が判ったので、
「そうだったの。シロちゃんにいきなりハイヒールきつかったかもねー、今シップもってきますね」
「すまんで御座るよぉー。オキヌ殿」
薬箱を取りにパタパタとスリッパで小走りをする音がしている。
「おっと、俺トイレな」
横島も小走りに手洗いに向ったようである。
妙にしん、とするリビング。時計の秒針が大きく聞こえる。
「あっ。あと洋服を早く洗濯しないといけないで御座る」
メガネをとってからベルトを緩め、ワンピースの背中に有るチャックを器用に下げる。
幸い下着がAフリルのキャミソールだったから、リビングでワンピースを脱げた、と言えるか。
脱いだワンピースはソファーの端っこに放り投げてから、メガネをかける。
「タマモータマモってばー」
着替えの洋服をもってきてもらおうと、屋根裏に声をかけるが、まだタマモは夢の中のようである。
「あうぅ」
ベトベトの洋服を着る気にはならないであろう。
オキヌちゃんもシップがなかなか見付からない。
そして、美神もまだベットの人である。
つまり、今ドアを開けた人間は・・・。
「せんせー!!」
「お、お前なんちゅー格好で!」
一瞬、見を縮込ませる動きを見でたが、メガネをかけていた所為もあろうか。ちょっとだけ大胆に、
「どうで御座るか?拙者の格好??」
横島の喉がごくっ、となった。
更に、何処で覚えたのか、少し斜め横を向いて後ろ髪を左腕で遊ばせている。
「か、可愛い?、より綺麗かな?・・じゃないよ。おいってば・・いや俺的にはOKだ、ってうがっ!」
横島の口から言葉にならない単語が続く。
すると、別のドアが開く。
「シロちゃーん。シップ有った・・・」
手から薬が落ちる。この場合、どちらが悪いかは冷静に考えるとわかりそうな物だが、
「横島さん、・・うーー。美神さんに言いつけてやるぅ」
美神の寝室に向おうとするから、横島も後から追いかけていく。
「ち、ちがうんだって、誤解だよぉ。お、俺はロリコンじゃねぇってばー」
弁解にも付かない言葉である。ある種のパニック状態といえるか。
そんなやり取りを見て、シロはちょっとだけ、御満悦になったのか、
「へっへー。せんせー、拙者の姿を見て喜んでくれた出ござるよ、メガネって凄いでござるなぁ」
今まで子供扱いされていた事もあって、特に『綺麗』と言ってくれた事が嬉しかったらしい。
「それに・・ちょっとだけ、オキヌ殿に勝てたでござろうかなぁ、クシュン!!」
少し調子にのっているようだが、下着姿では冷気が体を嘗め回すのは当然である。
又、
くしゃみをした後に、
左手の親指で、
鼻の下を擦っているようじゃ、
まだまだ、
Baby Face。

 -FIN- 

ps
横島は美神によって繰り出された制裁を食らった事は間違いなく、
もう一人の住人、屋根裏で寝ているタマモの寝言は、
「うーん。こんなにおいなりさん食べられないよぉ」
どうやら、幸せな夢を見ているようである。

-THE END-


※この作品は、トンプソンさんによる C-WWW への投稿作品です。
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