「お芝居〜?」
「そうなんだ。」
テーブル越しに身を乗り出してくる唐巣に、美神は顔を引きつらせた。
「私の知人がやっている、児童館の子供達の前でやるんだ。 もちろん、会場はちゃんとしたとこだがね。」
「・・・・・・で?」
「人手が足りないんだ。」
「・・・・・」
「実は明日に迫ってるんだ。」
「・・・・」
「子供達も楽しみにしてるみたいで、ね。」
「・・・・・・・嫌。」
「頼むよ美神く――ん!!」
「嫌ったら嫌っ! ガキは嫌いなのよ!!」
「ちなみに彼はそれなりにお金持ちでね、きみとは気が合うかもしれないなあ・・・」
「さあ先生、早速練習よ!! 皆を集めるわっ!!」
「ありがとう美神君、きっと協力してくれると思ったよ。」
きつねレポート
プレイ・ア・マン
ビ――― ブザーとともに、ステージの幕が上がる。
『それでは只今より、唐巣作、「西の魔女」を上演いたします。 ナレーションは私、唐巣おじさんがお贈りしますね。』
ぱちぱちぱちぱちっ・・・・
『昔々、とある国に、1人の王子様がいました。』
「うう〜ん、今日もいい天気ですね―。 何かいいことがありそうな・・・」
『王子の名前はピート。 早くに両親を亡くした彼は、今やこの国の1番偉い人である。』
「くっそ〜・・・お前ばっかりいい役やりやがって・・・」
「横島さん、本番中ですよ・・・?」
「わ―ってるよ、ピート様! どうでしょう、たまには町に出てみては?」
『彼の名前は横島君。 王子に仕える1の家来である。』
「そうですね、では準備をお願いします。」
「はっ、かしこまりました。」
暗転
『王子と横島君は、お忍びで町にやってきました。』
「活気がありますね。」
「ピート様の努力のたまものですよ。」
「りんご〜、りんごはいかがですか〜? 甘くておいしいりんごはいかがですか〜?」
かごを抱え、町娘の衣装のおキヌが下手から歩いて出てきた。
「姉ちゃ――んっ! りんごと一緒にあなたのハートも売ってくださ――いっ!!」
「ちょっ、ちょっと横島さん!? 今は駄目・・・子供達が・・・」
どよどよ
「はっ!? いかん・・・・ご、ごほんっ! おいしそうだね、1つくれるかい?」
「はいどうぞ。」
「ありがとう。 どうです、ピート様も?」
「そうですね、頂きます。」
「ありがとうございま〜す。」
がりっ
「おいし・・・うっ・・・!? こ、これは・・・」
ばたっ
『あ、あれ? ピート君?』
「ピ、ピート様!? おいりんご売り! りんごに何か入れたなっ!!?」
「そ、そんな!? 私は・・」
「やかましっ! 城まで連行じゃ――っ!」
「ひ〜〜ん、濡れ衣です〜〜〜!」
ずるずる・・・
『ちょ、ちょっと横島君、そんなことより王子を助けないと・・・』
暗転
舞台裏
「何でピート殿が倒れるでござるか? 台本では先生が・・・」
「さあ? ともかく何とかするしかないんでない?」
タマモとシロはのびているピートを隅っこによけた。
『ごほんっ! さ、さて、お城に戻った横島君は、りんご売りに問い詰めました。』
「何でピート様を狙ったんだ!? おとなしく白状しろっ!」
「あ、あの〜え〜と・・・ご、ごめんなさい。 実は怖い魔女に脅されて、父がねずみに変えられてしまったんです。」
「魔女・・・? それは西の森に住んでる奴か!?」
「は、はい。 それで父を元に戻したかったらって・・・仕方なく・・・すみません・・・うえええええん・・・」
「よしよし、怖かったろう。 大丈夫、きみのお父さんも俺が助けてあげるから。」
「ほ、ほんとですか!?」
「もちろん、それが僕の務めだからね!」
舞台裏
「あんの馬鹿、そりゃ本来ピートのセリフでしょうに、何が『僕』よ。」
「ねえ美神さん、ピートの食べたりんご、少しだけニンニク臭いわよ?」
「犯人はあいつか・・・」
「でしょうね。」
「あんたにピートに化けてもらってもいいけど・・・」
「無理でしょ。 アタシも自分の役あるし。」
「しゃ―ない、アドリブで何とかするか。 横島め―、今に見てなさい!?」
「それより早くセリフ覚えないと・・・いろいろ変更しないとね。」
「お―い小僧。」
「じいさん、今は舞台の上なんだから・・・」
「気にするな、それよりピートの奴だがのう。」
『この老人の名はドクター・カオス。 この国1番のお医者さんである。 隣にいるのは助手のマリアである。』
「わしの診察によるとどうやらりんごにニンニク・・」
ばきっ
「ぶっ!?」
「えっ!? 魔女の呪い!? そりゃ大変だ! 何とかしなくちゃ! ありがとうドクター・カオス! マリア、じいさんは疲れてるみたいだから連れてって。」
「イエス、横島さん。」
ずるずるずる・・・ カオスを引きずり、マリアが下手に消えた。
「よし、俺は今からその魔女に会いに行って来る。 きみはここで待ってるんだ。」
「いいえ、私も連れてってください。」
「駄目だ、どんな危険が待ってるかわからないんだぞ?」
「でも私は・・・・もとはと言えば私のせいですし・・・」
「しかしだなあ・・・」
「お願いしますっ! 決して足手まといにはなりませんからっ!!」
「・・・・・いいのかい?」
「・・・・はい。」
「わかった。 きみの名前は?」
「はい、キヌといいます。」
「おキヌちゃんだね? 一緒に行こう。」
「はい!」
横島が差し出した手を、おキヌはそっと握った。
「おお――!」
「ピ――、ピ――!」
湧き立つ子供ら。
舞台裏
「―――はっ!? このままいくと先生とおキヌ殿は・・・!?」
「めでたしめでたし、じゃないの?」
「いかんっ! 何とかせねば!」
「お、今いい感じじゃない?」
「何ですとおっ!?」
タマモとシロは袖から舞台を覗き込んだ。
「へ―、いいムードね。 おキヌちゃんもまんざらでもなさそうだし。」
「く〜〜〜、今に見てるでござるよ!」
「あんたも何かする気?」
「よし、じゃあ西の森の向けて出発だ!」
「はい!」
「ちょっと待つでござるっ!」
「えっ!?」
シロが上手から現れた。
「横島先生っ! 拙者をおいて行くとはひどいではござらんか!?」
「って、何でお前がここに!?」
「何を言いますか、弟子は常に師と共にあるのでござるよ!」
「よ、横島さん・・・・え〜と、その〜・・・」
「あ、ああ・・・え〜とこいつは・・・」
『せ、説明しよう。 彼女の名前はシロ。 横島君の弟子で、同じくこのお城の家来である。』
「おいっ、いいのかそんなに変えてっ!?」
「さあ先生、2人で西の森に行くでござるよ! 町娘、お主はここでおとなしく待ってるでござる。」
「えっ!? そ、そういうわけには・・・」
「と、とにかく行こう!」
『こうして2、あ、いや3人は、西の森へ向けて出発しました・・・はあ〜・・・』
暗転
舞台裏
「シロの奴―、よけいにややこしくしてくれちゃって・・・」
「あれはヒロインをのっとる気ね。」
「まあいいわ、ところでタマモ。」
「わかってる。」
「まったく、忙しいったらありゃしないのに・・・」
「西の森まではずいぶんあるな〜・・・」
「横島さんは、魔女について何かご存知なんですか?」
「お城の奴はたいてい知ってるよ。 正体はねずみらしいんだけど、お、じゃなくてピート様に憧れてたらしいんだ。 でもその思いが強すぎて、お城の人に怪我を負わせたらしい。 それで追放されたのが、魔女になったってうわさだ。」
「そうなんですか・・・」
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと・・・・かわいそうだな―って・・・」
「・・・やさしいんだ。」
「えっ!? いえ、そんな私は・・」
「いいんだよ、俺は、そういう子が好きだな。」
「あ、はいっ、あのあのっ・・・・ありがとうございます・・・」
「先生先生っ! 拙者もかわいそうだと思うでござるよ?」
「お前はいったい何しに来たんだ?」
「何をおっしゃる、フィアンセではござらんか?」
「なっ・・・!!?」
「勝手に変な設定作んな――っ!」
「照れる必要ないでござらんか?」
シロは横島の腕に絡みついた。
「ちょっとシロちゃんっ!?」
「放さんかコラ――っ!」
「嫌でござる―っ!」
舞台裏
「あんの馬鹿共、何安っぽいメロドラやってんのよ・・・」
「何にも考えずにべたつけばヒロインと思ってるみたいね・・・」
「アホらし・・・」
「ほっとけばいいでしょ、芝居なんて2の次よ。」
「そうね、ガキ相手はあいつらでいいか。」
「じゃ、アタシ達は大人の仕事でもしましょうか?」
「舞台下の結界は?」
「終わったわ。」
「OK、さすがねタマモさん?」
「ど―もど―も。」
「2人とも、ちょっといいかい?」
「あ先生、何です?」
「一瞬だが、見鬼君に反応があったんだ。 もう消えてしまったが・・・」
「アタシも少し何かを感じたわ、多分この上ね。 どうする?」
「結界が張り切れてない以上、外に出たのはやるしかないわね。」
「わかったアタシが行く。」
「お願い、私ももうすぐ出番だし。」
「その間に私は裏口の結界を除いて全てを張る。 タマモ君は戻ったら裏口を塞いでくれ。」
「ん。」
「いいか? もう2度と悪さをするんじゃないぞ?」
「うう〜ありがとうございますですじゃ〜・・・・わっしの出番はこれで終わりかのう〜?」
「すまんな、仕事の合間に。」
「じゃあわっしは急いで帰りますけえ。」
タイガーは泣く泣く下手に退散した。
「さすが先生でござるな。」
「う―む、何かずいぶん台本とずれてきたが・・・ま、いっか。 これも主役の務めじゃ!」
「横島さん、とにかく先に進みましょう。」
会館の上
「よっこらせ。」
タマモは広い屋根の上に立ち上がると、辺りに気を配る。
「何だ誰もいないじゃん。」
中央に向かって歩き出す。
『かああ――っ!!』
「!?」
ひゅばっ
「うわっ!?」
振りかざされた爪が、避けようとバランスを崩したタマモの頬をかすめる。 もつれた足がタマモをひっくり返らせた。
『うおおおっ!!』
「ちょっといきなりすぎない!?」
腕を振り回す男の霊に、タマモは転がって逃げながら立ち上がり後ろに飛び退いた。
『道中いろんな人たちと出会った2・・・あいや3人は、やがて西の森にたどり着きました。』
「ようやく着きましたね。」
「そうだな、話も無事に進行してるし・・・」
「拙者のおかげでござるな。」
「お前の『せい』と言うんだ。」
「あら、誰か森から出てきますよ?」
白い布の衣装に身を包んだ美神が上手から現れた。
「あんた達、この森に入る気なの?」
「ええまあ。」
「よしたほうがいいわよ? この森は迷いやすいから。」
「あなたはこの森に詳しいんですか?」
「ま―ね。」
「じゃあ案内してくれないかな?」
「いいわよ? で、いくら出す?」
「えっ!?」
「嫌ならいいのよ? 私は関係ないから。」
「ちょっと美神さん、子供向けの芝居で何てこと言うんすか?」
「あんたらが言うか!? おかげでこっちは帳尻あわせにてんてこ舞いなのよっ!?」
「わかりましたよもうっ! お金は後で城に戻ったら払いますから。」
「オッケー、じゃいらっしゃい。」
タマモは腰の後に手を伸ばしてCR−117を掴み取る。 ばしっ
「あっ・・・!?」
銃口を突きつけるより早く、伸びた霊の腕が拳銃をタマモの腕から弾き飛ばした。 からからんっ・・・
『お前も死ね――っ!』
「冗談っ!」
勢いよく伸びてくる霊の右手をかわし、爪で切り跳ばす。 ずばっ
『喰らえ―!』
「!? しまっ・・・!」