静かに雨が降りしきる夜、タマモは事務所の玄関をくぐって外に出た。 
『お出かけですか、タマモさん。』 
「そうね、ちょっと散歩に行ってくる。」 
『傘も持たずに・・・風邪をひいてしまいますよ?』 
タマモは事務所を見上げるようにして振り返った。 
「・・・・・」 
『・・・・・』 
タマモは事務所に背を向け歩き出した。 
『タマモさん、どうかお気をつけて。』 
タマモは軽く左手を挙げると、暗い雨の中に溶けるように消えていった。 


きつねレポート

ドッペル・パニック


         だいたい1年後・・・?  

「じゃあシロ、3,4日したら戻るから、おキヌちゃんと横島君にはよろしく言っといて。」 
「了解でござる。」 
スーツに身を包んだ美神は旅行用バックを肩から提げ、玄関のドアを開けた。 
「人工幽霊1号、留守番よろしく。」 
『行ってらっしゃいませ、美神オーナー。』 

「え、じゃあ美神さん沖縄行っちゃったの?」 
「そうでござる。」 
学校から帰ってきたおキヌは、制服を着替えながらベッドに座ったシロを振り返った。 
「何でも冥子殿から電話が来て、その後唐巣神父のぎっくり腰をエミ殿が琉球の呪いでカオス殿の家賃が赤字だとかどうとか・・・」 
「??? ・・・・よくわからないけど、要するに美神さんはしばらく帰って来ないのね?」 
「3、4日は帰れないそうでござる。」 
ぱたんっ 
「そっか。」 
着替え終わったおキヌはクローゼットを閉めた。 
「あっ、じゃあ他の仕事はどうしよう?」 
「とりあえず美神殿が帰ってくるまでのスケジュールは立て直したそうでござるから、依頼の予約だけ聞いといてくれとのことでござるよ。」 
「ふ―ん、じゃあ、横島さんにも電話しなくちゃ。」 
「あっ、拙者が先ほど電話したでござる。」 
「ありがと。」 
部屋を出たおキヌとシロは、キッチンに向かって廊下を歩いた。 
「じゃあ、明日はどうしよう。 休日だし仕事に行くつもりだったから予定も入れてないし・・・」 
「たまには家でのんびりするのがいいではござらんか? 美神殿は基本的に年中無休でござるからなあ。」 
「ふふっ、そうね。 じゃあ、久しぶりにケーキでも作りましょうか、横島さんも呼んで。」 
「いいでござるな! 拙者も手伝うでござるよ!」 

次の日 

「ふ―ん、じゃあ美神さんは今ごろ沖縄でバカンスか・・・チキショー! 俺も行きたかった―!」 
「まあまあ先生、拙者がいるからいいではござらんか。」 
「やかましいっ! 水着の姉ちゃん達と海辺を走り回る俺のささやかな夢を取り逃がしたこの口惜しさがお前にわかるか!?」 
「よくわからんでござるが、先生は散歩に行きたいとそういうことでござるな?」 
「違―――うっ!」 
「まあまあ、2人とも落ち着いて。」 
ソファーの上でじゃれあう横島とシロを笑いながら、お盆にティーカップを載せて運んできたおキヌはテーブルにそれを置いた。 
「シロちゃん、そろそろケーキが焼けるころだから運んできてくれない?」 
「了解でござる。」 
「何? ケーキ焼いたんだおキヌちゃん。」 
「はい、今日は自信作ですよ?」 
「そりゃあ、楽しみだ。」 
「えへへっ。」 

「う―――ん、いい臭いでござる。」 
鼻をひくつかせながら、シロはキッチンに入った。
「・・・あれ?」 
冷蔵庫にもたれかかっているシロは1L牛乳をパックごと飲みながらシロに片手を上げて挨拶をした。 
「あれ、拙者がもう1人・・・・何で? じゃあここにいる拙者は誰でござる・・・!?」 
両手で頭を抱えるシロに、牛乳を飲んでいたシロはぴんっと小さな霊波を指で弾いた。 

「おっそいな―、シロの奴・・・」 
「そうですね、私ちょっと見てきます。」 
おキヌが立ち上がるとドアが開いた。 
「お待たせでござる!」 
「おおっ、待ってました!」 
両手に鍋つかみをつけたシロは、ケーキを丸いテーブルにのせた。 
「いや―、遅れてすまんでござる。」 
「うまそ―っ! いやさすがおキヌちゃん。」 
「何度も作ってますから。」 
「よ―しっ、晩飯の分も食うぞ!」 
「・・・晩御飯も食べてきますか?」 
「あっ、拙者の分も残しといて欲しいでござるっ!」 

「ぷは―っ、食った食った。」 
「お粗末さまです。」 
「じゃ、拙者が片付けるでござるよ。」 
「あ、いいわよシロちゃん、私がやるから・・」 
「何の何の、拙者作るのにあまり役に立ってなかったでござるからな。 このぐらいやらせてくだされ。」 
「そお? じゃあお願い。」 
シロはお盆を抱えて部屋を出た。 
「はあ〜・・・これで水着の姉ちゃんがいれば言うことないんだがな〜・・・」 
「まだ言ってたんですか・・・?」 
「おキヌちゃんも行きたいだろ? 沖縄。」 
「それはそうですけど・・・」 
ばたばたどたばた・・・ 
「?」 
「何でしょう?」 
ばたんっ 
「たっ、大変でござる! 拙者が台所に行ったら拙者が牛乳飲んでてっ、いやっ、それは拙者じゃないんでござるがって、あああああああああ・・・!?」 
シロはテーブルに駆け寄った。 
「ケ、ケーキが・・・・おキヌ殿、拙者の分は!?」 
「え、だって・・」 
「何言ってんだ、お前半分以上食ったじゃないか。」 
「食べてないでござる―!」
「シロちゃん、頭でもぶつけたの?」 
「変な物でも食ったのか?」 
「食べてない―! 拙者何も食べてないでござる――!」 
「とにかくヒーリングを、ほら頭貸して。」 
「シロ、1番食っといて寝ごと言ってんじゃねえぞ。」 
「うお――――んっ、違うでござる―――――!」 

「・・・つまり何か? キッチンでもう1人お前がいて、そいつがお前を眠らせてるうちにお前になり変わって俺達とケーキを食べた、と?」 
「そうでござる!」 
ソファーに座った横島とおキヌの前で正座しているシロはぐっと顔を突き出した。 
「・・・どう思うおキヌちゃん?」 
「シロちゃんがそんな嘘をつくとは思えませんけど・・・」 
「でもこいつ食い意地が張ってるからなあ。」 
「ケーキはもう食べちゃったんですよ? 今更ケーキが欲しいって言うのも変じゃないですか?」 
「案外代わりに肉が食いたいとか言うんじゃないの?」 
「どっちにしろ夕飯はお肉を使うつもりでしたし、シロちゃんもそれは知ってますよ?」 
「じゃああれだ、きっと俺達の分もよこせとか言うつもりだったんだな。」 
「シロちゃんが本気になったら多分それでも足りませんよ。」 
「・・・本人を前にずいぶんな言われようでござるな、少しは信用して欲しいでござる。」 
「そうだ、人工幽霊1号。」 
『何でしょう、横島さん。』 
「シロが言うには何かシロの偽者がいるらしいんだが、お前そういうの見たか?」 
『いいえ、私は何も感知していませんが。』 
「だとさ、シロ、観念しろ。」 
「そ、そんな! 拙者は確かに拙者を見たし、ケーキも食べてないでござる!」 
「往生際が悪いぞ、武士なら見苦しい真似はよせ!」 
「シロちゃん、また作りましょうね。」 
「くううううううう・・・・・・拙者がいったい何をしたでござるか―――――!?」 

ぴこぴこっ ぴろりらり―ん 
「よっ、はっ、おっしゃ――!」 
テレビの前に座ってゲームをする横島は、部屋に戻ってきたおキヌに振り向いた。 
「お疲れさん、結局片付けもおキヌちゃんだったな。」 
「シロちゃんはどうです?」 
「そこのソファーで寝てる。」 
白い狼が丸まってソファーに乗っているのが見えた。 
「シロちゃんそんなにお腹が空いてたんでしょうか?」 
「さあな。 ま、確かにうまいケーキだったけど。」 
「夕飯はシロちゃんの好きなものを作ったほうがいいですかね?」 
「甘やかすのもどうかと思うけど、俺も肉が食いたいから任せるわ。」 
「じゃあ、私ちょっと冷蔵庫を見てきます。」 
「ん―。」 
ぴこっ ちゅど〜ん てろりらてろりら〜 
「わ―はっはっはっ、この俺に勝とうなんざ10年早いわ―!」 
どたばたんっばたばた・・・
「何だ何だ!?」 
ばんっ 
「よっ、横島さん! 今、今っ・・・・!」 
「何、どしたの?」 
「今そこで私とすれ違いました!」 
「・・・はあ?」 
「わ、私がもう1人いたんです――!」 
「おキヌちゃん、別にシロの肩を持たなくても俺はもう気にしてないから・・」 
「本当ですってば―――――!!」 

「やれやれ、おキヌちゃんまで何言い出すやら・・・」 
トイレから出た横島は真っ直ぐバスルームにスキップしながら向かった。 
「さて、鬼のいぬ間に何とやら。 美神さんの下着や、ついでにおキヌちゃんのも・・・くっくっくっ・・・」 

「シロちゃん、私は信じるからね。」 
「くう――ん・・・」 
ソファーに座っていたおキヌは、膝にのせたシロをやさしくなぜた。 
どすばたごかばた・・・
「何何?」 
「わふ?」 
ばがんっ 
「で、出た――――! 俺が出た―――――!!」 
「・・・・・」 
「・・・・・」 
「ほ、ほんとだって、俺がバスルームに行ったら既に俺が美神さんの・・」 
「わうわう?」 
「よ、横島さん・・・その手に持ってるのは何ですか・・・・!?」 
「こ、これ? これはおキヌちゃんの、ってわ――――っ、違う! これは違うんだ!」 

「3人の話をまとめると、この事務所内に俺達ではない別の俺達がいるってことだな・・・」 
左の頬に真っ赤なもみじをつけた横島は腕組みをして唸った。 
「つまり偽者でござる。」 
「でも人工幽霊1号の話だと誰もいないんですよね?」 
「なあ、人工幽霊1号。 やっぱり今も誰もいないのか?」 
『はい、あなた達3人以外は誰もいませんし、出入りもしていません。』 
「う〜ん・・・」 
「しかし拙者達は確かに見たでござる!」 
「そうなんだよな―・・・」 
「・・・美神さんに電話で相談してみましょうか?」 
「そうだな―・・・」 
「先生っ! 拙者達はGSでござるよ!? このぐらい自分達で何とか解決してみるでござる!」 
「そ―いや俺はGSか。」 
「忘れないで下され!」 
「そうですよね、私だってGS目指してるんですから、私達でやってみましょうよ横島さん!」 
「ん―――・・・じゃあ、いっちょやってみっか?」 
「はい!」 
「はいでござる!」 

ぴこぴこぴこっ 
「・・・見鬼君ですか?」 
「うん、とりあえずはこれで、事務所の中を調べてみようと思って。」 
「でも人工幽霊1号の話だと・・」 
「いや、美神さんから聞いたんだけど、前にワルキューレとかが忍び込んだ時、魔力で人工幽霊1号の記憶を書き換えたらしいんだ。 だからもしかしたらそういうのもあるかなって。」 
「じゃあ、今も誰かがいるかもしれないってことでござるか?」 
「それをこれから調べようっての。」 
土台の上でくるくる回っていた見鬼君は、ぴたっと止まると一生懸命に腕を振った。 そしてその指の先にはシロがいた。 
「せ、拙者が何か・・・?」 
「お前が偽者か――――!?」 
「わ―――、違うでござる―――――!!」 

「・・・どうやら見鬼君の中にシロちゃんの毛が入っていたみたいですね。」 
「まったく紛らわしい・・・!」 
「ううう・・・先生ひどいでござる―――・・・」 
シロは両手で頭を押さえていた。 
「お前、この間倉庫の整理を適当にやっただろ? これが実戦だったらどうするんだ?」 
「十分実戦でござる――――・・・」 
「美神さんに怒られるよかましだろ? もっぺん掃除しとけよ。」 
「ふわ〜いでござる。」 
「直りましたよ、じゃあ、上から調べて行きましょうか。」 

「ふう、結局何も反応ありませんでしたね。」 
「うう〜、拙者叩かれ損でござる。」 
「さて、次はどうしようか?」 
「そうですねえ・・・」 
「はいはいっ!」 
「はい、シロちゃん?」 
「偽者は拙者達が1人の時に現れたから、それで誘き出すのがいいでござる!」 
「でもそれって危なくないか?」 
「そうよシロちゃん。 相手のことが何もわからないのに、