gs-mikami gaiden :proving-ground of the dragon overlady

著者:西表炬燵山猫


  「暇だな〜」
 何となく、BGM代わりにつけていたテレビのリモコンをごそごそと探す。日本中のお墓が帰省した先祖の宴会で騒がしい、つまりお盆と云えども、昼間にやっているような特プロ番組には大したタレントも出ていない。今時のゴールデンより、更にレベルの低い下らない駄じゃればかり聞くのは不機嫌な今の状態には耐えられない。
 昨日借りてきたエッチビデオも二度見て飽きていたので、エッチ雑誌に手を伸ばそうとしたが気を取り直して寝っ転がる。
  「あ〜あ」
 いつも見慣れた、代わり映えしない天井を退屈そうに眺めた。
  「今頃オキヌちゃん達・・」
 今頃異国の空の下、自分と違い汚い天井の下と違って優雅に買い物でもしているだろう、美神にオキヌ シロ タマモの事をボンヤリ考え、少しむくれてつぶやく。
  「いいじゃんか、俺も連れていってくれても・・社員旅行なんだから、一番の古株なのに・・・・。美神さんのケチ。・・・今更なんだけど本当に強欲だな、あの人」
 お盆は海外旅行のシーズンで、美神令子除霊事務所もそれに習ったワケでも無かろうが、ただ今事務所の女共は社員旅行のまっ際中であったのだ。

 会社組織である以上、美神除霊事務所にだって慰安を兼ねた社員旅行や有給制度がある。今時やっていないと組合は無いが、多分労働基準監督署あたりからねじ込められるであろうから、あの美神といえどもちゃんと消化している。それが元で痛くもない腹を探られ、脱税が再び露見されては一大事だと言うのも一因していた。
 まだやっているようだ・・・。
 それはともかく、報酬の莫大な事務所だけあって社員への遊興費への税金控除額も半端では無くて、そこいらの熱海あたりの温泉旅行ではまったく使いきれない。そんな額であった。脱税行為を行なわなくとも遊び回れる金なのだから、美神が躊躇う理由も無いだろう。 目一杯使いまくる目的で美神が選んだのは欧州への豪華旅行。それも行きも帰りも全員ファーストクラス、ホテルにレストランの全て三ツ星以上。そればかりか、ありとあらゆる所でお大尽コースであった。
 最初の目的地はローマらしい。オキヌはトレビの泉でコインを投げる事を楽しみにしていたが、どうせ現地のイタ公に拾われるのが分かっている美神は、他人が設けるのが大嫌いなので子供銀行のお金を蒔くと言っていた・・・・。その後は真実の口に行くらしく、他の三人はともかく、美神には手が無くなるから止めたほうがいいと言ったら思いっきり殴られた。ローマの休日さながら、その後はなんとか広場でジャラートを食べ豪勢なディナーらしい。
  (偉い違いだ)
 きっと今頃ミシュランの三ツ星あたりで揃って食事している女共を思いつつ、茶部台に乗っているカップラーメンの食べかすを見てため息をつく。

  『えー、なんで俺だけ留守番なんすか』
  『あんたバイトだから遊興費出ないのよ。旅費に滞在費自腹でなら連れていってあげるわよ。荷物持ちぐらいには成るからね』
 時給で働く、つまり正社員契約でない横島に慰安旅行の税金控除は無い。嘘である。本当は例えアルバイトでもちゃんとあるのだが、旅行の話を聞かされ一人突っ走った異国の美女とのロマンスを大声で叫んでしまった。『うおー金髪じゃー ブロンズ巨乳も選り取りみどりじゃー』と。それを美神らに聞かれてしまい、女共の機嫌を損ねて連れていかない取り決めになった。
  『時給考えてくださいよ、どうやって飛行機の切符かうんすか?』
 大島に行く飛行機代も無いのに、ましてや海外に行くなど夢のまた夢。横島に出来るのは、昨日旅だった美神らの豪華な旅行に精神的に対抗して、いつもの牛丼弁当を鰻丼弁当にかえたぐらいが精々であった。
 おまけにレイオフ状態なので、帰ってくるまでは無収入。おかげでしばらくは買い置きの賞味期限の切れて大安売りであった、油の回り始めたカッパラーメンが続くのが確実。
  (2週間限定のバイトなんて、八月の今時ないだろうな)
 無駄だと思ったが、まかない付きのバイトを探そうと、拾ってきたバイト誌を広げる。

  カタン
  「ん!!」
 玄関脇の台所で何か音がした。勢い立ち上がり、右手の霊波刀を伸ばす。ただもので無い霊気が障子向こうから漂って来ていたのだ。流石に死線くぐってきたので、近ずく危険を嗅ぐ能力は常人の比では無い。それが、今の今まで気配を消されていたのでは相手だって生半可な奴では無いと分かった。つかんだ文殊に攻撃の文字と防御の文字が浮かぶ。
  「俺だよ。その調子だと元気みたいだな?」
 障子に明滅する霊波刀の光に気がついたようだ。
  「なんだ、またお前か」
 聞いた声に霊波刀を引っ込める。同時スルリと障子が開いて、相変わらずに黒ずくめな背広姿の雪の丞。いつかと変わらずに立っていた。
  「またかよ。生憎とラーメンしかねえぞ」
  「なんだ。ケチクサイ事言わずに、ちゃんと米食わせろよ」
 精米店からただで貰っていた緊急輸入米も、炊き立てパック米も高くて買えず、銀シャリでなくても、刑務所の麦飯でも構わないので米が食いたかったぐらいだ。
  「贅沢ぬかすな。大体俺みたいな貧乏人にたかるな。それなら、せめて弓さんにでもたかれよ」
  「な事出来るか。俺にもプライドがだな」
  「俺にも持て!!」
 いいつつ、憎々しげにもカップラーメンを投げてやる。

  「3つも食いやがって」
 投げたものだけでは足りずに、後二つ取られ不機嫌にボヤク。それも大盛カップだ。自分でも勿体無くて取っておいた奴。
  「美神の旦那の社員旅行において行かれたらしいな、それでむくれてるのか?」
  「お前が来る前はそうでも無か・・・・・なんで知ってるんだ?」
  「ああ、弓の野郎が・・」
 どうやらこの前の登校日、オキヌちゃん経由でバレていたらしい。弓と一文字はちゃっかりエルメスのスカーフをお土産に頼んだそうだ。弓は分かるが、一文字までもブランド好きなのは以外であった。そういえばこの頃、タイガーの奴も合わせてでは無かろうが、着るものに結構気を使っている。目の前の野郎と共に羨ましい横島であった。向けられた、その視線の意味に気がついたらしい。
  「でも、金のかかる奴だぜ」
 デートでも結構いいところをリクエストされるらしく、苦労しているらしい雪の丞であるらしいが、口で言うほど嫌がってはいないようだ。
  「で、俺ん所にしわ寄せに来たのか?」
  「まさか」
  「・・・そうは思えんが、お前の手元見てると」
 皮のバッグの中に、悪びれた様子も無く、ヒョイヒョイとラーメン数個をお土産に詰め込む雪の丞にジト目で睨む。しかし、無けなしをギラれる方も別段止める様子は無い。このあたりは美神とは偉い違いである。何しろ美神のレートに換算したなら、数キャラットのダイヤでも持っていかれるのと同じぐらいなのだから・・・。流石に薄給でも健気に働いているので、女性以外は結構悟っているかもしれない自分がチョット悲しかった。
  「小さいことを気にするな。その代わり交通費だけは出してやるから」
  「あ?交通費。何のことだ?お前どっか行くのか」
 時折弓の親父の所でバイトしているとは聞いているので、同じく社員旅行かと思ったがそうでは無いらしい。
 登場も格好も同じならば、行く先も同じである。又小竜姫のいる妙神山に修業に行くとの事だ。
  「えらい熱心だな〜。でも、お前より強い奴なんかそうはいないだろう。もう少し気楽にやったらどうだ」
 少なくとも横島の知っている限りにおいて、雪の丞より明らかに上は神族魔族の類のみである。認めたくは無いが、あの西条は世界的に見てもトップの位置にいるし、それに雪の丞は負けてはいないと感じている。自分に関係の無い場合は結構正鵠を得た回答を出すので、取りも直さず雪の丞も世界的も有数の実力者の筈。
  「あのな・・・まあいいか」
 身近に、それも今目の前にいるだろうと、惚けた答えに呆れる雪の丞。
  「しかし俺は行かんぞ、確かにあっちの方がコッチよりは涼しいだろうが、何が面白くて野郎二人ずれで・・」
 生憎修業は趣味で無いので即答する。
  「でも、お前も呼ばれているんだ。小竜姫が頼むって、お前を連れてきてくれって言われてよ」
 どうやら行く前に前もって連絡を入れたらしい。
 実は前のデカイ闘いのメンバーが揃いも揃って妙神山で修業したと業界に轟いているので、どうやら世界各国からの希望者でテンテコ舞いのようだ。今では老舗の鰻屋のように要予約であるらしい。
  「しょ 小竜姫さまにか?!俺に会いたいなんて・・・・これは愛の告白に違いない!!」
 ガバッと立ち上がり、まるで自衛隊のポスターか、サンケイスポーツニュースのタイトルのように妙神山の方向を指さす。

  「・・・あ あのな」
 トリップした横島に本当の事を告げようかと思うが止めた。ここで駄々をこねられては厄介だ。
 実は横島を呼んだのは、毎日の修業に退屈しているらしいパピリオだ。
 確かにまだ幼い彼女には、妙神山はあまり娯楽があるとは云えずに、楽しい場所ではないであろう。仲のいい雪の丞が来るならと、小竜姫にかけていた電話を取り上げられた。
  『横島つれてこないと中に入れてあげないでしゅ』
 と、パピリオが言っているんで、出来れば連れてきて欲しいと小竜姫にも言われてしまった。
  『わかった・・けどアイツ師匠と同じく天の鬼な所もあるから、確約は出来ないぜ。まあやってはみるけどよ・・・。まあ、あんたの名前出していいなら、暇している筈だから多分大丈夫だと思うけどね』
  『わ わたしのですか』
 その際、どうも彼女自身も多少は同じ気持ちであるような気がした。彼女自身の名前を出したら必ず来ると云われ、隠そうとしたが、声のトーンにビブラートがかかり、ワンオクターブ上がったのが分かった。
  (もてるな)
 だから、あまり外れてはいないと黙っている事にした。何よりこれで頼まれ無くとも自腹で妙神山まで行くであろう。そうなれば自分が出す覚悟していた横島の分の交通費を浮かせられる。新幹線に、特急 鈍行 路線バス 徒歩、更にオーバーハングのロッククライミング登山のコストは結構費かるのだ。
 実は来月弓の誕生日なので、出来れば余計な出費は押さえておきたかった。この前のデートの時、ウインドーショッピングで彼女がなんとなしに魅かれていそうな服があった。家は金持ちだろうが、子供甘やかす馬鹿な親では無いのでしきりにため息をついていたのを思い出す。無論結構な額であったが、普段のデートの時など、あまり料理などしない癖に手間を掛けて弁当を持ってきてくれる弓に少しは答えたい彼であった。

  「いくぜ雪の丞」
  「分かった分かった」
 素早く身仕度を整え、息せきった発情期の犬の様な横島を追う格好の雪の丞。事実をしった時の事を考えて大きなため息をついた。


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