『何故だ・・・・? わしはこの地に力を与え、小さき命から大きな命まで、全ての生けるものに精気を与えてきたというのに・・・・・何故・・・・何故我が子だけが死なねばならん・・・? この子が死ねば、人間共も生きてはいけんというのに・・・・・この体が毒に蝕まれようとも、わしは大地に命を与えてきた・・・・・ そのわしの子だけが何故に死なねばならん・・・・わしらは生きることが許されないとでも言うのか・・・・っ!?』 


きつねレポート

 火鳥風月 −2番− 


早朝 美神除霊事務所 

『・・・・先週中国の北京を襲った原因不明の火災による撤去作業は、建物の倒壊による道路の封鎖状況が酷く、作業は難航しています。 ごらんのように各処ではまだ火の手が見られ、煙により空からの消化活動も妨げられています。 先ほど届いた報告では、死者35名、重軽傷者200、行方不明者は2000人以上とのことで、この中に日本人が含まれているかは・・』  
「・・・・眠い。」 
テレビのモニターを隈のできた目で眺めながら、美神はぼさぼさの髪をかきむしる。 手にしているドリンク剤をストローでちゅうっと音をたてながら吸った。 
「おっはよ―、令子。」  
ばんと大きな音をたててドアが開き、眠っているひのめを抱えて笑顔を見せる美智恵に、美神は眉間にしわを寄せて美智恵を睨んだ。 
「うわっ、出た・・・」 
「なによその顔は?」 
「ただ働きは嫌よ。 最近は税金もまじめに払っちゃってるし、脅そうったて駄目だからね・・・」 
「ママに向かっていきなりそれはないでしょう? おはようくらいいいなさい。 ね―ひのめ?」 
ひのめを頬をつつきながらながら部屋に入った美智恵は、おくのソファーでいびきをかいている横島と雪之丞を見つけた。 
「あら、ひょっとして朝帰り?」 
「見りゃわかるでしょ―・・・・」 
「若い子2人も相手に・・・・・やるわね令子、さすがママの子だわ!!」 
「なんの話をしとるかっ!?」 
頬を赤らめた美智恵が口元を手で押さえる仕草に美神は牙をむいて吼えた。 
「冗談よ。 疲れてるところ悪いけど、ちょっとひのめをお願いしていい?」 
「かんべんしてよ〜・・・・おキヌちゃんがいない時に限って・・・・」 
「あら、おキヌちゃんは?」 
「昨日横島君のお母さんにくっついてって、そのまま向こうに泊まってくるって。」 
「へっ〜、おキヌちゃんもなかなかやるわね。 自分からアプローチに行くなんて。」 
「・・・・お願いだから頭痛くなることこれ以上言わないで・・・・」 
美神は空になったドリンク瓶を転がす。 
「冗談はさておきひのめをお願いね。 それからおキヌちゃんをしばらくGメンに借りたいの。」 
「ネクロマンサーを・・・・? ひょっとして、これがらみ?」 
美神はテレビで流れているニュースを指差す。 
「あたり。 さすがね令子、まだ霊的現象だって報道では流してないのに・・・」  
「これでも日本最高のGSって言われんのよ? 情報源は日本以外にもあるし、妙な依頼が国際電話で最近よくきてたのよ。 安そうだから断ってるけど・・・」 
「じゃあ、ひのめをお願いするわけもわかるわね?」 
「ま―ね―。」 
立ち上がった美神は両手を頭の後で組んで伸びをする。 
「ん〜〜〜〜・・・っと・・・・! ひのめにおキヌちゃんね・・・・・嫌でも巻き込まれそうだわ。 仕事の請負は報酬次第よママ?」  
「とりあえずは私に任せなさい。 Gメンの管轄扱いだし、自衛隊も動かしてるからそうとう大掛かりなことになるわ。 助っ人が欲しい時は連絡するからなるべく待機してて。 それよりも、最悪の場合に備えてひのめを連れて外国にでも逃亡できるようにしといてね。」
「ふむ・・・・スイス銀行に貯金は移動させとくべきかしら・・・・? いや、それより別名義でもっと別の・・・」 
「財産よりひのめ優先よ? これからおキヌちゃんを回収してすぐ西条君と出かけるから。」 
「OK、おキヌちゃんは都内のどっかのホテルにいるはずよ、連絡したげる。」 
美神はデスクの上の携帯に手を伸ばす。 
「・・・・タマモちゃんは・・・・?」 
「あの子は自分のことは自分でするわ。 Gメンが余計なお節介すると嫌われるわよ?」 
「わかったわ。 手持ちにあるだけの資料はここに置いておくから、一応目を通しておいて。 じゃ、くれぐれもひのめをよろしくね。」 
ひのめと大きな封筒をテーブルに置いた美智恵がドアを開いたので、美神はいってらっしゃいと手を振った。 

約1時間後 都内 某ホテルの一室 

「・・・・と言う訳だからおキヌちゃん、一緒に来てくれない?」 
「は、はい。 なんだかさっぱりわからないけどわかりましたっ!」 
おキヌは寝ぼけ目を擦りながら慌てて身支度を始める。 
「まあ・・・・オカルトGメンに呼ばれるなんて、おキヌちゃん凄いのね〜・・・・」 
「あ、えへへ〜・・・」 
百合子のまなざしにおキヌは真っ赤になる。 指を咥えていたシロはおずおずと美智恵の前に進み出た。 
「あの〜・・・・せ、拙者にお呼びは・・・?」 
「ごめん、今のところなし。」 
「チロちゃん・・・・・やっぱり忠夫の弟子じゃあ、たいしたことないのね・・・・」 
「がが―――んっ!? せ、拙者の存在意義は・・・・っ!? くうっ・・・・どちくしょう―――・・・・っ!!」 
朝日を浴び、白い狼にもどったシロは窓を開けてぎゃんぎゃん遠吠えを始めた。 
「美智恵さんもたいへんですね、こんなに早くから出勤ですか?」 
百合子は白い狼を無視して美智恵にお茶を手渡す。 
「すみませんね百合子さん。 私もまだまだ若い子達には負けてられませんし、好きでやってる仕事ですから。」 
「あ〜、わかりますわそれ。 私も仕事に復帰しようかしら?」 
「それより横島さん、今の内に日本を離れた方がいいかもしれませんよ?」 
「まあ怖い、仕事がらみですか? 大丈夫、いざという時は息子を盾にしますから。」 
「頑丈な息子さんを持って羨ましいですわ〜。」 
「いつでもお使いくださいな〜。」 
おほほと笑いあっているうちに、おキヌがハンドバックを抱えて奥から走ってきた。 頭の寝癖が直らず、おキヌはしきりにそこに手を伸ばす。 
「お、お待たせしました。」 
「では百合子さん。 仕事が終わりましたらまたゆっくりと。」 
「はい。 おキヌちゃん、お仕事頑張りなさい。」 
「はい、行ってきますお母さんっ!」 
百合子にぽんと背中を叩かれ、おキヌは満面の笑顔で美智恵と共に外に出て行った。 
「あお〜〜〜んっ、ぎゃん、ぎゃわお――ん・・・っ!!」 
「チロちゃん、他のお客さん達に迷惑だからほどほどにね。」 
「ぎゃわわ〜〜〜〜ん・・・・っ!!」 
タバコに手を伸ばして口に加える百合子を背後に、狼は高らかに鳴き声を響かせ続けた。 

3時間後 日本海上イージス艦 船名不詳 

「わ、わたし『い―じすかん』って初めて乗りました〜・・・・」 
甲板で周りをきょろきょろ見渡すおキヌは顔がひきつっている。 
「僕も乗るのは初めてかな。 貴重な経験だ。」  
「ほらほら2人共、ピクニックや社会見学じゃないんですからね?」 
おキヌと、つられてきょろきょろしている西条を美智恵が振り返える。 ヘリポートから離れ、階段を上がった3人は部屋の一室に入る。 
「お待たせしました艦長、リンさん。」 
部屋の中にいる白い髪をうしろで1本にまとめ、背丈の低い老婆と、敬礼する軍服の男に美智恵は頭を下げる。 
「先生、その方が・・・・」 
「そう、ネクロマンサーのリン・カイエイさんよ。」 
「初めまして西条君。 それに・・・・氷室さんだね?」 
「は、はいっ!! お、お会いできてここっ、光栄です・・・・っ!!」 
びしっと伸びた背筋を腰からかくっと曲げて頭を下げるおキヌにリンは笑う。 
「いいんですよそんなかしこまらなくて。 私もあなたに1度お会いしたいと思ってしました。」 
「そ、そんな・・・・私なんてただの馬鹿な高校生ですけど・・・きょ、今日は勉強させてもらいますっ!!」 
再びおキヌはかくんっと頭を下げる。 
「う〜ん・・・・おキヌちゃんが緊張しまくってますね。」 
「しょ―がないわ。 あっちは大ベテランですもの。」 
艦長が勧め、テーブルを囲むように5人が座る。 
「皆さん事情はおわかりでしょうが、もう1度、今回の1連の火災事件を整理します。」 
美智恵がぶ厚い資料を4人に配る。 
「ことの発端は3週間前。 中国の火雷山という山が1夜にして吹き飛んだことが始まりでした。 翌日ふもとの村や集落が全焼。 それから各地で謎の大火災が頻繁に起こりだしましたが、その場所にはある特徴があることが判明しました。」 
「それが・・・・火の神様や霊能者がいた場所なんですか・・・?」 
おキヌの言葉に美智恵は頷く。 
「あちらに出向いたGメンの調査員が調べたところ、火の神様やその能力を持った人がいた場所、それに類するアイテムの保管された博物館などが発火点だと予想されたわ。 そしてこの写真。」 
美智恵はばらっと何枚かの写真を広げる。 闇夜の空に、燃える翼を広げた巨大な鳥が映っている写真におキヌは手を伸ばした。 
「ビデオを写真にしたものだけど・・・」 
「これが・・・・朱雀・・・・」 
「いわゆる土地神の類だったと思われます。 全長、推定50メートル以上よ。 この火の鳥が何らかの理由から火の力を集めて回っている・・・・それも荒々しいまでに強引なやり方でね。」 
「う〜む・・・・改めて見て酷い被害だな・・・」 
西条は被害報告欄を見て頬をひきつらせた。 
「被害地点は中国各地を徐々に東に移動しています。 手当たり次第にね。 目撃情報じゃ日本海上にも行動範囲を広げているわ。 そして今日午前5時23分、海を渡ろうとする巨大な火の鳥の情報が入りました。 すぐさま妨害霊波を空中に散布し、航空会社各局にはルート変更などの手続きがしてあります。 数10隻による調査員からの情報だと、火の鳥の進路はこう。」 
美智恵は地図を取り出し日本海の上にマジックをぐにゃぐにゃと走らせる。 
「迷ってる・・・?」 
西条は口元を押さえる。 
「方向感覚の麻痺には成功したみたいだけど、この霧も長くは持ちません。 ネクロマンサー、リン・カイエイ、氷室キヌ両名には火の鳥除霊作戦に協力してもらいます。」 
「え、で、でも土地神様なら・・・・ちゃんと話せば、除霊なんかしなくても・・・」  
身を乗り出すおキヌに美智恵は目を閉じる。 
「気持ちは分かるけど、この火の鳥1鬼の所為で多くの人命が失われたわ。 既に除霊判断は世界GS教会が出しています。 ここで私達がやらなくても、いずれ中国側から派遣されたGSか誰かに払われるわ。」 
「それは、そうでしょうけど・・・」 
うつむくキヌに、リンが手を伸ばしてそっとおキヌの肩に手を置いた。 
「キヌさん、あなたの国の人を助ける為にも、今は私達のできることをしましょう。」 
「・・・・は、はい・・・!」 
顔を挙げるおキヌに、美智恵と西条は顔を見合わせてほっと息を吐いた。 
「既に霊波増幅用の魔法陣の準備が甲板で進められています。 ネクロマンサー両名の力を最大限に引き出してもらい、動きの止まったところに精霊石弾頭ミサイルを叩き込みます。 失敗したらお家に帰れないと思って、きりきり頑張ってね。」 
ウィンクしてくる美智恵に、おキヌはびしっと背筋を伸ばして気を付けをする。 
「が、頑張ります・・・・!!」 

美神除霊事務所 

「そうよそうっ! 今すぐお宅の銀行は解約させてもらうって言ってんのっ! ・・・・・なに、店が潰れる!? そんなん知るかいっ!」 
美神はぴっと携帯の電源を切ると、すぐさまパソコンのモニターに向かってキーボードを叩く。 
「ふわぁ〜・・・・・あ〜・・・・・・何朝っぱらから怒ってるんすか・・・・?」 
大口を広げ、横島は鋭い目でパソコンを睨んでいる美神に歩み寄った。 
「ちょっと口座の整理。 急ぎで時間がないのよ―・・・・銀行が2つ3つ潰れようがかまってらんないわ・・・・!」 
「こ―いう人がいるから世の中不景気になるんだろ―な―・・・・」 
「あんたもリストラされたい・・・!?」 
血走った目に睨まれ、横島は両手をぶんぶん振った。 
「あ―、それより何