the heart of mailestorm



  戦慄の、横島にとってはだが、妙神山の一件から数週間後。変って騒がしい都会の喧噪に包まれた美神令子除霊事務所。その玄関先にはまるで引っ越しか、夜逃げの様相なほどの大荷物が山済みされていた。
  「やっぱり横島連れていかなかったのは痛かったわね〜」
 数台のタクシーに赤帽トラックに分乗して、やっと運ぶ事が出来た彼女らの荷物を玄関に見てため息を着く。
  「ちょ ちょ〜っと、買いすぎたかもしれませんね」
 大半美神の物なので、一応気を使って表現を控えるが、飛行機に搭乗するとき相当荷物重量超過料金を払ったぐらいだ。オキヌ シロ タマモを入れても荷の二割も無いぐらい。あまりお金を使うのに快感を得るほうでは無いので、金額にすれば更にその二十分の一以下であったろう。
  「せめて荷ほどき手伝わせよう。横島君下りてきてよ」
 階上にいるはずの横島を呼ぶが、上からは何の返事は無い。
  「あの馬鹿!戻ってくる日忘れてるんじゃないでしょうね」
 この事態が分かっていたので、帰宅時間はあらかじめ知らせておいた。人口生命一号によればまだ来ていないらしい。自分でおいてきぼりしておいて、犬のようにかしづかない横島の時給を下げる算段を考え初めている所に違う客が現れた。
  「よう、おかえり旦那。どうだった、夏のヨーロッパは」
  「雪の丞!」
  「伊達さん、どうしたんですか?」
  「まあ話は後だ、なんか食わせてくれ。今帰ったばかりなんで、ちいと腹減ってるんだ」
 突然現われて云いたいこと言う雪の丞に戸惑うオキヌ。
  「え!ええ!もう少ししたら、途中で電話した蕎麦屋さんの出前がくる筈ですけど」
 流石に長の異国滞在で、もう日本食辛抱堪らなかったらしい。タクシーの中で馴染みの蕎麦屋に電話掛けていた。やっぱり日本人は醤油だし、タマモの願いもあって店屋物に相成った。
  「でも、あれは拙者らと先生の分でござる」
  「そうよ!何が悲しくてあんたに食わさなきょならないのよ」
 行き成り脈絡なく現れて偉そうな態度、己は棚に挙げ不機嫌に冷たく言い放つ。
  「どうせ横島は食えないぜ。それに当分バイトは・・多分休むそうだと思うしよ」
  「え?ちょ それどうゆう事」
 問いつめようとした時にオカモチ姿の出前が到着した。
  「話は後だ。ソバはのびるとまずいだろう」
 呆れる美神らを無視して、二階の事務所で出前持ちが広げる蕎麦に親子丼を勝手に食い始める雪の丞。まだ文句を言おうとした美神だったが、情報料だと言われて横島の所在が気になるので押し黙る。誰かに似て天の鬼なので、下手に機嫌を損ねて黙秘されるのは得策では無い。言われた通りに、確かに伸びては不味いので椀に手を伸ばしたが、気になって食べる所ではない三人。

  「ああ、店屋物は久しぶりだから上手いな〜。何しろ妙神の山中には、コンビニも外食屋なんて気の利いたもんなんぞ無いからよ」
 偉そうにオキヌの入れてくれた緑茶をすする。
  「ん?あんた又妙神山に行ったの・・・てことは」
  「横島さんも」
  「ああ、俺と一緒にいったぜ」
  「なんで?」
 嫌な予感がタマモを除く女共に広がる、それに呼応するように雪の丞が続ける。
  「うん!初め俺一人の予定だったんだが、小竜姫からの電話で横島の野郎是非連れて来てくれっていわれてな。だもんで、アイツ誘ったんだ。確かあんたらの出かけた次の日だったかなあ?」
  「え?」
 ちょっとドギマギする美神ら。それならば優に二週間以上・・・・他の女、特に美神らも認める美人のいる場所に放し飼いだ。何か起こるのは十二分であるので、オキヌとシロはともかく、美神は心の中だけで青ざめた。
  「え?。あの、ちょ ちょっと、なんで横島君を小竜姫が呼ぶのよ」
  「ああ、なんか暫く会ってなかったんで寂しいらしくて、絶対連れてこないと妙神山に入れてくれないとか脅かされてよ。まいったね。羨ましいぜ、相変わらずアイツは神魔の連中には持てるよな〜 ははは」
 笑う雪の丞に誰も同意は得られなかった。
  「でも連れていって良かったぜ。今あそこもお盆らしくて誰もいないから、あの娘も寂しかったらしいぜ。かなり喜んでいたようだしよ」
  「ふ〜ん。いいことじゃないか」
 タマモが気がなさそうに頷く。自身ここに落ち着くまでは、強がってはいるが寂しかったので気持ちは分かる。
  「ああ。だもんで、ず〜っとベッタリだったぜ。おまけに幸せそうだったもんな、二人でずっと部屋に籠もってやがったぜ、最初のウチ」
  「「「・・・」」」
  「夜も一緒に風呂に入って、あの野郎鼻血出るまで遊んでて、のぼせてやがった」
  「「「・・・」」」
 誰も何も云わない。妙に静かな事務所にタマモからだけはアブラゲを啜る音が響く。それほどまでショックな事実であったらしい。多少彼女らの想像した事と事実は違ってはいたが・・・。
  
 雪の丞は嘘は言っていない。しかし肝心な部分を忘れていた。初め横島を呼んだのはパピリオだし、寂しがっていたのも、ベッタリゲームしていたのも、そしてお風呂に入ったのも彼女であることを。主語述語形容詞動詞の肝心かなめな部分を入れるのを完全に忘れていただけだ。受験で英語は良い点は取れそうには無いだろう。
  「寂しい・・・ベッタリ」
 美神が呟く。女が寂しいと言うことは・・・つまり。本当は違うのだが・・。
  「・・・お風呂に一緒に・・・・小竜姫さまと」
 オキヌが続ける。それも違うのだが。入ったのはパピリオとだ。
  「不潔でござる 不潔でござる」
 シロが非常に分かりやすく取り乱していた。
  「ん〜、あんだあ?」
 何やら宙に向かってブツブツ呟く三人を、椀から口を離さずに上目ずかいで不思議そうに見るタマモ。
  「おい!そのイナリ一つくれ」
  「いや!」
 箸を差し出した雪の丞から皿を遠ざける。
  「いいじゃねえか、その代わりカシワ握りやるから」
  「それはオキヌちゃんのだろう」
  「けちくさい事いうなよ。そんなんじゃ、そのうち美神の旦那みたいに強欲になっちまうぞ」
  「え!・・・・う」
 タマモはチラと美神、そして二人を見ると、そっとイナリの皿を差し出した。どうやらそれは嫌らしい。卑怯強欲ケチ守銭奴で、独占欲にプライドの権化のような美神でも情操教育の役に立つことがあるようだと雪の丞も見直した。強烈な反面教師ではあるが。
  「雪の丞!!」
  「わ 悪かった悪かった許してくれ!!」
  「え!何のことよ?!」
  「ん」
 どうやら今タマモに聞かせた一節にと、心象風景を察せられて怒っているわけでは無いようだ。まあ、心覗かれていたらば既に床に転がっている筈と、弱み見せぬように自分から話を反らす。
  「いや!何、生憎金は全然無いから、逆さにしても鼻血も出ないから代金は払えんぞ」
  「ええい、そんなことはどうでもいいわよ」
  「え?」
 守銭奴オリンピックでもプラチナ取れる美神が、金の事を「そんな事」と脇に避けるのが信じられ無かった。
  (何か怒らす事いったっけ?)
 彼にしては、パピリオとの親睦を深める横島の事以外は話していない筈と確認する。
  「他には?」
  「へ?」
  「他には、何かあったの?洗いざらいお吐き!!」
  「え〜っと」
 胸倉を掴まれても、怒りの対象は自分では無いと分かり、比較的に冷静にしばし熟孝する。
  (他に何かあったかな・・・・・・)
  「ああ、そういえば」
 思い返して手筒を打つ雪の丞。まるで金田一耕助に出てくる間抜けな警部だ。
  「「「ふんふん」」」
  「横島を取り合って小竜姫の奴とワルキューレが決闘してたな」
  ピキッ
  「わ ワルキューレまで・・・・小竜姫だけじゃなくて・・・決闘?」
 絶句する三人。
  「鳴々、どうしても、どっちが横島を稽・・・・・・・あれっ?」
 見ると三人の姿が無い。タマモに訪ねると、また取られては堪らないと口一杯に頬張った残りのイナリで喋れないらしい。窓の外を箸で気のなさそうに指さす。
  「ん?」
 彼女らの心の中に暗雲と立ち込める黒い雲と反対に、さえ渡った青空の遠くに何か飛行物体が地平に消えていくのが見えた。
  「?・・・・。まあいいか、あの連中の思考はわからんからな。さて、もったいないから旦那の分も戴こうかな。次はいつ食えるかも分からんから」
 カオスフライヤーに乗って心中修羅場の三人とは対照的に、イナリを奪い合う戦いが無い以上は平和な美神令子除霊事務所の二人であった。

  「やっぱりね、だと思ったのよね」
 美神が安堵半分、唇の端を力無く歪めて笑う。

 妙神山に乗り込んできた彼女が危惧したような事態は当然起こってはいなかった。しかし美神はともかく、オキヌとシロには今は別の危惧があった。
  「先生!先生!生きてるでござるかー」
  「横島さ〜ん」
 二人が地面に転がっている横島に縋りついて、その名を必死に呼ぶ。彼は一応は答えようとしているようだが、気力体力に体もズタボロで顔を上げる力も無いようだ。
 ただ蚊の泣くような声で呟いていた。
  「あ あ あの野郎・・・・こ こ ころしてやる ぜったい・・・」
 当然自分をこんな目に合わせた雪の丞の事だ。


  「つまり、老師がいないんでおたくら二人がどちらの流派で、コイツの修業をやるかで喧嘩になったと。神族魔族のプライドをかけて」
  「ええ」
  「で!勝負に勝ったほうがやるって事になったと」
 お互い種族は違えども戦士である。お互いの剣技には自身もプライドもあるので、その能力を認めている横島に取ってドチラが優れた修業を教えるかの立場を渡すワケにはいかなかった。
  「ああ。しかし、まさか結構辛い神界魔界のエンデュランス ウルトラスーパー デンジャラス ハードスペシャルコースをどちらもやってくれるとは思っても見なかった。流石横島っていう所だなあ、小竜姫」
  「そうなんです。そしたら横島さん、やっぱり神族と魔族を愛してるからってどちらもやりますっていってくれたんで助かりました。こんな事でデタントが御破産にしたく無かったんですね」
  「あいつが好きなのは女だけだと思っていたが、流石一緒に闘った仲間を愛してくれていたようだな」
  「・・・・・・そう  なの」
 美神には何が起こったのか粗方見当がついたのでチラリと転がっている姿を見る。大方横島はいつもの妄想爆発で、事情を何か勘違いしたに決まっている。きっとこの二人が自分を賭けて闘ったものとして、愛だの、二人一緒だのと言ったに違いないのだ。

  「ま まあいいわ。とにかく立ち話もなんだから、どっかに座って話せない。ああ小竜姫様、長旅で汗かいたんでお風呂もらえないかしら。オキヌちゃん!シロ行くわよ」
  「でも横島さんが・・」
  「そうでござる、このままでは」
 などと渋る二人に耳打ちする。すると段々二人の表情がピキピキと険しくなる。横島がこうなった理由を教えたからだ。
  「じゃ、いきましょうか。姿勢を正して、大きく足を上げてね」
  「そうですね」
  「いくでござる」
 三人が揃って肩を組んで、銭湯の方に歩き始める。
  「仲がよくてうらやましい」
 などと思っていた小竜姫の顔が歪む。それはワルキューレもだ。
  「美神さん。今美神さんの足下で横島さんの悲鳴が聞こえませんでしたか?」
  「そういえば拙者も何か踏んだような?」
  「気のせいよ。二人とも、気のせい!。長旅で疲れたのよ。さあ、ひとっ風呂浴びましょうか」
 後に残されたのは、三人分の足跡をつけられた横島と、言葉を失う二人であった。


  劇終


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