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great mothers strike-back ,another storys

first-part
literary-work:iky

Warning
from now on
heavy-hearted

homecoming

  「くそ〜。気に入らんな」
  悔しそうな男の声であった。どうやら天井に向かって吐いた言葉であったので、小声であっても乱反射して部屋中に響いていた。
  「え!何が?」
 百合子は鏡台に座って化粧を落とす作業を続けながら、世界が逆転した世界のツインベッドの傍らで不機嫌そうに天井を見ながら寝ッ転がる旦那(大樹)を見た。
 部屋には横島の両親二人がいた。二人が居るのは久しぶりに戻ってきた日本で、息子の部屋では親子とは云え三人はキツイので取ったホテル。副都心にある地上120階の窓からは、今まで百合子が久しぶりに息子に手料理を振舞っていたアパートも探そうと思えば探せるであろう夜景が見えた。

  ぷ〜〜〜〜ん
 両手を枕に入って来た蝿が飛び回るのを、百合子が息子のアパートで作ってきたらしい夕食弁当のカスを取るために口に加えた爪楊枝を回しながら忌々しげに追っていた。
  「あらっ。折角久しぶりの帰国だから奮発してスイートを取ったのに・・・・・エラク不衛生ね。これなら忠夫のアパートでも良かったかしら」
 つい今し方までいた息子の部屋を思い出した。久しぶりに帰ってきたので、案の上彼らの息子の部屋は非常に掃除のし甲斐があったので腕は棒のようになっていた。
  「多分あの子の安アパートの方が年中無休なエアコンで蝿もゴキブリも悠々とクラスホテルよりも、隙間風があるから蝿もいないでしょうからな」

 

  「フロントに頼んでスプレー(殺虫剤)持ってきて貰いましょうか?」
 百合子も飛び回っている蝿を、ヘアピンを髪から取りながら鏡の中に追った。大樹も加えた爪楊枝をグルグルと回しながら追う。    プ〜ン プ〜ン プ〜ン ・・・・・・・・・・・・・・・・ ピタ
 蝿は壁に止まった。ソレが彼にとっては最後の飛行であった。
   カツン ピキン 
   うぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ガクッ
 哀れ、蝿は別々の方向から飛んできた爪楊枝とヘヤピンによって一生を終えた。
  「電話はいらなかったわね。やっぱり・・・・・・・・・」
  「そうだな」
 大樹が不機嫌そうに、ゴルゴダの丘で貧相な髭男と同じ目にあった蝿を見ながら呟く。磔までの距離は百合子の方が遠いのに、ヘアピンの方が一瞬早かったのでチョット悔しいのだ。
  「やっぱり電話してくれないか。水割りのセットを、グラス二つで」
 指二本立てる大樹。一人で自棄酒は辛いので付き合えと言っているのだ。
  「はいはい。でもあなたの奢りよ。あたしの勝ちなんだから」
  「分かってますって」
 普段暑い国にいるので空を飛ぶ害虫には事欠かない。どうやら通例になっているらしい。
  「これで五連勝ね。明日あなたのカード貸してよね。今年のコレクションのシャネルが欲しかったのよね」
 電話を肩口で持ちながら、JJに載っているスーツを見せる。部長待遇であっても、一応サラリーマンである大樹にはキツイ額だ。
  「そ それはチョット高いんじゃないんですか百合子ぉ・・・・・・・」
 甘える猫なで声を耳が留守だと押さえる。
  「お酒のつまみはカラスミ(とっても高いつきだしだ)とキャビアね。これもあなたの奢りだからね。忠夫が空港で口走った分も含めてね」
 昼過ぎに息子の言動を盾に取る百合子。諦める大樹。
  「・・・・・・・・は い」
 何事も無かったようなホノボノした夫婦の会話が続いた。
 宮本武蔵や椿三十朗や木枯らし文次郎じゃないんだから、ヘアピンや楊枝で害虫を仕留めるのは別段大した事では無いらしい。
 ・・・・・・・凄い親。
 

  「で、機嫌は直ったかしら」
 化粧を落とし終えた百合子が大樹に作った水割りを渡して聞く。しかし、大樹はスイートの雰囲気をブチ壊してくれたモノを殺しても、まだ何か承服し難い物が腹に据えているらしく、ブスッとしながらコップを受け取る。
  「んなわけあるか」
 ちょっとだけ恨めしそうに睨む。チョットなのは本気で睨んだら怖いからだ。この世でただ一人この女性にだけは頭が上がらない大樹であった。
  「でしょうね」
 百合子は忌々しげに杯をあおる旦那を更にからかう。
 大樹の不機嫌の元は別段先ほど百合子が言ったように、奮発して取った部屋で害虫が闊歩したからでは無い。それは百も承知。大樹はもっと大変な、彼にとっては重大事な事で苛立っていたのだ。

 それは日本に帰ってきてまず一番先にやりたいこと。別の姉ちゃんとの浮気では無い・・・・・。別段浮気に国は関係無い。一番やりたい事は・・・・・・・・・・・百合子も同じだが、息子 忠夫をからかう事であった。息子が生まれてから、多少落胆したが、こればかりは娘を虐めからかう事は出来ないで、存分に虐める大樹であった。実は本人には自覚は無いであろうが、年上にとって息子は非常に虐め甲斐のある人間であったのだ。別段嫌いだからではなく、迷惑な話であるが妙に人を惹きつける魅力があるので、まるで好きな子を虐める小学生のようになる大樹も百合子もであった。

 生まれてこのかたずっと家族の語らい(虐めカラカイ)を異国に離れ離れであったので、早く家族の語らい[family-prot]をやりたくて、以前と同じように、その為に空港に出迎えに来させた。
 しかし、二人の願いは叶わなかった。息子が来ないワケでは無かった。何しろこなかったら仕送りの完全打ち切りを宣言したので、今だ赤貧に喘ぐ息子が移転問題で揺れている成田の遠方遥々と云えども来ない筈は無かったのだ。その目論見は成功して、空港の出迎えエントランスには・・・・・多少厭そうな顔をしている不肖の息子がいた。

air port[recollection]

 税関から出迎えのゲートに出る大樹と百合子は直ぐに不機嫌そうにしている顔を見つけた。
  「よう久しぶりだな、馬鹿息子」
 いつもの軽口を苦々しく言い放つ大樹。息子がいつものように軽口や文句を反せば更にからかうのがアリアリと判るので嘆息する百合子。息子忠夫が生まれてから此の方同じ事の繰り返しである。
 実は百合子もそうであるが、この息子をカラカウ事は自分達には楽しくて仕方無い事であった。まあ、当人には迷惑な話であるが、普段はチャランポランな癖に、芯は馬鹿に真面目な所があるのでカラカウと本当に面白いのだ。
 それは両親だけの悪い趣味では無く、恐らく誰しも息子をからかい虐めるの好きなのは、今美神がその立場を奪って、日々勤しんでいる事からもありありと判る。
 だから今回の帰国の楽しみでもあったし、出来れば異国への赴任になるべく一緒に連れて行きたかったのも多少はそんな意味もあったぐらいだ。

  (あらっ。変ね)
 百合子が怪訝な顔をする。息子は父の軽口にチョット怒ったフリをしただけだ。今までだったら考えられなかった反応であった。
  「?あら・・・・・・」
 変わりに、この間の帰国の時に両手にはべらせていたスッチーを、母に判り易くあてつけ&あからさまに探す。無論前の帰国の時に浮気をしたと有り体に告げ口しているのだ。
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 当然バックに怒りを背負う百合子。知らないならばまだ許せるが、息子から告げ口をされたら、例えかなり前の事でも・・・・・・ケジメはつけるのが横島家の掟なのだ。
  チャー          ガシッ     ジャキン
 百合子は抱えたバッグのチャックを開け放ち、前回美神との嫁姑?の戦いのドサクサで入手して以来、大樹の粗相に非常に役に立つようになって『いいものをくれる嫁ね』と言っていた神通混に手を伸ばした。
  (や やばい)
 背後で、必殺仕置人の棺桶の徹の仕込み短剣が組みあがった時のような金属音が響いた事にタラリと汗が垂れる大樹。

   ドーン
 吃驚なタックルで息子に抱きつき壁に押し付ける。父子の感極まった愛情・・・・・・のフリをして、息子に抱きついた大樹の手には・・・・・いつぞやのサバイバルナイフの代わりか、機内でサラミを切る為に使っていたペーパーナイフが息子の首筋に当てられていた。震える怒りと怯えを、食いしばった歯の間から漏れる笑いで誤魔化しながら小さく『勘違いだと言い直せ』と、原作者十八番(と言おうか他に表現方法が無い)の顔の上半分に斜線を黒々と覗かせた表情で脅す。しかし息子は・・・・・・・・
   クスッ
 父の怒りなど知らぬと、怒りに震える凍りついた笑顔とは対極に屈託の無い笑顔で反す。
  「相変わらずだなあ、親父達も」
  「ん?」
 息子の態度に大樹は思わず呆気に取られる。
 生まれてこのかた、この方法で可愛い?馬鹿息子をカラカッテいたのだ。いつもはビビッて鼻から鼻水まで噴出していたのに、その作戦が今は全く通用しない。以前の時と同じ場所、同じシュチュエーションであるのに毛ほどにもビビル素振りが無い。ただ箸が転げた女の子のように笑っているだけだ。強がりの、笑って誤魔化すワケで無く、怯えはその顔には全く浮かんでもいない。

  「そ そうだろう。そうだろう。お前は栄養不足で頭が動いていないのだよな。まあ、勘違いは誰にでもあるから気にするな。あはははは」
 流石にこの手では懐柔出来ないと判ると、後で混を構える妻に聞こえるように息子の代弁を買って出る。その間中笑いを噛み殺して言い訳に砕身する父を笑う。
  「じゃあ、いこうぜ。俺待ってるのが長くて腹減っちまったからな。ああ母さんそれ(母の荷物)持つから、シバキは程々にしといてくれよね。じゃあタクシー乗り場で順番取って待ってるから」
 そういうと二人の荷物の中で一番重そうなモノを担ぐと、サッサとエントランスを後にした。呆気に取られる二人を残して。
 

pleasant chat

   ブーーーーーーーーー
LPG特有の排気音だけが車内を支配する、とても離れ離れであった家族の再会とは思えない妙な空気に普段は饒舌な運転手も黙るタクシー車内。
  (う〜〜〜ん・・・・・・・・・・・・・)
 成田からの都内に入るタクシーの中で大樹は考えていた。
  (何があったんだ?一体コイツに・・・・・・・・・・)
 以前の帰国のときはサバイバルナイフとの違いこそあるが、首筋に針を付きつけられているのに、それでも怯える素振りも無く安穏としている。
 これでも自分の腕はそれなりに辣腕だし、それが通用しないハジキ相手であってもハッタリだけで幾多の窮地を切り抜けて来た迫力があった。しかし、そのハッタリを難なく見抜かれた。何故に見切ることが出来たのかと聞くと、興味無さそうに「害意が感じられない」と気の無さそうにつぶやく。
  (俺が脅しだけなんかやらないとはわかっているだろうに)
 これでも今まで反政府ゲリラあたりとも渡り合ってきた、それほど迫力には不自由しないのに・・・・・・確かに身内相手に本気な殺意を抱くワケは無いが、今までそれを感じずにビビリまくっていたのに今ではその奥に潜む真意をハッキリ感じ取っていた。
   

 無言の車内の後部座席から、前席で寡黙に押し黙っている二人の息子に気取られないように瞳で話す。
  (どうしたんだコイツ。以前と全然感じが違うぞ)
  (そ そうね。どうしたのかしら。何か悪いものでも食べたのかしらね)
 在留している国の現状と、元からの性格からして大概の事に動じない夫婦二人も心中穏やかでいられない。大樹の脅し?が通用しない以上は恐らく百合子でも同じように脅しの部分では動じないであろう事は、村枝の紅百合と呼ばれていた頃の人並み外れた洞察力でも判っていた。それはともあれ、人生の楽しみの一つが無くなって消失感が募る。この息子は本当にこずき(突付く)甲斐のある対象であるのだ。美神が虐めて至福を感じるのと同じように、チャランポランに見えても芯は結構真面目な人間は昔からそうなようにだ。
  (ほら、前の何とかっていう悪魔との戦いじゃないの。美知恵さんが仰っておられたように、あの時の戦いが原因じゃないかしらね)
 百合子は詳しい事は聞かなかったが、その時の戦いで縦横無尽な活躍をしたと、身重の体でワザワザ来訪して感謝された。もし息子が居なければ、世界が・・・・ついでとは言っていたが、彼女の娘も消滅していたらしい。
 ついで、などと言ってはいたが指揮官としてでは無く、母としての感謝の訪問であったのを見ぬけぬ百合子では無かった。歓談の間中に以前の帰国の時に令子に感じた匂いがした。肝心な事は、ちょっと照れがあって外すのは母娘共に同じであった。
 母同士、色々とややこしい子供を持った母同士、妙に気が合ったのでまるで旧知の仲のようになったらしい。話しは何故か娘や息子の意見を介せずに、冗談まじりとは言えども縁談まで進めたぐらいだ。多分浮気モノである忠夫と、それに対するには令子が合っているだろうし、世の中舐めている令子を終生根を上げずに付き合っていけるのは忠夫ぐらいしかいないのとお互い得心していたのだろう。

 しかし、歓談の最中であっても百合子は美知恵の中に混濁したような別の意志を感じた。
 言葉には出さなかったが、何か美知恵が謝っているような言葉のニュアンスを百合子は見えた。息子に対し、この女性は何か負い目を感じていたような感を受けた。
 それを聞くことは出来なかった。幾ら肉親の事とは言えども部外者が安易に立ち入る事が出来無いことは存在する。それは多分男に成ったならば尚更だ。

  (やっぱり、あの時の美知恵さんの様子からして・・・・・・・)
 息子忠夫の豹変とでも言ってあまりある変化。そして美知恵さんが負い目を感じている以上は、自分達の赴任先でも多数の悪霊達に襲われたあの時の事件と関係が無いとは思えなかった。
  (ああ。あの時の騒ぎか)
 大樹も思い出した。不条理にも根性の入った拳だけで悪霊を蹴散らす人外の能力を持った大樹ですら、そろそろヤバかったと思っていた時に霊達は吹雪の中の吐息のように霧散した。あの時の戦いに息子が参加していたと言うニュースはついぞ見たことは無かった。確かに美神やらはあの騒ぎの後に、公私共にマスコミも騒いでいたようなので、遠く異国の地でも持ちきりであったのは知っていたが、ついぞ息子の姿もコメントも無かった。まるであえて無視するような感さえ受けた。
 しかし、妻百合子が確信にも似た感触を得ている以上大樹は反論をしなかった。マスコミ報道が無かったと言うだけの理由で否定するには馬鹿らしい。彼が掛け替えの無いと思っている女性 百合子はまさに天才を超える閃きと、それに類する能力の持ち主だし、それに何より息子に一番近いのは母なのだから。だから、もうあの事件と息子を離して考える事は無くなった。
 しかし、時折掛ける電話でも忠夫はそれとない百合子の問いに何も話す事は無かったらしい。しかし、流石に母だけあって電話口からでも息子の様子のおかしさには気がついたと言う。
 電話で伝わらない事ならばと、会っている今のほうがより多くの情報を引き出せるだろうと作戦を開始した。


  『おい忠夫。お前このごろ何か変った事でもあったのか?』
 息子に接するには珍しく言葉を選ぶ。少なくとも、生まれてから付き合ってきた、大樹の好きな馬鹿だけの息子では無い。まだ幼く頼りなげだが、紛れも無く男の顔が覗いて見える以上は口調も変えざるを得ない。ちょっと嬉しい、その百倍以上に悔しくて、腹が立ち、不遜ではあった。親と言うのは子供が自分を超える事を望みながら、それに焼き餅を焼くという矛盾をはらんでいるものであるから。それも大樹は人一倍であったろう。

  『え?・・・・・・・・ん〜』
 前の席から気の無さそうな顔で振り向く。返事もそれに類して気の無いモノであった。一言『別に・・・・・相変わらず貧乏なだけだよ』
 質問をはぐらされたのか、それとも仕送りの少なさに文句でいっているのか判らなかった。
  『お前、そう言えば前の騒ぎの時にエラク活躍したって話じゃないか。どうなんだ?少しは強くなったか』
  『ん?・・・・・・・・さあ?どうなんだろ。自分では良くわからないな〜。まあどうでもいいことだからね』
 相変わらず気は沈んだままだ。しかし大樹は諦めないで神経の逆撫でするような言葉を捜す。しかし全く"力"とか言うキーワードには打てあう(反応)素振りは無い。じゃあ、絶対に無視できない種類の会話から糸口を辿ることにする。多分まだの筈で、しかし一番興味がある話題に・・・・。

  『どうせ相変わらず彼女も出来てない所を見れば、腕っ節も変っていないに決まっているぞ。あははははは』
 豪快に笑いとばす。あからさまな挑発。反論をしてきたらしめたものだ。後の誘導尋問は百合子へとバトンを渡し、息子の変わり具合を探り出す予定を立てていた。しかし、
  『ん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだよなあ』
 返事に殆ど感情が無かった。
  『(あらっ)』
 肩透かしにあって気が抜ける大樹。
  『あら。出来たの忠夫』
 直情な大樹では尋問は駄目と見切って百合子が引きつぐ。
  『ドッチなの?美神さんかい、オキヌちゃん?。まさか・・・・・他の人(女性)って事は無いよね。うふふ』
 ふふんとせせら笑いを浮かべる百合子と大樹。特に大樹は別の感情からも大きく笑う。多分まだ悪さをするのを諦めていないのであろう。
  『・・・・・・・・・。案外わからないぜ。母さん』
  『え・』
 予想していた答えで無くて百合子は思わず狼狽した。答えの種類もそうだが、今まで感じた事が無かったように、返事は地に足が着いたように重かった。以前のように浮ついたような感は無い。
  『ええ?。まさかお前に他の人が相手にされて・・・・・・・・・・・・』
 驚く百合子、と大樹。17年この方息子から聞いた事が無い返事と重みのある言葉。無論悔し紛れに嘘を着いた事は多々あったが、今の言葉は紛れも無く真実である。

  『なんだよ、そのこの世の終わりを見るような、その(吃驚)顔は』
 二人の心底意外そうな反応に少し憮然とする。
  『まあ、俺でもいいってモノ好きがいてもいいじゃないか』
  『だ、だってお前・・・・・・・・』
 横島の反論を、まだ口を開け呆然と見る二人。ブスッとして、精神的に反論する。
  『こんな宿六親父と離婚しなかったお袋があんまり人の事言えないと思うぜ』
 そう言って、ちょっと口を尖らせて前方を向いたまま寡黙に押し黙ってしまった。


  (だって・・・・・・お前・・・)
 実は百合子が驚いたのは息子に彼女が出来た事への驚きだけでは無い。それはいずれだと思っていたので、少し予定が早まっただけだと言えるだろう。問題は美神とオキヌの事の方だ。
 鈍い忠夫が気が付かなかったのはアリアリだが、百合子の見立てではあからさまに二人、特に美神はより強く息子に惹かれているのが分かった。言葉を少し深くいえば、美神のほうはベタ惚れと言っても間違い無かっただろう。まあ美神のほうは絶対否定するだろうし、一番気がついていないのは当人かもしれないが、村枝の紅百合の眼力は誤魔化せないらしい。
 普通ならアツアツカップルになったであろうが、お互いが特殊な環境と性格がそれを押し留めていると推察した。それが何かは聞かなかったが、常人離れの洞察と推察力を信じれば唯事で無い 強い絆を感じた。
  (だって・・・・・美神さんは・・・・・・・・)
 あの強がりではあるが、その実芯は脆いと感じた美神の事を考えると百合子は心が痛んだ。美神の内面はハッキリ言って驚くほど脆弱で脆いと百合子は見切っていた。倒れそうな、高くだけ伸びてしまった立ち木のように思えた。生来そんな性格であるので、彼女がスイーパーをやっているのは向いていないこと甚だしい。後で事情を聞いてやっと納得出来た。彼女の母美智恵はいずれ来る戦いに備えて、強がり空元気であることは承知でそう育てたのだ。自立させる為に、自らは死んだと思わせてまでも。そしてやがて現れる息子との出会いに娘を託して・・・・・・・・・・。
 百合子は憮然としている息子にキツイ視線を向けた。
 他のヒト(女性)を選ぶのは仕方ないとは言え、これまでは甲斐甲斐しく支えてきたのだ。相手だってキットそのつもりで・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 女は今日の続きが明日も続くと思いこむ生き物である。当然いつまでも自分の傍に居てくれるのが当たり前だと思ってさえいたのだろう。だから以前百合子もそこの所を付いた悪戯を仕掛けたのだから。恐らく精神的な支えであるのを自覚しているのか疑問ではあるが、多分息子が居なくなればやっていかないと分かっていたのではないだろうかと思えた。そんな依存に頼るようにまで支えてきた女性を切り、そして作ってしまった事はどうにもやるせなかった。いくら男と女の関係では仕方の無い事とは云えども・・・・・・・・。


   バキッ
  『何嘘ついてやがるんだ。この』
 大樹が忠夫の頭を張る(殴る)。
  『嘘に決まってるさ百合子。コイツを相手にする女がいるワケがないぞ。相変わらず取り繕った表面の嘘を言っているだけさ』
 大樹もその言葉が単なる嘘では無いと分かった。が、何やら隠し事が見え隠れしているようなので糸口を探そうと挑発する。
  『嘘じゃねえよ』
 後頭部の痛みで涙をチョチョ切らせながら噛みついたが、「食い付いた」としてやったり顔をする大樹。それから先は売り言葉に買い言葉であった。何しろ相手を怒らせることに関しては常人の比ではでは無いという、はた迷惑な能力を持っている大樹であったのだから話はその女性のプロフィールに及ぶのは必定であった。

  『じゃあその彼女を俺らに紹介しろ』
 ニヤニヤと、消えゆくチャシュ猫のようにフロントシートの背もたれに顎を乗せて笑う大樹。
  『 そ それは・・・・出来ない』
 飛びかからないばかりに前席から体を傾げていたその気概が薄れたように体を落とす。
  『ほれ見ろ。やっぱり嘘だったろう百合子。こいつはこんな奴なんだ』

  グヌヌヌヌ
 唇を噛む忠夫。本当に悔しげな感情は嘘がバレタからでは無いと百合子には分かった。
  (そろそろね・・・・・・・・・)
 これ以上怒らせるのはマズイと分かり、そろそろ潮時だと妥協点を提示しようとする百合子であった。逃げ道を全て断つと窮鼠猫を噛むというように反撃が怖い。例え息子であってもだ・・・・・・・・。
 しかし、その前に大樹が口を滑らした。
  『もし居たとしても、どうせお前に惚れるような奴だろう。男を見る目もない、顔も偏曲がった馬鹿女に違いないぞ。表も頭の中身もしれてるわ わははははははは』
 大樹は下卑た表情で見下げるように吐いた。

  『あ あなた・・・』
 その言葉に今までは静観を決めていたが、百合子は思わず狼狽した。今の言葉は言ってはイケナイ種類の、特にいくら気の許せる身内であっても言う種類の言葉では無かった。それは顔には出さなかったが大樹も言いすぎたと気が付いたらしいが、男の意地でそんな感情を露呈させる事を拒否した。
 しかし、事態はそんな親の強がりをどうのこうのいうレベルの問題では無かった。多少ぎこちないが、親子の歓談に包まれていたのに、次の瞬間に狭い車内の空気は一変した。
  『う!!』
  『あっ』
 声に成らない声が喉の奥から思わず漏れ、二人は思わず息を呑んだ。空寒い虚無な風が冷たい衝撃となって二人に背中を走る。
  『た ただお・・・・・・』
 百合子は言葉に詰まった。その原因は紛れも無く、俯いたままに押し黙っている助手席の忠夫から発せられていた。
  (な・・・・・なんだ)
 息を呑んだ為に言葉には出来なかったが、その豹変ぶりに目を見張り、座っていながらも膝は絶え間無く震えた。

  (忠夫・・・・・・・・なの)
 母百合子は更に感じた。
 この助手席に居るのは誰なのかと・・・・・。
 絶対に、今まで生まれて付き合ってきた息子である筈は・・・・・・無かった。
 その顔は虚無な憂いを潜めながらも、瞳には侮蔑に対しての怒りや感情の入り込む余地の無いほどの強い意思が宿っていたのだ。

  キキキキキキキ
  言葉も声も出せない二人以上に・・・・・・タクシードライバーはあまりのプレッシャーに身心喪失で失神し、走行中のタクシーはスリップ音を響かせてスピンした。走っている車内でドライバーが失神したという、以前ならうろたえるだけの息子は何事も無かったように助手席からハンドルとペダルを操作して路肩に止めた。
 スマートさと超人的な反射神経で危機を脱したのが信じられず唖然としている二人。忠夫はいつのまにか車外に出ていたのだろうか大樹をドアを開けて呼んだ。まだ膝の笑っている大樹に小さく言う。
  『事情があって"彼女"の紹介は出来無い。でも確かにいるってことは先程の親父の話からすると・・・・・俺が腕っ節強くなった事で証明出きるっていったよな』
 先程の大樹の軽口のままに今度は挑発を反す。
  『お おお。やってやろう。まだまだお前には負けるもんか』
 ちょっとの躊躇いの後にタクシーから飛び出す大樹。しかし、先程から感じた違和感からまだ立ち直っていないようなので止めようとした百合子。しかしそれより先に忠夫がキッパリと言う。俺が勝ったら、二度と"彼女"の事を悪く言う事はしないと約束だ。
  『分かっている』
 元から口を滑らせたのでもう言う事は無いが素直に謝れないのもあって強がりから、お前はどうせ俺には勝てないと更に挑発する大樹。上着を脱いで、止め様とする百合子にジャッジを頼んでファイティングポーズを取る。嘆息して、百合子は腕を振り下ろす。
  『ファイト』
 百合子の声が都内に向かう高速道路の路肩に響き・・・・・・・・・大樹の覚えているのはそれまでであった。

 hackking

  「あ 痛っ」
 ベッドでの杯も進んだのでそろそろ厠に行こうとベッドから立ち上がろうとした大樹がわき腹を押さえる。高速の路肩で息子に殴られた腹が痛んだ。実は成田からの途中でで気を失っていたので、気がついたらこの部屋のベッドにいたので、殴られてから初めて体を動かしたのだ。
  「大丈夫?」
 一応は愛しの旦那なので聞いてみる。答えは分かっている。弱音など吐く伴侶では無い。
  「ああ、何とかな。まだまだ、あんなヒョロヒョロパンチなんぞ・・・・・・・・」
 しかし、喧嘩と修羅場には事欠かない彼でもこの一撃は相当に堪える様で、トイレに行くのさえ辛いようだ。ヨロヨロと向かい、同じようにヨロヨロと帰ってきて再びベッドに陣取る。

  「くそっ。親に手を掛けるなんて親不孝者め」
 戻ってきてベッドに座ってから悔しそうに吐く大樹。チョット哀れっぽい仕草で、出来ればシャネルのスーツをチャラにしてくれないかと思っているが、当然百合子は同意しない。シャネルのスーツは兎も角・・・・・・・・・・それもあるだろうが、あれでもし怒らない、いつものようにヘラヘラ笑っている息子だったら自分が殴っていただろう。好きな女性をナジられて黙って笑うような奴は女として許さないと決めていた。

  「悪かったって、あなたが気を失っている時に謝っていたわよ」
 伸びた大樹を背負って、恐怖に伸びた運ちゃんも後部席に移しながら息子は百合子に謝った。自分の旦那をこんな目に合わせて済まなかったと笑いながら。その言葉の端には、父ではあるが男として許せなかったと暗に言っていたのだろう。だから、百合子の旦那と言ったのだ。その顔に、再び違和感を感じた百合子であった。心のどこかで、何故か自分の知っている忠夫では無いと思えた。単なる成長しただけの変化では無かった。では、何が違うかまでは分からない百合子であった。

  「ああ、もう11時過ぎかあ。じゃあ俺は半日近く伸びていたのか」
 新しい水割りを受け取った大樹が見たベッドサイドの時計は深夜を告げていた。
  「アイツ他に何か言っていたか?」
 大樹が気を失ったので、ホテルまで忠夫が運んでからはほっとけばいいと分かっているので、伝言だけを置いて百合子は忠夫をホテルの食事に誘った。しかし忠夫のリクエストは"お袋の手料理"であったので、大樹が目を覚ます少し前まで忠夫の安アパートで食事+親子の歓談に行っていたらしい。
  「ぶう」
 少しヤキモチを二人に焼く。愛する女性と、からかう対象で愛していると言えなくも無い複雑な愛情対象たる愛玩動物のような息子が自分の知らぬ所で二人だけで親子のふれあいを楽しんだのが気に入らないのだ。

 殴られた恨みは無い。
 それは当たり前。
 もし百合子の事を、同じように言う奴がいたら自分ならこれぐらいでは済まなかっただろう。下手すると一生再起不能までやったかもしれないし、もしかして殺していた事すら絵空事では決して無い。
挑発の為とは言っても、とんでも無い事を言った我が軽率な口を呪った。男と生まれて来たからには許せぬ台詞であったことは己を鑑みれば痛いほど分かるが・・・・・・しかし、本来意地っ張りの性格なので大人しく認める事は出来ない。
 でも・・・・・・・・・頭を下げなくても"すまなかった"と伝える手段を探す。息子と同じく、一応ケジメはつけようとしつつも、プライドは守りたいというジレンマに身悶えする父であった。

 それを見てクスリと笑う百合子。
  「あなたの事心配していたわよ」
 百合子の言葉に、大樹はサイドテーブルの上に乗った小さな白い珠を手に取る。それには"看"という文字が見て取れる。何かは良く分からないが、忠夫が霊能能力で作ったモノの一つらしく、起きた時に大樹の体の上にこれはあった。なんでも、これが近くにあればどこにいても大樹の様子は手に取るように分かったらしく、まあ病院の心電図 脳波計 監視カメラなどと同じような事がこれ一つで分かるICU(集中治療室)のようなモノであったらしい。「そんなに心配なら付き添え」と言うと、またクスリと笑う百合子。そこまでやるのは恥ずかしいのを知っている。父と似て息子も意地っ張りなのだ。
 いい家族に恵まれたと女として、妻として、母として幸せであったと呷ったグラスの琥珀は歯応えのある美味であった。

  「しかし・・・・・・・一体何があったんだ。アイツに」
 先程より、少し酔いが回った大樹がグラスをもてあそびながら今一度考える。

 どうみても、たんにデカイ戦いを経験しただけで変れるぐらいのモノでは無かった。馬鹿息子が今やスッカリと大人の男の顔をのぞかせていた。それは事実としては分かるが、その事情が理解出来ない。隻眼を自他とも認める自分らが見ても、それは半端な成長の仕方では無い。多分ストレートに聞いても、今の忠夫に聞いても答えるわけは無い事が途中のイザコザでも分かる。
 しかし可愛い馬鹿息子の事は全て知りたい酔っ払い二人であったので、チラと時計を見る大樹。
  「黒崎君は・・・・・まだいるかな?」
 例の村枝商事の、元横島の懐刀(多分今も)の事を思い出した。彼は大樹しか知らないが、アメリカ時代に伝説のハッカーで鳴らしていた。しかも本当に伝説であった(つまり捕まった事が無い)ぐらいで、彼を捕まえ様としたFBI逆探知回線からFBIとCIA、ペンタゴンなどにまでウイルスを仕掛けて、自分に通じる全てのデータを粉砕してしまった程なのだ。

  ツルルルル
 村枝商事に電話を掛けると、やはり本社の電算室(スーパーコンピュータールーム)で捕まえる事が出来た。彼の本来の仕事は秘書的な業務であるので電算室にいるのはソグワナイ。しかし、何をやっているかと聞く野暮な大樹では無かった。調度都合がいいと喜んだぐらいだ。
  「息子の事を調べて欲しいんだ・・・・・・・・・・・・・ああ、多分オカルトGメンとかから情報・・・・ああ、お願い出切るかね。ああ、助かる・・・・・・・・一時間後に・・・・・・・・・・頼むよ。それからくれぐれも気をつけてくれ。あの組織は危ない場所とも繋がっているらしいから・・・・・・・・ああ。すまんね夜分」
   チン
 電話を置いた大樹はチョット思慮を巡らしながら、忘れるように杯を煽った。それが緊張を表すのだと分かって百合子も倣う。何か大事な悪事を企んでいるような事は分かったが何も言わなかった。多少危険をはらんだとは行為(ハッキング)だとは分かったが、自分も知りたいのは隠し様が無いのは周知の通り。グラスの琥珀を含んでいるので口を開けぬ振りをする。


   リリリリリリリ
 一時間と言っていたが、電話は約束を待たずに掛かって来た。この番号を教えているのは息子と黒崎だけで、零時過ぎて息子もフロントは電話をするワケは無いので「流石だな」と言って大樹が電話に向かう。取ろうとした時に表からノックが聞こえた。どうやらルームサービスで、先程頼んでいた呑んだ後の酔っ払いの〆のラーメンが届いたらしい。
  「はい、横島だ」
 大樹が電話を取ったと同時に百合子がドアのロックを外していた。

  「誰だ!!お前は」
 大樹が叫ぶ。
 電話の向こうから「黒崎です。今下に着きました」と吐いたのは、全く知らない女の声であった。
  「ッゥ!」
 唇を噛む。相手が誰だかは分からない。しかしその声にある種の覚えがあって慄然とする。
 大樹には分かった。それは修羅場をくぐり抜けてきた者の迫力を持っていた。そんな連中と望む望まずは兎も角付き合いは長く言葉の端々で分かる。この電話の向こうからは、優しい柔和な感を受ける声でありながら、修羅の道を通ってきたモノの声だ。そして近しくそんな連中と付き合いもあった。

 実はつい先日もナルニアの国粋主義者である反政府過激派との間で商売上の利害の不一致からイザコザがあったので、実は大樹は逆恨みを受けていた。取引相手のナルニアの商社に爆弾を仕掛けられ、そこの社長が誘拐されて死体で発見されたのはつい前日の事。大樹らも狙われていたと当の黒崎からも警告を受けていたので、社員の全てを帰国させてから彼らも脱出してきたのであった。
 日本に帰ってきたのも、その過激派が今ナルニアで摘発を受けているので自暴自棄になった連中が何を仕出かすか分からないから避難の意味もあった。とかく国粋主義者は追い詰められると"死"すら美名の元に甘美な行動になるのだから。自分ならまだしも、妻だけは絶対に、例え何を犠牲にしても守って見せると帰国に踏み切った経緯があった。機体に爆弾を仕掛けられては事だと偽名を使って日本には帰ってきたほどであった程だ。
  「くう・・・」
 苦渋の息を吐く。
 ナルニア国内では間断無く周囲を索敵していたが、日本に帰ってきて安心していたのを悔いた。
 両国は国交も順調に樹立されたので交換留学生制度からもあって多数ナルニア人は多く入り込んでいたのだ。当然そうなれば招かざる客である反政府勢力も過激派も犯罪者も・・・・・・・。時を同じくして「はいご苦労さん」入り口から百合子の声が聞こえた。
  「開けるな、百合子!!」
 ドア向こうから剣呑な雰囲気が漏れていた。普通なら百合子も気が付いた筈だが、杯が進んだ為に勘は鈍っていたのだろう、愛想の良さそうなウエイターの声にロックを外した後であった。

   ガチャ
  「えっ?」
 耳に百合子の、ちょっと戸惑った声が響いたと同時に大樹は地面を蹴った。
   ガシッ
 サラミを切る為のカットナイフを握りしめ、ドアに向かって床を蹴る。
  「くっ!!」
 心もとなくとも、今はこれしかない無い状況に唇を噛みながらドアに向かって大樹は駆けた。彼の頭にあるのは百合子を護る事、そして百合子に何かあったら皆殺しにしてやる その誓であった。


to be continud


※この作品は、西表炬燵山猫さんによる C-WWW への投稿作品です。
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