gs-mikami gaiden:getaway
著者:西表炬燵山猫
ドタドタドタ
「ん?」
道路に面した入り口から足音が響く。
バターン
伊達除霊事務所の玄関のドアが派手に開いたかと思うと、すぐに乱暴に閉められた音が建物中に響いて、壁にパネルに入れていた”日本GS協会 一級二種”の免状が床に落ちてガラス砕け散る。
「あらま・・。やっぱり、来たようだな。誰かさんの予想通りか」
黒の三つ揃いをテレっと着こなしている雪之丞はウンザリした顔を上げた。彼は送られてきたファックスを机に投げて、これから現れるであろう招かざる客が姿を表わすであろう玄関へと続く廊下を見る。
ガチャガチャ カチャカチャ ギイー バターン
玄関から二重ロックに、ワイヤー錠と閂(かんぬき)を掛ける音がした。
(おいおい。ウチは今営業時間なんだぜ。これじゃあ他の客が来れないじゃないかよ)
ウンザリしながら頭を抱えていると、今度は普通の事務所ではありえない鍵の掛かる音が響き始めた。
ウ〜ンゥ〜ン
霊力結界の作動音だ。家業柄、恨まれもすれば八つ当たりで狙われもするし、祓うべき対象が逆襲に来ることも考えてつけているものだ。
一度作動させれば、恐らく相当な上級神魔で無い限りこの事務所には入ってこれない。いつぞやの火炎や土角結界で危うく殺されそうになった経験からつけていた。
作動させれば出入り出来るのは瞬間移動能力を有する者だけ。世界的に希少で、雪之丞ですら一人しか知らない程。その男が雪之丞に敵意を抱いてはいない事を考えると、ほぼ完全な防護壁であった。
(今日までかもな〜)
チラリと時計を見る。
(ああ、本当なら俺この後デートなんだぜ。また残業か)
iモード携帯に予め用意していた文面『急な仕事が入った。少し遅れる。雪之丞』と女に送る。直接音声で言わないのは、声のやりとりをすればお互い引かない性格なので喧嘩になると分かっているからだ。
お互い出会った頃のままに青くは無いのでライフセンス(処世術)も分かっている。
(変わらないのは、アイツぐらいだな)
近ずいてきている馬鹿の顔が目に浮かぶ。出会った時から約十年だが、自分の行動がどんな結果を生むのか昔も今も全く気にした様子が無い。
(しかしアイツも懲りないね〜。これで何度目だっけ?少しはメゲろよな)
出会った頃も馬鹿。今も馬鹿。何時まで立っても懲りる事も分別と言う言葉も知らない馬鹿だ。
(でもよ・・・・・羨ましぜ)
分別が着く事は即ち、言い換えてみれば年を喰った事に他ならないので少し羨ましい。悲しいけれども、自分は分別を持つ大人になってしまった事を目の前の悪友を見れば痛感した。これからの事も考えて、自分は随分汚い大人になってしまったとも。
(さ〜て。ま〜た遅れたお詫びに何か買わさせるんだろうな。とんだ出費だぜ。あいつ奢らせる時は遠慮ないからな〜)
彼の女は結構良いところのお嬢様なので、彼の不始末に対しての鼻薬は結構財布に痛い。この前はプラダのバッグであったし、その前はシャネルのスーツで、その前は・・・。
(ティファニーのイエローダイヤが欲しいっていってたよな)
以前のデートの時に見た値札を思い出して頭を抱えている所で、来てほしく無かった客が姿を表わした。
(まあいいか。これでプレゼント代は出るだろうからね)
ドアが開いて、予想に違わぬ野郎が姿を表わした。
現れた雪之丞の腐れ縁の当人は非常に分かり易く肩で息をしていた。
「あらまあ。えらく、お疲れのようだな旦那。昨夜張りきりすぎたのか?」
ゼーゼーゼーゼー ハーハーハーハーハー
皮肉にも応えずに、打ち上げられた金魚以上に息を上げている。
(ツールドフランスの全コースを一日で走ってもこれ程キツクは無いだろうな。
しかし、業界で居並ぶ者もいないコイツを、恐怖からこれ程追いつめる事が出来るのがお化けならぬ、生きてる女とはね〜。女ってのは恐いな〜。俺も気をつけねえとな)
ごくごくごくごく ぷは〜
出してやったスポーツドリンクを、イッキとばかりに息もつかないで数本飲み干すとようやく落ち着いたようだ。
「ほれ、魔理の奴から届いてたぜ」
先程届いたファックスを渡す。
「何これ?」
彼には覚えが無い数字が並んでいた。
「何って事務所の修理請求書だってよ。魔理の奴相当怒ってたぜ。タイガーの奴手術中らしいんで病院からだってよ」
先程の電話での剣幕を思い出してウンザリする。今ではすっかりカカア天下で尻を叱れているタイガーを少し同情する。元もとから姉御肌でキップが良かったが、子供が生まれてからは益々強くなった(恐くなった=タイガーの心中談)と痩せる思いだと愚痴を言っていた。『痩せれるなら良かったじゃないか』と茶化すと泣いていた。
「あちゃー。やっぱり魔理ちゃんにはバレたか。タイガーだけだったら堪えて貰おうと思ってたんだがな〜」
「そんなワケあるかよ。二人の事務所なんだから。なんだ、それに書かれた(請求書の)額は!」
請求書の額は8桁で、しかも9桁に近い額だ。請求書の件名は『一文字魔理&タイガー寅吉除霊事務所の建物破壊に関しての修繕費』とある。
「お前一体何をやったんだ?」
何をやっていたか知らぬ仲では無いので力無く答うてみる。
「俺がやったんじゃないぞ。俺も被害者だ」
確かに横島は体中埃まみれに裂傷まみれ、顔もショットシャル(拳銃散弾)で打たれたように流血に、アバタのように開いた穴は坂本九さんのようだ。
「いつものように悪さがバレて、それでタイガーの所に逃げ込んだんだろう。なら自業自得ってもんだろう」
冷たい雪之丞に少し拗ねて見せる。
「まあ・・・・ありていにいえばそうだがな」
「それでどうなったんだ。確か前はストナー63(重機関銃)で撃たれたんだったな。あの後タイガーの奴事務所全面防弾にしたって言ってたから。それで怪我したって事は、今度はただの小銃弾ってわけでは無いだろう。対戦車ライフルででも撃たれか?はははっ」
無論雪之丞は冗談のつもりであったが、何も返事は返って来ない。疲れた顔で目配せするだけだ。
「まさか」
「そのまさか・・」
本当に籠城していたタイガーの事務所のドアや窓にアシモフ37au対戦車ライフル(カリ城で次元が使っていた奴)を打ち込まれた。それでも出ていかなかったから今度は開いた穴にレッドアイガンガンチャク対戦車ロケット弾をブチ込まれた。
「・・・・・・・・・・撃つほうも撃つほうだが、撃たれたお前も撃たれた方だな。なんで生きてんだ?」
付き合い長いが、絶対人間で無いと今更ながら痛感する。
「それで死なねえなら、今度は風呂に入っている時にオキシジェンデストロイヤー放り込まれたり、メーサー光線砲やバスターランチャーで撃たれるぞ」
「やめてくれ。笑えないぜ」
それも案外洒落になっていないので苦笑いする。GSは法律的に武器所持が認められているので、横島の事務所にも武器庫があるが、何故だか買った覚えが無いのに芹沢博士作オキシジェンデストロイヤーに小松崎博士作パラボラ光線砲、F・E・M・Cと打刻された妙なライフルも並んでいた。
「お前も難儀な・・・・。いや、お前はまだいいが、完全なとばっちりのタイガーは気の毒に」
50ミリ鉄板を打ち抜く鉄鋼炸裂流弾を打ち込まれたのだ。折角苦労して開いた事務所は穴ぼこだと怒っていた。
「俺も悪いとは思っているんだ。まさか本当にロケット弾をブチ込んでくるとはな。ブラフ(脅し)だと思っていたんだよな。まさかタイガーもいるのに躊躇いも無く撃ってくるとは思わなかったぜ。アイツには気の毒したな〜」
憔悴している顔なので、雪之丞もこれ以上の言及は止めた。
「で、やっぱ原因はこれか」
雪之丞は雑誌棚にあった写真週刊誌を広げた。そこにはスクープ記事としてこうあった。
『スーパーアイドル 森川○綺 種馬ゴーストスイーパー 横島忠夫と熱愛発覚!!』
そこにはホテル最上階のスイートルームを空撮の長望遠で撮られたらしい、部屋で熱く抱擁している二人の姿がある。「カーテンぐらいしめろよ」と言うと、どうやらホテル最上階だと安心していたらしい。
「俺が何をしたというんじゃ〜。俺はタイガーみたいに結婚しているワケではないんだぞ。誰と付き合おうが俺の勝手じゃないか」
横島にとっては二股が悪いとは思っていないようだ。あの親父にしてこの息子ありというところだろう。
「あのな・・・。まあいいわ。とにかくそんなことを俺に言うな。言うならお前の長い付き合いの方の女に言えよ」
「そんなこと言えるか。言った瞬間に秒殺されるわい。俺はこう見えても命が惜しいんじゃ」
主張をする割りには、情けない理由を思い切り力説する。
「まったく・・・社会的常識が相変わらずねえ奴だな」
今一度嘆息する雪之丞であった。
「ま。と云うわけだから、今更なんだが、てな理由で暫く匿ってくれよな」
「どんなワケだ。今更何いってやがる。こっちは今は客をかかえて忙しいのに、勝手に結界まで張りやがって。これならお前の女も入って来れないだろうが、俺の客もこれないだろう」
「俺とお前の仲で、そんな連れ無い事をいうなよ。昔の偉人は行っているではないか『小事を気にせず、流れる雲のように』といってだな」
雪之丞の小言なぞ知らぬとばかりに、勝手に茶菓子をパクつく。
「どんな仲だ?。大体逃げるならなんでこんな近場を選ばないで国外逃亡しろよ。何なら香港行き貨物船の密入国ルート紹介してやろうか?」
どうやらそれは嫌らしい。日本人の本分で、白いご飯と黒い海苔、白い肌と黒髪の日本女性がいない国などには興味がないらしい。
「そうだよな。で無ければ今頃お前の事だ。瞬間移動(テレポーテーション)の文殊で今頃外国に逃げていただろうからな」
横島は文殊でテレポート(瞬間移動)をする事が出来るので、初めから国外逃亡ならばそれを使っただろう。
「で、スーパーアイドルはどうだった。可愛かったか?」
横島が今度手を出したのはベストテン番組でも常連で、今時珍しいが熱狂的な親衛隊もあるほどのアイドルだ。恐い婚約者がいなければアイドル仲間を紹介してもらい、自分もご相伴に預かりたいが、バレた時には横島程に命冥加な体で無いので踏ん切れない。しかし、それでも時折はテレビで見かける可愛い娘なので気にはなって聞いて見る。
「うふふふふ」
塩梅はもうその無気味な笑みで十分だった。
「ああ、もういいよ」
と、言おうとしたらば遅かった。もう出会いの馴れ初めから、メロメロな惚気まで吹聴されて閉口した。
「ま まあいいや。でもよ。お前がここで籠城するのはいいが俺はどうすればいいんだ。俺も女とこれから出かける予定なんだ。いつまでもここにいるワケにはいかないんだが・・・」
惚気られ、やはりいい女を一人で喰べやがってとやはり悔しい。男のやきもちから苦虫をかみ潰して嫌みを言ってやる。
「鬼!お前はそれでも友達か。多分外には待ち構えている筈なんだぞ。アイツが」
「そうかな?外には見えんが」
チラと窓の外を見るが別段変わった物は見えない。そういうと「おおかた油断して結界を解くのを待っているに決まっている」と力説するので、もう一度「そうかな?」と首をひねった。
「結界を解いたらその瞬間に又ロケット弾を打ち込まれるか、はたまた呪いを掛けられるか、あらんや火炎結界で吹き飛ばされたりしたらどうすんだ〜」
「しかしそれなら俺はどうすればいいんだ。こんな事務所で男二人でツラ付き合わせなきゃならないのかよ。俺も嫌だが、お前も嫌だろう」
女と二人ならいいのだが、無論この二人が野郎二人でそんなに広くも無い事務所で面付き合わせるのは辛いこと苦行の如くだ。
「う・・・確かに。こんな女気の無い所で、一人ならまだしも、ムサイお前の顔を見てるのは辛いな〜」
「お前が威張っていうな。しかしどうするかな?」
しばし思案顔をする雪之丞。
「お前、ここに逃げて来るまで文殊のテレポートは使っていないんだよな」
「ああ。あれは追いつめられた時の最後の手段だからな。そう簡単に切り札を使えるもんか」
言って右手の文殊を四つ見せる。テレポートには 瞬 間 移 動と四文字必要。先刻からずっと握っていた所を見ると、恐らく追跡者に捕まりそうになったらこれで逃げる気であったようだ。
捕まえようとするならば逃げ足には定評ある横島の事だ。足止めの為に、いつぞやのメデューサのように捕縛結界を仕掛け