∬5
「あらっ!オキヌちゃんたちどうしたの」
夜勤明けて戻ってきた事務所には、痛む後頭部のリベンジの相手は見つからなかった。ただオロオロとしているオキヌとシロがいるだけで、タマモはいつものようにソファーで寝っ転がってテレビに夢中らしい。
「ああ、隊長大変なんですよ」
相当に慌てているようで、落ち着かせるのに苦労した。
「どうしたの?いやに慌てて」
「美神さんが 美神さんが」
「令子が?」
「おかしくなってしまわれたのでござる」
「は?!おかしく・・」
「そうなんですよ今日からしばらく仕事を休むっていうんですよ」
「は・・・・ああ、そうなの」
ニンマリする母。
「「???」」
受け流すような話題であるはず無いので訝しむ二人。
(さて、この二人を納得させる嘘は・・・・・・)
「心配しなくてもいいのよ。これ以上稼ぐと税金の税率が上がるんで、次の納税までは遊んでいたほうが納税額も少なくて、手元に残る分が多くなるんで止めたっていってるだけよ」
「な〜んだ。そうだったんですか」
相筒をポンと打つオキヌ。
「なるほど、納得いたしました」
シタリ顔で頷くシロ。
「・・・」
それだけで納得される我が娘に、銀に言われた評価と同じくちょっとえも言えぬ感傷がある母だった。
「ああ、でもそれだけではござらんであった」
「え?まだ何か」
「昨日夕刻に戻って参られた時からず〜っと」
「ず〜っと?」
「ず〜っと ず〜っと、電話を睨んでおられたのでござる」
「電話?」
デスクの上の電話を見る。普通の電話だ。今時コードレスでないのが珍しいと言えば珍しいが、主に税務署やマルサに盗聴されたらコトな事もあるのでコード電話。
「戻って来られてからずっと睨んでおられたので、拙者とオキヌ殿が事情を聞くと、物凄く慌てられて・・・・」
「そうなんですよ。そうしたら『電話にボガードが取り付いたみたい』って仰って」
「ボガード・・・ボガードってあの」
以前デジャブーランドで電子機器にワルさした一種である。しかし、見た所そんな感は無いし、除霊したにしても痕跡も無い。
(ああ、成程。えらく厳しい嘘ついてるわね)
「それならあたし達も手伝いますって言ったんですけど、これはあたしの問題だからって事務所に一人で籠もられて」
天井に向けた顔を片手で押さえる美智江。オキヌらは苦悩して押さえていたと思ったが、手の平の下は思いっきり笑っていた。
「そ そ それでどこかに電話かけたんでしょう」
「ええ、二三時間電話を睨んでた後に、物凄く苦労してダイアルされておられました。余っ程強い霊だったみたいで、顔を真赤にされてましたよ。でもそれが終わるとかなり疲れておられましたけど、とっても嬉しそうに部屋に戻られて」
「そう馬鹿ね・・・・まあいいわ。で、今どこにいるの」
「今日から遊んで暮らすからって、季節のコレクション(服)買い占めに行くって、十分程前に」
「一人で?」
「拙者連れていって欲しいっていったのでござるよ。荷物持ちでも構いませんからって言ったのでござるが、もう荷物持ちは雇ってあるからって連れていってくれなかったでござる」
「ふ〜ん・・・。まあいいわ。折角なんだから、三人共しばらくは普通の女の子でもしてなさいよ。あの娘もしばらくゴーストスイーパー 美神令子から、普通の女性 美神令子に戻る事にしたんだから」
「「「?」」」
美智江の意味深な笑みの意味は分からなかったが、促されて春のうららであるので花見でもと出掛けさせた。
「さ〜て、令子の出掛けた時間からして・・」
時計を見て電話を取り、多分その時かけたままであろうとリダイアルを押した。数度の呼び出しの後に相手が出る。
「美智江です」
『ああ、隊長!どうしたんですか?』
「ん!この頃どうしてるのか気になってね。元気してる?」
『ええ、それだけが取り柄ですからね。隊長もヒノメちゃんもですか』
「ええ、少しうるさいぐらいよ。まったく悪いのよ。絶対姉が悪かったからよね」
『あ はあはははは』
同意は令子の性、否定は美智江の性だとの言うことになるので力無く笑うしかない。
話を変える。
『ああ、そういえば昨日は大変だったんですね』
「昨日?」
『美神さんから聞きましたよ。夕方に査察が入って、また二重帳簿持っていかれたって。美神さん俺に不満タラタラでしたよ』
「さ ・・・・・ああ、そうなのよ。まったくあの娘ったらしょうが無いでしょう」
『でも脱税で無期限の免停とは非道いですよねGS協会も』
「免停?・・・ええ、そうね」
『おかげでしばらく仕事出来ないって。これからヤケの買い物するってんで付き合えって・・・・・・・鳴々!美神さん来たみたいですから』
「そう、じゃあしばらく仕事も出来なくて悶々するでしょうから、お守りお願いね」
『ええ、そうしますよ・・・ん?どうしました』
美智江がクスリと笑ったのが聞こえたらしい。
「いや、なんか令子が免停でブッくれていて、多分あなたに八つ当たりをするんだろうけど、それにしちゃ嬉しそうだなって思ってね。ふふ」
慌てる素振りで、挨拶そこそこに電話を切る横島に、こちらも電話を置くと笑いが込み上げてくる。
「でも嫌ね・・・・・なんで休業の理由があの子と同じ税金でかたつけなくちゃならないのよ」
娘と同じような理由でオキヌ達を納得させたのが嫌な話だった。自身は娘とは違うと思いたいらしいが、それが似ている証拠なのだが。
娘に似ている事実が心のどこかに巣くったらしく嫌そう、かつ疲れたように立ち上がり大きく伸びをする。
「さ〜て、じゃああたし達も頑張って亡霊共に止めを指しましょうか。令子の禁断症状も上手く持って二カ月くらいだろうしね」
その亡霊退治?の為の電話をダイアルする。数度のコレクト音の後に見知った女性の、少し疲れたような声がした。
「ああ!エミさん。美智江です。お疲れのよう・・・え?今硫黄島から帰って来たところ。ご苦労さんね、太平洋の島々にアジア中飛び回らせてしまって。例の呪術の件・・・・・・そう、みんなに協力してくれるって。ありがたいわね」
受話器の向こうのエミが”協力”と言う言葉にクスリを笑っていた。
『もう大変だったわ。203高地にシベリアでしょう、南西諸島はまだしもマラリアだらけの亜熱帯の島々でしょう。皆さん恨みが強くて大変だったワケよ・・・・・絶対殺すって、俺達と同じ痛みを味あわせてやるって・・・・まあ気持ちは痛いほど分かったからそれでもいいとあたしも思ってるワケなんだけどね』
エミはこれから自分らが行なう呪術、それでの人死がさも愉快そうにケタケタと笑っていた。
「そうでしょうね・・・・。でも殺してもらっても問題の解決にはならないわ。
馬鹿はほっとけば尽きないから。それより自分たちの理想がもたらす、自分たちには関係ないと思える部分を死ぬ程に痛感してもらないとね。そして、それを己の後に続こうとするものがいないほど、後世に残す程の慟哭の痛み、怨嗟の恐怖に代えてもらってね!!」
エミに協力に頼みに行って貰った人、かって人であった彼らの痛みを痛感出来る為に思わずコードを引きちぎらんばかりに握る美智江。
エミが再びクスリを笑う。相手の気持ちを推し量るのは流石に同業者、しかし彼女の性格でそれを笑いに代えさせる。
『隊長の契約の通りに言い聞かせるのに苦労したワケなんだから、後百億程報酬いただくわよ。いいでしょう隊長』
「百億!・・・・・ちょ ちょっ エミさん、ちょっと高いような気もするんだけど。もう少しま・・」
『そう、まあ〜あたしとしては令子の壊れた姿でも・・』
「か 必ずあの娘に払わせます」
『は〜い。了解しました〜〜〜。毎度あり〜、娘さんと違って太っ腹ですね〜。流石Gメンの大物は違うってワケなのね』
「じゃ じゃあ、その日に呪術のプロは全員揃えるようにするわ。それじゃあよろしくね」
ケタケタとまだ余韻の残っている受話器を置く美智江がふ〜とため息をつく。
(さて、公費は使えないわよね。さて、なんていう理由であの娘から・・・・・今回の呪いの経費をふんだくろうかしらね)
あの日からずっと進めていた計画があった。
二度と軍国主義の馬鹿どもらがGSらに手を出そうと思わないように超強烈な呪いを行なう計画。これが成功すれば、二度と彼らがGSに手など出そうと思うようにはならないだろう。それほどの物を用意させていた。
しかし問題は、矢面に立って軍服着て動くチンピラはいいとして、裏で蠢く本当の敵には往々にして金が有り余っていることだ。当然呪いをかけられれば、それに対抗するだけのGSを雇うであろう。
エミは世界一線級であることに間違いないが、それでも頭数に物量を注ぎ込めば呪いを封じることは可能。もし、一度そうなれば全ては終わりだ。自分達に恨みを抱く相手、つまり美智江達に狙いを定めるのは難しくない。間接的な美智江らに比べて、復讐は決して表には出てこない連中だけに鉄砲玉一人に一発の弾丸で済む。
その為に絶対に抗う術が無い人々らに協力を頼んだ。彼らの前の世代の軍国主義者の狂気の夢想で命を散らされ、いわば正当な恨みすら持っている彼ら。肉体的にも精神的にもボロボロのままに、非業な死を遂げた数十万数百万の彼らの協力があれば神ですら命を奪う事は出来るであろう。
(ああ・・・・でも、これであたしの名前が歴史に残っちゃう・・・・いやだな)
間違いなく世界が出来てから最大にして、最強の呪いだ。それを自分がやったとあってはGS業界ですら畏怖の対象にされてしまうだろう。何しろ商売上のネームバリューになりそうなエミですら、この栄誉は断った程に呪術師としても栄誉以上の危ない称号であったのだから。
「まあいいか。馬鹿達を一掃するのは令子の為だけじゃない、将来きっとヒノメの為にもなるでしょうからね」
きっと母と姉と同じ仕事につくであろう事務所隅で眠っている次女と、今頃ルンルンを押し隠しているであろう娘の将来を無器用に心配をしている母だった・・・・。
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