AM01:30 都内
「くそったれ!!」
ばぢ・・・っ!! 亜須磨が殴りつけた拳は、見えない結界に弾かれ放電する。
「なんて無茶苦茶な結界張りやがったんだあの女は・・・!!」
人気の少なくなった通りに、ショーウインドウのテレビの音声が響く。
『・・・公共機関のパンクに伴い、各高速道路も渋滞の末、降りて走り出す人さえ現れました。 あ、臨時ニュースです!! 先ほど報告しました自衛隊と在日米軍による地対空ミサイルによる迎撃作戦は・・・・・作戦は、失敗したとありますっ!』
「・・・・・」
狐を抱えたままテレビを見ていた亜須磨の頭上を、轟音と共にヘリコプターが通り過ぎていった。 けたたましく鳴るパトカーのサイレンなどに、亜須磨はぐったりしている狐の顔を覗き込んだ。
「人間の毒・・・・・俺達の毒か・・・・」
と、かっと見開かれる狐の目と共に、狐の口から霊波が溢れた。
「何・・・!?」
どしゃあああ・・・・・っ!!
きつねレポート
火鳥風月 −5番−
美神除霊事務所
「な、なんじゃこりゃ・・・・!?」
崩れかかっている事務所にたどり着いた横島とシロは慌てて中に入り込んだ。
「美神さ―――んっ!!」
「タマモ〜〜〜っ! ひのめ殿もいないでござるか〜〜〜〜っ!?」
事務室に入った2人は、砕けた壁や窓ガラスの散乱する部屋の立ち尽くした。
「こ、これは・・・・」
「狼臭い・・・先生っ、何者かが侵入したみたいでござるっ!」
「おい人口幽霊1号、いったい何があった!? 美神さんはどうしたんだよ!?」
横島は天井を見上げる。
「こら、返事しろっ!」
がたんっと崩れかかった壁の破片が転がる。
「おい〜〜〜〜〜〜っ!!」
「先生変でござる、人口幽霊1号の気配が全く消えているでござるよっ!」
「なに〜〜っ!? いったいど―すんだよ!?」
「拙者が聞きたいでござるっ!!」
ずがんっ!! どごごごごごごご・・・・・・!! 崩れ落ちるサンシャインビルは、巨大な粉塵を上げて沈んでいく。
『ちっ・・・・とんでもねえ女だな・・・・』
もうもうと立ち込める砂ぼこりの中、フェイ・ウーはぶわっと霊波を放って埃をかき消した。 と、なくなる煙の中からひのめに呼吸器をあてがう美神の姿を見つける。
「ごほっごほっ!」
「ひのめ、しっかりしなさいっ・・・!!」
涙を流してむせ返すひのめのお腹は赤くにじんでいた。 美神の手に赤い液体が流れてくる。
(傷が深い・・・・助けれない・・・っ!?)
美神は手に霊波を集中させてひのめに当てる。
『まずいな時間がねえ・・・・おい美神っ!!』
「!?」
怒鳴る狼を美神はきっと睨みつける。
『時間がねえ! 火の鳥が来ちまったら俺もお前も死ぬ、結界を解いてそのガキを寄越せっ!!』
「冗談、妖怪ごときの言うことなんか聞けますかって――の! 私を殺したって精霊石100個分の結界、易々と壊せると思わないことね!!」
『くそったれっ!!』
がおっと吐き出された霊波が迫り、美神はひのめを庇うように背中をむけた。 どんっ!!
「がは・・・っ!」
千切れる赤い髪に、美神は片膝をつく。
「あ――っ! 姉・・・う―あ―――っ!」
呼吸器を白く曇らせ手を伸ばすひのめに美神は笑って見せた。
「大丈夫、ひのめ・・・・・お姉ちゃんが必ず助けてあげるから・・・・・ねっ!!」
勢いよく立ち上がると同時に美神はフェイ・ウーに精霊石を投げつけた。
『ちっ!』
どかああっ!! 閃光が視界を覆い、狼は後に飛び退く。 美神は立ち上がり、ひのめを抱えたまま走り出した。
『逃がすかっ!!』
狼の吐き出す霊波が閃光になって伸び、美神の足元をえぐる。 ずががん!! 前転して起き上がる美神は振り返りもせず走り続けた。
『逃げるだと・・・・!? あの美神令子が・・・・・ちっ、余計な手間かけさせやがって!!』
美神を追い、フェイ・ウーも走り出した。
日本海上
「怪我人の回収は他のヘリを使ってっ!! この機は今から東京へ向かわせますっ!!」
西条を押し込み、続いてヘリに乗り込んだ美智恵はおキヌの手を引っ張りあげる。
「上昇して、急いで!!」
じょじょにヘリの高度があがる。 おキヌはリンの遺体が小さくなっていくのを見つめながら、ぐっと目を閉じヘリのドアを閉めた。
「西条君無線は!? 事務所のほうは!?」
「駄目です、国防省も混乱してて・・・・事務所も相変らずです。」
何度も無線に呼びかける西条だが眉間のしわはなくならない。
「で、でも関東地方に避難勧告はでたんですよね?」
後席から身を乗り出すおキヌに美智恵は唇を噛み締める。
「間に合うはずもないわ・・・・・パニックに乗じていくらでも犯罪はできるし、万単位で死人が出てもおかしくない・・・・!!」
「そんな・・・・」
「よしんば火の鳥を除霊できても、その後の後始末なんて考えたくもないわ・・・・」
「美神さん達、大丈夫ですよね・・・・?」
おキヌの言葉に、美智恵の眉がぴくっと動く。
「・・・・政府は、ひのめをどこか孤島にでも移動させるつもりだったの・・・・・火の鳥が日本に来ないようにね。 それが駄目ならいっそ殺してしまえとも言われたわ・・・・」
「そんなっ・・・・それじゃあ、美神さんの時と変わらないじゃないですか・・・・!!」
「なんとかするとかけあったけど、ひのめを狙ってきたのはそいつらだけじゃなかった・・・・」
「・・・・どういうことです?」
と、インカムを外した西条が横から口を挟んだ。
「アンチ・ゴーストスイーパーというのを知ってるかい?」
「アンチ・・・・スイーパー・・・・?」
「実体はよく分からないが、妖怪達が徒党を組み、GSに対する防衛を生業とする一団が存在するんだ。 かなり世界的な組織で、Gメンでも極秘扱いなんだが・・・・」
「その人達が、ひのめちゃんを・・・・?」
「正確には、そいつらはタマモちゃんを保護したがってるのよ。」
美智恵は腕組みをして海の先を見つめる。
「九尾の狐はいずれ土地に根ざせるほど大きな存在になる・・・・・そういう存在が人間によって減ってきている今、彼らにとってタマモちゃんには死んでもらっちゃ困るのよ。 だからタマモちゃんを保護し、ひのめを代わりに生贄にしようと狙ってきてた・・・・・おかげでこっちも動くに動けず、ひのめを令子に預けるので精一杯だったわ。」
おキヌはうつむいた。 ネクロマンサーの笛を握る手に力が入る。
「・・・・火の鳥は、火の力を求めてるんです。 自分の子供が人間の・・・・・私達の毒で死にそうになってて・・・・助けようとしてるんです。」
「!? 火の鳥と交信できたの・・・・!?」
美智恵は後席を振り返った。 西条も目を丸くしておキヌを見る。
「いえ・・・・あちらの思いが、一方的私に流れてきただけで・・・・・」
「子供・・・・土地神の後継者が死にかけているのか・・・・先生。」
西条の言葉に美智恵は頷く。
「恐らく人の開発の手が広がった事・・・・・科学物質が地下に流れ込んだことなどが関連しているんでしょう。 地脈のチャクラの流れを崩し、大地から神様に毒を流し込んだ・・・」
「私・・・・私、なんとかあの神様と話しがしたいんです!! 隊長さん!!」
涙を浮かべた目で真っ直ぐ見つめてくるおキヌに、美智恵は目を閉じる。
(この子が・・・・この子なら、全ての命を結び付けられるかもしれない・・・)
美智恵はすっと目を開いた。
「分かったわ、おキヌちゃん。」
「は、はい!!」
「どのみち私達にはもう手段がありません。 東京は、あなたが今まで見てきた中で最もつらいものばかりになっているかもしれないけど・・・・」
「・・・・大丈夫です。 私は・・・・これが私の、ネクロマンサーの仕事ですから。」
美智恵の顔を真っ直ぐに見返し、おキヌは笑った。
ぴこっ ぴこっ ぴこっ
「あらこっち?」
くるくる回る見鬼君を手に、人通りのなくなった広い道を百合子は歩いていた。
「しっかしさっきの轟音と砂煙にはまいったわね〜・・・・電話ボックスなんて簡単に吹っ飛んじゃうし、まだ煙も治まってなさそうだしね・・・・」
立ち止まり、百合子の見上げる先にはまだもうもうと灰色の煙が立ち昇っている。
「でもって狐ちゃんのいるのはこっち、か・・・」
手にする見鬼君を見下ろせば、煙に対して東側を指差している。 ため息混じりに百合子は再び歩き出した。 ごごんっ!! 轟音と揺れに百合子は引っくり返って尻餅をつく。
「なっ・・・・・何よ・・・!?」
腰を擦りつつ顔を挙げた百合子の目の前を、金色の丸い物体が通り過ぎた。 百合子の目がそれを追うと、どがっとコンクリートの壁にめり込んだそれは破片を吹き飛ばして飛び出てきた。
「狐・・・・・タマモさんっ!?」
と、数本の光が空から落ちてくる。 狐はそれをかわしながらも目に百合子の姿を捉えた。
(ちっ・・・!!)
たて続けに振ってくる光に、狐はじぐざぐに走りながら百合子から遠ざかった。
「ま、待って・・・!!」
9つの長い尾を真っ直ぐに伸ばして狐は走った。 ちらっと空を振り返れば、宙に浮いている亜須磨が手からいくつもの光を放つのが見える。
「―――っ!!」
ざわざわっと毛並みが逆立ち、タマモは再び落ちてくる光を避けようと飛び跳ねる。
「!?」
狐の尾が長くなるのを亜須磨の目は見ていた。
「力が戻ってきたのか・・・・? それとも・・・」
亜須磨の手にあった霊波が消えた一瞬に、狐は飛び上がって亜須磨の目の前まで迫っていた。 ぐばっと開かれた口から牙と炎が顔を出す。
「しまっ・・」
ぶしゅ・・・・っ!! 咽元を噛み付かれた亜須磨は、そのまま狐に咥えられたまま落下した。 だんとっと着地すると、狐はそのまま亜須磨を咥え、引きずりながら走り出した。
「!?」
『!?』
ばちちぃ・・・・!! 霊波が反発しあい、美神とフェイ・ウーは互いに飛び退き空を見上げた。
「来る・・・・」
『ちっ、タイムアウトか・・・・・』
悪態をつく狼は前足でアスファルトをえぐった。 と、空から亜須磨を咥えた狐が降ってきた。
「タマモ!?」
『てめえ、まだこんなところうろちょろしてやがったのか・・・・!!』
タマモはぼしゅんっと人型になった。 後の髪の束が踝に届くまで長くなっている。
「早くひのめを連れて逃げなさいっ!! 鳥はあたしが抑えるからっ・・・!!」
タマモは亜須磨を狼に投げつけると美神に駆け寄った。
「あんたはどうするの!?」
「・・・・別にどうもしない。 いいから行きなさいっ!!」
「勝手言ってんじゃないわよっ! あんたは私と運命共にしてんだから・・・・!!」
「うるさいっ! とにかくどっかに行けっ!!」
怒鳴りあう女2人を見ながら、狼は鼻先で亜須磨を突付く。
『おい、さっさと立て。』
「・・・・分かっている。」
手を首に伸ばし、ヒーリングを当てながら亜須磨はのっそり立ち上がった。
『時間切れだ・・・・九尾の狐保護は失敗だから、お前はさっさと逃げろ。』
「お前はどうするんだ。」
『お前には関係ない・・・・・こっからは俺のプライベートだ。』
そう言いながら狼は金髪の長くなったタマモの背中を見つめる。
(ったく・・・・またくだらねえ格好になりやがって・・・・)
「惚れた弱みか・・・・?」
『うるせえよっ!!』
フェイ・ウーが前足を振るが、亜須磨はひょいとそれをかわした。
『おいタマモ・・・!!』
振り返るタマモと身構える美神に向かって狼はずかずか歩み寄る。
「何?」
『・・・・とにかくその不気味な人間の格好は止めろ。 見ていて吐き気がする。』
「・・・・サンキュ。」
タマモはフェイ・ウーに笑ってみせると、頭の髪の1束を根元から爪で切り裂いた。
「ちょ、タマモ・・・・!?」
「こいつで身を隠してなさい。 念っ!!」
美神とひのめに髪を投げつけると、無数の金の髪が美神とひのめを包みだした。
「止めなさいタマモっ! 私は・・・!!」
「ごめん、美神さん・・・・」
髪が球体を模って美神