ゴールの先に
著者:人狼
〈START STOHLY〉(1999年 5月)
「おキヌちゃーん。」
後ろから一文字魔理がおキヌを呼びとめた。
「何?一文字さん。」
おキヌはいつものおっとりした調子で聞き返す。
「これを見てくれよ。凄いこと書いてんぜ。」
おキヌは一文字に渡されたチラシを見た。
「カップル争奪競争?街中をレース。目的地まで早くたどり着けたカップルにGS事務所の土地権利書を賞品としてご用意。参加資格は…」
おキヌが参加資格の所を恥ずかしくて読めないでいると、横から一文字が読みあげた。
「参加資格は、19歳以下の男女カップル。いいじゃんか。事務所の横島と行ったらどうだ?優勝したらあいつと一緒に事務所を開けるぜ。」
一文字がからかったとたん、おキヌの顔が真っ赤になった。普通、嫌だったらそこですぐに否定するのだが、おキヌは横島の事を好きであるため一 文字の冗談を間に受けてしまっている。
『優勝すれば横島さんと一緒に事務所を開ける…でもそんなこといいわけないような気もするんだけど…どうしよう…』
おキヌはさっと顔を上げると、一文字に聞いてみた。
「ねぇ一文字さん、あなたもしかしてタイガーさんとでるの?」
一文字は然して焦るような事も無く、あっさりと返した。
「ああ、そうだよ。だからおキヌちゃんもでなって。」
おキヌは事務所に戻ると、横島に頼みに行った。
「あの、横島さん…」
おキヌがおずおずと尋ねると、横島はすぐに聞いてくれた。
「なに、おキヌちゃん。俺になんか用?」
おキヌは、さっき一文字に貰ったチラシを横島に見せると、思いきって頼んだ。
「横島さん!!私と一緒にこのレースに出てくれませんか!」
横島はチラシにさっと目を通すと快く
「いいよ。出る。」
と言ってくれた。おキヌは嬉しすぎて思わず横島に抱き着いてしまった。
「ちょ、ちょっとおキヌちゃん!?ダアアア!!」
横島とおキヌは勢い余ってそのままそのまま倒れこんでしまった。その時、運悪く美神が戻ってきてしまった。
「ただいまー…ってあんたたち何してんのよ!!」
美神の怒鳴り声に、横島とおキヌは自分達の態勢をさっと戻した。
「す、すいません!!私が横島さんに抱きついたら、そのまま勢い余っちゃって…」
美神は横島の顔を見ると
「何でこんなのに抱きついたの?」
とおキヌに聞き返した。おキヌは少し躊躇うと思いきって言うことにた。
「実は…横島さんと一緒にこのチラシに書いてあるレースに出てもらおうと思って頼んだんです。」
美神はフーンと軽く反応すると
「で、横島君はいいって言ってくれたわけね。」
おキヌはコクリと頷いた。
「このレースの賞品は何?」
美神はおキヌに聞き迫った。
「え…賞品は確か…GS事務所の土地権利書だったと思いますけど…」
美神の顔色がさっと変わった。もしこの2人が優勝したら二人でGS事務所を開くかもしれない。そしたら自分はどうなるんだろう。考えた事もない事だ。美神は顔に出さずに焦った。
「ま。優勝する見こみは少ないだろうけどやるだけやってみますよ。」
横島が軽い気持ちで言うと、美神は凄い形相で立ち上がり、
「2人とも、出るのは勝手だけど優勝したら許さないわよ!!」
とそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった。2人はなぜ美神が怒ったのかが全く分からずただそこに立ち尽すだけだった。
一週間後、レース当日。横島とおキヌはあまりの人の多さに驚いた。
「おーい、おキヌちゃーん!」
向こうから一文字が走ってきた。タイガーを連れて。
「よおタイガー。お前も来たのか。」
横島が言うとタイガーは恥ずかしそうに
「魔理さんの頼みじゃったら行かない分けにもいかんですケン。」
タイガーと横島はハッハッハと笑うと、お互いににらみ合い
「テメエ、俺とおキヌちゃんの邪魔したらただじゃおかねーぞ。」
「そっちこそ。ワシと魔理さんの道を少しでも邪魔したら生きては帰さんですケン。」
2人が睨み合っておキヌと魔理が困っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お前ら!!俺をシカトすんじゃねーよ!!」
雪之丞だ。雪之丞は横島とタイガーの間に行くと、2人を思いっきりぶん殴った。
「いってーな!!何すんじゃい!!」
横島は霊波刀を出して雪之丞と向かい合った。横島が切りかかろうとした時、弓がやってきた。
「雪之丞!!あんた何してんのよ!!」
弓の声に雪之丞がぴくっと反応し、
「横島、この決着はレース中につけてやる。それまでお預けだ!!」
と捨て台詞をはきながら、弓にズルズルと引っ張られて行った。
「横島さんも止めてくださいよ。」
おキヌに注意を受け反省する横島の横で、タイガーが一文字にボコボコにされていた。
「ところで横島さん、霊力はしっかり溜めてきたですケンね。」
ボロボロのタイガーの質問に、横島は文殊を11個も出して見せた。
「この一週間、霊波刀だけで仕事して文殊を貯めてたんだ。これだけあればなんとかなるだろ。」
横島は文殊をしまうと、おキヌに時間だから行きましょうと言われ、二人でスタート位置に向かって行った。
スタート前に解説者からルール説明が説明された。
『このレースは霊能力を使うならば基本的に何でもO.K.です。但し、相手に霊を憑依させたりして妨害すると即失格です。それと、このレース中はケンカも霊力で行ってもらいます。ではスタートです!!』
競技長らしいオヤジが手に持っているピストルでスタートを合図した。それと同時に選手らが一斉に飛び出した。
「最初はゆっくり行こうかおキヌちゃん。
横島はおキヌのペースに合わせようと心がけた。
「ありがとうございます。横島さん。」
手をつなぎながらゆっくりとしたペースで歩く横島とおキヌの光景は、周りの権利書目当てで組んだカップルにとっては目の毒でしかなかった。
『こいつら、このレースをなめてるだろ…』
と言う目が二人を見ていると、そんな事にはお構いなしの横島は、文殊を出し、おキヌを抱きかかえ空を飛んで行った。
他のカップルが唖然と見ているうちに、横島たちは首位グループに食いこんでいた。
「雪之丞!!早く行かないと勝てなくてよ!!」
昨日飲みすぎで二日酔いの雪之丞を弓が急かす。
「待ってくれよ弓…俺、マジヤバイ…」
「あんた、まだ17でしょ!?なんでお酒なんか飲んでるのよ!!」
弓と雪之丞が口論していると、その上空を二つの影を飛び去って行った。
「あら?あれは横島さんとおキヌちゃん!?なんで飛んでるのよ!!」
弓が驚きの声をあげた。横から雪之丞が弱々しい声で説明した。
「た、多分…横島の文殊で飛んでったんだろ…ウプッ!!」
雪之丞が吐くのと同時に、周りの数組が何故かリタイアをした。
おキヌは落っこちないように必死に横島に抱き付いていた。
「よ、横島さん、怖いです!!」
おキヌは怖すぎて声をあげた。横島はおキヌが怖がっているので飛ぶのを止める事にした。
「もう、いきなり飛ばないで下さいよ。」
ちょっと怒ったおキヌに横島がゴメンゴメンと謝ると、おキヌは優しく言った。
「でも、気持ち良かったです。」
ゴールまであと少しだったので、二人は歩く事にした。周りを見ると、ゴールに向かうカップルとは逆にスゴスゴと帰って行くカップルが現れ始めた。
「?横島さん、なんか帰ってくる人達がいませんか?」
横島はおキヌに言われて周りを見た。すると確かに帰る人がいた。
「ゴールの所に何かあるんじゃないか?ちょっと早めに行ってみよう。」
横島とおキヌは小走りでゴールへ向かって行った。
ゴール近くの山道まで来ると、何やら戦いの音が聞こえる。
「なんだ?向こうで何か戦っているぞ。」
横島とおキヌは山道を文殊で登っていった。そるとそこでは鬼道と戦うタイガーの姿があった。
「タイガー。お前何してんだ?」
タイガーの代わりに一文字が答えた。
「ゴールの神社までに行くには、あの鬼道先生を倒さなきゃ行けないんだって。ここで沢山の人が失格になってる。今タイガーが戦ってくれてるんだけど…。」
どさっ。タイガーが霊力を使いきって倒れた。
「魔理さん、すんません。負けてしまいましたケン。」
一文字は倒れたタイガーを抱き起こすと
「ばか、お前が死んじまったら私はどうすればいいんだよ。タイガーが生きてりゃそれでいいよ。」
タイガーと一文字のやり取りに横島はかゆそうに、おキヌはうっとりしてみていた。
「次は誰や。」
鬼道が夜叉丸を出して戦闘準備に入っている。
「おキヌちゃん俺、絶対勝ってくるから。待っててな。」
横島はおキヌにそれだけ言うと、鬼道に向かって行った。
「むっ、来たな。行け、夜叉丸!」
夜叉丸は横島に向かって飛びかかって行った。
ドオオオオオン!!物凄い爆発音を立てて辺りはしばらく煙幕で見えなかった。
「よ、横島さん!大丈夫ですか!?」
おキヌが横島を探す。煙が引き、中から然して何も変わっていない横島と、伸びて倒れている鬼道と夜叉丸がいた。
「横島さん、どうやって倒したんですか?」
おキヌが爆発の意味が分からず、横島に聞いた。
「どうやってって…それは、『爆』の文殊を夜叉丸に投げたら一緒に鬼道も伸びちまった。」
おキヌは、少し呆れたものの横島が無事だったのでうれし泣きをした。
「おキヌちゃん、早く行きなよ。この先に神社があるから。」
一文字はおキヌ達に先に進むよう促した。
「魔理さん…ありがとう。行きましょう横島さん。」
おキヌは横島の手を引っ張って走って行った。
横島とおキヌはとうとう神社にたどり着いた。
「やっと着きましたね。」
おキヌが緊張しながら言う。
「そうだな。ん?何か書いてるぞ。『この権利書を手に入れられる者は、互いに相手を思いあってなければ封印は解かれぬ。』だって。どう言うこ と?」
おキヌは思わずずっこけた。横島は超鈍感なのでこう言うことには非常に疎い。
「つまり、ここに来るカップルはお互いを思いあってなければ権利書を手に入れることが出来ないんです。」
おキヌは横島に一通り説明すると、自分は先に結界に手を置いた。これで横島が手を置いた時に封印が解けると、二人が思いあっていることが分かるのだが…。
「よし、俺も結界に…。」
横島が結界に手を置こうとするとおキヌが呼びとめた。
「何?」
おキヌは一度結界から手を離し、横島に体を向けた。
「あの、横島さん。私…横島さんの事が好きです!」
突然の告白で横島は一時我を失ったが、すぐに気を取りなおし
「ありがとうおキヌちゃん。その答えはこれで答えるよ。」
と言っておキヌの手を握り、結界の上に手を乗せた。
ぶわっ!封印の陰の気が解け、神社の戸が開いた。
「横島さん…」
横島とおキヌは顔が真っ赤になり、しかし、さりげなく手をつなぎあっていた。
「おキヌちゃん俺も、おキヌちゃんのこと好きだよ。」
おキヌはもう目から涙が止まらなくなっていた。
「横島さん…大好きです!」
二人は土地の権利書の事を完全に忘れて抱き合うと、静かにキスをした。
しばらくすると、二人は手をつないだまま神社の中へ入り中央においてあった権利書の入った筒をとり、後からやってきた一文字達と合流した。
「おキヌちゃんおめでとう。あの立て札読んだぜ、二人が入れたってことは…やっぱりおめでとう!!」
一文字の過剰な祝福に横島とおキヌは顔を真っ赤にした。そして二組の熱愛カップルはそれぞれ仲良く山を降りて行った。
その頃雪之丞達は…
「雪之丞、ここってとても綺麗よね。」
「ああ。ここは俺のダチの思い出の場所だからな。」
二人でさりげなく「カップル」をしていた。
〈LAST STOHLY〉(2002年 6月)
3年後。
「横島君、おキヌちゃん、シロ、玉藻。仕事に行くわよ!!」
美神除霊事務所はいつもと変わらぬ日常を送っていた。
横島とおキヌは権利書を美神に預け、いつか自分達が独立する時まで保管して貰う事にした。
「おキヌちゃん、行こっか。」
横島はいつもの荷物を背負いながらおキヌに言った。
「はい。」
おキヌも、いつもの巫女装束に身を包み、いつもと変わらぬ生活を送っていた。二人はいつもと変わらぬ生活を送ることに決めた。
事務所の方もあまり変わっていない。事務所の予定表の6月18日に書かれている『結婚式』の文字と、おキヌの左薬指に光る婚約指輪を除いては。
横島20歳、おキヌ19歳の純情カップルの初夏だった。