GS美神 ひかり
第十四話 アリマト(後編)
AM11:14 都庁屋上ヘリポート
ヘルメットをとった頭から明るい長い髪溢れ出し、腰まで下りた。
「お前は・・・・」
「・・・・・美神さん・・・!」
「ふうっ。」
右手で髪をかき上げた美神はヘルメットを捨てた。
「あ――っ、13時間もあんな狭い所に乗ってたから肩こったわよ。」
反対側の手で肩を押さえてぐるぐる肩を回す美神は、そのままヒカリに歩み寄った。
「み・・・・美神さん・・・・」
美神はしゃがんでヒカリを抱き起こした。
「あ―あ―、やられちゃってるわね。」
やさしく笑う美神に、ヒカリは頬を引きつらせるように笑った。
「は、ははっ・・・情けないとこ、つうっ・・・見られちゃいましたね・・・・」
「ほら、無理に笑わなくていいから。」
「はい・・・・っ後!」
「!」
美神の後から走りこんでくるフリノに、かがんでいた美神は左手にヒカリを抱いたまま半身をフリノに向けると、右手の袖の中から神通棍を出して銀色に光る騎士に向かって振り下ろした。 びしゅっ! 青白く光る鞭がフリノを弾き飛ばした。
「ぐわっ・・・!」
あお向けに吹き飛ばされて倒れこむフリノ。 美神はヒカリをそっと寝かせて立ち上がり、左手で足首に固定されたホルダーから拳銃を取り出し、立ち上がる前のフリノに引き金を引いた。 どんどんどんどんどんどんっ・・・!
「・・・・・」
立ち上がる鎧には傷も穴もなかった。
「ずいぶん硬い鎧じゃない。」
「精霊の鎧だからな、美神令子。」
左手の拳銃が捨てられ、美神は真っ直ぐ伸ばした神通棍を両手で握ってかまえる。
「あ―ら、どこかで会ったかしら・・・?」
「会ったさ。 4年前、俺達の国でな!」
「覚えがないわね―。」
「忘れたか!」
銀色のかぶとがそのフェイスガードを開き、フリノが顔を空気にさらした。
「あ―、あの時の白髪野郎か。」
「あの時の借り、まだ返してなかったな・・・!」
「そっちこそ、今度は逃げ場はないわよ・・・!?」
「ふん・・・」
フェイスガードを下ろし、再び鎧に覆われたフリノはアリマトをかまえた。
「この美神令子が、極楽に行かせてやるわ!」
「俺達の楽園を奪ったのは・・・貴様らだ!」
足元を蹴って走り出す2人を見つめながら、ヒカリは重い手足を引きずって体を起こそうとしていた。
「駄目・・美神さん・・・・・そいつの剣は・・・・!」
AM11:20 東京都荒川区内
「あれは・・・」
ノーヘルで白バイに乗っていたタマモは道路脇に転がっている人型に停車した。
「やっぱり・・・マリア!」
駆け寄ったタマモはバラバラになったマリアの首を拾い上げた。
「あんたこんな所で何粗大ゴミやってんのよ!? やられたの!? ヒカリは!?」
ごんごん殴るとマリアの瞳に光が入った。 ハンカチで左目を縛ったタマモの顔がマリアの瞳に映る。
「ががっ・・エス、ミ・・・マモ。」
「ちゃんとしゃべれ、いったい・・・!?」
マリアの残骸の向こうに転がっている長い物が目に付き、タマモはそれに駆け寄った。
「これは・・・ピートの言ってた霊圧収束銃!?」
「・・れを、使ってください。」
「まだ使えるの?」
「イエスがっ・・・あと・1回・・」
「・・・・・」
タマモはグングニルに手をかける。
「! ・・・・ちょっと、何キロあるのよこれは!?」
「357.5キロ・です。」
「こんなの持てるか―!」
AM11:29 都庁前
「こいつが最後だ!」
エイムズは地面に飛び降りると、サイ頭をワニ頭に突貫させた。 どしゅっ 激突した2鬼の精霊獣が煙となって消滅する。
「エイムズ!」
走り寄る西条にエイムズは立ち上がる。
「西条! 中は!?」
エイムズの前に着いた西条は息を切らしながら膝に手をつく。
「中に侵入したシーラムは全員・・・・あとはヘリポートのフリノ・ティンバー1人なんだが・・」
「わかった、俺が行く。 お前は負傷者を早く病院に!」
「無理だ、エレベーターも入り口も潰されてて、中からは行けない!」
「なっ、じゃあどうするんだ!?」
「ヘリを要請した、そいつが来るまでは・・・」
「くっ・・・!」
屋上を見上げるエイムズは、歯を食いしばって地面を蹴った。
「・・・おい、さっきの飛行機は何だったんだ?」
「ああ、多分・・」
AM11:33 都庁屋上ヘリポート
どしゅしゅっ! 青白い鞭が銀色の鎧を叩きつける。 フリノは接近できず、動きを止めて身を硬くした。
「くっ・・・!」
「今なら!」
美神は左手で耳から精霊石を外し、念を込めて投げつけた。 どかああああんっ
「やった!?」
粉塵が立ち込め、鎧の騎士の姿が確認できなかった。
「・・・・・」
美神は両手で神通棍を握り締めると、溢れんばかりの霊波を神通棍に込める。
「はああああっ!」
ばりばりっと放電するように霊気が収束される。 ぶわっ 粉塵を突き破ってフリノが飛び出してきた。
「ちょっ・・・まだ早い!」
がいんっ! 弾き飛ばされた神通棍がくるくると空に弾き飛ばされた。 がすっ 左腕の甲で殴り飛ばされた美神は倒れないよう足をざざっと擦りながらも、足のポケットからスペアの神通棍を取り出す。 じゃきんっ
「んの野郎・・・!」
神通棍が鞭状に曲がり、フリノに向かって飛んでいった。
「ぐううううっ・・・」
ヒカリは腹を押さえながら視界に美神とフリノを入れた。
「・・・・・くくっ!」
片膝を何とか立てたヒカリの瞳に、転がっている神通棍が映る。
「・・・・・剣を・・・!」
ずばっ! アリマトが光る鞭を切り飛ばした。
「げっ!?」
美神はヘリポートの角に追い詰められた。
「勝負あったな。」
フリノはアリマトの切っ先をを美神に向けてゆっくり近づいて来た。
「わざわざ殺されに来てくれて感謝するぜ?」
「ふん、調子こいてられるのも今のうちよ。」
「相変らず口の減らない女だ。」
「どうかしら・・・?」
フリノの向こうの端でヒカリが神通棍を手にしたのを確認した美神は、両手を正面にかざすと霊力を集中させた。
「無駄なことだ、そんなんじゃ、この鎧は破れない。」
「ぬううううっ!」
美神の手に白い球体が作り上げられ、それがじょじょに膨らんでいった。
「俺達の勝ちだ、美神令子!」
「行けえっ!」
切りかかろうとしたフリノに、美神は霊圧を飛ばした。 どんっ
「ぬあっ!?」
弾き飛ばされたフリノは、ヒカリに向かって飛んできた。 ヒカリは両手で神通棍を握り締めると、搾り出した霊力を注ぎ込んだ。
「ああああああっ!」
どすっ 銀色の背中に神通棍が根元まで突き刺さった。 弾き飛ばされた勢いの強さに、ヒカリは後に押されて仰向けに倒れこむ。 銀色の騎士はヒカリの上を通り越してヘリポートの外に投げ出された。
「しまった!」
起き上がろうと反転してヘリポートの淵に手をつくヒカリは手に力が入らず崩れ落ちた。 落下し始める前のフリノがヒカリの瞳に映った。 銀色の鎧の胸から突き出た神通棍は深緑色に日の光を弾いていた。
「あれ・・・・精霊石・・・」
どしゅうううううううっ!
「!?」
白い閃光が地上から伸び、フリノが光の中に吸い込まれた。 どこおおおおおおおおおおんっ・・・・・!
「わっ・・・」
後に転がるヒカリを、美神が押さえ込むようにして止めた。 震える都庁は多くの窓ガラスにひびを作り、ヒカリを押さえた美神はその振動が止むまで小さく固まっていた。
AM11:46 都庁前
「終わったわね。」
がしゃんっ タマモはグングニルを離すとしびれる両手をぷらぷら振った。
「あの爆発は精霊石・・・それもかなり大きなものみたいだが・・・」
「ふうん・・・」
「・・・・目は大丈夫かい?」
エイムズはふらつくタマモを後から支えた。
「ほっとけばそのうち治るわ。」
エイムズはすぐ近くに人がいないのを確認して小声でささやく。
「シロ君は・・・?」
「茨城で潰してきた。 しばらく動けないだろうから、明日にでもとどめ刺しに行くわ。」
「おいおい物騒な・・・・ま、何とか説得してみるよ。」
「・・・どうぞお好きに。」
「つらい仕事をさせたな、すまない。」
「別に。」
タマモは肩のエイムズの手を払った。 ばらばらばらばら・・・・ 見上げた上空にヘリが1機見えた。
「ようやく来たか。」
エイムズはやれやれとため息をついた。
「・・・・・あれ違うんじゃない?」
「え?」
AM11:49 都庁屋上ヘリポート
「オーライオーライ!」
美神はヘリポートの上に来たヘリに両手を振った。 扉が開き、縄梯子が下りてきた。
「じゃあ、ヒカリ。 私は行くから。」
縄梯子を掴んだ美神はヒカリを振り返った。
「これで行くんですか?」
「空港までよ、そこから飛行機。」
「西条さんに会わないんですか?」
「あれも忙しいでしょう、私も仕事放り出して来ちゃったから。 今度家でゆっくり話そうって言っといて。 それにママと顔会わせるのもうざったいしね。」
「・・・ありがとうございました。 来てくれて嬉しかったです。」
美神はにっと笑うと縄梯子に足をかけてヘリに手を振った。 ゆっくりと揺れながら上昇していくヘリに、ヒカリは額に手をかざして日をさえぎっりながら見上げた。
「ヒカリ――!」
美神は片手を口に当てて叫んだ。
「あんたいいGSになったわよ――――! 私が保証する――――!」
「・・・・・はい!」
ヒカリは右手を大きく振ると、ヘリが見えなくなるまで手を振り続けた。
2日後
7月31日 AM10:21 横島除霊事務所
『・・の調印式が終了したことにより、運航を見合わせていた各航空会社も再び運航を再開し始めました。 全国の空港で多くの利用者が溢れかえる一方で、アンケート調査によると、今だ不安を隠せない都内の住民は外出を控える傾向にあります。 また今回の調印式の終了で、日本政府はザンス王国との新たな関係を踏み出す第1歩であるとして、これからも協議の場を持ちたいと発表しました。 それでは次のニュースです、今日午前・・』
ぷつっ 西条はリモコンでTVを消した。
「何とか無事に終わったな・・・」
カップのお茶をすする西条は向かいのソファーに座ったヒカリとタマモに目をやる。
「・・・そうですね。」
「・・・そうね。」
TVから窓の外に目をそらす2人は、同じようにカップを口に運んだ。
「ふっ・・・」
「何です?」
「何よ?」
「ほんと姉妹みたいだな、きみ達は。」
「タマモお姉ちゃ―ん。」
「はいはい。」
横のタマモの首にじゃれ付くヒカリの頭を、タマモはぽんぽんと叩いた。 ソファーの後からお盆を持った愛子が顔を出した。
「何やってんのよ2人とも。」
「あ、お母さん。」
「誰がお母さんよ、私はそんな歳じゃないわ!」
「愛子ちゃん痛い痛い・・・」
「もう、婆さんでしょ・・・」
「ちょっとタマモちゃん・・・?」
「わっ、冗談冗談・・・!」
「はははははっ!」
頬をつねり合う3人を見て、西条は笑った。
「いいなあ、きみ達は。 ここにいるとほんとなごむ。」
西条はカップをテーブルに置いた。
「でも西条さん、ヒカリったら最近家でご飯食べないんですよ?」
「愛子ひゃん、ギブギブ・・・」
愛子はヒカリの後から頬を両側から引っ張った。
「へえ、何でだい?」
「まだ仕事の事後処理やら何やらで忙しいのよ。 向こうが食事を用意してくれるのに、食べないわけにいかないから。」
タマモが頭をかきながら横目にヒカリを見て答えた。
「きみ達も大変だな・・・」
「・・・まあね。」
「・・・・・シロ君のことだが・・・」
「?」
「・・・・・」
「・・・・・」
西条の言葉に愛子はヒカリを離した。
「病院に入れてから何も話してくれない・・・・食事もとらないし・・・」
「・・・そうですか。」
目線の下がるヒカリをタマモは横目に見ていた。
「命に別状はないんだが、このままだとGS免許に関わる。」
「今日、先生の所に寄ってみるつもりですから・・・」
「ああ、何とか話を聞いてみてやって欲しい。」
「それと西条さん、ピートさんは・・・?」
「・・・・今だ行方はわからない。 いったい彼に何があったのか・・・」
「・・・・元気出してください西条さん。」
「ありがとう。」
「なるべく早く終わって、美神さんの所に戻ってあげてください。」
「そのつもりだよ・・・・まったく、夫に挨拶ぐらいしていって欲しかったな。」
「美神さんらしいじゃないですか。」
「母親が母親だからな・・・」
「・・・・・」
「・・・きみは興味ないかもしれないが、先生もさっき意識を取り戻したって連絡が来たんだ。」
「私には関係ありませんよ。」
「ヒカリ!」
「愛子・・・!」
ヒカリの肩を小突く愛子をタマモが止めた。
「・・・・・先生をかばうわけじゃないが、きみのご両親が亡くなったのは先生のせいじゃない。」
「そういうのは関係ありません。」
ヒカリがソファーから立ち上がるのを西条は目で追った。
「嫌いなんですよ、ああいう人は。」
AM10:55 ザンス王国大使館
「はあっ・・・・」
キャラットはいすに座って大きくため息をついた。
「大丈夫ですか女王陛下?」
セリナはキャラットにティーカップを渡した。
「ありがとう、大丈夫ですよ。」
「無事に終わりましたね。」
「ええ、ですがまた多くの人が亡くなりました。 残念です。」
「・・・はい。」
キャラットは紅茶を口に含んだ。
「・・・今回のことでの功績を称えて、美神隊長と西条警部に勲章を贈ることにします。」
「わかりました。 明後日のパーティーで、ですね。」
セリナはキャラットからティーカップを受け取った。
「ふう・・・」
キャラットは背もたれにぐっと体を預けて瞳を閉じた。
「彼女には何をしてあげればいいでしょうか・・・」
「・・・・・」
セリナは左手で自分のお腹をそっと押さえた
PM00:43 千葉県某大学病院特別病棟302号室
「さすがだなヒカリ、やっぱり父親ゆずりの才能だな。」
「違うわよ、母親の才能を受け継いだからよね、ヒカリちゃん。」
「父親だろ?」
「い―え、母親よ。」
「何だと!?」
「何よ!?」
「いいかげんにしろよみっともない!」
雪之丞とかおりの間に入った涼介は2人を引き離す。
「相変らずの親子ね。」
「そうね。」
ヒカリとタマモに笑われているのに気付いた3人はごほんっと咳払いをする。
「あ―いや、すまない。 せっかく見舞いに来てくれたのにな・・・」
「おかまいなく。」
笑顔でこたえるヒカリに雪之丞も頬を緩めた。
「ごめんねヒカリちゃん。」
「いいんですよ。」
「いやあ、よくできた子だ。 こんな子が嫁に来てくれたら言うことないだろうなあ。」
「そうよねえ、私もヒカリちゃんなら嬉しいわ。」
横目に涼介を見る雪之丞とかおりに、涼介はたじろぐ。
「・・・何だよ。」
「別に。」
「別に―。」
「・・・・・」
ヒカリは黙ってその親子を見て笑っていたが、いすから腰を上げた。
「じゃあ、私そろそろ失礼します。」
「何だ、もう帰るのか?」
涼介は少しほてった顔をヒカリに向けた。
「ごめん、まだやることあるから。 おじさん、おばさん、あんまり喧嘩しないでくださいね。」
「わかったよ。 今日はわざわざありがとな。」
「また遊びに来てね。」
「・・・・・はい。」
笑顔でお辞儀をするヒカリはドアのノブに手をかけた。
「そこまで送るよ。」
ヒカリ、タマモに続いて涼介が病室を出た。 かちゃん・・・
「いい子ね、ほんとに・・・」
「ああ、いい子だな・・・」
PM00:51 千葉県某大学病院特別病棟1F入り口
「じゃあ伊達君、明後日に。」
「・・・ありがとな、来てくれて。」
「気にしない気にしない。」
「親達もさ、お前のこと・・・気に入ってるみたいだから、な・・・・ちょくちょく来てやってくれ。」
「・・・・・うん。」
ヒカリが駐車場に向かって行くのを見送る涼介の横を、タマモ笑ってが通り過ぎる。
「素直に好きだあって言えばいいのに。」
「うるせえ・・・」
PM01:03 都庁前
「西条!」
立ち入り禁止のロープで囲まれた都庁の入り口前にいる西条は、警官に指示を出しながら話をしていた。
「西条!」
歩み寄るエイムズに気付いた西条は振り向き、エイムズに向かって来た。
「おう。」
「どうだ?」
「倒壊する危険性はない。 ガス漏れや電気系統による爆発の心配ももう大丈夫だ。」
「完全復旧には結構かかりそうだな。」
「まあな。」
2人は並んで都庁を見上た。
「西条・・・・・何とか終わったな。」
「まだ面倒事はあるが、事務処理で死人は出ないからな。」
「そうだな・・・・誰も死なないって、いいよな。」
「ああ、それが1番いい・・・」
PM02:24 白井総合病院5F診察室
「どう調子は?」
「大丈夫です。」
小鳩はヒカリの脈から手を離していすを反転させ、カルテにペンを走らせる。
「とりあえず今日も点滴してもらうわ、いいわね?」
「は―い。」
「軽いわねえ、あなたは。」
「そんなことないですよ、何も食べれなくてひもじいです。」
「無茶言わないの。」
再びヒカリの方にいすを回した小鳩は、ヒカリの横に引き伸ばされた口につられて頬を緩めた。
「それから、GSは休業。 わかってるわね?」
「は――い。」
「その返事はわかってないわね・・・」
PM02:51 白井総合病院708号室(個室)
かちゃっ・・・
「先生・・・?」
「アタシは外にいるから・・・」
タマモがヒカリと入れ替わりに廊下に出た。 ぱたん・・・
窓際にあるベットに座っているシロは、日差しが差し込む窓の外に目をやっていた。
「先生。」
ヒカリは閉めたドアの前に立ったままで口を動かした。
「・・・・私がGSになるって言った時、先生喜んでくれましたよね。 私にGSのイロハを教えてくれて、先生のおかげで、私はGSになることができました。 ・・・・先生は自分の修行の時間を割いて、1年間、私の為に・・・・本当に感謝しています。」
「・・・・・」
シロは外に目をやったまま動かなかった。
「私は・・・・・何でGSになったか・・・本当のところ自分でもよくわかっていないんです。 大好きだったフルートを辞めてまで・・・」
「・・・・・」
「でも、今はそんなことはどうでもいいと思ってます。 今はただGSとして、それで生活して、それでいいと思ってます。 変ですかね・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
開いている窓から風が流れ込み、白く光るレースが揺れた。
「・・・・先生、タマモのこと、怒らないでやってください。」
「・・・・・」
「・・・・・・・また来ます。」
「・・・・・」
ヒカリはシロに軽く頭を下げて病室を出た。 がんっ シロは拳でベットの端を殴り潰した。
PM09:22 横島除霊事務所
プルルルル、プルルルル、プルル・・
「はい、横島除霊事務所。 ・・・・はい? はい、おります。 少々お待ちください。」
愛子は電話の保留ボタンを押して受話器を置く。
「社長、電話ですよ。」
「ん―?」
ソファーに寝転がっていたヒカリはお腹に乗っていた狐のタマモを下ろして立ち上がる。
「誰?」
「わかんないけど、男の人よ。」
「・・・・・」
「?」
愛子から電話の子機を受け取ったヒカリは窓のほうに歩いて行って保留を解除した。 ぴっ
「はい、横島ヒカリですが?」
「ねえねえ、誰かな?」
「はあ? さあね―・・・」
床に転がり落ちていたタマモは人型に戻って立ち上がり、大きなあくびを1つした。
「ひょっとして誰か好きな人でもできたのかなあっ!? ねえねえねえねえっ!」
「あうあうあうあうっ・・・」
タマモの首を掴んでがくがくゆする愛子は、窓の外を見ながら受話器に話すヒカリの背中を見ていた。
「・・・・うん、わかった。 じゃあ。」
ぴっ
「ふうっ・・・」
ヒカリは受話器を下ろして電話の親機に向かって歩くと子機を置いた。
「ねえヒカリ! 誰、今の誰!? 彼氏!? 恋人!? 愛人!?」
「はあ?」
タマモを放り投げてヒカリに跳びついた愛子は顔をアップに近づける。
「別にそういうんじゃ・・」
「じゃあ何、今の電話は何!?」
「う―――ん・・・・デートに誘われた・・・・」
「デートおおお!?」
「・・・・・うん。」
「で、行くのね、やるのね、OKしたのね!?」
「・・・・・まあ・・・」
「きゃ――っ! ついに、ついにこの事務所に春が来たわ―――!」
飛び上がって喜ぶ愛子の向こうのタマモと目が会った。
「・・・・・」
「・・・・・」
首をさすりながらソファーに座ったタマモはすっと窓の外に視線をずらした。 ヒカリもそれにつられるように窓に瞳をを向けた。
PM10:12 リバーサイドビル屋上
ヒカリとタマモは並んで柵にもてれていた。 町の光を瞳に映しながら、わずかな生ぬるい風に髪をなびかせていた。
「・・・・デートねえ・・・」
「何よ・・・」
「別に・・・で、行くのデート?」
「・・・・うん。」
「それはプロとして、どうかしら?」
「・・・・・」
「あんたらしくないわよ、ヒカリ。」
「・・・そうね、私もそう思う。」
「・・・・・」
「でも行きたいの、自分でも何でかわからないけど・・・」
「・・・・・あんたが会いたいのはその男? それとももう1本のアリマト?」
「・・・・・わからない。」
「惚れたの?」
「・・・どうかな?」
「ふうっ・・・」
タマモは大きく肩を落すとヒカリに顔を向けた。
「いいわ、できる範囲で協力する。」
「さすが相棒、わかってる―。」
ヒカリが差し出した右手を、タマモはパシッと握った。
「世話の焼ける妹ね、あんたは。」
「よろしくね、タマモお姉ちゃん。」
笑いあう2人は屋上の入り口に向かって歩くが、タマモはヒカリの左腕に巻かれたバンダナの端から見える黒い肌を見た。