dreamers
「やっと眠った・・・・」
「ええ、そうすね」
片肘を着いて向かい合う二人の間には、挟まれるようにパピリオは子供らしく天使のような寝顔に寝息で眠っている。
小竜姫のベッド。
今日はパピリオの提案、といおうかおねだりで三人一緒に寝ようとなった。当然パピリオは二人の間に陣取っている。
ちょっと複雑な心境の二人であったが、子供と動物には勝て無かった。
それは彼女が寝入った後にも続いていた。こんな場面、お互い年頃の男女が寝所を共にすれば他に見たくなるモノもあるだろうが今は違っていた。
「寝てればかわいいんだけど」
普段の行動にテンテコマイとのギャップに悩んで見せる。先に何をしているのか散々ぱら聞かれて、二人して言い訳に砕心してやっと納得してくれたと思ったら今度は絵本に童話を数冊読まされた。やっと寝てくれたと思った時には、コッチの方も突っ伏したかったぐらいに疲労困憊だ。横島も半分受け持たされてうなずくしかない。しかし、恨み言をいう気にはならない。パピリオが少し無理をしていたのが分かったからだ。普通なら精々絵本半分程でパピリオは寝入ってしまう。それが今日は無理にでも起きようとしていた。
眠たい所をおしてまでも二人に甘えるのにも、明日のパーティが終われば横島は東京に帰る。そうなればもう今までのように遊べる事が出来なくなるのが分かっているからだろう。
「小竜姫さまは休みとかあるんですか?」
「は?」
何を言い出すのかと頭を捻る。しかし真面目な彼女らしく真意は図れぬが応える。
「一応仏滅はお休みをもらっていますが」
「ぶ 仏滅、ですか」
何となく納得出来るといおうか、いかないといおうか複雑な顔をする。
「あの・・・何か?」
「いや、管理人でも、その〜、外出は出来るんですか」
「外出?。ええ。前は私一人でしたから簡単にはいきませんでしたけど、今はワルキューレとジークさんも管理人をやってくれていますので出来ます・・・・それが何か」
「いえね、俺がここに来るのは結構大変ですけど・・・・」
チラリとパピリオを見る。
「もし暇があって、小竜姫さまさえ良ければパピリオを連れて遊びに来てくれませんか」
「え?それって」
「前にパピリオがいってたように、ここにはあんまりパピリオが本当の子供になれる・・・・・まあ、なんつうか・・・・。精神年齢が同じような奴はあんまりいないでしょう」
「え ええ。そうですね」
確かに天竜皇子もたまに遊びに来ているが、殆どお目付け役の小竜姫の双子の姉(名前は大竜姫か?)の目を盗んで来ているのが本当の所で、度々訪れると彼の体と心が持たないだろう。
「どうですか?。平日は俺も学校ですから、土日ならパピリオと遊べますから、出来ればお願いします。パピリオはまだ観察処分の途中だから一人で出歩けないんでしょうけど、小竜姫さまと一緒なら大丈夫なんですよね」
「そ そうですね」
横島の提案はありがたい物ではあるが・・・・・何故か心中にチリチリした物が走る。
「駄目ですか?」
哀しそうな横島に慌てて否定する。
「ええ、大丈夫です。それならちゃんとパピリオに着いていきます・・・・・えっ!」
”パピリオに着いていきます”との自分の言葉に差異を感じた。
(え?じゃあ、あたしは単なる保護者・・・)
途端に不機嫌になる。
「あ あの、どうしました?」
「別に」
そう言いつつ、今まで母性愛を持ってパピリオを抱く仕種であったのに、今はクルリと体を回して横島に背中を見せていた。その彼に比べれば細く華奢な背中は体格以上の気を・・・・・先程感じた”怒”の気を放っている。
「あの・・・・その・・・・あの・・・・・・その〜・・・・・・小竜姫さま〜」
女がこうなると男に残されたのはオロオロするしか無い。彼もそれに倣ってオロオロして彼女の名前を呼ぶだけだ。
イライライライラ
そんなチリチリした擬音があたりを包む。
「あの、その、あの、その・・・・」
「大丈夫です!!!ちゃんとパピリオのお供をしてあげますから」
「あ!!」
やっと彼女の不機嫌なワケに気がついた横島だった。
「俺も悪い男ですね」
彼女の背中にボソリとつぶやく。
(・・・・・何を今更、当たり前じゃ・・・)
しかし取り合う素振りは見せないようにする。
「パピリオをダシにして、本命のお姉さんを呼び出すなんて」
「!!」
「でも、将を射んと欲すればっていうから・・・・・」
「・・・・・」
「そのまあ・・・・その〜」
まだ反応は無い。そろそろ諦めて、明日に回そうと思う横島であった。
「本当に男の人って、先刻のあなたの話じゃ無いですけど、そんなにズルいんですか?」
ようやく口を開いてくれて安堵したが、ここが正念場だと言葉が足りないと困るので必死に選ぶ。
「・・・・え、その〜」
パピリオに気ずかい、ゆっくりと振り返る。その顔から負の感情はキレイさっぱり無くなって、皮肉っぽい小悪魔のような笑みがあった。
「どうなんですか?それは男の人の、それとも横島さんだけのズルさですか?」
片手で頬ずえをつき、おかしそうに顔を向ける。
「ん〜〜〜」
この質問は男には結構キツイ。鏡に向かって『俺は嘘つきだ』と呟いた男は、果たして本当に嘘つきか?というクイズと同じ矛盾を初めから含んでいた。考える仕種をする、しかし答えはほぼ決まっていた。
「こういう答えでどうですか?」
「?。どんなんですか」
枕をコッチに向けて頬ずえをついて小悪魔を地でいっている小竜姫。すこしドキリとしたので、例の部分が再び元気になりそうであったので今度は横島が視線を外す。
「昔のアメリカ映画に、母親がヒロインの娘に諭す台詞があるんですよ」
「?。どんな台詞です」
あまり下界の映画になど明るく無い。時折は天竜皇子に付き合って見ているが、朝方の二人であるので見るのは主にゴールデンの中身の無いハリウッドのドカーン ボカーン バカーンなドンパチばっかりで昔の物は知らないので興味が出る。
「絶対に信用してはいけない男がいるってね」
「・・・・それは?」
彼女らにとっての相手を推し量る基準は主に感じたままの気持ちが答えなので、視覚主体の彼らがどんな基準で推し量るかと興味深く答えを待つ。
「それは、自分の事を信用出来る男だと女性に吹聴する奴ですって」
「・・・・・・・・・・・・」
少し神妙な顔で考え込む。
「それで、その、ヒロインがそうなら・・・・その映画での、お相手の男性はなんておっしゃってるんですか?」
答えは無かったが、少し笑っただけで小竜姫にも答えは分かった。今度は横島が質問した。
「どちらの答えが聞きたいですか?」
彼女の答えは決まっていた。言われた通りに答える横島。彼女が嬉しそうに宣言する。
「やっぱりあなたは信用出来ないって事ですね。これからはもっと気をつけないといけないようですね。パピリオと一緒にいるときは気をつけるようにします。ワルキューレにもそういっておくことにします」
どっちにしても答えは決まっていたので、苦笑して小さく頷くしかない横島であった。
「まだそういえばハッキリ聞いていないですね」
「何をですか?」
話もひとしきり終わったので小竜姫は優しくパピリオを抱きながら、横島は出来れば小竜姫を抱きしめたかったがそうもいかずに、代わりに枕を抱いて天井をみていた。
「パピリオの保護者の要請は受けましたが、私はまだ誘ってもらってませんよ。
もしかしてジークさんが行くかもしれませんよ」
薄く笑っている。どうやらコチラの答えも決まっているようだ。
「そうですね。どうですか小竜姫さま。是非今度パピリオに保護者になってもらってデートにいきませんか?」
「は?保護者がパピリオですか」
「先刻の話の通りに、信用ならない悪い男に騙され易そうで、見ていてとっても心配な、可愛い女性の保護者をね」
「そ そんな・・・・」
可愛いと言われて、あんな事があった後でも今更ながら照れてみせる。
「天竜皇子も一緒に連れてきて、以前のリクエスト通りにデジャブーランドに行くとしましょうか。でもちょっとバイト代が貯まるのまってくださいね」
子鳩と行った時に苦渋を嘗めたのを思い出す。カップラーメンを袋入りにしてもアトラクション代は捻出しようと決意する。あまりにせこくて悲しい決意だと思ってめげそうになる。
「それで二人はメリーゴーランドか、時間をジックリかけれる観覧車にでも乗せて、俺達は暗がりの多い幽霊屋敷あたりで先刻の続きを ゲボッ」
横島が鳩尾を押さえて転げまくる。しかしパピリオが寝ているので暴れるワケはいかずに悶絶している。
「なんて事いうんですか!!」
真赤になる小竜姫。先程は話の流れから。いわゆるムードに流されてごく自然にそうなろうとしたが、ハッキリ覚めている状態では顔から火が出るように恥ずかしい。
「ひどいことするな〜」
恨みがましく、まるで捨てられた小犬のような瞳で小竜姫を見る。しかし、
「うっ」
爬虫類系に割れた瞳に射竦められて、悪戯を見つけられ夕食を抜かれた子供のように今度は横島が背中を向けて拗ねて見せる。
クスクスクス
もう忍び笑いを隠すことは無かった。
「あの、小竜姫さま」
「はい?」
二人自分の腕を枕にしているのは、寝相の悪いパピリオが枕を抱えて蒲団の中に潜り込んでしまったから。
「先刻の話ですけど」
「はい」
「その〜・・思ったんですけど」
黙って腕枕のまま、眠いような瞳。
「違うかもしれないけど・・」
「かまいません。仰って」
コクリと小さく応える。
「こんな俺でも、惚れたといってくれた物好きもいたんですよ」
「・・・」
「初めはそんな気持ちは毛頭無かったけど、それがそんな気持ちになった。つまり・・」
「・・・・」
「つまり女性として・・・いや、まだその時は違ったな・・・・」
「・・・」
「単なる、その〜、それだけの存在だったら、俺も彼女をまるで立ちんぼ(娼婦)のように扱ったでしょう。ただヤルだけとね。相手の気持ちなんて捨てて・・・・最低ですね」
返事は何も言わなかった。ただ彼女は瞳をまっすぐ、そして黙って耳を傾けていた。
「でも、それが違っていたんだと分かったんですよ。女性が、その、つまり・・・」
「?」
「女性を抱くって事は、その時の俺が考えている以上の意味を持っていることを」
必死に言葉を探していて、本当に的確な言葉かと盛んに首を捻るが、小竜姫はジット待っていて焦れた様子は無いので再び続ける。
「それは・・・・その時はまだ分かっていなかった。そして、情けない事ですけど彼女を抱いた後でも、今からすればよく分かっていなかったと思います」
「・・・」
「でも、それからしばらくしたら、単に男女の関係になっただけじゃないと朧げに分かるようになったような気が。・・・・・・今はします」
「そうですか」
「情けない事ですけど、まだその時は分からなかった」
見つめあっていた視線を僅かに外したと同時に口調が変わったのに気がつく。それには幾らかの後ろめたさのような気があると感じたので彼女も押し黙る。
「・・」
「別の・・・・いや。よく比喩に、心ここにあらずっていいますよね」
「ええ」
「もしそれを男と女の関係でいれば、そんな気持ちでいられたら、それは相手には裏切りだ」
「・・・」
「俺はそれをやってしまった」
何時それが理解出来たとの問いに応えは無かった。
「だからですか?。大事な人は女性と見れない・・・・・いや見ないようにしているのは・・・・・・・その」
横島の中には今心から女として愛せる女性はいない。大事だから愛せない。まだ彼の心の中に彼女がいる内は。
「だから。オキヌさんやシロさん。多分美神さん・・・・・女性として存在出来る女性はいないと・・・・」
「・・・」
しばしの熟考をする仕種をしたが、答えは言葉を選ぶだけの時間しか要しなかった。
「迷惑でしょうが、あなたもですよ」
「!」
驚いて、少しショックではあったが、その意味は分かっているので、彼女は嬉しそうにうなずいた。
「・・はい」
小竜姫はお腹のパピリオの子供らしい高い体温で体が、そして横島の暖かい思いに心が包まれていた。そして柔らなベッドは、まるで昔揺り籠に揺られていたような郷愁に安堵を思い出して眠りに身を任せた。
(みんなには悪いけれど・・・・・・・あしたはいらないのに・・・・・)
限りなく深い日溜まりに包まれた湖に彼女は落ちていった。
スースースー
規則正しい寝息にまじって。
「むにゃ むにゃあ よこしま よわいでしゅ」
小竜姫に抱かれたままに、少しだけ顔を出したパピリオの寝言。多分ゲームで彼に勝って勝利のおたけびを上げているのだろう。
少し顔をしかめる横島。
いくら可愛いパピリオでも勝負は負けたく無い。だからこそパピリオも天竜皇子も彼を気に入っているのだ。決して嘘をつかない、本気で遊んでくれる。言い方をかえれば中身がガキだとも言えるが。
(しかし)
頬ずえをつきながらもおかしな光景だと思った。
同じベッドに、出来れば今直ぐにでも口説きたい懇意な女性がいて。そして愛した女の妹が二人の間に幸せそうに眠っている。
「ん?」
ぐにゃり
今見ている光景が変質したように歪み、夢想が生み出した夢が現れた。
それは夢。あくまでもそれは夢だと思った。何故なら、妹であるパピリオが寝ていた所にいたのは・・・・。
(いつかお前もそこにいるのか・・・・)
いつか見るかも知れない光景だろうかと思った。
その時自分はどんな女性と一緒にいるんだろう?。一緒にいる女性を、小龍姫の場所に探そうとした時には夢は覚めていた。
(・・・・・・・・・ちょっと残念かな?)
そして、本当の夢を見るために、二人の寝息が運んできた睡魔に身を預ける。
(でも)
ぼんやりしかけた意識が最後の階段を踏み外そうとした刻。
(その時は言わないと・・・・でも、それを知ってまでお前をこの世に連れてきてくれるかな・・・・・俺が惚れる女の人は・・・・・・・・・)
ぼんやりとした不安を抱えたままに彼は深い眠りに落ちていった。
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