GS美神 ひかり

第三話 対峙


PM09:20 名古屋市北区  

「避難状況は?」  
「こちらへ。」  
パトカーの上に広げられた地図には、一部血がべっとりとついていた。   
「北側と西側はこの庄内川を最終ラインとしていまして、ここまでの避難は完了しています。」  
「よし、みなさんはそこまで後退してください。 あとはICPOが引き継ぎます。 あなたも早く病院に行ったほうがいい。」  
「お願いします。 やつら、精霊石銃を持っています、お気をつけて。」  
痛々しい・・・ いったいどれだけの犠牲者が出たのだろうか・・・ ピートは警官たちが去っていくのを背にし、上着を脱いでネクタイを外した。 拳銃の弾を確認すると、一度深呼吸をした。 いくぞ・・・! ピートは霊気をたどって走り出した。

PM09:26 名古屋市千種区  

タマモは、テナントビル1階のレストランに身を潜めながらあたりをうかがっていた。 この付近には2人しかいなかったはず。 残りは1人・・・ タマモは右手の傷をべろっとなめた。 連中の銃は単発だった・・そいつをかわしてなんとか生きたまま捕獲したいわ ね・・・ 鉄やゴムが燃えた臭いが鼻にさわる。 タマモはそっと階段に移動し屋上に出た。 バンっ!   
「!?」  
反射的に体を低くする。 どばうっ! 爆風に跳ばされ転がりながらも2回転して体勢を立て直した。 あそこね・・・! 道路を挟んで反対側の、こちらより2、3階ほどたかいビルの屋上で弾を込めなおしているのが見える。 フェンスに向かって走り出すと同時に幻術で分身を作り出す。 バンっ! 早い・・!? 閃光が分身の1つを貫いていく。  どがっ! 爆風が届く前に思い切り飛び上がり、一気に反対側のビルに飛び移った。 
「こいつ・・・!?」  
男の指輪が光を放ち、サイの頭をした精霊獣が飛び掛ってきた。  

PM09:31 名古屋駅ツインタワービル上空  

2体の精霊獣と戦いながら、エイムズはその相手が剣を所持していないのを確認した。  
「ピート君! そっちの状況は!?」  
エイムズはインカムに向かって怒鳴なりながらも、鳥の頭をした精霊獣が背後に回りこむのを見逃さなかった。 
「・・・はい? ・・何ですか!?」  
がんがんっ! 急旋回して鳥頭を槍で払いのけながら、2回発砲する。 銀の貫通弾は精霊獣を貫き、背中にいる男の腕をかすめた。  
「住民の避難は!?」  
蛇の頭をした精霊獣を弾き飛ばしながら、体制の崩れた鳥頭に一息で接近し槍で貫いた。 びしっという、小さいが、はっきりとした石の砕ける音が耳に入った。  
「川の向こうまで避難してあります!」  
鳥頭は霧か煙のように消滅し、空中で足場を失った男を捕まえようと、エイムズは精霊獣の左手を伸ばして落下する男を追いかけた。   
「やつらの装備のほうは!?」  
さらに加速をかけ、男との距離を縮める。 ツインタワービルの頭を通過した。 間に合うか・・・・!? 男を引っ掴むと、緩やかに、だがじょじょに急激に減速し、地上との激突のショックを和らげようとした。ぐわしっ! がらがらんっ・・ ずん! 駅内の店やテナントを2、3階分ぶち抜いた。   
「あっつ・・・・・」   
エイムズは腹をおさえながら捕まえた男を見た。 かすかだが動いている。 死んじゃいないな・・・  「こっちのほうは銃だけのようです! 精霊獣も使われてません!」   
・・・アリマトもなし・・か・・・?   
「今使ってないだけかもしれん! 気をつけろ!」   
エイムズは今しがたぶち抜いてきた天井を見上げた。 もう一体の蛇頭は見当たらない・・・ 
こいつを捕まえたままじゃ戦えない・・・どうする・・・?    
「・・・・売国奴め・・!」   
「!?」  
エイムズがその言葉を耳にしたとき、すでに視界は真っ白になっていた。   

PM09:37 名古屋市港区   

「うわっ・・・!」  
鼓膜が破れるかと思える大きな音にヒカリはインカムをはずした。   
「マリア、まだ飛べる?」   
「イエス。」  
マリアは左腕がひじから落ち、間接部もぎしぎし鳴っていた。    
「じゃあ、エイムズおじさんのほうにまわってあげて。 今ので何かあったかもしれないし、タマモのほうは連絡もとれないから・・・こっちはあと1人だから私1人でも大丈夫。」  
「ノー、ミス・ヒカリ、怪我・してます。 マリア、ミス・ヒカリ、置いて・いけない。」 
ヒカリは左肩にヒーリングをかけながら呼吸を整えた。  
「いいマリア、聞いて。 ここは一番避難場所より遠いの、でもおじさん達の方はすぐ近くにまだ逃げてる人がいるかもしれないわ。 そういう人達を守ってあげて。」

ヒカリはヒーリングをやめ、肩を見せた。  
「ほら、もう血も止まったし、マリアがかばってくれたから骨も折れてないでしょ? だからマリア、お願い。」    
「・・・イエス。 ミス・ヒカリ、どうか・気をつけて。」     
ヒカリはにっと笑うと軽くVサインをした。
「マリアもね。」 
ばしゅっ! マリアが飛び立つのを見送ってから、ヒカリはふうっと息をついて壁にもたれかかり、再びヒーリングをかけ始めた。 焼け爛れた左腕は血こそ止まったが強烈な痛みを引き起こしていた。 頭痛もする。 自爆・・・か・・・・ そうまでさせるほどの強い思いが彼らにはあるんだ・・・・ 私はそれに勝てるの・・・? 
「・・・!?」  
何か質の違う霊気を感じ取ったヒカリは海の見えるほうに歩き出した。 それに惹かれるようにして、ヒカリは燃え上がる炎を映した波に沿って波止場を歩いた。   
「・・・・・!」  
褐色の肌に黒毛の男が立っているのを見つけ、ヒカリは歩みを止めた。 瞳が炎の光をうけ、黄色に光っている。 銃は持っていなかったが、左手に剣を持っていた。 
・・アリマト・・・? これに惹かれたのかしら? 男はじっと海を見つめていたが、ヒカリに気付くとヒカリの方に体を向けた。    
「・・・・・」  
「・・・」
すっと男は柄に手をかけた。 ヒカリは素早く銃をかまえた、が、弾はもう撃ち尽くしていて入っていない。 男はシャランという音をたてて剣をゆっくり抜いた。 ヒカリは黙って男の瞳を見ていた。 何だろう・・・? 一瞬、剣のことなど頭から消えた。 男がかまえた。   
「!・・・・人を殺すことで、本当に精霊の加護があるというの!?」  
「・・・お前達には永遠にわからないさ。」 
男が前かがみになる。 ここで説得なんて無理なのはわかってるけど・・ 私は私の仕事をする・・・! ヒカリは銃を捨てると霊波刀をかまえた。  
「へえ・・・・」   
男はこいよ、とばかりににっと笑って軽く剣を振るった。  
「!?・・・・・・・・・・・・ふっ」  
にっと笑い返したヒカリは走り出した。 ・・・私何笑ってるんだろう? この人だって何人も人を殺したんだろうに・・・ 剣に目が行く。 あれを壊さないと・・・・!   

PM09:45 愛知県豊田市上空    

「なんて・・・」  
桜井は言葉につまった。 ここからでも火の手が十分に確認できた。   
「桜井さん、我々はここからいきます。」  
「・・・・わかりました。」  
ドアロックを解除すると、生ぬるいようなぶ厚い空気が飛び込んできた。  
「私は県警本部のほうに向かいます。 お気をつけて!」  
「ええ!」  
言い終わらないうちに3鬼の精霊獣が飛び去った。   

PM09:50 名古屋市港区   

2、3度のつばぜり合いにヒカリは押された。 後ろに跳んで間合いをとり直そうとしたがすぐに男は詰めてきた。 早い・・・ 防御重視になりながらも何度か肩や腹を狙う。 しかし男は受け流すようにしてそれをさばく。 きゃりいん、という剣をすべる音に背筋がぞっとする。 その感じに気を取られる間もなく左から首が狙われる。 膝を崩し、後ろに倒れるようにしてそれを避ける。 剣の切っ先が目の前を横切る。 倒れた勢いに任せて背中を丸くして後ろに1度転がり、手をついたままさらに後ろに跳び顔を上げる。 男は右に振り切ったままの剣をゆっくりおろした。 息を切らしながら、ヒカリは改めて剣を観察した。 日本刀に比べ短く、重量もさほどない。 現にこの男は片手で軽々と扱っている。 刃の曲線が鋭く光る。 スピード重視の切るための剣だ。 これがアリマト・・・?   
「惜しいな。」  
「惜しい?」  
ヒカリは立ち上がった。 一息つけたことで頭痛が蘇ってくる。 右手の霊波刀は消えていた。  
「ああ、惜しいね・・!」  
言い終わった時には2本のナイフが吸い込まれるように飛んできた。 じゃがっ! 切り上げるようにナイフを弾いた左手の神通棍の向こうに、振りかぶった男の剣が見えた。  
「くっ!」  
左手に霊力が流れ込む。 ずかっ! 切り跳ばされた神通棍を目で追うこともなく、ヒカリの右手が破魔札を剣に向け起爆させた。 

PM09:55 日本GS協会本部第1作戦司令室  

「桜井さんから連絡はいりました。 住民の避難は完了したそうです。」  
「敵の様子は?」  
「現在北区、千種区、港区、及び名古屋駅付近で交戦中。」  
何で名古屋なんだ・・・? 
「西条さん、マスコミのヘリが警告を無視して侵入・・・・精霊獣に撃墜されました。」  
くそっ・・・ 
「ちゃんと警告をだせ! 桜井に連絡! 県警に非難を徹底させろ!」  

PM09:59 名古屋市港区  

痛い・・・・ 意識しないようにしているつもりだが左腕がうずく。 もう、応援が来てもいい頃なのに・・・ がいん! 力任せに霊波刀で殴りつける。 硬いな・・ 後ろによろめいたが、男はすぐかまえ治した。 仕方ないか・・・・    
「すーーーっ、はーー・・・」  
ヒカリは霊破刀を消すと、破魔札を指で挟んで額の前でかまえた。  
「念!」  
「!?」  
ぶわんっっ! 振り下ろされたヒカリの右手には、3メートルもの巨大な霊破刀が放電するように霊気を飛び散らしていた。 その刀身には、破魔という文字と模様がくっきり浮かび上がっている。  
「お前・・」  
どがっ!! 震える右手首を左手で押えながらヒカリはそれを振り下ろした。 コンクリートの波止場がえぐられ、男も吹き飛ばされた。 一気に間合いを詰めると、起き上がろうとしている男の剣を狙う。 
「ちっ!」  
男は首からかけていた精霊石を引きちぎると、振り下ろされたヒカリの剣に向けて起爆させた。 がおおおん! ヒカリの剣はかき消され、ヒカリは大きく吹き飛ばされた。 転がり、叩きつけられ、止まった。   
「くっ・・・あっ・・」   
束ねていた髪は乱れ、顔にかかった。 近づいてくる男の足音が聞こえたが、首も動かなかった。 ヒカリは胸倉を掴まれ、切っ先をのどもとに突きつけられた。   
「!・・・」  
ヒカリは息を呑んだ。 今やつま先しか届いてない足が震えた。 動けず、その男の瞳を見つめるしかなかった。 青い・・瞳・・・     
「名前を聞いとこう。」 
青い瞳が聞いた。   
「ヒカリ、横島・・・」  
「・・・そうか。」  
腹に強い衝撃が入り、口の中が血であふれた。   

PM10:10 横島除霊事務所    

『・・らをご覧いただけるでしょうか? 名古屋市が今や火の海と・・』  
ぴっ  
『・・こちらは避難所となっている小学校です。 ここだけでも500人は・・』 
  ぴっ  
『・・ですね、今回のシーラムのテロは4年前の・・』   
ぷつっ 愛子はテレビを消すと窓に歩み寄った。 窓ガラスに手を当て、暗い空に目をやる。 横島君・・・・・あの子を守ってあげて・・・   

PM10:23 名古屋市南区   

テノマールは空を見ていた。 それは故郷とは、どこか違う空だった。  
「もう時間だ、これ以上は待てない・・・ 撤退する。」  
くそ・・
「・・了解だ。」  
ミリアはテノマールにマスクを渡した。 
「・・・今はやるべきことをやるしかない。」  
「わかってる!」  
テノマールはマスクをかぶると、剣を持って立ち上がった。   

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