episode(few days later)

　「ねえ・・・・・・・・・ねえ・・・・・・・・ねえ。ワルキューレったら。・・・・・・・・・・・ねえ！！」
　次第と語尾が上がる声が届いた。
　　「ん？」
　自分がやっと呼ばれている事に気がついた。
　
　見るとそこは人間界のホテルの一室では無く、神界と人間界を繋ぐ修験場であった。本来は神族の施設であるが、派遣要員としてここに常駐していた。
　深い霧と霞にむせぶイメージがある霊山ではあるが、その実高山特有の気候以外は人間界とさほど変わらない修験場である。どうやらインディアンサマー（小春日和）でウトウト船を漕いでいたようだ。
　　「何ボ〜っとしてるの。さっきからズット呼んでいたのに」
　振り返ると、この山の管理人たる竜の娘が少し怒った顔をしていた。
　　「ああ。すまん。すまん。・・・・・・・・・・・ちょっと思い出してね」
　苦笑したままにむくばせする。
　　「何を？何かこの所面白い事でもあったの」
　今では種族を超えての友が首をひねる仕草に思わず笑みが零れる。結構な美人であるくせに、結構天然が入っているので・・・・・・・・・・・・彼女も見ていて飽きない存在であった。

　　「何笑っているのよ！」
　今の笑いは自分の事だと分かったらしくて、少し機嫌を損ねたようだ。
　　「いや（ふふふ）この間の任務の時の事を思い出してね」
　　「？。この間の任務って・・・・・・だってあなた」
　竜の娘は思わずもう一度首をかしげる。彼女の知っている限りで笑うような事では無かったと記憶している。種族と領分が違うので、詳しい任務のことは知らないが事の顛末は彼女の弟からそれとなく聞いた。

　なんでも生真面目なワルキューレが、張りこみの為に潜入した居酒屋で大酒を飲んで、居合わせた客と大立ち回りをやらかしたらしい。当然犯人を逃がして・・・・・・。
　挙句そこにいた男性客と王様ゲームか野球拳をして・・・・・・・負けたのに脱がない男を無理やりフルチンにして・・・・・・・・・・・・・彼女の部下に聞いた噂では、その後・・・・・・・・・・・・・・・・襲ったらしい。『隊長溜まってるかな〜』と誠しやかに囁かれていた。
　無論部下が周知であるのに上司が知らぬ筈も無い。こっぴどく怒られて、自宅謹慎に減給に減俸。有給も無くなり、魔族にとっては閑職である神族の組織への出向であった。

　　「元気出してよね。あなたの事だから直ぐに元の部署に復職出来るわよ」
　家系も家柄も、それ以上に本人も有能なエリートであった女性が閑職に飛ばされたらば、普通なら腐る所である。しかし、それを感じさせないように、以前より屈託無く笑う姿も結構痛々しいと感じた。何故なら、あれだけ仕事に忠実な彼女が『転職先も一応出来たし、軍止めちゃおうか』と呟いた言葉を聞き逃さなかったからだ。

　あの時と同じく、友を気遣い肩を・・・・・・・・震えた肩を叩く。俯いているので、友を気遣って見ないようにしていた。いたが、ジックリ見れば分かったであろう。俯いて肩を震わせているワルキューレは・・・・・・・思いきり笑っていたのだ。


　　（くくくくくくくっくくくくくっくくくくく）
　ウトウトしていていた時思い出した後の事を思い出して、再び笑いを押さえる事が出来なくなった。
　　（本当に馬鹿なんだから）

　あの日に起きた時に彼は何一つ覚えてはいなかった。何とかターゲットが掴まって、自棄酒に付き合った所までは覚えているらしいがランチキ騒ぎの詳細を全く覚えていなかったのだ。
　彼が目を覚まして見たものは・・・・・・・・ベッド脇には力任せに引き千切られた服。そして隣で寝ている女も自身と同じく裸・・・・・・・・・・・・・・。

　あの後責任は取ると言われた。言われたほうが唖然とした後、涙が零れそうな程の苦笑に言葉に詰まったぐらいだ。どうやら裸で寝ている事になった加害者と被害者の立場もスッカリ忘れているらしい。
　そして、お互いに何も無かった事もだ・・・・・・・・・・・・・・・・・。


　面白かったので彼女も乗って話を合わせてみた。ちょっと涙など見せつつ（←悪女）。そんなこんなで、何故かズンズンと話が進んでいく内に、今更冗談だという雰囲気では無くなってきてしまった。
　何しろ今の学校も事務所も止めて、彼女と、もう生まれてくると決めている子供の為に一生懸命働くと決めてまでいた。取りあえずそれは押し留め、責任なんとやらは『少し考えさせてくれ』と言って誤魔化しておいた。


　あの時本当の事を何故に言わなかったのか不思議であったが、今はその訳が分かった。操を盾に取れる今の立場は結構美味しいのであった。
　彼女も仕事に感けていたが、もう適齢期であって、あの時甘える態度を見られた、頭の上がらない国の母親からお見合いの写真がうざったく感じる今日この頃。
　良家の娘がいつまでも一人身だと世間の目も厳しいとせっつかれていたのだ。どうせ家は弟が継ぐのだからと、別れてもいいから一度ぐらい結婚してくれと言われていた。世間的な事情だけで・・・・・・・・・・・・・。

　ダミーで構わないなら、操縦のし易い男の方がいいに決まっている。今でも低給にめげずに馬車馬のように働いているのだからこれ以上の適役もいないだろう。
　どうせ浮気も止めないだろうから、タンマリと慰謝料を取るの善し。どこぞの女のように下僕のように働かせて、上前を搾取しても・・・・・・・結構オイシイなと思った。


　問題は・・・・・・・・・・多分例の事務所の連中に相当に恨まれるだろうと云うこと。それに、下手しなくても命狙われるかもしれない。
　多分今自分を心配して肩を叩いてくれている娘も、多分・・・・・・なので、友情と打算？の板ばさみにちょっと悩むワルキューレであった。