がちゃんっ 
「あ、ごめん。」 
タマモは床に散らばったカップの破片を拾い上げる。 
「いいのいいの、それより危ないから手、気をつけてね。 今ほうき取って来るから。」 
「うん。」 
おキヌがぱたぱたキッチンから出て行き、入れ替わりにシロが入ってきた。 
「あ―あ、何やってるでござるかほんとに・・・」 
「・・・・・」 
摘んで拾い上げるタマモの隣に、シロもかがんだ。 
「だいたいいっつも偉そうなこと言ってる割には肝心なとこで抜けてるんだから、っておいっ!? 聞いてるでござるかタマモっ!?」 
立ち上がって窓の外に目をやるタマモに、シロは牙をむいて睨みを利かせる。 


きつねレポート

 黒き半身 


「パーティー?」 
「うん。」 
ソファーに仰向けに寝転がって眉をハの字にするタマモに、おキヌは笑顔を向けた。 
「ほら、ちょうどタマモちゃんがここに住み込むようになってから1年経つじゃない? 誕生日みたいなものだし。」 
「・・・・いや、別にいいわよ。」 
「遠慮しないの、ねえ美神さん?」 
「そうねえ、ここんとこ仕事も忙しかったし、久しぶりに飲み会でもしましょうっか?」 
「じゃあ決まりっ!」 
「お、おキヌ殿〜・・・拙者は?」 
「そっかそっか、シロちゃんが住み込み始めたのも同じ日だもんね。 一緒にお祝いしましょうね。」 
「んじゃ、今日は早めに切り上げて、夜は宴会といきますか。」 
「やった〜! 先生も呼ぶでござる―!」 
「・・・・・」 

横島の学校 

「あれ・・・?」 
窓の外に目をやる愛子は人影が茂みの隙間を通り過ぎるのを見る。 
「どした愛子?」 
横島は愛子に習って窓の外に目をやる。 
「今タマモちゃんがいたような気がしたんだけど・・・」 
「そうなのか?」 
「うううん、違ったみたい。 髪が真っ黒だったし、髪型も尻尾型じゃなかった。」 
「んじゃ全然違うじゃねえかよ、何でタマモなんだよ?」 
「だって・・・・そんな気がして・・・」 
「横島さん、補習が始りますじゃ。」 
「おっといけね。」  
「2人共、ちゃんと卒業したかったら真面目にやるのよ?」 
「わ―ってる。 行こうぜタイガー。」 
机のノートをかき集め、横島とタイガーはばたばた走り出した。 

かち かち かち かち  
「どうした?」 
拳銃に弾を込めるタマモに、デスクで書類にペンを走らせる美神が声をかけた。 
「何が?」 
「何かあるの?」 
「何で?」 
「そういう顔してるから。」 
「そう・・・」 
「・・・・・」 
「・・・・おキヌちゃんとシロが戻るのは夕方かな?」 
「多分ね。」 
じゃかっ タマモはCR−117をポケットに突っ込んで立ち上がった。 
「・・・・どちらへ?」 
「ちょっとそこまで。」 
「今日ぐらいは帰ってきなさいよ? おキヌちゃんやる気いっぱいだから。」 
「ええ。」 

玄関を出たタマモは両手を上につき上げ伸びをした。 
『お出かけですか?』 
「散歩。」 
『そうですか、どうかお気をつけて。』 
「・・・・・」 
『タマモさん・・・?』 
「行ってくるわ。」 
『はい、行ってらっしゃい。』 

「う〜んやっぱり油揚げっぽいのも作ったほうがいいかな〜?」 
「パーティーっぽくないではござらんか?」 
「でも―・・・」 
「それにもう、拙者ら手がいっぱいでござるよ〜。」 
紙袋を手一杯に抱えたおキヌとシロは通りを歩いていた。 
「あれ?」 
「シロちゃんどうしたの?」 
「今向こうにタマモがいたような・・・」 
「え? どこどこ?」 
反対側の通りに目を向ける2人は黒い髪の女を目にする。 
「あの人・・・?」 
「人間ではないでござるな・・・」 
「タマモちゃんに似てない?」 
「そうでござるかあ・・・・? っと、そんなことより早く帰るでござるよ。」 
「うん、そうね。 早く作らないと。」 

「・・・・・」 
高く、回りが見下ろせるビルの上にタマモは立っていた。 髪が強い風にたなびく。 
「探したぞ。」 
タマモは振り返った。 豊かな長く黒い髪を腰の後で縛り、自分と似た顔をした女がいた。 
「1年経ったな。」 
「そうね。」 
「お前の役目は終わった。」 
「・・・そうね。」 
「返してもらおうか、私のものを。」 
「・・・・いや。」 
「・・・・何だと?」 
「人間に仕返しがしたいなら今のままでも十分でしょうが。 アタシをそっとしといてよ。」 
「自惚れるな。」 
黒髪が足を前に踏みだし、タマモに近づいてきた。 
「・・・・・!」 
タマモはぐっと身構える。 
「お前など私の薄皮1枚に過ぎない。 人間どもの目をくらますために、少し力を分け与えてやっただけだ。」 
「・・・・・」 
「私の力は私のものだ。 返してもらおう。 そしてお前にもう用はない、消えよ。」 
黒髪は腕を突き出した。 
「・・・っく!」 
タマモはポケットに突っ込んでいた銃を握っている手を突き出す。 どこおおんっ 霊圧に吹き飛ばされ、タマモは眼下に道路が広がる宙に吹き飛ばされた。 
「ふっ・・・おもしろい物を持っているな。 この私を逆に喰らおうと言うのか・・・・?」 
ビルの端まで歩き、黒髪は腕から流れる血をピット払った。 傷口の血が止まる。 
「・・・逃がさんぞ。」 
黒髪はビルから飛び降りた。 

ぱっぱ――っ ききき―っ どがしゃあんっ 走る車を飛び越え、タマモは黒髪を視界に捕らえる。 
「ちいっ!」 
銃口が黒髪に向く。 どきゅうん がしゃああんっ 弾がすり抜け、店のショーウインドウを砕く。 
「――!? 幻術っ!?」 
後を振り向くタマモの顔に黒髪の手が広がる。 がしっ 
「ぐっ・・・」 
顔をつかまれ、つま先が宙に浮く。 銃を握った腕を突き出そうとするも手首を押えられた。 
「諦めろ。」 
「っつ、玉藻ノ前・・・・!!」 
ぶっぶ――っ!! 
「!?」 
「!?」 
どかっ 車道の真ん中だった2人は車に撥ね飛ばされた。 
「きゃ―っ!」 
「おい人が引かれたぞっ!?」 
「救急車呼べっ、早くっ!!」 
ぼかあああああああんっ 炎が一面に広がった。 人と車が焼き払われる。 黒髪は辺りに目を配った。 
「逃がしたか・・・・ん?」 
立ち込める煙と残り火の向こうにこちらを見ている人々が見える。 
「まだ今は早い。 忘れろ。」 
黒髪は手のひらから霊波を放った。 

「はあっ、はあっ、はあっ・・・!」 
焼けただれた頬をしかめ、タマモは焦げてちりぢりになったパーカーを脱ぎ捨て走った。裏路地に入り、ゴミ箱やらダンボールを蹴り飛ばして大通りに出る。 
「・・・・!?」 
顔を振って回りに目を配る。 
(人が多い、目立ち過ぎる・・・!!) 
「よお、タマモじゃねえか。」 
「横し・・・!?」 
横島のはるか後に手に霊波を込めている黒髪を見たタマモは、歩み寄る横島を左腕で突き飛ばした。 どしっ 
「ぐっ!!」 
「何じゃあっ!?」
鋭く飛んでくる霊波がタマモの左腕を千切っていった。 目に涙がにじむ。 勢いよく飛び出る赤い血が横島に飛びかかる。 
「ち、血が――っ!? ひえ――――っ!!?」 
「こいつ―っ!」 
タマモは右手で炎を投げつけ、転がっている左手からCR−117を掴み取る。 黒髪は飛んでくる炎を弾き飛ばしてタマモに向かって飛び掛ってきた。 
『閃』 
ばしゅううっ 
「――!?」 
溢れる光に顔を覆った。 光がおさまった時、黒髪の視界からタマモと横島は消えていた。 
「いつまでも逃げれると思うな。」 

さっきの所からさほど遠くない工場 

『治』 
「おりゃっ。」 
ぱしゅううう・・・・ 光がおさまり、タマモは肘の上までなくなった左腕をくいくい動かした。 
「よし、とりあえず血は止まったわ。」 
「おい、いったい何がどうしたんだよ? 腕大丈夫か? 顔焼けただれてるぞおい? ところで今日晩飯食いに行ってもいいのか?」 
「ばらばらの質問すんじゃない、紛らわしい。」 
「今日事務所で晩飯食えるかな俺? 家に帰っても何もなくてさ〜。」 
「最初に聞くのがそれ? まあいいけど。」 
「冗談だって、ありゃ何だよ?」 
横島は壁にもたれているタマモの横に座った。 
「九尾の狐。」 
「2匹いたのか!? けど、お友達って感じじゃなかったぞ?」 
「1匹よ。 九尾の狐は。」 
「言ってることがわかんねえ。」 
「いいわよ、別に。 あいつをやらなきゃいけないことに変わりはないわ。」 
タマモは立ち上がる。 
「お、おい。 何か知らんが、美神さんとか呼んだほうがいかないか?」 
「駄目。」 
「何でだよ? すげ―おっかない奴じゃねえか。」 
「アタシが自分でやんなきゃ意味ないのよ。」 
「無茶言うなって、死ぬ気かよ!?」 
横島も立ち上がり、タマモの肩を掴んだ。 
「・・・・・九尾の狐は人間を恨んでる。」 
「タマモ・・・?」 
横島はタマモの後姿を見ていた。 
「アタシは人間に対する目くらまし。 ただの囮よ。」 
「何言ってんだ・・・?」 
「1部の力を切り離して、その間に完全に目を覚ます。 目が覚めたら、あとは切り離した力を取り込むのみ・・・・ってね。」 
タマモは横島の方に体を向けた。 
「その切り離された1部がアタシ。 あいつは分身のアタシを取り込もうとしてるのよ。」 
「なっ・・・!? どうすんだよ!? んならなおのことあいつを皆でやっつけないと・・・!!」 
タマモはぺしっと横島のおでこを叩いた。 びゅびゅうんっ 
「?????」 
横島はよろけて倒れこむ。 タマモは崩れ落ちる横島の体を受け止め、そっと寝かせた。 
「自分のことは自分でやりたいのよ。 足手まといも欲しくないしね。」 
「タマ・・・モ・・・!?」 
「死ぬ気はないわよ。 アタシだって生への執着はあるわ。」 
「ま・・・・・俺も・・・・!」 
「そういやあんたと誰かと何か約束したような覚えがあるんだけど、何だっけ?」 
「・・・・・・!」 
「そんな顔しないの、ちゃんと覚えてるって。 けど、破ったらごめん。 今のうちに謝っとくわ。」 
「・・・・・!」 
「お休み―。」 
タマモは横島の目に手を当て、そっと撫で下ろしてその目を閉じさせた。  
「ぐお〜〜すぴ〜〜・・・もう散歩はいやじゃ〜〜〜・・・」 
「ふっ。」 
微笑むタマモは横島の前髪をかき上げた。 
「行くか。」 
立ち上がったタマもは右手に銃を握って走り出した。 

「ただいま〜。」 
「ただいま戻ったでござる―。」 
「はいお帰り。」 
美神はおキヌとシロの抱える紙袋を2つ受け取り、キッチンに向かって歩き出した。 
「ずいぶん買い込んだわね〜。」 
「えっへへ―、たくさんおいしいもの作りますよ?」 
「ところで先生は来たでござるか?」 
「え? まだだけど?」 
「じゃあまだ学校なのよシロちゃん。 横島さん出席が結構足りないからってよく言ってるじゃない。」 
「せっかくアパートに寄ったでござるに・・・・学校にも寄ってみればよかったでござるなあ・・・」 
「だからって、補習中ならすぐには帰ってこれないでしょうが。」 
「あ、そっか・・・」 
「心配しなくても、そのうち腹空かして来るわよ。」 
「あれ? 美神さんタマモちゃんは?」 
「どっか行ったわ。」 
「ええ〜〜〜!! ちゃんと今日帰ってきてくれるのかなあ・・・・?」 
「一応念は押しといたわ。 帰ってくるわよ。」 
「そうですね。」 
「よっしゃ、じゃあ早速作りましょうか?」 
「はいっ!」 
「ラジャーでござるっ!」 

ごばっ 黒髪の投げつけてきた巨大な火球に、タマモは口から炎を吐いてそれにぶつける。 どかあああんっ 
「くううっ!」 
右手で顔を覆い、凝らす瞳に炎を突き破ってきた黒髪の爪が映る。 
「諦めろっ!」 
「誰があっ!!」 
首に突き出された右手の爪をかわし、おでこを相手の額に叩き付ける。 がんっ 
「くっ・・・」 
「つあっ・・・」 
よろける2人は、足を踏ん張って腕を突き出す。 黒髪の振り下ろされる爪を後に飛んでかわしたタマモは引き金