GS美神 NEW事件ファイルシリーズ
FILE-10 「若人の宴・決意」

著者:人狼


 ガタッガサガサ…ガタンッ!
 横島除霊システムと書かれた看板のある古びた建物から、何かを運ぶような音が聞こえてきた。中にいるのは、横島忠夫、横島キヌ、タマモと横島が事務職のバイトとして雇った左沢(あてらざわ)ユウコの合わせて4人である。
「…だいぶ片付きましたね。」
 窓を拭いていたキヌが、一息つくようにイスに腰掛けながら夫である横島に言った。
「ああ。これで明後日からの営業に間に合うな。」
 横島も、荷物を下ろし腰を伸ばしながら答えた。しかし、普通だったら2日前とは言わず一週間前には準備が済んでいても良さそうだが、なぜか横島たちは仕事が思うように進まず2日前まで縺れ込んでしまったのだ。
「それにしても…美神さんには悪いことをしてしまいましたね。」
「…ああ…そうだね。でも、俺は自分の決めた道を…師匠である美神さんも含めて、何にも左右されずにしっかり歩きたかったんだ。」
「それは分かりますけど…でも、美神さんに前もって相談しても良かったんじゃないかなーって思うんですけど…」
 キヌはこの前の一件を冷静に考えてみた。しかし、考えてみればみるほど今回の独立が本当に良かったのかが分からなくなってしまったのだ。
「昨日まで一緒に仕事してきた仲間が次の日、急に独立するから出て行きます。なんて言ったら、誰だって悲しくなりません? 美神さんだって同じはずです。」
「…それはそうだけど…でも、相談したら絶対に反対されたと思うし…」
「そんなこと分からないじゃないですか。それに、たとえ反対されたとしても根気強く話をしていけば美神さんだって分かってくれたはずです。」
「……………」
「でも、今こんな話をしても、後には引けませんよね…」
「俺、どうすればいいんだろ…」
 横島がさっきのダンボールを持っていた人とは思えないような、ひどく落ち込んだ雰囲気を放ちながら、つぶやいた。
「それは……どうすればいいんですかね…」
 キヌもどうしていいか分からず、二人してその場に座って沈んだ気分になってしまっていた。
 そんな雰囲気を破壊したのは、横島が一週間前に雇った住み込みバイト、左沢ユウコだった。
「よっこっしっまっさん! リビングが大体片付いたので、一息ブレイクしましょ!」
「あ、ああ…」
「タマモさんの入れてくれた紅茶って何でだかおいしいんだよなぁ!」
「(忠夫さん)」
「(なに?)」
「(今度一緒に美神さんのところに挨拶に行きませんか?)」
「(それいいな、よし、行ってみよう。そして、出来たら謝りたい。)」
「(出来たら何て言わずに、絶対にしてくださいよ。私もしますから。)」
 横島とキヌは、鼻歌を歌いながら前を歩くユウコに聞こえるか聞こえないかの小さな声で、話をした。
「二人とも何はなしてるんですか?」
「あ、いや、なんでもないよ。」
「ならいいや。」
 本当にどうでも良かったらしく、再び鼻歌を歌うユウコ。横島とキヌは心の中でホッとため息をついた。なぜ心の中か。じつは、秘密の話がユウコに漏れてしまったら最後、その話はあっという間に、事務所を中心にした半径2.54[km]の住民すべてに知れ渡ってしまうのだ。
 リビングに行くと、タマモが机に突っ伏して眠っていた。
「タマモのやつ、のんきに寝てら。」
「起こしてあげ…」
「タマモー! おーきーろー!!!!」
 キヌが言うが早いか、横島たちよりも先に部屋に入っていたユウコが、タマモの耳元で天が裂けんばかりの大声でタマモを起こしていた。
「…うるさい。」
 無理やり起こされ、ちょっと不機嫌のタマモ。
「ごめんね、フツーに起こそうとしたんだけど…」
「アタシが一気に目ぇ覚めるように起こしてやったのさ。」
「あっそう。で、何でみんなしてここにいるの?」
「片付けも大体終わったから、休憩でも取ろうかなってね。」
「ふーん、じゃあ私部屋で寝てるわ。」
「だめ! タマモはアタシのために紅茶を入れるの!」
 部屋を出ようとするタマモの服の裾をつかみ、ユウコ強引に呼び止めた。
「…なんで私があんたのために。」
「タマモの紅茶が一番おいしいから!」
 タマモは何の邪気もない、ただひたすらに無邪気な顔をしたユウコの顔を見て、その後横島の顔を見ると、深い深いため息をついた。
「こいつの高校生時代とは大違い。あんたは当時も今も普通の人には見えない。」
「わるかったな!」
「まあまあ。タマモちゃん、私もタマモちゃんの紅茶は好きだから入れてほしいな。」
「…おキヌちゃんの頼みだったらしょうがない。ユウコ、手伝いな。」
「OK!」
 キヌの頼みだから、と言うことで結局紅茶を入れに行くタマモ。手伝いを頼まれたユウコも後に続いていく。
 5分後、横島たちはタマモの入れた紅茶とキヌの用意したお菓子を囲んで、美神の事務所にいたときのことを冗談まじりで話していた。
「へぇ、横島さんてその、美神って人にセクハラばっかりしてたんですね。」
「そーそ、何かにつけて必ず美神さんに飛びついてたわよね。」
「それでよく訴えられませんでしたね…。」
「まあ、あの人の場合、大抵のことは自分で片付けちゃうからな。」
「なんか、横島さんとおキヌさんの師匠って、すごい人なんですね…警察に言ったら間違いなく手が後ろに回るらしいし。」
 ユウコの言葉になんと答えていいかわからず、ただただ困ってしまう二人。
「でもま、金だ金だ言っても、結局はよく弟子を助けてたりしてたけど。」
「ふーん。いい師匠だったんですね。」
「左沢クン、さっきと言っていることが違うぞ。」
「いいじゃないですか。それと、アタシのことを苗字で呼ばないでください。」
 ユウコが急に真面目な顔で横島に言った。いつもは間抜けなほど明るいユウコがこんな顔をするのは珍しいので、横島もキヌもタマモも思わず黙した。
「左沢って姓は、ここにバイト志願したときに捨てました。だから、ここではユウコって呼んでください。」
「ユウコちゃん、なんで姓を捨てるなん…」
 キヌが言いかけたときに、運悪く(ユウコには運良く)電話がかかってきた。キヌが重くなった体を動かして電話を取ると、受話器から聞こえてきたのは一文字魔理の声であった。
「はい、横島ですけど…」
「よう、おキヌちゃんか。私だよ私。」
「一文字さん! 久しぶりね。」
 キヌの明るい声にユウコを問い詰めようとした横島の動きが止まった。キヌの会話は続く。
「…え? かおりさんや雪之丞さんたちを呼んで私たちの独立記念パーティ?」
「そ! 今から1時間後くらいにはじめるから、旦那と社員を連れてきなよ!」
「だ、旦那って…わかったわ。じゃあ、忠夫さんとタマモちゃんとユウコちゃんを連れて行くわ。」
 そう言ってキヌが受話器を置くと、横島が電話の内容を聞いてきた。
「一文字さん、何て言ってた?」
「今から私たちの独立記念パーティをするから、事務所のみんなを連れて来てくださいって。」
「そうか。わざわざやってくれるんだから行かないとな。よしみんな、出かける準備だ!」
「やった!」
 いの一番に騒ぎ出したユウコ。さっきまでの暗い表情はどこへやら、であった。
「じゃ私、着替えてきまーす! って言っても制服しかないですけど!」
「…あの騒がしさ、誰かに似ている。」
 横島が誰に言うでもなくポツリとつぶやいた。しかし、キヌにもタマモにもその言葉は聞こえていたらしく、すぐに答えは返ってきた。
「シロ(ちゃん)じゃないの(ですか)。」
「あ、ああ。俺もそう思った。」
 見事にハモるキヌとタマモにちょっと引きながらも、横島は出かける準備を始めた。

「…ここって、忠夫さんの母校でしたよね。」
「ああ。タイガーしかここに世話になってないのに、あいつらわざわざここにしたんだな。」
「ふぇ〜。ここが横島さんの学校。私立ってこともあって結構立派なんですねぇ。」
「校長には良く嫌われてたけどな。」
「それはそうと、早く行かない?」
 横島の昔話などどうでもいタマモが、話し込もうとするユウコと横島を現実世界に引き戻す。
「お、そうだったそうだった。場所はどこだっけ?」
「えっと、一文字さんは忠夫さんが3年のときにいた教室って言ってましたけど。」
「ああ、あそこか。分かりやすくていいな。」
 先頭を歩く横島にキヌ、タマモ、ユウコがついていく。キヌ以外の2人はここの学校は初めてなので、興味心身にあちこちを見回しながら歩いていった。
 久々の学校は校長すらいないらしく、ひっそりと静まり返っていた。
「誰もいねえ気がするんだが…まあいいか、俺の元教室に行こう。」
 ここにいてもしょうがないと悟った一行は、横島の教室を目指して階段を上って行った。
 横島の教室には確かに、数人の人の気配がした。
「俺の教室って言ったら、ここだよなぁ。」
「どうしたんですか?」
「ん、いや、なんか別のとこから人の気配がしたような気がしたから。」
「私は何にも感じなかったわよ。気のせいじゃない?」
「…多分そうだと思う。」
 横島は少しだけ腑に落ちないような顔をしながらも、考えていてもしょうがない、と元・自分の教室のドアを開けた。
 パァーン! パパパパーーーーん!!! ポスッ…
 よく分からない一発を除いて、勢いのいいクラッカーの音が教室中にはじけた。
「横島夫妻! 新事務所設立オメデトー!」
「横島ぁ! 俺より先に独立しやがってぇ!」
 雪之丞の横からの不意打ち! しかし横島はいともあっさりとかわし…とは行かず、見事に鉄拳を食らった。
「なにすんじゃい!」
「理由は今言った!」
「お前はフリーで稼いでんだからいいじゃねえか!」
「はいはい、ケンカは終わり! 雪之丞さん、いい加減にしないと…」
「うっ…な、な、な、なんだよ!」
 弓の異常なオーラに硬直する雪之丞。10秒後、弓と雪之丞の追いかけっこがスタートしていた。
「まあまあ、さ、おキヌちゃんと横島さんはこっち来て。そこの社員さんもはやく!」
「あ、ああ、どうも…!」
「ありがとう、魔理さん。」
 意外にもてきぱきとことを進める一文字。もしかしたら雪之丞と弓がこうなる事は事前に予測していたのかもしれない。
「横島さーん! ワッシ、自分の親友が事務所を作るなんて嬉しくて嬉しくて…!!!」
「いででででで!! タイガー! 嬉しいのは分かったから離してくれ!!」
「あ、すまんですケン。」
 危うく一命を取り留めた横島。一息ついたところで周りを見ると、弓とはすでにケンカをやめ、キヌたちと楽しそうに話している。タマモとユウコも、弓と一文字が作ったらしい料理をつまんではいろいろ批評していた。
「おい、横島。」
「…あ、おう、何だ雪之丞。」
「人の話は聞いてろよ…お前は美神の旦那みたいながめつい仕事はしねえだろうなって聞いたんだよ。」
「するわけないさ。でも、美神さんのやり方も楽しそうだけどな。」
「楽しそうなのは楽しそうだが、そいつだけはやめろよ…後ろに手が回るぜ。」
「だーれが後ろに手が回るって?」
 雪之丞の後ろからした声に一瞬静まり返る一同。横島が恐る恐る雪之丞の後ろをみると、そこにはやはり美神令子その人がいた。
「お、お姉さま!」
「み、美神さん! お、お久しぶりです!」
 弓と一文字が慌てながらも一言挨拶をする。
『忠夫さん!』
『あ、ああ。分かってる。』
 キヌと横島は互いにアイコンタクトを取り、横島が謝ることにした。
「雪之丞! いったい誰に向かってあんな事を…」
「美神さん!」
 美神は気持ちよく説教していたところを急に呼び止められ、不機嫌になりながらも、横島のほうを向いた。
「なによ。」
「美神さん、今回美神さんの迷惑も考えず急に事務所を辞めてしまって…本当にすみませんでした!」
「……何言ってんのよ。私はあんたらがいなくなって給料に頭を悩ませなくても良くなったんだから…」
「でも、あんな風に美神さんに一方的に辞表と突きつけるようなやり方は、俺の気持ちがスッキリしません! だからここで改めて謝らせてください!」
 横島は再び深々と頭を下げた。
「わ、私にも謝らせてください。」
 絹も遅れて頭を下げる。
「…横島クン。」
「…はい?」
 パァァァ――――ン!! 横島の左頬から強烈な乾いた音が響いた。その瞬間、キヌを含む5人が完全に硬直した。
「あんたねえ、自分に踏ん切り着けたいって気持ちは認めるけど、もう済んだことに対していつまでも、ぺこぺこ頭を下げるんじゃない!」
「………………」
「私はもう終わったことに関しては興味ないの! そんくらいわかってるんでしょ?」
「それは分かってますけど…急に平手なんて今のはないんじゃないですか?」
「いいんだおキヌちゃん。」
「でも…」
「美神さんの言いたいことは良く分かった。だからもういいんだ。」
「………………」
 今度は美神が押し黙る番だった。美神自身、自然に平手が出た事に驚いていたし、そのことに関して、横島が冷静だったことに余計に驚いていたのだ。
「ただ、ひとつ聞きますけど、美神さん、何でここにいるんです?」
「そ、それは…この学校から強めの霊波が出てたから、悪霊だったらやっつけてやろうかなって思ったらあんた達だったのよ!」
「…そうですか。」
 横島はミョーに爽やかな笑顔を表に出しながらうなずいた。まさに「すべて解決した」と言わんばかりに。
「…なによ気持ち悪い。これから仕事があるから私は帰るわよ。それからおキヌちゃん。」
「は、はい!」
「横島クンの浮気、許しちゃだめよ。」
「大丈夫です! 何が起きても何だろうと離しませんから!」
「そう。がんばってね。」
「はい。ありがとうございます!」
 キヌの精一杯のお礼を背に、美神は学校を立ち去った。

「まさか美神の旦那が来るとは…」
「タマモさん、あの人がお二人の師匠の美神さん?」
「はぁ〜いつみても凛々しいあのお姿…」
「やっぱちげーな!」
「……………」
「うう…またワッシ台詞がない…」
 他の面々が美神の感想を言っている頃、横島とキヌは別の話をしていた。
「忠夫さん、美神さんが横島さんが質問したときに言ってたこと、覚えてます?」
「ああ。この学校で強い霊波を感じたから退治にしに寄ったってのだろ。」
「あれは、本当なんでしょうか…ほらあの、忠夫さんが教室に入る前に言ってた、かおりさんたち以外の霊波を感じるって。あれはもしかして…」
「そんなことどうでもいいじゃないか。」
 横島はそう言いながら、話を続けようとするキヌを自分の胸元に抱き寄せた。
「美神さんはここで霊波を感じてやってきた。それでいいじゃないか。美神さん本人が言ったんだから。」
「そうですね。…それから、私が最後に言った言葉、覚えてます?」
「え……」
「…もう。何が起きても何だろうと離しませんって、言ったんですよ。」
「…浮気は絶対にしないからな。」
「したら許しませんよ。」
 雪之丞たちが美神に関する雑談で盛り上がるのを見ながら、横島とキヌは教室の隅で寄り添いながら静かに笑っていた。


※この作品は、人狼さんによる C-WWW への投稿作品です。
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