GS美神 ひかり
最終話 契約
PM10:21 神奈川県川崎市慰霊公園
塩の香りが届く霊園を、ヒカリは歩いていた。
「・・・・・」
丸太を埋め込まれた階段を上り、レンガを敷き詰めた広場に出る。
「!」
噴水の脇に座っている人影が視界に入り、そのまま真っ直ぐ歩いた。
四方を街灯に囲まれた広場はそれなりに広く、その中心に噴水があり、その中に慰霊碑があった。 ヒカリに気付いた人影が立ち上がった。 5メートルほどの間を置いて、ヒカリは足を止めた。 テノマールの青い瞳が光を受けて見える。 マスクはつけておらず、腰にアリマトが携えられていた。
「・・・・よお、生きてたか。」
「おかげさまでね。」
「・・・まだ動けるか?」
「それを折る程度にはね。」
「ふっ・・・そうか。」
テノマールはヒカリの瞳を見返してきた。
「決まったの? どうするか・・・」
「ああ、これが答えだ。」
テノマールはアリマトをすっと鞘から抜いた。
「俺と戦え、ヒカリ・横島。」
「・・・・・あなたは日本を見て回ったって、そう言ったわよね。」
「ああ。」
「違うやり方を探すって、そう言わなかった?」
「言ったさ。」
「私の母さんの名前まで持ち出して、結局最後に出した答えはそれなの・・・!?」
「・・・・そうだ。」
「・・・・・わかった。」
ヒカリは八房に手をかける。
「少しだけ・・・期待していたわ・・・・・」
「・・・・何にだ・・・?」
「あなたという人間に。」
「・・・ご期待に沿えなくてすまないな。」
「別に・・・・私の仕事はアリマトの破壊・・・それだけよ。」
「いさぎよいな、そういうところは好きだな。」
アリマトをかまえたテノマールに、ヒカリも腰を低くして睨む。
「・・・・・」
「・・・・・」
「!」
「!」
どちらとも無く同時に互いに向かって走り出す。 ヒカリは八房を鞘から抜き放ちながらテノマールに切り込んだ。
PM10:31 横島除霊事務所
がちゃんっ
「あっちゃあ―・・・」
愛子は床に飛び散ったカップの破片をつまみ上げる。
「これヒカリのお気に入りだったのに・・・怒るかなあ・・・・やっぱり・・・」
拾い上げている破片の1つが光を反射し、一瞬ヒカリの顔が見える。
「・・・ヒカリ・・・・?」
PM10:34 都内ロイヤルプリンスホテル23Fパーティー会場
かちゃんっ
「あっつ・・・すいません。」
「あ、いいですから・・・」
ボーイから別のグラスを手渡され、ドレス姿のヒカリはため息をついた。
「どうしたんだい? ヒカリちゃん。」
「おじさん・・・何でもないです。」
窓の外に目をやると、窓ガラスに映ったヒカリの姿が見える。 その姿が揺らぎ、一瞬霊波刀を持ったヒカリの姿が見えた。
「! ・・・・ヒカリ・・・」
PM10:39 神奈川県川崎市慰霊公園
「だあああっ!」
「かああああっ!」
ぎゃりいいいんんっ! 鍔元から切っ先までが火花を散らしながら互いの剣を削りあった。 振り切った剣が再び相手を襲う。 がんっ!
「つっ・・・!」
弾かれた勢いで後によろめくヒカリに、テノマールはアリマトを突き込む。 ざしゅっ
「!」
「何!?」
ヒカリは左腕を胸の前に持ってきた。 アリマトがヒカリの左腕に突き刺さり突き出る。 見開かれたテノマールの瞳を見つめながら、ヒカリは八房を振り下ろす。
「くっ・・・」
びゅっ テノマールは右手でアリマトを持ったまま横に体をひねり、八房は空を切って振り下ろされた。
「ふっ!」
そのまま飛び上がったテノマールはヒカリの胸に蹴りを入れ、その反動でアリマトをヒカリの左腕から引き抜いた。 ずしゅっ
「ちっ。」
後によろけるヒカリは体勢を立て直し、テノマールは距離をとって着地した。
「はあっ、はあっ・・・」
「お前・・・痛みを感じてないのか・・・?」
「はっ・・・・おかげでもう動きそうにないわ。」
ヒカリは左腕をだらけたまま右手の八房をかまえる。
「・・・・・」
テノマールもアリマトをかまえ直した。
「ああああっ!」
走り込んでくるヒカリに、テノマールはアリマトで上から振り下ろされる八房を防ぐ。 かんっ!
「!?」
「くそっ!」
力が入らない・・・
「おおおっ!」
アリマトを振り回すテノマールに、ヒカリは八房を横にしてそれを受けながら後退する。 きん、がん、ぎゃりいいんっ! 大きく後に弾かれたヒカリの右腕に、ヒカリの体ががら空きになる。
「づっ・・」
「もらった!」
「精霊石っ!」
どかああんっ! ヒカリの首から下げられていた精霊石が弾ける。
「ぐっ・・」
「くあっ・・」
近距離の爆発にヒカリとテノマールは吹き飛ばされた。 ずしゃあああっ・・・ テノマールは転がった。 どっ、ばしゃあんっ・・・ ヒカリは噴水の中の記念碑に背中を打ち付けて水の中に倒れこんだ。 右手から八房が放れ、水の中に落ちる。
「・・・・ぐっ・・・!」
ヒカリは記念碑に背中を這わせるようにして何とか立ち上がる。 かすむ目と、膝下まで届く水面に八房は見当たらなかった。 頭からずぶ濡れのヒカリは顔を上げる。
「はあっ・・・はあっ・・・・」
正面にアリマトを持って立ち上がり、ゆっくり歩いてくるテノマールがいた。
「はあっ・・・・はあっ・・・・・」
ヒカリは右手を胸のポケットに伸ばして破魔札を取り出す。 テノマールは噴水の端まで来た。 ヒカリは背中を記念碑から離した。
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・・」
テノマールは噴水の中に足を入れ、そのままヒカリに近づく。 頭から血を流していた。
「はあっ・・・・はあっ・・・・はあっ・・・・はあっ・・・・」
1歩踏み出せば剣の届く距離まで来て、テノマールは足を止めた。
「・・・・最後に1ついいか・・・?」
「・・・何よ?」
青い瞳に吸い込まれるように、ヒカリはそれを見つめていた。
「・・・・なんで1人で来た・・・?」
「ふふっ・・・・あなたが呼び出したんじゃない・・・」
「・・・教えてくれ・・・」
「1人で来たかったから・・・・・それじゃ駄目・・・?」
「・・・・十分だ。」
ばしゃっ 互いの左足が1歩下がり、ヒカリとテノマールは右手を振り被った。 ヒカリの右手で破魔札が霊波刀に書き込まれ、青白い光を放って振り下ろされ、テノマールの右手のアリマトが、街灯の光を反射して振り下ろされた。 ヒカリはテノマールの青い瞳をずっと見つめていた。 ばぎゃっ・・・!
「!」
アリマトの刀身が折れ、飛んでいった。 右手に鈍い手ごたえを感じていたヒカリの剣は消え、肩から胸にかけて体に赤い線の走ったテノマールは水の中に倒れこんだ。 ばしゃんっ・・・
「・・・・・・」
ヒカリはあお向けに沈んでいるテノマールを見つめていた。
「・・・・・ !」
ヒカリはかがんでテノマールを水の中から抱き起こした。
「ちょっと・・・!」
「こっ・・・がはっ・・・!」
口から血を吐くテノマールの瞳は閉じられていた。
「あなたこそ答えて! 何で他の方法考えなかったのよ!? 何でこういうことしか思いつかなかったのよ・・・!?」
瞳を開いたテノマールは、青い瞳をヒカリに向けた。
「か・・・がえたさ・・・」
「じゃあ・・・何でよ?」
ヒカリは右手で支えるテノマールを揺すった。
「・・・願掛けをしたんだ・・・・・精霊に認められるように・・・」
「・・・・・」
「あんたに勝ったら・・・ア、アリマトが・・・・精霊が俺を認めてくれたんだと思って・・・・っく・・・国に帰って・・・・頑張ってみるつもりだった・・・」
「・・・・私に・・・勝ったら・・・?」
「でなきゃ・・ぐっ、がはっ・・・・死んだ仲間に・・・・謝れないだろう・・・」
「そういうのって・・・・」
「そうだ・・・・俺の勝手さ・・・」
ヒカリはテノマールの体のを自分の体にもたれさせ、右手を傷口に当てた。
「・・・・駄目、もうヒーリングも出来ない・・・」
「・・・・よせ・・・」
テノマールは折れたアリマトを持ったままの右手でヒカリの手を払った。 ヒカリの瞳にアリマトが映る。
「・・・・教えて・・・アリマトって何なの?」
「・・・・・」
「精霊がこんなことをしろって言ったの・・・・?」
「・・・・手・・・貸せ・・・」
ヒカリは右手を出す。
「違っ・・・左を貸せ・・・!」
「・・・・」
テノマールはヒカリの左手を掴んでアリマトを重ねた。
「ア・・マトよ、がはっ・・・次の器だ・・・」
「・・・何?」
かすかな光がアリマトから溢れ出し、それが消える。
「なっ・・・!?」
ヒカリの左腕に手の甲からひじにかけて光が走った。 光が走りながらヒカリの腕に細かい文字を1列に書き込んでいった。
「これ・・・・ちょっと・・・!」
光が止んだ。
「・・・・・」
ヒカリは動かない左腕に刻まれた曲がりくねった文字を見つめていた。 ばしゃん・・・
「!」
ヒカリの左手に重ねられていたテノマールの手が水面を叩く。
「あなた何したの!? 今のは何なの!?」
ヒカリは右手で大きくテノマールの体を揺するが、それは動くことなく、支えきれずに水の中に落ちた。
『・・・・我はアリマト・・・』
「・・・・何・・・?」
ヒカリは耳を押さえる。
『・・・我は精霊の意思により、精霊の作りし都を蝕む全てを切り裂く・・・』
「誰よあなたは!?」
ヒカリは立ち上がって周りを見渡す。
『・・・・我は汝の力となりて、汝と共に敵を討つ・・・』
「ふざけないで! 私はあなたを許さない! あなたみたいなのはこの世から消してやる!」
『・・・汝は我が器となり、我と共に精霊を守る・・・』
ヒカリは自分の左腕の文字がわずかに光っているのを見た。
「・・・・私の中に入ったの・・・?」
ヒカリは右手で左腕を掴み上げる。
「! ・・・感覚が戻ってくる・・・・何で・・・・・!?」
『・・・汝は我が器・・・・我と共に、永久に精霊を守り・・』
「うわああああああっ!」
どかっ ヒカリは右腕で左腕を殴った。 感覚の無くなった左腕はぶらんと跳ねる。
「・・・!」
ヒカリはかがんでテノマールの胸倉を掴むとがくがく揺さぶった。
「出して! 今すぐこいつを出してよ! 私はこんなもの無くたって生きられる!」
閉じられた青い瞳が開かれること無く、ヒカリはテノマールを放すと左腕を掴んで空に突き上げた。
「出て行け! 私はお前なんか嫌いだ!」
『・・・汝は我と等しくなりて・・』
「言うなああああっ!」
ヒカリは中央の記念碑までばしゃばしゃ駆け寄ると、左腕をそれに叩きつけた。 ばきっ へし曲がる左腕にかまわす、ヒカリは何度も何度も叩きつけた。
「・・・出て行け、出て行けっ!」
涙で視界がぼやけても、赤く染まり続ける石に向かって左腕を叩きつける。
『・・・汝は我と・・』
「出て行け――――――――っ!」
ばきっ!
PM11:37 神奈川県川崎市慰霊公園
霊園を駆け抜けたタマモは草の生えた丸太の階段を駆け上がった。
「はあ、はあっ・・・・ヒカリ――!」
タマモは人影のない広場を見渡し、噴水の中の影を見つける。
「!? ヒカリ!」
浅い水面に浮かぶ男と、記念碑に寄りかかるように倒れているヒカリが目に入る。 ばしゃっ タマモはヒカリを抱き起こした。
「ヒカリ!」
街灯に照らし出されたヒカリの顔は真っ白で、冷たい体が肌で感じられた。
「・・・ヒカリ・・・・しっかりしなさいヒカリ!」
タマモは抱えたヒカリを揺すったが、ヒカリは動かなかった。
「・・・・ヒカリ・・・」
熱くなった目頭から、タマモは溢れてくる涙を流し続けた。
「!?」
全身の毛が逆立ち、背筋にぞっとするものが走って、タマモはヒカリを抱きかかえたまま後を振り向いた。
「・・・・・!」
息を飲み込む。 黒いローブを全身にまとった人影が、すべるようにゆっくりとタマモに近づいてきた。 街灯に照らし出された顔はどくろそのもので、大きな鎌を持つ腕もまた骨だった。
「・・・・死神・・・」
震える体でぐっとヒカリを抱きしめたタマモは、水中で光る物に手を伸ばした。 ばしゃっ つかみ出された八房の切っ先が黒いそれに向けられる。
「・・・・・ヒカリは渡さないわ・・・!」
八房がかたかた震えた。 噴水の脇まで来たそれは、そこで止まって向きをテノマールに向けた。
「・・・私が用があるのはこいつだ・・・」
「・・・・・」
水面をすべるそれは、テノマールの前で止まり、鎌を振り下ろした。 ちっ 何かが切れた音がタマモの耳に入った。 ほっと息をつくタマモに、それは振り返った。
「!?」
下がりかけた切っ先が再びそれに向いた。
「・・・・・」
ヒカリを隠すようにタマモは体を前に出す。
「・・・・その娘の母親から伝言を預かっている・・・」
「・・・・・伝言・・・おキヌちゃんから・・・?」
5日後
8月7日 AM10:25 成田空港(ロビー)
「じゃあ、ヒカリちゃん。 落ち着いたらまた連絡する。」
「おじさんも、ちゃんと食べるものは食べてね。」
「ははっ、わかってるわかってる。」
「エイムズ、女王陛下が搭乗なさるわよ。」
「おう。 ヒカリちゃん、タマモ君、元気で。」
「はい。」
「今度は土産ぐらい持って来なさいよ。」
セリナに急かされたエイムズは、何度も振り返って手を振りながら人ごみに姿を消した。
「ふう・・・」
ヒカリとタマモとセリナは揃って息を吐いた。
「・・・終わった・・・」
「・・・疲れた・・・」
「何とか誤魔化せました・・・」
3人は再びはあっと息を吐く。
「・・・何にせよ、あなたの傷が治ってほっとしました。」
「え―、ま―・・・」
「・・・・・まだお疲れなのですね、ゆっくり休んでください。」
「・・・・そ―します。」
ヒカリはベンチにぐっともたれかかって座り、瞳を閉じた。
「じゃあ、アタシが送ってくるから。」
「ヒカリさん、本当にありがとうございました。」
ヒカリをその場に残し、タマモとセリナは搭乗口に向かって歩き出した。
「本当に不思議です。」
「そお?」
「なぜヒカリさんの傷が治ったのでしょうか?」
「さあね。」
「・・・何か、ヒカリさんは特別なのでしょうか・・・?」
「どうかしら?」
「・・・・・」
「・・・精霊が考え方を変えたんじゃないの?」
「考え方を・・・?」
「アリマトで切られるものは精霊の敵とみなされ、やがて死ぬ。 だからヒカリは精霊獣が使えなかった。」
「・・・・・」
「でももし精霊の考え方が変わったのなら、アリマトの効果が無くなる・・・・そう考えてもいいんじゃない?」
「・・・・精霊が、私達の生き方を認めてくれたということですか・・・?」
「さあ、そこまでは。」
タマモが足を止め、セリナも足を止めた。
「精霊がどう考えようと、あんた達はいいと思うようにやるしかないでしょ。」
「・・・そうですね。」
「ま、頑張んなさい。」
「・・・はい。」
セリナの肩をぽんと叩くタマモに、セリナは笑顔を返した。
「タマモさん、本当に・・」
「ストップ、その先はアタシに言う必要ないわ。」
「・・・ヒカリさんに、よろしく伝えてください。」
「わかった。」
「では、失礼します。」
セリナはタマモに頭を下げ、ゲートを通って見えなくなった。
「ふうっ。」
タマモは反転してヒカリの所に戻った。
「・・・・・まったくこいつは。」
ベンチに寝ているヒカリに、タマモは手を伸ばそうとするが、それを引っ込める。
「・・・・・」
タマモはヒカリの横に座り、瞳を閉じた。 互いにもたれかかるようにして、ヒカリとタマモは行き交う人々の中で座っていた。
PM01:44 白井総合病院5F診察室
「いいの? 本当のことセリナ大使に言わなくても。」
「いいのよ、めんどくさいし。 ヒカリのやったことは結果として成功したけど、プロとしては選択ミスだしね。」
小鳩はベットに腰を下ろしているタマモにコーヒーを渡した。
「でもよかったわ、ヒカリちゃんの体が治って。」
「・・・・本人は不本意らしいんだけどね。」
「気持ちはわからないでもないけど、あなただってあのままでいいとは思わないでしょう?」
ずずっ タマモはコーヒーをすする。
同時刻 白井総合病院屋上
「・・・つまりこういうことか? 器にしていた剣が壊れたアリマトが、自らが消滅するのを避けるためにお主の左腕に入った、と・・・・?」
「う―――ん、まあ、そんなところです。」
柵にもたれているヒカリとシロは、なまぬるい風に当りながら遠くに目をやっていた。
「そして必然的に器となったお主の体調を維持するため、アリマト自身がつけた傷を治した、とこういうことか?」
「私の想像なんですけどね・・・」
「むう――――・・・」
シロは柵を背にしてもたれ、空を仰いだ。
「複雑というか微妙というか・・・・・お主はそれが嫌なのか?」
「・・・嫌ですね。」
ヒカリは町に目をやったまま笑った。
「まあ、そうだろうな。」
「でもまあ、今更どうしようもありませんし、左手を切り落としても生えてくるかもしれませんしね。」
「そんなに強いのか?」
シロは手の甲からひじにかけて包帯が巻かれているヒカリの左腕に目をやる。
「さあ、でも片手になったらバイクに乗れなくなっちゃいますからやめときます。」
「はっ、お主らしい。 問題はそこでござるか?」
「重大問題ですよ。」
「はははっ・・・」
シロは笑ってヒカリの方に体を向けた。
「すまなかったな、何もしてやれんで。」
「そんなことないですよ、来てくれて嬉しかったです。」
「泣かせる事を。」
「でもこのことしゃべったら、先生とでも戦いますよ?」
「ふっ、望むところでござる。」
シロがヒカリの背中をぱんっと叩いた。
「いいGSになったな、ヒカリ。 タマモの言うとおりだ。」
「タマモとはどうですか?」
「ん、別に今までどおりだ心配するな。 ま、次回は拙者が勝つでござるがな。」
「死なない程度にお願いします。」
ヒカリはあふっと大きなあくびをした。
「そういえばヒカリ、おキヌ殿からの伝言とやらは何だったんだ?」
「はあ・・・? ああ、母さんの・・・ ふああああっ、ああ・・・夏だからってクーラーを効かした部屋でお腹出して寝るな、だそうです。」
「は? ・・・・・くくくっ、はっははははは・・・!」
「母さんらしいと言えばらしいですけど・・・」
「いや実にらしい! そうかそうかあっはっはっはっ!」
PM03:17 オカルトGメン日本支部
「では、ピート君とシロ君のGS免許はやはり取り消しなんですか!?」
デスクを叩く西条は、いすに座る美智恵にデスク越しに迫った。
「仕方ないわ、1つ間違えればさらに多くの犠牲が出る可能性があったのよ。 それを放棄し、説明も出来ないようでは当然の結果よ。」
「しかしそれにしたって・・・!」
「あなたの意見を求めてるわけじゃないのよ西条君。」
「彼らは人命を誰よりも考えて行動するGSです! 僕は認めませんよ!?」
「彼らの事情がどうあれ、失態は失態よ。 それに対する示しはつけなければならないわ。」
「・・・・間違ってます、そんなの・・・!」
「もういいわ、桐原さん。」
「は、はい!」
「日本GS協会からの犬塚シロに対する通知よ。 これを届けてきなさい。」
「え、でも・・・」
「これは命令です。」
「・・・はい。」
桐原は通知書を受け取ろうと手を伸ばした。 ばしっ
「あっ・・・」
「!?」
通知書が宙を舞って床に落ちた。
「どういうつもり西条君?」
「西条さん・・・」
西条は振り上げた手を下ろし、美智恵を見据えた。
「僕はあなたの言いなりにはならない・・・・絶対に2人の資格は剥奪させませんよ!」
「・・・・好きにしなさい。」
西条はくるっと背を向け、ドアに向かって歩いた。
PM04:10 東京都町田市内(一般道)
きききっ ヒカリは車道の端にAX−1を止め、ヘルメットをとる。
「マリア!」
ヒカリは歩道に入ってマリアとカオスに駆け寄った。
「マリア! カオスさん、マリア治ったんだ!?」
ヒカリはマリアに飛びつく。
「おお、ヒカリちょうどよかった。 今お主の家に行くところじゃったんじゃ。」
「ミス・ヒカリ、体は大丈夫ですか?」
「うん、私は大丈夫。 でもよかったあ、マリア治って。」
「マリアがどうしても会いに行くと言ってのう、お、タマモはどうした?」
ヒカリの背中でナップサックがごそごそ揺れる。
「わっ、ちょっ、タマモ、先生!?」
ナップサックの口から狐と狼が顔を除かせる。
「うぉん、わんわんっ!」
「こんっ!」
「何じゃそこにおったか。」
「カオスさん、マリアも家に寄ってってください。」
「すまんのう、じゃがこれからバイトなんじゃ。 おっと、もうこんな時間か。 また今度寄らせてもらうわい。」
「すみません、ミス・ヒカリ。」
「いいのいいの、じゃあ頑張ってくださいね。」
「うむ、じゃあな。 急ぐぞマリア!」
「イエス、ドクター・カオス!」
マリアはカオスを担ぎ上げると、がしゃがしゃ走り出した。
「ば、馬鹿マリア! もっと丁寧に運ばんか!」
「イエス!」
PM09:43 横島除霊事務所
「・・・・・」
通知書を手にしているシロの向かい側に、西条は座っていた。
「すまない、力になれなくて。」
「西条さん、どうしても無理なんですか・・・?」
愛子がシロの後からたずねた。
「・・・シロ君、僕の力では限界がある。 きみがなぜ調印式に来れなかったのかをきみ自身が証言しなければ、それが撤回されることはないだろう。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
静かに通知書に目を落すシロを、ヒカリとタマモは黙って見つめていた。
「・・・・シロ君、話してくれないか? きみが資格を失うようなことにはしたくないんだ。」
ぱたんっ シロは閉じた通知書をテーブルに置いた。
「西条殿、お心遣い感謝する。 だが拙者はただ寝過ごしただけでござる。 んで、ついうっかりトラックにひかれて・・」
「冗談言ってる場合か! GSでなくなるんだぞ!?」
立ち上がる西条に、シロは笑った。
「拙者、少々のんびりしたかった。 ちょうどいい機会でござるよ。」
「・・・・まったく、きみって奴は・・・」
西条はどっとソファーに腰を下ろした。
「何だかもう僕もどうでもよくなってきた、いっそ休暇でもとるか・・・・」
「いいんじゃないですか?」
「働きすぎると過労死するわよ。」
「白髪も増えるかも・・・」
「このさいICPOなんてやめたらどうです?」
「は―――っ・・・ここにいるとほんとにそんな気になってくるよ。」
笑う西条につられ、部屋に笑い声が響いた。
8月8日 AM09:36 リバーサイドビル正面玄関
「じゃあな、ヒカリ。」
リュックを背負い、八房を担いだシロは黒いキャップをかぶった。
「里に帰るんですよね?」
「ああ、しばらくはのんびりして、その後のことはまだわからんでござるがな。」
「よかったら、家で雇いますよ?」
「ふっ、遠慮させてもらうでござるよ。 狐と組むなんてごめんだからな。」
シロはにやついてタマモに目をやる。
「はっ、あんたなんて足手まといよ。」
タマモは腕組みをして笑い返す。
「ははっ、違いない。 では拙者はこれで、元気でなヒカリ。」
「はい。」
両腕で刀を担ぐシロの後姿を、ヒカリとタマモは見送った。
AM11:51 神奈川県川崎市慰霊公園
慰霊碑のある噴水の前に、ヒカリはかがんでそっと花束を置いた。 瞳を閉じ、静かに手を合わせる。 そんなヒカリの背中を見ていたタマモは、ヒカリが立ち上がるまでずっと黙っていた。
「ふうっ・・・・じゃ、帰りますか。」
立ち上がって伸びをするヒカリの左腕には、まだ包帯が巻かれたままだった。
「ねえ、結局何て書いてあるの、その腕の文字は・・・?」
「知らな―い。」
ヒカリは頭の後で腕を組み、背中をそり返して空を見上げる。
「何が書いてあっても、私の生活は変わんないわよ。」
「ふっ。」
タマモは右手を腰について笑った。
ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリ・・
「!」
タマモは携帯の液晶に刻まれた文字に目を見開く。 ピッ
「はいもしもし・・・・・・ええ、いるわよ? あんた自分が首になってるの知ってる・・・・・? ・・・・・あ―、わかったわかった。 ヒカリ!」
「何?」
振り返ったヒカリにタマモは携帯を投げる。
「ピートからラブコール。」
「・・・・」
携帯をキャッチしたヒカリは再びタマモに背を向けて耳にあてる。
「・・・ヒカリです。」
「お久しぶり、ヒカリさん。」
「・・・・ピートさん・・・何やってるんですかもう!?」
「ごめんごめん、きみは大丈夫そうなんで安心したよ。」
「ほんとは全然大丈夫じゃないんですよ?」
「声を聞けばわかるよ、元気だって。 それよりすいません、大事な時に行けなくて。」
「いいですよ、それよりいいんですか? このままだと首のうえ免停ですよ。」
「やっぱりそうなってますか・・・・でもしかたありませんよ、それに僕はもう、ICPOには戻らないつもりです。」
「! ・・・・・」
ヒカリの口元が緩んだ。
「ピートさん、そこにいるんでしょ? エミさん。」
「えっ!? ・・・そのっ・・・・・はい。」
「ふふっ、もう放しちゃ駄目ですよ?」
「それはもちろん・・・・! あのっ、ヒカリさん僕は・・」
「エミさんによろしく伝えてくださいね。」
「僕はあなたの・・・! あなたのこと・・・・」
「・・・・・じゃあね、ピートお兄ちゃん。」
「ヒカ・・」
ピッ ヒカリは振り向かずタマモに携帯を投げ返した。
「・・・・・」
タマモはうつむいているヒカリを黙って見つめていた。
「・・・・・」
ヒカリはおもむろにあお向けに倒れた。 縛った髪が投げ出される。 その瞳には青い空に漂う切れ切れの雲と、大きく盛り上がった入道雲が映った。
「・・・・・」
どさっ
「?」
首を横に傾けると、タマモも頭を逆にして寝っ転がっていた。
「ふわああああっ・・・・」
あくびをしたタマモが瞳を閉じ、ヒカリもまた瞳を閉じた。 焼けたレンガ敷きの地面が熱かった。
「・・・・・ねえ、タマモ・・・」
「・・・何?」
「今日の仕事、キャンセルしちゃおっか・・・・」
「・・・・賛成。」
焼き付ける日差しの中、ヒカリとタマモは静かに胸を上下させながら、互いに呼吸を合わせるように寝息を立てていた。
ピリリリリ
ピリリリリ
ピリリリリ
ピリリリリ
「うわっ、苦情の電話が来たって怒ってるわよ愛子。」
「え―、まだ眠い・・・」
「何々、今日中に終わらせないと違約金が500万よ・・・だって。」
「高い・・・・しょうがない、行きますか。」
「GSも楽じゃないわね。」
「依頼が来てこそのGSよ。 ほら、行くわよタマモ。」
「はいはい。」
fin.