「タマモちゃん。 タマモちゃん起きて。 お客様よ。」 
「・・・・・」 
背中を揺すられ、狐は頭を上げて目を開いた。 
「お久しぶり、タマモさん。」 
「・・・・・」 
笑顔で覗き込んでくる百合子に、狐は再び目を閉じて頭を落す。 
「ああっ、もうタマモちゃん寝ちゃ駄目よ〜〜っ!」 
「いいのよおキヌちゃん。 今回はゆっくりできるようにしてきたから。」 
「すいません。 タマモちゃんいっつもこうなんですよ。」 
ぺこっと頭を下げるおキヌに、百合子は微笑んだ。 
「あら? タマモさん少し丸くなったんじゃない?」 
「そうですか? え、でもお母さん、タマモちゃんのこの姿初めて見るんじゃ・・・」 
「あら? そ―言えばそうねぇ・・・?」 


きつねレポート

火鳥風月 −1番−


「んじゃ俺はここで。」 
「あれっ、事務所の方に行かれるんですか?」 
校門の前で、横島はピートとタイガーとは違う方向に向かおうとした。 
「ああ、今日はこのまま出勤しようかと思って。」 
「わっしも早いとこ帰って行かんと。」 
「けっ、せいぜい頑張れよ『首席合格さん』?」 
ぺっと唾を吐く横島にタイガーは渋い顔になった。 
「うう〜〜・・・もちっと和やかに会話して欲しいんじゃが・・・」 
「横島さん、もう止めてあげましょうよ。」 
「へ〜んだ。 1人だけ給料上げてもらった奴なんか知るかいっ!」 
苦笑するピートを無視し、横島はくるっと2人に背を向けて歩いていってしまう。 
「く〜〜・・・・友達なのに喜んでくれんですじゃ。」 
「すねるなよ、いつものことじゃないか。」 
肩を落すタイガーを、ピートはぽんぽん叩いた。 

「あらお母さん・・・!?」 
「お邪魔してます、美神さん。」 
「おぉっ、お母様っ!?」 
ソファーでおキヌとお茶を飲んでいる百合子に、ドアを開けて入ってきた美神とシロは軽く会釈する。 
「いつこちらにいらしたんです?」 
「ついさっきですよ。 忠夫はまだ学校でしょうし、こちらに挨拶をと思ってね。」 
「それで・・・・・今日はまた・・・何か?」 
「はい・・・?」 
「その・・・・また横島君の見合いとか恋人役とかいう話なら・・」 
「はいはい拙者っ! 今度こそ拙者に・・・・!」 
シロがびしっと背筋を伸ばして手を挙げる。 
「そうじゃないのよ。 今回はただの休暇で日本に戻ってきたんです。 ご安心を。」 
にっこり笑う百合子に、美神とおキヌは顔を見合わせほっと胸を撫で下ろした。 
「あれ? おキヌちゃんタマモは・・・?」 
「あそこです。」
おキヌは窓際で日の光に当たりながら丸まっている狐に目をやる。 
「まったく、お母様が来ていらっしゃるというのに・・・・!!」 
シロはずかずかタマモに歩み寄って足を振り上げた。 
「起きるでござるっ!」 
どかっ 
「っ!?」
「先生のお母様に無礼な態度は拙者が許さ・・」 
がぶっ 
「いっで―――っ! 放せこの馬鹿狐〜〜〜〜っ!」 
蹴っ飛ばした足に噛み付かれ、シロは足と狐をぶんぶん振り回した。 
「あらあら。」 
涙を流して飛び跳ねるシロを百合子は笑った。 タマモはぴょんと飛び退きぼしゅっと人型になる。 
「ぺっぺっ! あ〜不味・・・っ!」 
「だったら噛み付くなでござるっ!」 
「うるさい。 味噌つけて焼いて食うわよ?」 
「へ〜んだやってみろでござるっ」 
じゅぼっ 
「あっち―――っ!」 
「あああ・・・シロちゃんっ! 早くこっちに!!」 
「おんが〜〜〜っ!」 
ばかっん!! 
「そっちじゃないよ〜!」 
「こらっ、ドアを壊すんじゃないっ!」 
シロがドアを突き破って行ってしまうので、おキヌは百合子にお辞儀をすると慌ててその後を追った。 
「すいません、お見苦しいとこ見せちゃって。」 
「いいんですよ。 楽しい職場じゃないですか。」 
百合子は手にしていたカップをテーブルに置くとタマモに軽く手を振って見せた。 
「こんにちは、タマモさん。」 
「・・・・・どちら様?」 
「って、忘れたんかい!?」 
「横島忠夫の母、百合子よ。」 
「・・・・・・あ―。」 
タマモはぽんと手を叩いた。 

「・・・・ん?」 
足を止めた横島は、かばんを担いだまま開いている左手をぐっと握った。 目で当たりを見回すが、人影はない。 
「・・・・・」 
すっと目を閉じる。 
「・・・・ふっ、隠れても無駄だぜ? このGS横島から気配を消したつもりか、そこだ―――っ!」 
反転した横島はいままで背後だった方向に文珠を投げつけた。 ぽひゅ〜ん・・・・ 誰もいない道路に文珠が飛んでいってしまう。 
「・・・・あれ?」 
ころころと文珠がアスファルトを転がる。 
『おんが――――っ!』 
がんっ 
「ぶっ!」 
空から落ちてきた霊に頭を踏んづけられ、横島はべちゃっとアスファルトに倒れこんだ。 
「なっ、なんじゃ〜〜っ!?」 
『あたしの為に死んで〜〜〜〜〜〜っ!!』 
「ひ――――――っ!!」 
包丁を持った女の霊が泣きながら突っ込んできて、その女の表情に横島は頭を抱えてしゃがみ込んだ。 ぐじゃっ 
「んごっ!?」 
「だりゃあぁ!!」 
ずぱっ 
「!?」 
再びアスファルトにへばりつくことになった横島を踏み越え、帽子を脱ぎ捨てた男が霊を拳で引き裂いた。 振り向きざまに男は吸魔護符を広げる。 
「吸引っ!!」 
『あああぁぁ・・・・ああ・・・・・』 
ぼしゅんっ 
「ふうっ・・・・成仏しろよ。」 
ため息混じりに吸魔護符を折りたたみ、男はライターでその札を焼く。  
「お、お前・・・・」 
「ん? おおっ、横島かぁ、久しぶり。」 
「雪之丞〜・・・っ!」 
頭を擦りつつ睨んでくる横島の嫌そうな顔に、雪之丞はにやっと笑った。 

「んで、アタシに何か用?」 
「こら狐っ、お母様に対して失礼な口の聞き方するなでござるっ!」 
「いいのよ、えっと〜〜・・・・・」 
「先生の弟子の犬塚シロでござるっ、ちゃんと覚えてくだされお母様っ!!」 
「そうそう、いいのよチロちゃん。 気にしなくて。」 
「チ、チロ・・・・?」 
頬を引きつらせたシロにタマモと美神はぶっと噴き出した。 
「それで?」 
「この間のお礼がしたくてね。 でも私はまだあなたのことよく知らないし、1度ゆっくりお話したかったのよ。」 
「はあ・・・・」 
「そういう訳で美神さん。 またタマモさんをお借りしてもよろしいかしら?」 
「私に許可を取る必要はないですよ。 タマモ、どうすんの?」 
「んじゃ―、暇だしちょっと行ってくるわ。」 
「じゃあ決まりね。 行きましょうタマモさん。」 
立ち上がる百合子に、タマモもだるそうに腰をぽんぽん叩いて立ち上がる。 
「あ、あのっ、私も一緒に連れてってくれませんか・・・?」 
「せ、拙者もぜひにっ・・・!!」 
百合子の前に進み出るおキヌにシロも続いた。 
「えっ? んん〜〜〜・・・・・まあいっか。 美神さん?」 
「2人共迷惑かけないようにね。」 
「はいっ!」 
「もちろんでござるっ!!」 

「だらしねえなあ横島、あんなんにやられるなよ。 なまったんじゃないのか?」 
「うるせえっ、不意をつかれただけだ。 だいたいお前が逃がしたからこんなことになったんだろがっ!!」 
横島は頭の上の足跡を撫でる。 
「あっはは、わりいわりい。」 
雪之丞は担ぐかばんと帽子を振って笑った。 
「どうだ、事務所の女共とは上手くやってんのか? 美神やおキヌは?」 
「変わりねえよ。」 
「あきたらいつでも言えよ? 試験の時の賭けは俺が勝ったんだからな。」 
「忘れろっちゅうに・・・・・それよりお前は何してたんだよ?」 
「ぶらぶら修行さ。 一応、資格が手に入ったから時々収入はあるが、まあ、本当に時々だけどな。」 
「お互い貧乏組みだよな〜、うんうん。 お前は俺の友達だよ。」 
「何だよ気持ち悪い、何かあったのか?」 
「首席のタイガー様が俺に断りもなく給料上げてもらいやがるんだ。」 
「まあ仕方ねえさ、俺もクロの野郎との試合で消耗しきっていたが、それでも十分に優勝する自信はあったんだ。 タイガーの野郎を舐めてると、お前もおいてかれるぜ。」 
横島の首に腕を巻きつける雪之丞は、まさかと言う顔の横島に不敵ににやついてみせる。 
「・・・・・ところで横島、あの狐は・・・・まだあの事務所にいんのか?」 
「あ? ああ。 なんだ、俺のタマモに何か用か?」 
「いつからお前のになったよ? 聞いただけだ。」 
「てんめえ・・・・お前まさかタマモを・・」 
「馬鹿言ってんじゃねえ、ちょっと聞いただけだ。」 
「わかればよし。」 
「ったく、相変らずの見境なしだな。」 
「それが俺のいいところだ。」 
「よく言うぜ。」 
雪之丞は胸を張る横島の背中をばしばし叩いた。

某料亭の1室  

「そう言えば、あなたは狐なのね。」 
「まあ、一応。」 
「初めてあなたの狐の姿を見たけど、いいわね〜、そういうのって。 冬とか暖かそうで。」 
「そ―お? 夏はきついわよ?」 
まじまじ見つめてくる百合子に、タマモはお猪口を口に運ぶ。 
「お母様、拙者は誇り高き人狼で白銀の毛並みを持つ・・」 
「わ、私は元幽霊で300年・・」 
「そ―言うあんたはなんなの?」 
「私はただの元OLよ。」 
「ふ〜ん。」 
「狐よりは珍しくないでしょ?」 
「どうかな?」 
「狐さんと話しができるなんて思ってもみなかったわ。 そんな話友達ははあなたが初めてよ。」 
「アタシも、OLさんの話友達はあんたが初めて、かしら?」 
「ふふっ。」 
「ふんっ。」 
笑いあう百合子とタマモに、シロとおキヌは箸を咥える。 
「いいなあ、タマモちゃん・・・」 
「くっ、おのれ狐めっ! お母様に上手いこと取り入りおって・・・っ!!」 
タマモはちらっと横目にそれを見て、すっと立ち上がった。 
「ちょっと失礼。」 
タマモはふすまの向こうに消える。 
「ふう・・・・あの子いいわね〜。」 
「!?」 
「!?」 
おキヌとシロはかちゃんと箸を落す。 シロは青くなって百合子に迫り寄った。 
「お、お母様っ、お母様はどんな娘がお好みでござるかっ!?」 
「え、な、何が・・・?」 
アップに迫るシロの顔に百合子は身を引いてしまう。 
「どんな娘が先生の伴侶としてふさわしいかということでござるっ!!」 
「って、忠夫の・・・?」 
「はいっ!」 
「わ、私もぜひ聞きたいですっ!」 
「・・・・・・」 
詰め寄るおキヌとシロに、百合子はぐびっとお猪口を空ける。 
「そうね〜・・・・」 
窓の外の庭に目をやる百合子に、おキヌとシロはごくっと咽を鳴らす。 
「まあ、どんな子でもいいんでしょうけど・・・・・あの子はああいう子だし、ちゃんとコントロールしてくれれば私も助かるって言うかね〜・・・」 
「・・・・・・」 
「・・・・・・」 
「あらやだ、ごめんなさい変な事言っちゃって。」 
「いえ、そんな・・・」 
「とんでもないでござる。」 
「・・・・・・」 
目線の下がるシロとおキヌに、百合子はにやっと笑った。 
「あなた達、忠夫のことどう思ってるの?」 
「っ!?」 
「えっ、そのあの〜・・・」 
「おっ、おおおおおおおおお・・・・・お慕いしておりますっ!!」 
「わ、私はそのっ、あの〜・・・・横島さんのことは・・・好きですけど・・・・・・・」 
「・・・・ありがとう2人共。」 
「で、では拙者と先生の交際を認めてくださるんですねお母様っ!」 
「って、ちょっとシロちゃんっ!?」 
「いいえ。」 
「が―――――んっ!!」 
「あ、あの〜?」 
「それは私の決めることではないでしょう。」 
困った顔の2人の娘に百合子は笑った。 

「・・・・・・」 
ばしゃばしゃ顔を洗ったタマモは、洗面所の鏡に映る自分の目を見ていた。 開いたままの蛇口が水を勢いよく出し続ける。 
「・・・・・」 
水の滴る自分の顔に、タマモは目を細める。 手を伸ばして口に水を含んだ。 
「がらがらがらがら・・・・・べっ。」 

「雪之丞じゃない、久しぶりね〜。」 
「よ、美神。 相変らずあこぎなことやってそうだ