GS美神 ひかり

第八話   子守唄


7月22日 AM10:15 ザンス王国大使館    

「すいません、おっしゃってる意味がよくわからないのですが・・・」  
受話器を両手で持ったセリナは受話器の当っている右側に体が傾いた。   
「・・・・はい、・・・・はい、・・・・・・冗談じゃないんですね? ・・・・・ええ、しかし何で・・・・・はい、失礼しました。 わかっております。 こちらで保護次第、ご連絡いたします。 ・・・・はい。」   
受話器を置いた。 体重をそのまま電話機にかけ肩でため息をつく。  
「はああっ、・・・・・仕事が増えた。」  

AM10:20 横島除霊事務所   

ぴんぽ―ん ぴんぽ―ん 
「はいは〜い。」  
愛子はスリッパをぱたぱた鳴らして玄関に走った。 覗き穴から見知った顔が見えた。 
「あ―。」  
がちゃっ 
「こんにちは。」  
「いらっしゃい、涼介君。」  
リビングに涼介を通した愛子はキッチンに急いだ。 
「ヒカリに携帯がつながらなかったから、まだ寝てるのかと思って。」  
ソファーに腰を降ろした涼介はキッチンに向かって声をやった。 
「あはは、いくら万年寝む子のあの子も、いつも寝てるとは限らないわよ?」  
愛子は受け皿にカップを置き、やかんのお湯をポットに入れた。  
「どこに行ったか知りませんか?」  
「病院よ、白井総合病院。」  
お盆にのせたポットにカップ、小皿にのせたクッキーやらポテトチップやらを持って愛子はリビングに入り、テーブルにそれを置いた。 
「まだ治療やってんですか?」 
愛子は涼介の向かい側に座った。  
「ううんうん、そうじゃなくて仕事。」  
「仕事? それでなんで病院に?」  
ポテトチップをかじる涼介は、カップにお湯を注ぐ愛子の指先を見つめていた。  
「今回の事件とは別件のやつよ。 霊傷の治療の依頼で、よくあるんだけど、今やってるのはもう半年になるのかな。」  
「あいつそんなことやってんですか。」 
「あら、知らなかったの?」 
「うっ・・・まあ、はあ・・・」  
「ピート君は知ってるのにな〜。」 
「うぐっ・・・」  
「幼馴染だったわよねえ、あなた達・・・?」 
「別に・・・・・それより、霊傷って?」 
「ああ、女の子よ。 目が・・・ちょっとね。」 

AM10:30 白井総合病院第2病棟507号室(個室)  

「こんちは〜。」 
ドアを横に引っ張り、ヒカリは顔だけで中を覗き込んだ。
「ヒカリ!? もう、遅かったじゃない!」  
「こら、またそんな口の利き方して!」  
「あっ、いいんですよお母さん。」  
黒く細長いケースを持ってヒカリは部屋に入り、その後にタマモが続いた。 
「そうそう、気にしない気にしない。」  
「あんたが言ってどうすんの? ほんとにすみません横島さん。」  
「いえ。」  
ヒカリはベットの前の椅子に座った。 
「夕ちゃん、久しぶり。」  
「うん。」  
両目を包帯で覆ったショートカットの少女は、ベッドの上で上半身を起こすと座った。 
「タマモ。」  
「ん。」  
壁にもたれていたタマモは背中を壁から離した。  
「佐山さん、ちょっと。」  
「あ、はい。 じゃあ横島さん、夕子をお願いします。」  
「はい。」  
「何だ、タマモ行っちゃうの?」  
「まあね、また今度。」 
「ん、じゃまたね。」  
タマモは佐山を連れて部屋を出た。 
「ねえ、顔貸して。」 
「はいはい。」  
ヒカリは顔を夕子の前に突き出した。 両手をゆっくりと伸ばした夕子の手が、ヒカリの頬に触れた。 指がなぞるように頬を伝って顎や額、閉じた瞳を撫でる。
「ね、最近ここに入院してたでしょう?」  
「うん、ちょっとね。 仕事で失敗しちゃって。」  
「気をつけてよ。」 
夕子は手を戻した。 ヒカリは目を開く。 
「ヒカリ、何かあったの?」  
「何かって?」
「だってタマモがお母さん連れてどっか行っちゃったし、変だよ。」  
「そお?」  
「そうだよ。」 
ヒカリは黒いケースを膝の上に置くと、フックを外した。 
「タマモはパンの作り方を聞いてるだけよ。」
「ふ〜ん、まあ、そんなことしなくてもいつか私が作るのに。」  
「私は夕ちゃんに作ってもらうつもりだからね。」  
「ふふん、よろしい。」  
夕子の口が白い歯を見せて笑った。 ヒカリはケースからフルートを取り出すと、ケースを床に置いた。 
「準備できたわ。」  
「は〜い。」 
夕子はベッドの上にきちんと座り直し、ヒカリはフルートに口を当てた。  

AM10:38 白井総合病院第2病棟5Fロビー 

フルートの音色が廊下に響き、ソファーに並んで座るタマモと佐山にもその音は聞こえた。 タマモの瞳は横目に窓の外を見ていた。 またこの曲か・・・好きね、まったく・・・ 
「そうですか、横島さんもあなたも、この間のテロの事件に・・・」  
「ええ、だからしばらくの間、ここには来れないかも。」
「大変なんですね・・・」 
タマモは首を動かさず、視点を窓の外から佐山に移す。 
「ヒカリは時間の空く限り来るようにすると言ってるけど。」 
「いえ、どうか無理をなさらないよう伝えてください。」  
佐山の瞳は床を見つめたままそれることはなかった。 横目で佐山を見ていたタマモは、紙コップのカルピスを氷ごと一気に飲み干した。  
「それから、あの子には・・・夕子にはアタシ達の仕事のことは言わないで欲しいそうだから。」  
「わかりました。」   
パジャマ姿の男や看護婦らが通り過ぎる廊下から、ヒカリの吹くフルートが静かな音色を響かせていた。 

AM10:50 横島除霊事務所    

「いい、だいたいあなたは押しが弱いのよ。」  
「は、はあ・・・」  
涼介はソファーに小さく座りながら顔を突き出した紅茶をすすった。 
「ヒカリのことが好きなら好きって、もっとこう、アプローチしなくちゃ!」  
「はあ・・・」  
「雪之丞君とかおりさんは喧嘩ばっかりしてたけど、それが二人なりの愛情表現だったのよ!?」  
「そ、そうか・・・?」  
「そうよ!」  
だんっ! 握った右こぶしをテーブルに叩きつけた愛子は身を乗り出した。   
「いい!? あんた達くらいの歳は好いた惚れたの浮かれた話してもっと青春するべきなのよ! それが何!? すました顔してうじうじしてないで当って砕けなさい!」  
「は、はあ・・・」  
「はあじゃないわよ! ピート君にしたって何十年もうじうじぐだぐだしてるから未だに彼女もいないんじゃない! ヒカリが好きならさっさと何かしなさいよ―!」  
「あの、ちょっと落ち着いて・・」  
「あああああっ! もういやっ! 誰でもいいから青春して―!」  
立ち上がった愛子は古びた机の本体を両手で持ち上げ、涼介に投げつけた。 
「馬鹿―!」  
「何が!?」  
ばきゃっ!  

AM11:10 白井総合病院第2病棟507号室(個室)  

「ヒカリ、次はいつ来れる?」  
「ん? そうね・・・」  
ヒカリはフルートをケースにそっとしまい、フックに手をかける。 ぱちっ ぱちんっ 
「まだわかんないけど、なるべく早く来るよ。」  
「いっつもそう言うじゃない。」  
「じゃあ、聞かなくてもわかるんじゃない?」  
「意地悪・・・」  
「ふふふ。」  
夕子はベッドに横になると目を閉じた。 ヒカリはいすをベッドに近づけると、右手を夕子の両目を覆うようにそっとのせた。  
「ねえ、今日もあれ歌ってよ。」  
「わかってます。」  
「それからそっちの棚の上、お土産にあげる。」  
ヒカリは首を左に回した。 
「あの紙袋のこと?」  
「そう、それ。」  
「何?」 
「後のお楽しみ。 残しちゃ駄目だからね!」 
「は―い。」  
ヒカリは首を戻して瞳を閉じた。 軽く深呼吸をする。 
「・・・この子可愛さ 限りない、山では木の数 萱の数、・・」  
右手のひらに霊気を集中させる。 手が暖かくなり、そこからヒーリングを夕子の目にかける。
「・・尾花かるかや 萩ききょう 七草千草の 数よりも、 大事な この子がねんねする、・・」  
暗いまぶたの内側に何かが見える、が、それは相変らずぼやけていて何かはわからない。  
「・・星の数より まだ可愛、 ねんねや ねんねや おねんねやあ、 ねんねん ころりや・・・」  
手をどける。 小さな寝息を立てて夕子は眠っていた。 どっと汗が吹き出た。 
「ふうっ。」  
汗だくになったヒカリは立ち上がって伸びをした。 
「ん〜〜〜っ、ぷはっ。」 
体をかがめると、夕子の髪をなで上げる。 
「じゃあね。」  
フルートのケースと紙袋を持って、ヒカリはそっと部屋を出た。    

AM11:20 横島除霊事務所  

プルルルル、 プルル・・ 
「はい、横島除霊事務所。 あ、セリナさん、どうも。 ・・・・・ヒカリはまだ病院から帰っていませんが・・・・・はい、ええ、遅くとも夕方には帰ってくると思います。 ・・・・涼介君なら今ここにいますが・・・・・・・・・・携帯が切れてる? いえ、今ちょっと出られないかもしれなくて・・」   
愛子はちらっと後に目をやった。 顔に濡れタオルを載せた涼介はソファーにあお向けに寝ていた。 
「・・・・・・いいですか? はい・・・・はい・・・・・・・ええ、OKです。 わかりました。 このことは・・・・・・そうですか。 いえ、では私から伝えておきます。 ・・・・はい、では失礼します。」  

PM00:23 白井総合病院第2病棟屋上  

「んっきゃ―――!」  
ヒカリは左腕で腹を、右手で左の二の腕を押えるとごろごろ転がった。 
「あああああああ・・・痛い、痛―――い――! うぐぐぐぐ・・・・」 
左に右にと転がるヒカリを見ながら、小鳩とタマモは入り口のドアをふさぐようにドアにもたれて座り、お弁当を広げていた。  
「あ、この金平ゴボウおいしい。」  
「小鳩もそう思う?」 
「うん、この薄味なんだけど甘辛さがしっくり来るというか、あっさりしてるんだけどしっかり煮込んであるあたりというか。」 
小鳩は再び箸を金平ゴボウに伸ばした。 
「い、い、い、いいいいいいいぐうううう・・・・・」 
「やっぱ愛子の金平は一味違うのよね〜。」  
「愛子さんすごいな、私じゃあ、こんなにおいしく作れないよ。」  
「アタシも無理。」  
水筒からふたのコップにお茶を汲み、タマモはそれをつっと飲み干した。 
「ひ―、ひ―、ひ―、んっく―――――――・・・・」  
「やっぱり歳が違うからね。」 
「んふふ。」 
小鳩は箸を持ったままの右手で口を押えて笑った。 
「くううううう・・・・ このっこのっ・・・」 
「そんなこと言うと、愛子さん怒るわよ?」 
「だって事実だし。」  
「あなたもいずれそうなるんでしょ?」
「ふっ、そっちこそさっさといい人見つけたら?」 
「私はいいんです―。」 
タマモは水筒を差し出し、小鳩はそれを受け取るとった。 
「かっ・・・・くううう・・・・っつ・・・」 
「それにしても・・」 
小鳩は顔を挙げてヒカリに目をやる。 
「・・なんて言うか、本当に痛がってるのヒカリちゃん?」  
「まったく珍妙よね。」 
髪をぶんぶん振り乱して転がるヒカリを見ながら、小鳩は眉毛をハノ字にして苦笑いをし、 タマモは弁当箱を持ち上げご飯をかき込んだ。
「傷口を見た医者として言わせてもらえば、重傷ではあるんだけど・・・」 
「ほおね。」 
ごっくん 
「きいいいいい・・・痛い――――! 痛い!」 
「・・・・なんか漫才かお芝居見てるみたいね。」 
「確かに。 見ようによってはあの顔は笑っている。」 
涙でぐしょぐしょになった顔には乱れた髪が細かくくっつき、しかめた顔がちらっと見える。 
「ぶっ。」 
「わ、ちょっと汚いわよタマモちゃん。」 
「ごめん。」  
タマモは弁当を包んでいたナプキンで口を拭く。 
「アタシの推測だけど、あいつの急激に高まった霊力に反応してあの反動が来てるんだと思うの。」  
「そういうものなの?」 
「エイムズが言うには、定期的にああいう痛みが来てそれと一緒に体が腐っていくらしいわ。 時間差や細かいことはわからないけど、普通の人よりその分、壊死の進行が早まるじゃないかしら。」 
「お腹の方はそんなに進行してないわ。 多分、あの子のヒーリングが遅らせてるんだと思う。」
「それでも着実に進んでる・・・」  
「・・・・ええ。 でも今回あなたにもらった精霊石を埋め込んだことで、またもう少し遅らせることができるはずよ。 痛みの方だって、ずいぶん抑えられると思うし。」
「腹に爆弾入れてるようなもんなんだけどね。」 
ヒカリの体が転がるのをやめ、仰向けになって止まった。 
「終わったみたいね。」  
「そうね・・・・・あいけない、私約束があるんだった。」 
小鳩は立ち上がった。 白衣のお尻をぱんぱんっと叩く。 タマモも立ち上がり、ドアの前から体をどけた。 
「デートか?」  
「違います! ヒカリちゃ〜ん! 私もう、行かなきゃいけないから!」  
ヒカリは右手だけ上に挙げるとゆっくりぶらぶら腕を振った。 
「愛子さんにはやっぱり言わないの?」  
「言いたくないって。」  
「・・・そう。」 
「あいつが強がり言ってると思ってるなら、多分違うわよ。」 
「何?」 
開いたドアに手をかけたまま小鳩が振り返る。  
「価値観が親とは違うってこと。」 
「え、だって・・」 
「デートに遅れるわよ。」 
「あっと、もう・・・じゃあまたね。」 
ドアをそっと閉めて小鳩は去り、卵焼きを口に入れたタマモはそれを頬張りながらヒカリの方へと足を向けた。 
「ふ―っ、ふ―っ、ふ―――・・・」 
瞳を閉じて大きく呼吸するヒカリの胸が小さく上下する。 顔に当っていた日差しがさえぎられる。 瞳を開くと、タマモが弁当箱を持って見下ろしているのが目に入った。  
「食べる?」 
「んあ・・・」 
ヒカリは口をあんぐりと開けた。 タマモはしゃがみ、その口に卵焼きをほおりこんだ。 

PM01:06 横島除霊事務所  

「そおなんだ〜、ヒカリちゃんも〜、タマモちゃんも〜、出かけてるんだ〜。」  
「ごめんね、よかったら待ってる?」 
「そうしま〜す。」 
リビングに入った冥那はソファーに腰を降ろした。 愛子は再びキッチンへ。 
「あら〜、これ、もしかして涼介君〜?」 
顔にのせられたタオルをめくって覗き込む。 
「あ、そうなの。」 
「寝てるんですか〜?」 
「ん―、まあ、そんなとこ。」 
「えへへ〜、いたずらしちゃおっと。」
「え!? それはちょっと・・」  
「マジックマジック油性のマジック〜」 
スキップしながら部屋の中を歩く冥那に、愛子は引きつった顔で紅茶を出した。 

PM03:39 六道女学院(半壊)  

AX−1を正門の反対側の歩道に止め、エンジンを切る。 フルートと花束の突き出たナップサックから黒い猫が飛び降り、変化を解いてタマモに戻った。 
「あっつう。」 
タマモは手のひらをぱたぱたさせる。 ヘルメットをタンクに置き、キーをかけてバイクから降りる。 
「この時期袋詰はきついわ。」  
「大丈夫?」 
「早く帰って涼みたいわね。」  
「了解、手早く済ますわ。」 
タマモはヒカリのナップサックから花束を取り出してヒカリに渡した。 歩道をこえ、入り口に歩くヒカリにタマモが続いた。 入り口にはロープが敷かれ、警官が何人も立っていた。 
「ちょっと、ここからは立ち入り禁止ですよ。」 
「GSの横島です。 許可は取ってあります。 通していただけませんか?」 
財布を取り出し開いて見せる。 定期いれのビニールの向こうに免許があった。 
「あなたが・・・!? 失礼しました。 どうぞ。」 
警官はロープを外した。 
「中にICPOの西条警部がいらっしゃいますよ。」 
「そうですか、ありがとうございます。」 
ヒカリとタマモはグランドが見える石畳を歩いた。 半壊した体育館、原型のわからない校舎が見えたが、そちらに首は回らなかった。 ICPOと思われる人が何人かいたが、遠くて誰だかわからない。 ヒカリが足を止め、タマモも横に並んだ。 職員室は柱も何もかも原型を留めず倒壊していた。 ヒカリはしゃがみ、そっと
花束を置いた。 立ち上がってポケットに手を突っ込む。 
「修理にいくらかかるかしらね?」 
タマモは左右を見渡す。 
「さあ、保険とかあるんじゃない?」 
「何の保険よ・・・?」 
「う〜む・・・」 
「・・・・・切られてたんでしょ? ここの奴ら。」
「うん。」 
耳をぴくんと動かし、振り返ったタマモは西条が近づいてくるのが見えた。 
「気にしてんの?」 
「少しはね。」 
「少し?」 
「そう、少しだけ。」  
「やれやれ、親が聞いたら泣いて喜ぶわ。」 
「そりゃあ、よかった。」 
大仰に両手を挙げておどけるタマモに、ヒカリは瞳を閉じて笑った。 
「でもま、後味悪い仕事よね。」 
「慣れっこじゃない。」 
「ピートの変な依頼ばっかり受けるからでしょうが。」 
「しょうがないでしょ頼まれちゃったものは。」 
「変なところで押しに弱いんだから。 ほら、行くわよ。」 
「ん。」
近づいてくる西条に向かってタマモは歩き出した。 ヒカリもそれに続いて2,3歩歩くが、足を止めて振り返る。 崩れ落ちた職員室に体を向けたヒカリは、腰から体を曲げて頭を下げた。 顔をあげる。
「化けて出ないでね、払いたくないから。」 
再び向きを変えると、ヒカリは歩き出した。 走ってくる西条に軽く手を挙げて応えた。 

同時刻 愛知県警警察病院307号室(個室)   

瞳を開いたエイムズはベッドから起き上がった。 レースを開け、眩しい光に目を細めながら窓を開ける。 
「ちょっと寝すぎたか?」  
ひんやりした空気の逃げる窓を閉め、エイムズはハンガーにかかっていた自分の服に手を伸ばした。 

PM03:43 六道女学院(半壊) 

「しかしきみ達も大変な仕事を引き受けたもんだな。」 
正門に向かって歩きながら、西条はタバコをくわえて火をつけた。 
「西条さん白髪が少し増えましたね。」 
「言うなよ、けっこう気にしてんだから。」 
「もういいおっさんでしょ。」 
にやっと笑うタマモに、西条もまた苦笑する。 
「まだまだ現役さ。 それより明日のことは聞いてるかい?」
「ええ、まあ。」 
「じゃあ、遅れないように頼むよ。」 
「はい。」  
「了解。」 
ヒカリの笑った顔に、西条も頬を緩めた。 
「怪我の方はどう?」 
「ヒーリングも限界がありますからね。 完治はしてないけど、仕事に影響はないですよ。」 
「無理はしないでくれよ。 でないと、死んだらあの世で横島君に何されるかわかんないからな。」 
「そりゃあ、怒られますね、きっと。」 
「怒るわね、絶対。」 
「だろうね、やっぱり。」 
笑って歩く3人は、正門で足を止めた。 
「じゃあ、明日。」 
「そうだ、西条さん、これよかったら食べてください。」 
ヒカリはナップサックから紙袋を取り出した。 
「ん、何だいこれ?」 
「クライアントが手作りパンをくれたんですけど、なかなかおいしいですよ。 皆さんでどうぞ。」  
「へえ、いいのかい?」 
「宣伝しといてください。」 
「わかった。」 
「じゃあ。 タマモ。」 
「やれやれ。」 
ヒカリと猫に変化したタマモは、歩道の向こうのAX−1に走った。 

PM06:35 横島除霊事務所 

「あ―――――――っはっはっはっはっ!」 
「ひ―っひ―っ! くっ苦し―!」 
「ね〜、おもしろいでしょ〜?」  
洗面所の鏡の前でじゃばじゃば顔を洗う涼介の後で、ヒカリとタマモと冥那は互いに肩や壁を叩きながら笑った。 
「うるさいぞお前ら!」  
タオルでごしごし拭いた涼介は再び鏡の自分と目をあわす。 ヒカリ達も肩越しに鏡を見た。 
「ぶっ!」 
「・・・・くかかかか、とれてないわね?」 
「涼介君すてきよ〜。」  
「・・・・・・・・・お、お前ら・・・いいかげんあっち行け―!」 
涼介は洗面台に溜まった水を手ですくい飛ばした。 
「きゃっ。」  
「ちょっ、何すんのよ。」
「うるせえ!」 
「ジョークのわかんない男ね、行こ、冥那。」  
「行こう〜行こう〜。」 
タマモと冥那は背中を押し合いリビングに向かった。 腰の後で壁に手をついてもたれたヒカリと目が会う。 
「どうしたの?」  
「別に。」  
涼介は再び洗面台に向きなおしてせっけんに手を伸ばす。 
「冥那ちゃんのいたずらなんていつものことじゃない。」  
「・・・・・」  
「ごめん、笑いすぎたわ。」 
ヒカリは涼介の肩を叩くと、洗面台の横に円柱型の小さなケースを置いた。 
「これ使って、多分落ちるから。」  
くるりと背を向けるヒカリが上目遣いで見る鏡に映った。 前髪から水滴を垂らしながら振り返ると、ヒカリの縛った髪の尻尾が角を曲がったのが見えた。 

同時刻 愛知県警シーラム対策本部 

ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ、ピ・・ 
「はい・・・?」 
「ピート君、僕だ。」 
「西条さん。」 
「眠そうだな。」 
「いえ、そんなことは・・」 
「いいさ、明日にでもきみにはこっちに戻ってもらいたい。」 
「・・・・・わかりました。」 
「そっちの事後処理は桜井君と愛知県警に任せて、対策本部の方も打ち切りということにしてくれ。」
「はい・・・あ、西条さん。」 
「何だ?」 
「例の件は・・・?」 
「詳しいことはこっちで話すが、いまいちよくわからないことが多い。 とにかく、明日帰ってきてからだ。 エイムズに直接聞く。」
「は? エイムズさんは病院じゃ・・・」
「え、まだ聞いてないのかい? ちょっと前にそっちの病院から精霊獣で出てったそうだよ。 今晩中にはこっちに着くらしいが・・・」 
「あら・・・」 

PM07:40 横島除霊事務所 

「ふうん。」
「へえ。」
「は〜・・・」
「ふん。」 
パソコンを置いた机のいすに座った愛子の後から、ヒカリ、タマモ、冥那、涼介の四人はモニターを覗き込んだ。
「この子がザンス王家第二皇太子のウェイド君。」 
「ウェイド?」 
「ウェイドって顔かしら?」 
「でも可愛いじゃない〜。」 
「で、こいつがどうしたって?」 
「何でも単身日本に行くって飛び出したらしいのよ。」  
「何で?」 
「歳は14だって。」 
「中学生くらいってことね〜。」 
「がきがよくやる。」 
「自分なりに責任を感じちゃってたらしいわ。 それで女王陛下が来る前にシーラムを何とかするつもりみたいよ。」 
「う―ん、責任感が強いというか・・」 
「あっ! ちょっと涼介それアタシのポッキー!」 
「あ〜! 私のも〜!」 
「ん? ほんなんあっはっけ?」 
「今日本にいるかどうかもわからないけど、見つけたら保護して欲しいって。」  
「確かに日本にいるなら東京、もしくは名古屋に行く可能性が高いかもね。」 
「あんた客のくせにずうずうしいわよ!?」 
「そうよ〜! ポッキー返して〜!」 
「お前も同じだろうが・・・?」 
「ま、多分いないでしょ。 空港でひっかかるだろうし、もし見つけたら、ってことだから。」 
「この子って兄弟は?」 
「第二ってくらいだから兄がいるんじゃない?」 
「あ〜、でも確かお兄さんって〜・・」 
「殺されたんじゃなかったっか?」 
「そう、第一皇太子のシェイナ王子は3年前にシーラムのテロで死亡してるわ。 生きてれば・・・ヒカリと同い年ね。」 
「ふうん・・・え? じゃあ次期王様?」 
「このポテチいただき。」 
「私も食べる〜。」 
「あ! それは俺が最後にと・・」 
「まあ、そういうことになるのかな。 あと姉が1人、キャラベル嬢、21歳。」 
「3人兄弟か・・・」 
「ちょっと手離しなさいよこのスケベ!」 
「サンチラちゃんやっちゃいなさ〜い!」 
「ぐわっくっ首っ、首が絞まってるって・・・」 
「で、何でもこのご兄弟達、あなたのことを知ってるらしいの。」 
「え、私?」 
「ずいぶん有名ね。」 
「サンチラちゃん、頭はかじっちゃ駄目よ〜?」 
「いでいでいで・・・!」 
「横島君がこの子達に話したらしいわよ? 同じくらいの歳の娘がいるって。 聞いたことない?」 
「そう言われると聞いたこともあったような・・・」 
「アタシも行けばよかったかな。」 
「私も行きたい〜。」 
「観光案内じゃねえんだろ?」 
「そんなわけで、もしかしてもしかしたらあなたを訪ねてくるかも、って話。」 
「わかった。」 
「ちょっと、じゅうたんに染みつけないでよ。」 
「ショウトラちゃんヒーリング〜。」 
「うわっ、ちょっ、犬臭い!」 
「!?」
「!?」
「!?」
「?」
「!?」
振り返った5人は、窓を見た。 
「あ。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「あれ〜、どっかで見たような〜?」 
「今の今まで見てたろ?」 
精霊獣に抱えられた少年は、モニターに映った顔と同じ顔をして、窓の外から笑顔で手を振っていた。 

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※この作品は、狐の尾さんによる C-WWW への投稿作品です。
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