ちゅんちゅんっ ちちちちちち・・・ 
「・・・・・・」 
横島はすっと目を開いた。 むっくり起き上がると、横の布団で寝ている健介がいる。 ふんっとため息をつき、ジーパンを履いてシャツを着替えると、横島は健介を蹴っ飛ばした。 
「おいっ、起きろ健介。」 
「・・・・は?」 
「ガッコ行くぞ。 お前も手伝うっつったろうが?」 
「う―・・・おはよ―っす・・・・あ、です・・・」 
「さっさと着替えろ。 早くせんと奴が来る。」 
「はい―・・・」 
のろのろ着替える健介を急かし、着替え終わると、2人は静かに部屋を出た。 
「くは―あ・・・・」 
大きく伸びをすると、横島と健介は階段を下りる。 ・・・どどどどど・・・! 
「?」 
「せ―んせ――い・・・・!!」 
「やっべ・・・来たぞ・・・」 
「横島さん、例の作戦で。」 
「おう!」 
横島と健介は文珠を作り出し、アパートの入口にそれを放って走り出した。 
『迷』 
『子』 


きつねレポート

 学園祭ヘブン −スキル・ロスト− 


「おはよう横島君、ちゃんと来たみたいね。」 
「ああ来たぞ。 ったく日曜だってのに準備があんだから・・・」 
「健介君もおはよう。」 
「おはようございます。」 
笑顔の愛子に、健介はぺこっと頭を下げる。 
「ほら、早いとこお願い。」 
「おわっと、馬鹿ノコギリ投げんじゃねえよっ! それと昨日も言ったけど、8時には帰るからな。 仕事があるんだから。」 
「わかってる、後はピート君とタイガー君が来てくれるから。」 
「健介、お前は内装を始めてくれ。 壁にこの布張ればいいからな。」 
「はいっ!」 
「・・・・・」 
健介は教室の後の壁に脚立を立てる。 
「随分仲良くなったみたいね。」 
「そおか?」 
ノコギリをぎこぎこやる横島に、愛子が耳打ちする。 
「ええ。 兄弟みたいよ、あなた達。」 
「兄弟、か・・・」 
横島はぎこぎこやりながらもちらっと健介に目をやる。 
「あの子のこと、何かわかったの?」 
「隊長が調べてくれたのによると、1年前に事故で家族が死んじまったらしい・・・」 
「そうなの・・・」 
「あいつ自身も、半年間昏睡状態だったんだと。 目が覚めてからは親戚に引き取られる予定だったらしいんだが、そのまま行方不明になってたそうだ。」 
「・・・・・・・」 
「『青春』とか言うなよ?」 
「言わないわよ・・・・」 
「多分、文珠もそのせいで使えるようになったんじゃないかって話だ。」 
「健介君には聞いてないの?」 
「聞けねえよ・・・」 
「そうよね・・・・」 
「・・・・・・」 
からんっ 切り離された木を拾い上げ、横島はふっと木屑を払う。 
「そう言えば、最近疲れが溜まってないみたいね横島君。」 
「へっへへ―。 強制散歩がないからな〜・・・・あいつと文珠の合成で毎日すっぽかしてんのさ。」 
「・・・・大丈夫? そんなことしたら健介君、シロちゃんに恨み買うんじゃ・・・」 
「確かに・・・・」 
「? 何です?」 
横島と愛子の視線に気付き、健介は振り返った。 
「気にすんな、お前は役に立つって話さ。」 
「は、はあ・・・・どうもです。」 
「いいから、早くやれ。 時間はねえぞ。」 
「は―い。」 
横島も新たな木にノコギリの歯を立てる。 ぎこぎこぎこ・・・ 
「あの子の親戚には連絡したの・・・?」 
「隊長がな。 しばらく家で預かるからって、そ―いうことだ。」 
「本当なら中学生だもんね―・・・」 
「だから、高校とはいえ文化祭くらい参加させてやりたいじゃねえか。」 
「お―お―、お兄ちゃんでいらっしゃる。」 
「うるへ―。」 
ぎこぎこぎこ・・・・・・・からんっ 
「ふうっ・・・」 
「・・・・・」 
「・・・・・」 
「ねえ・・・」 
「あ?」 
「タマモちゃんは・・・・?」 
「知らねえ・・・」 
「そう・・・」 
「・・・・・・」 
ぎこぎこぎこぎこぎこ・・・・・ 
「文化祭、来てくれるよねタマモちゃん・・・・・?」 
「俺に言うな俺に・・・・・・俺にあいつのことなんかわかるかってんだ・・・・」 
「・・・・・・」 
「・・・・・・」 
ぎこぎこからんっ・・・・!  

どっくん どっくん どっくん 
「へっくし・・・っ!」 
くしゃみの反動で、ベッドに寝転がっていたタマモは体を起こした。 
「・・・・・・・」 
どっくん・・・・・ 
「ふうっ・・・」 
胸を撫で下ろす。 
「んお・・・?」 
タマモは上半身裸で、胸に包帯が巻かれているのを見た。 
「何だこりゃ・・・・?」 
「起きたか?」 
「っ!?」 
ドアからこちらを覗いている白髪頭に、タマモは目を細める。 
「誘拐・・・?」 
「ああ。」 
「・・・・真顔で言うし。」 
「飲むか?」 
見れば、白髪頭は手に湯気の立つカップを2つ持っている。 
「貰う。」 
「っふ。」 
カップを受け取り、タマモはそれをすすって一息つく。 
「これはどういうつもり?」 
タマモは巻かれた包帯を指差す。 
「俺に話があるんだろ・・・・?」 
「今更何言うかな・・・」 
「ふっ。」 
白髪頭は壁にもたれる。 
「聞いていいか? いつ心臓が精霊石に代わってたんだ? 最初からあんなことを想定してたって言うのか?」 
「マジックはタネを明かさないから意味があるのよ。」 
「そうか・・・・・まあいい。」 
白髪頭は自分もコーヒーを飲む。 
「お前のところにはおもしろい奴がいるな。」 
「? 全員ある意味で面白いけど、誰のこと?」 
「文珠、とか言ったな・・・・・横島に、久保か・・・」 
「っ!!」 
タマモは目を見開いた。 
「かなりレアな食材だ。 そいつらを喰って、この国からおさらばさせてもらう。」 
「・・・・・何で知ってる? 横島だけじゃなくあのガキのことまで・・・・!?」 
にやっと笑った男は、すっと人差し指を立てた。 
「・・・・?」 
しゅごっ 
「っ!?」 
ゆらゆらと揺れる青い炎に、タマモはとっさに自分の腕を見た。 じじっと腕がぶれる。 
「変化が解けかかってる・・・」 
タマモは白髪頭を睨んだ。 
「喰ったの・・・・? アタシの力を・・・・!」 
「今までで最っ高の力だ。」 
「・・・・・なるほど。 記憶も少し持ってかれたって訳ね。」 
「少しは残しといてやったぜ。」 
視線を白髪頭から逸らし、タマモは自分の胸に手を当てて目を閉じた。 どっくん どっくん どっくん・・・! 
「・・・・・駄目、か。」 
「? 何を言っている?」 
「別に。」 
「俺を殺せば力が戻ってくるなんて思うなよ? そ―いう都合のいい話は存在しない。」 
「そんなつもりはないわ。」 
「・・・・・」 
「・・・あんたは人間ね?」 
「!?」  
ごとっ 手にしていたカップを落し、白髪頭はタマモを睨んだ。 
「俺は・・」 
「どれだけ隠そうとしても、アタシにはわかるわ。 あんたは元々人間。」 
「・・・・・そうだ。」 
「何でそ―までしていろんな霊力が欲しいかね―・・・・」 
「お前ら物の怪に何がわかる・・・・!!」 
「わかるわけないでしょうが。」 
「・・・・・」 
立ち上がったタマモは、空のカップをベッドに置き、椅子にかけてあったシャツを掴んで白髪頭の横を通り過ぎる。 
「コーヒーどうも。」 
「・・・・聞いていいか?」 
「ん?」 
タマモは足を止めた。 
「お前は何で人間を襲わない?」 
「襲うわよ、必要ならね。」 
「何で人間と暮らす?」 
「いろいろ事情あり。」 
「そうかい・・・・・横島ってのは、お前の男か・・・・・?」 
「・・・・はあ・・・?」 
訝しげな顔でタマモは振り返った。 
「守りたけりゃ、俺を殺すんだな。」 
「それこそ理由がないわ・・・」 
「そうか?」 
タマモは顔を前に戻し、ぷらぷら手を振って出て行った。 
「理由がない、ね・・・・・・まあ、どっちにしろ喰わせてもらうがな。」 
口ががぱっと耳まで裂け、白髪頭は笑った。 

その日の午後 

「ただいま―。」 
「あ、タマモお帰・・・・」 
「・・・・何?」 
「・・・・・・」 
美神は目の端を指で吊り上げタマモを見る。 
「・・・あんた、何か著しく霊力落ちてない・・・・?」 
「著しくって言うか、気ぃ抜くと今にも変化が解けそうなのよこれが。」 
タマモはどさっとソファーに座る。 
「ちょっと・・・・あんたまさか・・」 
「教会のほうには行ったの?」 
「ええ、ママの計らいで家が仕事として請け負うことになったわ。」 
「なら話は早いわ。 次は文珠を狙うってさ。 ふわぁ―あ――・・・・」
「まったくあんたは・・・・」 
大口を押えて寝転ぶタマモに、美神は立ち上がってソファーに近づく。 
「喰われたのね?」 
「イエス。」 
「ちょっと・・・・敵を強くするんじゃないわよ。 責任取んなさい責任をっ!」 
「あ、もう駄目・・・・・あと何か聞きたいことある・・・?」 
タマモはごろんとうつ伏せになる。 
「ったく・・・・あいつの使える能力は何かわかる?」 
「さ―っぱり。」 
「目的は?」 
「さあ・・・?」 
「ええいっ、何でもいいから知ってること話さんかいっ!!」 
「ん〜〜・・・・・あ、多分、元人間。」 
「っ!? そうなの・・・・?」 
「・・・・・」 
「おい。」 
「・・・・・ぐ――・・・・」 
しゅごっと煙を立て、タマモは狐の姿に戻った。 
「駄目だこりゃ。」 
美神はデスクに戻り、引き出しからCR−117を取り出した。 
「ほれ、忘れもん。」 
投げてよこされた銃を、タマモは抱え込むようにしてもぞもぞと丸まった。 
「少なくとも、タマモの出来ることは出来るってことか。は―あ――・・・・・・出費が激しそう・・・」 
美神は頭をかいてため息をついた。 

その頃、某工場跡地 

ぴりゅりゅりゅりゅりゅりゅ・・・・ 
『ぐわわわわ・・・・!!』 
ぎりぎりと魔法陣の上できりもみに締め付けられる霊に、おキヌは笛を吹きながら目を細める。 
「よっしゃ今だっ! 行くぞ健介っ!」 
「はいっ!」 
「「ダブル文珠アタ――ック!!」」 
ぽいぽいと2人の手から小さな珠が投げられる。 
『爆』 
『滅』 
『浄』 
『砕』 
どどどどど―――んっ!!  
『ぎゃ―――――・・・・・・』  
爆風が埃を舞い上げ、霊はちりぢりになって消えた。 
「よっしゃ――!」 
「ふひ〜・・・」
ガッツポーズする横島に、健介はどっと座り込んだ。 
「ご、GSってたいへんなんですね〜・・・」 
「な―に言ってんだ。 まだまださ。」 
「お疲れ様です、横島さん、久保君。」 
おキヌがかばんからタオルを取り出し、2人に渡す。 
「サンキュおキヌちゃん。」 
「ありがとうございます。」 
「何か2人共すごかったですよっ。」 
「そう? いや〜こいつのおかげで何かいろいろ助かるわ。 文珠の使い方も幅が増えそうだしな。」 
横島が座っている健介の頭をばしばし叩く。 
「横島さんのおかげですよ。」 
「でも、さっきのはもう、無茶苦茶でしたね・・・」 
「う〜ん・・・・とりあえずやっつけれそうな文字を適当に込めたからな。」 
「俺は『浄』と『砕』でやってみました。」 
「ちゃんと意味のある熟語とかにした方がいいんじゃないですか?」 
おキヌは箒でぱさぱさ魔法陣を消しながら横島に顔を向ける。 
「続き文字ってのはコントロールが結構たいへんらしいんだ。 だったらもう、適当でいいじゃんか、やっつけられたんだし。」 
「そうですね。 無理することないですもんね。」 
「おい健介、いつまでもヘたってないで立てよ。」 
「あ、はいっ!」 
「じゃあ、依頼主に報告して帰ろっか。 おキヌちゃん、そっちは?」 
「お掃除終わりましたよ〜。 帰りましょっか。」 
「はい。」 
健介がかばんを掴み挙げる。 
「よっし、じゃあ帰宅――!」 
3人はすたすた出口に歩く。 
「あれ、何か忘れてるような・・・・」 
「何かって・・・?」 
「えっと〜・・・・」 
「?」 
「?」 
「んん〜〜〜・・・・・」 
「夕飯の材料